ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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あれから16年

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今日の朝日新聞の記事
生活 「患者を生きる」 感染症 HIV [1]
急に体がしんどくなり、タバコの吸いすぎかもしれない・・・
でも体力は落ちる・・・咳が出始めた・・・
妻から受診をすすめられて東京駒込病院に受診する・・・
エイズだった。
妻には、「肺炎」と伝えているという。
このHIVの記事は、5回の連載だ。
この記事・・・16年前これと同じケースを研修した病院で、聞いた。
16年前、阪神淡路大震災があった。
その半年後、医療界では、エイズの患者さんが急激に増えていることで、エイズの患者さんへの看護も分からないので、エイズの患者さんへのアプローチを学ぶべく、(県の統一した看護マニュアルが必要となり)エイズ治療の最先端の医療をしているという病院への研修の話があがった。
ちょうど私が神戸・被災地に派遣された時に同県の健康対策課の医師と出会った。
その先生から話をいただいて、私ともうひとり同じ大学病院の副婦長と東京へエイズ研修に行くことになった。
あの当時、ちょうど南野陽子が主演の「私を抱いて、そしてキスして」というエイズの話の映画があった。
未知の病気だったあの頃。
入院患者さんは、ゲイがほとんどだった。
私は、ある20代の男の子を担当し、研修した。
もうその子は発病していて、症状は、免疫低下で起きる症状・・・ヘルペス、口内炎、風邪、・・・その子は「エイズ脳症」を怖がっていた。
「エイズ脳症」はいわゆる痴呆症状で、だんだん記憶が消えていく・・・そのことに怖がっていたな・・・あの子。
研修は3週間だった。
その間、ずっとエイズの患者さんと関わった。
あるとき、救急患者が運ばれてきて・・・その人は、道端に倒れていたのを見つけられて運ばれて・・・ありとあらゆる検査をしても原因は分からず・・最終的にHIV(+)で原因が分かった。
病室では、いきなりムンテラが始まった。
8年前にさかのぼり、その人の気になる行為を聞いた。
アジアでの旅行で・・・確かに見覚えがあった・・・あの時のあのことが、今になって症状として現れた・・・
奥さんは知らない・・・次の日奥さんに旦那様の病名が告げられ、奥さんもHIVの検査をすすめられた。
二三日奥さんは、病院には来なかった。
外来では、普通に若い男の子が、今日の新聞記事のように、体がだるいと言って感染症外来を受診していた。
そして検査結果で、HIV(+)と伝えられていた。
その若い子は、女の子を買ういう行為をしたわけでなく、たまたま付き合った普通の女の子との性交での感染だった。
そんな患者さんが毎日何人もやってきた。
16年前、私は新聞記事と同じような患者さんと出会った・・・
そのことを踏まえ、レポートし、看護マニュアルを作成したが・・・
その研修から1年後、看護職を退いた。
薬の開発で、死ぬ病気から、発病を遅らせ、ウイルスに感染してもそのままの生活を維持できるようになった。
しかし16年たってもまだエイズは隠された疾患だということをこの記事で感じる。
感染は何処まで広がっているんだろう。
私が若かった頃の話が、いまや息子達が経験する時代へと移り行く。f0215179_22365715.jpg
16年前にいろいろと考えたことが、看護職を退くと遠い話となり、その後すぐに結婚した私にはエイズは無縁の話になった。
しかし感染は、無くなっていない・・・広がっている。
知らないまま、知らず知らずに性交渉で感染した・・・そんな話が隠れたところではある。
これからの息子達へ、私の経験を伝える時期が来たんだとつくづく感じた。
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by polepole-yururin | 2011-11-29 21:04 | 私のこと | Comments(9)

