ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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冬眠生活

月曜日夕方下の息子が学校から帰ってきた。
顔から粉が吹いているようで、なんか変だ。
ちょっとしんどいという。
熱はなく・・・しばらく様子を見ていると、37、6度・・・顔が紅潮している・・・
朝には38度・・・学校に休む手続きの電話をしていると、息子と一緒に学校へ行っている子からも電話。「インフルエンザだから、今日休むから」と。「俺もだよ・・・多分」
病院でB型インフルエンザと診断された。
リレンザを病院で服用された。去年もワクチンを打ったが下の息子は2月早々にインフルエンザになってしまった。が、リレンザの威力すごく、熱は早々に下がった。その記憶で安心していたのだが・・・
いっこうに熱は下がらず、顔は紅潮したままで、あげくに40度まで上昇。
解熱剤使うも熱下がりきらず・・・
不安が押し寄せ、水分を飲ませるしか手段なく。
実は上の息子が高校受験を控えていて、なんともこの事態は弱ってしまう。
急遽、下の息子を二階に隔離。マスクを互いにして、主人のねぐらも違う部屋に移動。私は下の息子をほっておくわけにはいかず、ビタミン剤、ユンケルを飲みつつ、同じところで就寝しつつ、看病する。上の息子は食事を一人で・・・申し訳ないが出来るだけ私との接触もさけるようにしてもらっている。
今同時に隣の義母が転んで右肩脱臼と骨折のため、食事、洗濯などの世話をしているため、マスクをしながら義母の世話も続行中・・・
重なる・・・重なる・・・
こういう時、私は二階のこたつの部屋で冬眠中。
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動けない時、こういうときは制作活動に没頭だ!
ひたすらこの間アゴラでやった影絵劇を絵本仕立てにしてみようとひたすら絵を描く。
日常の様々な不安や思いを消すべく、絵に没頭する。
隣で下の息子の寝息を聞きながら、熱の状態を観察する。
今日もまた熱が続く・・・いくつになっても子どもの病気は弱る。
自分の息子の事になると患者さんの時より自分をなくす・・・だめだな〜。f0215179_16391064.jpg
って思っていたら、アゴラから電話。
「もしもし・・・おばちゃん先生?」かわいいKちゃんからの電話だった。
今日はアゴラの幼児クラスの日。アゴラの先生が倒れてからの9月から私もアゴラの先生としてお手伝いしている。
今日はちびっ子に会えないな〜、インフルエンザを持ち込んでは駄目だし・・・我が子がいるし・・・
KちゃんとT君は今、アゴラで私と一緒に作った段ボールハウスでお店屋さんごっこしているそうだ。来週はいくよ!

絵の合間に読書。
堤未果さんの「政府は必ず嘘をつく」角川SSC新書
読んでて怖くなったり、吐き気したり、・・・・
昨日、アカデミー賞の発表がテレビで流れた。
有力候補は「リンカーン」「レ・ミゼラブル」、それにトラとの漂流記の映画等だったのだが、結局アカデミー賞を得たのは「アルゴ」だった。
何?「アルゴ」って?と思っていたら、ストーリーが少しテレビで流れた。
CIAがイラン戦争の時にサダム・フセインやアルカイダからアメリカの拘束された人たちを助けたという話らしい。
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最悪!なんでこんな話がアカデミー賞やねん。
最近アメリカの負の歴史を読みあさっている。なぜアメリカが戦争をやめられないのかという本は何冊も出ていた。その数冊の本を読んでみて出てくるCIAの存在。
ベトナム戦争、キューバ革命、湾岸戦争、イラン、イラク・・・読めば読むほどアメリカの政治と財界とCIAが絡みあい、歪まれている。
のに…今回のアカデミー賞は、そのCIAを讃える映画作品。
アメリカの「愛国者法」をもって与えられた充分な作品だ。
アカデミー賞の情報で、こんなに違和感を覚えた事って今までにない。
私が変わったのか?世の中が異様に違う方向に見え見えに動いているのか?
すると朝日新聞の記事にも同じく「アルゴ」について語っていた。
余談だが、オリンピックもレスリングが排除対象になっている。その理由は、オリンピックの観客数が少ないからだと言う。
スポーツマンシップにのっとり!といいつつ、オリンピックはもはや人寄せのための経済効果を得られる催し物で、商売である。
それと同じく、アカデミー賞も純粋に作品に対して賞をいただいているのかどうか?
映画産業もお金であるから、そのお金を持つ人がどういう位置でスポンサーになり、どう映画界に影響を与えているかで、選ばれる作品の質も変わるのだろう。
ということで、今テレビ、ラジオ、雑誌等で流れる情報は、政治と非常に絡み合い、選択されている訳だ。
今TPP問題も受け入れる方向へ動き出した政府。
TPPに異を唱え民主党から自民党に票を投じた多くの農業関係者がどんな気持ちでいるだろうか。
この国を誰のものにしたいのか?安倍さんに問いたい!
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この本、読んでみて感想聞かせてほしい〜。
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by polepole-yururin | 2013-02-27 17:15 | Comments(2)

