ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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休憩には、お手製の梅ジュースと六花亭の六花のつゆ・・・ちょっと梅酒が入った砂糖菓子。
梅ジュースはおいしいといって好評でした♪
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今日は久々の手芸教室の日。
今回は、フエルト人形じゃなくて、女川の保育所に持っていった、抱き枕のキャンディー人形を作ることにした。
子供達は、見本の抱き枕の心地を感じながら、タオルの色を選ぶ。
「この抱き枕は、何かどこかにあったの?」と子供が聞いた。
「これはね、東北の被災地の子供達のことを思ってつくったんだよ。避難所で、窮屈な思い、辛い思いをしている子に、気持ちい、やわらかい感触を届けたくってね。」
「すっごい!可愛い♪気持ちいい。」と子供達は絶賛してくれた。f0215179_18495419.jpg
そしてブルーと、オレンジのキャンディ人形を作ることとなった。
綿入れには、感触をひとりひとり感じながら、これくらいがいい♪入れすぎは硬くなるし・・・と感触を感じている。
最近の子供達は、感触をゆっくり味わうことがあるのだろうか?
そんなことを思いながら、楽しそうに作っている子供達の様子を見て、こちらもうれしくなった。
顔の表情は、自分達の好きな表情をアップリケしよう♪
ブルーのキャンディ人形を作った子は、紫が好きで、紫のハートの目を入れてみた。
だんだん形になっていく様子に、子供達はワクワクし続ける。
子供達は、ほんと、手作業をしながら、いろんな話をしてくれる。
勉強の話、友達の話・・・その会話の流れを聞いていると、この時間は、ゆったりとした緊張のない時間なんだと実感し、こういう時間は、子供達には大切なんだな~とつくづく思う。
そして出来ました!
この抱き枕・・キャンディ人形は夏休みの家庭科の宿題となったようだ。

大事な目を入れる・・・魂が入る?♪
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可愛い枕・・・キャンディ人形が出来ました!
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「気持ちいいね~」といいながら、ひとやすみひとやすみ♪
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ps:キャンディ人形のその後~お母さんからのメールより
この抱き枕・・・キャンディ人形を仕上げたАちゃんは、このキャンディ人形を肌身離さず抱いている。
大好きな本を読んでいる時も離さずに♪
そしてそれを、7月29日の子供会のお泊り会のときにも持っていくとうれしそうだったと~。
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by polepole-yururin | 2011-07-27 18:58 | 子供たち | Comments(10)

ツボにはまる

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今日から夏休み。
といいながら、上の息子は、部活へ行き、下の息子は、市の水泳大会だ。
だんだん息子達も忙しくなってきたな~と思う。
で、ふと下の息子の勉強机を見てみると、夏休みの宿題用のファイルが無造作においてあった。
この紙のファイルは、1年生の時から変わらず学校からもらってくるもので、低学年の時には、カブトムシ、クワガタ、虫キング系の絵を描いていたものだ。
今年、何気に描いていたものは・・・・
地デジカ・・・・地デジ済んでいますか?   デジサポさん!・・・
思わずプッ!と、噴出してしまった。
なんで、宿題ファイルに地デジカ・・・・
ツボにはまった。
シュールなギャグも面白い。
いつの間にかそんな年頃になったのだな~と思う。
最近絵の細かさに、成長を感じる。
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昔から面白さを持ち合わせていた子だったけれど、シャイすぎて表には自分の本心を決して出さない息子。
その息子の世界を少し感じたような~。
地デジカ・・・ほんと、我が家も急いで地デジ対応のHDDデスクを買いに行った。
買ったはいいが、いまだ接続していないので、意味がなく・・・・
昨日は、テレビを息子達に取られ・・・寝るしかなかったので、9時に寝た。
地デジカも、それに添わなくなったら、健康的な生活となるようだ。
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by polepole-yururin | 2011-07-25 08:26 | 子供たち | Comments(0)
KAМEの翼プロジェクト・リーフレット
Аgoraの様子を絵に♪
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以前ブログに載せた、‘KAМEの翼‘プロジェクトが本格的に始動した。
3月から始動するはずだったが、3月11日の東日本大震災の悲劇が起こり、一時足踏みをしていた‘KAМEの翼‘プロジェクト。
いろんな論争の結果、状況を見て動き出した。
まず、KAМEの翼のメンバーは、東北の被災地への支援活動をはじめた。
といっても団体としてのサポートではなく、個々が出来ることを思考して行うこと。
(被災地の活動レポートはこのブログに載せているので、見てください。)
‘KAМEの翼‘は、こうしてアゴラという場所にとどまらず、被災地と行き来しながら子どもと若者へのサポートをしていくこととなった。
ここで‘KAМEの翼`プロジェクトの主旨をもう一度。
「ひとりの思いとエネルギーが1000人の思いとエネルギーへ」
1000人の大人たちが10人の若者の羽ばたきを支え、サポーター自らの思いを形にするプロジェクトです。
そして、サポートで選ばれた若者(京都芸大准教授・中原浩大氏と東京芸大教授・日比野克彦氏の選出による)とアゴラにいる子供達や巣立った子ども達、そしてここを訪れる方との交流が生まれます。
この交流は、社会の中で何事にも真剣に向き合い、自分を表現し、自己実現していく大切さを学ぶと共に、社会の中でたくましく豊かに生きるための確かな原動力になると考えます。
さらに、大人ひとりひとりのメッセージとサポートは、社会への巣立ちを不安に思う子供達に、ちゃんと向き合う大人がいることを示します。
彼らに安心感を与え、心置きなく社会へ羽ばたく足がかりを作ってくれると考えます!
このプロジェクトは、10人の若者ばかりではなく、次の時代を作る子供達の居場所つくりでもあるのです。
(リーフレットより)

