ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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高橋匡太inアゴラ!
9月29日16時〜20時まで光のワークショップ開催!
KAMEの翼君が空を飛ぶ!?
参加費 500円
多数のご参加お待ちしております!

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詳しくはKAMEの翼プロジェクト公式ブログ・アゴラ子ども美術工場公式ブログ「里と湖のポレポレ時間〜」をご覧下さい。
KAMEの翼プロジェクト
里と湖のポレポレ時間〜


今日はKAMEの翼プロジェクトの中の高橋匡太さんのワークショップである。
私もそろそろ準備して出かけないと・・・
その前に悲しい事があったので、ちょっと書こう・・・と。
近頃、日本の食糧輸入が他国からかなりの制限をかけられている。
米国では、北は岩手、西は静岡までの輸入制限となっているという。
愕然とした。
いろんな国の情報もかなりひどい状態だ。そんな中、外食産業やコンビニ、大手スーパーでも加工食品にはなんも表示なく日本では食の制限は難しい状態になっている。
安全・安心がもうわからないわけで、政府のいい加減さと政治の方向性があまりにも国民の生活の優先順位を金の動きにしか着目できていない事に憤りを感じている。
リニアモーターカーの設置や、五輪や、様々な事が自然をどんどん破壊し、ものつくりだけに邁進し、空には夜もヘリコプターがブルブルと飛んでいるこの日本である。
そんな中・・・
昨日近隣の16歳の女子が交通事故で亡くなった。
彼女は、大変かわいい子だった。
優しい子で、気配りのある子。
私は子供会の会長を以前していて、その頃子どもたちの情報を少し得ていて、その中でいろんな気配りが必要だった。そんなときいろんな子がいる事を知った。
私も直接様々な家庭事情の子どもと接する事が多く、複雑な気持ちをこの世の中に感じていた。
そして昨日の訃報。
深夜1時に近くのバイパスで車の事故。18歳の子どもが運転、彼女は助手席。
二人とも外に投げ出され、死亡。
知っているだけに愕然とした。
新聞には、彼女は無職と記載されていた。
ある子は嘆いていた。
そんなとき私が、「嘆く事ばかりだね・・・」っていった。
「うん」とある子は返した。
「○○ちゃんも、放射能も・・・」って私は言った。
「え?放射能なんてどうでもいい、日本がどうのこうのなんていう話より○○ちゃんの話だけだ・・・気になるのは・・・」といった。
「何であの子が死んだのか?それは彼女の責任かな?」って私は言った。
あれは、彼女の責任以上にこの日本という国の冷たさがそうさせた。
あの子はいい子だった。
なぜ異国の人が日本にいるのか、、・・生活するためにこの国に来た。そして子どもを産んだ。でも言葉の壁がある中、彼等は一生懸命だ。そして彼等は子どもに教育をつけさせるために公立の学校に通わせていた。
小学校ではいいが、中学に入り、勉強が急に難しくなり、ついていけない子が増えた。そして学校の先生も小学校の先生とは急に違い、自己責任を子どもに問い始める。
急な変化に子どもたちは戸惑う。
日本の子どもたちもついていけない子がいる。自分の存在価値も見えない状態でかつかつついていく。
外国人の子どもたちは、大変だ。
この地域の外国人の同級生はほとんどの子が学校に来れなくなっている。
本当に・・・
彼女もその独りとなってしまった。
その彼女のことを親御さんも心配していた。けれども生活のために夜も働かざるを得なかった。
孤独になる彼女を救ったのは同じ境遇にいるが子たちだった。
彼女と仲良くしていた日本の友人もいた。けれどももうその境遇の違いから当たり前に学校へいっている友達の声が遠くなっていった。
そこまでに彼女は壊れていった。
そして夜のドライブで暴走したのだろう・・・同じ未成年者同士がつるんでの事故発生。
もう彼女の愛くるしい笑顔を見る事は出来ない。
彼女の事も、放射能の事も私には同じ。
自分の存在意義すらわからないまでに追いつめられた資本主義社会の国には、捨てられた人たちがいっぱいいるんだ。
国のお金を何処に使い、生産性を上げ、金の流通だけを基本にした国の歪みには、たくさんの悲しみが詰まっている。
助けて!とずっと叫んでいる。
彼女の死は、自業自得でもなんでもなく、彼女があまりにも孤独で、彼女を救えない日本のあり方、教育のあり方が問題なんだ!と思われてならない。
私はある子にその事をいった。
ある子は黙っていた。
進学校にいった子たちが、相次いで、人生やめたい!高校やめたい!・・・勉強してもいい成績が取れない。進学の話をされても何のために勉強しているのはわからないと吐き出す子ども。部活が忙しく、夏休みもなく、勉強する間もなく、追試・・・話できる先生もいない・・・塾に行かないとついていけない。だから塾の先生がこの単位も取れというから・・・とその金額が○○万円。
独りで勉強してほしいと親はいうくらいに親に負担のかかる教育の現状。
脱線した子も、進学校に行った子も、何処に救いはあるのだろう?
