ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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昨日上の息子が関西への修学旅行を終え、帰ってきた。
4月の様々な行事も終わり、いつの間にかゴールデンウイークに突入。
我が家の庭もいつの間にか動き出していた。
バラもたくさんつぼみを付けている。連休明けが楽しみだ♩
今、この庭にいながらも福島の方々のことを考える。
昨日から六ヶ所村や福島の事をブログに記載していたが、ひょんな手違いで削除されてしまい、一息ついて庭の写真をアップした。
煮詰まった私の気持ちを解せと言われているようだ。
ただただ自分を無意識にして今日本の有り様をゴールデンウイークのはしゃぎの中に埋もれてはいけないと・・・
負を見つめると、明日がないと思えるが、これは安直に大丈夫と言って終わらせる問題でないと思う。
スピリチャルが一時流行った。今でもその意識でいる方はいるだろう。
私も医療からホリスティック医学に意識が行き、同時に心の病に閉じこもり、自分の行方を探すように霊性を知り、心の置き場、心の振り方を模索した。
確かに救われた。大丈夫という言葉に救われた。
すべては自分の思いの有り様と思えるようになり、自分の責任を持てるようになった。
が、今この社会に起きている問題に直面して、霊性という存在は本当に人を救っているのかさえ思えるようになった。
言霊という言葉がある。言葉に魂が宿り、意志を持つ。
だから言葉は大事に使いなさいという。
「大丈夫」魔法の言葉のように思う。
その言葉、例えば病気になって「だめ」と落ち込むより、「大丈夫」と意識をそらせばいいという。
確かに痛みや様々な症状は無意識にするとなくなる・・・何となく。
だから大丈夫って言葉はすごい!
でも今福島や原発近隣の町は、「大丈夫」という言葉で核の問題を無にしている事もあるのではないだろうか。
大丈夫、大丈夫と事の本質を無視して、明るさだけを見て生きてきた日本の戦後があった事を今、知る。
ものの本質を知る事は難しい。
宗教の存在もそう。歴史を辿れば、他力本願な発想が広がりを持たせる。
祈りは大事だと私も思う。
が、いいよいいよと見なければいけないものにも無意識にしてきた思いの繰り返しが、今の日本を作っている。
そして困ったときの神頼み・・・人間はかわらないのか?と誰かが言っている。
息子が昨日行った東大寺の大仏・・・
天皇さえも他力本願。
確かに人間は弱い、自分が選択したと思いようがない事に翻弄される事もある。
その時、「大丈夫」だと言ってほしいし、「大丈夫」と思いたい。
が、その思いに依存して周りが見えなくなっている事にも気づく。
その事の鍵は、自分の事だけに限局しないことだと何となく感じる。
日本は八百万の神を信じて生きてきた。
八百万の神は、自然である。その自然の循環が壊れている事。そしてこの自然界の中に人間だけが鎮座している光景は、神を罵倒し、罰当たりな事をしているのかもしれない。
だとすると、その大丈夫という言霊も、効く由もない。
信仰心の有り様は、自然の中に身を寄せている事で、時より神と対話する事であるのかもしれない。

我が家の庭には、今赤と白のトキワマンサクがきれい。
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今年いったん休息?していたハナミズキが3年目に咲いた。
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原種のチューリップが小さく咲いていた。
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紫のアジュガが去年よりも広がった。
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クレマチスもラベンダーも咲き出した。その横のわすれな草も可憐に風に揺れている。
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一重と八重のコデマリが今盛り!
こんなに愛らしい花があるなんて♩日陰でも生き生きと咲いてくれるコデマリ。
あなたは、大和撫子だね。
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玄関からの道には姫ウツギが満開。
白で花壇を埋め尽くす。その横には終わりを告げるクリスマスローズ。
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by polepole-yururin | 2012-04-28 08:50 | 花のこと | Comments(8)