このプロジェクトは芸術を間口にしてるが、決してアーティストだけが選ばれるわけではない。
時代を真剣に捉えた若者が選ばれる。
この夏早々に、プレイベントが開催される。
それには、京都芸大出身の高橋匡太さん、土井由紀子さん、大塚朝子さんの制作・展示、そしてここアゴラを卒業し、今回我々といっしょに女川・石巻へボランティア支援にいき、その後1ヶ月間滞在した原田俊太郎君の見た震災の爪あとの写真展を開催する。
今を見続ける若者の羽ばたき・・・まず最初に羽ばたいた原田君の写真展を是非見に来てほしい!
そうそう、高橋さんは、去年の12月4日、大阪の万博公園で大きな気球を上げて、LED電球が仕込んである2万の夢の種を飛ばす`夢の種プロジェクト‘を開催した人。http://yumetane.com
世界的に有名な光のアーティストだ。(夢の種の様子は私のブログ、12月「夢の種」を見てください)
プレイベントとして、申し分ない方々が、Аgora子ども美術工場に7月30日~8月1日のキャンプより1ヶ月以上滞在し、制作をする。
この機会をお見逃しなく!
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プレイベントスケジュール
7月30日(土)9:00からАgoraキャンプ
8月1日~8月28日 Аgoraアトリエ滞在制作
8月12日(金)~8月28日 原田俊太郎「‘Golden Slumbers‘女川・石巻の100日後」写真展
8月13日(土) 高橋、土井、大塚、原田の公開フリートーキング 13:00~15:00
8月14日(日) サポーターと制作者の交流会・・‘KAМEの翼‘のテラコッタ製作会 10:00~16:00
9月1日 (木)~9月30日(金) 高橋・土井・大塚作品展示


今アゴラでは、プレイベントにむけての準備にとりかかった。
静岡のメンバーが、アトリエ、教室の大掃除、庭の花植えなど。
朝から1日がかりの大掃除。
作家の皆様とサポーターの皆様が心地よくいられますように、チームメンバーは、自主的に日々活動しています。
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アトリエを大掃除
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サポーターを募集しています!

このプロジェクトは上記のプロジェクトの主旨を理解した大人が1000人、年間1000円のサポートを10年間支えていただけたら、きっと若者達に大きな夢と希望を提供できます。(つまり、10年間で1万円の資金サポートをお願いします!一口5000円or一口10000円振り込んでいただけるといいのですが・・・)
そんな思いから始まりました。
コンサートチケットを買って、コンサートに出かけて幸せな気分になるように、このチケット代を若者への夢の種を買うような感じでサポートしていただけたなら♪
このプロジェクトは、企業団体に頼らず、利害関係なく、個人の自立した大人が、子供や若者のために資金、労力様々な支援により成り立たせていくプロジェクトです。
ですから、リーフレットや、プレイベント、新聞など制作、印刷、発送手配全てが、個々のサポーターの資金で運営していきます。
我々チームメンバーも、一サポーターであり、皆が同じ立場で支えあって運営しています。
ご協力お願いします!
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Аgora の子供達もカメを作成!いろんなカメがいます。
このカメがいつか翼を持て羽ばたきます!
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ps:‘KAМEの翼‘プロジェクト、プレイベント等にご興味のある方は、ぜひ連絡ください!
また小学生さんのАgoraキャンプへの参加も受け付けております。
ぜひともこの機会にゆったりとした里山の自然を感じてみてください。
静岡県掛川市千羽1679
Аrora子ども美術工場
電話:0537-27-1428

KAМEの翼公式ブログhttp://kamenotsubasa.blogspot.com/
Аgora子ども美術工場 http://web.thn.jp/agora/

