ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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二日前に届いた本。
国会議員の山本太郎と医師の内海聡の対談本。
内海聡氏の本を読み、この人はハードすぎると思ったものだった。
それは今まで当たり前の認識がすべて覆される話であり、私の医療認識も覆さざるを得ない事だから。
けれど、私も医療の違和感を持ち始め、ホリスティック医学を取り入れながら、人間の生について思考した結果、今の社会システムはおかしいにつきる。
だからハードさを超えて彼の言う話はある意味確信であると思えるのである。
今回この本を購入したきっかけは、グーミンと国民を伐る内海氏が山本太郎氏と何を語るのだろうと思ったからだ。
一気に読んでしまった。
今の社会の現状をわかりやすく書いているので、是非今読んでほしい!
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夏休みに入って、私はアゴラ子ども美術工場のキャンプの準備、キャンプと一週間動き詰め。
子どもたちを身近に感じた一週間だった。
子どもたちの笑顔が永遠に見られる社会を心から望む。
そんな中里山には、毎日ブルブルブルブルと自衛隊のヘリコプターが何度も行き交う
身体中に振動が伝わる「ブルブルブルブル・・・ゴーゴーゴーゴー」
窓がビジビシ言うので外に出ると、オスプレイのお友達のような形の輸送機が頭上を走る。
夜息子が塾に向かったその後に、「ビュービュービュー」と飛行音が追っかける。
その音は次から次へと続く。
あまりにも普段聞かれぬ音。すご過ぎて空を見上げると、青と赤の電気を点滅しながら戦闘機が四機モースピードで飛んでった。
今私が見ている光景は、現実なのだろうか・・・と目をこすった。
それくらいにひどい日常にため息しかでない。
テレビは正しき情報の発信場所ではない。
そう言いきれるほどに企業、政府側のものと化している。
ガザ地区の惨事、ウクライナの惨事、明らかに何処が悪いのか、見えるのにテレビや新聞は欧米諸国の優位性を語るのみ。
戦争はどうして起こる?という質問に嘗ては難しいと答え、いろんな本も難しいと答える。
が今明らかにわかる事は、戦争は、正義のために起こされたのではなく、企業のお金儲けのために起こされているに過ぎないという事だ。
大義名分を持ち出してあ〜だのこーだのいう政治家がいるが、そんな事よりも多国籍企業の潤いがあるのみである。
政治があって国民があるのではなく、企業があって政治があってその下に国民がいるのある。
政治は独立していない。
政治は企業の下にいるに過ぎないのある。
だから、国の体制は、国民のためにあるのではなく、国は一握りの企業のために動いているのである。
そう思えるようになったのは、原発事故後の政府の対応と、アメリカと日本の関係を改めて考えたからだった。
すると原発があんなにひどい事故を起こしたのに停まる事せず、それでも動き続けることってどうしてか?
自衛隊になる人が減っているのってどうしてなのか?
放射能の危険性があるのにどうして食べて応援という言葉が出回り、拡散される現状があるのか?
コーラが身体が悪いといいつつトクホになっているってどうしてか?
科学の進歩と言いつつ、病気は無くならず、薬を複数飲まないといけない現状があるのか?
ワクチンがどうしてどんどんと出来上がり、その危険性まで言われているのに厚生省がごり押ししてまでワクチン接種する必要があるのか?
うつ対策を医療が率先して動き出しているのに、減る事がなく、薬から離脱できないのか?
アトピーがなぜ日本人に多いのか?
・・・どうして?
その答えを探し行き着いた答えは、上記あげた通りだった。
独占企業の利益とそれに纏わる各々の地位名誉
それがわかっているのに企業側についてたくさんの尊い命を犠牲にしている事に気づかないのか・・・
当たり前に生まれ、当たり前に生き、当たり前に死に・・・
それさえ許されぬ社会システムが戦後作られて来て、さらに急ピッチで良心やモラルさえ無くなりそうな現状を今私達は目の当たりにしているのである。
それでも政府の言葉やテレビ報道のとおりに流された結果を受け止めて生きるという事をリアルに想像する事が出来るのか?
その結果の現実には個人への救いはないのである。
当然子どもの未来はそこにはない。
破壊の後の後悔よりも破壊前の覚醒を今望む!
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by polepole-yururin | 2014-07-30 16:08 | 子育て(思うこと) | Comments(0)
KAMEの翼プロジェクト2014
のお知らせ