水仙が教えてくれた

遅咲きの水仙
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クロッカスが咲いていた!びっくり。
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クリスマスローズ。関西で10年前に買ったもの。
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八重のクリスマスローズも今年は咲きそう♩
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我が家の庭は今こんな感じ。
毎年、11月には咲き出している水仙が、今年は先週にやっと咲き出して・・・。
本来は水仙って春を届ける花だったから、今冬に咲き出す方が、感情的にはうれしくって、いいのだが・・・。
気候がおかしくなったのか?どうなんだろうと草花に話しかける。
社会の変化をちゃんと教えてくれるのは、やはり昔からいた住人であろうか。
植物、虫、鳥・・・生き物の存在がどのように変化しているのか?どんな表情を見せているのか?・・・と意識し始めて、そういえば・・・といつもと違う事に気づく。
すると社会はあまりにも違う方向にいってしまっている事に気づくわけである。(原爆投下や第五福竜丸の悲劇を知りつつも、今、原発が存在するように)
先々週、アゴラ子ども美術工場で、子どもたちの影絵劇が上演された。
光のアーティスト高橋匡太さんも、忙しいところ時間を割いてわざわざ見に来てくださった。
ちなみに今高橋さんは、 新潟県の越後妻有で、光の祭典を開催している。
雪の中に光の花が咲き乱れている。その光景はたいへん幻想的でいいのだという。
一度は見てみたいな〜。
話は元にもどり・・・影絵劇「ドングリ山の生き物とアゴラ」は私が書いた話。
毎年、子どもたちがシナリオを書くのだけれど、今年は先生が倒れたり、時間がなかったり、書くよ!って言う子がいなかったから、私が書く事になった。
創造性を欠いた大人の私には奇想天外な話は思いつかず、結局本当にあったアゴラのお話を書く事にした。
里山に生き物たちと人間の共存、そして16年の月日が里を変えてしまった。豊かさを得た人間。その反面動物たちが里に現れる。作物被害。絶滅する生き物。動物の死。どんどん変わる里に疑問をもつ子どもたち。その疑問から行動するアゴラの子どもたち。そしていつしか戻る理想の里山。桃源郷。
そんな話を書いてみた。90パーセントはノンフィクション。
子どもたちは、そのお話を読んで、切り絵を始めた。
そしてアゴラ周辺の里の情景を形づかせた。
忙しい子どもたちは充分な練習する間もなかったが、影絵を無事上演させた。
上演を終えた子ども達の表情は、たいへん誇らしげだった。
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こんな光景はあまり見なくなった。
学校でもフェスティバルとか言って、個人個人の発表会はあっても、題材は福祉のことや世界遺産の事をまとめた事を発表するお決まりのもの。
子どもたちに社会の事を否応なしに意識してもらうようにつとめる学校側。
もっとラフにもっと芸術的な感じの表現活動があってもいいものなのに・・・
劇とかお誕生日会とか昔は学校であったのにな〜。
この劇を見に来た親御さんたちもいい感じ。
そんな時、「社会的ですね・・・」ってある方が言ったのを聞いた。
この「ドングリ山の生き物とアゴラ」という話が社会的だと・・・
社会的っていったいどういう意味で使うのか?
社会的って多分、社会に一言申す的なニアンスでとられているのだろうが、訳が分からない。
昔あるアーティストの作品展を見に行った時、3・11が起きた直後の作品展で、ひび割れたカウンターの上に皿を置いて廃油を入れ、その中にオブラートの花を咲かせていた。
その時そのアーティストに「3・11を意識されたんですね。じゃ〜この古いガスコンロを使って作品を作られても良かったですね」っていったら、「僕は社会派じゃないんでね。」って苦笑いされた。
私は、その社会派とか、社会的とかという言葉で線引きする感覚に違和感を覚えた。
私には何処にも社会的や社会派などという言葉は存在しない。
3・11も自然破壊も私の前に起こった出来事であり、日常である。
だから当たり前に意識もするし、当たり前にある事だ。
その当たり前を当たり前に感じる事が日常である。
震災があって震災を考える事とガーデニングをして花の咲きが遅いと思う事は同じある。自動車を走らせ道ばたにたぬきが死んでいるのを見た時、あ〜あ〜、何で死んだんだろう?かわいそうだと思うこと、魚釣りにいって魚が捕れなくなった。なぜだろう・・・て思う事は日常の趣味の領域から自然に思う事だろう。
それをあえて、文章にしたり、形にする事は当たり前の行為であるのに、なぜ、社会派、社会的などという言葉で敬遠するのだろう?
社会の出来事に当たり前に反応し、当たり前にものを申すことが出来なくなっているのか?
誰かが監視しているのか?
私は人は本当はもっと自由に、もっと当たり前に表現し語っていい存在だと思うのだけど、政治家なのか、財界なのか、学校なのか、会社なのか、近所なのか・・・当たり前さえもわからなくなっている社会を形成しすぎているのかもしれない。
「枠」好きの日本人は得に・・・。
生きにくいという言葉は「枠」にとらわれた自分の呪縛であるように感じる。
もっと純粋に子どもたちのように生きられたなら、社会派とか社会的という言葉の意味さえかわるのだろうに〜。
今日は大変風が強い。
日本海側は雪なのかもしれない。
まだまだ水仙の花も雪の中かな〜。