号外!!
7月19日静岡新聞にKAМEの翼プロジェクトの記事が載った。
(記事には、芸術家の制作支援とありますが、芸術家だけの支援ではないです。)
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その記事を見て、FМラジオ KーМIXが、Аgoraを訪問する。
放送日: 7月26日(火)  10:13~8分間
番組名:KーМIX キャラメルポケットのキャラメルクローズアップというコーナー

静岡在住の皆様は、是非ラジオを聴いてくださいね! 
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by polepole-yururin | 2011-07-19 19:04 | カメの翼プロジェクト | Comments(4)
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                                    母‘いくわよ~!‘
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夕方、下の息子に誘われて、誰もいない公園で、草野球もとい、草ソフトボールをやった。
キャッチボールにはじまり、私が投げて、息子が打つ。
時にはファール、時にはヒット、時にはホームラン。
下の息子は楽しそうにソフトボールに打ち込む。
久しぶりに見た、息子のはしゃぐ様子。
最近めっきり、運動をしなくなった。
幼稚園から習っていたサッカーをこの3月でやめた。(5年から選抜となるからだ)
学校で力を入れているタグラグビーにもがんばっていたが、主要選手に最初はなっていたが、はずされてしまった。
運動神経のいい子だったが、急に高学年になって、競争重視のスポーツに疲れてしまい、あどけない笑顔が少なくなった。
学校の友達、近所の友達、みんなスポーツ少年団等に通っている。
いろんな習いごとを経験したが、本人の意向でやめた。
そんな息子がはしゃいでた。
次はノックして!っと私に求める。
私も調子つき、100本ノックのごとき~♪
フライ、バント、ライナー、息子は笑いながら、時には真剣にボールを追う。
うまい!うまい!ナイスキャッチ!そんなことをいいながら、私も中学時代を思い出した。
遅くまでキャッチボール、ノック、素振りの練習をやった。
私はセンターで、セカンド、ライト、レフトのカバーに入り、走り続けた。
そういえば、今日から中学の部活の大会がはじまっていた。
私のメールには、中学から各部活の勝敗が伝えられた。
上の息子の中学はソフトボールの会場となっていて、たくさんの父兄が中学の通学路を歩いているのを見かけた。時代はかわった。
私の時代は親が出る出番はなかったし、小学校からスポーツ少年団などの習い事にいっている子は少なかった。
公園に行けば、男の子たちが、野球、サッカー、キックベースボール等やっていて、まぜてもらった。
砂場に足で四角形のベースを描いた。
そのあやふやさが良かった。
真剣にスポーツに取り組みはじめたのは、中学からだ。
といっても、勝敗も大事だが、スポーツを楽しんだ♪・・・そんな感じでゆとりがあった。
今日のような光景は、私が息子をもうけたときにイメージした光景だ。
男の子ならいっしょにキャッチボールでしょう♪と。
でも食いつかない息子たちで、私の出番もなかった・・・・
今日は、自分も昔にかえって、楽しんだ♪
帰りに、息子に「どうして今まで野球にとかに興味がなかった?」と聞いた。
すると「だって、今までサッカー習ってたじゃん!サッカーも楽しかったけど、もういいわ。こういう風な野球やサッカーなら楽しい♪明日も、あさってもやりたい!お母さん特訓して♪」と息子が言った。
「そうね!やろう♪明日、筋肉痛になっていなかったらね♪」
いつの間にかあたりは、群青色に染まり、涼しい風の中に、夕飯の匂いが混ざり、急激にお腹がすいた。
子供達の今・・・
子供達のスポーツも、競技となった。
何かしら、習い事をやらねばならぬ生活環境。
我が家もそうだったかもしれない・・・しかし続かない・・・息子がそれを拒んだのかもしれない。
親は、子供に関心を持ちすぎているようで、親の期待を一心に背負う子供達の様子を垣間見る。
意味のあることや一生懸命がんばることを強いたために、苦しんでいる子供達がいる。
その子に親がたとえ躍起に言わなくとも、学校を含め、子供を取り巻く環境がそうだから、いやおうなしに子供は、素にスポーツ等楽しめない。
公園にいないものね・・・・暇な子供。
子供達のゆとりはもはやこの日本にはないのかもしれない・・・・。
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by polepole-yururin | 2011-07-17 07:13 | 子供たち | Comments(11)

ブラックベリー

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ブラックベリーが収穫の時期♪f0215179_8563114.jpg
可愛いピンクの花を咲かせるブラックベリー。
今年で5年目になります。
ラズベリー、ブルーベリー、ストロベリー、ブラックベリー、我が家には4種類のベリーが存在するが、一番あつかいやすいのがブラックベリー♪
ブルーベリーはあまり実がならず・・・ラズベリーも少ない、ストロベリーはナメクジの口に入ってしまう。
ブラックベリーは、野生的に育ち、花を咲かせ、実がいっぱい♪
赤い可愛いブラックベリーを収穫したいのだけど、収穫時期は、黒く実が熟しかけているものをとらないと、痛い目にあう。
強烈にすっぱい!!
黒くっても、失敗も多々・・・
といいつつ、今日は3度目の収穫。
こんなにボールに収穫しました。