カーネーション

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10月からNHK朝ドラで「カーネーション」が放送されている。
軽快な関西弁に興奮し、面白おかしく見ている。
特に幼少期の女の子がたいへん上手に演技していて、あーいう子、絶対関西にいるいる♪って感じ。
一週間で大人になってしまった・・・ちょっと残念。
でも今の糸子役の方もたいへん軽快な演技を見せてくれて、朝の8時が楽しみなんです♪
それにゆっくりとした時間の流れと物がない頃の風景が、とてもいい。
私は、今の電化製品、デジタルガンガンの社会がしんどい。
すべてが整いすぎた、どれも同じ風景の今の日本とは違った、情緒というものがまだまだ残るあの時代は、自分の力でどうにかすること、考えることがいっぱい残っている時代だったんだな~ってつくづく思う。
最近の場面では、糸子がお客さんに、いろんな生地をあてて裁断するシーンが、よく登場する。
そのシーンを見ると、子供の頃よく家に生地のサンプルが置いてあって、母やおばあちゃんがどの生地にするかうれしそうに選んいたのを思い出す。
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いろんなきれいな生地が厚紙に張ってあったそのサンプルが、子供の頃の私には、きれいな宝石のように写ったものだ。
春、夏、秋、冬・・季節ごとに生地の素材や柄の違ったものが張り合わせてあったサンプル。
もうこういう光景は見なくなったな~。
私は小さい時から既製品は着せてもらえず、ほとんど母や叔母が作った手作りのワンピース、スカート、ズボンを着ていた。
派手な、フリフリのワンピースを着たかったけれど、タータンチェックのスッカとしたプリーツやボックススカートやワンピースだ多かった。
でもその母のセンスが今になって、おしゃれだったんだな~って思う。
母も叔母も洋裁をするので、我が家にはミシンは必需品だった。
メーカーさんの言うように新しいミシンを買って、私達娘にそれぞれ買い与えたほどだ。
だからか、20代の頃は、自分でも服は作っていた。
布をワザワザ岐阜の問屋まで買いに行き、いろんなワンピースやスカートを作った。
看護師の白衣が自由デザインを着ていいとなったときも、先輩はKANSAIやコシノブランドを着たりしていたが、私は自分で作ったものだった。
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立体裁断は、コシノさんがやり始めた裁断の仕方だとテレビで知った。
立体裁断は、たいへん着やすい裁断の仕方の服だそうで、私が20代の時に洋裁を少し習った時に教えてもらった。
たいへん大胆で、生地も豪快に使う。
その時の教えていただいた先生は、昔京都の駅前の百貨店でお針子とデザインをされていた方だった。
こんな服が作りたいというと、日本のデザイナー雑誌が嫌いで、本屋にある洋裁の服の本ももってのほかで、必ず「МODE De МODE」から探しなさい!」といって何冊かのその雑誌を持たされた。
パリコレクションのすごいやつで、これを私が作るんかいな~と思ったほどだった。
でも、それに似せた黒い身体にフィットしたおしゃれな礼服をおばちゃん先生の指導の下作った。
この番組を観て、自分の忘れていた時代を、いっぱいいっぱい思い出した。
今の時代は、買えば済む時代で、物も有り余り、大事なものさえ分からない。
私の思い出は、やはり手作りしてもらった・・・手をかけてももらったものや事にこそあるのだと感じる。
あの時代のように・・・ドラマ「カーネーション」のように、自分達自らが動くことで、成し遂げた実感をそれぞれがもてたならば、もっと生き生きとして、もっとやさしくて、もっと人間らしい生き方が出来るんだろうと思うのである。
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by polepole-yururin | 2011-11-19 17:50 | 私のこと | Comments(14)

歌遊び

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emoticon-0159-music.gifぞうり隠しつーりんぼ、橋の下のねずみが・・・
草履を加えてチュッチュクチュー・・・
チュッチュクまんじゅうを誰が食た?・・・
誰も食わない、わしが食た。
表の看板三味線屋・・・裏から回って三軒目・・・
あ、ピン!ピン!ピン!ピン!ピン!emoticon-0159-music.gif
寝る前になんとなく口ずさんだら、下の息子が何々?と聞いてきた。
「ん?これか~?これは靴隠しの遊びがあって、鬼を決めるときの歌。」
「歌ってよ~」という。
「ぞうりかくし、つーりんぼ、橋の下のね~ずみが、」と歌い始めると・・・
「ぞうり・・かくし・・・つーりんぼ・・・はしのしたの・・ね~ずみが・・・」と追って歌い始める。
もっともっととせがむぞで、「草履を加えてチュッチュクチュ、チュチュクまんじゅうを誰がくたー・・・」と歌い続ける。
息子はずっと追って歌いまねする。
何度も何度も覚えるまで歌を繰り返す。
関西弁のニアンスで歌う調子に心引かれたのか、「おもしろい、面白い♪」と言って聞き入り覚える息子。
最近の息子は漫画に夢中だったり、上の息子の影響で生意気だったり、やさしい感じがなくなってきたのかな~と寂しく思っていた。
そういう感じだったので、息子の突然の食いつき方にびっくりした。
が、久しぶりの和やかな時間に心が和んだ。
そのうち、草履隠しのお遊びの仕方を聞いてきたので、息子の背中を草履に見立て、草履をはじくように、ピン!ピン!ピン!と背中を軽く叩く。
二三回歌を歌ったらいつの間にか、その懐かしい歌が子守唄になって息子は寝入ってしまった。
この歌は、私が子供の頃「草履隠し」という遊びで、隠した靴を鬼が探す遊びがあって、そのときにうたった歌だった。
歌の内容は分からないのだが、面白い話・・・言葉のリズムに、心引かれ覚えた。
歌うリズムを取りながら、歌詞の場面をずっと頭に想像したものだった。
橋の下のねずみが、草履を加えて、まんじゅうを・・・?三味線屋は今だったら京都の先斗町や寺町の様子を思い浮かべたに違いない♪
昔の遊び歌は語呂がいいし、リズムがいいし、なんか意味を掛けていて、子ども心をくすぐる魔法を持っているんだな~♪
いまどきのデジタルに支配されかけていた息子は、その魔法にかかったようだ。
いや~、デジタルの魔法から覚めたのかもしれないな♪
いつまでも伝えたい歌である。
その話の絵をАgora 子ども美術工場で描いていたら、たくさんの子供達が寄ってきて、「何々?」って聞いてきた。
「これはね~、草履隠しの歌の絵。草履隠しつーりんぼ、橋のしたのねーずみが・・・草履を加えてチュッチュクチュー・・・・♪」と歌った。
子供達は、ふ~んと面白そうに聞いていた。
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by polepole-yururin | 2011-11-19 14:43 | 子供たち | Comments(0)

