ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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NHKの表現力

我が家の玄関のバラ・バフビューティー。
美しさにみとれ、とげがあることさえ忘れた。・・・危ない危ない・・・
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ほとんど私はテレビを見なくなった。見るとすれば、朝のBSの里山紀行と再放送の「カーネーション」
その流れで、今の朝ドラ「花子とアン」が流れている。
「花子とアン」は視聴率がいいとあるが、本当にそうかな?
この話は、たいへんあっちこっちに話が飛び、急展開し過ぎる。
それに英語教育の大切さ、名前の大切さ、姉と妹の格差がひどい。
ハナが優遇されすぎて、その周りの人物が不幸すぎる。
妹がどうして報われず、妹を残してどうしてハナが実家で教師になっている?
どうしてハナはいつもきれいな顔をして、他の家族は真っ黒なんだ?
お母さんはいつまでも読み書きがおぼつかず、一番の下の娘はすらすらと字が書け、あげくにはおじいやんもすらっと字を読んでしまった。
はなのお友達のりんこさんは、学校にほとんどいかずして結婚したが、急に英語の大切さを強調し、家の中でも英語で話せと子どもに強いる場面があり、りんこはいい人でも何でもない・・・
りんこの話は他局の昼の愛憎劇のドラマである。
今日なんて最低で、お父さんがハナに話している場面。
「社会主義という思想に感銘し、その思想を広める活動をしていた。するとその思想を演説してた新聞社の方が警察に捕まった。おとうやんは逃げた。その後、その新聞社の方と出会い、また捕まると危険を感じていたが、おとうやんはつかまらぬ、捕まるのは、出版、新聞等の思想活動し、社会に影響力のある人が捕まるんだという。
おとうやんは、自分の影響力のなさに落ち込み、単に行商の力なき人間であったことに気づき、家に帰って来た。
そこにおかあやん登場!
おかあやんは、あんたが何も力ない人間で良かったと喜ぶ。
おとうやんは、そうさな〜、もうそんな活動はしない。危ないことはしないと反省。
・・・
NHKはいまや、百田氏らが顧問を務めている。
百田氏のテレビ発言は、早口関西弁で、毒舌をはく。
安倍氏を賢い人と連呼し、人間のクソという発言も関西弁のノリですわ!とスルーする。
関西弁は、そんな汚いもんではないし、クソとかアホとかそんなもんを当たり前の言葉やって言うはなしでもない。
口が悪い人がNHK顧問になっていること事態おかしい。
もっと品があったNHK。
国民からの受信料で経営されるNHKが、国営になっている。
ドラマの中で様々な思想を入れ混ぜている。
反政府の動きをするとどうなるか・・・力持たないことがいいのだと・・・英語の存在と、何も力のない人間は戦地に行って兵隊になることが認められ、人の役に立つのだと・・・
役者はどう思っているのだろう?
こんなドラマを演じていて苛立たないのだろうか?
お金のためなの・・・か?
美輪明宏氏は、こんなチグハグのドラマのナレーションを心地よくやっているのだろうか?
品がなさ過ぎる・・・
このドラマの脚本家は、中園ミホ。嘗てはNHKで「下流の宴」原作・林真理子のドラマの脚本を手がけている。あのドラマは面白かったが・・・
NHKの顧問が変わればこうも品位が下がるものなのか・・・幼稚なNHKと化してしまった。
里山紀行も同じ映像がずっと流れている。震災前からの映像である。(安心してみれる番組がなく、昔のものだけれど、ホッとするので見ている)
日本はちゃんと里山を守っているんだと映像が流れているが・・・福島やその近隣・・・、放射能の被害を一番受けたのが里山なのである。
映像はいつのものか解らない。今もあると安心して見ている里山の風景が、この嘗ての映像の中でしか見られないのかもしれない・・・そう考えたことはあるだろうか?
前記事「もうたくさん」でも記したが、私達が今見ている現実は、何処にあるか考えたことがあるだろうか?
大半は仕事に追われ、学校に追われ、日々の出来事に意識を置かず流されている。
その中で知る現実は、大半はテレビや新聞である。
そのテレビや新聞がもし、すべて「花子とアン」のような作り話であったらどうだろう。
私達は、生中継は現実で、今を正しくリアルに伝えていると思うだろうが、その生中継も事前にテレビ局の意向に沿ってシナリオがあり、それに従った構成で出来上がっている。
ましてや録画は、ドラマに似た構造である。
最近は映像も美しく、何年か前の映像も今まさに事実を伝えているように電波で流すことが出来るのだ。
クレヨンしんちゃんの映画「大人帝国の逆襲」で、皆が違う方向に動いている、匂いがない現実・・・
ひろしの靴下の匂いがリアルな現実であり、匂いを失うと持って行かれてしまう・・・
今の日本はそんな気がする。
現実をうまく操作するテレビや新聞媒体の戦略が甚だしい。
これをプロパガンダという。
私達の受信料で作られているNHKの表現は、政府のものではなく、国民のものである。
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by polepole-yururin | 2014-05-28 09:32 | 政治(思う事) | Comments(0)