優しさの中で

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日曜日、アゴラに通っている中一のMちゃんにクローバーの花束をもらった。
外に出てみると、Mちゃんがタンポポ、四葉のクローバー、シロツメグサを摘んでいた。
春の夕暮れ、ちょっぴり暖かくなった空気に里山は包まれていて、たいへん心地よかった。
「Mちゃん!」って声をかけると、「はい!これあげる。」と花束をくれた。
「いいの?今摘んだところだろうに〜」って言ったら、「いいんだよ、これあげる♩」てそのクローバーの花束をもらった。
そしてタンポポの笛を吹いて、タンポポの群生している場所に案内された。
「面白いでしょう♩」ってMちゃんは、秘密基地にでもつれてきたような自慢げな顔をしている。
「そうね〜♩」って私も笑い返した。
「タンポポの笛も面白いけれど、この間アゴラの先生に教えてもらった草笛がすごいんだよ!」ってMちゃんを見た。そして吹いてみた。
ピー〜〜♩って鳥の鳴き声のような草笛の音。f0215179_10483040.jpg
Mちゃんは目をまん丸くして、喜んだ。
そして二人で笛を吹いて夕方の里山を散策した。
この感覚は何だろう、不思議に優しく、不思議に懐かしく、不思議に心地いい。そして不思議だけれど、泣けてきた。
最近私もアゴラに行き来するようになって、アゴラの子どもたちと関わるようになって、子どもたちもそれなりに私にコミニケーションをとってくる。
その対話がいいんだ。近所で話す子どもたちとの会話にはない、優しさがあると思うの。
相手を互いに尊重し合う関係で大人も子どもも同じ。
子どものときに感じたやさしさとはこんなことを言うんだと。
Mちゃんのお迎えに来たMちゃんのお母さんが、アゴラの先生に話したそうだ。
「もう、女川には行かれないんですか?今もうテレビや新聞ではあちらの情報は流れませんから、どうされているのか?情報を得ようにも得られないです・・・先生またあちらに行かれる事があれば、これを少しですが、・・・。」と寄付してくださったそうだ。
Mちゃんのご両親は、我々が去年被災地に行く時も何度と寄付をしてくださり、我々が女川の報告をしたり、展示会をやるといつも見に来てくださる。
女川の先生方の話を資料展から感じていらっしゃるようで、涙して帰られる。
家でもMちゃんちは、被災地の事や原発の事をご両親が話題に出されるそうで、Mちゃん姉妹はちゃん子どもなりに、今の出来事を感じ取っている。
Mちゃんは、将来保母さんになりたいという。
「保母さんになったら、このアゴラの里山に来て、お弁当食べてね!その頃には、Mちゃんが植えたドングリやシイが大きくなってるかもね。そしてこの間植えた桜の木が大きく花を咲かせている事でしょうから♩」と私が言ったら、Mちゃんは、「すごいね♩」って一瞬のうちに桜満開のアゴラを想像したようだった。
Mちゃんは、アゴラの先生が大好きだ。
いつもギャーギャー先生に絡んでいるけれど、学校では、いつも尖っているんだという。
本当の自分を出せずにいる学校生活。
そんな感じの子どもたちはいっぱいいるはずだ。
その思いをちゃんと知っている先生に寄り添う子どもたちがいる。
でもそんな先生の事を知る大人は少ない・・・
少しでも先生の事を知ってもらおうと、「里と湖のポレポレ時間〜」というブログを書き始めた。
それは、子どもたちの事を35年間見続けてきた先生が、本当に無心に弱き子どもを守ってきたことが親や世間に分てもらっていないのかもしれないと思ったから。
今の社会は本当に強烈に変な方向に行っている。踏ん張っても仕方ないと思えてしまう。
でも先生みたいな人がその綱をつかんで踏ん張っている一人かもしれない。
先生が関わった子どもたちの様子や先生の被災地での関わりをそばで見てきた私は、先生が提案したKAMEの翼を応援したいと思った訳だ。
MちゃんやL君、K君、いろんな子どもさんが自分の存在価値をここでは感じ取れる場所だ。
大人である私が、支えていると思っていた子どもたちに優しく包まれた瞬間がここにはある。
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KAMEの翼プロジェクトにご協力お願いします!
詳しくは、アゴラ子ども美術工場 
電話0537−27−1428

カメの翼プロジェクト
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by polepole-yururin | 2012-04-24 09:39 | 子供たち | Comments(4)
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ずっと原発関連の本を読んでいます。
鎌中ひとみさんの内部被曝の本から「六ヶ所村ラプソディ」を読み、同時に朝日新聞のプロメテウスの罠の記事から菊川麗子さんを知り、「六ヶ所村ふるさとを吹く風」を読みました。
鎌田慧さんの「原発列島・・・」でも六ヶ所村の事は書かれていましたが・・・日本中の原発から出る核廃棄物をこの村に保管んされているのだから、この事を抜きにしては語れません。
プロメテウスの罠でもあるように、青森県への核廃棄物処分場の建設は、青森県知事の暴走と戦後日本が安直に高度経済成長へ邁進した国策の過ちの成れの果てです。
その国策を進めるにあたり、お金という魔物が貧しい過疎の村の人々の心に忍び寄り、はびこっていったのです。
核燃料サイクルを作る事で、あたかも核の問題は解決しているかのように国は見せかけていますが、この核燃料サイクルは、幻であり、その構想は、今フクシマの原発事故の何倍もの猛毒となってあり続ける事となるそうです。六ヶ所村の選挙は、お金で選挙権を得るというこのやり方は、普通なら選挙法違反となりうるでしょうが、国も容認し、県、市、国、村、町・・すべてに汚染している訳だそうです。
一生懸命がんばっていた菊川さんの運動もむなしく、核は六ヶ所村に運び込まれてしまいました。
いま、菊川さんは、フクシマの事をどう感じているでしょうか。
そんなことを考えながら、私たちができる事は何だろうと思案しています.