お勧めの一冊

                   手塚治虫 「ガラスの地球を救え」
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朝のコーヒータイム
3年前に購入した本
手塚治虫の「ガラスの地球を救え」を久しぶりに読み返した。
「火の鳥」「ブッタ」「アドルフに告ぐ」・・・いろんな手塚治虫氏の漫画をむさぼって読んだ時代があり、ほんとに地球の、国の、世界の行方を改めて考えさせられたものだった。
漫画以外で、手塚治虫氏の思いを知ってみたかった。
そんな気持ちでいたら、本屋でこの本を見つけた。
思いが形になる・・・そんな連鎖をよく感じる。
まさに思いが自分の目の前の世界を作っているのだな~て思う。
最近原発について強く憤りを感じていて、どうしたらいいのか・・・と思っている。
ある食事会で、原発の話が出たとき、賢い若者が産業重視の日本は、すぐに原発を手放すことは出来ないし、核融合の技術がうまく行ったら、安全な原発となる。とかクローンの技術は人類を救う。人口増加への確かな科学の進歩だと言った。
ガクッときた・・・悲しかった。
そういう思いでいたからだろうか・・・我が家の本棚に導かれ、何気にこの本「ガラスの地球を救え」を手に取った。
カバーがかかっているので、最初この本が手塚治虫氏の本とは知らず、ペラペラとページをめくって・・・
「ロボット工学やバイオテクノロジーなどの最先端技術が暴走すれば、どんなことになるか、幸せのの技術のためにが人類滅亡の引き金にもなりかねない、いや現になりつつあること・・・」その文字が目に入ってきた。
あ・・・これこの間の・・・
そして久しぶりにこの本を再び読み始めた。f0215179_9242018.jpg
読み進めるにあたり、いろんな箇所でАgora子ども美術工場の渋垂先生がよく最近話される話とだぶる。
え?って思うくらいで、手塚治虫が先生に憑依しているんではないだろうかと思うくらいに・・・
渋垂先生にお見せしたら、先生もびっくりしていて、この本を買われた。
この本は上記あるように、科学の光と影を指摘し、科学の・・・人間の暴走を指摘している。
それは原発だけではなく、医療、農業、産業・・全ての分野における科学の行方と地球のあり方について伝えている。
また渋垂先生のよく言われている「教育」についても伝えている。
この本は子供にも、大人にも読んでほしい一冊である。
今だからこそ読んでほしい!!
「21世紀の君達へ」と題名に添えている。
今もう21世紀・・・。
今を生きる君達・・・子供達・・・そして成長して大人になった私達・・・物事の本質を理解しよう。
教えられた教育では、知りえなかったことが世の中にはいっぱいある。
教えられなかった負の歴史を知り、本当に向かうべき方向性を見つけよう。
基本はやさしさ・・・地球にも人にも・・やさしさを想像できることが本当の創造を作ると信じます。
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by polepole-yururin | 2011-11-14 09:24 | 子育て(思うこと) | Comments(2)
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朝日新聞で10月から「プロメテウスの罠」という記事が連載されている。
プロメテウスはギリシャ神話の火の神様で、古代人は火を持ったことで光と影を持ったという話に絡めて、今回の原発事故について検証している連載ものだ。
「防御服の男」というシリーズでは、3月11日からの福島第一原子力発電所近隣の住民のことをとりあげている。
読んでいると、ほんと悲しく、憤りと、怖さと、国、東電や国の上部にいるであろう者が情報を握り淡々と活動している。そして一番危険な場所に無防備でいる住民には、情報が途絶え、何がどうなっているのかさえ知らされない。
大きなため息と鼻息だけが出る・・・読むたびに。
一度「プロメテウスの罠」を読んでほしい。
そのことをパソコンで調べてみると、「プロメテウスの罠」に皆共感しているようだった。
が、ある福島の自民党議員は、その「プロメテウスの罠」の記事を取り上げ、菅総理を非難していた。