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朝かららジャムつくり。
今日は梅ジュースの残りの氷砂糖を入れてゆっくり煮込み・・・
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そろそろ出来上がります。
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そしてパンにジャムを塗って、コーヒータイム♪
庭を眺めての朝食は、格別♪
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by polepole-yururin | 2011-07-15 08:39 | 花のこと | Comments(10)

夏本番!

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夏本番!
朝、子供達を学校に見送ってから、ゆっくりと朝のコーヒーを♪と思いきや・・・・
「ミ~ンミンミンミンミン~~~~♪」と蝉の声。
今年一番の蝉の演奏が始まった。
もう蝉の季節になったんだと、ちょっと開放感に浸った。
見上げてみると、空は青く、そして高く。
雲もモクモクモクと勢いを増し、空と背比べをしていくようだ。
その雲を尊重するように、空は青さをまし、雲の白を際立たせている。
この季節、全ての色が鮮明になり、太陽の光をいっぱいに浴びて輝いている。
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今年は、緑のカーテンをあさがおから、ゴーヤときゅうりに切り替えて、食も楽しもうと考えた。
きゅうり・・・去年もちょうどこの頃、「暑中見舞い」として、きゅうりと河童の絵葉書をブログにアップした。
あの頃は、きゅうりの恵、変わりないゆるやかな日常だけを切り取って、ブログに書き留めていた。
それが、1年後、同じきゅうりを植えても、見方が変わる。
緑のカーテン・・・節電対策の裏側には、原発事故の恐怖と、この後のエネルギー対策の課題を持ち合わせている。
庭に出て、花を愛でていても、時折、東北の方は心のゆとりを何処で感じるのかな~と考えたり、ガーデニングの好きな方が、仮設に住んだ場合の気持ちを考えたり・・・思いは、この庭だけに存在しない。
それでも日常は続く・・・
風は吹き、雲は流れ、季節は変わる。
3月11日から4ヶ月が過ぎた。
放射能汚染・・・一時新聞やテレビから、風評被害の話が消えた。
食の安全説が流れ、放射能の被害もちょっと下火になったように思えた。
が、また食肉より安全基準を上回る数値が出たと新聞やテレビから報道され、またえらいこちゃ~と不安になる。
マスコミは、今日起きたこと、事実を伝える。
その伝え方が、あまりにも単発・・・ぶつ切れていて、いろんな出来事が、いっぱい点在しているように伝えている。
しかしいろんな出来事は、互いに影響しあっているし、出来事も終わっているのではない。
原発一つをとっても、連続して続いているわけで、汚染が消えるわけがない・・・
全てのことは、続いている。
私の庭も去年の結果が今年で、昨日の結果が、今日の庭である。
今、我が家はハーブの庭となっている♪
赤・ピンクのベルガモット♪
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ホックセージが満開です。隣にはブラックベリーが収穫の季節。
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マロウの季節♪ 黄色のコバノランタナも満開
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カサブランカは2メートル!
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by polepole-yururin | 2011-07-13 08:36 | 花のこと | Comments(9)
女川でいただいたお土産・・・手作りのパッチワークのポーチと羊羹
羊羹は被災地では、チョコレート以上に非常食となった代物だという♪
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女川に何度か訪れて、この女川で保育者としてがんばっておられる方の人柄に触れたような気がする。
その中で印象深い先生方のお話をしたい。