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今年もKAMEの翼プロジェクトは、静岡県のふじのくに文化芸術振興助成事業の対象となりました。
皆様の支援のもと、KAMEの翼プロジェクトは、静かにゆったりと活動しております。

今年度は、静岡県(里山)と滋賀県(里海)を行き来します。
選考者は、成田侑未子さんと中村彩子さんです。


ー本年度活動内容ーf0215179_22362969.jpg

里山の自然と時が止まったような佇まいの中、ゆったりと、じっくり時を過ごしながら表現と向き合うレジデンス。時代の時象を敏感に感じながら表現に向き合う。今回は里山と里海を行き来します。

*ゆみこの心展 /  繊細な感覚が掴む心象世界。色鉛筆・水彩画、ペン画、デジタル画(成田侑未子)
*あやこの糸と線の織りなす日本の心展 / 織物、水彩画、色鉛筆画 (中村彩子)
*はないと小説『未来へ』/ 福島の桃源郷を思い、綴り描く(はないみほ)
*高橋匡太 光と影のワークショップ2014 / 里山から里海へKAMEの翼君が空を飛ぶ!(高橋匡太)
*フリートーキング / 高橋匡太(光と影のアーティスト)、渡辺幸重(ジャーナリスト)、片山通夫(フォトジャーナリスト)、はないみほ(エッセイスト)、中村彩子(選考者)
*サポーター交流会 / 里山の再生と福島を思い樹木植樹とお茶会(随時交流会は様々な催しを企画します)

―2014年度のこれまでの経過報告と今後の予定―


4月・・・参加メンバーの確定、依頼チラシポスターのプラン/丸山(イラストレーター)
7月・・・掛川市役所記者クラブにて記者発表、チラシ配布
  ・・プチ交流会・桃源郷の手入れと草むらの庭、山のキャンパスの庭鑑賞会&お茶会
8月・・・フリートーキング、サポーター交流会
9月・・・小説『未来へ』挿絵原画展と小説『未来へ』の語り会(はないみほ)
     高橋匡太光のワークショップ 2014年 / 里山から里海へカメの翼君が空を飛ぶ(高橋匡太)
10月・・・ゆみこの心展(成田侑未子)
   ・・プチ交流会・桃源郷の手入れと草むらの庭、山の庭鑑賞会&お茶会
1月 ・・・中村彩子作品展
2月 ・・・カメの翼君一座『影絵劇』/ 掛川のアゴラと琵琶湖のアゴラの子どもたちと一緒に上演。里山と里海を行き来する(静岡と滋賀で二回上演)
3月・・・山の再生サポーター交流会
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フリートーキング&お話会のお知らせ

                 
テーマ: 「最近の社会状況について」
各々の立場から語っていただきたいと思います。

場所:「アゴラ子ども美術工場」静岡県掛川市千羽1679
    ℡:0537−27−1428
日程:8月10日(日曜日) 午前10:00から夕刻5:00まで

参加者:渡辺幸重(ジャーナリスト) 北岡和義(ジャーナリスト)井上脩身(ジャーナリスト)
高橋匡太(アーティスト) はないみほ(エッセイスト)中村彩子(選考者)
他 ___