今私は、KAMEの翼プロジェクトに参加しています。
ここでは、創造する若者や子どもたちを支える活動をしています。
3月18日、KAMEの翼プロジェクトでは、フリージャーナリストの渡辺幸重さんを迎えて講演会「私たちはフクシマ後をどう生きるか」を開きました。アゴラ子ども美術工場近隣の人たちが一緒にフクシマのことを知り、思考しました。帰宅されるとき、皆豊かさはお金ではなく、エネルギー使い放題の生活ではなく、安全に暮らせることであり、命が一番である事を感じたはずです。
4月15日御前崎市長選で、推進派の石原氏が当選しました。一時は浜岡原発が立地する御前崎市への補助金配布が滞っていました。が、4月17日早々に国から補助金が静岡県に入ったとNHKのニュースでありました。大飯原発の国の安全宣言・・・
国はフクシマの事をどう考えているのか?フクシマの事から何も学んでいないのか?・・・疑問は膨れ上がるばかりです。
菊川さんも本文で言っていますが、この核の問題は、これから成長していく子どもたちへ大きく影響を及ぼす話です。
私はこの年になるまで原発問題に対して無頓着でした。子どもの時授業で習ったり、大人に教えてもらった事は原爆に対してはありましたが、原発に対しては、無に等しかったと思います。今フクシマの事は、戦後広島、長崎の原爆や第五福竜丸の被曝問題があったにもかかわらず、平和利用として同じ核を使う原発を容認し、学ばなかった日本の罪だと思います。そのような事をこの年になって改めて思考する事になったのはどうしてか?・・・その事を思いますとこれは教育の誤りに至ります。
子どものとき怖いという感覚を大事にし、どう生きるかを大人が子どもの前で語っていれば、子どもはそれなりにものの見方、生き方、そして核の問題に対しても思考できたはずだと思います。
今日本は資本の原理に基づいて、利潤を生む事を大事にしています。そしてその原理に基づいておとなたちは生きてきました。
原発は産業となり、危ないという概念を超え、人権を無視し利権と結びついています。
その考えをもう一度見なおす時が来ていると思います。
学ばなかった大人が、ちゃんと思考し、今を知り、生きる事。そしてその大人が子どもたちを支える。本来の人間としての優しさの循環する社会が小さくても存在すればいいのではないか。
そこで私たちは、微力ながらもこれからの社会に生きていく子どもたちを支えるプロジェクトを提案しました。これがKAMEの翼プロジェクトです。
2010年KAMEの翼が発起した当時は、創造する若者、子どもたちに対してサポートしていく構想をしていましたが、2011年震災が起こり、私たちは、震災、原発へと子どもたちを取り巻く社会の問題点を広げて活動しました。
ちゃんと思考する大人が子どもたちの巣立ちを見守りながら支える新しい社会の仕組み。利害と結びつかないフラットな社会。この日本にそんな優しい大人が点在するネットワークがあればどうでしょうか?里山にあるアゴラを拠点にしてちゃんと生きる事を思考し、話し合える場とその場で子どもたちは育っていく。
このプロジェクトに一人でも多くの方にご賛同いただける事を願っています。
未来の子どもたちに私たちの意思を伝え守りましょう。
どうぞこのKAMEの翼プロジェクトにサポーターとしてご協力お願いします。
私は菊川さんのような活動は大事だと思いますが、この核の問題は、一カ所が働きかけるだけでなく、思いを同じくする者が日本中に点在し、ネットワークをもつことが大事ではないかと思います。
私たちは、反核運動のようにデモを起こしたりする団体ではありません。しかし私たちは、当たり前のように核の話ができることを大事とします。優しい緩やかな小さな波が少しずつ大きな波へと成長していくように意識がつながっていければ・・と思っています。
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KAMEの翼プロジェクトは掛川市のアゴラ子ども美術工場主宰の渋垂氏が発起人としてその考えに賛同した大人一人一人が参加し運営している小さな非営利団体です。活動資金は、サポーター料と私たち個人の資金で成り立っております。(私たちチームメンバーはサポーターでもあります)
まだまだ団体としては小さく、活動理念はちゃんと持って行動しておりますが、資金の面で皆様のご協力を必要としております。理念、趣旨にご賛同いただき、今後の運営を続けていくための資金サポートを是非ともご協力お願いします。またお知り合いの方にお伝えしてください。
詳しくは、下記の連絡先に連絡ください。

静岡県掛川市千羽1679  電話:0537−27−1428
e-mail kamenotsubasa@gmail.com


活動内容はKAMEの翼プロジェクトの公式ブログを見てください。
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by polepole-yururin | 2012-04-20 21:52 | 原発 | Comments(8)

どう生きるか?

