ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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電子雑誌『Lapiz』無料!

しばらくこの記事は固定します。
以下に随時ブログUPしています。


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電子雑誌『Lapiz』特集号 「あれから3年」
4月20日より発売!
今月号は無料です!
是非ご購読を!

『Lapiz』はジャーナリストたちによって誕生した電子雑誌です。
今メディア自体が機能しにくくなっています。
新聞、テレビからの報道は、様々な思惑により正しく報道されない・・・
本当の真実が何処にあるのかわからない。
もどかしさと苛立ちと。置いてけぼりされる民衆へ
各々のジャーナリスト独自の視点で、社会の事を伝えます。

_私の文章も掲載されています!_

Lapiz(ラピス)は、スペイン語で鉛筆の意味。
地球上には、一本の鉛筆すら手にする事が出来ない子どもが大勢い似る。
貧困、紛争や戦乱、迫害などによって学ぶ機会を奪われた子どもたち。
鉛筆を持てば、宝物のように大事にし、字を覚え、絵をかくだろう。
世界中の子どもたちに笑顔を。
「Lapiz」にはそんな思いが込められている。


詳しくは『Lapiz』まで
____________________________

Lapiznoveruzより電子書籍にて小説『未来へ』好評発売中!

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<あらすじ>
福島第一原子力発電所はメルトダウンをした。原発近隣に住む人々はどうな
ったか!?同時にテレビ画面上でその出来事を知った人たちは何を考え、どう
したか?原発事故が日本人に問いかける。
言葉とチカラで出来上がった大人の世界を子どもの純粋な心が、言葉やチカ
ラの枠を外して凝り固まった大人たちを動かしていく。
私たちの未来は何処にあるのでしょうか・・・。
現実とファンタジーが入り交じりながらストーリーは展開していく。

