ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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歴史認識と言葉の罠

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今年正月にウーマンラッシュアワーの村本氏は、沖縄に行ったそうだ。
沖縄の事をなんも知らないからいくって。
そう、知らせなかった日本だった。教育で教えないんだから、いったい教育とはなんだろう。
観光の沖縄となった沖縄の海の対岸は、石灰石をとる為に山が無惨に破壊され、ダンプの行き来が甚だしい。
アメリカ村にいけばアメリカの戦闘機が何台もアクロバット飛行。これを写メする観光客。
沖縄の人は観光よりもアメリカ村で働いている。
アメリカ村の海岸はサンセットが奇麗。そこに堂々と白人がレットリバーやシェパードなどの大型犬と袋持たずに散歩する。
カリフォルニアかと思いきや、ここは日本、沖縄。
犬の糞が所々に放置してある。ここのアメリカ人は堂々としている。治外法権の領域。
1945年4月アメリカは、このアメリカ村の所から沖縄に侵入した。その後、沖縄を破壊し、上記写真の海の対岸・今帰仁(なきじん)まで攻め入った。
アメリカは沖縄の80%の人を収容所に入れた。収容所から出た時には、自分たちの家々は大型重機によって潰されて、帰る家も土地も無くなった。
沖縄の人たちが、基地で働き、そののちアメリカ村で働き、観光のために働いているのは、なんでだろう・・・っていうこと。
下記名護市の山々は、シダジイの山々。
500もの生き物がこのドングリで生きながらえる。ヤンバルの森は沖縄独特の固有種がたくさんいる。
ベトナム戦争時、このヤンバルの森の中にはベトナム村と呼ばれ、ベトナム人に仕立てられた沖縄の人が模擬戦闘訓練にたびたびかり出されていた。
先日までヤンバルの森の中には安倍政権がアメリカの為にオスプレイヘリパットの新たな建設を強引にすすめていた。
沖縄のど真ん中はアメリカの基地がどどんと占領している。

その沖縄は、江戸時代、薩摩は琉球に攻め入って、支配下におさめた。そして明治政府により琉球王国は、勝手に廃藩置県により沖縄県にされた。幕末、薩摩が京都に入ったとき、薩摩は琉球使節団を連れてきて、京都の町を練り歩いたという。
この琉球使節団のお話は、これから記す昨日の「英雄たちの選択」で伝えた一説である。
沖縄の負は、いつからはじまり、明治の世は誰によって作られたのか・・・ということである。
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昨日21時〜23時までNHKBSで、「英雄たちの選択」の特番があった。
赤松小三郎の事が流れるとあって、見ていた。
赤松小三郎の事はほんの少しだった。誠残念であったが、この赤松小三郎がここに表記された事自体が大事な一歩だとしたら、これは喜ばしい事なのかもしれない。

