ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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猛暑の原因は

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アゴラ子ども美術工場のキャンプが終わり、また私の制作の日々が続く。
絵本原画と、お話と、庭と粘土・・・
制作者として作品を創る事に集中している。
すると流れる市役所の放送が・・・
「今日は35度を超える猛暑となりますので、熱中症に注意してください。」
こんな放送は嘗て流れなかった。ここ二三年かもしれない。
こんなに暑い夏になったのは地球温暖化だというが、その地球温暖化は、二酸化炭素排出量が増えたからで、森林伐採をしたからで・・・など答えはちゃんと知っている。
だから京都の温暖化防止の会議の話もいろいろ動きがあったわけである。
アメリカは、この二酸化炭素排出に関しての協議会に参加していない。
それでも世界は何も言わない。
日本はちゃんとその会議に参加してちゃんとやっている・・・って感じに情報は流れている。
日本はいい事しているちゃんと考えている国のように思っていた?
でも・・・東南アジアの森林伐採は、日本の企業によってなされていた。
そして東南アジアの国々の自然といきている人の生活を奪い、土地を奪った。
焼き畑が森林伐採に影響を与えたと教科書に書かれてある。
が、焼き畑はもっと昔からやってきたその土地の農法である。その農法によって自然と人々は共存してきた。
その農地に入ったのは他国の企業である。
何年か前から、カラーボックスやいろいろな安い家具がホームセンターや家具屋で売られている。ガーデニング資材やDIY材料も安く売られるようになってうれしかった。
が・・・発展途上国の資材がこの国に流れて安く売買されている。
そして教科書ではあたかも先進国がすばらしく、発展途上国が良くないように書かれている。
発展途上とか先進国って誰から見た言葉なんだ。すべて先進国側の・・・奪い取った側の言葉である。
今アフリカ、東南アジア等の貧しさは、産業革命を起こした欧州、アメリカ、そしてそれに追いつけと真似をした日本の侵略によってつくられたものだ。
先進国の豊かさが、科学の進歩と物が大量に安く流通し消費されることだとする思想が、相反する悲劇を作っているのである。
そしていつしか南極の氷が溶け、アマゾンの木々が伐採され、アフリカが砂漠化し、東南アジアの木々もなくなって・・・
この現状は、今豊かさを誇っている国々のまだまだ押し進める経済中心の政治と社会の成れの果てである。
温暖化を防止するのは、クリーンエネルギーの原発だとついこの間までキャンペーンを張ってでも押し勧められていた。
福島の原発事故で、日本国民が目が覚めた。
原発を動かすのには火力発電が必要で、一番エネルギーを消費するのが原発だという。
それでも原発を押し進めるのは、経済のためだという。
経済って言葉にみんな弱い。経済の動きは、いまや株という見えないお金の流通による。
もはやお金は、実態のないものとなっている。
実態のないものを優先し、あらゆる大事なものが消え去る現実。
福島の人たちは、奪われた側。
東南アジアの自然の近くに住む人々も奪われた側。
東南アジアの国々が潤っているというも、それは政府と都会に住む強者の人々。
豊かさを思考する大人がいなくなる。
豊かさは、高級車を乗り回し、ブランドを来て、高級食材を食べ、へずらう人々を近くにおいて成り立つコミュニティーの形成ではない。
豊かさを望むことはいいが、他人の不孝の上にある豊かさは身勝手な未熟な大人のやる事だと私は思う。
この猛暑を作り出し、異常気象を作り出したのは、自然の流れでもなく、原因がある訳だ。
エコエコといいつつそのエコは、言葉で作られたエコであり、本質を考えないエコである。
教科書の存在は、大きい。
それ故にその教科書に正しき事を書かずして、政府と企業の都合のいいことをのせて子どもたちに教育するのは、恐ろしいくらいの企みで・・・
熱中症予防を言わないと自分を守れない市民もおかしな話だし、それを業務として、もっと大事な事を伝えない市の行政もおかしい。
大事な事が、自己責任という言葉でごまかされ、他人からの恐怖に自己防衛することが大事となってきたこの国。
もっとちゃんと整理しようよ・・・
ここまでおかしい現状って、教育の成れの果て・・・
原因と結果。・・・魔法はないのだから、思考できる大人でいようと改めて思う。
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by polepole-yururin | 2013-07-30 12:04 | Comments(0)
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KAMEの翼プロジェクト2013始動!
(KAMEの翼新聞9号から抜粋)

