ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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夏も終わり

ーパソコンが壊れ、修理中!しばらく携帯からたどたどしくブログ続行します。ー

夏の終わりの我が家の風景。
仙人草が今満開!隣は、ムクゲ。一人生えしたもよう♪f0215179_9505688.jpg
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夏も終わりか、カナカナカナ、、とヒグラシの鳴き声が遠くでしている。
私の展覧会も8月25日をもって終了した。
たくさんの方がコメントを書き残してくださって、私の今後の生き方に勇気をいただいた。
優しさ、心をテーマにした展示で涙をこぼしてくださった方もいた。
心の病気を抱えている方は力がわいたといい、農業をしている方は、今のTPPの問題で農業の先行きに自分達の生き方さえも不安定になり、今まで生きてきた意味さえわからなくなることの重みを感じていらっしゃる、そんな中私の作品を見て、声を大きく「農業が例え頭打ちになりどうしよもない状態になろうとも僕の生まれ育った場所は桃源郷と言われていた、人の営みと自然の織り成す豊さがあった、、今後僕たちが生きる意味は、この豊さを感じながら味わいながら生きることなのだろう」といった。
「いいですね、ほんといい、作品の一個一個に意味があり物語がある、いいですよ」粘土人形一個一個見てくださり、絵本原画を一枚一枚見てくださり、「桃源郷」という大きな絵を見て感じてくださり、言葉をたくさんいただいた。

はだしのゲンの制限が撤回された。
自衛権の問題で、小松法制局長官が集団的自衛権の決定は内閣だといった。
きな臭い動きは続くが、はだしのゲンについてみんなが声を出し意思を示したから撤回になったのだろう。
力が動く、事を動かすにために着実に人事を変え、直接動かせないから回りから崩していこうとしている。
テレビや新聞では伝えられないから私たちには見えにくい。
ただ動いている。
何のために権力は動いているのか、、、と思えるくらいに安全や幸せを無視した動きである。
私の作品に深く反応したのは、女性と動物や生き物と関わる人たちだった。
生身な人間が今日本には必要だ。
デジタルに浸かり、短時間でもの事をみる人間が今の日本に溢れている。
それだけ日頃の競争社会に疲れている。
さらに震災、原発事故で人の心は崩された。
疲れすぎて思考もやめた。
そこに権力がうごめいている。
嘗て「トトロ」を見て童心に戻り大事なものを感じた大人が、今「風たちぬ」で、戦争さえも美化していく。
「風立ちぬ」の主人公は、純粋にものつくりにこだわった人だった。
でもそれが人を殺す武器になった。
「正義の戦争」といい、戦争を正当化する大人たち。
でも戦争は戦争で、武器は人を殺すもの。
物事の見解がちがうとか仕方ないとかという言葉でこの世の中は、あらゆるものが折り合いをつけて成り立っていると大人は言う。
しかし今の自民党がやろうとしている憲法改正自体が、ある思惑?の中で、正当性とか仕方ないとか認識の違いだとかあらゆる言葉を連呼してシャッフルして、本当はだめだと答えがみえているのに、ごまかしてぼかして推し進めようとしている。
もうその大人には「トトロ」は見えない。
どんぐりが一夜で大きくなる神秘が見えない。
優しさが見えない。
「風立ちぬ」の主人公は、国の言うとおりに物を作り、そこに自分の意思を込めた。
だからなんも悪くない。素晴らしき愛国心であり、良心的な人間だ。
たしかに・・・たしかに主人公は多分子供の時、「トトロ」を見ていたのだろう。
でも・・・・
人は単純にすり替えられる。
純粋なものほど利用され、返還され、知らずに加担している側にいる。
それだけ世の中がゆがんでいる。
ゆがめる原因は、どこにある?
それは自己形成された教育の中。学校や家庭。
幼き頃の母親や父親の存在。
教育の中に純粋に人への愛情を教えない。
褒美という代償で愛情を与える。
自分の存在が権力の中に存在する以上は、ゆがみをどんどんこの世に生み出すこととなる。
子育ても、教育も、人を生み出すことであり、ものつくりと同じだと私は思う。
その終止符を打とう・・・そんなふうにして「風立ちぬ」を観れたらどんなにいいか。
作品を作ることは、社会的行為だとある人が言った。
たとえちっぽけなものでもそうかもしれない。
では、売れるからとか今社会がこっちの方向性だからとか、バイヤーのために作ったことで、社会をとんでもない方向性に連れて行くとしたら、この作品は、仕方ないですむのだろうか。
私は、絵本や人形をつくったりと今回初めての展示させていただいた。
静岡の新聞にたくさん載せていただいた。
まだまだ未熟な私で、私の作品は今流行のものではないかもしれない。
でも、改めて思う。
私の表現は、この社会への意思表示だと~。
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by polepole-yururin | 2013-08-29 09:50 | 私のこと | Comments(2)