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ここは滋賀県の琵琶湖の北、湖北地方というところである。
ちょうど今話題になっている福井県の大飯原発から30〜50キロ圏に位置する。
フクシマでいえば、南相馬市ぐらいだろうか・・・
冬には鴨がやってきて、琵琶湖にプカプカ浮いている光景はいとよろし〜♩
この日は4月で、琵琶湖の近くの蓮の花畑には葦だけがあって、そこに水鳥が優雅に泳いでいた。
私は若いときから琵琶湖が好きで、時折北の風景を見に帰ってきた。
かわらない風景に安堵して、また自宅に帰るのだった。
私の大事な大事な場所である。
テレビで大飯町の方が大飯原発稼働を求めていた。フジテレビ・・・
喫茶店をやっている人、旅館を営む人、タクシーの運転手。
その人たちは、原発労働者が来てくれているから店が成り立つという。今は停止しているから客が来ない。弱っているよ、商売できない、生きていられないよ・・・と。
息子・孫が原発で働いているおじいさんは、仕事を奪われたらここをあいつらは出て行くからな〜と、ぼやいていた。若いママも子供の事は心配だけど淋しい町になっては困るという。
原発稼働反対を言う人は、一人・・・畑をしているばあちゃんだった。
野菜作っている私は、放射能が怖いよ・・・原発は怖いよと。
このようなマスコミの情報の出し方が、おかしい。
原発稼働を反対している団体は、他にちゃんといるのに・・・原発停止でその日暮らしもままならない人をまとめて放送している事に違和感を持つ。
もっと平等な情報提供をするべきだ。
要するにテレビは情報の正しき発信場所ではなく、特に民間放送は企業であるので、どこと癒着しているとも限らない。テレビじたいが正当性を持たないものだと最近になってつくづく思う。
ま、その事はさておき、御前崎市の市長選も原発推進している石原氏が当選し、御前崎市も大飯原発の近隣の住民と同じような事を訴えている住民がいる訳である。
原発は怖いものであると知っていて稼働しないと困るという思想はどうしてわくのだろうか?
国の土木事業、産業の行く末に翻弄される人々の様子が見えてくる。
商売が成り立たない・・・とはどういう事か・・・
私の祖父は昔農業を営んでいた。
牛で耕作し、毎日朝から晩まで一生懸命働いた。そのとき祖母は本当に太る事を知らなかったと言っていた。
あるとき、この町に大きな工場ができるという話があがった。
祖父はその話に飛びつき、たくさんあった田んぼを安値で売った。祖父は正直な人で、値の交渉ができず、最安値で売ってしまっていたそうだと祖父が亡くなってから祖母に聞いた。
その売ったお金で食堂を作った。そしていつの間にかそこに国道が走った。
工場と国道。ドライブインと名前を変更した。
工場に荷物を運ぶ人の往来、高度経済成長とともに観光のバスも来た。
祖父も祖母も母も寝る間も惜しんで働いた。
私の中学の時に高速道路が開通した。
その道が出きると、観光客は来なくなった。工場の経営状態も変わり、工場の従業員も少なくなった。
祖父が死んでから叔父がその店を継ぎ、いろんなことがありながらも細々店をやっている。
そんな状況を幼いころからみてきた私。
祖母や母、叔父たちは、客の足が途絶える中、ぼやいている光景は見るものの、工場に何か言いにいく訳ではなく、町長に何か言いにいく訳ではなく、仕方ない、これが時流だと思ってか、自分たちが選択した生活、職を全うしている。
親戚の人たちもそうで、工場に働きにきている人のための旅館をしていたし、その工場の衰退とともに客足は遠のいたけれど、その事だって仕方ないと思い次の世代が違うやり方を選択したり、職業を変えたりしている。
この工場と原発の違いは何か・・・
同じじゃないか。
しかし原発は、優遇されすぎているためにそこに住む人々が自分の生活を自分で責任を取る方法を忘れてしまっているのだろうか?
誰かがやってくれる、市長、国、原発・・。自分たちが選択した原発産業が今何を起こしているのか、見えないのか?
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私の母は、誰かに頼らない。コネなんぞないというし、使うすべを知らない。
収入は少なくとも、ただただ目の前の生活を自分の責任で生きている。
必要以上の待遇を得ると、人は依存し、自分を失うのかもしれない。
そのことをちゃんと国や力ある者は知っている。
そのやり方が原発に依存する国の体制を作っているのだろう。
麻薬と同じである。使ってしまったらはなせない・・・
毒は知らず知らずに蝕んでいる・・・
多額のお金が入ることで自分を見失う。
その生き方が、利己的になり視野を狭めてしまっている。
今本当に目を覚まさないと恐竜が耐えたように人間もどうなるかわからないよ・・・そうトカゲが言っているように。
琵琶湖は400〜600万年の歴史を持つ。
時をずっとみてきた琵琶湖が、今の人間の選択をどう思っているのだろう。
大飯原発の住民の選択は、この琵琶湖の行く末も左右する。
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by polepole-yururin | 2012-04-18 09:38 | 原発 | Comments(12)