 KAMEの翼プロジェクトが県のふじのくに文化芸術振興助成の対象に選ばれ、今年は、新たな趣向で行う事となった。
今年選ばれた制作者は、間渕尊君18歳の青年と主婦・はないみほさん。
そしてあの光のアーティストの高橋匡太さんがまたアゴラに来て、KAMEの翼プロジェクトで高橋さんのワークショップを開催してくださる。
今年のKAMEの翼のコンセプトは、・・・
「新たな時代を担う国内外の”そうぞう”(創造と想像)する若者の拠点の創出とささえるシステムの構築。
そして今年は、未だ発掘されていない女性アーティスト(主婦)、障害者にも目を向け、表現者として自立への道を開く。
同時代の事象に敏感に反応し、表現の可能性を試みる。
里山の自然と時が止まったような佇まいの中、ゆったりと、じっくり、時を過ごしながら表現と向き合うレジデンス。」

[制作者]                                         
* 木版の切り込みイラストレーション、切り絵、鉛筆画/ (間淵 尊)
*はないみほの心”展/ やさしい感触に抱かれ、アゴラの子ども達との交流から誕生した絵本原画 や写真エッセー、人形、庭 (はない みほ)
* 高橋匡太の光りと影のワークショップ2013/KAMEの翼君が飛ぶ。

[日程]
8月10日〜25日まで、間渕尊君、はないみほさんの作品展示。
最終日の25日(日)に、フリートークング開催。テーマは「自立」。             フリートーキング/参加予定者ー高橋匡太(光と影のアーティスト)、間渕尊、はないみほ、昨年の制作者の加藤元(アーティスト)と大見明子(アニメーション作家)。
サポーター交流会は、8月24日(土)10時〜午後3時まで開催。
地元の方と”荒れた里山の再生”/ドングリ山の植樹と紅茶を作ってみんなでお茶作りを予定。
高橋匡太さんの光のワークショップは、9月中旬に予定。
ー制作者紹介ー
 7月、アゴラは、緑豊かな中に草花の花が咲いています。
山に農機具小屋やアトリエのまわり、草花が日々増えています。
子どもたちも緑の中で気持ち良さそうに草花と昆虫と遊んでいます。
今年のKAMEの翼。
去年の夏からアゴラに来ている自閉症を抱える若者。間渕尊君。
この4月養護学校高等部を卒業。現在作業所へ通い、時給200円の日々。
週一回アゴラに来て、ディズニーや静物のパズル、切り絵、アゴラの庭の草花をスケッチ。鉛筆画、水彩画を描いている。視覚感覚の鋭い青年。彼が視る世界、読み取る世界。視覚的に思考し、彼が伝えるもの・・・。詰まった中身とコミュニケーションします。彼が今回の制作者。

もう一人、女性として主婦としていたはないみほ。東北の震災。アゴラの子どもとの関わり、アゴラの自然と庭作り、草むらの中の庭を創る。絵を描き、エッセイを書く日を重ねる。東北の震災を綴った「はしら雲」二冊を出版。現在、絵本“「里山のアゴラ」「もぐら」「ツバメを抱いて」「時の記念日」「牧場の一日」「カラスの詩」等を製作中。また長編物語「未来へ」を執筆中。今回もう一人の制作者。