子どもたちの未来を奪うのは、自己責任という言葉で彼等を追い込む非情な競争社会の原理だと私は思われてならない。
彼女は今何処にいるのだろうか・・・
彼女を思い、空を見上げる。
今日カメの翼君空を飛ぶ!

子どもたちの未来を守るよきっと!そんな大人の思いと子どもたちの希望を乗せて〜





byゆるりん
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by polepole-yururin | 2013-09-30 11:53 | Comments(0)

日本という国

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1853年、アメリカのペリーが日本に来航。いわゆる黒船です。
その黒船に乗ったアメリカ人は日本と不平等条約を交わします。
その異国がやって来たことで、日本は徳川の世を終わりにすべく、下級武士が反乱を起こしていきます。下級武士の氾濫が大きくなって幕府軍を倒そうという動きに発展。
最終的には長州・薩摩・土佐藩が、新政府軍となって400年続いた徳川の時代を終わらせます。
新政府軍は異国に追いつけ追い越せと今までの日本の文化を取り払い、文明開化を急ぎました。
どんどん異国の文化を取り入れました。そして富国強兵・殖産興業に力を入れます。
結局、軍隊をもって力の強い国作りと産業重視の考えをもって邁進していきました。
そしてどんどん他国に戦争を仕掛けます。
中国、ロシア・・・朝鮮は植民地化を勧めます。
軍事力と殖産興業強化で儲けたものは、財閥となっていきます。
日本は、ドイツの真似をして大日本帝国憲法を作りました。
大日本帝国憲法は、今の憲法とは違い、封建的な憲法でした。
王政復古であり、天皇を中心とする法治国家でした。
天皇は神であり、王であるのです。
そして国を動かしている政治家は幕府を倒した長州・薩摩・土佐そして公家の出の方々でした。
ですから武士の力社会はまだ存在し、民衆は政治家が作った国策に従っていくしかなかった。
民主主義はなく、国民の人権は尊重されていず、身分の格差は士農工商、えたひみんの名残は消えず・・・その延長で、第二次世界大戦に移行。
国民は、国のいうとおりに従うしかない・・・そんな雰囲気でしょうか・・・
日本は、維新の後、力と金で近隣の国を押さえていきました。
その勢いが、国を滅ぼし、1945年8月6日に広島、6日に長崎に原爆を投下されました。
8月15日終戦。しかし、終戦というより、日本はアメリカに負けたのです。
アメリカに占領された日本は、まずは憲法を変えさせられました。
それが、今現在の日本国憲法です。
主権は国民です。天皇でも政治家でもありません。
軍が独裁的になった日本の国を、二度と独裁的な国政にならないように、三権分立という制度を定めました。つまり、法である日本国憲法は、国会、内閣、裁判所の三つの独立した機関が相互に抑制し合い、バランスを保つことにより、権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する「三権分立」の原則を定めています。
その憲法制定により、日本国民は、自由と平等を得ました。
ただ自由と平等を得られなかった日本人がいます。
それが、被爆された人たちです。
原爆投下後の広島・長崎の人たちは、アメリカの占領下であったため、被曝者はABCCという機関で患者ではなく、原爆投下された後の人体への影響を知るための検体となり、治療を施されず、観察される対象だったそうです。
日本政府は、そのままアメリカのいうように従い、被害に遭われた人を保護しませんでした。
当然広島・長崎には放射能を研究対象にする施設が大学病院には作られましたが、本当に被害に遭われた人を治療するには至らなかったと言います。アメリカは、原爆の二次的被害はない、大丈夫だをいい、原爆の被害の有無を公には好評しないような措置をとられたのです。
そして1954年第五福竜丸の事故が起こりました。
またもや放射能被害に見舞われた日本。世論は巻き起こりますが、原発がちょうどアメリカからやってきて核の平和利用といい、強引に堂々と日本に核が鎮座することになりました。
余談ですが、日本は、戦争に負け、アメリカにより助けられたと同時にアメリカのいわれるように国の方針を変えていきました。
今食量自給率がこんなに日本が低いのは、戦後アメリカの穀物を大量に輸入し、食生活を変えさせていったからです。給食にはパン食。朝食にパン・・・という具合にキャンペーンを張りました。
また政府は減反政策を持ち出して強引に米の生産性をも下げました。