もうたくさん

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5月24日土曜日、金沢市内で自衛隊のパレードがあったそうだ。
ニュースに流れ、パソコンをクリックすると、そこにはとんでもない画像があった。
その流れで、またクリックしたら、戦車に子どもたち・・・
声を失った。
何事か?夢でも見ているのかといくつか石川県のサイトを見たら、そこには北陸の陸、海、空自衛隊の催しスケジュールが連日満載。
私の知っている敦賀港に、軍艦が!それに行列をなす家族連れ・・・
飛行機ショー・・・
戦車・・・
子どもと軍隊が一緒に映っている映像っておかしい。
日本ではない。
この国は、何処に行こうとしているのか・・・
毎日、バイパスで出くわす自衛隊の車。24日には、”危”のマークをつけた自衛隊のトラックが前を走っていた。
弾薬など積んでいるのか・・・思わず、バイパスを降りた。
同日久米島から25キロ・・・米軍の射撃訓練で、爆発。琉球ニュースで流れた。
集団的自衛権行使について安倍政権は、当たり前のことのように他国にも出向き自衛隊を出動させるという。
今日も頭上をけたたましい音をさせ、何度も自衛隊のヘリコプターが行き来し、戦闘機が行き交った。
自衛隊のヘリコプターは毎日頭上を朝も夜も関係なく飛んでいる。
安倍政権になってからだ。
自衛のための訓練で行き交う自衛隊の飛行機、車、船・・・すべて国家予算である。
私達の税金が使われる。
何のための自衛だろう。
国防といいつつも、危険は誰が作るのだ?
北朝鮮が危ない!中国が危ない!テロが危ない!そう言う声を嫌というほど耳にするが、安倍政権になってから他国が危なくなって来た。
それまで他国をそこまで牽制する必要はなかった。
尖閣諸島、竹島問題をふっかけたのは、誰だった?
安倍政権になってから、スイッチを押されたようにいろんな問題があがった。
安倍政権でなかったら他国が!という危険性はなかっただろう。
今までどおり、憲法9条によって武器を持たず、武力行使しないと宣言している国に対して他国は威嚇なんぞしないものだ。
他国が威嚇し、非難を浴びさせるのは、危険を他国に向けているからだ。
そのことを無視して、突如現れた敵のために、武力を持って、さらに集団的自衛権行使を主張し、戦うことを正当化する政府の行動は、国民を脅し、はぐらかし、動揺させ、さらには愛国心を煽り、戦争へ突き進むことを当たり前だという空気を作っている。
危ないのは敵国ではなく、今の政党ではないか!?
ロシア、ウクライナ状勢や中国と東南アジアとの対立など確かに今ここぞとばかりに戦争屋が動いている。
テレビ、新聞で他国の状勢の危険性を煽りつつ、政権に異を唱えているニュースや情報はほとんどテレビ、新聞では流れず、芸能情報ばかリ流れる。理研の話はもう消えた。
大事な情報が流れず、トピックスニュースが作られては、消えて行く。
その間に政府は大事な法案を知らぬ間に可決している。
集団的自衛権の問題で、一番大変な状態になるのは沖縄である。
沖縄は戦場と化す危険性をはらんでいるのだ。
国民は、政府の言うように愛国心をかき立てられ、自国を守るは、自衛であり、他国への武力行使もやむを得ないとする安易な同調は、想像の欠除としか言いようがない。
沖縄の悲劇を想像できず、子どもを戦車や軍艦に載せて喜ぶ国民の意識は、あまりにも悲しい。
ある中学校では、校歌が毎日放課後に流れる。その校歌が流れたら、生徒も教師もその場で止まり、背筋を正し、黙ってその校歌を聴く。誰かとも話してはいけない。その曲が終われば、国旗掲揚塔に向いて敬礼し、やっと動き出す。
戦時中の天皇陛下を祀ってある祠に敬礼しているような、どこの軍国主義の学校だろうかと怖くなる。
しかし、れっきとした公立中学である。
教育に統制が入る。シンボルを仰ぐ。
今もテレビでは、特攻隊の映画がBSで流れていた。
もうたくさんである。
皆本当にこれでいいと思っているのか?
戦争の悲惨さを味あわないとわからないのか?
原爆も、空襲も映画の中の出来事だと思っているのか?
ハリウッドの刺激的なリアルな映像に麻痺し、戦争ゲームに明け暮れた成れの果てか・・・
現実は頭の中にあるのではない。
実体のない毎日が、実は想像を絶する実体を作り出しているのだ。
我、ここに生きるべし!
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ー追伸ー
丹後半島にレーダー基地・米軍基地が出来るという。住民の反対を押し切って警察の車が反対者を遮断する。
美しい日本をどんどん壊して行く米軍と、政府。
福島第一原発の汚染水も高濃度の放射線がこの4日に急上昇!
それでも高浜原発の稼働に向けて原子力委員の田中氏が動く。
この日本は破壊の一途をたどる。
福島の自然を壊し、さらに丹後半島の自然を壊し、戦争へ動く米軍に寄り添い何でもかんでもアメリカに捧げる安倍政権は、日本国民を何とも思っていない。
残業手当廃止・・・国民一人一人の保障をドンドン奪って行く。
そして生活の場所も奪って行く。
政府は、どうして国民個人個人の基本的人権の尊重を守ることが出来ないのか?
安倍総理も、安倍総理を支える人々も、個人の生きる権利、生活基盤を脅かす権利があるのか!?
国民は静かに生活していただけなのに・・・
今の政府は、我々の生活を脅かす存在でしかない。
日本という国がなくなる・・・強く思う。
権力者は自分の生きる領域で生きていてくれ!
他人の居場所にやってくるな!
どうか、どこかにいってくれ!
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by polepole-yururin | 2014-05-27 22:38 | Comments(0)