子供を守ること

昨日は、アゴラにお手伝いに行っていた。
子供たちは里の風景に解け合い、山を駆け上がり、はしゃいでる。
「あ!四葉のクローバー見っけ!」数人の子供たちがクローバーの草原の中をかき分ける。
「あ!てんとう虫も見つけたよ!」「わ〜!動いてる。」「あ〜かえる。小さいね♩」
里に子供たちの声が轟き、うぐいすもその声に反応していた。
素朴な子供の風景はいつまでもここにあるということは幻想か・・・
この子供たちのように子供らしく自然と戯れることを今誰かが奪おうとしているということに気づきませんか?
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今日は朝から憂鬱。
一つは浜岡原発の立地する御前崎市の市長選が原発推進の石原氏が当選したこと。
もう一つは、福井の大飯原発の再稼働を国がGO!したこと。
今福島の現状を知っても国のやり方やその町の行方を左右する首長を決めることの意味が、安全を重視せず、生産性や利潤のため?なのか・・・学ばれていない答えがここにある。
ため息が出る。
NHKの朝の番組で「除染」の話をしていた。
除染で子供たちを守る。
福島の子供たちは、今野外で遊ばれず、運動不足が懸念されるという。
そのためには徹底した除染という。
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が今除染された土を保管する場所がないという。
ある地域では個人が除染し庭からでた汚染土は、自分ちの庭に穴を堀り保管している。・・でもその土を行政が持っていってくれるかは未定。
福島市は住宅密集地であり、除染した土を自宅の庭に保管することすらままならない。
隣近所の方が他の家から出た汚染土をみながら生活すること事態が、ストレスだ。
どうしようもない問題がある。
ある住職さんがお寺の広大な土地に地元の住民の汚染土の保管する場所を提供しているという。
ありがたい話である。そういって市は、そこを視察し、この場所を市の汚染土の保管場所に使わしてほしいという。
住職さんは、誰かが始めないとどうしようもないと言っていた。
住職さんのやられていることは、ちゃんとしているけれど、この善意が善意だけで終わらず、汚いものの引き受け場所にならざるを得ない状態になり、デットスペースとなり忘れ去られないことを願う。
国は、双葉町に中間貯蔵施設をつくり、最終処分場を福島県外に・・・と構想しているというが・・・双葉町もその意見を受け入れしていないし、最終処分場をどこに持っていくのか?
またお金を積んで、どこかの過疎の村の地中奥底に隠そうとするのか・・・
自分たちが大丈夫なら汚いものはどこにいってもいいという利己的な思考が、この原発の問題点をいい加減なものとする。
除染の土はこれからも増える。・・・福島第一原子力発電所の事故は収束したというも、未だに海やその原発の近隣では汚染があるのであるから除染は続く。
それに汚染物は、原発が稼働されれば、どんどん生み出されることとなる。
その繰り返しをずっと、原発稼働されてから日本は生み続けているんだと言うことだ。
最終処分場は、どこにあるか?・・青森県の六ヶ所村にあるんだよ。
北の先端なら関係ないと思っていないか?
それにその問題点をお金で誘致する・・・日本の真ん中の岐阜県には、中間貯蔵施設か最終処分場かができようとしている。すでにボーリング1000メートルが掘られている。
その穴は何のための穴か・・・
福島のことは、底辺で動いてきた日本の原発の歪んだ問題を表に出しているんだと思うんだ。
福島の方が今日々どうしていいのかわからない苦しみを、自分の目の前において思考したとき、今自分は何を選択すべきかとちゃんとした大人ならわかるだろう。
当たり前にある風景は、今ほおっておいては維持できない。
今国や行政、そして選挙運動もそう、大人がOKを出していることで、日本はどちらに向いて動いているのか・・・
戦国時代、江戸時代、そういう時代の親方ならまだ取り返しのつくこともあるかもしれないが、今のこの国は親方様に容認していていいはずがない。
科学の進歩は、取り返しのつかない方向に急速に動かしている訳で、その負を見ずして行政に任せている個人の生き方は、子供たちの先行きを奪っていることである。
子供を守ることとは、ここに安全な場所があることであり、日本が安全であることであり、日本に豊かな自然があることである。
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by polepole-yururin | 2012-04-16 09:03 | 原発 | Comments(10)

