ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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影絵劇のお知らせ

びわ湖のアゴラ『かめのつばさ君』影絵劇上演のお知らせです。

日時:3月11日(日)15時〜
場所:湖北野鳥センター 一階レクチャールーム
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里山・掛川のアゴラ『かめのつばさ君』影絵劇上演のお知らせです
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日時:2018年3月18日(日)開演18時〜
場所:アゴラ子ども美術工場


終了後は先生の手作り豚汁で歓談です!

*15時に小学生はアゴラに来てください。みんなで練習します。

*持ちもの:おなかがすくので、軽食・水筒をご持参ください。

*幼児クラスの子供達は開演(18時)30分前に来ていてください。

幼児クラスの子供達は、最初の前座を担当し、演じ終えたらお母さんと一緒に観覧します。次に低学年の子供達が演じます。演じ終えたらお母さんと一緒に観覧します。

今年はこのような感じで演じる事としました。

『かめのつばさ君』は最後の影絵劇となります。子供達は5年間演じました。子供達の成長を観てください。



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# by polepole-yururin | 2018-03-07 22:53 | お知らせ! | Comments(0)
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正月に買った時には殻をかぶってた猫柳が、殻を破ってめきむき芽吹いてきた。
根っこから切り取られた小枝だけれど、こんな小枝にもまだエネルギーは残り、芽を膨らませる。
そんなエネルギッシュな猫柳。
昨年の台風でメキっと足元からおれたアゴラの猫柳。
今年は、かわいい猫の尾のような芽を拝ましてはくれないだろう。
けれど折れた切り株の隣から出てきた曾孫生えがいつかまた大きくなるね。

今年のテーマ、『decomption ー分解ー』
無くなったようで新たな構築。
飛んでくる農薬の被害と突然邪魔だと切られた境地。
その境地から少しでも抵抗したいのと雑草対策で植えたハーブ等の風通しの悪さに虫歯まなれた猫柳。
新たな取り組み始めましょう。
戦いでなく、ただ私たちの思いを続けましょう。
いつか猫柳は芽吹き、回りの環境はまた変わってる。


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# by polepole-yururin | 2018-02-16 13:52 | 思うこと | Comments(0)
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好評につき、展覧会ロングラン。
大寒の最中にアゴラでは、発起人の渋垂秀夫氏と丸山孝広氏の展覧会を開催しておりました。
雪の降る滋賀からわざわざ来てくださっり、帰宅時雪に見舞われた東京の人、版画で有名な方、編集者、本屋さん、、画廊の方、そしてアゴラの親御さんがいっぱい来てくださいました。
特に注目は、日頃好奇心の塊の子供達が、触りたくなる先生の作品をじっと息を殺し見ていた事。
先生の作品展が今日からだっていつもより早くアゴラに来て、じっと見ていた小2のYちゃんの姿には、感動でした。
かっこいい!おしゃれ!いいね〜。不思議・・・などなどいっぱい声を頂きました。
二階の丸山さんの作品もあ!知ってるってな意見もあり、いろんな思いで見てくださっていました。
ありがとうございます。

ところで・・・
この展覧会が開催された1月22日は渋垂氏の誕生日でした。
そして・・・
『ゲド戦記』作者・アーシュラ・K・ル・グウィンさんが亡くなった日でした。
アゴラでは昨年『ゲド戦記』翻訳家の清水真砂子さんを演者にお招きし二度の講演をして頂きました。
清水さんの講演は、お母さんたち女性に大変反響がよく、自立する女性像に、希望を感じたと思います。
清水さんは『ゲド戦記』と、出会った時、これを訳さないと後悔すると思ったそうです。
それで高校教師を辞め、『ゲド戦記』の翻訳に取り組まれます。
翻訳するにあたり、彼女は作者・ル・グウィンさんの表現される情景をもっとリアルに感じたく、二巻に登場するテナーが閉じ込められていた城のイメージを中南米の遺跡に抱き、その場所を訪れ、そのレンガの階段を実際歩いて息の切れ具合を感じたり、翻訳するのに、ル・グウィンの言葉により近い日本語を探したんだそうです。
ただ知っている文字を変換するのではなく、身体で感じて表現した『ゲド戦記』だったそうです。
清水さんはル・グウィンとも親しくされていたそうです。
ル・グウィンの家には無造作にトロフイーが転がっていたそうで、そう言う賞状等邪魔なの・・・って言っていたそうで、その雰囲気を清水さんは面白く話されていました。
『ゲド戦記』を読み進めると、2巻、4巻は特に女性にとって共感できるお話で、その内容を一つ一つ感じると、これは日頃のル・グウィンの社会に対する意識なんだと私は思います。
また清水さんは、二巻をこれはすごい恋愛小説だと言われました。
そして清水さんの自叙伝『青春の終わった日』を読むと清水さんと『ゲド戦記』の二巻を妙に重ねてしまうのです。
つまり、ル・グウィンはたぶんゲド戦記の中に自分の意識を投映し、清水さんは『ゲド戦記』の中に彼女が登場していたのかもしれないと思いました。
ル・グウィンさんが亡くなったとお聞きしたのは、この展覧会に戸田書店の店長さんとかつての戸田書店の書籍仕入部長の方が来られ、偶然にも「ル・グウィンさんが1月22日に亡くなったよ」と知らせて頂いたからです。
さすが、本の事を知り尽くした方々だと思いました。
清水さんはきっといろんな思いでいらっしゃるのだろうと・・・
一つの歴史が終わったのか、伝え引き継ぐのか・・・
ル・グウィンさんの作品はも言う新たに生み出される事はありません。
でも海の向こうの彼女の本を私たち日本人が知る事ができるのは、翻訳家・清水真砂子さんがいらしたからこそです。
そしてル・グウィンさんの深い言葉表現にできるだけ近づいて訳してくださったから、私たちは、より『ゲド戦記』から様々な思いを読み取る事ができるのだと思います。
そんな思いに同調し、渋垂氏は、照明を暗くし、貝化石のかけらの上にアゴラのバラを添えました。

―追憶ー
喪に伏して、敬意を称して・・・

すると、次の朝、貝化石の上のバラが消えていました。
?え?・・・誰かきた?
わからない・・・ネズミ?・・・風のせい?・・・
消えた手向けたバラ・・・

最終日、先生は保育園の方が持ってきてくださった花束の中の一輪のオレンジのバラを貝化石のかけらの上に手向けました。
色づいたバラ。
新たに始まる、生命の循環。
分解からまた始まる。
私たち

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昨日は走る本屋さん・高久書店がアゴラに来ました。
何人かアゴラの親御さんも来てくださっていたのですが、写真を撮りにいくのを忘れて・・・
副店長さんがアゴラが好きで、アゴラの制作に夢中になっていましたもので・・・
かわいい副店長さんは、ノコギリで木を切って、弟にってかわいい車を作って帰りました。
高久書店も走り出してちょうど一年でしょうか・・・
思いがあって、形になって、続けること・・・
その連続に人々の意識に今日もあるって当たり前になっていくのだなって思います。
思いが思いを繋ぎ、広がり、新たな出会いを持ち込みます。
『ゲド戦記』作者アーシュラ・K・ル・グウィンの訃報もここから頂きました。
大事なもの、大事な事を伝えるのは、テレビ、新聞、雑誌等だけでない。
本当に大事なものは何かを個人個人が意識し、それが大事な事だと大事に丁寧に伝えられる。
これからの情報は、そういう関係性の中につながりを持たせ、運ばれるものだと感じます。
本も情報もありがとうございました。