あっちこっちで火消し

美しい琵琶湖。
その琵琶湖の雲がおかしい。
あの飛行機雲の先は今津駐屯場。
青空が消えた最近の日本の空・・・
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京大医学部資料館:731部隊の展示撤去 開館後間もなく
毎日新聞 2014年05月20日 15時00分(最終更新 05月20日 16時55分)


京都大の基礎医学記念講堂・医学部資料館=京都市左京区で2014年5月20日、宮川佐知子撮影
拡大写真
 今年2月に開館した京都大医学部資料館(京都市左京区)で、細菌兵器を開発していたとされる旧陸軍731部隊10+件について説明した展示パネル2枚が、開館後、間もなく撤去されていたことが分かった。資料館の担当者は「通常の展示替えの一環」と説明しているが、ほかに撤去した展示物はほとんどなく、医学関係者からは「医師の戦争責任の隠蔽(いんぺい)ではないか」という声も出ている。

 資料館の担当者によると、撤去されたのは「京都大学医学部病理学教室百年史」(2008年)の記述を引用したパネル。京大出身の石井四郎陸軍中将らによる731部隊の創設経緯などに触れ、「京都大医学部としても検証が必要」などと言及している。

 同資料館は2月11日に完成式典が開かれ、杉田玄白の解体新書や野口英世の論文の複製も展示している。

 担当者は「パネルは2月中に撤去したが、展示替えの一環だった。何か事実を隠そうという意図はない」としている。写真パネル以外で撤去した展示物は、所有者から返還要請があった医療器具だけだという。

 医師の戦争責任を考える運動を続ける京都府保険医協会の垣田さち子理事長は「731部隊の検証に関しては、医学界の一部で消極的な声も強い。撤去の経緯が不透明で、事実を隠す意図があるのではないか」とし、協会として大学側に問い合わせる方針。

 百年史の中で、731部隊について執筆した杉山武敏・元京大教授は「冷静に誇張も隠蔽もなしに、京大医学部が戦争に協力した歴史として記述をした。撤去された事実は聞いておらず、コメントできない」としている。【鵜塚健、藤田文亮、宮川佐知子】

 ◇731部隊

 旧日本陸軍が1933年に創設し、中国東北部(旧満州)を支配した関東軍の細菌戦部隊「防疫給水部」の別称。京都大医学部出身の石井四郎・陸軍軍医中将が部隊10+件長で「石井部隊10+件」とも呼ばれていた。多くの研究者が参加し、ペスト菌などの細菌兵器や毒ガスを開発。中国人捕虜らに人体実験を行い、多くの犠牲者を出した。

上記記事が昨日ネットで上がった。
読んでみて、あ〜あと溜息が漏れた。
大事な資料展示をなかったことにする行政の動きに危なさを感じる。
いいも悪いもちゃんとこの世には存在し、いろいろな角度で見つめ感じられることこそ、多様性であり、戦後得られた自由だと思う。
けれど、最近の行政の動きは大変窮屈である。
「美味しんぼ」の件では、言論の自由を奪い始めている。
上記731部隊の件もなぜ堂々と展示されないのか!?
この行為は危ない。
今まで社会の動向を見て、情報操作が甚だしいと記しているが、表に堂々と出ている大事な歴史を隠し始めるは、とんでもないことである。
正しさがゆがめられることの危うさは、想像を超えている。
政府が絶対であるこの空気は、何事だ。
今息子が社会で明治維新後の王政復古の所を学んでいるが、まさにそれに似せた動きである。
藩閥政治が堂々と行われたあの時代。
長州、薩摩と岩倉具視(公家)が中心となり、欧米列挙に追いつけ追い越せと富国強兵、殖産興業へ突き進む。
その反発に板垣退助が自由民権運動を起こしつつも、軍隊を強化し、新聞などを使い意識統制をはかり、戦争へ突き進む。
徴兵制の問題もこの間日曜の番組で、石破幹事長が発言してる。
明治維新後の政府が行っていることは、今の自民党とその関係する組織の動きとよく似ている。
この日本がこうも歪められているのは、日本を動かす政治家や企業が、戦争責任をとらずして、形を変えていただけであり、表面化していなかっただけである。
その表面化したことに、皆が気づいているか、気づかないのか・・・
テレビとネットと様々な媒体によりごまかしているからだ。
今社会を動かすは60代から下である。
あの時代の方々、バブル景気を知り、物欲に溺れた。
男女の狂乱。物欲の狂乱。
真面目さを失い、壊れるものさえ美化し、人間は汚れの中に存在するとまで思っている人々が多い。
政治は汚いものだと物わかりのいい大人たちはいう。
仕方ないのだと物わかりの大人たちは言う。
だから生きて行くには、私達も汚いことも許される。
これが人間の性なのだ。
そういう小説が多く、それが人間だと解釈する。
こんなけだるいことを常識として発信し、常識をバラまいた仕掛人がいた。
それに流され、流行という言葉で自分たちの無責任さをも帳消しにして・・・
そんな大人たちが権力を握った。
原爆も、原発も、核武装も、集団的自衛権も、その先の想像を出来ないでいる。
常識が常識ではなり得ない。
頭さえ良ければいい、お金儲けすればいい、それが生き抜く自力であり、自立である。他人が病気しようと、何になろうと明日の自分に降り掛からぬものは、知らぬのだ・・・
それが世である・・・そんな声が聞こえる。
私は子どもに伝える。
命を守るのが医師である。
その医師が、命を奪うためのものを作っていたのが戦時中であり、731部隊である。
原爆投下後、ケロイド、嘔吐、下痢、脱毛、ガン多発の現実があったとしても、因果関係はなかったという医師がいた。真逆に自ら被曝しつつ治療に一生をつくした医師がいた。
イタイイタイ病、水俣病、・・・様々な公害病は企業と何ら関係ないとい続けた医師がいた。
その真逆に事実確認を調査し、治療し続けた医師がいた。
731部隊の医師たちがやって来たことへの責任をとらずして、どのようにその後を生きたか・・・
戦争を起こし国民を戦地に送った政治家は戦後どのように生きたか・・・
問題を引き起こした企業は戦前戦後何をしてどうなって、今どうなのか・・・
戦後その行方を、バブルに溺れず、追った人々がいる。
それが原爆後の人々を救った医師であり、科学者であり、ジャーナリストであり、心を持つ人だった。
私がどちら側にいるのか、この社会がどちら側のものが多くいることで平和を維持できるのか、その選択をもうしっかりと感じるときである。
間違ったではすまされないほどに、常識が政府や行政機関の中から消え失せているのだから。