*電子書籍で発売。
購入方法は電子雑誌「Lapiz」と同じようににて購入してください。
*お求めはDLマーケット or 雑誌ONLineで・・・







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by polepole-yururin | 2014-06-25 13:10 | Comments(6)
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朝日新聞朝刊、集団的自衛権行使に対し、公明は自民に容認の記事。
テレビからはワールドカップ、日本代表敗退。
ワールドカップ・・・ドーハの悲劇皮切りに日本にサッカーブーム到来。
思い返せば、私がまだ20代の頃だ。
私はサッカーのことなど興味もなかったが、まわりの影響で何となく知ることとなる。
息子が生まれた頃は、韓国でのワールドカップ。
日韓の橋渡しと言いながら隣の韓国と仲よくなった。
その頃が一番サッカーは日本では支持されていたのではなかろうか。
息子にも日本代表のTシャツを買って着せた覚えがある。
その頃からサッカーにもJAPANという名を知らしめ、友好的なJAPANを轟かしていたのではないか。
が・・・ブラジル戦は、全然日本選手の士気が低く、予選リーグで終わりを告げた。
ワールカップのテレビ中継の視聴率も過去最低だったらしい。
このサッカーと今日の集団的自衛権行使容認のことは、どこか同じ所から来ているような気がする。
皆がサッカーに注目できなかったのは、安倍政府のその時期にこそこそと大事な日本の本質を覆す悪意ある行政を行っているからだ。
その意識の分散が、まんまと政治に利用されている。
安倍内閣も官僚もワールドカップなどどうでもいい。皆がよそ見をしてくれさえすればいい。
そんな意識の中でサッカー選手は戦っていたわけだ。
サッカー選手を夢見て子どもの頃から一生懸命サッカーばかりに没頭し、親もその子どもの気持ちに答えようとスポーツ少年団や地元サッカースクールなどの送り迎えに明け暮れた。
勉強もする時間なく、サッカーに明け暮れ、青春のほとんどをサッカーに費やした子どもたちはどれだけいただろう。
そのサッカーも資本主義社会の利用の対象とされる行事と化す。
東京五輪もそうだろう。
スポーツの祭典はスポーツマンシップにのっとり・・・と純粋さをアピールするが、その純粋さに純粋な国民の意識を持っていき、将来の夢さえ作り上げた。
貧しかった子どもたちが、自分の能力でサッカー選手になって有名人になって大きな豪邸に住み、また子どもたちに夢を与えているんだと様々なメディアから流れていた。
その憧れの人を目標に子どもたちが夢に群がる。
楽しいから、すきだから・・・それだけでは無理なようにメディアが煽り、競争社会を煽る。
アメリカンドリームである。
アメリカンドリームはシンデレラのように貧しさからの脱却である。
アメリカは嘗てイギリスからの移民の国だった。
小さなイギリスから土地を求めて海を渡った。
荒れ地を開墾して土地を得て商売を繁盛させて夢をつかんだ。
アメリカンドリームの原点だ。
が・・・・
もともとアメリカには先住民が住んでいた。
先住民の土地を奪い、先住民を虐殺し、先住民の種を奪い、農法を奪い、商売が大きくなるに連れて先住民やアフリカから黒人を奴隷として強制的に連れて来て、労働力にした。
裕福になった海を渡った人の話を聞いて私も!僕も!と夢をもって人々はアメリカを目指した。
自由と夢の国アメリカ!
もっともっとと夢は増大し、北アメリカだけでは夢は果たせないとして領地拡大、産業拡大のために世界へまた目を向けた。
その矛先には戦争が勃発していた。
北アメリカのインディアンのようにすんなりとはつぶせない人種が存在するところには、無理維持はもっと大きなものとなり、大量虐殺できるものが必要になる。
それが戦争である。
夢の増大が戦争を作り出す。
戦争は、正義なんて全くない。
戦争は他者からの奪い取りである。
自国にいてもっと生を意識し、謙虚にそして営む本来の意味を思考していてさえすればこの世には戦争は起こらない。
戦争は、仕掛人がいる。
我々は平和だった。
サッカーに夢を投入出来たもの幸せ故である。
そんな時代が終わったのか・・・
集団的自衛権行使は戦争への加担である。
私達は、誰かの夢につぶされていい存在ではないのだ。
サッカー選手を夢見た子どものように個々にかつて夢を持ち生きていた子ども一人一人なんだ。
その夢の中には戦争という文字は何処にもない!
幸福の中に夢が現れるんだ。
幸福の中にサッカー選手は自分たちの存在意義を意識し、サッカー選手としてのモチベーションも保たれるものだ。
その士気をそいだのは、誰でもない安倍政権の夢も希望もない行政に他ならない!
彼は何処を見ているのか?

ワールドカップ日本戦が終わった朝、日本は集団的自衛権が容認され、戦争へと一歩足を滑らした。
夢を置い続け、いつまでも日本は変わらぬと思い込んで、夢はサッカー選手だと言い切れる時代の焦点が歪みはじめた。
私達が住んでいる日常は今・・・
図書館に窓から戦闘機がブンブンと飛んでいるのが見えた。
頭は赤く、ボディーはグレーの戦闘機。
私の目の前には、母親と絵本を探す子どもがいた。
どこかで子どもの声が聞こえた。
その声をかき消すこの音があなたの耳には聞こえないのか!?
そう図書館中の大人たちに言いたかった・・・