まず、この女川にはじめて行った時、何処の誰かも分からない我々と向き合ってくださったのは第一保育所の所長のY先生とI先生だった。
Y先生は凛としててきぱきと用件を聞き、また我々の主旨読み取り、おもてなしをしてくださった。
おしよせるボランティア団体にひとりひとり対応し、また避難所運営(環境整備)に対してきっちりとやっておられ、避難所の方が、気持ちよく避難所生活できているのもY先生のお蔭だといって過言ではない。
避難所の方を優先して、自分たち職員は後回しで・・・という姿勢は崩さない。
その先生が3度目の女川訪問のときは、ちょっとお疲れになっていた。f0215179_139422.jpg
仮設住宅へ移ることになったようだが、環境の変化に戸惑っておられた。
我々は仮設に住んでもらうことが一番の復興だと思うけれど、仮設は仮設である。
住宅まがいの仮設住宅・・・仮の宿である。
女川は古い町で、先祖を大事にして生きてきた方が多数で、先祖代々の家屋を守り生きてきた方である。
その古いものを守り、自立してこられた方々にとって、仮設での暮らしは、心落ち着かないのである。
仮設は2年の仮の宿、そして女川町は8年計画の街づくりを計画しているため、この8年間は、自分の土地であっても建物を立てることも出来ず、指をくわえてみてるだけだ。
8年は長すぎる・・・ここで出会った3歳のМちゃんは、町が出来る時には、小学6年で、卒業する頃で、お年寄りにとっては、生きている間に新しい町を見ることが出来ないかもしれない。
そんな複雑な思いを抱えながら、今も避難所の所長としてがんばっておられる。
その先生が言った「心残りは、卒園式をしてやれなかったことだ・・・」と。
「3月11日に、時間は止まった。卒園も出来ずに、避難所生活がはじまり、保育は停止した。我々は、避難所の運営のためにそれぞれの避難所に割り振られた。
そして、4月に入り、小学校が始まった。入学式はあったが、保育所は、途切れたままになった。
保育所は0歳から子供さんを預かるところ。長い子は6年の成長を見届けるところ。
その区切りすら出来ず、小学校に入学しても、子供達は、まだ保育所の区切りがつかないまま・・・・
保育所の先生とのお別れをしていない・・・場合によってはまだ保育所にも通える・・・そんなふうに思う子だっている。
その終わりのけじめの式をやってあげれなかったこと、送り出してあげれなかったことに悔やんでならない。」と先生は悲しそうに話された。
子供達を長年、自分の子供のように育ててこられた保育所の先生は、被災しても、考えることは、子供達のことばかりである。
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子供のことをいち早く考える先生は他にも・・・その先生は I 先生。I 先生は以前私のブログ(4月・先生ありがと項)でも紹介した先生。
津波から一瞬の判断で、84人の子供達を守った先生。
小さな子の手をとり、抱きかかえ、背負って・・・無我夢中で、津波の様子すら見る余裕すらなかったという。
あるおじさんの声だけが聞こえた。
「逃げろ~逃げろ~!こっちの方は土砂崩れで危ないから、道の真ん中を歩け!」その声だけが頼りで・・・
先生は、4月の訪問の時、その話を淡々と話された。
しかしI 先生は、お母さんをこの津波で失った・・・
先生の表情に活気がなかった・・・それを見てとっさに自分の持っていた肩こり用のアロマオイルを手渡し帰った。
5月、I 先生に手紙と、レモンバームのハーブティを持っていった。
レモンバームは、「心の疲れをとってくれる魔法のハーブだと、京都大原のベニシアさんが言っていたのを思い出して~。
先生はコーヒーを入れてくださり、また少しだけ話をした。
3度目の訪問の時には、お地蔵様を持っていった。
おとなしいI 先生は、お地蔵様をじっとやさしく見つめて・・・そしてお母さんの話を淡々と話された。
足腰の強い母だったこと。実家の場所。時間がたつにつれ、お母さんのことが思い出される・・・。
皆一瞬の出来事で、この事態を受け止めれない・・・終わっていない・・・
「おくりびと」という映画があったが、その映画のように、亡くなった方への弔い・・・亡骸と時間を共にすることをしてこそ、生きている人は、けじめを少しずつつけて前へ進める。f0215179_12381683.jpg
今回の出来事を消化するには、時間をかけて、同じことを繰り返し、回想し、言葉にして、・・・そして癒していくんだな~と思う。
Y先生もI 先生も実は、この3月で退職だった。
しかしこの震災で9月まで町の職員として働いている。
凛として震災後、自分のことは後回しにして避難所運営をやってこられた先生が、仕事を終えることの意味。
いっしょに行動しているアゴラ・こども美術工場の渋垂先生は、先生方のその後の心の様子を想像し、仕事をやめてはだめだという。
先生たちに出来ること・・・この震災を経験し、その場で、保育者の誇りと責任のもと、がんばってこられた先生の語りを私たちは聞きたいと渋垂先生は言う。
そんな思いを伝えようと、私は、うさぎさんのアップリケのエプロンを二人に贈った。
「仕事をやめないで・・・・いつまでも現役で!」と・・・。
帰るとき、I 先生は私の持ってきたエプロン姿で、私たちを見送ってくださった。
ありがとうございます。
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そのI 先生とY先生を支えるのは、A先生。
А先生は、5月壊滅状態の女川で、我々と、保育者全員に暖かいラーメンをご馳走してくださった。
そして被災してても、山にしどけを取りに行き、山の恵を避難所の方へ配り、我々もご馳走していただいた。
少ししかない鯨の缶詰・・・先生は豪快な方だと思った。
豪快とういと語弊があるが、大いなるやさしさがいっぱいいっぱい詰まっていて、好奇心旺盛な方だと思う。
ある夏の日、A先生は、子供達がお昼寝の時間に、外にそっと出て行った。
そしてミンミンゼミを手づかみでつかみ、Tシャツの中にいっぱいしのび込ませた。
そしてお昼寝が終わる頃、終わりのチャイムの変わりに、お腹の中からミンミンゼミを一斉に放つ。
「みんみんみんみん~~~~!!!!」
子供達は目を丸くしてお昼寝から目を覚ました♪
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夜にアサリを取りに行った。鯨船が港を囲んだ♪先生からは、女川の3月11日までの記憶がいっぱいいっぱい飛び出してくる。
しかしその後・・・「そのことがもうなくなった」・・・と先生は悲しげに結論つける。
それだけの喜びの記憶を津波は奪い去った。
先生に我々は何が出来るのだろうか・・そんなことをまた考え、女川のことをもっと知ろうと思った。