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# by polepole-yururin | 2018-02-05 15:48 | お知らせ! | Comments(0)
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只今、アゴラでは、渋垂秀夫&丸山孝広展開催中です。
渋垂秀夫氏の個展は10年ぶりです。
渋垂氏の個展『分解 decomposition 』。
彼の作品には一連のテーマがあります。それが循環です。
循環を意識する。
水があり、流れがあり、植物があり、自然があり、人がいて、生きるとは・・・逝くとは・・・全てが循環。
以前の作品展『compotion』から、今『分解 decompotion』へ
なぜ 分解なのか・・・
私たちは循環の中に生きています。
そして当たり前に今ここにあると思っています。
けれど、この当たり前の中に私たちは委ね、これを当たり前に享受して生きてきたように思います。
その享受してきた事は、何処からはじまり続いてきたのか・・・
教えられ、与えられ、この流れが、当たり前で、疑いも無く繰り返された。
けれど、何か違っていた・・・
何が違うのか?
それを感じる時、概念そのものが違っていたのかもしれない。
歴史学者であり、思想家の藤原辰史氏は、月刊誌「現代思想」の中で、生態学の言葉を分解しました。
生態学は、私たちの一番核となる生き物としての進化や存在を学問として私たちに伝えます。
私たちはどんな存在なのか?生き物はいったい何なのか?
その学問の中において私たちは、生き物を意識し、生き物たちをふるい分けして、自分達の位置を確かめました。
藤原氏は、今の社会の違和感を生態学の言葉に意識し、この生態学分野で使われる言葉の概念に着目し、分解しました。
分解する事で何が見えたか・・・
言葉とは、私たちに様々な意識の固定をするものだと私は理解します。
その藤原氏の意識は、今までの戦争史や農業史の歴史学者を超え、新しい分野に注がれました。
それに連動したように、渋垂氏は、自らの作品展を振り返り、新たな試み。
世界中の子どもが例外無く描く、頭足人。円の獲得から頭足人。
子どもは、身体で円を描き、その次に足が、その次に手が・・・そして頭足人を描くのです。
渋垂氏は今回の作品展では500枚の素描画を描きました。
子どものように身体で描く、感覚で描く、力を抜いて自由に描く事を試みました。
その作品をアゴラの教室に並べ、分解の文字を添えました。
目の前には彼の不思議な大きな絵が、アゴラの教室を見渡します。
水で描く彼の技法。
鳥なのか?人なのか?山なのか?虫なのか?何なのか???
でも面白いこの絵って何?
想像してご覧。創造してご覧。
イマジンが流れてきそう♪
もっと自由に、もっと力を抜いて、面白く、生きようと言っているように思いました。
美術がいらない教育になるとは、どんな社会になるのかを創造した事がありますか?
固く、凝り固まり、文字が乱舞し、規則ができる。正しいという概念を権力が与えるのです。
美術教育の縮小は、そうぞうの希薄・・・そうぞうの欠落・・・固く、凝り固まった窮屈さに閉じ込められる。
これに、NOっしたらいいんだって、わたしたちはもっと自由に生きられる。もっと素直に生きられる存在なんだよって教えているような感じがしました。
感じる作品作ってみろよって先生は若者にずっと訴えてきました。
感じる作品が今ここにあります。

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今回の作者。左・丸山孝広氏と右・渋垂秀夫氏
下の写真は、渋垂氏の作品制作風景です。
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二階は、イラストレーターの丸山孝広氏のデジタルアート作品と写真の展示です。
丸山さんの作品を見たとき、どっかで見た事あるな〜って感じませんか?
彼の作品は良く様々な雑誌や本の挿絵になっています。
昔は手書きで描かれていたイラストですが、パソコンが生まれてから、今やデジタルアートの時代になってしまいました。
彼は、手書きから、デジタルワークもこなすイラストレーター。
作品は商品となり、個展云々という世界より、細かな作業の中にアーティストとして生きてこられました。
この作業は、大変身体を酷使するのですが・・・
つまり、パソコンと肉眼の距離は10センチの世界で小さなドットとのにらめっこ。
デジタル処理の複雑さはなかなか素人には伝わらないものですが、大変苦労のいる作業なのです。
この作業は、目を酷使したり、云々・・・
そう言う方々の労あって、私たちは日常のものを手ににて楽しんでいる訳です。
そういう仕事の傍ら、アゴラのキャンプに10年通ってくださって、木琴おじさんとして子供達と関わりを持ってくださっています。
モノクロ写真は、彼のまなざし。
なぜモノクロですか?
できるだけ余分なものは消したいの。このシンプルなところに、それぞれ色を感じて付け加えたらいいと思っていると丸山さんは言いました。
子供達の良い笑顔がたまらない。
おばちゃん先生の息子たちの写真もありました。
あのおどけない表情をしていたんだな〜と、子どもの純朴な表情に成人した息子を重ね、先生たちの寄り添って頂いた時間経過を噛み締めました。
他にもアゴラで行った「KAMEの翼プロジェクト」のチラシや講演会、リーフレット等のデザインワークをやってくださった丸山さん。その作品も展示しております。
是非お越し下さい。
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# by polepole-yururin | 2018-01-31 23:00 | お知らせ! | Comments(0)
只今、アゴラでは、個展 開催中です!

”decomposition ―分解ー” 渋垂秀夫

“アゴラ子ども美術工場と
KAMEの翼プロジェクト関連のデザインワーク“ ー丸山孝広ー




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丸山氏は彼のイラストレーションやデザインワークそしてアゴラに関わった写真を楽しく紹介。どんな+になるか?楽しみな展覧会。


日時:2018・1/22(月)〜2/4(日)11:00〜19:00

場所:アゴラ子ども美術工場・ギャラリー
    静岡県掛川市千羽1679 ☎0537-27-1428   090-6351-6633



あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
アゴラは今月22日〜2月4日まで展覧会を開催します。
アゴラの発起人・渋垂秀夫先生と、先生の大学時代からの友人でイラストレーターの丸山孝広さんの展覧会です。
彼等が大学生だった時は、教育が産学共同へ移行しようとした頃です。つまり学生運動の時代。
学生運動は、あの頃の学生が、純粋な教育体制から産業に結びつく教育体制に持って行こうとした大学側へ抗議しての運動でした。
これは、本当に大事な運動でした。
学生たちは声を上げて、身体を張って阻止しましたが、教育体制は次に来る高度経済成長の渦の中に潜り込んで、産学共同教育へ移行しました。
今、子供達の親世代が、沖縄や、日米安全保障条約、あの当時の学生運動や抗議行動の内容等大事な事を知らないのは・・・
自分を持てず、競争に向かっていく意識や、場の空気を読んでしまうのは、なぜか?
これが産学共同時代の教育とそれまでの教育の違いなのだと思います。

そして世の中は、あの頃にと戻ろうとする空気を持ちはじめます。
安倍政権は2015年、集団的自衛権を国会で強引に通して、その前から武器輸出を行い、フランスで行われた武器展示会・ユーロサトリで日本の企業も12社参加しました。それから企業は毎年この会に参加しています。また、安倍政権は教育予算を削減し、軍事研究に加担する大学や部署に教育予算をつけるとしました。
これらの事は当然憲法に違反する行為です。が、強引に戦争をする国を肯定し、教育に軍産複合体体制を入れこんでいます。
これに対して、各大学の教師や有識者と学者たちは、この産学軍教育に反対し、いろいろな集会を開いています。
昨年10月に京大総長の山際寿一さんが、学術会議の会長に就任しました。これからいい空気が広がっていきますようにと思います。

あの時代を生き、教育、子育て、…子どもとは何かを思考し、関わってきた先生方の表現が今時を経て、ここに生まれます。

”decomposition ―分解ー” 渋垂秀夫

“アゴラ子ども美術工場とKAMEの翼プロジェクト関連のデザインワーク“ ー丸山孝広ー

アゴラにお越し下さい!