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by polepole-yururin | 2014-06-25 11:01 | 政治(思う事) | Comments(0)
バラ・ピースが咲いた!
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集団的自衛権行使に向けて自民党が大変強気に主張し、公明党に詰め寄っている。
なにをそこまで急いでいるのか?
政治はタイミングというらしいが、急いでいるのかこんな大事なことを推し進めるのは、なんのためか?
ワールドカップで皆がお祭り騒ぎしている矢先にと大事な法案をあやふやにして通す政治の危うさよ、、。
安保闘争時代、世の中は月面着陸のニュースばかりが持ちきりで、政治からどこか違うこところに国民を持っていこうと意図的な報道があった。
政治からみの出来事は偶然起こるわけではなく、すべて計画的に行われる。
出来事が大きくなればなるほど、それは用意周到に計画し実施される。
イラク情勢も、ウクラナイナ情勢も、、。
NHKニュースからはイラク情勢の情報は流れても、アメリカを支持する話ばかりでアルカイダ武装集団の悪者が表に出ている。
ウクラナイナとロシアの件もロシアを非難する報道ばかりだ。
アメリカと友好関係にある日本?は例えアメリカがあらゆる国に現れて、かき乱していようとも報道上は、アメリカの存在は悪く言わず、他方の勢力が悪者になるわけだ。
何も困り果てていなかった日本を戦争モードに持っていく自民党。
嘗て自民党は日本の顔の様で、自民党は自由を与え、私達に富を与えた・・・そして経済成長と商店街では商売繁盛を盛り上げて来てくれたのが自民党のような雰囲気を醸し出していた。
調子のいい商売人は、自民党を支持していた。
田舎の気さくな組合であった?農協も自民党を応援していた。
その反面、共産党と言えば、なんか危ない存在であるように大人たちは敬遠していたことを思い出す。
私にとって、封建的な統制する政治のイメージは、共産主義を主張するものだと思えた。
がしかし、今、民主主義を謳い、自由を主張していた自民党が、その封建的な統制する政治を行い、人々を窮屈にしているではないか。
自由どころか、軍国主義一色に傾く自民党ほど、日本にはいらない。
アメリカも自由の国といいつつ、やりたい放題。
アメリカの歴史を紐解くとアメリカは1776年にイギリスとの独立戦争の末、出来上がった新しい国家である。
初代大統領が子どもの頃桜の木を斬って親に叱られたジョージ・ワシントン。
ジョージ・ワシントンは一体何処の人だったんだろう・・・
アメリカは200年ほどの歴史しかない国である。
だから歴史といえば、独立戦争、南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、・・・・
何処かしらで戦争に介入している。
自由とは、力で奪い取る社会のことを言うらしい。
歴史とは、年月の積み重ねであり、その中に先住の学びがあり、その学びにより人は進化し、そして遺伝子は守られてきたのだろう。
歴史が浅いということは、守るべきものが薄いともいえる。
その浅い歴史の国家が、原爆をつくり、歴史ある国家をつぶした。
そして出来た自民党。
アメリカに従い国家形成をして来たわけだ。
強い者がのしあがり、その強さは、どんな形であってもいいという。
嘗て戦国時代の日本は、挨拶を交わし戦ったという。
礼儀作法が優先された。それが武士としての礼儀であり、本当の強さである。
嘘ばかリはきだし、やりたい放題の今の自民党は、卑怯者である。
堂々と議論し、武器を持たず、友好的な外交を推し進めてこそ、歴史ある日本人の存在であろうに・・・
自分というルーツを持たない者は、歴史を破壊するのみに動くのだろうか。
その国の方針に加担する企業も同じ。

(6月17日朝日新聞朝刊より)
武器輸出三原則の緩和により、パリで16日始まった陸上兵器の国際展示会「ユーロサトリ」に参加した主な日本企業
三菱重工・・・戦闘機、戦車、潜水艦、護衛艦
川崎重工・・・潜水艦、ヘリコプター、ミサイル
日立製作所・・・情報処理システム、ソナーなど
東芝・・・ミサイル、レーダーなど
富士通・・・情報通信システム
NEC・・・レーダー、情報通信システムなど


いつの時代か・・・
戦後隠れ蓑をかぶっていた企業が堂々と顔を出してきた。
お金のために今の国政・時流に乗っかり事業を進める企業の母体は、一体何処から来ているのか?
人は、何のために生まれ、何のために生きるのか?
金のためとしか言えない者は、歴史なき所に生まれた存在だったのだろう。