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本当は、若い先生のことを伝えたかったのですが、・・・残念ですが・・・。
若い保母さんも環境の変化に適応しながらがんばっておられる。
今日も東北に地震が起こり、津波の影響があるとテレビで流れた。
地盤沈下した土地に今も住んでいて、時折起こる自然の警鐘に向かい合っている方々へ・・・敬意を払う。
無関心ではいられない・・・
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by polepole-yururin | 2011-07-10 10:00 | 震災 | Comments(6)
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今回3度目の女川・・・
一度御縁あって、訪れた女川に、次の時には、出来ることをしようと5日間女川に滞在した。
そして今度は保育所再開で、保育者の様子も変化している・・その状況にあてて訪問した。
最初に訪れた時は、どこの誰だか分からない我々で・・・
いろんなボランティア団体が避難所を訪れていた。
まだまだ寒い避難所はごった返しの状態で、避難所の所長さんも、ボランティア対応に追われていた。
そんな中、アゴラの先生は受け入れられて、我々は、ゆっくり所長さんと話をすることが出来た。
200名の方が避難所には生活をしていた。
トイレ、洗濯・・生活基盤を整えることに保母さんたちは、避難所運営者として奮闘していた。
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2度目の女川では、、カメパオ制作、アロマ創作作業、お花植え、アゴラの先生の造形教室・・そして子供達と遊んだり、保母さんと会話を交わした。

3度目の今回は、以前ご馳走になった御礼と、私が関わった方々へ思いを届ける~
出来れば、アロマ、マッサージも考えたけれど、現地は今はもうそういう時期ではなかった。
避難所の人数も70人に減っていた。
仮設へと移られる方、アパートを借りられる方・・・
震災から4ヶ月近く過ぎ、現地は動いている。
自分たちの生活をちゃんと見つめ、前へ前へ動いている。
生活がここにあるのである。
ボランティアは、さぞ、たいへんだろう・・・お疲れだろう・・・辛いことを忘れたいだろうなどと、娯楽を提供しようと歌や落語、道化師などを装う団体が訪れたり、マッサージ、足湯、整体などの団体が今も被災地を訪れている。
時には復興祭りなどというイベントがちょくちょくある。
テレビでは、そんな感じのものをとりあげ、被災地の方は喜んでいた・・と報道されるが、本当はどうだろうか。
楽しいばかりでは、生活は成り立たない。
癒しもタイミングを間違えれば、押し売りと同じだ。
皆明日のために動いている時・・・でも、せっかく来ていただいたボランティアの方への思いを無にすることも出来ない・・・その微妙なニアンスが存在する。
私たちはつらいことがあれば、癒しや娯楽・・・楽しみを持って勇気付けようとする。
笑いがあれば生きていける、ほっとしてもらえれば、身体も緩み、いいだろうと確かに思う。
現地以外の人間にとって、この震災は、普通じゃない出来事で、日常とはかけ離れた出来事のように見えてしまう。
だから辛さを忘れてもらうことがやさしさだと感じる。
ただ現地の人にとって3月10日も3月11日も、目の前の日常なのである。
すると避けれない日常から、現実逃避することが出来ない・・・だって逃避しても、また明日はあり、3月10日の現状には戻れないからだ。
それを現地の方は、知っている・・・だから今を見据えて生きる。
ボランティアのかかわりは、ほんと時期を見据えて関わるべきだ。
現地の方は、たとえいろんなものを失ったとしても、物乞いでもなけりゃ、暇人でもない・・・
我々と同じ、プライドを持つ人間だ・・・いや・・我々以上に自立している方々だ。
いろんな関わりは、全て人間関係で、大変なことが起きたからといって、なんでも無礼講ではないし、日常の人へのかかわり方と同じように現地の方も人を見ている。
いや・・我々以上に人を感じている。
そんなことを今回の女川訪問でひしひし感じた。
ほんと現地へ入ることは容易ではない。
想像を絶する現状が、目の前にあることと、情報で感じることとはほんとうに違いすぎる。
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瓦礫撤去の問題もそうだ。
我々にとってどうでもいい廃材のように見える。
いらないものを早く取り払って、町を整備して住めるところを確保してあげて!復興を!!と思うけれど、現地の人にとって、瓦礫は大事なものである。
A先生が「皆は瓦礫っていうけれど、私にとっては、大事なものだよ。だって私の知っている方の家の柱だったり、瓦だったり、生活の残存なんだから・・・愛おしいんだよ・・・。」と話された。
そうだね・・・もし自分の実家の村がこんな状態になったら・・・
生まれて育って、自分を愛してくださった母や身内、そして近所の方の風景が今も私を包んでくれている記憶である。
その大事な記憶が刻まれている物が、たやすくいらないものとはならないもの・・・
たいへん微妙な話だけれど、この震災は、微妙なこと・・・たやすく入り込めない人の思いがたくさん入り混じっている・・・
感情でものを見たり、思いつき、のりで行動すること・・・そのときに自分は本当に被災地の方に寄り添っているものの考えが出来ているかどうか・・・時には客観視して、時には想像を膨らませ、主体は現地の方・・・そんなことを考えながら、明日の女川をまた考える~。