まず私ができること

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この間女川の先生から便りが届いた。
花のお礼と今年の春は穏やかに過ごしていると〜。
ちょっと安堵し、また被災地・女川に行こうと思う。
去年4月初めて被災地・女川に行った。
そしてそれからずっと女川のことを思った。
仮設住宅完了した頃からか、少しずつ福島の情報が入ってきた。
放射能漏れの影響・・・風評被害。
その頃から、より福島を意識し始めた。
そしてテレビからの情報で原発のことを詳しく知り始める。
NHKの特番で福島第一原子力発電所の歴史、核の歴史を知る。
キュリー夫妻がウランから放射線を発見し、そこに莫大なエネルギーが生み出されていることに気づく。科学の進歩と称し、原子を細かくできることに気づき、化学変化を起こすことであらゆる物質を作り出せることを発見する。そして同時に産業革命へと変換する。
産業革命・・・富、豊を、人間は急速に追い求めた。
そして科学の進歩は、人間を神以上の存在にさせていく。
元々あった武力で富を得る方法をとっていた国々は、科学を武力に応用させる。
キュリー夫人が純粋に見つけた放射能を爆弾として使った。
ドイツのナチス、ソ連、アメリカ・・・放射能エネルギーを武力に使えるとし、やれ先にと科学者は政治に利用される。
1945年7月16日、アメリカで世界で最初の核実験が施行された。これがマンハッタン計画である。
その事実を知らずに、キュリー夫人は白血病で若くして亡くなっていた。
プルトニウムを発見したキュリー夫人の娘は、孫に「おばあちゃんは、この事実を知らずに亡くなってよかった」と言ったそうだ。
そして1945年8月6日広島に、そして8月9日長崎に核爆弾は落とされた。
そんな恐ろしことがあったのに、核は「平和利用」としてまた日本にやってきた。
エネルギーとして使う原子力発電。
この構想は、アメリカからだ。その提案を受け入れたのが当時科学庁長官の中曽根康広氏だ。(そのことは私のブログ2011年10月「原発問題(1)」に記載してあるので参照してください。)
1967年福島第一原子力発電所は作られた。
そして2011年3月12日福島第一原子力発電所の事故が起こった。
放射能のことを一番よく知っているのは、被爆国日本だと思っていたのに、どうしてこんなにも情報がいい加減で、放射能の知識が浸透していないのか?広島、長崎はどうだったのか?
わたしはそのことをまず知ろうと思った。
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まず最初に大江健三郎氏の「広島ノート」を読み始めた。(私のブログ2012年2月「オオイヌノフグリの記憶」参照)
ここには、被爆者が長年ないがしろにされてきた現状や悲しみ、苦しみが大江さんの言葉で綴られていた。そこに語られた重藤医師のこと。そして同時に同じくして被爆者の診療に携わってきた肥田舜太郎医師のこと。長崎で被爆された作家の林京子さんのこと。現在福島で被災者の方と一緒にがんばっておられる玄侑さんのこと。
知れば知るほど、政府のやっていることに違和感を覚える。
内部被爆の問題は明らかにされていない。
私が知っていた原爆は、爆弾による悲劇であり、見た目の恐ろしさであったことに気づく。
しかし広島、長崎の人々は、内部被爆の影響を受けつつもその苦しみを暴露する場がなく、無視された。
日本は戦後凄まじい復興を遂げたというが、私が子供頃習った公害問題もそうだし、この原発についてもそうで、強引なまでの国や企業のやり方が見えてくる。
イタイイタイ病、水俣病、ぜんそく、そしてぶらぶら病(原爆被害の症状)・・・人間があえて実験材料となってしまった。
そしてそのことを企業は受け入れず、被害者たちの運動によって国や企業に非を認めさせた。
ことを動かすのは、国ではなく、企業でもなく、怖さを知った一人一人の個の人間である。
広島から平和を訴えたのは、被爆者で白血病で亡くなった女子であった。
非を訴えるのはいつも弱き被害者であり、人間らしい生き方を訴えるのもそうである。
今福島を思うならば、過去の大事なものを知ることだとつくづく思う。
力で隠されてきた悲しき人たちの思いを知れば、今福島はどうすべきかが見えてくるかもしれない。
広島、長崎、第五福竜丸を経験し、チェルノブイリを知り、福島が今ある。
そして今日本には、福島と同じような現状を持ち合わせる危険をはらんでいる場所が点在うしていることを知る。
あまりにも無知であった自分を反省しつつ、これからの自分の生き方を意識する。
そして今、原発について知り始める。
過疎と共存するお金と原発の関係。
今こそ私たちひとりひとり自立する時かもしれない。
鎌田慧著書↓
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ps:林京子さんの「長い時間をかけた人間の経験」(講談社文芸文庫)は、フクシマをきっかけに国家の原発政策を大転換したドイツの出版社が、翻訳出版することになったそうです。是非今このブログであげた本を読んでみてください。
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by polepole-yururin | 2012-04-13 12:53 | 原発 | Comments(6)