PS:安倍総理の行動をどうか食い止めて欲しいと願う。
そのどうか・・・と思う行く先は他者であり、今の自民党の暴走を止めてくれる救世主である。
これを他力本願という。
では安倍総理の暴走を食い止めることができず、現れる世界はどうなっているのだろうか?
それを考えて、想像しただけで、ぞっとする。
がしかし、ふと我に返った。
安倍総理は私達の意識から生まれたものではないのかと・・・
つまり、今我々は自由と豊かさを求めて生きている。
がしかし、大半は自分という存在が何処に影響し、どの意識体を作っているのかも考えずに流されて生きている。
放射能汚染があろうとも、人ごとで、誰かが助けてくれると他力本願。
環境破壊と言われても、アフリカ、アマゾン等のどっかの遠い国のことだと思い込んで、自分が今安いものを手に入れて、得ばかりを追い求める生活が、ひいては環境破壊のお手伝いをしているとは思えない。私一人が。。。という思いが日本の集合体を作り、消費とゴミを増大させた。
その意識が原発を生み、放射能拡散の危険性を地球中にバラまいている。
その根源は政治であるが、その政治を野放しにしたのも一人一人の意識である。
安倍総理が暴走する由縁は、そこまで国民は意識低迷の利己主義の集合体であったということである。
日本は歴史ある国であり、八百万の神のもと生きて来た心ある民俗である。
その意識を呼び起こさせなれければ、安倍総理を食い止めることは出来ない。
力が本物ではない。品格ある意識こそが本物である。

ローマさんブログにてユーロサトリの現状






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by polepole-yururin | 2014-06-17 10:49 | 政治(思う事) | Comments(0)