今、なぜこのプロジェクトをはじめるのか
--NO1-    渋垂秀夫

 誰もが競い、誰もが富を得ようと、誰もが豊かになろうと、誰もが必死に働いた。資本のシステムは、あるときまでは、その競争原理を軸に豊かさを享受することが出来た。しかしこのシステムの欠陥は周期的に訪れ、我々にダメージを与える。
 本来、自然児のごとく、ゆっくりと豊かな育みの中で成長を見守らなければならない子ども達は、この社会システムを守ろうとする大人の陰で、徐々に息苦しそうな表情を見せるようになっていった。教育、遊び、対人関係、子どもへの配慮を欠いた様々な玩具の氾濫、敏感で穏やかな感覚にウイルスは進入していった。
 社会は子ども達をできるだけ早く、大人社会へ組み入れようとしている。
教育の早期化は、年々激しさを増している。それは、生まれて間もない乳児までもである、、早期が何でもいい様な風潮は、誰よりも先にと競争原理が貫かれる。人が育む本能的な感覚や育ては消えていく、、愛情は促成栽培の無菌室の中で培養されるようにすり替えられた、かろうじてDNAが唯一の証として受け継がれる。
 優しさの欠如。時代は確実に優しさを失いかけてる。目の前に人が倒れていても見ぬふりして通り過ぎる。緊急の場合でも手を差し伸べない。この人に手を差し伸べたらどうなるかと、考える。今、目の前で起きている事の重大さより、先の煩わしさや立場を考え、その場を素通りする。こんな時代に優しさの言葉は空虚だ。「思いはあるんですよ、、」でも、、日常の中の余裕の無さなのか?それとも育みの中に何か問題があるのか?
 0歳から5歳までの子ども達の絵を毎年5000枚ほど見る機会がある。。生まれて間もない子ども達の絵は、固まらず、いろんな可能性と感覚にあふれている。一人の子の中にもいろんな感覚の芽が生き生きと吹き出ています。誰から教わるのでもなく、彼らが身につけているもの、感覚の多様さにおどろかされます。人は生まれながらに表現する事の楽しさを知っているのでしょう。描く事、、造る事、、声を発し語る事、、体を動かしリズムを刻む事、、表現、、遊ぶ人として誕生した子ども達の豊かな感覚は、どう変わっていくのだろうか、、
 KAMEの翼のプロジェクトのレジデンス場所になるアゴラ子ども美術工場は、3歳から18歳までの子供たちが制作を中心に活動する場所です。アゴラで大切にしてきたこと。待つ、じっくり温める、怖いという感覚を大切にする、子供が自分で把握できる速度と時間、親切過ぎる教育はしない、手をかす、子供とのちょうどいい距離感、自然を実感する、一人の時間。そんなキーワードを心にしながらアゴラの雰囲気をつくってきた。開設から15年が過ぎ、大学や社会へ巣立っていった子供たちがでてきた。私は、いろんな子供が、大きくなっていく様をつぶさに見てきた。
無菌室の中で促成栽培するような子育てや教育はやめないといけない。
焦る必要はないですよ。
子供は、アリと遊びながらゆっくりと育つ。
大人から子供へ伝えるべきものは、ちゃんと伝える。
自立していくまでの時間をじっくりと見守る
 ポピュラーカルチャー学部を新設する美術大学がある。音楽とファッツションは世界に出るための武器、音と服が世界を変える、社会の価値を変革する、、、楽器が弾けなくても、服づくりの経験がなくとも音楽とファッションにひたりきれる場所がここにあるとキャッチコピーが続く。
大学は、時代は何を求めているのだろうか?どんな子ども達を育てようとしてるのか?
 KAMEの翼プロジェクトは昨年のプレ展からスタートした。時代の変化を感じながら、閉塞した子ども達の状況も感じながらスタートした
「思い描いていることを、思う存分に試してみなさい。
翼を持ったKAMEのように」そんな思いでプロジェクトは、始まった。そんな矢先、東北では嘗てない地震と津波が襲い、多くの方の命を奪った。同時に原発事故をも引き起こし、今なおその被害は拡大しつづけ、終息をしらない。
(2012・2・20 KAMEの翼新聞 NO4掲載文より)

ご協力お願いします!
KAMEの翼プロジェクトは、大人たち個人がこれから巣立つ若者を応援するプロジェクトです。
個人個人の支援で作り上げています。
今まで4人の若者が選考され、制作・表現されました。
一口5000円〜10000円の全国の皆様の支援により、若者の社会への巣立ちを支えていく事が出来ました。
彼等が今後どのような表現をされていかれるかどのような生き方を選択していくか・・・楽しみです。
どうかご支援ご協力お願いいたします。emoticon-0100-smile.gif

KAMEの翼”プロジェクト

〒436-0008
静岡県掛川市千羽1679
Agora子ども美術工場内
電話/FAX 0537-27-1428
E-mail kamenotsubasa@gmail.com
サポーター随時募集中

お気軽にご連絡下さい。
案内・リーフレット等をお送りいたします。

      

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by polepole-yururin | 2013-07-17 21:21 | カメの翼プロジェクト | Comments(4)