確かに国を総括している人の責任かも知れないが、原発事故の問題はこの直後だけでなく、戦後原発を推進してきたのは自民党であり、その後の民主党、それを容認しているみなの問題だ。
人は誰か一人を悪者にして、事が起きたら寝返る。
この国の体制に悲しくなる。
国だけではなく、個人個人そうだ・・・聞いていなかったとか知らなかったとか・・・カメレオンのようだ。
自分もカメレオンのようになっていないか・・・
そんなことを思いながら毎日この連載を取り貯めてファイルにしている。
他にも原発に関わる記事や3月11日からの東北の震災の状況の記事も取り貯めている。
いつのまにかダンボール箱いっぱいになってしまいそうだ。
新聞記事やニュースを私はあまり信用しない。
全て媒体というフィルターに通されての情報だからだ。
だからあまりニュースや新聞記事に左右されたくないとあえて無視していた。
しかし3月11日の震災から、現実逃避できる現状ではないことがこの日本で起きていることを心底感じた。
遠い遥か海を越えたところの話ではなく、同じ日本の・・日本の半分が大きな影響を受けた事実。
新聞やニュースは確かに違和感を覚える記事だってある・・・けれど出来るだけニュートラルな状況にして事実を追った。
そして実際自分の足で、被災地に出向いた。
そこでニュースや新聞以上に現状はすごく、また状況も違うことを知った。
今福島に足を運んだ方がいいのではないか・・・と思うが、情けないことにNHKの情報をそのまま鵜呑みに出来ず、大丈夫だと東北へのボランティアのようにいけない自分がいる。
住民は住んでいるんだよ!毎日・・そして今後も・・・そういう声が聞こえきそうだ・・・
私は弱虫かもしれない・・・
でもチェルノブイリの町の状況や実験等でコバルト、放射能を使っていた博士達の健康被害を身近で聞くと・・・風評被害だと簡単に流せない・・・
広島・長崎の原爆被害、第五福竜丸の被害、原子力船陸奥の被害・・・そんなことが度々歴史上では起こっているのに、事は一時的な恐怖と出来事であって、時間と共に風化して・・その時流の中に国や電力会社や企業はほとぼりがさめるのを待って、またことを推し進める。
そんなことの繰り返し・・・
なぜ繰り返されるのだろうと考えた。
私の生まれた時から原発はあり、科学の進歩が豊かさの象徴だと教育されたわけで、人間の豊かさは、便利で、物が豊富にある・・暖かいマイホーム・・・そんなことを刷り込まれたような気がする。
戦争を知らない・・・原爆を知らない・・・第五福竜丸、陸奥の悲劇・・・何も知らないまま大人になった。
しかし原爆の怖さだけは知っている。
それは子供のころから学校で聞いていたからであり、また語り継ぐ人がいたからだった。
しかしその当時の恐ろしい事実を知っている人間は、ひとりひとり消えていく。f0215179_11284331.jpg
それを語り継がないと、誰にもその怖さや辛さは伝わらず、消え去ってしまう。
原発を推し進める人たちは、そういう負となるものを消し、良いイメージを・・・意識をつくり伝える。
そんな繰り返し・・・でももう目覚めないといけない。
大丈夫という言葉は、確かに大事な言葉で、皆が言ってほしい言葉である。
でも事実から目をそむけて「大丈夫」と言霊を使うだけで魔法のように全てがないものになるのだろうか。
福島の人は語ってほしい。
私達に事実を伝えてほしい。
そして守ってほしい、個々に。
生まれ育ったところ、生活基盤のところをたやすく離れることなんて出来ないってわかる。
でも出来ることならチェルノブイリの教訓に学び、行動してほしい。
この間私のブログにコメントいただいた方のブログにお邪魔した。
福島の方で、自ら放射能を随時測り、日々の状況を伝えていらっしゃる。
事実は何処にあるのか・・・ほんとそんなことを考え込んだ。
皆さんもお邪魔してください。「平凡な日々に限りなく感謝」さんへ。(私のお気に入りのブログにリンクしています)
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by polepole-yururin | 2011-11-12 09:01 | 原発 | Comments(2)