危ない社会

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6月7日、東京のちひろ美術館で開かれた講演会に行った。
小児科医の山田真先生の講演。
福島の今をテーマに話された。
震災後山田先生は地元のお母さん達からの依頼で、子どもたちの健康診断をやっておられた。
お母さんたちは、福島では声を上げることさえ出来ないつらさを先生の診察時に、いっぱい吐き出した。
「この日本で福島の一人一人に時間をさき、向き合った医師はいないだろうと思うくらいに関わってきました。」と先生は言った。
本当にそうだろう。
私も震災後、福島の医療情報を探してもちゃんとした話は出なかった。
嘉田知事ひきいる滋賀県は福島が担当になり、医療支援を行ったらしい。
ぜひどのような医療支援を行ったのか知りたいものだが、結局国が上に立ちその下に地方自治体がいる行政は、地方自治体が独立して動くことを良しとしていない。(国が資金が関与する場合のみ地方に任せるという大変国の身勝手な行政であるが)
よって福島医大の山下教授が、大丈夫といい、放射能の問題はありませんという見解を伝え続ける以上、この山下教授の言葉は、福島医大の統一した声になり、福島医大しか福島県に医療を専門とする大学病院がないということは、福島中の病院(公立)は山下教授の言葉が基本方針となる。さらには、公衆衛生を担当する保健所、学校の保健室の先生もその方針に従う。
さらに、健康被害はないとする言葉は、身体に関与するものすべてに影響を与える。
つまり、食するものに対しても山下教授の言葉が生きる。
それが強いては思想にまで反映し、福島全体は国(その当時の総理大臣、官僚、党)の意向に沿った言葉を発する山下教授の言葉がすべての正となる。
ただ、戦後このような事態はほとんどなく、三権分立という言葉でもあるようにすべてが独立し、様々な見解を表に出して討論され、医者という責任ある立場で物事の本質を議論し、言葉を発していたと思われる。
がしかし、原発という国策に対し、原発は独占企業のように、国の顔とも言うべき存在であったようだ。
東電という株式企業であるのにも関わらず、事故の責任を取られない現状と国(自民党)との切っても切れない太いパイプが存在するゆえに、正しく法が動かない。
これはまぎれもない腐敗政治であり、その腐敗政治が福島の県民を壊してしまった。
福島だけではなく、放射能は拡散しているわけだから、東日本・・・日本の問題である。
がしかし、国は徹底して否を認めず、東電に対しても責任という言葉も出ない。
平等という言葉はもう存在しない。(もともと世の大人たちはこの日本、世界に平等という言葉はないと言い切るが・・・私はこの言葉を鵜呑みにしない!憲法で法の下の平等、基本的人権の尊重は謳われているのだから。)
原爆が投下された広島、長崎の人々が辿った道を福島は辿っている。
あの時と同じシナリオが使われている。徹底的に・・・
放射能の問題はないと言ったのは、山下教授を育てた重松医師だった。
あの当時はアメリカが原爆を投下したので、アメリカの否にならないようにアメリカとの関係性の中で様々な行政活動が行われた。(当時敗戦国の日本はアメリカの支配下にあったから)
今我が日本はアメリカの支配下にはない。(安保条約等でアメリカとの関係はあるが・・・)
その独立した国として日本国憲法がちゃんとここに存在する上では、山下教授の言葉で皆が同じ方法に動かないといけないわけではない。
山下教授や嘗ての重松医師も、嘗ての薬害エイズ問題で問われた帝京大学の安倍医師と同じ立場であるとも言える。
身体の不調は医師に診断され、病名を貰う。がしかし、医師は絶対ではない。
神様でもない。病気のメカニズムを病態生理の学びと経験の中でこたえているだけである。
よって誰にも解らないのである。
されば、その言葉を鵜呑みにし、今だ収束されていない原発が存在し、そこで働く原発労働者の体調不良の訴えもあるのに、放射能をなかったものにするこの日本の現状はどう考えても間違いである。
未熟な国であるとしか言いようがない。
NHKで民主党時代に作られた番組が再放送で流れている。
ちゃんと正しさを伝える番組があった。ドラマもちゃんと流れがあり、戦争という時代背景をちゃんと伝えている。
NHKにはちゃんとした表現者がいた。
電波という意味をちゃんと知り、NHKの独自の立ち位置があった。
ものを作り出す、ニュースも、ドラマも、バラエティーも、ドキュメンタリーも、すべて表現である。
その表現は作り出した人々を映し出す。
表現は、社会的行為である。
ましてや公共機関を使っての報道は、社会的行為そのものである。
それゆえ、平等な見識を持って報道すべきであり、公的機関にいる職種の人間は、ひとりひとり自分のやっている行為に意志と責任を持つべきである。
今の日本は集団的意識を使い、法の存在さえもないものにしている。
「赤信号、皆が渡れば怖くない」
この赤信号を国は堂々と無視している。
その赤信号が見えているのに、渡っちゃっているから私も渡らねば、一人こっち側に置いてけぼりだから・・・と言う具合である。
平和と安心と人権と・・・大事なことがちゃんと存在していた今までの日本だった。
それが赤信号を渡る前のこの時点である。
あっちに行けば、戦争である。あっちに行けば放射能被害である。あっちに行けば破壊である。あっちに行けば騙し合いである。あっちに行けば隣の人が敵である。
あっちに行けば・・・
洗脳が続く。
ジョンレノンは、反戦を謳い愛を謳った。
528ヘルツが愛を伝える周波数。
それを彼は音楽で世界に広め、ミュージシャンとして表現者として世界の人々に愛がすべてであると伝えた。
ベトナム戦争の最中、・・・
今、440ヘルツの周波数がこの世界を覆っているらしい。
破壊の周波数である。
528ヘルツは、ジョンレノンが発見した訳ではない。
528ヘルツは、自然界の周波数である。
鳥の鳴き声、風、川、海、様々な優しい音と空気。
私は、里山で日々感じる。
自然の中には、優しさがある。それを愛と呼ぶのだろう。
自然から離れれば、人は我を忘れる。自然に身を寄せれば、人は我を取り戻す。
生まれて間もない子どもたちを見て思う。
「裸の王様!」と平気で口にする子どもは、何が大事か知っている。
その大事なことを知っている子どもを守ることをまず考えれば、私たち大人が今やるべきことは自ずと見えてくる。
そして自分の立ち位置も見えてくる。
人が生きるということは、社会を作っているのである。
どんな社会にいたいか・・・それは私ひとりの存在と比例するのである。


PS:528ヘルツを癒しの周波数というらしい。
では、その周波数に近いものはどこにあるのか・・・
これは宗教、麻薬、麻酔、SEX・・・
本当の癒しではない。528ヘルツと近いものである。
あくまでもプラセボである。
それに人は溺れて行く。
本当の癒しは、誰かからいただくものではない。
自然界にある優しさであり、守るという本来の本能的な種の保存から来るのである。
ベトナム戦争時代、反戦を謳い、ヒッピーという若者たちが生まれた。
その若者たちの中には愛を勘違いした者もいた。
薬、フリーSEX、新興宗教・・・
皆利用される。正しきものを表に出して、気持ちいいものを表に出して真実から引き離す。
今の日本も同じである。
救われる何かと東京五輪の経済効果という文句を人参のようにぶら下げて、放射能をかき消す。
福島の双葉町に核廃棄物の中間管理施設を建設する方針。20キロ圏内に住宅地建設予定。
そこにでも住めるという実態を作る国の新しき放射能に向き合うプロジェクト・・・
大丈夫という言葉という麻薬と現実の危うさ。
本当の528ヘルツを!
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by polepole-yururin | 2014-06-11 09:47 | 思うこと | Comments(0)