子どもたちが危ない

ただいまアゴラ子ども美術工場にて、KAMEの翼プロジェクトの展示会開催中!
(8月10日〜25日)

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8月10日から始まったKAMEの翼プロジェクトの作品展。
間渕くんは連日遅くまで作業して丁寧な作品が増えている。
私も100体の粘土を作り続けている。
障害と診断されて固定されていた間渕くんは、今みんなが驚くほどに可能性を見せてくれている。
自閉症の子は、、と皆さんがいうセリフと並ばれた作品。
集中力と病気は関係ない、あの子があの子の可能性を素朴に意識すれば、病気とか障害の枠は越える。
それほどに固定する今の社会である。
もっと純粋に作品を見て感動し、愚痴らない間渕くんの真摯な態度に感動してはどうか。
人は肩書きに弱い、すごい人が描いた絵や作品はなんかすごいと話題に上がり、普通の名もなき人が作品をつくり、さらに障害をもつ人が作品をつくると、その価値は変わる。
名もなき人の作品は素通りし、障害という名がつけば、だからかね、と納得する傾向。
目の前の作品に真摯に向き合ってほしい。
そんなことを思いながら毎朝新聞に目を通すと、、集団的自衛権の問題が上がり、靖国神社参拝の自民党の行動や、中国、韓国の非難、あげくに朝鮮人出ていけのデモ、、この国はなんという国になったのか、、とため息しかでない。
テレビからも新聞からも大きな批判はなく、特にNHKではむしろ流れなくなった、政治非難。
解釈がおかしいと自衛権の問題を違う方向に転化しているが、そういう転化している世代は団塊の世代以降。
もはや戦争の痛みさえ知るよしもなく、弱くなった日本?を強くと意気込むわけである。
産学共同の教育を受け、競争社会で勝ち抜いた人たちは、勝ち抜くことが資本の原理で、勝ち抜くことが社会の発展、人間を成長させると思っているらしい。
勝ち負けの思想は「共同」という意識は本当はなく、私だけが、、と利己的な意識を際だたせる。
発展途上国をつくり先進国が富を得るシステムをつくり、富を独占するわけである。
ワクチン、食料を貧しい発展途上国に提供することであたかも先進国は発展途上国をまもっているように見せているが、国を壊し、貧しくさせた原因は先進国側にあるわけである。
いろんな背景があり今がある。
それでも戦争の悲惨さを目の当たりにした人々がいたから平和の意識を大事にしてきた戦後の歴史であった。
なのに、その戦争のあり方さえも認識違いを訴え憲法を変えて軍部拡大へ。
マスコミからの情報もかたよりつつある。
スポーツと祭りと科学と、お笑い。
皆がバカにされ、高揚させ、科学の進歩を植え付けられ、、政治は語らぬ。
自民党のやっている事に対して異を唱えず、沖縄の情報、福島の情報、消費税、社会福祉、様々な声をテレビからは流さない。
政治にこうまで加担しているマスコミ、メディア・・・
