ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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沖縄を知る

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お正月、沖縄についての本を何冊か読んだ。
図書館で沖縄と安保条約について検索したら、子ども図書のところの沖縄シリーズの本が出て来たのでとりあえず読んでみた。
沖縄は、略奪の歴史が続く。
昔沖縄は、琉球王国と呼ばれ、単一国家だった。
中国、朝鮮と盛んに貿易をやり、武器を持たない豊かな国であった。
しかし薩摩班が、いきなり琉球王国に武力で攻め入って琉球王国を奪ってしまった。
貿易の権利を奪い、豊かさも奪い、そして民には重い年貢をかして、琉球の人たちを苦しめた。
1903年大阪の「内国勧業博覧会」で「人類館」の展示対象にされ差別的支配を受け、県外への出稼ぎ、移住、飢餓をしのぐための「ソテツ地獄」などの苦しみを体験。
1931年はじまった「15年戦争」末期の太平洋戦争では、日本の本土を守るための「捨て石」とされ、県民総動員体勢のもと大きな犠牲を払わされた。住民の「集団自決」…強制集団自決と呼ぶべきものだった。
沖縄は、第二次世界大戦では、唯一の国土戦が行われた。
アメリカ兵は、沖縄に上陸し、家々を焼き付くした。沖縄にはガマがたくさんあり、そのガマに人々は隠れ、雨風をしのいだ。当然、病院も家もすべてガマの中であった。時には手榴弾が投げ込まれ、ガマもろとも爆破された。
逃げまとうても逃げる事が出来ない状況と「集団自決」の教育・・・それが沖縄戦だった。
そして終戦・・・
戦後も島の至る所に広大な軍事基地を建設、金網が張りめぐらされた。そして住民たちは強制的に土地、家を取り上げられた。

戦後アメリカと日本の歴史を振り返ると・・・
第二次世界大戦後、日本を占領したアメリカは、日本に武器をすてさせた。
1949年8月ソ連が原爆実験に成功
同年10月中華人民共和国成立

1950年6月 朝鮮戦争
そして武器を捨てさせられた日本だったが日本国憲法成立の3年後の実態は・・・
憲法で定めた「軍備の放棄」を破る「日本再軍備」の道を進む事となる。
朝鮮戦争が始まった2か月後、警察予備隊結成→1952年保安隊→1954年自衛隊軍隊の形整える。
アメリカ軍を日本に無期限駐留させること。朝鮮戦争では日本はアメリカを支持する事で、「朝鮮特需」と呼ばれる好景気にわいた。

1945年9月2日、ベトナムは日本支配から解放され、ホーチミンに率いる「ベトナム民主主義共和国」北ベトナムが独立宣言した。しかしフランスが支配に乗り出し、ベトナムは戦争に巻き込まれる。インドシナ戦争勃発。
アメリカはフランスを支持し、フランスが撤退した後フランス支配時代を率いた南ベトナム・ベトナム共和国を支援。

1951年9月サンフランシスコで「サンフランシスコ講和条約」と「日米安全保障条約」この条約には、中国は招かれず、ソ連は、内容に不満で参加せず、調印され1960年「日米安全保障条約」第6条では、「日本国の安全と極東のへ平和および安全に寄与するためアメリカ海軍・陸軍、空軍が日本国で施設や区域を使用する事を許される」軍事基地を各地に置くこととなる。

1952年、サンフランシスコ講和条約、吉田茂(麻生副総理の祖父)発効。日本に対する連合軍の軍事占領が終了。
しかし条約3条により沖縄・奄美大島を含北緯29度以南の南西諸島・小笠原諸島は、引き続きアメリカ軍が占領下のまま。取られた土地に土地代を払われるも、九坪コーラ1本分。

1953年「土地収用例」が公布、地主が倹約を拒否してもアメリカは一方的に土地を使用できるという内容。土地の強制使用の始まり・・・
ブルドーザーでめちゃくちゃ。泣き叫ぶ人々に銃剣を突きつけ、焼き払っていく。

1964年、アメリカは「8月4日アメリカ海軍の駆逐艦マドックがトンキン湾で北ベトナム側から魚雷攻撃を受けた」という事を理由にジョンソン大統領に戦時大権を与え、ベトナム戦争に本格的介入。しかし「ペンタゴン・ペーパーズ」という政府の機密文書を手に入れ、自作自演だった事が明らかになった。いわゆる侵略戦争である。沖縄のアメリカ軍基地から爆撃機が飛び立ち、沖縄の山地では海兵隊や特殊部隊の訓練、射爆場での演習、弾薬の補給、伊江島では核兵器の塚訓練行われた。