本当の被害とは・・・

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東電、地下水バイパスで3回目の地下水放出を実行!
合計で2092トンの地下水を海に放出!井戸の一つは基準値超え!
真実を探すブログ様より

原発事故後の現状は上記ブログにもあるようにひどいものである。
この情報がほとんど流れない。
大事な情報が流れず、芸能情報ばかリ流れる。
私達の日常は何処にあるのか?
テレビを見ている人にとっては、テレビの中が日常である。
考えたって仕方ない・・・今明るく生きて行こう!
意識を楽しいことに向けて行こう!
大半の人はそう思っているのだろう。

福島医大の山下医師は、ニコニコしていたら病気にはならないのですね。っとニコニコしてゆっくりした口調で話してた。
これは、以前医療者だった時、ガン治療や病気にならない生き方を提唱して人気のあった産婦人科の医師が言っていた。
私もちょうど体調を崩していたため、この考えに乗っかった。・・・気持ちが楽になった。
サイモント療法という米国からの意識療法というものも10年前、まだ日本に上陸したか否かという時に学んだ。
今やその療法は私の知人が講師を務め、一躍時の人となっているらしい。
確かに西洋医学だけでは、難病、重病等の治療には限界であり、凝り固まった病気への執着は心を疲弊し、なおかつきつい治療をすることで身体も衰弱して行く。
看護師時代、私はたくさんの患者さんを看護し、看取った。
先の見えぬ治療を繰り返し乗り越え、体中メスで切り刻まれても笑っていたおばちゃんを看た。
どうしてここまでガン細胞はメスの傷を乗り越えて、また表層に昇ってくるのか?外科治療が本当に有効なのか?手術した方が衰弱したんじゃないかと思えるほどだった。
ただ患者さんは医師に従うのである。
そんな救われない西洋医療を端で見て来て、私は西洋医療の限界を感じ、自然に代替医療を学んでいた。(医療すべてを批判する訳ではなく、様々な治療を見て来て所々感じた。西洋医学は対症療法故に患者を丸ごと診ない傾向があることも問題としてあるが・・・)
が、その代替医療は、保険診療でないため、お金がかかるという問題点がある。(西洋医学は保険診療でまかなわれているから、低額ですんでいるが、今の政府はこれからこの点に対して自己負担として行く雰囲気を醸し出しているので、国民は、政府が誰のために政治をしているのかをちゃんと見極めないといけない!)
またこの療法もお金と交換するシステム故、純粋な治療とも言えない場合もあり、そこには人の病気に対する不安をうまく利用する場合が多い。さらに精神安定という癒しが含まれる。よってその代替医療は、いわゆるスピリチャル的な要素も関与する。
そのスピリチャルとか、自己啓発とか、様々な精神的介入を提唱するものが一時世の中を一世風靡した。
確かに心の不調は、この精神の安定は大事で、心と身体は一体であり、心の不調は身体の不調と直結する。だから不安要素を持ち合わせているよりも、意識をずらして楽しいことを考えて生きることの方が心の安定ははかれ、ゆったりと過ごせるのである。
嘗て渡辺淳一の「鈍感力」という本が話題になったが、本書には、何も考えず、気にせず、生きる方が幸せであるということのオンパレードだった。
確かに、ぼ〜として生きる方がどうでもいいように思われ、お笑いや作りばなしのドラマを見ていたら時間もあっという間に過ぎて行く。知らぬ間に一日が過ぎ、明日が来るのである。
時間かせぎという意味ではいい方法だ。
がしかし、原発事故後、これと同じ言葉を福島医大の山下医師が使っていた。
え!?これは違うだろう!そう私は思った。
原発事故という起きてはならぬ事故が起きてしまい、放射能汚染が拡散し、今も続いているのに、大丈夫大丈夫と一点張りで、本当のことを言わぬ政府と、県と、医師たち・・・
原因と結果が世の中の法則である。
その原因がそこにあり続けるのに、ないものにして笑ってるといいんだよっていう免疫細胞や言霊の使いよう。