梅雨があけた?朝

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今日は日差しが強い。
そろそろ梅雨明けか・・・と窓を開けると、ミンミンミンミン〜〜〜〜emoticon-0159-music.gif
ってせみの声。
あ〜せみだよ!せみ!って息子に言ったら、うん〜って外を眺めた。
もう梅雨明けか?なんか早くない?かって思ってみたり・・・
今里山で山に植物を植えているせいか、この梅雨は植物にとって恵みの時である。
根つくには大変必要な季節である。
だからジメジメの気候は玉にきずだけれど、雨が降るとうれしくなる。
「ちゃんと水を飲んでよ!あじさいくん、梅さん、バラさん、ひまわり君・・・」いろんな植物に話をしてた。
植物はゴクンゴクンっと一生懸命天の水を飲みほして、ウングウングって喉を鳴らし、その水の潤いで生気がついて、気持ちよくグングングングン根っこを伸ばしている。
そんな様子がうかがえて、なんか梅雨の時期はうれしくてしょうがなかった。
かんかん照りの夏を乗り越えるには、この梅雨の作業が大きく左右するのである。
梅雨の合間に我が家でも美しく咲いている花がある。
カサブランカ。今年は子どもを産んで二本のカサブランカが咲いている。
大変見事で圧巻である。
その前には、ニュードーンという薄いピンクのバラが表情を添えている。
濃淡のピンクの色合いが美しい。
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西には今ベルガモットが満開である。
赤いベルガモットが全盛だったのに、いつの間にかピンクのベルガモットに様変わりしてしまった。
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バラのアーチの横にはルリマツリも満開だ。
このルリマツリの水色に惹かれこの花を植えた。
いつの間にか大木になった。
バラの季節を過ぎると11月まで旺盛に咲くルリマツリ。
暑い夏に水色で涼しさを演出してくれる我が家のメインフラワーかな〜。

さて私は今8月10日〜25日まで行われる展示の準備をしている。
毎日、庭を見て、絵を描いて、文章を書いて・・・時には子どもたちと関わって・・・
この作品展示には、もうひとりの制作者がいる。
今年養護学校の高等部を卒業した彼は、今自立へと頑張っている。
彼は鋭い視覚の持ち主。
彼がこの社会で表現者として羽ばたく。
この彼をサポートしつつ、私の表現をも模索する。
優しさを伝えたい。そう思っている。
原発事故が起き、福島第一原子力発電所の地下水やその近辺からは、未だ高濃度の放射能が検出される。どうにもこうにも出来ない状態である。
その中で、各原発は稼働に向けて動き出している。
反稼働を頑張っているのは新潟県だけだ。
さて、この日本という国は何処を見て誰のために生きているのか?
梅雨が開け、海開きだというニュースが流れる。
原発近隣の海水浴場も動き出す。
観光、お金の流通が人の命、他人の生活より大事か。
もうこの日本は、デコボコのつぎはぎだらけの表情を呈している。
モラルってもんがもう何処にもない。
何が大事かってことが、すべてすり替えられ、目先の富に目隠しされて生きている。
優しさも金ですり替えられるこの国だったのだ・・・と悲しくなる。
原発事故やTPPの事を知りはじめたら、アフリカ、アジアの負のものが見えてきた。
日本という国が戦後復興を成し遂げ、豊かさを誇ってきた。
が、この豊かさは、誰かの代償で成し遂げられた豊かさであった。
豊かさを得るのには、人の物を奪い、自然を壊してこそ出来上がる。
この日本の豊かさは、破壊とともに発展してきた。
放射能汚染は、嘗て今日本で原発産業を継続している企業が、既に他国で起こしていた。
子どもたちは、白血病や脳腫瘍、そして流産、死産・・・被爆の島で起こったマーシャル諸島と同じ事がアジアの国で起こっていた。
この事は他国の話ではない。
福島で起こった事は、終わった事ではない。
福島の子どもたちの健康が脅かされないためにも、…そして日本の子どもたちの健康が脅かされないためにも消費社会と原発ありきの経済体勢にもう終止符を打ってほしい。
その終止符は、政府や企業はもちろんの事であるが、その日本に暮らす我々がひとりひとり子どもの将来を見据えて意志を持つことである。
経済が成り立たないという言葉は、すり替えである。
これが普通ですよ!ってマイホーム、マイカー、消費をあおるものに、翻弄され、それがモチベーションだよな〜て、・・・いつまでもローンに苦しみ、幸せを子どもの将来に託す。
子どもの幸せは、物であたえられるものではない。
健康を害してまで得られる富って何処にあるのだ!

梅雨の喜びを感じる。
アジサイの色が深みを出し、カタツムリが顔を出す。
夏の到来を喜ぶ。
せみの声に耳を澄ませる。
ひまわりがお日様を伺う。
空がいつの間にか高くなった。
そんな事を思っていた事が懐かしい〜ってならないように、私は優しさを今だから再認識しようと思う。
心なくしては生きられない・・・・・
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by polepole-yururin | 2013-07-08 09:48 | 花のこと | Comments(12)