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# by polepole-yururin | 2018-01-07 17:28 | お知らせ! | Comments(0)

歴史認識と言葉の罠

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今年正月にウーマンラッシュアワーの村本氏は、沖縄に行ったそうだ。
沖縄の事をなんも知らないからいくって。
そう、知らせなかった日本だった。教育で教えないんだから、いったい教育とはなんだろう。
観光の沖縄となった沖縄の海の対岸は、石灰石をとる為に山が無惨に破壊され、ダンプの行き来が甚だしい。
アメリカ村にいけばアメリカの戦闘機が何台もアクロバット飛行。これを写メする観光客。
沖縄の人は観光よりもアメリカ村で働いている。
アメリカ村の海岸はサンセットが奇麗。そこに堂々と白人がレットリバーやシェパードなどの大型犬と袋持たずに散歩する。
カリフォルニアかと思いきや、ここは日本、沖縄。
犬の糞が所々に放置してある。ここのアメリカ人は堂々としている。治外法権の領域。
1945年4月アメリカは、このアメリカ村の所から沖縄に侵入した。その後、沖縄を破壊し、上記写真の海の対岸・今帰仁(なきじん)まで攻め入った。
アメリカは沖縄の80%の人を収容所に入れた。収容所から出た時には、自分たちの家々は大型重機によって潰されて、帰る家も土地も無くなった。
沖縄の人たちが、基地で働き、そののちアメリカ村で働き、観光のために働いているのは、なんでだろう・・・っていうこと。
下記名護市の山々は、シダジイの山々。
500もの生き物がこのドングリで生きながらえる。ヤンバルの森は沖縄独特の固有種がたくさんいる。
ベトナム戦争時、このヤンバルの森の中にはベトナム村と呼ばれ、ベトナム人に仕立てられた沖縄の人が模擬戦闘訓練にたびたびかり出されていた。
先日までヤンバルの森の中には安倍政権がアメリカの為にオスプレイヘリパットの新たな建設を強引にすすめていた。
沖縄のど真ん中はアメリカの基地がどどんと占領している。

その沖縄は、江戸時代、薩摩は琉球に攻め入って、支配下におさめた。そして明治政府により琉球王国は、勝手に廃藩置県により沖縄県にされた。幕末、薩摩が京都に入ったとき、薩摩は琉球使節団を連れてきて、京都の町を練り歩いたという。
この琉球使節団のお話は、これから記す昨日の「英雄たちの選択」で伝えた一説である。
沖縄の負は、いつからはじまり、明治の世は誰によって作られたのか・・・ということである。
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昨日21時〜23時までNHKBSで、「英雄たちの選択」の特番があった。
赤松小三郎の事が流れるとあって、見ていた。
赤松小三郎の事はほんの少しだった。誠残念であったが、この赤松小三郎がここに表記された事自体が大事な一歩だとしたら、これは喜ばしい事なのかもしれない。

この薩摩の事を取り上げた「英雄たちの選択」は、今年の大河ドラマ「西郷どん」にむけての企画なのだろう。
鹿児島は、この空気に乗って観光イベントを繰り広げていくのだろう。
コメンテーターの方に、なぜ投資家がいるのかが不思議だったが・・・
ちょうど見始めたのは21時30分頃からだった。
生麦事件が起こった頃からだ。
生麦事件は、私も教科書の中で暗記した。ただ暗記しただけだった。
生麦事件でイギリス人を殺害。その後薩瑛戦争が勃発。その時に動いたのが薩摩の武士の五代友厚と松木弘安だった。
(五代は昨年の朝ドラ「朝が来た」の広岡浅子と絡んだ人物で、後に大阪の経済界の重鎮になる。また松木は後に寺島宗則と名乗り、外務大臣として外交を行う人物となる。)
その彼等が最初イギリスに拉致されたのだという。が、そののちに薩摩の重野厚之丞氏がイギリスと交渉し、イギリスの軍艦や武器を生糸と交換した。その交渉が、うまくいき、五代と松木はイギリスの今度は留学という形で渡英しているという。
この訳の分からぬ話を当たり前にこのテレビでは語っているが、おかしくないか?
これ、以前記事にあげた「赤松小三郎を知っているかい?」の中に関氏が伝えた長州と何ら変わらない。
ただ長州の方が強引であっただけではないか。
武器を要するに薩摩はイギリスからどうどうと買っただけ。今の安倍政権がトランプから武器をいっぱい買っている外交と同じである。あたかも武器を購入する事を良しとする話におったまげる。
また拉致という言葉で、イギリスにしてやられたように伝え、留学という言葉であたかもいい事をしているように伝えている。さらに薩摩は王制を取り入れ、欧米の王を日本では天皇に仕立て、天皇中心の王制を敷き、軍国国家を目指した。
表向きは薩摩はイギリスとうまく外交を行い、武器を買い、欧米経済のやり方や、欧米文化を取り入れたように話を組み立てているが、ザビエルの時代から始まった植民地支配に、薩摩や長州がなし崩されただけに過ぎないのではないか。
なし崩しというより、グローバル企業にうまく取り入れられた日本人ということだろう。
江戸幕府は独自の国の体制を敷いていた。貨幣も日本で製造し、日本で流通していた。経済は大まかには日本国土で廻り、生活もこの日本の国内で生産し人々は生きていた。
それを欧米が植民地支配において、アジアにどんどん侵入し、宣教師の宗教支配で少しずつ地ならしし、国の中にある鬱積した空気を掴み、力を欲する権威主義の人間を取り込んで内から溶かしたのであろう。
それが身分の低い下級武士や差別された人たちだったのだろう。大久保も西郷も…今英雄と言われる人物は、豊臣秀吉のように下克上の如く力を夢見たのだろう。
しかし、そののし上がるための戦略が、武器商人と手を組み、欧米の権力に尻尾を振ることであった。これが王政復古のクーデターでもあった。五代や松木(寺島)は経済の重鎮とされているが、なぜ経済の重鎮となったのかは、欧米の言うように中央銀行を作り、経済活動をまったく欧米化し、そのお金の行き来を海外へ流通させたからである。
ゆえに朝ドラ「朝がきた」で伝えるように五代が広岡浅子と絡み、三井と絡み、三井が巨大な銀行へ転換することになったり、三井が今世に名を轟かす巨大グループ企業になり得ているのも、いわずもがなである。
余談だが、「英雄たちの選択」の1月3日の番組では、大久保が住んでいたという京都の家が写ったが、産業大学教授は、大久保は、祇園の芸者と住んでいたとわざわざ一人住まいしていたんではないと伝えた。ゲスい話をあえて流したのはなんでだろう?・・・
また江戸の無血開城を取りなしたのは、勝海舟や篤姫だということを以前「篤姫」の大河ドラマでは伝えていたが、徳川慶喜自らが大政奉還を1867年に行ったから、薩摩による江戸の戦乱は免れたのであった。
その慶喜の動きに危機を抱き、西郷と大久保が、慶喜を排除したに過ぎなかった。
ことごとく、武力で日本を混乱の渦に巻き込んで権力を奪い取った西郷と大久保率いる薩摩であったし、同時に同じような事が長州でも行われていたという事であろう。
「英雄たちの選択」で伝える英雄とはグローバル社会の中心に関与する人物ばかりである。
天正遣欧使節団も、長州の大村益次郎も、宮沢賢治も、・・・今回の薩摩たちも、グローバル企業に使われた使者である。
この人たちが後にあらゆる所で銅像となりシンボルになっているのであるが、このように形はあえて知ってほしいものであり、この銅像を誰がお金を出して、形づいていくのかを考えた時、このシンボルは権力があえて残した足跡であるという事である。
この番組は、薩摩をとにかくすごい!といい切る番組だった。
私がただ受け身で見ていたなら、その番組の構成どうりに情報を飲み込んでいただろう。
けれど、今の私には、司会者の言葉の使い方や表情、番組の構成、まとめ方、言葉の言い切りなどなど、ひかかってしょうがなかった。
安倍総理含め、このところの与党側の答弁を聞いているようだった。
つまり、”息を吐くように嘘をつく”具合に、『武力行使』という言葉をさらっと言い切って、目的の為なら…『貫く』とか、『すごい人』だとかいいつつ表情は笑顔を作り高揚する司会者やその場に居る人たちの空気によって、西郷も大久保も良い人に仕立てられるし、『拉致』という言葉を使って、あえて薩摩側の弱みを見せながら、『留学』という言葉で、私たちが留学にイメージを抱く善を引き出している。
そう思うとマスメディアから流れる言葉は、印象操作のためのツールとして使っているとしか思えない。
言葉には、民衆を安心させるキーワードと同情をかうキーワード、仕方ないと民衆が黙るキーワード、優秀だったんだとそれ以上突っ込めなくなるキーワードなどがある。
『拉致』や『留学』『経済』『武力行使』などのように。
また間違っていてもおかしくとも『すごい!』といいつつ絶賛する空気で、悪党はたちまち英雄になるのである。