ps:私のブログはもっと優しかったな〜と読まれているブログ記事を見て思った。
アロマ、手芸、ガーデニング、確かに優しさを基本に生活していた。
今も我が家の庭はバラで満開である。今年は大きなバラがいっぱい咲いている。東には月見草の花畑。その庭をいつも心待ちにしていた私だった。
何が変えた?
すべて政治だ。
政治が我々の生活を持って行った。
原発事故も元はと言えば、核保有である。地震列島に核を保有し続けたからだ。
その汚染も抑えられない。
手段も知らぬのにGOサインを出し、表面的に福島の方々にねぎらいの言葉を発し、責任の所在は自民党であり、電力会社であるのに、なんも言わず、福島の方々を大事に思う人々を消して行く。
福島の方々の意識を狂わし、生活の基盤を失わせたのは、政府である。
その責任を当時の総理・菅直人氏を追いやっていったが、どうだろう・・・
手作りの梅ジュース、手作りの枕。お母さんに手作り石けん。お母さんにお花を♩
その行為は今も続けている。
ブログにはUPしないけれど、私の生活基盤は変わらない。
それがもっと他に拡散し、広がった。それが「里と湖のポレポレ時間〜」に綴っている日々。
このブログ『ゆるりんのポレポレ日記』はいつしか政治と社会への思いを綴り始めた。
私を変えたのは、私ではなく、政治なのだ。


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・・・
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by polepole-yururin | 2014-05-21 10:19 | 政治(思う事) | Comments(2)

国会包囲と権力者の方便

小一のAちゃんとYちゃん。
郵便屋さんごっこするよって言って、庭のシロツメグサをとってきて部屋中にまき始めた。
「え〜!」私は驚いた。
先生は笑った。
「はい先生にも郵便!」Aちゃんは言った。
「何て書いてあるの?」って聞いた。
「ありがとうって書いてるよ。これをいっぱいいっぱいバラまくの。平和っても書いてあるよ。お花の手紙だからね」ってAちゃんは言った。
「本当に世界中に必要だね!この手紙。ありがとう」
子どもたちは笑った。
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「逃げようとする日本人を同盟国である米国が救助で輸送している時、日本近海で攻撃があるかもしれない。このような場合でも、日本人自身が攻撃を受けていなければ日本人が乗っている米国の船を日本の自衛隊は守ることができない。これが憲法の現在の解釈です」と昨日安倍総理が発言した。
その国会の周りをたくさんの市民が取り囲んだ。田中ジャーナルより

