ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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安倍政権終焉

やんばるの上空
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今年も後わずか・・・
もう日を追う事も無くなった。
こんなふうにしたのは安倍晋三さんだ。
安倍晋三さんだけを悪いと言っている訳ではない。
日本の官僚が悪い。その政治家が悪い。その権力に追従する市民が悪い。
原発の法改正、教育の法改正は、安倍晋三さんと、小泉さんの時にタガを外させ、大幅に舵を大きく真逆にとっていた。
原発事故が起きても危険を察する装置が動かなくなった。外されていた。また教育はどんどん統制社会へ連れて行かされていた。
河合隼雄氏の心のノートがその一つを担う。他教育の世界ではどんどん見えない排除が始まっていた。
そんな二人が一%企業に追従したもんだから、このほころびが震災で起きて、ショックドクトリン化した日本をど〜とと襲った。
あげくに安倍晋三さんは、政権を握ったと同時に今だとばかりに強行に日本を崩しにかかる。
日本中の何処のどいつが安倍晋三さんを押し上げたのか。
追従している人らのモラルとはなになのか。
狂っているとしか言いようが無い。
原発事故後の日本の有様は人間を人間とも思っていない人らがわきあがった。
あのバブル時代にいた下品な輩が年をとって湧き出た感じ。
それはテレビのタレントにみる。自己中の人・・・、弱いものをいじめて笑いを取る。モニタリングなんて最たるもん。品格の無い輩がわんさか。
それを見ている同じ穴の狢。
俺勝ち組だから・・・とでも思っているのか。

このあいだ「ビリギャル」と言う映画がテレビ放送されていた。
息子が見ていたので見てしまった。

上の息子がちょうど受験の時に上映された物だと言う。赤本見て苦しかったわ〜って兄ちゃん言ってたで・・・って。
ビリギャルとは、どうしようもない子どもが、ある塾にいって勉強して慶応に合格すると言う話。
これ、昔林真理子の「下流の宴」の話によく似ている。
結局勉強できない子どもはダメで、有名大学に入学して、それで憂さを晴らす事がきっかけで、勝ち組になったら、そのウサは消えていて、もっと世界が変わって見えるんだって。そんな話だ。
確かに塾の先生が一人一人子どものいい所を見てくれる所は親にとってはありがたい。
けれど、親さんが始め、弱いわが子が安定して学校生活をおくれるようにと、エスカレート式に中学に受験させたこの感覚が如何せん。
この映画って、塾産業のための映画なんだな〜と思った。
ちょうど下村文部科学大臣のときの映画だし、下村文部大臣は、塾講師を生業にしていた人。学校教育が壊れていくのも塾を盛り上げる為のマーケティングを教育に取り入れた結果だ。また教育費改正の問題等、下村さん、竹中さん、安倍さん、小泉さん・・・きりがないけれどいそんな人たちが結託し、その後ろに官僚たちが結託し、子どもを金儲けにしている訳だから、ひどいものである。
スポーツに子どもがどんどん打ち込んでいく。プロを目指し・・・という世界もこの2000年になる頃にひどくなった。
親は必死に子どもを何かにならせるためにマスコミの言うことを聞く。
大人が教育、子どもの何が大事かを見極められず、マスコミの言うように踊らされるから、子どもはつぶれていくのだし、そんな子どもが大人になり同じことをする。
勉強でもスポーツでも選ばれなかった子が、例え選ばれたとしても途中で心が壊れる子はどんなにいるか・・・。いっぱい見ている。そこに精神医療が参入だ・・・。
スポーツは統制社会のうってつけの教育だ。自衛隊、防衛大学の状態は、スポーツ精神が元になる。
自分が無くなる。・・・

ビリギャルに戻り・・・慶応に合格したら世界が変わる。
そんな意識を植え付ける映画。その空気をもつ大人が上下に世界を作り続ける。競争・・・いいことをいう様にみえて塾産業の思うつぼ。まあ〜、塾の値段の高い事・・・
そもそも受験は落とす為にあるようなもんだ。
学びは傾向とかそう言ったものだけか・・・、塾と学校が連携しているのだろうとも思う。
純粋な教育が消えている。
子どもは好きなゲームを怒らない大人をいい人と思うんだな〜。(ため息)これ飴と鞭・・・
子どもは馬か・・・
大学は単なる通過点である。その先の人生に優越感だけ与えてどうする。