かけがえのない町

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桜の季節。
ここ静岡は今桜が満開である。
ふとアゴラこども美術工場の奥に足を運んでみた。
アゴラ子供美術工場がある掛川市は駅からちょっと車を走らせるだけで山がある。
自然豊かな土地である。
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そしていつもアゴラにヨーグルトを届けてきてくださるジャージー牛乳屋さんちに寄ってみた。
ジャージー牛乳屋さんちは結構遠く、掛川市って結構奥ばっているんだな〜て思った。
その道のりを牛乳やヨーグルトを配達しに里までおりてきているんだな〜。
ジャージー牛乳屋さんは大学で農業・畜産を学び、そのノウハウを生かし生活している。
自然と親しむ生き方がここにある。
ちょっと前に原発事故の話をアゴラの先生としたそうだ。
牛乳屋さんは、福島にも友人がいて農業・畜産を生活として営んでいる友人たちが、大きな打撃をこうているという。
その話を思い出しながら、ジャージー牛乳屋さんちを訪ねてみた。
牛乳屋さんは、喜んで出迎えてくださったが、ちょうどヨーグルトを瓶につめている作業をしていらっしゃるようで、手が離せない様子だった。
「ここまで来てくださったのなら、桜の小学校に行ってみてください。」と教えてくださった。
早々にその桜の小学校を探してみた。
あったあった!小さな小学校がありました。
でもここはもう廃校となっていた。
今は地元の方が桜咲く学校として保存されているようだった。
運動場には何本もの大きな桜が咲きほこり、空を覆っていた。
その桜の傘の下で、おばちゃんや乳飲み子をベビーカーにのせて花見をしている方が数人いた。
しーんと静まり返った小学校に今は子供はいない・・・寂しさを覆うように桜が咲いていた。
平成18年卒業生寄贈と書いてある石碑があった。
ちょっと前までは、ここに子供たちが通っていたんだ。
過疎の村がここにもある。
このような村や町がいつのまにかなくなりつつあることを感じつつ、この桜を見上げた。
今、福島の事故後、原発・核についていろいろ本などを読みあさっている。
原発は福島にあるだけではなく、54基の原発が各地にある。
その原発は、こんなのどかな過疎の町に点在している。
一生懸命先祖が残してくれた土地を守り、農業、漁業、林業という第一産業で生きてきた人たち。
大きな欲は望まず、細々と生活を営んでいた。
そこに巨大産業がやってきた・・・原発だ。
人々は最初は反対したが、そのうち国や電力会社、その利権を利用している人に蝕まれていく。
こんなに苦労しなくても、もっと生活は楽になる。原発ができればこの町に人が来る。電気も安く使える。お金が入ることで幸せになる。
そのうち村長、町長、市長、県知事・・・・この土地に関わる権力者が我が物顔で土地を売り払う。
土地の人々は、富を間違え、お金と引き換えに自分を売ってしまった。
この原泉小学校は浜岡原発から30キロ圏内に位置する。
今御前崎市の市長選が行われている。
元市長は、今の国のように、安全宣言を重視し、地元の人の声を尊重して判断するとしている。まだ原発推進である。地元の御前崎市の住民も未だに、原発の従業員で成り立つ商店、民宿が潤わないのは困ると言っている。
その日暮らしの人は困っているというが、その生き方の選択があまりにも利己的で、目先だけの判断に思えてならない。
今問題にあがっている大飯原発もそう。
地元とは、もう大飯町の話ではないし、御前崎も御前崎市だけの問題ではない。
そしてそこから離れた町の住民も他人事ではない。
放射能は拡散する。
だから地元は日本国すべてが地元なのである。
日本は四季の唯一ある国だと、世界から注目されているのに、その美しき日本を手放していることに今気付く。
過疎の町は忘れ去られた町であり、どうなってもいい町ではない。
みんなが忘れ去られてしまったところに行政や企業が危険物を隠している。
地元を思おう。
大事なかけがえのない私たちの町が今、とんでもないことになっている。
自分の知り得る地元のことをまず知ってみよう!
大飯原発は強いては自分の地元のことでもあるのだと・・・。
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by polepole-yururin | 2012-04-10 08:12 | 原発 | Comments(10)