特別秘密保護法可決のときと同じ空気だとこの記者は言ってる。
しかし、その空気にも負けず安倍政権は特別秘密保護法を可決し、公布した。
この様子は嘗てにもあった・・・もっと意識高い国民がつぶされた・・・
安保時代は、今以上に国会を市民が取り囲み大騒動になった。死者まで出た。
機動隊、警察が総動員されて、市民に催涙ガス弾を投げ込まれた。催涙ガスの元は枯れ葉剤に似た成分であったという。
その頃の活動を行った学生、市民は後に血の気の多い人々とレッテルを貼られ、政治犯的要素を植え付けられて私達の日常に消えて行った。
私のこどもの頃からの日常は、アイドル、博覧会、テーマパーク、新幹線、宇宙開発、おいしいごちそう、アパレル業界の飛躍的発展、バブル景気で猫も杓子も高級車を乗り回し、乗り換え、溢れ出る物質的豊さに埋もれた。
その日常の中に真面目さは毒となり、政治は重いものとなり、政治抜きでも我々はひょうひょうと生きているように錯覚をしていた。
しかし、その溢れた欲の泡は、人間の本質をも泡で覆ってしまった。
安保時代後自民党はこのような市民革命を恐れ、教育へ手を付けた。
それが意志を持たず、産業のために生きる子の育成である。
資本主義社会の正しさと、お金絶対主義の社会の形成。
徹底的にテレビ、新聞、雑誌の媒体により私達は成長した。
常識はテレビから発信された。
アイドルに狂う大人に異常を感じつつも、心理統制を大変学んだメディアが企業と国と手を結び、子どもたちから取り込んで大人たちをも連れ込んだ。
お祭りの紅白のもちまきのようだ。

戦争で精神と物質を奪われた日本は、物質に生きて行くために固執した。
戦中の思想統制から解放された日本人の意識はさまよい続けた。
個がなくなったさまよえる日本人は、示してくれる支持者が欲しかった。依存という生き方を強いられた国民性が選んだ道は、無くなった物質を与えてくれる政党だった。
それが自民党。
それでも戦争に苦しみ、戦争に異を唱えた正しき日本人はちゃんといた。
その日本人をつぶしたのが私が生まれる前の安保時代。
奇しくも福島第一原子力発電所が作られ頃のお話。
その原発が爆発した。
それが答えである。
バブルがはじけ、爆弾もはじけた。
えいじゃないかともうお祭り騒ぎで、今まで生きて来た道まで見失った日本国民。
アンデルセン童話のヘンデルとグレーテルのよう・・・道しるべに落としたパンを食べられてしまった感。
声を出さなければ埋もれてしまう。声を出さなければ届かない。
樹海の森は地場をも狂わす。
じっと目をつむり、耳をそばだて、水の音を聞け!
命の元は水なり。
福島原発からの汚染水が福島の地下水を汚染している。昨日の東電の方針は海に汚染水を流す方針という。
命の源の水の汚染をしてまでも原発を稼働し、武器をもって他国へ武力行使するとする安倍政権はもはや日本国民側にいない。
それを黙り、流され生きる人々は、どんな未来を想像し生きているのだろうか・・・
思想統制の出来上がりとも言えるのかもしれない・・・
思想統制にされず生きる方法は、メドゥーサの目を見ないことだ。
そして命の水源を探すこと。そこには川がきっとある、そこを道として行くこととしよう!
そうすればきっと道が現れる。獣道かもしれないが、これが本当の生きるための道なり。

朝ドラの「アンと花子」人気あるというが、私にはグローバル化を推し進め、軍国主義への意識を少しずつ私達に刷り込んでいるとしか思えないが・・・
そのナレーションを担当するのが美輪明宏氏である。
彼の意識は、今でも被害を被った国民側でいてほしい。

美輪明宏氏曰くー

「わたしは原爆にあっている人間ですし、戦前、戦後の両方の時代を知っています。戦時中の一番の問題は、軍人たちに国を預けてしまったことです」

「軍人たちは、平たく言えば会社の用心棒、あくまでガードマンです」

「そのガードマンをいきなり社長や会長に・・・なにもノウハウがないのですから、うまくいくわけがありません。それなのに、日本国という会社は、用心棒たちに経営をまかせてしまったのです」

「ですから、新しい憲法ができて、とにかくよかったのは、「戦争を放棄します」ということでした。これを聞いて、私は少年でしたが、本当に跳びあがるほど嬉しく思いました。もう逃げ惑う必要がないんだと」

「9条を改悪する必要なんてありません。今の政治家は戦時中の軍人と同じです。そういう連中が、憲法改正、改正と言って、また日本を戦争にひきずりこもうとしている。彼らこそ非国民です」

「鎖国の時代でもないのに、こんなに日本が戦争にひきずりこまれることなくこられたのは、憲法に守られてきたからです」

「正義の戦争なんてありゃせんのですよ。最近、「次は徴兵制度でしょ」と、私は言うんです。いいじゃありませんか、自分の夫が、ボーイフレンドが、わが子が、孫が、家に帰ったら赤紙一枚で出征させられて、それは死を約束されているわけですからね」

「また戦時中と同じように、日本中が老人と女子供だけになればいいんです。自分の恋人を殺して、子供を殺して、孫を殺して、さぞかし満足でしょうよ。みんな、全部他人のことだと思っているから平気でいられるのです」

「私がどれだけ悲劇を見てきたか――。汽車のデッキに立って出征しようとしている兵隊さんを、「死ぬなよー、帰ってこいよー」としがみついて見送る母親が、憲兵に引きずり倒され、ぶん殴られて、鉄の柱に頭をぶつけて血を流している」

「それを死地に赴くために出征しながら見ている子供の気持ち、どんなだったろうかと思います。戦時中は、そんなことばかりでした。またそれが始まろうとしているのです。それが戦争です」

「与党や野党の一部を支持している人たちはみんな、男たちのいない世界を作りたいのね」

「みんな戦争の正体をしらなさすぎます」

(「憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言」) http://amzn.to/RaP28y