 今社会は、当たり前にあった認識が変容されようとしています。 集団的自衛権行使、武器輸出、特別秘密保護法を中心に、たくさんの法律が現政権になって可決されています。それも知らぬ間に閣議決定されています。 消費税増税、法人税減税、 中小企業に対する税率問題、残業手当廃止・・・国民への負担が大きい政治と言えます。その変容はたいへん急ぎ足で、私達国民の民意が反映されていません。国民抜きの政治が動いているようです。
平和憲法があって、日本は戦争に巻き込まれずに戦後68年という月日を過ごすことが出来ました。
上記法案を急ぎ足に可決し、動き出したとき、日本は平和を維持できるのでしょうか。これは大人の問題ではなく、これから大人になっていく子どもに関わる問題となります。
福島の原発事故後の放射能問題も、もう終わったことではなく、今も収束せずに現実に汚染は続いています。その状況の中、子どもたちを取り巻く環境はどうでしょうか。経済のみが国を成り立たせているのではなく、そこに平和に安心して生きる人々の存在があっての国家です。子どもたちが心身共に健康に育まれてこそ、未来の日本は存在するのだと思います。子どもたち抜きの国家形成は、国の秩序を保つことは出来ないと思います。
     キーワードは“子どもと自然”

そこを抜きにした机の上の議論は、大変危ういと感じます。

 今回は、政治に近いジャーナリストたちに子どもが行き来し、自然豊かなこの場所に来ていただき、これからの日本の未来を各々に語り合っていただきたいと思います。
そして子どもの一番そばにいる親たちもこれからの子どもが生きる未来の日本を本気で思考してもらいたいと思います。

多数の参加お待ちしております!





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by polepole-yururin | 2014-07-21 22:10 | カメの翼プロジェクト | Comments(0)

聖人のなりすまし

あの有名な陰陽師、安倍清明が使用した「五ボウ星」を「桔梗印」といい、現在清明神社の神紋となっている。
桔梗紋は明智光秀の家紋でもある。
五芒星は、魔除けだと言う。
陰陽師は時の政治と近い所にあった。
ちなみに今パレスチナへの空爆中のイスラエルのシンボルは「六芒星」
宗教の相違、崇高なる宗教と戦争。
キキョウが咲くと必ず思う。思想とシンボル。
魔界へ悪魔は帰ってくれと・・・
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今の社会に正解などないのだと思えるほどに物事は変容している、意図的に。
政治の行方により、事実が多いに変化し、一番大事だとしていた事が空想だとなる。
・・・
現政権は法を言葉の二アンスでどんどん変えてしまっている。
その方向性が戦争である。
戦争がこの世の一番の悪だといい、戦争のない世界、武力なしの話し合いで交渉する世界になったんだと、私達は習った。
近代文明、文化的な人々の暮らしと思想。
そうなったんだと習ったんだ。
けれど、ある人はそれは間違いで、理想で、理想より現実には武器が必要で、力が絶対だといい、武器を他国に輸出し、武力行使容認の解釈変更がどんどん起こっている。
おかしいの一言である。
この解釈がどうして今まで悪だとしていた戦争をも容認するのだ!
パレスチナへの空爆、イラク戦争が今も続く・・・
この世は破壊の空気が漂いすぎている。
第二次世界大戦で人は、地獄を知ったであろうに、それさえ捏造で正義の戦争という人たち。
その発言に精神性さえも含めて神国日本と始まる。
精神性を持ち出して、戦争の肯定をする話はお門違いである。
日本は選ばれし精神性を持ち合わせた国であるという。
その選ばれし精神性の持ち主であるのなら、それこそ、言葉で外交をしっかり行い、武力など使わないとしっかり宣言し続ければいい!
核爆弾をもち、牽制しあう国のあり方が平和を維持する方法なんて第二次世界大戦時代から何も変わらない。
未熟な自分しか見えないエゴの塊である。
その大きなエゴを膨らませている事自体、本来の精神性からは遠のいている事すらわからない。
スピリチャルという言葉があるがこれも精神性という言葉を使うものである。
宗教も同じ。
その宗教やスピリチャルの中で、人は平等であり、救われる存在である、そして隣人を愛す事が最も大事だという。
その隣人は限られた隣人のみを限定している事じたい、精神性から離れた思想であると言える。
一つに皆が従順に従う関係、神と信者、その関係は、尊いものではなく、帝国主義と何ら変わらない。
言葉で操る聖人が今本当にあっちこっちに現れる。
危ない社会ほど現れる。
危うい聖人は、目の前に堂々と現れる。
広告のように現れる。
本当の聖人はわからない。
本当の聖人は上にはいない。同じ目線にいる友である。
限られた富を得るために友を力で破壊する行為は、神の国日本とは言えない!
排除する意識は、もっとも精神性から離れた悪である。
日本の怪しき空気が漂う今、解釈変更し、軍備拡大に予算が投じられる事自体大きなまやかしである。