朝鮮戦争、ベトナム戦争のとき、日本は武器をつくったり、様々なことでアメリカを助け、そのおかげで経済をも潤していきました。
ベトナム戦争時には沖縄に核兵器が持ち込まれていたそうです。
そして3・11。
原発事故は起きました。
福島は今あの当時の広島・長崎のような扱いにみえます。
未だ収束していない、むき出しの原発。その近隣に人々は生活し、放射能を長年研究されてきた長崎医大の先生からは、大丈夫だといわれ、不安になると、放射能恐怖症といわれてしまうのだそうです。
給食は地産地消。外でももう遊んでいいといわれています。
原発労働者の現状も大変悲惨です。これは原発が出来てからずっとで、放射能というものへの正しい知識さえちゃんと伝えずに、曖昧な教育の中で放射能を取り扱いされているのです。
今日本の政府が、している様々なことは、過去の長崎・広島の二の前を福島にしているということ。それはアメリカのしたことを学び言葉で事を終わらせているだけで、現状を見ていないし、福島の人たちを混乱させ、国策に使われている。危ない福島に停まらせ、そこの土地の物を食べ、普段通りに生活している。だから原発は大丈夫だと他国に輸出し、東京五輪をもってきた。
富国強兵・殖産興業の名のごとく、軍部拡大し、経済中心に動き日本は強き国へと動いている。
戦後財閥も解体されたが、本当はまだまだその財閥は存在している。武器、核を扱う企業の名・・・
今は憲法の下三権分立が定められている。だったらちゃんと暴走する政府を押さえるべきだ。
国民主権で、安倍主権ではない。
国会も機能していない。裁判所も政府の思惑で人事を簡単に変えさせてしまう。内閣がうまく動くように三権分立自体の三権にあの頃に戻させようとする権力が鎮座していたら、三権分立は名だけである。
福島の基本的人権もちゃんと守られるべきだ。
嘘偽りを国策だからとしてまかり通るなんてこの国は何を大事にして生きてるんだろう。
経済を中心に動く日本は、まっこうから狂っている。
犠牲になる国民が歴史の中で増えている。
最後は東京だけがのこればいいとでも思っているか・・・そうとしか考えられない。・・・もうその時にはこの国にいないかも・・・国を動かそうとする人たちは・・・。
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by polepole-yururin | 2013-09-25 22:33 | 歴史 | Comments(2)

暗雲は立ち込めて

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私はおかしいのかもしれないと思える時がある。
ひとりちがう方向を見ている。
他者はロンドンハーツの敦が結婚だと話題にし、バラエティーを見て笑っている。
それとは相反して私は、パソコンで福島の現状を探している。
放射能と食の安全についての記事、、、あ〜、、。
以下添付_
現在、注意をする食材は「外食の米、露地栽培のキノコ、神奈川から宮城までの太平洋側の都県の川魚、神奈川から北海道までの太平洋側の魚」だけです。これらも含んでいても「いろいろの食材を選ぶ」という方法をとれば子供にも安全です。ただ、空間線量が0.11マイクロシーベルト(1時間)を超えるところにお住みだったり、昨年の3月、4月にあまり注意をしないで子供を被曝させた場合、「外食の米、露地栽培のキノコ、神奈川から宮城までの太平洋側の都県の川魚、神奈川から北海道までの太平洋側の魚」は買わない方がよいでしょう。
出典
武田邦彦 (中部大学): 食材新基準と食生活・・・いろいろ方式
■魚介類・海草類
【魚】
回遊魚(カツオやマグロなど)は特に注意した方がいいと思います。北太平洋やオホーツク海から流れてくる冷たい「親潮(千島海流)」と、福島原発から放出された放射能汚染水が福島県沖で合流し、四国、九州へと流れ込んでいきます。小さい魚(動物)から大きい魚(動物)へと、放射能は生物濃縮されます。大手スーパー店頭調査。対象は魚介類。結果としてメバチマグロ、ブリ、カツオ、ゴマサバなどの回遊魚の汚染がひどいです。中には鯖の缶詰からも検出されているようです。缶詰などの加工食品はブラックボックスなどので、危険極まりないといえます。
出典
回遊魚は何百km離れても汚染が出る:yukiのスローな日々:So-netブログ
カツオ、サンマ、サケ、本マグロの放射能汚染の危険性は高そうです。
出典
【海】太平洋のセシウム急増中?回遊魚の放射能汚染地域マップがヤバい。 - 2031年もhappy
引き続き広範囲に気を付けるべきもの