1965年、佐藤栄作(安倍総理の祖父・岸信介と兄弟)首相が戦後初めて沖縄を訪れた。

1972年沖縄が本土に返還。沖縄の施政権は日本に返還。しかし日米間で調印された沖縄返還協定には「核兵器の撤去」については何の取り決めもなく、軍事基地についても「本土なみ」とはほど遠い見通しであった。
沖縄返還協定は「アメリカが琉球諸島と大東諸島についてサンフランシスコ条約第三条によって得たすべての権利と利益を放棄し、日本からこれらの領域と住民に対する行政・立法・司法上すべての権利を行使する機能と責任を引き受ける」とし、1)施政権の日本への返還、2)これらの地域への日米安保条約適用、3)米軍に寄る基地の使用許可、4)アメリカに対する日本国民の請求権の放棄、5)アメリカの統治下で行われた裁判の有効性、6)琉球電力公社・琉球水道公社の財産の日本政府への移転など取り決め、国民の反対を押し切り強行可決された。

沖縄返還にあたっては、「核兵器は作らず、持たず、持ち込ませず」という佐藤首相が小笠原返還時に示した非核三原則が適応され、沖縄返還後の1974年、ノーベル平和賞受賞した。しかし核兵器に関して、日米間で密約が交わされていた事が明らかになり、非核三原則は批判をかわすための約束に過ぎないと批判された。

1995年9月4日、沖縄は50年間耐えてきた悲しみ、怒り、屈辱を一気に吹き出す事件、沖縄県北部の町でアメリカ兵による少女暴行事件が起きた。
同年10月21日「少女暴行事件を糾弾し、地位協定見直しを要求する県民総決起大会」開かれる。普天間高校三年・仲村清子さん演説
「もうヘリコプターの音はうんざりです。私はごく普通の高校三年生です。たいした事は言えないと思いますが、ただ思った事を率直に伝えますので聞いてください。私は戦争が嫌いです。人を殺すための道具が自分の身の回りにあるのは嫌いです。次世代を担う私たち高校生や大学生、若者のひとりひとりが、いやな事を口にして行動していく事が大事だと思います。若い世代には新しい沖縄をスタートさせてほしい。沖縄を本当の意味で平和な島にしてほしいと願っています。私たちに静かな沖縄を返してください。軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください」
戦争に繋がる基地のない、平和な沖縄を願う人々の思いは、「県民投票実現」と繋がっていく。

1996年6月21日、沖縄県議会臨時本会議は「日米地位協定の見直し及び、基地の整理・縮小に関する県民投票条例案」を賛成多数で可決。

以上のような歴史がずっと今も続く沖縄である。
この沖縄を、「一フィーと運動」と称して活動し続けてきた方がいる。
沖縄出身の中村文子さんだ。
中村さんは、戦中に一時沖縄を離れ、戦争が終わる頃に沖縄に戻った。
変わり果てた沖縄と戦中の人々の様子を観て、そして戦後もアメリカ統治の中での苦しみを体験した。
そしてアメリカ兵が撮ったカラーの映像がある事を知り、本当の沖縄戦を知る足がかりとして、そのフイルムをアメリカから買い取る運動を受け継いだ人だ。
戦争の無惨さ、アメリカの沖縄に対する非人道的な行為を見続け、忘れ去られた・・・いや無視される沖縄の本当を伝え続ける人だった。
中村文子さんの自宅には、日本国憲法第九条全文の掛け軸がかけてあった。
日本国憲法第九条とは、戦争を放棄、軍隊の設備を持つ事もやめ、何処の国とも戦争をしないという交戦権を認めない内容です。
『日本国民は正義と秩序を貴重とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』
中村さんは、これを読むたびに戦争で亡くなった方たちを思い出します。
「九条の戦争放棄と国際平和主義は、多くの愛する親、兄弟、友人血であがなわれたものです。その犠牲にたっているからこそ、私たちは、この平和の理念を大切にしていかなければならないのです」と。
中村文子さんは、2001年 冬「地の塩賞」受賞します。
「地の塩」とはキリストが弟子たちに向かって「あなたたちは地の塩だ」と言ったところから来ています。塩は量が少なくても料理においしい味をつけるとともに、腐るのを防ぐ力を持っています。「あたなたちは、この地上の世の中で、塩のような役割をはたしなさい」といういみなのでしょう。
あごらという玄関紙主催するもので、平和活動や女性地位向上、人権問題などの活動を長い間つづけてきた女性に贈られる賞。