本出版しました!
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私、ゆるりんが本を自費出版しました。
その本、『[はしら雲]震災と女川の人たち』の編集を担当したのが、KAMEの翼のチームメンバーであり、アゴラ子ども美術工場の卒業生の市川君です。そして若者・市川君の巣立ちが始まりました!主婦だったゆるりんは、エッセイストとして、学生だった市川君は編集者として第一歩を踏み出しました。今思いが形になりました。
是非、この本を読んでください。

 〜出版にあたって〜
2011年3月11日、東日本大震災が日本を襲いました。
地震、津波、原発事故・・・こんなに衝撃的な出来事が私たちの目の前に起きました。そしてKAMEの翼プロジェクトチームは、支援に動き出しました。支援場所を被災地・女川と決め、2011年に5回、2012年1回女川へ行きました。
そこで出会った方々の声は、私たちにとって衝撃的な事実でした。テレビ、新聞等で伝えられないあのときの思いを知ってほしい・・・そんな気持ちからこの『「はしら雲] 震災と女川の人たち』を執筆しました。挿絵をたくさん入れて子どもたちにもわかりやすく伝えようとした本です。語り継ぐ大事な歴史の一部として記憶に残していただけましたら幸いです。 

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1冊  1200円
お問い合わせ:自立舎 
℡:0537−27−1428 メール:agoraart@thn.ne.jp

印刷部数限られていますので、本屋さん等には置いていません。自立舎までお願いします。

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by polepole-yururin | 2013-02-24 12:09 | 思うこと | Comments(6)

本、出版しました!

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私、ゆるりんが本を自費出版しました。
その本、『[はしら雲]震災と女川の人たち』の編集を担当したのが、KAMEの翼のチームメンバーであり、アゴラ子ども美術工場の卒業生の市川君です。そして若者・市川君の巣立ちが始まりました!主婦だったゆるりんは、エッセイストとして、学生だった市川君は編集者として第一歩を踏み出しました。今思いが形になりました。
是非、この本を読んでください。

 〜出版にあたって〜
2011年3月11日、東日本大震災が日本を襲いました。
地震、津波、原発事故・・・こんなに衝撃的な出来事が私たちの目の前に起きました。そしてKAMEの翼プロジェクトチームは、支援に動き出しました。支援場所を被災地・女川と決め、2011年に5回、2012年1回女川へ行きました。
そこで出会った方々の声は、私たちにとって衝撃的な事実でした。テレビ、新聞等で伝えられないあのときの思いを知ってほしい・・・そんな気持ちからこの『「はしら雲] 震災と女川の人たち』を執筆しました。挿絵をたくさん入れて子どもたちにもわかりやすく伝えようとした本です。語り継ぐ大事な歴史の一部として記憶に残していただけましたら幸いです。 
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1冊  1200円
お問い合わせ:自立舎 
℡:0537−27−1428 メール:agoraart@thn.ne.jp