想像ってほんと難しい~
ジョン・レノン・・・イマジン
またあの曲を聞き返そう~♪
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by polepole-yururin | 2011-07-08 08:36 | 震災 | Comments(2)
色水実験・・・色水博士がやってきた!
さて・・・何色になるかな?絵の具とあまり馴染みのない子供達へ、色の混ざる様子を面白く見せるアゴラの渋垂先生。
子供達は、目を丸くしたり、絵の具が水に溶ける様子、混ざり合う様子、先生のやさしいお話に夢中♪
わ~わ~♪と子供達は博士の話に食い入る♪
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出来上がったレインボーの水のタワーに子供達は集まって、見入る。
保母さんたちも、子供達の楽しそうな表情に、感心してました。
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5月に作ったカメパオは、入所式で、場所がなくなり、上下を分解。
下の部分だけになったカメパオは、年中さんの子供達に遊ばれて、崩れたり、敗れたり・・・
でもその崩れ具合を補修したりしながらも、子供達はこのダンボールをカメパオと呼んで、楽しく遊ぶ。
こそこそっとカメパオの空間に身体を寄せて、安心して本を読む子、ままごと遊びをする子、大事な人形といっしょに眠る子・・・みんながみんなカメパオのダンボールの中に納まっている光景は不思議♪
可愛い子供達です。
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27日、28日は女川第四保育所で、アゴラの渋垂先生が色水実験をしたり、子供達がカメパオと遊んでいる様子を見に行くことにした。
先生は、のっぽさんのように、ワクワクさんのように、上手に子供達の心をつかんで行く。
色水博士と名乗り、年長さんの子供達に、えのぐの不思議を見せていく。
えのぐと水が混ざり合う時に、ふわ~と煙が立つように水の中をえのぐが動き回る様子を、子供達に見せる。
子供達は「わ~煙!」「「わ~!わ~!」とはしゃぐ。
単に水に絵の具が混ざるだけのこと・・・でもその様子をじっくり観察すると・・・えのぐって不思議♪
赤と青、青と黄色、赤と白、赤と黄色・・・色のマジックの始まり♪
いろんなジュースが出来上がった。
終いには、七色のジュースのタワーが出来上がった。
子供達は拍手喝采!子供達だけの拍手。
子供の好奇心が動いた瞬間だった。
子供達は、先生を囲んだ♪
保母さんが、「子供達はこんなに楽しそうな表情を見せるんですね~。」と渋垂先生と子供達の話をした。
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カメパオは、分解され、年中さんのクラスで使われていた。
遊ぶといったら・・・カメパオの中で遊ぶ事のようになっているみたいに、ほとんどの子が、ダンボールのカメパオの中に収まって遊ぶ。
不思議な光景だ。
子供達はまるで猫ちゃんのように、身体にほどほどに触れるダンボールの感触に安心感を見出しているように、落ち着いている♪
自分のスペースを持ち、自分の大事なものを持って遊ぶ。
カメパオは阪神淡路大震災の時に、渋垂先生が子供達のための居場所つくりのためのものとして、京都芸大の中原浩大氏、黄瀬剛氏とで構想し出来上がったもので、その後10年間Agoraこども美術工場で子供達に遊ばれた。
それが、今回被災地で使われた。
そして本当にちゃんと子供達の居場所つくりとなっているように感じた。
そのカメパオの主旨を理解して、うまく活用してくれた方は、М先生だ。
М先生は、今回の震災で新築の家を流されてしまった・・・
でもМ先生は、元気いっぱいに振舞われていて、そんなたいへんなことがあったなんて表に決して見せない人だ。f0215179_22273984.jpg
カメパオが5月の時に完成したとき、ドームに入って「これほしい♪」と喜んだ先生。
そして次の日には、運営補助を任されていた避難所で、物資が運ばれてきた段ボール箱を集めて、他の先生といっしょに、避難所の子供達へ小さなカメパオを作った。
避難所の子供達は、この不思議なカメパオの中に入って、笑顔いっぱいにして遊んだ。
その先生は、今、年中のこのクラスで、ちゃんとカメパオを活用してくださっていた。