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追記:―聖人のなりすましと自分がない信者―
阿久悠のテレビドラマがあった。そのドラマで阿久悠の生まれ育った時代背景を話した。
「昭和6年に僕は生まれた。戦時中教えられた教育勅語、終戦後、墨塗りをした。昨日までは正しかった事が今日には悪になった。捕まっていた奴が釈放され、自由にいた人間が捕まった。僕らに価値を問うても僕らには価値観などない。いいも悪いも何もない・・・」といった類いの言葉を吐いた。
かつてこの言葉はNHKのドキュメンタリーで、戦争に行った男たちが同じ事を言っていた事を思い出した。
その言葉を聞くと、翻弄した人たちがいっぱいいたんだ。大変な時代だったんだ。だから阿久悠さんの言うように価値観を持つ事さえ出来ない歪みを得たんだと確かに思う。
けれど・・・
確かに子どものときに学校教育でこれが正しいんだよという事が一日で逆転し、今日からは間違いだと言われればどうしようもないことが起きるだろう。
けれど、ある程度大人は、何が正しいか、正しくないのかわかるはずだ。
その正しさがわからず、国からの言葉で自分の価値観を確立すれば、それは翻弄されたという犠牲者になる。
ただそこまで心を潰し、ロボットのようにお上の言うように動く人間形成をさせられていたのではないかとも言えるのである。
だからアメリカの介入で急に自由を与えられ、今までの統制が崩れたとき、ハッとする。
すると正しさが、国のために人を殺していた事だった。
安易に教育勅語をという意見に対して、本当に考えないといけない。
アメリカの価値観もそうだが、日本からの価値観もちゃんとそれぞれに請負ではなく、どうなのか?と思考できる人であるべきだ。
だから要するに明治以降の教育勅語含めた日本教育は、自分で思考するという意識、自分という意識を作らされずに全体の中の自分を作るための教育だったのだろう。
アメリカからの価値観もおかしいと思えばおかしいと思えばいいものの、世の流れに任せてきた成れの果て。
世はうつろうというが、そのうつろいの最初には発信する何かがあり、その発信に世を持って行ってほしいと願う人が権力者側にあるとしたら、意図的に世はその方向性に流れて行くのである。
それのお助けは広告代理店、メディアである。
結局日本人は戦中戦後も権力に持って行かれているのであるから、阿久悠のいう翻弄された自分とは、自分のない自分であり、外からの支持がないと動けない他人任せの人だったと言っているようなものではないか。
阿久悠の父親は憲兵だった。権力の近くにいた人だから、当然阿久悠に伝える言葉は権力の言う言葉が正である。
真実は変わらない。
変わるのは力社会の掟である。
パレスチナの空爆を悪と言えない人がいたら、それはいつも権力の側にいる人なのだろう。