この薩摩の事を取り上げた「英雄たちの選択」は、今年の大河ドラマ「西郷どん」にむけての企画なのだろう。
鹿児島は、この空気に乗って観光イベントを繰り広げていくのだろう。
コメンテーターの方に、なぜ投資家がいるのかが不思議だったが・・・
ちょうど見始めたのは21時30分頃からだった。
生麦事件が起こった頃からだ。
生麦事件は、私も教科書の中で暗記した。ただ暗記しただけだった。
生麦事件でイギリス人を殺害。その後薩瑛戦争が勃発。その時に動いたのが薩摩の武士の五代友厚と松木弘安だった。
(五代は昨年の朝ドラ「朝が来た」の広岡浅子と絡んだ人物で、後に大阪の経済界の重鎮になる。また松木は後に寺島宗則と名乗り、外務大臣として外交を行う人物となる。)
その彼等が最初イギリスに拉致されたのだという。が、そののちに薩摩の重野厚之丞氏がイギリスと交渉し、イギリスの軍艦や武器を生糸と交換した。その交渉が、うまくいき、五代と松木はイギリスの今度は留学という形で渡英しているという。
この訳の分からぬ話を当たり前にこのテレビでは語っているが、おかしくないか?
これ、以前記事にあげた「赤松小三郎を知っているかい?」の中に関氏が伝えた長州と何ら変わらない。
ただ長州の方が強引であっただけではないか。
武器を要するに薩摩はイギリスからどうどうと買っただけ。今の安倍政権がトランプから武器をいっぱい買っている外交と同じである。あたかも武器を購入する事を良しとする話におったまげる。
また拉致という言葉で、イギリスにしてやられたように伝え、留学という言葉であたかもいい事をしているように伝えている。さらに薩摩は王制を取り入れ、欧米の王を日本では天皇に仕立て、天皇中心の王制を敷き、軍国国家を目指した。
表向きは薩摩はイギリスとうまく外交を行い、武器を買い、欧米経済のやり方や、欧米文化を取り入れたように話を組み立てているが、ザビエルの時代から始まった植民地支配に、薩摩や長州がなし崩されただけに過ぎないのではないか。
なし崩しというより、グローバル企業にうまく取り入れられた日本人ということだろう。
江戸幕府は独自の国の体制を敷いていた。貨幣も日本で製造し、日本で流通していた。経済は大まかには日本国土で廻り、生活もこの日本の国内で生産し人々は生きていた。
それを欧米が植民地支配において、アジアにどんどん侵入し、宣教師の宗教支配で少しずつ地ならしし、国の中にある鬱積した空気を掴み、力を欲する権威主義の人間を取り込んで内から溶かしたのであろう。
それが身分の低い下級武士や差別された人たちだったのだろう。大久保も西郷も…今英雄と言われる人物は、豊臣秀吉のように下克上の如く力を夢見たのだろう。
しかし、そののし上がるための戦略が、武器商人と手を組み、欧米の権力に尻尾を振ることであった。これが王政復古のクーデターでもあった。五代や松木(寺島)は経済の重鎮とされているが、なぜ経済の重鎮となったのかは、欧米の言うように中央銀行を作り、経済活動をまったく欧米化し、そのお金の行き来を海外へ流通させたからである。
ゆえに朝ドラ「朝がきた」で伝えるように五代が広岡浅子と絡み、三井と絡み、三井が巨大な銀行へ転換することになったり、三井が今世に名を轟かす巨大グループ企業になり得ているのも、いわずもがなである。
余談だが、「英雄たちの選択」の1月3日の番組では、大久保が住んでいたという京都の家が写ったが、産業大学教授は、大久保は、祇園の芸者と住んでいたとわざわざ一人住まいしていたんではないと伝えた。ゲスい話をあえて流したのはなんでだろう?・・・
また江戸の無血開城を取りなしたのは、勝海舟や篤姫だということを以前「篤姫」の大河ドラマでは伝えていたが、徳川慶喜自らが大政奉還を1867年に行ったから、薩摩による江戸の戦乱は免れたのであった。
その慶喜の動きに危機を抱き、西郷と大久保が、慶喜を排除したに過ぎなかった。
ことごとく、武力で日本を混乱の渦に巻き込んで権力を奪い取った西郷と大久保率いる薩摩であったし、同時に同じような事が長州でも行われていたという事であろう。
「英雄たちの選択」で伝える英雄とはグローバル社会の中心に関与する人物ばかりである。
天正遣欧使節団も、長州の大村益次郎も、宮沢賢治も、・・・今回の薩摩たちも、グローバル企業に使われた使者である。
この人たちが後にあらゆる所で銅像となりシンボルになっているのであるが、このように形はあえて知ってほしいものであり、この銅像を誰がお金を出して、形づいていくのかを考えた時、このシンボルは権力があえて残した足跡であるという事である。
この番組は、薩摩をとにかくすごい!といい切る番組だった。
私がただ受け身で見ていたなら、その番組の構成どうりに情報を飲み込んでいただろう。
けれど、今の私には、司会者の言葉の使い方や表情、番組の構成、まとめ方、言葉の言い切りなどなど、ひかかってしょうがなかった。
安倍総理含め、このところの与党側の答弁を聞いているようだった。
つまり、”息を吐くように嘘をつく”具合に、『武力行使』という言葉をさらっと言い切って、目的の為なら…『貫く』とか、『すごい人』だとかいいつつ表情は笑顔を作り高揚する司会者やその場に居る人たちの空気によって、西郷も大久保も良い人に仕立てられるし、『拉致』という言葉を使って、あえて薩摩側の弱みを見せながら、『留学』という言葉で、私たちが留学にイメージを抱く善を引き出している。
そう思うとマスメディアから流れる言葉は、印象操作のためのツールとして使っているとしか思えない。
言葉には、民衆を安心させるキーワードと同情をかうキーワード、仕方ないと民衆が黙るキーワード、優秀だったんだとそれ以上突っ込めなくなるキーワードなどがある。
『拉致』や『留学』『経済』『武力行使』などのように。
また間違っていてもおかしくとも『すごい!』といいつつ絶賛する空気で、悪党はたちまち英雄になるのである。

前Blogで漫才師の村本氏が、当たり前のことを言ったまでだと言っていた。
確かに我々民衆は、当たり前におかしいと言う事が大事である。
しかし権力側も同じように悪い事を堂々と何が悪いと居直り、平然としているのである。ゆえに、私たち民衆は、この無表情もしくは平然とした表情や態度に、当たり前の空気だと錯覚に陥り、スルーする。
その繰り返しが、今の政治や社会の空気を作ってしまっている。
例えばダウンタウンの松本が、ヘラヘラと笑いながら、いじめのようなことを強いている。それを皆はお笑いだとして流してしまうが、れっきとした弱い物いじめとやってはいけない事である。
これを平然とテレビで垂れ流し、”何も悪い事じゃない。これがお笑いで、これ普通じゃん”という空気を作ってしまっている。
これを子供達はお笑いと錯覚し、これを日常でやってしまうのである。

今、京大人文学研究所准教授の藤原辰史氏が、現代思想という月刊本で、生態学の言葉の概念について語っている。
当たり前に使う私たちの言葉は、私たちに何をイメージさせるのか。またその言葉でどう操作されるのか。
当たり前に乱舞する言葉がもつ、意味、空気、イメージ等を考え直す時である。
単語の中には、巨大な物語をしみ込ませている事に気づくことである。
ある時から政治やマスメディアで瀕回に使われ出すWordは、深い意図が込められている。
これがプロバガンダの罠である。

*例えば、留学と聞いて、遠く異国へ勉学にいく優秀な人材と言うイメージを日本人は持つし、さらに白人には諂う意識を持っている。けれどナオミ・クライン書「ショックドクトリン」で記載されている通り、留学の意味合いは、逆に留学した国の経済活動や思想等を導入する先兵の育成とも言えるのである。あの当時の五代や寺島が、イギリスの何処で何を学んできたのか?長州ファイブが欧州の何処で何を学んできたんか?安倍総理も竹中平蔵氏も、稲田氏も・・・アメリカの何処で何を学んできたのか?
・・・そう言う事である。









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by polepole-yururin | 2018-01-04 11:03 | 歴史 | Comments(0)