・太平洋側の魚介類 (マダラ・ヒラメ・カレイ・クロダイ・スズキ・モツゴ・アイナメ等)
・本土全体の山菜類(タケノコを含む)
出典
武田邦彦 (中部大学): 【情報】汚染食材と食事の注意
【長期間、産地に気をつけるもの】
・東北、関東の淡水魚(ワカサギ、鮎、イワナなど)
出典
武田邦彦 (中部大学): 【情報】汚染食材と食事の注意
【海藻類】
海藻は汚染されやすい食物。全体に注意が必要。
福島沖〜千葉沖までの昆布、わかめは絶対にダメ。
昆布の漁期は5月から7月の解禁日から9月の中旬まで。
くらこんの塩昆布は、7月1日から自社検査を開始。第三者機関による検査も引き続き行う。賞味期限の下に採取時期の表記もあり。

私は原発事故があってからさらに食の安全に対して気にはかけていた。
魚は食べなくなった。
8年前この県にきて赤身やしらすをよく口にした。
アサリもよく料理につかった。
たんぱく質は肉より魚だった。
が、あれから魚は日本海側とか他国、なるべく日本からはなれたものを買ってきた。
でも仕方ない、この社会に生まれた宿命だから受け入れて食べるよ、そんなもんは避けられないから、、という声もあり、だましだまし口にするときもある。
ただ息子らにだけは食べてほしくないと思う心境。
大人はいいが、感受性の高い子供への配慮はやはり大事だと思う。
ただそういうふうにいろんなことに手をかけてきたことを単に神経質ととられる。
私は自然思考である。
だから洗濯、ガーデニング、台所、調味料様々なところに科学薬品を使わないようにしている。
が、汚れの落ち具合、匂いが無臭だということや逆に自然の匂いがきつかったりとあまりこの家には受け入れ悪い。
余談だが、洗濯物が白くなるのは汚れを取った後蛍光染料で染めているわけである。
さてこういう自然思考や今の政治や社会について気にしていることは、ある側面では、堅いかわりもんみたいな風潮がある。
これは中学や高校の時に見られる現象に近い。
真面目に取り組んだり、何か疑問を抱いたり、ちゃんと物事に向き合っている子を重いとされて、テレビの話題やアイドルや流行のことを話していると友達になりやすく仲良くしてくれる。
真面目な子が、ダサいとかウザいとか言われ、はみごにされいじめられる。
今の社会現象はそんな感じだ。
だから軽いことに目を向け、誰かが作った流行や話題を取り入れて、私はその中にいると軽さを主張する。
カッコいいはちょっと悪をいうのだから、、誰かが作ったかっこよさ。
それが日本を作ってしまった。
アウトローなもんの中に人間の旨味はあるとまた誰かが作った。
自分を持たないから誰かが示したものにあわせていくことが正しさだと、生きていく方法だと感じたんだ。
で、その結果が今の日本の社会だ。
今自民党の暴走がすごい。
精神科医・斎藤環氏が朝日新聞の記事に自民党をヤンキー政党といっていたが、本当にそうだ。
日本人はばかになったのか。
私みたいな高学歴でもない一主婦でも、予算の使い道に疑問をいだき、自衛権の問題や五輪、原発問題、さらに様々な法案にメスを入れ始めようと動く行政におかしいと断言できるわけなのに、、、。
抵抗できないマスコミ、メディア、官僚、公務員、、どこかで牛耳られる、、職を脅かす現状が容易く生まれるこの社会の成り立ちである。
こんなに日本は短時間に声を失いバカになり、安全を確保できず、安心を提供できず、自由を奪われてしまったのか、、。
これからもっと自由を奪おうと動く日本の政府の動き。
憲法改正させてしまっては私たちの未来はなく。
子供を守れぬ浅はかな大人たち。
あんなに莫大な予算を軍備と五輪に投じて、これから年寄りになる私ら世代は年金そうもないのだよ。
個人の弱気人間こそ自分を持たずして老後なんてないんだから。
誰かがやってくれる、ウルトラマンか仮面ライダーかきっとくると幻想を夢見る大人たち。
でもさ、ウルトラマンや仮面ライダーは本当は私たちのひとりひとりの意思なのに〜。
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今日の朝刊・朝日新聞。
秘密保護法案法に「知る権利」と「報道の自由」を明記する調整に入ったと報じられていた。
私たちからこの二つの権利を奪われるという事は、どういう事か・・・
これは上記上げた放射能の問題も私たちにはわからなくなるのだ。
軍部の拡大、核の問題様々な問題が市民に伝わらないのだ。
これは明らかに戦前・戦中の日本の社会と同じであり、これは独裁国家へと邁進するわけである。
過半数以下の数字で権力を得た自民党は、この国の舵取りを我が物顔でやりたい放題する訳だ。
王政復古を考えているのか!?