ビリギャルはのちに、ビリギャルを育ては母の本をも売り出しているのだという。
もうキャンペーンだ。
商売だ。この世に売れる売れない、すべてマーケティング。電通のような企業が事を牛耳り、世の空気を作り人々をもっていく。
自分たちが持つ意識は自分から発動されてるようで、社会システムを作り出したもとからあらゆるいろんな光線が出て、これにまんまとはまっていく。
例えれば、スパイダーマンから糸がば〜と何方向にもて出て、私たちの思考、行動パターンを掴まれてしまうのだ。
ビリギャルが慶応・・・結局士農工商のピラミッド社会に追従して、ビリギャルは上から見渡す優越感。
今や慶応の福沢諭吉さんが新聞、教育等で人種差別を煽り、戦争に導いた思想をまき散らした張本人だということがが学者たちにしっかりと学問上の中から暴かれて、10000円札から引退を!の運動にまでに広がっているのだから。

12月26日、安倍晋三さんはハワイの真珠湾に行った。マスコミはこの事ばかリかき立てているが、その後ろでなにが日本で起きているかどれだけの人は知っているのだろうか。
テレビでは年末の歌の番組、お笑いがだだ漏れに流れている。
アハハアハハ・・・と笑っている間に安倍晋三さんらは16倍もの軍事予算を軍事研究に投入した。
こんな16倍とはバカか、あえて民衆に見せつけているように設定しているか(良心的に見て)、ひどい。
昨日、科学者の池内了さんらが緊急に記者会見を開いた。
お金で目をくらます学者になるな!学者を馬鹿にしているこの政権への異の表明である。

沖縄では辺野古への基地建設に向けて工事が再開された。
陸からは多数の機動隊。海からは多数の海上保安官。名前だけは公務員だが、もうれっきとした法律違反の暴力団。
市民の声はつぶされ、暴力も飛び交う。
琉球諸島に着々と自衛隊の基地を作り出した安倍晋三内閣。
敵がいると煽る偽旗作戦。
今や政治家は政治家に非ず。チンピラ映画の俳優のごとく。
原発の問題も然り。
安倍晋三さんの存在、その取り巻きの存在、追従して助長する人たち、・・・

この一年、いやいや4年・・・嫌というほど見てきた悪魔。
もう明らかに見える世のカラクリ。
来年こそはいち抜けだ。
それには自然の中にいる自分を絶えず感じることだと気づいた。
戦闘機の合間に見えるハヤブサが存在をアピールする。
かっこいいのは本物さ〜。


*1/3追記

上記記者会見にて、立教大学教授が言っている。自衛隊と私たちはあくまで使い続ける。それは軍隊としたくない、認めないという意味である。しかし安倍晋三さんは、自衛隊を我が軍という。
軍隊と政治家は思っている。しかし言葉上は国防費という。が・・・武器輸出等、武器は何をするもの?人を殺すものである。それをいうなら軍備費である。武器製造費である。
この日本政府の言葉の嘘をスルーしてはいけない!と警告する学者たちである。
日本政府とマスコミの言葉の操作。
事実を捏造する言葉のごまかし。

『以下言葉のすり替え添付』

戦争→事変
戦闘行為→衝突
武器輸出→防衛装備移転
公約違反→新しい判断
産めよ増やせよ→結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援
年金カット→持続可能性賭博→リゾート
差別→区別
事故→事象
墜落大破→不時着 ←イマココ

近未来の言い換え語録を予測します。

徴兵制→給付型奨学金
軍事教練→インターンシップ
軍事研究→大学の社会貢献
原発→クリーンエネルギー
学徒動員→フィールドワーク
強制無償労働→ボランティア
子ども産んで家事やれ→ワークライフバランス
非正規雇用・失業→みんな違ってみんないい」