。。。
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by polepole-yururin | 2014-07-13 12:11 | 思うこと | Comments(2)
福島は元気です。とHAPPY福島という動画。
世界中からの反響があるとネット上であり見てみると、これが福島の現実なのかとも思える映像であった。
それに観光地にも様々な場所に人影が少ない寂しい背景。
これをHAPPYというのか・・・と。
エートスという動きがあって、福島の自立を謳っている。
しかし、福島の自立を謳う前に、国や東電の保障に着目し、国や東電への対応がされて当然のことである。
言葉巧みに福島住民を翻弄させる。
実態はどうなのか・・・それを知る事が原発列島に住む私達の明日に繋がるのである。
福島の実態被ばく牛の調査を 浪江町の牛飼い、霞ヶ関で抗議
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安倍政権は誰のための政治をしているのか。
集団的自衛権行使容認の閣議決定から6日が経った。
ネット上では東京、名古屋等の市民のデモが盛んに起こっていると情報が流れる。
けれどテレビからは情報はほとんどなく、朝日テレビは、山本議員を暴力的なデモだと非難した。
私もライブ映像で山本議員の抗議を見ていたが、山本議員が暴力を行使したのではなく、警察側だった。テレビでは情報操作をしてデモという行為が危険行為だと伝える。
かつて60年安保、70年安保時代のデモを同じように過去を紐解きテレビのコメンテーターはその当時のデモ隊を血の気の多い世代だと野次った。
そのままテレビに疑いすらしなかった若い時代、私はデモの実態をそのままコメンテーターの言葉によって認めてしまったような気がする。
左翼という言葉も公害問題や戦争反対、政府の行為への異を表明すれば左翼という言葉がつけられるようだ。
正しい事、命を大事だと主張しても左翼運動と見なされるようだ。
結局日本は、誰かにレッテルを貼って悪い人の名前を着せて政府側を擁護する国であった。
それが今もっともっとひどい国になってしまっている。
国民がこの国の危うさに気づき始めたと同時に情報を操作し、情報を提供しない秘密国家形成へ動いている。
そして捏造の発信場所は政府側からだということである。
戦中、国民には情報はほとんど伝わらず、日本国は優勢であるとあえて情報を拡散し、国民はその情報を鵜呑みにし、国民同士を互いに監視下に置き、国の動きに反するものを排除した。婦人会も教育勅語の賜物で、男さんが兵隊にどんどん連れて行ってしまった日本を守るのだとおばちゃん独特の監視を自治体に振りまいた。
結果たくさんの若い男が亡くなった。空襲で焼け野原、国のためにあらゆるものを奪い取られてしまった。悪夢というべき原爆が唯一投下された国となった。
その後の日本はGHQがやって来て、日本はアメリカの支配下となった。
ただ日本はアメリカに寄って潰されたのではない。
戦中にすでに政府と天皇の行政によりめちゃくちゃになっていた。
その後アメリカによって侵略されたというが、アメリカの言う通りに動いた人たちがいたのだから、結局の所戦犯を免れた人たちによって日本は形成されてきたのである。
沖縄が侵されている現状も本土には伝わらず、1974年の沖縄返還だけを取り上げるマスコミや教科書上の記載であるが、戦後の沖縄の人たちが辿った歴史や今なお苦しまれている基地問題の現状は伝わらない。
沖縄は観光の県で米軍基地があるから本土からの保障を貰って悠々自適に暮らしていると何処の情報を聞いたのか、うわさ話にのっかりいい大人が沖縄を非難する。
お金をもらうからいいという話の前に、お金で解決させられるほどの悲惨な現状が続いているという事である。それに補償金は一握りの人への対応であって、沖縄県民すべてが保障の対象になってはいない。
これは今の福島の現状に匹敵し、嘗ての広島、長崎の被爆された方への保障も同じ事が言える。
それにお金で土地も生活基盤も奪われ、危険といつも共存している生活は、生きる覇気を奪われ、生きる希望を吸い取られるものである事は、インディアンやアボリジニ、マーシャル諸島の人々それに原発誘致された自治体の現状に現れている。
日本国民は優しい国民だと私は思っていた。慎ましく、人への思いやりがあって、協力しあう民俗というのだろうか、もったいないという精神のもと育まれた八百万の神の下に生きて来た民俗だと思っていた。
けれど、統制されやすい自分がない、右ならえの危うい民俗であったのかと思えるほどに、今の安倍政権や権力者へ連れて行かれている人たち。
今のNHK顧問の人たちが発言する書物を読んだ。
安倍氏を応援する人たちの声。
弱いものへの徹底的な排除主義。弱いものが悪いのだという。生活保護受給者への思いや慰安婦への嫌悪・・・日本国という箱が大事なようだ。そしてその箱の中で生きる少数の頭のいい?権力者、選りすぐりの人たちで形成される国家形成を望んでいるように思える。
優秀な遺伝子の連鎖が強き国を作ると言う思想をもち続け、それを理念にしている人が本当にいたのだ。
その思想は嘗てヒットラーが持っていた。
安倍政権の危うさは、人生経験のなさである。
限られた人たちに囲まれた養育歴は大事なものを落としていく。
今日本の権力を持つ職種についている人たちが辿った養育歴は皆よく似ている。
視野の狭い子育てが視野の狭い子どもを作り、その子どもが国の権力を握ったとき、どうなるか・・・
その連鎖が今の学校教育である。
学校の先生も優秀に弱く、親も優秀に弱い。
その意識が排除する意識を無意識に作り出し、今の政権の違和感さえ、感じずにいる。
テレビから出される情報と流れない情報。
今流れない情報こそ、真実であり、流れる情報は意図がある。
天気予報が頻繁に流れる。この不安を煽る情報に人は振り回される。
その不安より安倍政権の動きほど不安を増大させる情報であるといえる。
不安は自然以上に権力により作られるのだと感じる今日この頃。