中村文子さんは、子どもたちにこの日を忘れないでと伝えます。
1945年4月1日アメリカ軍が沖縄本島に上陸した日。
1972年5月15日沖縄が本土に復帰した日
1945年6月23日沖縄戦が終わった日
1945年8月15日日本の終戦記念日
1944年10月10日沖縄全島が大空襲を受けた日


しかし今も世界の戦場へ向けて、沖縄の基地からも最新兵器を積んだ軍機や兵士が飛び立っている。
沖縄基地は、アメリカの大事な世界への軍事拠点である。
沖縄基地をなくすことは、しいては世界平和への道なのかもしれない。

1月19日、辺野古への基地建設を争点にして市長選が行われた。
選挙前のメディアからの報道は、自民党推薦の末松文信氏の姿がガンガン流れ、現職の稲嶺 進氏は映像が少なかった・・・
しかし現職の稲嶺 進氏が当選。
お金では屈しない本当の沖縄魂を見た。
日本は沖縄抜きでは語れない。
沖縄基地は、世界の戦場へ向けて、最新兵器を積んだ軍機や兵士が飛び立っているのだから・・・
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by polepole-yururin | 2014-01-26 14:28 | Comments(2)
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光のアーティスト高橋匡太さんの東京ミチシル
12月24日〜29日まで東京駅前で開催された。
嘗ては神戸の復興の光「ルミナリエ」を表現した作家がこの東京を飾った・・・が・・・
今年は高橋匡太さんが東京駅を彩った。
たくさんの人が東京駅前を埋めた。
人だらけで立ち止まれない状況では、なかなか中身を感じる事が難しい。
だから・・・高橋匡太さんの作品は、もっとゆっくりじっくりと眺めてみたい。
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阪神大震災から19年=各地で追悼、冥福祈る―兵庫
時事通信 1月17日(金)5時48分配信
 死者6434人、負傷者4万3792人(兵庫県発表)を出した1995年1月の阪神・淡路大震災は17日、発生から19年を迎えた。地震発生時刻の午前5時46分には、各地で多くの人が黙とうをささげ、犠牲者の冥福を祈った。(記事より)