ムッソリーニ、ヒトラーの時代もそういう感じで社会は動いていったらしい・・・知らぬ間に・・・
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今日の朝刊に「はだしのゲン」の事が記載。
「はだしのゲン」が松江市内の小中学校の図書館で子どもたちが自由に見る事のできない閉架の状態になっているという。
その意は、市教育委員会が「はだしのゲン」の作品中に日本軍の蛮行が描かれてあり、子ども達に間違った歴史の認識を植え付けるとして、小中学校からの作品の撤去を求める陳情が市民から市議会にあったらしい。
故作者・中沢啓治さんは、生前このはだしのゲンは、子ども向けに描写を和らげたが、実際の残酷さはあんなもんじゃない」と語っていたという。
この前、戦争の事、原子力のことをちゃんと伝えようと中国語で「はだしのゲン」を訳して、中国で出版をと活動されている女性の方の情報を知って、頑張ってほしいと思った矢先に、ここ日本で「はだしのゲン」が子どもたちへの制限がかかった。
おかしい・・・「はだしのゲン」が世に出て40年あまり、こういう話はでなかった。
教育委員会で制限すべきものは、もっと他にあるだろうに・・・
日本軍の蛮行と間違った歴史認識とは・・・
安倍総理が戦争の反省に対して言及しなかったことと今回の事は同じ線上の事だろう。
物事は、ねじ曲げられ伝えられる。
本当かうそか、、、そんなことを追求する気はない。
でもどう考えても、あの戦争の認識が間違いだったとか、正義の戦争とか、戦争の悲惨さをなしになる事じたい不思議でしょうがない。
ファシズム、ナチズム、・・・あの時代の本を読むと思想統制が甚だしい。
高揚と景気と競争と・・・
日本人は震災という大きな出来事と福島第一原子力発電所の事故で、あまりにも壊れてしまった。
気力を失い、踏ん張る事さえ出来ず、破壊から自分を取り戻そうとするより、破壊からもっと破壊へ進もうとしている。
「純情キラリ」でまさに思想統制され、自由を奪われ、一般市民さえもが、見張り人になって思想を監視する社会が描写されている。
まさにこれに近いことが今動いているのに、なぜみんなブレーキをかけないのか・・・。
怖くはないのか?
気づいた時にはもう遅い・・・
一部の景気上昇の情報を自分ごとのように捉えて、子どもたちが生きにくい世の中を作っている。
政治家も政治家なら、そこにいる一市民が流されてどうするのか・・・
そんな事を日々思い、作品を作り続け今にある。
今日も暑い日の中、間渕君は作品を作っている。
間渕君に争いの思想はない。
私は思う。障害とか病気というものがない人の方が、実は多大なる障害や病気をもっているのではないだろうかと。
平和から遠のく野蛮な思想病を・・・
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by polepole-yururin | 2013-08-17 09:08 | 思うこと | Comments(4)