福島を思い〜

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喪が明けて、実家に帰ることにした。
息子たちも連れての帰郷。
まだまだ滋賀は寒く、桜のつぼみは固い。
春を持ちわびる湖北の風景を感じようと、車を北に走らせる。
余呉町にあるレジャー施設を訪れた。
誰もいない・・・いるのはお年寄りだけ。ゲートボールをやっていた。
アスレチック、キャンプ場、スキー場、テニスコート、木工の小屋・・・自然に親しめる場所を林業で生計を立てていた余呉町に人が来るだろうと18年ほど前に作られた。
が・・・状態はこのとおり・・・我が家の独占状態。
子供たちは誰もいない広場で思いっきり遊んだ。
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数年前、この余呉町に核廃棄物処理場にと、町長が手を挙げていた。
この事実を知ったのは、福島の原発事故が起こってからで、私がもう実家から離れていた頃だった。
恐ろしくなった。
この余呉は翻弄されている町だ。
ダム建設で奥の村の人たちは立ち退いた。
しかしダムは今の知事になってからストップされた。
核廃棄物処理場の問題もこの知事になってから白紙に戻った。
上に立つものでこうも違うのである。
町長は過疎の村に潤いを与えるためだと言う政策を立て、村人の土地を奪い、恐ろしいものを受け入れようとしたわけで・・・このことは以前のブログにも記載したけれど、ほんとうに人権を無視し、利権と結びつく政治である。(私のブログ2011年6月「過疎の田舎の危険」参照)
昨日の国会では、共産党や社会党が大飯原発の再稼動阻止の意見を申し出ていた。
特に社会党は、枝野氏に食い入っていた。「地元とはどこを指すのか!」と。
民主党は、大飯原発の再稼動を安全委員の報告を重視し、それと地元の意見を尊重して進めていきたいとしているが、その地元とは大飯原発近隣のことを言っていた。
それに対し、滋賀県知事と京都府知事は、関西電力に対し、近隣の県である京都、滋賀に対しても情報提供をするように求め、再稼動阻止を訴える。
そのことを社会党は、はなし、地元とは滋賀も京都も地元であると強く訴えた。
枝野氏はその地元という発言に対し、滋賀も京都も地元だとは言わなかったが、社会党は影響を与えられる場所はつまり地元であるといえるのですね!と地元の範囲を広めることを強調させた。
滋賀のニュースでも滋賀県知事は、福島の状況を知りつつも再稼動する立案に不信感を抱いているとし、大飯原発再稼動についても阻止していた。
余呉の核廃棄物処理場案を白紙にしたように、今回の原発再稼動についても断固阻止して日本から核をなくすことにことは動いていってほしいと願う。
この余呉に今核廃棄物処理場があったなら、お年寄りはここでゲートボールをしているだろうか?またここに子供たちは住み着いているだろうか?
今のびのびと優雅に外で春を感じられるのも、ここに何もないからだ。
豊かとはお金では買えない、人間が簡単に作れるものではない貴重な自然がいつまでも変わらずにここに存在することである。
この風景を見ながら福島を思う。
福島の人たちは、外に安易に出れないし、春の恵みを感じる余裕をもてないでいる。
よく似た自然に囲まれながら、その自然が見えない放射能で汚染されれいることで、その自然は人間には危ない危険なものとなってしまう。
森も山も河も草も空気もこんなにここは澄んでいるのに、東北の同じような過疎の町は悲しい現実を帯びていると思うといたたまれない。
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そんなことを思いながらまたこちらに戻ってきた。
ここはアゴラ子供美術工場の裏山。
あれあれ~かわいい花がいつの間にか咲いていた。
ピンクのかわいい花は、ネクタリンという果実の花だ。
その横には、白い小さな花がいっぱい咲いている。これはプラム。
こんなにかわいい花が咲くなんてね!果実もうれしいし花もかわいいし♪
そういえば、去年被災地・女川に行くとき、高速道路沿いの福島の景色をずっと眺めてた。
桃源郷といっていいような大変美しい景色が続いていた。
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小さな白い花を咲かせている場所やピンクの花を咲かせている場所。
段々畑のような感じ。ところどころやわらかい色のグランデーションの層ができていた。
果物の産地福島・・・
「先生、ここにもっといっぱい果物を植えよう!福島の方が懐かしく思えるような場所・・・桃源郷とまでは行かずともやさしい自然の場所をつくろう♪」って。
今アゴラ美術工場では、山の再生を行っている。荒れた山をもう一度どんぐりの山に戻そう!っていうどんぐり大作戦!
広島や長崎を知っている日本がなぜ54基の原発を所有し、今も核を廃止できない理由・・・
それは間違った教育に他ならないと・・・
科学で得る豊かさがすべてあるように邁進してきた日本のひずみ・・・
だから子供たちへ教えよう!循環する自然の大切さと人間の優しさと感覚を~。
本当の豊かさはお金ではないことを~。
もうひとつのブログ「里と湖のポレポレ時間~」に詳しく載っています。
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by polepole-yururin | 2012-04-04 19:15 | 私のこと | Comments(6)