ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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過疎の田舎の危険 (滋賀県余呉町)

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ここは、滋賀県長浜市余呉町菅並。
滋賀県と福井県の県境に近い村である。
夏やゴールデンウイークに実家に帰った時は、小さな息子たちを連れて、菅並の村を訪れたものだ。
菅並は高時川という一級河川の上流にあたり、そこには鮎や山女、どんこなどの魚の宝庫だ。
自然いっぱいののどかな場所である。
昔は、冬はたいへん雪深い土地で、二階から出入りをするほどだった。
私が学生だった頃、高時川上流にダムが出来るという話があがり、母たちは同じ伊香郡のある村に心馳せて、嘆いていたのを思い出す。
私もなくなるであろう高時川上流の村を見に行った。・・・
村の住民は反対しきれないんだろうか?・・・この村がなくなるなんて・・・
そして上流の村の余呉町小原(菅並の奥の村)の住民は、移住をしてダム計画を受け入れた。
しかし知事が変わり、この丹生ダムは治水限定ダムとして計画は縮小し、未だダム計画は凍結している。
今余呉町の奥の小原、鷲見、半明、針川、尾羽梨、田戸、奥川並の住民は、昭和45年から2006年のダム計画凍結に至るまでに移住をし、いまや廃墟の村と化している。
そのダム計画に至った経緯は、高時川の洪水問題を住民が訴えていたとあるが、それだけではなく、大幅な政府の公共事業の一つであって、又その村を捨てることを代償にダムによる固定資産税の還元という歳入、ダムを作るにあたっての人造湖をいかした観光開発などの財政再建を目指していた余呉町の思惑もあったのだという。
またそのダム計画の凍結後、余呉町は、原子力発電環境整備機構による高レベル放射性廃棄物処理場の誘致に立候補しようとしたが、当時の町長は再選出馬せず、その話は見送られたそうだ・・・
たいへん豊かな自然いっぱいの村落。
村人は、自然と向き合い、多くを望まず、細々と自然とともに生きることを選んで生きてきた。
しかしその村落に、産業はなく、お金を生み出す手段を見出せず、村から若者が離れていく。
その村落は、過疎の村となり、都会の人から見れば忘れ去られてしまう村となる。
そんな村に白羽の矢が立った。
ダム建設、放射性廃棄物処理場に・・・海が近ければそこは原子力発電所の建設場所となりうるわけで・・・
今日NHKの番組で、原子力発電所のある女川町野の浜の住民と震災についてのドキュメンタリー番組があった。
この女川町は財源が乏しく、住民は細々暮らしていた。
そんな女川町に、原子力発電所建設の話が持ち上がったが、住民はずっと反対を訴えていたという。
しかし政治の力に押され、住民は貧しさの中、原子力発電所からの財源を得て、又働き口をまかなうこととなる。
番組の中で「昔は貧乏だったぺ。おらは、原子力発電所に勤めて、生活が楽になった。・・・・・・
ま、ここは過疎の村なんだ。危ないものは、人の少ないどうでもいい村にもっていこうってするべ~。」とおじさんが言った。
今回の地震で、福島の原発事故を目の当たりにした、女川町住民の思いは、一変したという。
ただ、雇用の問題・・・豊かさの代償に、危ないであろうものを受け入れた住民の思い。
こんな問題が、日本中の自然豊かな村落に、あっちこっちあることに気付く。
今回の福島の出来事は、原発の問題だけでなく、いろんな公共事業の問題点を浮き彫りにし、私たちにいろんな角度から語りかけている。
我が故郷の好きな場所が、こんな状況に一時は陥っていたことを改めて知リ恐ろしさでいっぱいだ。
この問題は、余呉町だけの問題ではなく、その周りの町の・・・長浜市の・・・滋賀県の・・・近畿の(京都、福井、大阪、岐阜・・)・・・日本の問題であることを知らないといけない。
町長も市長も、知事も・・・
都会に人が集中し、村に人はいないから・・・被害が大きい少ないとかそんな問題ではない。
人の心は富と引き換えに、大事なものを失ってもいいと思える・・・不安定さを持ち合わせているのだと・・・
今余呉町は長浜市となり、上記の事業計画は凍結状態のままだけれど、一市民が個々に利害関係の結びつかない社会の一員となること・・・そして無関心でいないこと・・・それが大事かなと思います。
過疎化する村には、山や緑や海があり自然の恵がいっぱいだ。
その自然の中に、危険物を隠そうとする心貧しき人にはならないで・・・
by polepole-yururin | 2011-06-15 21:15 | 原発