印刷部数限られていますので、本屋さん等には置いていません。自立舎までお願いします。
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by polepole-yururin | 2013-02-18 08:17 | 私のこと | Comments(4)

子どもの個性

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アゴラにはさまざまな子どもさんが来ている。
いろんな個性を持っている。
世間では近年個性という言葉を重要視している傾向にある。
「世界で一つだけの花」という歌でいろんな子がいていいんだよって、なんとなく大人も感じた事だろう。
が、本当に個性ってどういう感じで理解しているのか・・・
個性って言う言葉は、いわゆる公立学校の範囲の中で、それぞれの性格、それぞれの特性を大事にしようと言っているような大変曖昧なニアンスで「個性」という言葉を受け止められている。
アゴラの先生の意識の幅は、そのアベレージ(標準)的な幅での「個性」で捉えていない。
人間という幅の中で「個性」というものを捉えている。
人とちがう事が、世間では、「おかしいの?」とか「障害?」とか言われて、線引きをして社会は何となく自分とはちがうものを排除して成り立たそうとしているように思う。
人とちがうものを排除するとよく似た集団が出来る。
するとそのよく似た集団からは、より違いは際立ち、「おかしいの?」って言うレッテルを貼られる傾向がある、この社会は・・・。
集団意識をもつことで、みな同じであると安心し、自分がちがうと言われる事を恐れ、標準を保つ。
それが得に日本という国の特性。
個性は生まれてきた時既に持っていたものかも知れない。
個性は自分という者を形成する遺伝子の中に組み込まれている何かかも知れない。
人は生まれ、両親やその子を取り巻く環境により、自分そのものにいろんなものが加わっていく。
特にこの社会では、個性をちゃんと見ないで、親やその周りの環境の価値基準で子どもたちを作り替えていってしまう。f0215179_22381187.jpg
個性ってものをひどい時には消し去ってしまう。
障害という枠をもって線引きしているこの社会は、福祉が充実したいい社会になったというのだろうが、本当のところ、見えなくしているだけで、他との違いをより鮮明にしているようだ。
「ちがう」というものが見えれば、その「ちがい」を排除し、摩擦を防ぎ、均一な社会を目指す今の社会には個性の尊重は無いに等しい。
障害という言葉で人は区別して、「ちがう」を個性として見ない。
ちがうものは、自分と合い交えない事だと線引きして社会を形成しうる今の社会。
ちなみに、中学のいじめ問題はその「ちがい」をすごくいびつに表に出た状況である。
アゴラの先生は、社会の中にいろんな子が存在する事を欲している。
でないと、社会は排他的になって、利己的な冷たい物質的社会となるだろうと、感じている。
社会は生きている。
人間という生き物が存在しているわけだから、ちゃんと息づく人の往来があり、認め合う関係性が成り立つ事が安心できる社会だという。
例えば、自閉という診断を下された子どもが、私たちが想像する以外の行動をした時、「ちがう」ということで、線引きするのではなく、この子はどういう視点をもって何処を見て、どういう思考をし、どう物事を捉え、どう表現しているのか、・・・その事をじっくり子どもと向き合い関わる。
この子は「ちがう」からっていうことで大目に見たり、いいわいいわする訳でもなく、逆に犬のしつけのように叱咤して叱るのではない。
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どんな子にも駄目な理由をちゃんと伝え、同じように接する。それでも理解できなく、同じ事が繰り返される時も、続けて向き合い、ちゃんと伝える。
そしてその子の持つ個性をちゃんとその子に伝える。「〇〇がいいよ」って。
確かに違いを認める事って大変難しい事だし、人は自分とちがう事を「恐怖」する習性がある。
それは、今までの歴史の中で成り立たせてきた権力者が行った思想統制からくるもので、代々から伝わる悪しき習性である。
「世界で一つだけの花」で伝えられた事を、もうそろそろ実践していくべきである。
違いは個性であり、その個性があなたであり、そのあなたは、生まれてきた時に持ち合わせていた大事なものなんだとちゃんと伝える先生でなのある。
アゴラっていろんなすごい子がいるコミュニティー。
Agora子ども美術工場
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by polepole-yururin | 2013-02-11 22:42 | 子供たち | Comments(6)