安倍政権は、アメリカと同じく1%の富裕層に利になるための政治ではないのか・・・
本当に目を覚ませよ!国民よ!イギリスの報道はちゃんとこの日本の異を報道しているのだ、連日。
井の中の蛙・・・
日本は鎖国時代や戦争時代の時のように何も見えなくなってしまったようだ・・・
と落胆してしまうと、思うつぼだから、ちゃんと心を立て直していこう。
ウルトラマンとなるために。
憲法を今一度見直し、今自民党が構想する改正案に目を通す事だ。
そして言葉で惑わされてはだめだ。
今本当に日本人として品格が問われる時だから!
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ハッピーさんのブログの右下にある二コマの漫画YouTubeをぜひご覧下さい。
そしてもう一度自民党の出している改正案を見て、思考してください。
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by polepole-yururin | 2013-09-18 09:59 | 政治(思う事) | Comments(12)
もうこんな光景は見なくなった・・・002.gif
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五輪の誘致が決まり、日常はどんどん二分化していくのである。
朝起きて我が家では、フジテレビの目覚ましテレビが流れている。
前からなんとなくフジテレビだった。
が、最近目覚ましテレビからの内容が異様に違和感を抱く。
今日もディズニーランドの商品説明やこれが流行だといってそこの商品を口にしている。
今なら限定・・・と。
そしてニュースは五輪でレスリングの話とフェンシングの太田君がアップで写っている映像ばかリ。
そしてトルコの殺人事件が流れる。
なんで今トルコやねん!もっと違うニュースあるやろうに〜・・・。
マドリードは、失業率が半端ない、イスタンブールは、治安が悪い・・・日本は4千億円の貯蓄あり、お金の準備は大丈夫。治安だって大丈夫。ってことなのか・・・
原発は、他国の問題を下回るたいした事のない話になってしまうのか・・・
そういえば、去年の12月自民党になるならないという時、尖閣諸島の問題と中国と韓国の問題、北朝鮮の核問題が急に持ち上がったな〜。
急に近隣の国が敵となった。
ボストンのテロ事件もあったけれど、これもなんかすぐに風化した。
立て続けに見えない敵が現れたな〜。
余談だが、二日前に「世界のお金持ち図鑑」っていう番組が食事中ながれていた。
何となくぼーっと見ていたら、バングラディッシュのお金持ちが現れて、その人がどうしてお金持ちになったのか?という問いに、そのお金持ちは答える。
「人材派遣さ〜。洪水の起きた地域の人に仕事を与える仕事である程度お金が儲かって、そのお金をもとに、今は武器のディーラをしているんだ。他国から武器を調達してそれを我が国バングラディッシュの国防軍に売っている。僕の夢は世界平和さ〜。」と答えた・・・
そしてブッシュ、レーガン、様々な著名人と握手するお金持ちさんの写真が写った。
この番組、何が言いたいんや?と我が耳と目を疑った。
この番組は何のポリシーもないのか・・・
麻生氏のナチス発言や石原慎太郎氏の軍国主義発言に似ている・・・テレビのコメンテーターも何も言わない。・・・怖くなった・・・
そんなふうに今フジテレビの情報は怖いくらいに違和感を抱く。
トルコのニュースで苛立ち、NHKにチャンネルをかえると、原発事故のニュースが流れた。
10日前より大量の放射能を含む汚染水が海や地下に流れた・・・そこで漁民は意見書をまとめて・・・と。
NHKにも違和感だくも、原発のニュースを流していることに、今を伝える報道機関としてまだ民放よりましだと思った。
7時からは私の時間。NHK BSプレミアムにチャンネル変更。
「日本の里山」と「新日本風土記」。
最後に写真家の今森さんの写真とともに「雪冠」という里山独特の言葉を映像とともに流れる。
新日本風土記では楊枝職人の話。
今も伝える6代目の楊枝職人。
昔は武士の内職の仕事だった。
今はお菓子屋と料亭との取引で仕事を継続しているという。
この番組はなんかほっとする。
日本の言葉は四季や自然を愛する日常の緩やかな時間の中で生まれていた。