普段は、そんな迷信まがいのことは医療現場では、馬鹿にしてる輩なのに・・・
美味しんぼでの反応もひどい話である。
二日前の朝日新聞にはなまる先生と題して福島の小学校教師が、子どもたちに大丈夫である福島で生きることの大切さを伝えていた。そして美味しんぼの件に対して憤りを感じていると言っていた。
どうなんだろう・・・
私は福島のことを知りたいとあらゆる本を原発事故後読んだ。チェルノブイリ、広島、長崎、マーシャル諸島・・・新聞もずっと大事な記事はとっている。講演会にも行った。福島に行き来しているジャーナリストの方々の話も直接聞いた。
その本の中には、様々な見解があった。
その中で、脱原発を訴えつつも、福島で頑張ろう!という人々がいることに動揺した。
放射能に感受性の高い子どもたちになぜ地産地消の給食を食べさすのだろうか・・・とか、外で遊べない状況になぜ子どもたちをそのままここにおいておくのだろうか・・・とか、・・・
福島大学教授の清水教授の講演はを原発事故半年後に聞いた。本まで買って読んだ。
彼は福島はコミュニティーの崩壊を来してるとデーターとグラフで示し、福島の問題点を挙げていた。
その教授は、福島で頑張って生きていく方法を県民と考えようとしているらしい。
が・・・やはり違和感は消えない。
マーシャル諸島の人々は水爆実験後、3年で帰還をさせられた。すると急に発病が増大した。政府はそれに関して因果関係はないとして住民の話に耳を傾けなかった。
住民たちは決死の覚悟で、自分たちで自主避難したのだ。その行動が他国の人々に伝わり、マーシャルの人々は世界に存在を知らしめ、今も交流は続き、放射能被害への保障問題等に向き合っている。
エートスということばがある。
これは、チェルノブイリ原発事故の時、避難できなかったベラルーシの人々に対して行われた放射能汚染区域でも元気に生きて行こうとするキャンペーン的生活指導という啓蒙と活動である。
そしてあくまでも自力で生きるための道を切り開くための自立支援である。
というと、聞こえはいいが、これは酷な話だと私は思う。
私は、教育ほど怖いものはないと最近嫌というほど感じている。
政治や社会に意識しろと言いつつ、テレビや新聞等からは大事なことは流れず、流行というものをドンドン流し続けた業界である。消費と情報が一緒になって私達を攪乱する。
原発もクリーンネルギーとなって良いものになった。芸能人、文化人、スポーツ選手も良いものになった。
専門家という名のついた人物は正しい人となった。
自己責任と言う言葉が二十年ほど前から使われるようになって(アメリカから上陸)すべて生きる上では自分の責任であるというもっともらしい言葉であるが、ひどい目にあった場合、すべて自己責任という言葉でくくる前に、責任を問うべき人は自分以外にいるものである。
自己責任という言葉は権力者側から作られた言葉である。
今、福島の問題で風評被害という言葉を前に出して、福島は大丈夫だとする考えは、確かに今まで通りの生活をする上で、原発事故もちゃんと収束し、汚染水も垂れ流さず、福島原発に向かう原発労働者も必要なくなった場合なら使える言葉である。
でも、上記有名人が何を根拠に大丈夫だというのか・・・超名人の存在は広告に過ぎない。
偶々見つけた福島の人のブログ。(エートスプロジェクト)
そこには福島の動きが書かれている。
ちょっと読んでみてほしい。
福島を考えるということは、ノリでもないし、今だけの経済効果でもないし、もっと根本的な原発を国策とした政府や電力会社への保障追求と原因除去を早期にすすめ、因果関係をちゃんと認めていき、福島も日本国民も安全という安心のもと暮らせる社会体制を作ることである。
「鈍感力」は自分のためにあらず、権力者の為のありがたい国民性である。
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by polepole-yururin | 2014-06-03 23:35 | 思うこと | Comments(0)