前Blogで漫才師の村本氏が、当たり前のことを言ったまでだと言っていた。
確かに我々民衆は、当たり前におかしいと言う事が大事である。
しかし権力側も同じように悪い事を堂々と何が悪いと居直り、平然としているのである。ゆえに、私たち民衆は、この無表情もしくは平然とした表情や態度に、当たり前の空気だと錯覚に陥り、スルーする。
その繰り返しが、今の政治や社会の空気を作ってしまっている。
例えばダウンタウンの松本が、ヘラヘラと笑いながら、いじめのようなことを強いている。それを皆はお笑いだとして流してしまうが、れっきとした弱い物いじめとやってはいけない事である。
これを平然とテレビで垂れ流し、”何も悪い事じゃない。これがお笑いで、これ普通じゃん”という空気を作ってしまっている。
これを子供達はお笑いと錯覚し、これを日常でやってしまうのである。

今、京大人文学研究所准教授の藤原辰史氏が、現代思想という月刊本で、生態学の言葉の概念について語っている。
当たり前に使う私たちの言葉は、私たちに何をイメージさせるのか。またその言葉でどう操作されるのか。
当たり前に乱舞する言葉がもつ、意味、空気、イメージ等を考え直す時である。
単語の中には、巨大な物語をしみ込ませている事に気づくことである。
ある時から政治やマスメディアで瀕回に使われ出すWordは、深い意図が込められている。
これがプロバガンダの罠である。

*例えば、留学と聞いて、遠く異国へ勉学にいく優秀な人材と言うイメージを日本人は持つし、さらに白人には諂う意識を持っている。けれどナオミ・クライン書「ショックドクトリン」で記載されている通り、留学の意味合いは、逆に留学した国の経済活動や思想等を導入する先兵の育成とも言えるのである。あの当時の五代や寺島が、イギリスの何処で何を学んできたのか?長州ファイブが欧州の何処で何を学んできたんか?安倍総理も竹中平蔵氏も、稲田氏も・・・アメリカの何処で何を学んできたのか?
・・・そう言う事である。









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# by polepole-yururin | 2018-01-04 11:03 | 歴史 | Comments(0)


最近ほとんどテレビを見なかった。どのテレビも終わっているからだ。大事な事は流れない、いらないニュースばかり流れる。うんざりの極地だった。
が、たまたまリビング行くと、テレビが流れていた。
ザ・漫才だった。
昔はよく見て笑っていたな〜。
いつ頃か・・・震災前のことだった。
あれから6年半以上もたってしまった。被災地に行ったのもついこの間の事のように思えるのだが、あのとき5年生だった息子は、もうこの春には大学生。その年に生まれた子供達が小学一年生なのだから、いつの間にか時間だけが経っている。
ただ私はあの頃から、いつ日本は良くなっていくのかと毎日指を数えて、日をおっているからか、まだ震災は昨日のように思えるのだ。
ま、たまにお笑いも悪かないかと見ていた。
知らない若手漫才師がこの6年で幾人か出ていた。流行にのっていない自分を感じた。
面白いが、やっぱりあの頃のようには馬鹿笑いできなかった。
するとウーマンラッシュアワーが出てきた。
早口言葉で話す村本の空気が違っていた。
福井は北朝鮮の隣というフレーズで始まった。
すると村本は大飯原発の大飯出身だと言う。
それから、大飯原発の夜事情を伝える村松のセリフに”オ〜〜〜!”と唸ってしまった。
次に東京、次に沖縄、次に熊本、次にアメリカ、北朝鮮、最後に日本。
最後の日本で、国民の民意の低さを伝えていた。
すげ〜!
震災後、私は東北に大飯に、沖縄に何度か足を運んだ。村本の言うようにテレビから流れない民衆の言うに言われぬ状況を目にしてきた。
ゆえに、東北、福井、沖縄、熊本に押込められた声を村本の言葉に凝集されているように思った。
仮設住宅に住む人たちは、本当にオリンピックよりゆったりと過ごす年越しを願っているだろうに、この声をどうか忖度などという言葉や意識で消されずに、大きく広がっていってほしいと思う。

他にも、いろいろと、北朝鮮問題にむけての疑惑がテレビに流れているそうだが、ネットもテレビも惑わすプロバガンダが横行しているゆえに、民衆は右往左往する人もいるし、右往左往する前に、未だに村本のいうように芸能情報に飲み込まれている人もいるだろう。
事はどこに向いているのだろうか・・・
先週のこと、たまたま田中龍作ジャーナルの記事に釘付けになった。
韓国を独裁の国とし、北朝鮮を工業の発展した国としていた。
私は戸惑い、隣の国、韓国と北朝鮮の事を何も知らない自分に気づいた。
なんで、知らないのだろう?私は韓国の何を知って、北朝鮮の何を知っていたのだろう?なんで北朝鮮ミサイルが!?という言葉で日本を揺るがす報道が連日あるのに、その北朝鮮の事を何も知らないのに、北朝鮮を怖いと日本はしているのだろうか?
それに工業発展の国っていつだ?韓国が独裁国っていつだ?・・・
私は怖くなって、急いで図書館に向かった。
朝鮮という国はいつ日本に侵入され、その朝鮮がなぜ二つの国に別れたのか?
朝鮮戦争はなぜ起こり、なぜ終焉しないのか?
それを知りたく何冊かの本を借り、その中でも、中立の話を知りたくて、いろいろ読んでみた。

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朝鮮戦争の社会史―避難・占領・虐殺 単行本 – 2008/10