「日本は石油も鉄もニッケルもない。もともと戦争できない国なのに、根性、根性、根性――。根性なんて何の役にも立ちません。軍部は知力がなく、非科学的。日本人は野蛮人だった。その愚かさの結果が原爆ですよ」

(2009年8月7日 毎日新聞)


大事なことを伝えています。ローマさんのブログのそこからまた新しく平和を考えていらっしゃる方のブログへ。

ps:メドゥーサとはギリシャ神話のメズサ。メドゥーサの目を見れば石にされてしまう






・・・
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by polepole-yururin | 2014-05-16 10:32 | 政治(思う事) | Comments(2)

情報の閉鎖

アゴラにニホンカモシカが出現!
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「密接な国」攻撃も対象=集団自衛権、防衛出動を緩和―政府
 政府は集団的自衛権の行使容認に向け、秋に予定する臨時国会で自衛隊法を改正し、「防衛出動」規定の緩和を目指す方針を固めた。日本への武力攻撃がなくても、「わが国と密接な関係にある国」への武力攻撃が発生すれば首相の命令で自衛隊が武力行使できるように改める。政府関係者が明らかにした。(時事通信)


このような話が当たり前に出て、情報としてネットに文字として流れるだけで、そのとんでもない行為に向けての異を唱える声が全然聞こえてこない。
今までならテレビや新聞でもマッタの声がぜったい流れていた。
その声がパタっと消えている。
そこには情報統制というか、情報操作というか、国側に電波も新聞も持って行かれているからだと言うくらいに出来上がっている。
個人個人の国民は、たぶん政府の行為に不安を抱いているはずだ。
私の周りでもその不安はおおいに聞かれている。
その個人個人も情報を待っている。
今の政府はおかしいやろ!って声を待っている。
様々な歴史の捏造話に煽られ、豊かさを軍事強化で得られるという思想が、ここまで強くひょうひょうと出回って、政府の独裁的行動にもおかしいと誰も言わないなんて、最悪である。
民主主義はもうないとか言う人々が出ているが、憲法は今も生きている。
基本的人権の尊重など何処へいったか・・・
国会の機能など無いに等しく、三権分立も何処へいったのか・・・
この気風はおかしい。どう見てもおかしい。
いろんなことが明るみに出ていても、知らぬ存ぜぬと開き直り、堂々と情報操作するメディアのモラル、良心は何処にあるのか。
個人個人の中にはちゃんとあると信じたい。
それでもこのマスメディアの存在はひどいものである。
本当にこのまま政府に従っていいのか!
福島原発はむき出しの状態で、汚染水は地下水に着実にしみ込んでいる。海洋汚染も甚だしい。
このような状態でもボケ〜とお笑いを見て、原発事故なんてなかったように過ごす状態ではないはずである。
鹿児島の川内原発も他人事ではない!
魔法にかけられたように声を失ってしまった日本。
それでいいのか!?
戦争で、核で人々がどんなに苦しんだか!
日本は強いとどこかで思う人たちが、戦争突入し、日本を破壊したのではなかったか?
戦争に巻き込まれたのが権力を持たない国民で、原爆の被害を被ったのも権力者ではなく国民だった。
どこかで戦争が起こったとき、それに加担して行く事が正義というが、戦争の中に正義などあるはずがない。戦争を起こす前に議会で解決するのが民主主義で、これが第二次世界大戦で学んだとこだったのではないのか!?
武器を持ち、戦争に加担し、誰かの命を奪い、その上に富が存在するのなら、これは本当の豊かではないと私達は学校で、大人たちに教わった。そして本能で感じている。
ただそれが私だけなのか・・・大人になりきれない子どもだというのか・・・
今までの日本で良かったではないか。自衛隊は保守のためにいたではないか。
人の命を踏みにじり、私達だけが豊かだという心理は、人類の後退である。
この危機的日本に生きるのは私達である。
テレビ、新聞、情報発信する人々、著名人は何のための存在なのだ。
国は国民のためにはなく、著名人も私達の側にはいない。
NHKは国営放送となってしまったようだ。
ここで公共放送のNHKについて・・・

公共放送とは何か

電波は国民の共有財産であるということからすると、広い意味では民放も公共性があるということになりますが、一般的には営利を目的として行う放送を商業放送(民間放送)、国家の強い管理下で行う放送を国営放送ということができます。
これらに対して、公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう。
NHKは、政府から独立して 受信料によって運営され、公共の福祉と文化の向上に寄与することを目的に設立された公共放送事業体であり、今後とも公共放送としての責任と自覚を持って、その役割を果たしていきます。(NHKホームページ)

電波を一方的な情報に統制する権利は何処にもないのだ。









・・・
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by polepole-yururin | 2014-05-10 18:43 | 思うこと | Comments(2)