阪神淡路大震災から19年が経った。
あの頃被災を受けた子どもたちは、もう30代となっている。
もう傷は癒えただろうか。
震災続きの日本、そういえば、戦後ずっと自民党が政権を握っていたのに、震災の時は、違う政権が日本を統治していたわけであるが、どうしてかな・・・
最近、阪神淡路大震災も東日本大震災も人工地震だったとう説があるのを聞く。
またこのとんでもない社会の構造もどこかにシナリオがあってそれを支配している各立場の存在がいるとも聞くが・・・
それを捏造だと批判する人もいて、この世はいろんな情報が絡み合ってるわけである。
その情報錯乱の中で、着々と事を進めている人たちがいる。
ニュースでも有名人のスキャンダル、海上での事故、ノロウイルス問題、・・・作られるスキャンダルと本当にある出来事・・・
テレビからの情報は、もう見ない方がいいな・・・
経済連の会長は「原発はこの国に無くてはならないもの」と言い切ってしまった。
正しさがどうのこうのではなく、お偉いさんが言い切る事は鶴の一声そのものだから、脱原発、原発推進の話ではないと都知事選に言葉を残す。
今の政治は、現実がなくとも言葉の押切が事を成すと言った具合でごり押しして社会を作っている。
お金、権力を持つ人にとって、そういう風にうろたえている人たちの存在は無いに等しい。今問題視されている福島の事も沖縄の事も適当にお金を渡しておけば解決するから・・・と権力者は思っている。
だが、そのお金はいわば税金や国民がランダムに消費したお金、そして競艇などのお金が回されている。
世の中本当にわからなくしている。
慈善事業もいろんなからくりがあるからだ。
弱いところにお金をもって入り込む、そして優しさを前提にして人を取り込む。
賢い人たちだ・・・ヒトラーもその時代の権力者もその後の世にのさばった人たちも・・・
人の深層心理をうまく操り自分のやるべき事を成し遂げる。
やり方はおんなじだ。
宗教も政治も経済も同じ線上にある。
国の中枢にいるの人たちは今の日本に対し本当に危機感を抱いている。
その危機感が私たち国の末端にはほとんど伝わってこない。
どうしてか・・・綿密に情報が操作されているからだ。
震災後、世の中は混乱し、政権は交代した。
混乱が、人から冷静さを奪い、生活の不安を煽り、お金をバラまく。
そういえば、お笑い、バラエティーがそういう時に流行る。人って逃げたくなるから・・・
ヒトラーは空からビラをまき、拡声器で演説し、声音を変えて人を熱狂させた。
いつも目線は斜め45度上を観てる。
音楽が流れ、人の心を奪う。
高揚する音楽で人はいつしか、それに従っている。
ショービジネスは、それと同じ。
・・・
ルミナリエが復興の光となった。けれど、その光を灯すために莫大な資金が投じられた。
復興とは、観客動員やお金の流れを生み出すショービジネスとの絡みで出来上がってしまった。
元気は景気回復だから・・・
本当にそうなのか・・・
昨日、女川からお気持ちが送られて来た。
おいしくいただいた。
震災後未だ仮設住宅で生活している。仮設の期限は3年だったが、今どうなったのだろうか・・・
もう福島の人たちのブログも火が消えたようになった。
いろんな人の声が消えていく。
そして私たちが聞く声はどうなるのだろう。
昨日まで、もう一つのブログを書き続けていた。
嘆きつつ、今私はどう生きるか・・・
私は、子どもたちと関わりを続けよう・・・「里と湖のポレポレ時間〜」
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by polepole-yururin | 2014-01-17 10:00 | 思うこと | Comments(2)

今だから『少年H』

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今日は、成人の日。
といっても我が家には関係ないが・・・
その成人の日に映画上映をやっていたので、それをわざわざ観に行った。
『少年H』
去年の夏に東宝シネマズで上映していた。
ちょうど宮崎駿の「風立ちぬ」と同じ時期だった。
「風立ちぬ」は、何日も、何コマもの時間帯上映されていて、レイトショーまであったのでいつでも見れる状態だった。
けれど『少年H』は、期間も短く、一日二コマ〜一コマで、それも朝早くからの午前中しかやっていなかった。
どちらも観たけれど、私には「少年H」が心に残った。
ぜひ息子たちに観せたいと思ったが、夏休み部活で朝からほとんど出払っている息子たちを誘う時間はなかった。
残念でならなかった・・・すると昨年その広告をある会館でみつけ、息子たちに事前にスケジュールを伝え、観に行こうと誘ったわけである。
そして今日、息子たちを連れていったのである。
でも乗客は2、30人ほどで、それも年配が多く、若い女の子たちが少しで、男の子の学生は我が息子たちだけだった。
ここに今の世相をみる訳である。
私は二回目となるが、何度観ても感動する。
水谷豊のお父さんの優しさと、少年Hの正直なところは本当にいい。
ちょうど世の中が、戦争へと突入して戦争をくぐり抜け、焼け野原になっていった時代の映画である。
スパイ行為、赤狩り、戦争へとどんどんどんどん加担していく国民の士気とそこを食いしばるクリスチャンの少年Hの家族。
新聞を一生懸命読む少年Hにお父さんは「新聞には正しい事が書いてある訳ではない」と忠告する。
「何で?」「何で?」を連呼する少年Hを観ていると私とついついダブらしてしまう。
「ちゃんと自分で見て、感じて、行動しなさい」というおとうさん。
お父さんやお母さんは、人のために弱っている人のために奉仕したり、サポートするが、これが裏目に出たり、無意味な戦争を客観的に捉え、心の中では反戦を訴えるも、時勢の中では、集団意識で作られていく戦争への道へどんどんどんどん引きずられていくのである。
心の抵抗も無意味なくらいにどんどん人を追いつめ、神戸は焼け野原と化す。
戦争が終わったとたん、アメリカ人を罵倒していた国民は、アメリカ人に擦り寄るほどで、手のひらを返したように振る舞い、少年Hは怒る。
それに反論しない気力を失った父親にも罵倒する。
そんな少年時代を過ごしながら、少年Hは、独りで戦後を歩んでいくのである。