この本を読んで、怖くなった。
韓国と言う国と、李承晩・・・李承晩の生い立ちや彼の生き様は、まさに先日記載した赤松小三郎の記事の中の長州人の動きであるし、李承晩の徹底したアメリカ追従の政治は、ナオミクライン著の「ショックドクトリン」の中にあるチリのクーデターの様相そのものであった。
さらに、1945年2月に国連軍がヤルタ会議を開催しているのだが、その会議では、朝鮮の統治を国連軍で分配する事を決めている。東京大空襲は1945年3月10日であり、沖縄が占領されたのは1945年6月23日であるし、広島に原爆が落ちたのが1945年8月6日で、長崎が1945年8月9日であり、終戦は8月15日。そして本当の終戦は1945年9月6日という記載もある。
国連軍は2月の段階で、日本がとっていた朝鮮領土の分割の取り決めをしているのだから、もう日本の敗北は決まっているではないか。さらに李承晩は、その時、国連軍に南朝鮮を「大韓民国」といい、国を作っているのである。正式にはまだ国は認められなかったが、なぜ、2月の段階で、朝鮮人の李承晩が、国作りの承諾を得る事ができたのか。
この不思議な日程に、愕然とした。
この2月の段階で日本が負けると判断されているのであれば、東京大空襲も沖縄への上陸も、原爆も落とす必要はなかっただろう。
それなのに、日本がズタズタになってしまったのだ。それも民衆をことごとく地獄に押し込めた悲劇がその後繰り広げられているのである。
「朝鮮戦争の社会史」を読み進めると、国家とは容易くできるものと理解できるし、冷戦という言葉も国連軍の思惑で作られたもののようにとれるし、その戦争という恐ろしき状況も偶然に生まれた産物ではなく、大変意図的に、計画的にただただ遂行されるものと理解する。
大統領も、与えられた役職であるように感じるのである。
私たちは、ヘイトスピーチに持っていかれたり、部落差別という言葉や在日という言葉に持って行かれてしまい、敵味方の意識を植え付けられ分断させられようとしている。
しかし、どこの国も被害を被るのは民衆であり、戦争に駆り出されるのも民衆であり、敵味方といって向き合う意識も実は民衆だけである。
戦争だと始めるのは、その国の首相や、大統領であり、そのタイミングは、計画の中にあるのである。
さらにその後ろには大国がいる。
今北朝鮮問題を考えた時、北とアメリカ、日本の今の現状だけを見るよりも、戦中戦後の朝鮮の歴史を知ることが大事である。
現代史は時間切れと二年前の紅白でサザンオールスターズは歌ったが、終戦と、サンフランシスコ条約で歴史は終わって、後は各自で読んでおけで終わった日本の社会科の授業。
安保反対運動を知らない大人が受けた教育がこれであるゆえに、私たちは、沖縄も朝鮮も興味を持つ事さえできなかったのではないかと。
北朝鮮の民衆も、韓国の民衆も同じく自国の歴史を知らない。
なぜ知らないのか・・・日本と同じである。
マスメディアから何が流れ、教育で何を学んでいるか。
なぜ銅像が建てられるのか?ということも純粋なものかどうか・・・
視覚操作に持っていかれていないかな・・・
韓国も北朝鮮も日本も台湾も・・・民衆一人一人が、このトリックに気づくときである。
私たち民衆は同じである。
差別もある時誰かにより煽られた意識から生まれたのである。
今までの鬱積した気持ちが権力に向けられず、優越感や侮蔑館を持たせられ、誘導され、その誘導が集団となってとてつもない塊を作り、無力な民衆を閉じ込めてしまうのである。
そして権力は国家を強調し、私たち個人を国家にすり替えられてしまう。
戦争が起こる前、民衆は国家を意識させられる。オリンピック、ワールドカップ、国体、・・・
国家は私ではない。私は私である。
当たり前に言える日常にいたい。ならどうする?
国家より個人に、他者より私に意識をおくことだろうし、風通しの良い日常を意識して保つ事だろう。



田中龍作ジャーナル






池上さんの番組・・・それは何を伝えるのか



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# by polepole-yururin | 2017-12-19 00:06 | 思うこと | Comments(2)
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講演会が終わり、少し落ち着いたので、岩上安身iwjの動画を見てみた。
戦争特集とあって開いてみたら、拓殖大学の関良基氏のインタビューがあった。
以前から気になっていたのだが、忙しくて動画を見れなかった。
腰を入れて見始めた。
『長州レジューム』の言葉に目が止まった。
そうそう!そうなんよ。戦後レジュームじゃなく、明治から日本はおかしくなっていたんだよね。
そこをちゃんと紐解いてくださる人がいる事に安堵した。
関氏の言葉に納得がいったのは、彼は環境問題の専門家であって、歴史の専門家ではないこと、だいたい歴史学会とか、経済学会とか学会に所属している専門家は、上下のヒエラルキーが出来上がっていて、おかしいと思っても、上に歯向かう事はできにくく、長い者に撒かれるというのか、本心を言えない空気があるのか専門を突き詰めていけば、後戻りできない所まで来てしまっているのが現状だと言う。
特に経済は経済学者の中でグローバル化を提唱する動きが多感で、自由貿易が!という人たちが多数いる。そこに「違う!」と言えぬ空気がある。
また歴史学に関しても、今まで明治が文明開化した時代や、西郷隆盛、伊藤博文、大久保利通、桂小五郎などなどあの人たちありきの明治維新善!の歴史を「おかしい」とは到底言えず、今まで通りの歴史認識が前提に、歴史は繰り広げられていく。そこに違うだろうとは学会の中からは生まれないのであるという。
その言葉に私は大変共感した。
医療において、私はいろいろ見てきたが、私が習った医療はどんどん病気を生むシステムになっている。さらにそのまっただ中にいる人は学会に所属しているが、何をいっても到底聞く耳を持たない。学会の中の自分の存在が大事で、外野の言う事は専門外だと、無知な一般人の遠吠えとなって切り捨てられる。
しかし、医療ほど恐ろしいものはなく、人々の寿命をどんどん削っている医療システムが成り立っているとどうしたって思える。賢い医者を探しても、本当が本当に出てこない。おかしいだろう!?っと思っていた。
関氏のこの発言はもっともだと思った。
また、関氏の水利権、ダム問題の動画には、ことごとく、利権構造が浮き彫りにされてる。
どうして今麻生が水道の民営化を言い出したか、、、これは同じく、関氏の著書『自由貿易神話解体新書』に記していて、日本の問題になっているTPPに多いに関係している。
種子法を触って、水道の民営化は、人々の命を左右するものをグローバル企業に明け渡した政策であり、この大事な命を守る為の垣根を壊し、格差を作り、人が普通に生きる事さえ奪う。この基本的人権を無視した国家体制を着々と自民党は作っている。
ダムはこの国の土建と多いに関係し、文部技官の前川氏の天下り問題に似た事が、あらゆる省庁で繰り返し行われているという事実である。さらにこの天下り場所を作るにあたり、ダム建設は、あえて地盤の緩い場所に作られているようで、あえて繰り返し補修事業が行われる事が天下る人々の懐を肥やす。
これは建設省と土建の癒着である。
医療においても十分に説明はできる。731部隊の軍医はA級戦犯にも裁かれず、薬害エイズや、原爆、あらゆる公害問題において活躍している。さらにキリスト系の病院、日本赤十字社関係、血液製剤の会社等へ天下っている。
日本経済がどんどん空洞化し、外資にやられている経過は、日本の経済が日本人の為に経済をまわしているのではなく、一握りの人が上記のように私腹を肥やしている構図があるからだ。
この事は、岩上安身iwjの関氏のインタビュー記事を見ればよくわかるので、是非しっかりと見てほしい。