我が家の庭 11月 2011

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イングリッシュローズのメアリーローズに絡まって今年植えたクレマチスが一輪咲いていた♪
めっちゃうれしい光景~
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我が家の庭です。
今年はけっこう忙しくほったらかしだったので、ちょっといつもとは勢いが・・・
でも今ポツリポツリとバラが咲いてきた。
秋バラはほんと色が鮮やかで、虫もいないので優雅に少数でも可憐に咲いている。
ちょっと匂いをかぐとほわ~んと冷たい冷気の中に際立つバラの鋭い香り。
秋の朝の庭はそんな感じで五感を刺激する。
玄関先には、つるバラのソンブレイユが咲き出した。
このバラはほんと賢いバラだ。
ほとんど日のあたらない場所で勢いをつけてシュートを伸ばす。
そして香しい匂いむんむんで咲き誇るソンブレイユ。
この子はほんとお勧め♪でもとげが大変鋭いので、剪定やつるの誘引には要注意!
三匹の子豚もこのバラを家に絡ましたら、狼にやられなかったかも・・・
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右のバラは今年南から西に植え替えたつるバラの桜霞。秋の様子はふしぎないろをかもしだしている。
左のバラは、西に植えているポンポネッラというつるバラ。匂いはないがかわいいハートの花びらが重なるコロンと咲くかわいいバラ。非常に旺盛。
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白いバラはつるバラの新雪。南の花壇に植えている。
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バラのようにみえるがこれは、山茶花。
今年はその前に植えているヤマボウシが旺盛になりすぎて日陰気味だったようで花数が極端に少ない。
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南東にはノボタンのコートダジュールが咲いている。去年はあまり咲かなかったけれど、今年はいっぱい花芽をつけて咲いてくれている。
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by polepole-yururin | 2011-11-07 07:49 | 花のこと | Comments(12)

ボランティア活動

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10月28日、大学病院の小児科へのボランティアの日。
月一回のボランティア。
遥々静岡から関西に向けて車を走らせる。
時折自分のボランティアは無謀だな~と思う時がある。
どうしてこんなに遠いところにボランティアとしていっているか・・・
それは、アロマテラピーやヘッドマッサージ等の資格をもっているものの、その施術を日常の誰かにすることが自分自身のやり方ではなと思ったということが一つ。
もう一つは、子供達に向き合いたいと思ったの。
その子供達とは病児・・・けれど、代替医療は患者さんには使えない・・・難しい壁があるの。
でも子供は親の状態で健康にも病気にもなるの。
親の健全なる精神状態は子供の健康状態に大いに左右するの。
だから長期入院のこどもさんに寄り添うお母さんへのサポートを考えた。
その受け入れが、近辺にはなかった。
私が働いていた大学病院が私を受け入れてくれた・・・そういう経緯。
余談だけれど、看護婦としてのかかわりも出来るんだけど、看護婦としてだと看護業務に追われ、患者さんと向き合う時間が取れないのが現状だから・・・そんなこんなで、アロマ、アーユルヴェーダを取り入れた形のほうがいいと思ったの。
でも・・・時々いつまで続くか・・・と思うときもある。
無料のマッサージ。交通費等の諸経費・・・
毎回4~5人のママをケアするの。
でもママと関わると、来てよかったと思うの。
思いをいっぱい吐き出されて、時には泣かれることもあるの。
子供達は難病・・・癌・・・命の行方すら分からない場合もある。
抗がん剤療法、放射線療法・・・子供達は治療のために小さな身体に害あるものを入れて・・・戦っている。
それにずっと付き添っているママたち・・・
「こんなことしていただけるなんて・・・」「話が出来ることが何よりありがたいです。」
ママにそういわれると、大事なことをしているんだなって思う。
このママたちに関わってくださる方はほんとうに誰もいないんだよね。
その関わりを長く続けるには・・・それが私の今後の課題。
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by polepole-yururin | 2011-11-04 19:52 | 私のこと | Comments(11)