職人の手作業も、今はなんの価値のないものでも、そこに松・竹・梅…日本人の心を木に細工してた。
心を大事にしてきた、日本人だから生み出されたんだよな〜。
今はデジタルが進み、大量生産し、お金になる物でしか価値とはならない。
風情なんてものがどんどん無くなった。
そして朝ドラが流れ、7時45分より岩合さんの「猫歩き」という番組。
モロッコの絨毯屋に猫の親子。
売り物絨毯に子猫が寝てる。絨毯が猫のねぐら。
日本では考えられない。
そういえば、この番組は外国の猫を撮っているんだけれど、何処の猫ものんびりその土地に悠々自適に生活してる。
日本は、いつの間にか奇麗な国になった。
商品は大事に扱い、売り物はあくまでも手あか等あってはならぬ・・・
日本は大人の国になったんだとそういうところで評価される。
けれど、いろんな事に寛大でなくなった。
いろんな物がお金に換わる。
サービスを得るにはすべてお金で変換される。
逆に今の日本は、お金でしか関係性を築けない。
日本の野良猫は、いらない存在だと言わんばかりの保健所事情・・・日本人の心は何処にいったのか・・・
そんな事を思う、今日この頃。
テレビ制作するために制作費が必要なのはわかるけれど、こうも思惑で動く情報産業。
制作者は、もっと人の気持ちを大事にして放送してほしいもの。
そう思うと、テレビって今や危ない代物。
人の心を操作する物と化す〜。
心を失い日本人はどこへ行く?

*消費税来年四月に8%に・・・オリンピックが来たからお金がいるからみんなも我慢してよ!
国挙げての祭典なんだから!オリンピックで経済upも見込めるんだよ!だからもうヤルッしかないんだよ!消費税増税!皆一つになろう!
って・・・福祉の予算削って、軍事予算up、大手企業は儲かっても、従業員への還元は未だになく・・・。
それでも消費税8%upすべきもの・・・国民からどんどん取るね。弱い人置いてけぼりなのに・・・
それでも声を上げないの・・・日本って国は〜。









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by polepole-yururin | 2013-09-13 21:39 | 思うこと | Comments(4)
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昨日本屋に寄ってみた。
「はだしのゲンの遺言」という本を見つけた。
なんか手に取って読んでみた。
中には、文章と「はだしのゲン」の漫画が時々ちりばめてある。
ちんちん電車の中にゲンが入ると、たくさんの死体とウジがうじょうじょはえずっている。
この場面、私が中学1年生のとき、担任の先生が「はだしのゲン」をもってきてウジの場面を見てその漫画を思わず伏せたことを思い出す。
今その時の感覚を思い出し、ごくんとつばを飲み込んだ。
こんな大人になっても怖い情景である。
他に手や足、お尻から何か糸のようなものを引きづり歩いている人たちがたくさんいた。
ゾンビか何かのオカルトを見ているようだった。
この糸は、人の皮膚で、熱線によって溶けたずる剥けになった皮膚が垂れ下がっているのであった。
ため息しかでない。
これは筆者の原爆を受けた後の自叙伝のようだった。
筆者中沢氏が、漫画家になるためにどういう人生を辿ったか・・・
広島では、大半が被爆し、被爆していない人も親戚が被爆している人たちばかりで、原爆の悲劇を当たり前に語れていた。それが普通だから。
でも東京に上京し、漫画家のアシスタントとして生活する中で、気の知れる仲間が出来たから、自分の被爆体験を当たり前に語った。
すると、差別を受け始めた。
仲間だと思っていた人たちが、うつるといいだし毛嫌いし始めた。
それから中沢氏は、原爆を語るのをやめた。
原爆の事を出来るだけ思い出したくなかった。それだけ苦しく、悲惨で恐ろしい現実だったからだ。
ないものにして生活をしていた。
しかし・・・母の死をきっかけに原爆についてこの世に問いかけていかなくては・・・何かが自分を奮い立たせるのだった。
原爆を語るとき、その時の編集者は、アメリカのCIAに捕まるかもしれないとも言われた。
原爆が当たり前に語れない違和感を感じたと言っていた。
それでも伝える、漫画を描くと中沢氏は決意し、編集者も同じく決意した。
その後、原爆漫画をどんどん大人漫画に発表した。