さて、この日本の構造がどうしてこうもひどいのか?
これはひとえに脈々と権力構造が続いていたにほかならないのである。
そこに登場するのが歴史上から葬られた赤松小三郎である。
赤松小三郎は幕末に生きた下級武士であり、明治維新後の日本を支えた人物だという事。
さらに赤松は立憲主義の礎を150年以上前に説いていた人物であったという事。五日市憲法よりももっと民主的な思想であったそうだ。ちなみに大日本帝国憲法は憲法と言えず、単に上から与えた法である。憲法とは権力を監視するものをいう。
関氏は、歴史学者以外の自由な立場から、さらに赤松と同郷の立場から彼を紐解きこの世に明かしたひとりである。
赤松小三郎が日本史に登場しないのは、1868年9月3日、京都で薩摩藩に暗殺されたのだと言う。暗殺に関わったのが、来年大河ドラマになる「西郷隆盛」と大久保利通と、中村半次郎だったそうだ。そうなると、薩摩ってなんだ?江戸の無血開城ってなんだ?
さらに、関氏は経済学の域からも歴史を紐解き、民衆の帳簿に1858年に調印した不平等条約である日米修好通商条約の前に江戸幕府(本当は幕府ではなく、公儀だという)は、生糸を他国に輸出し、関税20%で貿易をしていたという事実を伝えた。ではなぜ不平等条約になってしまったかというと、その頃単独で長州がイギリスに戦争をふっかけて簡単に負けた。このふっかけの責任追及の為に江戸幕府にイギリスは、責任を追求し、関税20%は大幅に下げられ、さらに莫大な賠償金をとられてしまった。それだけでなく、イギリスは、長州を掴み、長州を利用し、グラバーから武器を長州に垂れ流し、この地から、日本を内から溶かしてしまった。ここに関わったのが、坂本龍馬であり、薩摩藩である。
明治維新は、クーデターである。ISが、アメリカに買われた人たちであるように、150年前に、長州の下級武士たちは、イギリスに買われた人たちであった。
長州の獅子と言われる人たちはビンラディン氏率いるアルカイダであり、ISであり、…延々と続く形である。
という事は明治政府は、イギリスに乗っ取られた傀儡政権だと言う事か・・・
明治以降急激に進んだ西洋文化革命は、新しい夜明けというよりも心を持っていかれた武力行使の末の結果であった。
今、安倍政権が明治150周年を祝うセレモニーを企画しようとしているが、この歴史を掘り起こしてみれば、さらにこの現政権が何を引き起こそうとしているのかがよくわかる。

明治は決して明るいとは言えない。軍国主義にひたすら突き進み、日本人を臣民と見なし、勝手に天皇を西洋のキリストの存在に仕立てた新興宗教を日本人全員に押し付けた独裁時代だったと言える。
その形が昭和まで続き、たびたび戦争を引き起こす破壊の時代っだったところに、アメリカと言う国が明治政府の上に君臨し、明治政府の末裔はそのまま使われ続けているということか。
ちなみに大久保利通の末裔は吉田茂であり、麻生である。・・・

そんな消された歴史が今、表に現れてきたわけだ。
ふと赤松小三郎氏の事を知りたくなった。
関氏の郷里でもあり、赤松小三郎の生誕地へふと行ってみたくなった。

台風22号の来る前の秋晴れの日、東京から上越新幹線で信州上田に向かった。
途中軽井沢を通過した。軽井沢の駅前はアウトレットモールのごとく、観光スポットなのか、降りる客人も多数いた。
宮崎駿の「風立ちぬ」の舞台か・・・とうんざりした。
だいたい、東京から上田にかけての駅周辺は、どこも同じ様相を見せていて、その土地の趣きは消えている。イオンモールやアウトレットショップ、ユニクロ、ナイキ、アディダス・・・グローバル企業が陣とっている。
これが続くのか、はたまた日本の・・・各土地の良さが生まれる時代になっていくのか・・・私は後者に期待したいが・・・
上田駅について上田城に向かった。上田城では、大々的に真田フェアーをやっていた。去年の大河ドラマの余韻を残し続いているようだった。ただ、中に入れば、作りもんの渦中と、コピーのような説明文と年表、大変簡単な真田家の話の映像。そして大画面のCGモニターが待っていた。
しかし三半規管の弱い私は一秒も画像を見れず、リタイヤ。これを上田市は観光スポットとして、商業ベースに載せて映像会社に多額のお金を払って村おこしをやっているのか・・・と悲しくなった。
今の世において歴史は、もはや大河ドラマであり、大河ドラマを知っている事が歴史に通ずることになり、古き古文書を読み取るよりも新たに小説家によって作られた物語に酔いしれる事が美徳とされているようだ。
これが歴史というのなら、確かに150年も傀儡政権下で動く日本があったのだということも納得がゆく。
私たちは日本をあまりにも知らなさ過ぎた。

日本はヘイトスピーチの横行する国民性を持っていた訳でなく、たいへん平和的に生きた時代を経ていた。関税20%と外国と対等の立場を敷いて民衆は日常を営んでいた。
さらに、無駄な血を流さず交渉する言葉のやり取りができていた。
けっして西洋におとらず、自然の摂理を理解し循環する社会形態を築いていた。
これはけっして、歴史教科書には残らず。英雄と言う権力が作った人間を真ん中において形成する歴史であった。
その傀儡政権からして、邪魔者は消されていた。

真田特集ばかリかと思いきや、二の丸近くの隅っこに「上田市立博物館」がある。
そこに「赤松小三郎展」が開催されている。古い博物館の二階に展示会場があり、そこには赤松に由来する古文書が多数展示されていた。一つ一つ本物で、赤松がひたすら真面目に勉学に励んでいた様子が残された帳面からはひしひしと伝わってくる。
彼は、数学が得意だったようだ。さらに蘭学を学び、幕末乱世には、西洋の兵法を学び、京都で塾を開校。その時、薩摩藩邸によばれ、薩摩藩の浪士に兵法を教えている。その薩摩藩に暗殺されたのだから、何とも恩もあだで返す恐ろしい人たちが、この日本を形成していたという事だ。
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博物館を出て、お堀を歩いていくと、隅に二メートルほどの碑が立ってある。
これは東郷平八郎書で、赤松小三郎を忍んで立てられた碑であるそうだ。東郷平八郎は、日露戦争の時に活躍した人物で、関氏によれば、日露戦争に勝ったのは赤松小三郎の塾生が多数いたからだという。
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そしてそこからまた少し歩いていくと、赤松小三郎資料館があった。
小さく神社の隅に立てられていた白い蔵。この蔵の前にはしっかりと錠がかかってあった。ここにこの資料館を建てたのはこの上田市民の顕彰会の方達だという。
大々的に伝える真田のこととは対照的な赤松小三郎の資料館だが、この小さな蔵の佇まいはどっしりとこの地に腰を下ろすかのように見えた。
上田城を後にして、赤松小三郎の生誕地があったという木町に向かった。
といっても、小さな目印だけだというので、たどりつけるものかどうか・・・
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すると、赤い旗が道ばたにはためいていた。赤い旗には、「赤松小三郎の生誕地」と書いてあった。
あ・・・ここが木町だけれど、どこにそんな目印があるんだ?と途方に暮れていた時、知人がふと目の前のおやき屋に意識が行った。
「おやき食べたい!」とその店に入っていった。
すると、80才くらいのおばあちゃんが出てきた。
そこで、知人は赤松小三郎の碑を探していると言った。
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すると店主は奥の一畳間の部屋に案内した。そこには赤松小三郎の写真が飾ってあり、その上には赤松小三郎の事を書いた書が二枚額に入って飾ってあった。
ここは、赤松小三郎の生誕地の目の前に位置するという。そして赤松小三郎のことを調べている市民団体の方がここを訪ね、ここから赤松小三郎を町あげて盛り上げようと言う提案を出したのだそうだ。
店主は、赤松小三郎を訪ねてこの上田にやってきた私たちに、二本の団子を下さった。おいしかった。
すると目の前にストラップが目にとまった。
「赤松小三郎ストラップ」と書いてあって、そのストラップは、木の将棋ゴマの用のなものがついていて、この将棋ゴマの所には、『夢叶う』と書いてあった。
「そう、これ本当に夢が叶うんだと皆がいうています」って笑顔で店主は言った。
私の夢ってこの年になって夢といっても、個人的な夢はもうこれと言ってないかもしれないが、強いて言えば、この国が戦争をしない国のまま、さらに命を置き去りにする政治からおさばらしたいと思っている。これを夢というのかどうか・・・
しかし赤松小三郎氏が生きていたなら・・・いや歴史から消されず生を全うしていたなら、今私が思ったような思いでいたに違いないとそう感じた。
このストラップに辿り着く人は、歴史に埋もれた日本の確かな明かりを信じ、その灯火を次世代に繋ぐ役割を担うひとりかもしれない。知人のこの臭覚は普通ではなかったから。