原発問題について (2)

2011年に作られた・・・チェルノブイリ市の広場に原発事故でなくなった町の名前の立て札が並ぶ。
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10月25日の朝日新聞にチェルノブイリの25年目のことが書かれていた。
チェルノブイリ原発の北西約3キロにあるプリピャチ市、事故で消えた町。
1970年原発を支える町として生まれた。
5万人の住民ほとんどが、原発関連産業で働いていた。
「給料は普通の5倍」原発は国力の象徴だった。
プリピャチ市には、学校、病院、ホテル、遊園地まであった。
が、1986年、4月26日事故が起きた。
25年たった今も、立ち入り禁止区域のままで、廃墟となった町は森に埋もれている。
住民は25年たった今も避難したままである。
放射能汚染も続いている・・・厚いコンクリートの壁で覆われているだけで、そのコンクリートの老朽化も最近指摘されているようだ。
終わりのない汚染だ。
ここにいた住民の方は、福島の事故に対して、嘆き悲しんだという。
日本も、広島、長崎の原爆投下、第五福竜丸の水爆実験の事故、東海村の事故、原子力船・陸奥の事故等様々な核の被害を受けているのにもかかわらず、その反省すらなく、国や原発推進する力により、ずるずる核に対する容認をし続けている。
そしてチェルノブイリの原発事故をいやというほど報道で知ったのに・・・・福島の現状が今も続いているのに・・・
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今日の新聞(朝日新聞)には野田総理が、ベトナムに原発を輸出をしているではないか!
これでいいのか?
菅総理が原発廃止を宣言したが、菅総理が失脚してまだ2ヶ月である。
菅総理が、原発停止を訴えたのは、福島の現状がただ事ではなく、原発の恐ろしさを十分に理解したからだ。
しかし総理が変わり、避難所に皆が移住したことが、原発のことも処理されたかのように、事が治まっているように思う。
でも原発の処理がいつされたかなんていつ情報として流れたのか!?
市場経済は、お金が動いてこそ潤い、物が売れてこそ潤う・・・その基盤を作っているのが産業であり、企業であり・・・新しいエネルギー対策がされていない以上企業は電力を充分に確保したいという思いが強く、危険よりも利潤が優先となるわけで・・・だから積極的な原発停止を力を持った企業は訴えない。
それ以上にひどい話は、福島の事故が治まりきらない状態なのに、未だに原発安全説を唱える国の…野田総理の行動に情けなくなる。
原発事故を起こし、過去にも核の恐ろしさを知っている日本がなぜ、原発をこれからの国に輸出する?
東芝さん!売れればいいのですか?
この間のNHKの原発の番組でもあったように、商社は原発を商品にしてしまい、皆お金で骨抜きにされてしまった・・・
輸入されたベトナムは、嘗てアメリカから原発を輸入した日本のように、原発を安全なエネルギーだとして国を汚染していくのだろうか・・・
ベトナム戦争の枯葉作戦で、充分に汚染されたベトナムをまたもや科学というもので汚染させていいのですか?
野田総理・・・あなたはどちらを向いているのでしょうか・・・
福島の悲劇は終わっていないのに・・・時間という経過でことをなかったようにする。
九州電力は運転を再開すると今日の記事であった。
浜岡原発のおひざもとの御前崎市は、原発立地に対する自治体への国の交付金の申請をしたそうだ。
企業も、マスコミもなぜ今おとなしいのだろうか・・・菅さんの時にはあんなに叩いたのに・・・
今の動きが異常だということを、誰が反応するんだろう。
決して忘れてはいけない、福島のことを・・・終わっていないのだから・・・

NHKのあさいちという番組で、今週、福島特集をやっている。
福島は大丈夫とずっと伝えている。
みんな元気で大丈夫。
福島への観光客が減った・・でも福島はいいところ、変わっていない・・風評被害・・・
放射能は見えない・・・健康被害も爆弾が落ちたわけでもないので早急な被害等あるわけではない。
福島の方が何もなかったように元気で今までどうりの生活をしていただきたいと思う。
けれど、チェルノブイリ周辺の町は25年たった今も立ち入り禁止なのに、福島第一原子力発電所近辺の町は異例なのか・・・・
その違いを知りたい・・・福島の方たちを本当の意味で助けるには、どうしたらいいの?
それを考える・・・真剣に。
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by polepole-yururin | 2011-11-01 20:04 | 原発 | Comments(6)