なぜ息子たちにこの「少年H」を観せたかったか・・・
今だから観せたかったのである。
昨年12月「特別秘密保護法」が可決した。
憲法改正、自衛権の問題、原発推進、靖国参拝、中国、韓国への牽制など今の政府がきな臭いというか、もう危なっかしい行動をどんどん押し進めている。
そんな時代が、あの第二次世界大戦前の日本に似ているから、私なりの子どもへの伝えをしたかった。
私は息子たちに、日々今の政府のやっている事、原発の事など話するが、どうしても私独りがこんな重い話、面白くない話をするものだから、今の社会を一生懸命伝えてもどうも右から左に受け流す・・・(本当のところはわからないけれど)
テレビ好きの息子たちに追い打ちをかけるように地デジになって、BSでは漫画が垂れ流しのように流れているし、民放ドラマも今や競争をあおるドラマや、リベート術で相手を負かすドラマが視聴率を獲得し、やらせドッキリばかリのお笑い番組が流れまくる。
それらを録画して観ないといけないように観ている息子たち。
それをよく注意する私は、一人うるさい親なので、何の効力もないわけである。
それでも言い続けることが親だからと今日は息子たちを誘ったのである。
「良かったよ。」といい、ドヨ〜ンとしている。
「だってさ〜、あ〜いう映画を観てテンション上げられんでしょ」と息子曰く。
「秘密保護法が公布されたら、今の世はあ〜なるかもしれない。あの映画のように、みんな、そんなはずがないと思いながら戦争にどんどんどんどん突入し、取り返しもつかない事になって焼け野原や、…大事なもん失っていく。戦争があかんというただけでスパイ行為やと見なされて拷問や。あんたらと同じ中学生が、学校で銃を持って、戦争の練習や。特攻隊だってもうあんたらの世代の子らやで。時代変われば、あんな悲しい事を背負うんや。それが昔はな・・・ていう話ではないくらいに今の政治の動きがおかしい。今のあんたらに今の社会をどうにかしろって言っていない。悪いのは大人や。今は学校でも戦争の頃の映画とか見せへんし、話す事もないやろうから、あんたらが感じる事は、ちょっと国語とか社会からや。少しでも知って、感じてほしい。ちょっとでも頭の隅に今日の話を忘れんとおいておいてほしいだけ。君らからは今この日本は何も変わらんように見えるやろうけれど、違うんやで。少年Hみたいにしっかり自分を持っていなさいよ!」と伝えた。
「うんうん」と息子たちは一応うなづいていたけれど、また家に帰れば誘惑が待っている。
どれだけ意味があるのだろうかとも思うけれど、こんな事の積み重ね。
嫌われたら、それはそれで、それも仕方ない・・・
でもやっぱり伝えねば・・・

ps:客入りだけに重きを置く映画館。いくらちゃんとした意識ある映画でも、宣伝効果が、上映時間を左右する。だから、今の日本は、視聴率や動員数も上映前に大まかに誘導されるのだろうとそう思う。または、もう日本人は、本当を知りたくないのだろうと思う。

*『少年H』DVD、ブルーレイ2月末に販売。そのうちレンタルビデオ屋さんで借りられます。





・・・
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by polepole-yururin | 2014-01-13 22:16 | 私のこと | Comments(0)