「私の知らない原爆___知らなかった。」との反響がたくさん寄せられた。
それだけ誰にも原爆は知れない状況と知ろうとしない状況があったのである。
悲劇は広島と長崎だけに限局し、停まっていた。
中沢氏は2011年3月の福島原子力発電所の事故に大変な嘆きを感じていた。
とうとうあのとき原爆の恐ろしさを有耶無耶にし、チェルノブイリの事故の時さえも原発を見直す事もせず、押し進める日本のあり方に怒り、震え、力をなくした。
風評被害という言葉が飛び交う中、福島の人の悲しみを自分ごとのように深く理解した。
中沢氏は、結婚後糖尿病になった。大半の被曝者が糖尿病に苦しんだ。そのとき被爆手帖をもらった。
晩年白内障と肺がんになって2012年12月、永眠。
本屋には、この一冊だけが並べてあった。
息子が、何見てるの?っていった。
「はだしのゲンの遺言。読んでみる?」っていったら「重いからいい」と言われてしまった。
そうなんだ・・・この本屋の陳列も重い物はあまりなく、面白いもんがいっぱい凛冽していた。
「はだしのゲンの遺言」を走り読みして、原爆も原発事故も津波被害もすべてその悲劇が起こった場所に限局し、孤立しているのである。
今日朝起きてテレビを息子がつけた。
「石原慎太郎と東京都知事が歓喜の中継」と書かれてあって二人がインタビューに答えていた。
「何?何の事?」って聞くと
「オリンピック東京に決まったんと違う?」と息子。
大きなため息しか出ない。
「金!金!金!オリンピックは国挙げての戦いです!」東京都知事は言った。
以前ワールドカップに出ていたサッカー選手は、「福島が一番喜んでいますね」と言った。
何でこういう時に福島という名を出すんだ。
誰のためのオリンピックだ!
福島の汚染は東電も国もどうしようもない状態なのに、何でオリンピックなんだ・・・
元気のためにする事はイベントか?
もっと根本的な見直しをして福島を意識すべきではないのか。
1936年ドイツでベルリンオリンピックが開催された。
(1933年に行われた総選挙に勝利したことでドイツの政権を獲得し、同国の国民からの支持を背景に当時隆盛を誇っていたアドルフ・ヒトラー総統は、当初オリンピックを「ユダヤ人の祭典」であるとして開催に難色を示したが、側近から大きなプロパガンダ効果が期待できるとの説得を受けて、開催することに同意した。開会式ではプロパガンダの一環として第一回マラソン優勝者のスピリドン・ルイスが招待されたりもしている。)
今日のニュースはあの頃のドイツを彷彿させるのである。
「はだしのゲンの遺言」の話・・・、中沢氏が活躍していた頃、漫画では「巨人の星」が大流行していた。
男男臭い、頑張ればいいんだ!頑張れば何でも成し遂げれる栄光の人を讃える漫画。
それを見て、中沢氏は、戦争に突入した背景は、その男男した大人が、われこそは!と突進していったんだと思われてならなかったという。
だからあえて真逆の愚図でのろまな男を主人公にして漫画を描いた。
優しさはそんな社会には育たない。
蹴落として、取り残された人間を無視して上り詰める社会は、またあの悲劇を生むんだと肌で感じていた。
高揚がいろんなものを見えなくさせる。
どんどん進む、経済成長という魔物。経済のためなら人が放射能がどうなろうともう関係ないのだから・・・
内田樹氏のブログを読んで、また自分の立ち位置を思考した。
他国に願いを託すしかないのか・・・
日本をちゃんと見ていてください!他国の人よ・・・
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by polepole-yururin | 2013-09-08 10:30 | 思うこと | Comments(7)

風立ちぬから

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この間、ブログに表現について書いた。
私は思いつくままに文章を打つ。文章構成はしない。
で、思いつくままに「トトロ」と「風立ちぬ」と書いていた。
だからそのままその話題から表現について書き続けた。
そして書き終えブログを読んでみて、あ・・・そうか・・・宮崎駿氏の「風立ちぬ」を観に行こうと思ったのだった。
なんかへんてこに思えるだろうが、私は書くと思うは同時に存在しない。
書くときは、意識に文書はない。