・・・
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by polepole-yururin | 2014-07-07 22:06 | 政治(思う事) | Comments(2)
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田中ジャーナルブログ
そもそも子宮がんワクチンをなぜ接種しないといけないのか。
私が医療者だった20代、その子宮がんのワクチンなど存在しない。
それに子宮ガンという病気は、早期発見で対応する病気であった。
その原因は、経産婦とか性病とか、いろいろリスクファクターを覚えたものだった。
がしかし、子宮がんの原因はウイルスだという事がわかったので、そのウイルスに対するワクチンが出来たというのだ。
私の子どもの同年代の女の子たちはその子宮がんワクチンの接種を市役所から支持されて、ガンにならないようにと親たちは率先してワクチンの投与のため市に向かった。
知らないうちに医療はどんどん変化している。
いろんな薬が増え、注射が増え、治療法が増える。
がしかし結局のところ病気の発生率は軽減されていない。
以前日本の死亡原因は胃がんが目立ち、子宮がんとか前立腺がんは上位ではなかった。
食生活の変化により病気は変化した。
ホルモン系のガンがいわゆる乳がん、子宮がん、前立腺ガンである。
ホルモンに異常を来す原因が日常生活に加わったからだ。
その原因が肉食、ジャンクフード、遺伝子組み換え商品だとある。
けれど子宮がんはウイルスが原因なのだと厚生省は言う。
ウイルスが原因だというものが非常に増えた。
ウイルスはどうしてこうも増え続けているのか?
嘗ては細菌感染が主であったが、細菌感染は抗生剤の発明で治癒可能になり、ウイルスの病気が出て来たようだ。
ウイルス・・・
何でもかんでもウイルスが原因で事は起こっているらしい。
インフルエンザも昔そんなに流行っていなかったし、皆がインフルエンザワクチンをうつ行為などなかった。(私は)
ただ息子が子どもの小さい頃からか、当たり前の医療行為となった。
ワクチンをうってもインフルエンザに罹患した。
私は医療者を辞めてから病院から遠のいた。薬も飲まなくなった。インフルエンザも辞めた。
子宮がんワクチン投与により副作用が出たという症例が数多く寄せられている。
海外では、ワクチンの危険性が言われてて、安易なるワクチン投与はないようだ。
それに子宮がんワクチンで副作用がでた症例相次いであって、それに対して危険視する医師だってたくさんいるのに、どうしてそこまでして子宮がんワクチン投与を公的行為として認可するのだろうか。
厚生省は、何を目的にワクチン投与を推し進めるのか?
病気に対する治療行為に対して私達市民は、自分の意志において治療選択を行える。
なのに行政機関の決まり事で個人の治療行為を強制させる意図は何処にあるのか。
公衆衛生学的にとか、健康増進のためにとか医師たちや保健所関係者は言うだろう。
しかし病気になるのもその病気をどう治療するのも自由である。
その自由を奪う行為は、健康増進とか公衆衛生学的とかという啓蒙啓発の行為ではもはやない。
ひどい話である。
昔知人の医師が、薬はほとんどプラセボだと言っていた。
薬を僕は出さない、出来るだけ。病気は医師が治すのではない、病気を治すのは本人の治癒力であり、それを引き出すお手伝いをするのが医師であると言っていた。
では薬などいらないし、ワクチンもいらない。