学び

朝日新聞で「自民党はヤンキー政党」といった精神科医の斉藤環氏に興味を持ち斉藤氏の本とアメリカの負の歴史を今読みあさっている。
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「しのぶの里から」さんのブログに愛知テレビの報道画像が載せてあった。
見ていてしんどくなった。報道の改ざんとアメリカ、日本、世界の国と業界の方向性に未来が見えず、悲しくなった。
そこに出ていたコメンテーターの堤未果さんと、三橋貴明氏の本をチェックし、とりあえず堤さんの本を買って読んだ。
アメリカの実態が書かれてあった。
前から負の歴史を知るためにいろいろと本や情報を入れていたが、この堤さんの岩波ジュニア出版から出ている「社会の真実の見つけ方」には、アメリカの今を語っていて、たいへんきつい話が書かれてあった。
子ども向きとは思えないほど難しい話もある。
9.11の時、テロとの戦いといいつつ、何処にいるテロに向かい攻撃したのか・・・アルカイダといいつつほんとうにいたのか?敵は何処なんだ・・・その疑問をもちつつ戦場に行った若き兵士たち。
ブッシュからオバマに変わっても変わらない軍国アメリカ。
落ちこぼれゼロ政策に対しても、競争をあおり、マーケティングと結びつく教育と教育の格差。おちこぼれは、軍へ入隊し、報われなかった自分の存在意義を戦場で生かす。
ゲームがはびこる若者の日常では、戦争はゲームに近いバーチャルの世界だという。
アメリカは、第二次世界大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争とずっと戦争をしている。終わりなき戦争。
アメリカにとって誰が敵であるのか・・・敵は作られたものであり、戦争は軍事産業と化している。
人は幸せを求め生まれてきたのだと私は思っている。
地球が自然いっぱいで鳥や動物や植物が生き生きと存在し、そこに共存する人間がいる事が私の想像する幸せであり、人の望む未来だと自負してきた。
もののけ姫も、ジャングル大帝も日本昔話もいろんな本や映画でも人の幸せは、自然と笑顔いっぱいの人々の顔と緩やかな時間がそこに存在する事を最後に表現している。
が・・・今アメリカは、誰かの利益のために人間の存在は虫けらのように扱われている。
誰がどの権限を持って想像を超える事を起こすのだろう。
と・・・いいつつこれはアメリカの話だから・・・なんてのんきな事言ってらんないよ。
今自民党に変わり、尖閣諸島、竹島、北朝鮮、そしてアルジェリアのテロ問題で、日々自民党は愛国精神をメディアであおり、強き日本を!と強調している。
そして多額の予算を軍事、公共事業、道路にも投入した。その反面生活保護、教育に対しては予算を削った。
自衛隊の定員も増やした。
さて、この状況・・・これはアメリカに本当に似ている訳である。
アメリカは、愛国者法という法を9・11後ブッシュ大統領がつくった。
愛国精神を前に出して、戦争を肯定していく。
日本は憲法第9条で守られている国であるが、この法案を愛国心をあおり変えていく。
軍事強化と自衛隊を国防軍と変え、人数を増やす・・・
おいおい!自民党は誰の言いなりなんだ!?
誰のための政治なんだ?格差社会を助長し、競争をあおるこの今の日本に大人たちはなぜ異を唱えないんだ!
長男が言った。「僕が大人になるまでに徴兵制なんて出来ないでほしい」と。
長男は中学3年生。大変敏感な子だ。
幼稚園の時、イラク戦争の画像を見て、アメリカを強く批判した。
夏の原爆のドラマを見て、被曝シーンで「は〜は〜」と軽く過換気症状がでた。
彼の歴史の読み取りはすごい。権力の存在をちゃんと読みとり時代背景を感じ取れる。
そんな彼に「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」を中一の時に渡したら、途中まで読んで吐き気がしたと言った。f0215179_2222891.jpg
自然大好きの中学の息子がこの世の中を見て、感じる事。
夢なんてどうして見る事が出来る?
誰のための愛国心か?愛するがためになんで人を無惨に殺し、自然を破壊できようか〜。
納得できない大人たちの行動や思考に狂わされる子どもたち。
そんな子どもたちが、今まさに目の前で教育改正で競争をあおられ追われるように宿題をしているわけである。
今私が出来る事。それは疑問をちゃんと疑問とし、投げかける事。息子たちや周りにいる子どもたちの今を仕方ないからと社会のしくみに流されず、その子を尊重し、大事にする事。
そして一緒に本当を学ぶ事。
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by polepole-yururin | 2013-02-04 20:42 | 私のこと | Comments(4)