私の今

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ただいま8月10日〜25日のKAMEの翼プロジェクトの制作作業中。
絵本原画と里山の庭と100体の粘土人形と100センチ×100センチの水彩画。
もう日々いっぱいいっぱいで狂れそうだ。
夏休みの息子たちの昼食を用意して、時には大会におくり、時には息子の宿題の進行状態を見て、時にはアゴラの教室、時にはアゴラのキャンプ、時には豊田美術館で開催されている高橋匡太さんのワークショップに参加して・・・そういう日々の中の制作は、本当に時間がない事の苛立ちもわき上がる。
そこを静思しながら粘土に意識をおき、水彩画に意識を置く。
水彩画は、何度も描いた事があるが、100センチ×100センチの大きな画用紙に描く事は初めてで、スケール感が最初わからず、ドギマギしていた。
今回の私の作品のテーマは「優しさ」である。
震災を経て、いろんな社会の動きを垣間みながら、自分のいる立場も知らず知らずに主婦という立場から変化して、先生と言われる立場になり、そして制作者として今いるわけである。
私が知った優しさは、いいよいいよっていう何でもOKっていうなんか曖昧な優しさではなかった。
今日本になくなりつある優しさ=育つ、育みについて考えた。
今の日本は、優しさを守りだと言う事になってしまっている。
守り=保護。
保護の理論が、果たして子どもの成長にいい影響を与えているか?
今の日本は保護される事を欲して、そして保護されなければ不安になって、・・・時には保護する立場をうまく利用して自分の存在価値を見いだしている。
そういう関係は依存の関係であるようで、いつか自立する頃にも本当は自立させない関係というか、ここまで私は保護したので、今度は私を守る存在としていてほしいという事になる。
日本は確かに国民健康保険で医療費を大変な額保護されている。
アメリカに比べれば本当にありがたいことである。
が、国民健康保険は、みんなの税金でまかなわれているので、保護されているのかどうなのかほんとうのところわからない。
ちょっと前に「高血圧の薬」について、医療者と製薬会社の嫌らしい関係が浮き彫りにされた。
こういう風に税金でまかなわれているところに嫌らしい目を光らせて、金儲けしている人たちがいて、そういう事が当たり前にまかり通る社会で、その嫌らしい事をしている人たちは、小さな見えない人たちではなく、権力を持ち、大きな組織を持ち、ど〜んと日本で私は○○でござい!っと堂々としている人たちであるわけだ。
というと、その堂々としている大学病院、企業、官僚、政府・・・のやっている事がたとえおかしくともつつかれず、おかしい事だともつぶさないのは、この日本の国民の意識の問題である。
NHKの朝ドラの「あまちゃん」の太巻曰く「長い物には巻かれろ!太い物には巻かれろ!」の精神である。
意志を持たない国民は、社会にはじき飛ばされた時は、どこか居心地のいい小さな居場所を見つけ、・・・でも社会が変わって自分もその社会の一員になり、何となく居場所を確保すれば、その小さな居場所から離脱して、小さな居場所さえつぶす存在となる。
いわゆる長い物や太い物に巻かれて、自分もその長いものや太いもの意識体になって、社会の渦の一員になっていくのある。
仕方ないとか、保護されているし・・とかもう声を持たなくなって。
今麻生氏が、「ナチス」という言葉を使った。嘗てそういう言葉を口にした政治家が公でいただろうか。
朝日新聞の声で、ドイツの国民性について書いていた。ナポレオンというお酒があるが、ヒットラーというお酒があってもいいではないかとタクシードライバーが軽い気持ちで言った。筆者も少し同感した。するとドイツの人は、ドライバーを注意した。
そんな時筆者は、日本の国民性について考えたという。
安倍総理が、強い国日本といいつつ押し進めていることの諸々が、ドイツの国では通らない。
海にずっと放射能物質を垂れ流していること事態に触れずして、原発を稼働させようとすることが矛盾極まりなく、広島の原爆の日の式典に出席しても、自分がやっている事がどういう事なのかも顧みず・・・明後日は長崎の原爆投下の日であっても、たぶんその日だという流れだけで過ぎ去るこの国民性。
沖縄にはオスプレイが飛び回り・・・
10年ほど前に、沖縄ブームが巻き起こり、悲しき沖縄の記憶は浄化の一途をたどると思っていた。
私も沖縄に行って、沖縄を学んだ。
もう安心だ。これからの未来は優しい人がどんどん生まれて戦争ももっともっと遠のき、もっと人を大事にし、自然を大事にし、生き物を大事にしていくんだと思っていた。
子どもの頃から抱いていた不安からの解消だった。
が、・・・震災後湧き出た様々な実態。
そして今日本が単独政権で独走し始めている。
今も上空を、大きな音を立てて飛行機が飛んでいる。毎日だ。
これが沖縄では、昼夜を問わず・・・
他人の事はどうでもいい。子どもの未来はどうでもいい。_優しさを消した日本。
だから思考する。
優しさって何だって事を。
当然優しさは、ふわふわと気持ちいいだけではない、時には牙を向く時だってあるだろう。
自然という存在が本当に優しさを持ち合わせている存在だ。
優しさは、自然から離れてはいけない!
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KAMEの翼プロジェクト2013始動!
(KAMEの翼新聞9号から抜粋)