・・・
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by polepole-yururin | 2016-12-29 10:56 | 政治(思う事) | Comments(0)
原始に戻れ!
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社会はどんどんどんどんおかしな空気に包まれている。
その反面どんどん覚醒している空気も感じる。
本当に二分している。その分かれ目でどんどん違う方向に向いている。
真逆。
私たちはどちらの道を選ぶだろうか。
私はアゴラ森物語3を書いていた時、この社会は二分すると思った。
それを強く思ったのは、それは確信だ。
既存の社会にいるのか、もう一抜けするのか。
特に今の日本人は、委ねる生き方をし続けてきたから、自分で思考する癖を無くしてしまったようだ。
さらにずっとずっと封建社会で生活してきた日本人にとって、上からの圧力に頭が上がらない。
仕方ないと言う言葉を使って自分をいさめる癖を持っていしまった。私もそのひとりだ・・・まだまだ。
でももうこの社会から一抜けしないと破壊されていくだけだと言う事だ。
生易しい社会ではない。
戦時中の記憶を綴った書物が少なく、またあの頃の時代を語る人も減った。
故にあの当時委ねた故に、痛い目にあったと言う話をあまり聞かない。
委ねは自分のダメだった原因さえも封鎖する。
だから戦争の反省無く、親方が変わっての社会を遂行してきただけだった。
誰も悪くない・・・仕方ないと言って。
倉本聰「屋根」を今年始めに見に行った。
倉本聰氏の脚本の「北の国から」は大好きだったドラマだった。あの主人公ジュンと共に成長したと言っても過言ではない。
親と一緒に感情移入した。ビデオにも撮って何度も見た。
その後、中井貴一主演の膵臓がんになって死んでいく話「風のガーデン」を見た。
私は医療者だったから、その医者と言う描写や、ガーデニングしていた現在の自分にも重なって、面白く見る事が出来た。緒形拳が中井貴一役を同時に自分で病状を追って演じているんだっても感じていた。
その後緒形拳はがんで亡くなった。
そんな倉本聰に希望を持って「屋根」を見た。
ぼ〜と見ていたらまあいい劇だったと言えるのかもしれない。
でもいち抜けし始めた自分にとって、こうやってみんなを連れて行く役目をするのもアーティストの役割なんだと怖くなった。
「屋根」は北海道の戦時中から話は始まり、現代に至る。
戦時中、優しくしてくれた世間体離れしたおじさんに、赤紙がきた。おじさんは戦争を馬鹿げていると言って、戦争に行かず山に逃げていた。その親戚のおじさんをわが子に危害が来ないように特攻に売ってしまう主人公。おじさんはその後死んだ。
主人公の娘は炭坑を開拓した会社に勤める男と結婚。その後夕張炭坑は破綻し、原子力発電所に勤務。原発事故の惨事になるが、これを主人公の農業を営む老夫婦は、仕方ないという。
何も悪かね〜、悪いのは世間だ。川の流れのようにただ世間は流れのままにきただけの事・・・
そんな言葉が連呼する。
農業で大規模農業を営む跡取り息子も借金が膨らんで夜逃げ。
それも悪かね〜。仕方ないと主人公の老夫婦はいう。
その後老夫婦は、夜逃げせずにたぶん死んでゆく。

後味の悪い劇だった。
倉本さんはどちらにいる人なんだと思った。
民衆はこの劇を見て苛立ちもしないのか。原子力も、炭坑も、大規模農業もたまたま流れがあった訳ではない。
意図的に、誰かが青写真を持ち、その実現に向けて着々と計画を実行したまでに過ぎない。
戦争だってそうだ。戦争は天災ではない。計画がちゃんとある人災である。
武器産業が売れるための人災だ。
大規模農業も、炭坑も、原発もお金ももうけのために動き出した物である。
それを時の流れといい、仕方ないといい、事を終わらせる・・・
倉本聰氏は大事なものを私たちに残すべきである。どうか少数の権力の為の先兵とならないでいただきたい。
むのたけじのように、老うごとに本当を伝え、清しく透き通っていってもらいたい。

今は本当に危うい時代である。
いいも悪いも紙一重。その分かれ目でド〜んと道が開いてしまう。
医療は今本当に産業と化している。
教育の医療化。
教育に医療が参入し、ついていけない子ども、脱線した子どもを病名を付けて、病気だからついていけなかったんですね・・・でももう大丈夫。この薬で良くなっていきますよ。お母さんも御苦労されましたね。といって精神薬が処方される。
子どもは安定剤でテンション下がるからおとなしくなる。でも薬がうまくあっていないと、副作用で興奮する。また興奮を抑える為に薬が増える。こうして二次的に精神疾患は作られていく悪循環。
今、精神科、心療内科が急増。その部門の利益が急増している。
医療産業と言ったなら、この産業は景気がいい。同時に自殺者も増えている。
けれど精神疾患で亡くなるという動向ではなく、不慮の事故死が急増。
実体は伏せられる。