さてこの旅にはオチがついていた。
同じ上田城内には、医師の山際勝三郎氏の資料館も併設されている。彼は、明治時代、人工癌の父と言われた人物で、ウサギに人工的に癌になるであろう物質を塗りつづけ、がん細胞を作り出し、癌治療への一歩を歩み出した人物、ノーベル賞寸前だったと書いてあった。その人を上田の偉人と称していた。
少し吐き気がした。
今の医療での経済成長を目指す社会体制に反映したものだな〜と思った。
癌はいろんな説があるが、この間亡くなった歌舞伎役者の市川海老蔵氏の奥さんの事を機に、厚生省は、がん検診を若年化した。
早期発見早期治療は、彼女だってやったから、癌だってわかったんだ。だから早期に癌治療が始まった。抗がん剤治療・・・
この抗がん剤治療が本当に癌を食い止めるのか?抗がん剤治療でどんどん元気だった人間が癌の衰弱ではなく、抗がん剤を投与し始めて衰弱していったケースを私はこの目の前で見ている。
また癌は、なにかをして癌になるのではなく、癌はどんな人でも毎日作られ、この癌が固定化されないのは、個人個人の免疫機能が働いて、無くなっていくのである。それが癌に固定されるのは、免疫機能が何らかのストレスがかかり均衡を保てなくなり固定化されたからである。よって癌ともし診断されたとて、ここにおいて免疫が正常に働くような生活改善をすれば、治癒に至り、癌だと断定し、きつい抗がん剤を投与した場合、免疫が落ちているのにさらに免疫を落とすような抗がん剤を投与することがどうなるか・・・これは私は怖い事だと思うのだが・・・
癌を悪とし、攻撃する事が治療だとした西洋医学ももう一度あの頃から思い起こしてみてはどうかと思うのである。

木町の先に柳町がある。そこは昔の北国街道だと言う。今や柳町は観光スポットで、酒蔵や洋風の菓子屋が並んでた。そこに「ウサギ追い師し」という映画広告が貼ってあった。
山際勝三郎氏の映画だ。その広告の下に、ノーベル賞には届かなかったが、ユング賞受賞したと。
…ユングだと。文化庁長官の河合隼雄が日本にもたらしたユング思想のユングだ。
ユングは優生学思想で、ナチスが取り入れた思想である。この事はかつての記事で書いているので省略するが、なぜユング賞をもらうのか・・・すべて同じ線上にあるわけだ。ちなみに昨日のニュースで、ノーベル財団は核開発に資金提供していたと言う。ノーベル自体、ダイナマイトを生産したわけで、その武器開発で莫大な富を稼いで、その富を賞として寄付した経緯であるから世の中の賞といわれるものや、大きな団体からの寄付というものも何かという事であろう。

不思議な旅だった。
私たちの当たり前、見てきた日常は、与えられたものだということ。そして日本の空気を感じるには明治をさかのぼり、江戸の時代を民衆の中から見てみるといいのかもしれない。
改めて、本棚にある渡辺京二氏の「

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

をもう一度、読んでみたくなった。

                     関良基 著書↓
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# by polepole-yururin | 2017-10-29 18:14 | 政治(思う事) | Comments(2)

囲いの中にいるんだな〜



ウインターコスモス・・奥の花は原種返り。
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講演会が終わった。
たいへん贅沢な講演会だった。
小児科医の山田真先生、京大の藤原辰史さん、ゲド戦記等の翻訳家の清水真砂子さん。
彼等の文章は、模試や教科書で使われ、国語の教材として使われる事があるのだそうだ。
他にも、灰谷健次郎、谷崎潤一郎などなど、今は亡き方々も同じ域だったという。その方達とも生前お出会いしていらっしゃる方々。その方々が、模試等で自分の文章がでている問題を解いてみても、ぜんぜん解けないのだそうだ。
問い:作者の言いたかった事は何か?5つの文章から選びなさい。
どれも思ったよな〜って作者たちは言った。
学生時代、国語の試験。最初好きだった国語が、中学、高校を経て解けなくなった。
なんでだろう・・・と思ったが、そういうことか。
文章に答えはないわな。
特に評論だって、その人の思考であって、その人が正しいとは限らない。そこに答えがある事自体ナンセンスだ。
そんな国語教育っていったい何だろう。
国語は、日本では日本語を学ぶものだ。
なら言葉を使えるようになる。漢字が書けるようになる。文法があるのならそれを少し教わったらいい。本が読める域でいい。でも、答えがあるって文章においてはおかしいのだよな〜。
これが国語を嫌いになる要素だわな。
日本語の良さを楽しんで教師が教えていたなら・・・読書の楽しみを大人が教えていたなら・・・
私の子どもの時、学校では本をどれだけ読んだかの表があって、下にはクラスの名簿が書いてあって、本を読めば丸いシールが貼られて・・・一目瞭然で、読んでる読んでないが解り、いつもトップは決まっていて、トップなら賞状を与えられた。
それが終わりの会に表彰されて・・・これを貰う子も決まっていた。
ずっと競争だ。
ちなみに運動会も順位決められ、一等から3等はえんぴつやノートが貰えた。
人参ぶら下げられた馬だな〜、子供達。こんなふうに私たちは育てられていたんだと、改めて怖くなる。
そんな私が、今文章を書いている訳だが、ということは、いったい教育とは、なんなのかということなのだ。
教育を本当に考えてみよう。
沖縄戦を知らないのはなぜなのか?
明治維新を善と捉えたのはなぜなのか?
英雄って誰なのか?
日本海は韓国側からも日本海なのか?
NHKBSで「英雄たちの選択」という番組がある。
この間、大村益次郎を英雄と言って出ていた。
多数の幕府軍を少数の長州軍が倒した。そのキーパーソンが大村益次郎。
長州藩の村医者の息子・益次郎が新型の武器を使い、打ち勝った訳だ。
新型武器って、アメリカの南北戦争で使われた武器をグラバーが売って、坂本龍馬の亀岡社中が受けおって、後に原発や武器産業の三菱の生みの親・岩崎弥太郎が請け負って、日中戦争、日露戦争でどんどん儲けて、巨大財閥になっていった。
ちなみに、東インド会社は、マセソン社であるし、インドを支配したのは、イギリスという国ではなく、マセソン社を中心とする企業である。マセソン社はいったい何の会社かという事である。
マセソン社の日本支店に使われていたのが、麻生氏のおじいさんの吉田茂の父親である。
益次郎は、大阪の蘭学などを教えていた緒方洪庵の弟子で、そこには、福沢諭吉も日本赤十字社の第一人者も出入りしている。
松下村塾も緒方洪庵の敵塾も私たちには明治の世を作った英雄が排出された塾と言われてきたが、そのお話をよくよく考えればおおお・・・と言う事である。今やそれが松下政経塾ということだろう。
福沢諭吉の事を学問の父のように言われているが、あの頃の新聞、教育を担っていたのが福沢諭吉である。その発言はヘイトスピーチを煽るものだった。民主主義の父のように言うが、福沢の漢文を最後まで読めば、ぜんぜん違う。
完全に西洋の真似を伝えているだけだった。福沢は軍国化(富国強兵、殖産興業を唱え)を推し進めたマスメディアと教育の役目を担った。
また大村益次郎を英雄というが、武器を西洋から取り入れ使った張本人だということ。
この人は、靖国神社に銅像で立っている。
銅像とはいったいなんだろう。
象徴・・・シンボルで、私たちに威嚇する。
それに加担した芸術があるんだ。と・・・
私たちは、何を見て・・・いや何を見させられて生きてきたのか。
そういう事がどんどん見えてきている。これは私だけか?
テレビからは西側諸国の善と中国の悪と、北朝鮮の悪が流れる。そして日本の明治時代がひっきりなしに流れている。
不安を煽る映像がいっぱい。
テレビの映像を消すと、社会は変わる。
私の目の前には秋の花々、鳥の声がしている。大変穏やかである。
朝鮮人やイスラム国の人さえ、隣の人、ただそれだけになる。