 KAMEの翼プロジェクトが県のふじのくに文化芸術振興助成の対象に選ばれ、今年は、新たな趣向で行う事となった。
今年選ばれた制作者は、間渕尊君18歳の青年と主婦・はないみほさん。
そしてあの光のアーティストの高橋匡太さんがまたアゴラに来て、KAMEの翼プロジェクトで高橋さんのワークショップを開催してくださる。
今年のKAMEの翼のコンセプトは、・・・
「新たな時代を担う国内外の”そうぞう”(創造と想像)する若者の拠点の創出とささえるシステムの構築。
そして今年は、未だ発掘されていない女性アーティスト(主婦)、障害者にも目を向け、表現者として自立への道を開く。
同時代の事象に敏感に反応し、表現の可能性を試みる。
里山の自然と時が止まったような佇まいの中、ゆったりと、じっくり、時を過ごしながら表現と向き合うレジデンス。」

[制作者]                                         
* 木版の切り込みイラストレーション、切り絵、鉛筆画/ (間淵 尊)
*はないみほの心”展/ やさしい感触に抱かれ、アゴラの子ども達との交流から誕生した絵本原画 や写真エッセー、人形、庭 (はない みほ)
* 高橋匡太の光りと影のワークショップ2013/KAMEの翼君が飛ぶ。

[日程]
8月10日〜25日まで、間渕尊君、はないみほさんの作品展示。
最終日の25日(日)に、フリートークング開催。テーマは「自立」。             フリートーキング/参加予定者ー高橋匡太(光と影のアーティスト)、間渕尊、はないみほ、昨年の制作者の加藤元(アーティスト)と大見明子(アニメーション作家)。
サポーター交流会は、8月24日(土)10時〜午後3時まで開催。
地元の方と”荒れた里山の再生”/ドングリ山の植樹と紅茶を作ってみんなでお茶作りを予定。
高橋匡太さんの光のワークショップは、9月中旬に予定。
ー制作者紹介ー
 7月、アゴラは、緑豊かな中に草花の花が咲いています。
山に農機具小屋やアトリエのまわり、草花が日々増えています。
子どもたちも緑の中で気持ち良さそうに草花と昆虫と遊んでいます。
今年のKAMEの翼。
去年の夏からアゴラに来ている自閉症を抱える若者。間渕尊君。
この4月養護学校高等部を卒業。現在作業所へ通い、時給200円の日々。
週一回アゴラに来て、ディズニーや静物のパズル、切り絵、アゴラの庭の草花をスケッチ。鉛筆画、水彩画を描いている。視覚感覚の鋭い青年。彼が視る世界、読み取る世界。視覚的に思考し、彼が伝えるもの・・・。詰まった中身とコミュニケーションします。彼が今回の制作者。

もう一人、女性として主婦としていたはないみほ。東北の震災。アゴラの子どもとの関わり、アゴラの自然と庭作り、草むらの中の庭を創る。絵を描き、エッセイを書く日を重ねる。東北の震災を綴った「はしら雲」二冊を出版。現在、絵本“「里山のアゴラ」「もぐら」「ツバメを抱いて」「時の記念日」「牧場の一日」「カラスの詩」等を製作中。また長編物語「未来へ」を執筆中。今回もう一人の制作者。