授産所の実体。
統合失調症で苦しむ人が増えている。
なぜ滅多に無い病名がどんどん増える?社会が!?というが、病名を付ける医者が増えたからだし、病名になるチェックリストの幅が狭く、簡単に病名がついてしまう。簡単に薬が処方される。
薬の副作用からの症状で苦しんでいる事が表にでない事から、副作用による二次的精神病になっている実体がある事も表に出ない。

こういう事をあたりまえに話すと、その当たり前が悪者で、薬をだしてくれる病院がいい人で、いいよいいよあなたは悪くない。病気のせいだから・・・この優しい場所、授産所、病院、家にいて生活保護を貰ってゆったり過ごせばいいというところが救世主。

精神病に対して、警鐘を鳴らしている医師、家族がいる。その人たちは自殺で大事な人を失った。
だから原因を突き止め、原因が実は逃げ込んだ場所にあった事に気づいた。
こんな馬鹿な事!?ってみんな思う。
だって病院はいい人。行政もいい人。福祉もいい人・・・そう思ってきたんだもの。
この呪縛をどうやってとく?

辛い目にあった人はハッと目が覚める。
辛い目にあっても、事の本質を見ないで、委ねグセの人はドボドボ泥沼。
既存の社会形態は、もう崩壊している。
安倍政権がそれをもっときつく強引に動かした。
文部省、厚生省、大蔵、経済産業・・・ありとあらゆる大臣が何処のどいつだって人事。
原発事故の後始末、沖縄の基地問題含め、ファシズムの横行は、私たちの足下の生活も破壊していると告げている。

障害者がキャンペーンに使われる。
日本財団は、今福祉に夢中。
福祉事業に志しない人が、産業の為にどんどん参入した数年前。それがずっと続く。
予算が降りて、障害者、老人は施設に収容された。
同時に病名が変わった。老人性痴呆は認知症。みんなと一緒じゃないは、機能障害・・・薬が売れる。保護される産業って国と絡む。ワクチンだってそう。

12月19日、東邦大学の医師が統合失調症の特集を「今日の健康」と言う番組で伝える。
その近辺に使われるキャンペーン番組。
野田医師がNHK「今日の健康」は詐欺だって言った。
こんなことを書けば、民衆がどんどん鵜呑みにする。危ないと・・・
「お父さん鬱かも」キャンペーンも然り。

欲を煽り、存在意義をもつ為には・・・と甘い言葉をもってあらわれる人は悪者とみなせ!
それくらい、今社会は終わっている。
自立は金儲けではない!意識の自立が先である!
ps:病名は鎧じゃない!鎧付けたアクターになるな!
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by polepole-yururin | 2016-12-27 10:34 | 思うこと | Comments(3)
本日沖縄より沖縄タイムスの記者さんから掲載記事が送られてきました。
11月29日(火)文化面掲載
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合同フォレストFacebookより
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同時期に山からカモシカがおりてきた。
しばらくじっとこっちを見ていた。
あ!写真写真とカメラを探している間にノコノコと山に帰り始めた。
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by polepole-yururin | 2016-12-12 21:08 | お知らせ! | Comments(0)