書いてみて、書いたものを読んでみて、そうか・・・といつの間にかブログの読み手になって自分の書いたブログを初めて読んでいるといったかんじである。
だから読み手の時は自分のブログというより他人のブログを読んでいるようなのである。
ま、そんなことは余談だけれど、次の日「風立ちぬ」を観に行った。
7月20日ごろ、朝日新聞に、「風立ちぬ」について韓国や中国が異を表して右傾化したのか?と宮崎駿を非難していた。
そして宮崎駿は、そんなつもりはない。もっと純粋にものつくりの美しさを表現したかったといっていた。
宮崎氏は、子供の時戦闘機や戦艦にあこがれていたそうだ。
子供が飛行機にあこがれを持つ…当たり前のように。
でも大学時代大学のゼミの先生に戦艦は武器であり、人を殺すものであり、そういう単純なものの考えではいけないと諭された。
そこから宮崎氏は、さまざまな作品を生み出すがやはり戦艦は好きで戦闘機も好きなのだといっている。
だから今回その美しさについて書いたのだという。
ある小説家も「風立ちぬ」を観た感想を朝日新聞に載せていた。
「風景が美しい、素晴らしかった」と言っていた。
批判はなかった。
だから、ちょっと期待して「風立ちぬ」を観にいった。
答えは、私の前ブログに記載した通りだった。
今宮崎氏には、「トトロ」はいなかった。
戦艦と戦闘機への憧れがそこにあった。そして世の中がどんな状況になろうとも大きな夢を持ち続けた主人公と自分を重ね合わせているようにも見えた。
単純に美しいとか泣けるとかそんな感覚は全然でなかった。
私は、なんで今「風立ちぬ」なのかと思った。
それはこの映画のコマーシャルが流れるようになってから感じていた。
「生きねば」というキャッチコピーが付け加えていたが、ゼロ戦に乗せた命の重みを感じてゼロ戦の設計者が苦悩を持ちながら自分の立場を思案しながら生き抜いた作品なのだとしたら、まだ今「風立ちぬ」を発表する意味はあると期待していた。
が・・・・
そんな主人公の苦悩は見えなかった。
関東大震災も、戦争も結核も淡々と・・・あくまでも淡々とそこにあっただけだった。
私が引っ掛かったのは、スポンサーが三菱で協賛が読売新聞だったこと・・・
ゼロ戦は、三菱重工が作り出した商品だから当たり前なのだけれど・・・
原発がこの日本に54基もあること、第五福竜丸の被爆後にキャンペーンをはって原発を推し進めていったその背景に存在する人物と企業。
軍事産業が経済発展に密接に関与する構造。
お金がうごめき、そこに存在するもの。そしてそれを後押しする様々なこと。
芸術は、ある思惑で利用されるのである。いとも簡単に・・・
子供に飛行機ショーを見せる自衛隊。高揚する若い親と子供たち。
夢を追い求めて、憧れを追い求めて…追い求めた先が戦争だった。
シリアの問題も、しかり。
夢は純粋であるように錯覚するが、その夢が今は爆弾を抱えていても、戦争が終われば乗客を乗せる素晴らしき夢の実現となろう・・・・
そんな交換があっての夢は夢ではない!
戦争は終わるというがその終わる前に命を奪われる人の気持ちになれば、その夢は悪魔でしかない!
すり替えはもうたくさんだ。
きなくさい大人たちが、子供を取り込み思想の中に入るこむ。
ピノキオのお話。子供たちが悪しき者に「面白いところにつれていってあげるよ」っといってキャンディーやおもちゃをあてがわされて見世物小屋につれていかされるシーンを思い出す。
今の大人たちは、自分の子供をピノキオのように悪魔に子供を売っているのだ…そんなふうに感じる。
そんなことを思って昨日若者に「風立ちぬ」について話していた。
朝、宮崎駿引退!の記事。
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宮崎氏は、今どの立ち位置にいるのだろう。
表現者として、子供に夢を伝えていた代表者として・・・・
表現はたとえ小さくとも社会的行為であるとある人が言ったことを思い出す。
名が売れ、大きくなるにつれて、影響力は比例する。
たとえ引退しようとも作品が与えた影響は大きい。
「風立ちぬ」を表現し、そして引退。
宮崎氏のこれが社会的行為なのかな・・・
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by polepole-yururin | 2013-09-02 08:20 | 思うこと | Comments(11)