今、なぜこのプロジェクトをはじめるのか
--NO1-    渋垂秀夫

 誰もが競い、誰もが富を得ようと、誰もが豊かになろうと、誰もが必死に働いた。資本のシステムは、あるときまでは、その競争原理を軸に豊かさを享受することが出来た。しかしこのシステムの欠陥は周期的に訪れ、我々にダメージを与える。
 本来、自然児のごとく、ゆっくりと豊かな育みの中で成長を見守らなければならない子ども達は、この社会システムを守ろうとする大人の陰で、徐々に息苦しそうな表情を見せるようになっていった。教育、遊び、対人関係、子どもへの配慮を欠いた様々な玩具の氾濫、敏感で穏やかな感覚にウイルスは進入していった。
 社会は子ども達をできるだけ早く、大人社会へ組み入れようとしている。
教育の早期化は、年々激しさを増している。それは、生まれて間もない乳児までもである、、早期が何でもいい様な風潮は、誰よりも先にと競争原理が貫かれる。人が育む本能的な感覚や育ては消えていく、、愛情は促成栽培の無菌室の中で培養されるようにすり替えられた、かろうじてDNAが唯一の証として受け継がれる。
 優しさの欠如。時代は確実に優しさを失いかけてる。目の前に人が倒れていても見ぬふりして通り過ぎる。緊急の場合でも手を差し伸べない。この人に手を差し伸べたらどうなるかと、考える。今、目の前で起きている事の重大さより、先の煩わしさや立場を考え、その場を素通りする。こんな時代に優しさの言葉は空虚だ。「思いはあるんですよ、、」でも、、日常の中の余裕の無さなのか?それとも育みの中に何か問題があるのか?
 0歳から5歳までの子ども達の絵を毎年5000枚ほど見る機会がある。。生まれて間もない子ども達の絵は、固まらず、いろんな可能性と感覚にあふれている。一人の子の中にもいろんな感覚の芽が生き生きと吹き出ています。誰から教わるのでもなく、彼らが身につけているもの、感覚の多様さにおどろかされます。人は生まれながらに表現する事の楽しさを知っているのでしょう。描く事、、造る事、、声を発し語る事、、体を動かしリズムを刻む事、、表現、、遊ぶ人として誕生した子ども達の豊かな感覚は、どう変わっていくのだろうか、、
 KAMEの翼のプロジェクトのレジデンス場所になるアゴラ子ども美術工場は、3歳から18歳までの子供たちが制作を中心に活動する場所です。アゴラで大切にしてきたこと。待つ、じっくり温める、怖いという感覚を大切にする、子供が自分で把握できる速度と時間、親切過ぎる教育はしない、手をかす、子供とのちょうどいい距離感、自然を実感する、一人の時間。そんなキーワードを心にしながらアゴラの雰囲気をつくってきた。開設から15年が過ぎ、大学や社会へ巣立っていった子供たちがでてきた。私は、いろんな子供が、大きくなっていく様をつぶさに見てきた。
無菌室の中で促成栽培するような子育てや教育はやめないといけない。
焦る必要はないですよ。
子供は、アリと遊びながらゆっくりと育つ。
大人から子供へ伝えるべきものは、ちゃんと伝える。
自立していくまでの時間をじっくりと見守る
 ポピュラーカルチャー学部を新設する美術大学がある。音楽とファッツションは世界に出るための武器、音と服が世界を変える、社会の価値を変革する、、、楽器が弾けなくても、服づくりの経験がなくとも音楽とファッションにひたりきれる場所がここにあるとキャッチコピーが続く。
大学は、時代は何を求めているのだろうか?どんな子ども達を育てようとしてるのか?
 KAMEの翼プロジェクトは昨年のプレ展からスタートした。時代の変化を感じながら、閉塞した子ども達の状況も感じながらスタートした
「思い描いていることを、思う存分に試してみなさい。
翼を持ったKAMEのように」そんな思いでプロジェクトは、始まった。そんな矢先、東北では嘗てない地震と津波が襲い、多くの方の命を奪った。同時に原発事故をも引き起こし、今なおその被害は拡大しつづけ、終息をしらない。
(2012・2・20 KAMEの翼新聞 NO4掲載文より)

ご協力お願いします!
KAMEの翼プロジェクトは、大人たち個人がこれから巣立つ若者を応援するプロジェクトです。
個人個人の支援で作り上げています。
今まで4人の若者が選考され、制作・表現されました。
一口5000円〜10000円の全国の皆様の支援により、若者の社会への巣立ちを支えていく事が出来ました。
彼等が今後どのような表現をされていかれるかどのような生き方を選択していくか・・・楽しみです。
どうかご支援ご協力お願いいたします。001.gif

KAMEの翼”プロジェクト

〒436-0008
静岡県掛川市千羽1679
Agora子ども美術工場内
電話/FAX 0537-27-1428
E-mail kamenotsubasa@gmail.com
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by polepole-yururin | 2013-08-08 12:37 | 私のこと | Comments(4)