自然との対話

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ゴールデンウイーク最終日の今日、山に植えた植物が気になりアゴラにやってきた。
するとガサガサと音がする。
その音は、以前にも聞いて、その音の方を見ると、何となく鹿の気配を感じた。
そんな経緯があって、今日、この音はもっと我々の近くに感じて、そっとその音の方に近づいた。
すると私達が開墾し、桃源郷を作っている場所に、獣がいた。
あ・・・
カモシカだった。
こうも近くで見るとは・・・私は怖かった。
「大丈夫だ」とアゴラの先生は言った。
カモシカもじっとこちらを見た。
沈黙が続いた。
「さ〜お帰り、ここはお前が来る所じゃないよ。もう降りて来ちゃだめだ」と先生は優しく言った。
カモシカはのそ〜と進路を変えて山に帰って行った。
「この地球には僕たちだけじゃないんだよと教えてくれているようだね。あいつらは自然の破壊を食い止める事は出来ないんだ。知らぬ間に汚染され、壊されて行く自然の中の被害者だ。僕たちは本当に考えないといけない。動物も、子どもたちも自分たちでは自分を守れないんだからな〜」と先生は言った。
そんな話をして花が咲き出した山の様子をいつまでも眺めていた朝。
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このゴールデンウイークはアゴラ子ども美術工場では、卒業生のAさんとそのお友達の作品展が開催されていた。
普段は元気なAさんの作品は、大変繊細でかつ、悲痛とも言える思いが詰まっていた。
彼女は西陣織の職人さんに若くしてなって、日々一本一本の糸を手織りしている。
その彼女の思いと作業で作られた布は、百貨店に行けば一つ0が横について高価な商品となる。
けれど、彼女へのリターンは大変少なく、その間に問屋や百貨店が価値を持って行ってしまっている。
それでも彼女は糸を紡ぎ、布を織る作業を誇りに思い、自分の生き方として続けている。
彼女は、仕事におわれ、世間につぶされた友人に声をかけ、自分たちの表現を伝える機会を持とうと動き出した。
そこを支えるのは、彼女が進路を決める時に行き着いた場所・アゴラ子ども美術工場であり、そこに子どもたちに向き合う先生だった。
ここアゴラは里山で、宣伝を大々的にしていないので、知る人ぞ知る場所である。
そこでの展示会は、町中の展示会とは違い、人通りが少ないわけである。
けれど、私が!と自己主張できない若者が、自然と優しい先生に守られ、少しずつ自分を伝える場所としてはいい場所であると私は感じた。
26歳の若者が、表現した作品は、ある意味マンガチックな作品もあった。それほどまでに若者に漫画的要素が入り込んでいるんだと感じた。
そして、優しさと言うよりも苦悩や寂しさを伝えているようにも見えた。
私の息子は、私の作品よりも興味を持ちじっくり眺めていた。
そんな様子を垣間みると、私の意識はもう若者ではなく、あの子たちを見守る存在にいつの間にかなっていたんだと感じた。
資本主義社会に自分の価値を持って行かれている若い世代の苦悩をどれだけ大人たちは感じているのだろう。
彼女たちは、今流行の漫画「進撃の巨人」は面白いと言った。
私も息子に借りて読んだが、あまりにも残酷な描写に、最初の一巻で読むのをやめてしまった。
すると「グロいんです。あれ、確かに!特に女性はもういいと避けちゃうんです。でもそれで避けちゃ、本当が伝わらないんです。本当はもっとグロイんです。ひどい事が日常にも起こっている。その日常を漫画を通して伝えているのです!」とAさんは言った。
そう言えば、昔仮面ライダーにショッカーという闇の手下がいた。今の特撮よりも内容が陰気というかリアルというかえぐかった。
ショッカーは、黒い顔をして白衣を着て、人造人間を作っていた。そして生体実験をやっていたような雰囲気を持っていた。
最近、マーシャル諸島の水爆実験の本を読んでいたら、ノーベル化学賞の湯川秀樹に少し批判をしていた常石敬一氏に行き当たり、そこに731部隊の文字を見つけ、その類いの本を読んでみた。
するとショッカーとよく似た映像が現れて思わず目を伏せた。
日本軍は救世主であるという今のネット情報やNHK顧問、安倍政権の行為がどうして今浮上しているかが解らない。
今までの歴史を嘘だと言い始め、教科書問題にまで至る経緯がわからない。
その歪みが利権と絡み付き、こうも様々な恐ろしい事実を消す作業を大人たちが声を上げてやっている。
ネズミ村の存在が本当にあって細菌兵器を作り、その時代背景が、戦争による国家強化であった。
殺戮が勲章であり、善であった。
だからその善のためには、人の命もこの先の生活も自然もいらないものとなってしまう。
戦争という言葉は争いしかない。豊も何も生まれない。
生というものは存在しない。
人の人権は無いに等しく、その人権を大事にされるのはごく一握りの権力者でしかない。
戦後、アメリカと日本の権力者は、今後の戦争と私腹を肥やすため生き残り、その破壊的行為を引き続き繰り返した。
それが、アメリカが関与した様々な戦争であり、日本における様々な公害問題であり、薬害エイズであり、今の原発事情である。
福島は安全という言葉は、水俣病訴訟でなんも因果関係はないと言い放ち、25年もその行為が続いた事と、イタイイタイ病も原爆病の実体もすべて同じ所に存在していたわけだ。
経済が成り立たないというのは、私達国民の事ではなく、権力者のことであり、我々国民はその恩恵を受ける前に病気に苦しみ、生活に苦しみ、逃げ場もなくなる日本となりうるのだ。
今権力を固持し、不動の権力社会を強引に作ろうとしている人たちの動きは、尋常ではない。
あらゆる情報をシャットダウンし、いらぬ情報を流し、民俗間の対立を作り、その攻撃を民間人へ落とし込み、政治への怒りを個人への攻撃に分散させている。
その行為こそが、戦争へもっていった嘗ての政府であり、関東軍であり、その声を次ぐものが今の日本の中枢に確と存在していたわけだ。
権力は、一握りのものしか救わない。
子孫も救わない。
そこまで日本は危ない境地に立たされているのだった。
若者は純粋である。叫んでいる。
その叫びを聞かぬのは、権力を持つものだけだ。今権力の側にいる大人でさえ、明日は我が身であるのに・・・
偶然に見つけた。
以下の本を読んでみると戦後という言葉がなかったのだと気づく。
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日本政府の動きが原発推進に動いている。
その動きは、福島の現実を全く無視した行為と言える。
広瀬隆氏のYouTube(鹿児島県の川内原発)を見て、事実から目を背けず子どもたちを守って行こう。
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by polepole-yururin | 2014-05-06 09:55 | Comments(0)