余談だが・・・
自然治癒力を強化する生き方を遂行し、公衆衛生学的立場にある行政は、その自然治癒を強化する生き方の啓蒙啓発をすればいいではないか!?
つまり、うつになって薬をすぐに服用するのではなく、ストレス対応への地域社会への人間性の形成促進のための対応とか、食生活を欧米化をやめるとか、遺伝子組み換え商品を扱わない市場作りの育成とか、騒音や様々な公害等への厳しい基準を企業にもっと求め、企業も国民も安心して生活できる歩み寄りのやさしい社会形成とか、・・・薬以外に真の対処法はあるのである。
高血圧偽装データ―事件で医療と製薬会社の関係性が見えた今。
その薬が何処で作られ、何から出来ていて、その会社がどんなに大きな会社として存在しているか・・・そんな事を思えば、純粋に薬屋は儲かるという事で、薬は産業だという事で、病気がある事で製薬会社や病院にお金は入ってくるわけである。
今の日本は病気を主体に考えた社会体制になっているように思う。
極端に言うと、人は病気になるために生まれて来たのではなく、健康に生きられるように出来ている。でないと生を授かるはずがない(生れながらにして障害等はあるけれど)
コレステロールの薬も血圧の薬も50歳を超え始めたら当たり前に飲み始め、死ぬまで飲まなくてはいけない
いつかの負の事に予防的対処法を行う今の医療は、国民のためではなく誰のためか・・・そんな事を思う今日この頃。
子宮がんワクチンの投与は反対意見が相次いでいる以上公認するべきではないと私は思う。
自由な診療、自由な検診、自由意志を尊重する日本であってほしい。

PS:窮屈な日本にならざらん・・・
最近あいつでお母さんたちの不安の声が届く。
集団的自衛権行使、放射能、特別秘密保護法・・・怖くてどうしようもなくて、この政権はどうなっているの!?それでも新聞やテレビ様々な所では聞きたい声が出てこない。どうして???
その中ここに声を見つけて・・・と。
当たり前に考えて、今の政権のしていることは、子どもを持つ親や若い世代の人々に大きな不安を抱かしている。
そこに私のブログが少しの安心感につながるそうな・・・
ジャーナリストでも政治家でも憲法学者でも、裁判官でも何でもない私のブログの声に共感し、不安をどうにかして拭いたい。
そこまで世のマスコミ、メディアは国民に何も伝えていない。
そこまで国民を不安におとしめている政府がいる。
誰のための政治か?日本人のためではなく一部の権力者のための政治だと私は思う。