なにげに思う

やんばるの森の野花。
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昨日、沖縄から記事が送られてきた。
取材を沖縄で受けたが、記事になるかどうか・・・記事になれば連絡しますとあった。
すると取材を受けた5日後に小さな記事となっていた。
記事を読んで、これは私へのメッセージだと受け止めた。
沖縄を行き来していると、沖縄は癒しの沖縄とか、観光の沖縄ではないように思うのである。
又高江を知ってその場にいあわすと、どう考えてもブーム、観光の沖縄とは言いがたい。
私は不思議に思う。
観光の沖縄とは、何を観光にしているのだろうかと。
海?食べ物?沖縄の匂い?・・・
観光地となる場所は作られた沖縄である。昔のきものを着せて、何もなくなった土地に昔風の家を建てて沖縄のくらしをそこに置く。
とって付けたような沖縄だ。
ひめゆり、壕、首里・・・そこは喜びの観光地ではない。
さらに美しい海、やんばるの自然と言いながら基地がそこら中に点在する沖縄は観光客にとって安全であるのか?住民にとっても当たり前であるが・・・。
観光と言う言葉の意味をもっと考えることだ。
基地のある沖縄を観光客が感じる事で、観光客一人一人が基地反対の一票を投じる人、声となって本当の観光の島・沖縄を意志を持って存在させる事が出来たなら、沖縄は本当の癒しの島となるだろうに〜。
下の息子がこの間沖縄に修学旅行に行った。
息子は沖縄に降りたとたん基地がど〜んと空港の前にあって、ダメだ・・・って思ったと。
沖縄になぜ行っているのか違和感の高校生。
彼が印象に残ったのは、ひめゆりの壕。壕の中にいっぱいのアメリカのビンのような破片が散らばっているのが不思議だったと言っていた。
彼は東京も嫌いだ。颯然としているビル街。匂いにムッとするそうだ。
若い子だからエンタメいっぱいの東京に興味あると思いきや、さっさと用だけすませて家に帰る。
といっても真面目と言うより斜に構えた愉快な子。
その彼は京都に意識をはす。受験もそちらへと思っている。
何で京都がいいの?と聞くと、突拍子の無い建物が無い。景観が保たれている。マクドナルドが茶色いから目立たない・・・だからいい。匂いもいい。主張する物が無いのでほっとするという。
彼の感覚を私は好きだ。難しい事は言わないし、言えない。でも感覚で感じる違和感、興味はあたっている。
京都はいろいろ問題はある所だと思う。いちげんさんお断りという雰囲気やお高い意識の方々の歴史等・・・敷居が高い。
けれど、守るものがある。守られる何かがある。
彼が感じるのはたぶんそこだろう。
東京は都会であるが、東京大空襲で壊滅状態になる。その後町はどんどん変化した。
皇居はあるのものの、東京の一等地には外資がいっぱい陣とっている。新しいビルが建つと同時にどんどん本当の東京を売り飛ばしているのかもしれない。
沖縄も奪われた。
沖縄に基地が75%占めている。
沖縄は独自の思いを持って存在していた。武力でそれを奪いとられ、時代とともにも大事な物を売り飛ばされ、破壊され、使われている。
アメリカの軍産複合体の要の場所として・・・
第二次世界大戦後の戦争はほとんどアメリカが介入している。だからアメリカの戦争とともに沖縄は使われ続けているのである。
京都は守られる。守る人がいるのか、守る空気があるのか、声がちゃんと届く自治権が存在する。
自分の思いが届かない場所って、おかしいっていうのか・・・
しかし京都でも田舎の丹後半島ではどんどん沖縄と同じことが起きている。
守られない場所。自治権がないのか・・・

沖縄タイムスの記事に原発と基地を語る小説と書いてあった。
だれがこのテーマをあげてかくだろうか・・・
今もてはやされる小説とは日常がテーマだ。
細やかな民衆の日常がテーマだったり、あたり障りの無い日常にちょっとした心の変化が生まれる。
政府はみんな小さな生活に目を向けていてほしい。
朝になり、鳥がさえずり、目が覚めて、昨日と変わらない時間が繰りかえされて、仕方ないと心で自分を押し殺し、夕方からの余暇に小さな幸せの時間を使う。そして夜が来て団らんを囲み、就寝する。
その時間にはまっていてほしいと思っているだろう。
原発も基地も敵が他国にわんさかいるのだからそれは絶対必要だと言う意識を刷り込み、それを前提に日常は展開させられている。
誰かに作られた意識に占領されて生きる人。
売れるものには仕掛けがある。
洗脳と言う言葉を最近いっぱい聞いている。その洗脳はいつからはじまり、何処に与えられ、作られているのか・・・
当たり前と言う言葉ほど危ないものはない。

基地沖縄をテーマに書いている小説を探してみよう。

余談・・・
あの当時のように原発を語れない。
なら原発に無関心かと言えば全然。
原発に対して言いたい事はいっぱいある。そしてその事は以前Lapizという電子雑誌にもひたすら書いた。毎回編集長に『原発を考える』をテーマに与えられた。
でも原発に対する思いが二年三年で10回を過ぎれば、違うように書く事は難しい。
では書かなくなったからとて、原発を無視している訳ではない。
時の権力は相変わらずである。ひどいもである。
うんざりであるから、あの人らの事を書いている自分の文章がいやになる。
戦時中もあったのか・・・でもファシズムは遂行していっただけか?
この安倍ファシズムは国防という大義名分も消え失せて金の動きだけで暴走している。
けれどそれであらゆる日本の守ってきた美しい自然、人々の営み、モラルをどんどん破壊してもらっちゃ〜たまらない!
こんな風に思っている人と人が繋がれたら・・・。
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by polepole-yururin | 2016-12-12 09:43 | 思うこと | Comments(0)