政治から目を背けるな!

屋久島のダブルレインボー。鹿児島には世界遺産の屋久島もあるのです・・・
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今日の朝日新聞は、憲法改正の自民党政権とその意に同感する人たちの声明を大々的に載せていた。
憲法改正、集団的自衛権の行使等の賛成の意思表明をここまで大きく取り上げるとは、朝日新聞は何を伝えようとしているのだろうか。
憲法改正に反対している人々の声をもっと堂々と載せるべきだ。
社説の隣のところに申し訳なく記載する今日の新聞は、戦前戦中の朝日新聞の姿勢に移行するか?と違和感を抱く。
朝日新聞記者だったむのたけじさんは、戦争への加担を心から詫び、朝日新聞記者をやめ、その後一人で編集社を立ち上げ、権力への異をずっと伝え、今も99歳でその姿勢を変えない。
新聞、テレビ、さまざまなマスコミが、政治とここまで絡み、偏りを見せている事自体、危ない。
世の中は巧妙である。
放射能の危険性を訴え、安全・命を守る事を大事とする人がいる。
その事は大変大事な事だ。
それが、その事だけに固執し、政治が何をしようと仕方ないとしている人たちがいる。
政治について異を持つべきではないかと言うと、もう出来上がった権力を変える事は出来ない。出来上がった社会システムを変えられない。危機はまぬがれない。政治は誰がやっても変わらない。仕方ないという。
それよりも自分と家族の命を守る事が必要だ・・・と。
確かにそれを言われると、怖くなる。放射能も免れない。健康被害も免れない。政治もここまで利権がらみの企業と政治家の存在を見ると声もあげれない・・・どうせ一市民が反抗しても・・・そしてこの権力は何をするか解らないと言われると、言葉を失う。
そしてそれよりも命大事と我だけでも生き残りたいという願望がわく。
さてこれこそ、利己的で、その動きは政治と大変結びつく存在ではなかろうか。
今行き着いた資本主義社会の持ち直しを武器、戦争、軍需産業によって持ち直させようとする動きがあらゆる手法を使って動いている。
正も悪も解らないくらいに巧妙に入り込んでいる。
人は宗教に寄って救われ、宗教によって操られ、宗教によって加害者となりうる。
その宗教は、とてつもなく分離し、たどれば同じ所に行き着く。
それは宗教という言葉だけでは言い表せず、ある時は政治組織に、ある時はボランティア団体に、ある時は企業に、ある時は学校に・・・いろんな形に変化している。
ある事を成し遂げようと事が動く時、私達の目の前には、不安要素の問題が山のように与えられる。
その動揺に振り回され、そこにタイミングよく救世主が現れる。
不安に押しつぶされる人々は、わらをもつかむ思いで目の前の救世主にしがみつく。
しかし、その救世主が、本当は誰であるか・・・
ある事を成し遂げようと事が動く時、そこに政治は利用され、そこに善意は利用される。
アメリカを悪人にし、中国を悪人にし、あらゆる外部を悪人にし、目の前に現れた私こそが救世主であるとする。
あらゆるものが、足場を踏み外し、蠢いている。
あらゆる武器で破壊を見た人間が、また同じ事をしようと動く。
歴史から学ぶ・・・その歴史が悪であるか、善であるか、・・・目的を間違えれば、また同じようなことが起こる。
核、毒ガス、細菌兵器・・・その結末が日本の広島・長崎であり、朝鮮戦争であり、ベトナム戦争であり・・・
自分を守ることは、命を守る事であるが、その命を守る事は、政治に無関心であってはならない。
今放射能に怯えている現状になったのは、政治のあり方、社会のしくみ(資本重視)が根本の原因なのだから。
地場が狂わされている。方位磁石がクルンクルンと回っている。
目をとじ目て、一呼吸置く。そして鳥の声を聞け。動物の足跡を探せ。
そして太陽のある方向と、星を探せ。
私達の前は、子どもの未来が見える方向にあるのだから。
その前に破壊や戦いは決してない。







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by polepole-yururin | 2014-05-03 09:20 | 思うこと | Comments(0)