我が家の庭にはウインターコスモスが咲いている。クリーム色のかわいいコスモス。
毎年同じ花を咲かしてくれている。
しかし、里山にあるアゴラの庭におなじく、ウインターコスモスを植えたが、二年後には原種返り。道ばたでよく見るひっつき虫のあの花になってる。
何度植えても二年後には元の種に戻る。
他にもアゴラでは、紅葉、モクレン、桃等植えた。しかし二年後に枯れた。
アゴラでは、先生が「枯れてもそのままにしておいて」と言うのでそのまま放置。時々声をかける先生がいる。すると二年後にはその横から木が出てもっと大きな木になる。
この現象は我が家では見られないこと。我が家では枯れたら枯たままである。
我が家は無農薬、有機肥料、もしくは何もしない。けれど町中の自然は、他の空気に同調し、原種返りはしないし、枯れる。
里山のアゴラでは、元の種に戻り、枯れた木は生き返る。
例えいい環境を与えたとしても町中の一部分では、生き物が心地いい循環を作る事が難しい。
ゆえに、一度品種改良された種は元に戻らず、品種改良のままの姿で繰り返し咲く。
人間にいじくられたままの姿で繰り返す。集団の一部分では、集団意識に異変を感じず埋もれてしまうのである。
里山の庭は、自然の一部である。ゆえに、集団意識に埋もれるよりも、自然の偉大なる空気に品種改良の毒さえぬぐい去られる。
元のあなたはこれなんだと、鎧や化粧を剥がされる。
あるいは、自然の偉大さに過保護に育てられたハウス栽培の生き物は育たず、淘汰されるか、枯れる。しかし、少しでも生き残れる生き物には、もののけ姫のデーラダボッチのように息を吹きかけ生かしてくれる。
その粘り強さが、次に生えて出た芽はメキメキと大木に成長する。待つ時間と踏ん張りと素の私。
集団という町中にいれば、まやかしに気づかない日常がくり返されるだけかもしれない。
集団という人間世界から一歩はなれてみれば、繰り返される日常は、人間が作り出した幻想に過ぎないのだと見えてくる。

そう思えば、植物も人間と同じく意識を持ち生きているようだ。
とすれば、植物も動物も空気に支配され、反応しているのである。
奇麗なクリーム色のウインターコスモスは、かわいい。
でも、里山で見る風景をみてみれば、このウインターコスモスの風景さえ、人間が欲のはてに作り出した現象に過ぎなかった。
この光景を維持する事に固執すれば、私たちの未来は、ある一部の人間が作り出した囲いの中の世界となるだろう。
とすれば、英雄はNHKのいう英雄のままであり、政治構造も原発も、医療も、教育も・・・
私は原種返りする方を選択する。
あなたはあなたなんですよ。私は私なんですよ。
誰に与えられた世界ではなく、私の繰り広げる世界で生きていたい。
さ〜、見えてきたね、明日の自分。






ありがとう。









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# by polepole-yururin | 2017-10-17 11:18 | 思うこと | Comments(0)


京大有志の会にUPしています。

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定員50名 参加者は事前に連絡をお願いします。
参加者2000円
☎0537−27−1428 or 090-6351-6633
Emaill:agoraart@thn.ne.jp/URL http://web.thn.jp/agora/


「子どもと戦争史2」

=--薬と子ども、子どもと戦争、戦争

と菌--=

里山の風景はここ2年で大きく変わった。老齢化した耕作者は、茶草葉農法の茶畑を止めた。

竹が生い茂る荒れた茶畑,手間のかかる米づくりは,休耕田と畑に変わりつつ細々と続く。にぎやかだった蛙の鳴き声は,何かおとなしく聞こえる。社会を取り巻く事象の変化は、まず子どもたちを襲った。いつの時代もそうだが子どもたちからなのだ。敏感で窮屈な思いをもちながら、力ずくでは敵わない子どもたちは、学びの場で、地域で、家庭で「おとなしく」と嗜められ、逆らえば、問題児としてあつかわれる。親や教師は、子どもをカウンセラーへ、時には、診療内科の医師に委ね、病名がつく。従来のちょっとわからん子ちゃんやいたずら坊主に病名が付けられると、精神薬投与が始まり、本来の自分ではない自分に変えられる。これが“教育の医療化”?この数年、アゴラで見た子どもを取り巻く現状だ。大人は子どもがおとなしくなったと「ほっと」する。ほんとにこれでいい?教育

の医療化って?医療産業が儲かるって?国の軍産学共同の推進の中、軍需費の拡大って?弾道

ミサイルの国の対応???里山の空はいつの間にか軍用機が飛び交う。煮えたぎります。本当に今何が起こっている?腹の記憶が沈んだ歴史を呼び覚まします。今日、地の脈に新水流れる。

アゴラ子ども美術工場 渋垂秀夫


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山田真(やまだ まこと)

岐阜県美濃市生まれ

小児科医

東京大学医学部卒業

八王子中央診療所所長

森永ヒ素ミルク中毒、水俣病等の被害者支援、

福島第一原発事故における被曝者の健康相談など、

常に患者、被害者の立場に立った医療活動を続けている。

著書

『水俣から福島へ』岩波書店

『はじめてであう小児科の本』福音館書店

闘う小児科医』―ワハハ先生の青春 ジャパンマシニスト社

子育て―みんな好きなようにやればいい太郎次郎社エディタス

子どもに薬を飲ませる前に読む本』講談社

『障害児保育』 創成社新書

『育育事典』(共著)岩波書店

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藤原辰史(ふじはら たつし)

北海道旭川市生まれ

京都大学総合人間学部卒業

現在、京都大学人文科学研究所准教授

自由と平和のための京大有志の会

歴史学の立場から「農業」や「食」を考え

飢餓や戦争と平和への提言等の活動をしている。

著書

『カブラの冬』人文書院

『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館

『ナチスのキッチン』水声社(河合隼雄学芸賞)

『ナチス・ドイツの有機農業』柏書房(日本ドイツ学会奨励賞)

『食べること考えること』共和国

『トラクターの世界史 』- 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち 中央公論新社

『戦争と農業』集英社インターナショナル

2017美術手帳10月号に『人間チューブ論』発表掲載。


*京大油有志の会にもUPされています。
昨年の講演会は京大有志の会のサイトでUPされています。




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# by polepole-yururin | 2017-09-26 07:06 | お知らせ! | Comments(0)