お正月も過ぎて・・・

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あけましておめでとうございます。
実家に帰ると、私が幼い息子と作った貼り絵がテレビの部屋に飾ってあった。
もう8年くらいになるか・・・
懐かしい。
余裕あったのかなって思う。
さて、正月と言えば家族で琵琶湖へ行くのが年頭行事となり、琵琶湖へ向かう。
やはり琵琶湖は美しい。
鴨がプカプカ浮いていた。
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たくさんの野鳥目当てのカメラマンがいたので、人気のない琵琶湖を見たいと、西野隧道へ行った。
雪があって、こんなトンネルを正月早々歩く人はいない・・・でも行ってみた。
長い長いトンネルを抜ける。
どっか違う国というのか異次元に移動しているような不思議な感覚に襲われた。
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ここは西野隧道といい、昔お坊さんが洪水対策のために掘った水道なのである。
さすがに本当の西野隧道にははいる勇気がなく、その後出来た隧道を行く。
これは、今使われている隧道である。
たくさんの人の命がその西野隧道によって救われた。
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そしてそこから見る景色は絶景である。
ぼやっとした空気がこの琵琶湖を神秘的な存在にしたてているようで美しい。
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トンネルを抜けるとここは雪国だった・・・
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雪がいっぱい積もっていて、誰も歩いていない新雪?の上に寝そべってみたい!と温暖な気候からやって来た息子曰く。
みんなでせ〜のって寝そべった。
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雪に魅せられ、余呉のスキー場へ行って思い存分遊んだ。
こんな優しい時がいつまでも続きますように〜。
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さて、そんな正月を過ごしている間もいろいろと本を読んでいた。
沖縄の歴史、部落差別の歴史、安保条約の問題等々・・・
そして・・・元自衛官というのと日米安保条約について書かれてあるのか?と新聞で興味を持ち、年末図書館で借りてみた。
多国籍企業のことやいろんな情報操作について書かれてある。
一寸読んでみるといいかも・・・(池田整治著書「今国を守るという事」)
3・11後いろんなことが明るみに出て来た。
私のブログが変わったのもそういう事を知ったからだ。
それを紐解こうと歴史書やいろいろ調べて、整理していると、いろんなトリックが見えてくる。
安保とよく略される日米安保条約は、私たち世代にとって文字だけの単語であり、なんか学生運動が盛んにあった時代だと思っていたくらいだった。
が、原発事故というものは、いろんな日米間の情報を見せつける物となった。
政治の変容も見事で、どんなふうに自民党、民主党が米国と関係を持ち、何を主体に政治を行って来たかがこんなに整理してみせてくれるとは思わなかった。
それほどまでに今の社会ははっきり表に映っている。
テレビの存在、マスメディアも局によってこうもはっきり言う事が違うと、怖くなる。
フジ・サンケイ等は、自民党政権を正し、時にはお笑い、バラエティーをガンガン流し、芸能情報、商業的な情報がどんどん流れる。当然アメリカの企業宣伝もすごい。
NHKもほとんど権力者側の情報だ。けれど・・・八重の桜は、たぶんフクシマ復興のための士気をあげるためのドラマだったのだろうが、いつもまにか、俳優が当時の会津藩の人々に乗り移ったように、迫真の演技と今の社会へ異を唱えているようで、国側の思いとは真逆の描写になっているように思われてならなかった。
嘘はつけぬ・・・本気は本当を伝えるのである。役者を使い福島の人の思いを曲げずに伝えた。
ただ視聴率は低かったようだ。私が好き好んでみる番組は視聴率が低いらしい・・・息子曰く。
「倍返しの半沢」は目には目を歯には歯を・・・という歯切れのいい仕返しドラマが視聴率を奪う。
視聴率とは、本当のところあるのかないのか・・・視聴率が先か、視聴者が先か・・・
視聴率をそのまま鵜呑みにすれば、もう日本には、八重の桜のようなややこしい時代の固いドラマをじっくり見れる視聴者がいないという事になる。
ご当地、アイドル、お笑い、どっきり・・・ちょっと意地悪な番組がうける・・・自民党はそういう国民がありがたいのだから。
戦後の国民が、政治に疎くなったのは、3S制作をどんどん押し進めたからだと右よりの大学教授が言っていた。
スポーツ、スクリーン、SEX・・・。
うそだろう・・・と思う話だけれど、確かにアメリカより上陸したね、…いろんなブーム。
どんどん情報にやられてしまった・・・
勉強はできてもいろんな洞察が出来ない人やいい加減な人が作られてしまったのだろう・・・そんな事を思う。
さてそういう話はうそのような違和感ある面白くない話です。
けれど、そういう事が明るみに出て来たのは、そこまでアメリカとの関係、日本の政治の有り様が放置できない状況にあるのだと思います。
医療や食品が今どんな状況になっているのか、なっていくのか・・・ワクチンの問題、ウイルスの薬等もこれからは、自分で思考していかないといけないとそんな事を思います。

遺伝子組み換えについてのYouTube
他、いろいろ知って行政のやる事に意識を向けておいた方がいいと思います。
鵜呑みは禁!・・・自分も子どもも子孫も傷つけてしまいます。
独占という文字がちらつく世の中だから〜







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by polepole-yururin | 2014-01-05 21:59 | 私のこと | Comments(8)