・・・
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by polepole-yururin | 2014-07-04 20:10 | 医療(思うこと) | Comments(4)
平和がなくなれば、子どもの絵も変わるんだよ!
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集団的自衛権の行使、特別秘密保護法、武器三原則撤廃
今の日本政府の事情はひどすぎる!
NHKからも集団的自衛権行使についてニュースで出ていた安倍総理は、集団的自衛権行使を容認することによって日本の安全は保たれると強く言う。
何を言っている!?
武器を他国に売りさばき、戦争を応援する国、他国で武器をもって戦争する国を他国はどう見るか。
今まで友好的な国だったから、快く日本人を他国は受け入れた。
牽制することなく、快く受け入れた。
PKOでも井戸を堀り、住民への配慮を大事にしたから受け入れられた。
けれど、今の安倍政権は、全くの真逆な政治を行っている。
強い国とは武器を携え、武器を振りかざし、喧嘩する国をいうのではない。
そうなれば、喧嘩好きのヤンキーだ。
礼儀をわきまえ、武器を持たずして、いくらどこかの国が戦争をやっていても私はあくまでも中立ですと言い続け、ちがう形の関わりをする。それが由々しき日本の姿であろう。
きれいごとのように今の政治を担う世代や、今の日本を動かす世代からすればそれを理想的平和主義と呼び、武器を持ち、誰かが仕掛けてくる喧嘩は買う。危なかったらこちらから仕掛けることもある。それが現実的平和主義だと主張する人たちが多いこと。
前記由々しき日本の姿こそ、今まで平和を維持できた実態であり、結果だった。
だから理想的平和主義という言葉で返還されようとしているが、これこそ、戦後68年続く平和のあかしであり、現実である。
その68年の現実を理想という言葉で今の政権や、NHK顧問等の主張があるが、彼等の頭の中には、美しすぎる日本の姿が見えず、今まで本当に競争を強いられ生きて来た人たちだったのだろう。
理想は現実化が難しいという認識であるが、私は理想を持たずして未来は光を持たないであろうと思う。
競争で勝ち抜き今の権力を得た人たちは、その権力をまた奪われる恐ろしさに苛まれ、やっと努力して得た権力を維持するためにもう奪われぬようにしたい!だから武器を携え、奪う者を武力でつぶし、力を過信した人たちは、他国へ侵入し、もっと我が力を増大させたい。それならばもう権力は奪われないだろうと考える。それが現実的な思想であると考えた。
だが、今まで理想という平和主体の思想のとおりにことは動き、日本はその理想の形をとどめて世界の中で存在していたのだ。
その姿が見えない人たちになぜ好き勝手にさせられなければならないのか!
今右傾化する日本の姿が見える。それを応援する人たちも見える。
今までの日本の歴史はすり替えられ、日本国憲法もGHQにいただいた憲法であると主張する人たちがいる。
戦争さえ美化し、教育勅語を支持する風潮を作っている。
私は戦争時代満州移民になった方のお話や、様々な戦中日本がやってきたことの話を読んだり聞いたりしてる。
その話している人が権力を持ち捏造する側であるのだろうと今のネット社会では言い切ってしまう人もいるだろうが、ごく普通に日常を生きた一般人が、自分の見て来た悲惨な現状をどうして捏造にしてまで語るだろうか・・・実際にあった731部隊のネズミ村の実態や中国残留の人々の生き様は嘘でもない、消えない事実で現実である。
帝国主義が日本国民をどのように思想統制し、人々を危険な目に遭わしたか。アジア諸国の人々が教育勅語を強制的に読まされ、天皇崇拝させられ、自分たちの思想を奪われたか・・・
お国のためという文句があるが、お国のために国民一人の命は自分のためならず、そしてその男尊女卑を提言し、長男を尊び、父を尊び、その長を尊ぶことにより、下々の人は守られるのであるという。
100歩も1000歩もゆずっての話で・・・その長がこの上ないすばらしい神のような人々で、平等と慈悲と保守を提言できる存在ならばそれは国民の平和も維持できよう・・・
しかし今の政権は、自分のことしか考えていない小さな心の持ち主としか思えない。
もっと大きな視野と意識で世の中を捉える人たちでは決してない。
その危うき人たちが力を鼓舞し、武器まで持たしてしまってはもう平和から遠ざかる。
戦争を知った大人がいなくなる。その危機感が今の日本を覆っている。
空想の世界のバーチャルな戦争ごっこで儲けを画策している人たちのために、言葉をいいように使われ命を落とし、理想と言われてしまう平和な日本をどうしてつぶす必要があるのか!?
私達は手薄な教育を受けた世代かもしれない。けれど、戦争時代より平和の意味を、戦争の怖さを誰よりも教わった世代である。
私達の声は平和の日本を維持するに値するのだ!
いやならいやと声を上げよう!

以下デモの模様
真実を探すブログ
ローマさんブログ
内田樹ブログ
安倍政権の実態について



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by polepole-yururin | 2014-07-01 07:59 | 医療(思うこと) | Comments(2)