ありがとう~♪
そして我々もこのカメパオの近くで、子供達と遊んだ♪
本を読んだり、お話したり~
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そして我々は、保育所で給食をいただいた。
一日目はカレー・・・二日目は、冷やし麺をいただいた。
おいしいおいしい給食で、女川に来て、本当にご馳走になってばかりで、恐縮してしまう・・・本当にご馳走様でした。
二日目は、子供達と給食をいっしょにいただいた。
子供達は、いっぱいいっぱい話をしてくれた。
「僕のおうちは流されたんだよ・・・車も流されたんだよ・・・だから車買ったんだよ。」と
「そうか・・・車買ったんだ・・・すごいね」と話したら・・・
「貧乏だよ~僕んちもう貧乏だから、小さい車しか買えないんだよ」と淡々と・・元気よく話をしてくれた。
すると隣の子も「僕も貧乏だよ~なにもないよ。」と、声を張り上げた。
「そうか・・そうか・・・」としかいえなくて・・・子供達の話をふんふんと相槌をうつだけだったが・・・
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女川の保育所は6月12日に開所式が行われた。
女川町には4つの保育所があるのだが、この震災で、2つの保育所が流されてしまい、残ったのがこの第4保育所と今避難所になっている第1保育所だ。
再開となったのはこの第四保育所だけで、今回の入所希望者は100人を越えたが、今入所受け入れできた子は80名で、本来の定員を超えていえるが、入所できない子供達がまだ数十名いる。
入所できない子たちには、出前保育で、他の保母さんたちが対応しているのが現状である。
被災を免れた子供さんもいれば、避難所から通ってくる子供さんもいる。
第一保育所にいる、この間会ったМちゃんは、この第四保育所に通っていて、この前はまだまだ甘えたさんのМちゃんかと思ったら、今はちゃんとお姉ちゃんになっていて顔見知り(我々は4月5月とМちゃんと避難所で遊んだ)の渋垂先生に、思いやりの言葉をかけていた。
Мちゃんのお母さんに、話をした・・・まだМちゃん家族は仮設住宅は当たっていない・・・
「今は、まだ再開できない瓦礫だらけの会社の片付けに行き始めている。洗濯は今、車で仕事へ行く時に、体育館の避難所に行って洗濯をしている。旦那様の会社もめどが立たない・・・給料はまだ・・・」
そんな状況を持ちながら、皆前へ前へ歩み始めている。
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by polepole-yururin | 2011-07-06 20:43 | 震災 | Comments(2)
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女川に行き、私が今回したことは、お地蔵様と手紙を・・・思いを渡すこと。
「私が作り、渋垂先生が1日かけてゆっくり焼いてくださいました。」とだけつげて、お地蔵様の袋を手渡しました。
A先生は、梱包しているビニールを丁寧にはずし、出てきた小さなお地蔵様を見るなり、そっとお地蔵様を両手でやさしく包んで、しばらくじっとそのお地蔵様を眺めておいででした。
そしてぎゅっとお地蔵様を握られ、その後お地蔵様をそっとテーブルに置いて私の手紙を読まれました。
読み終えて、A先生はお地蔵様に手を合わされました。
「このお地蔵様には顔が二つあるね~。上からと正面からと♪角度が違うと表情も違うね・・・ほらほら♪」とA先生は隣の先生に声をかけました。
そしてゆっくり話をしてくださいました。
A先生は、この震災で親戚の方を17人亡くされ、いまだ2/3の方が行方不明・・・
弔いをしたいが出来ない・・・
A先生は、民生委員をしてらっしゃって、その流れで、今回の震災で亡くなった方の遺体確認のため、遺体の写真を遺族の方といっしょに確認する役割をしたそうです。
普通の顔ではなく、晴れ上がり、顔の色も変色して、顔がひょうたんのように変形していたり、あるべきものがなかったり・・・無残な形相の写真からの確認・・・
そんな話を淡々と話されました。
そんな話から私の実家の十一面観音の話やお地蔵様の話になりました。
先生が、「女川にも十一面観音が安置されているんだよ。」といいました。
女川は古い古い町です。
たぶん信仰深い町だったのでしょう。
女川については、「いないいないば~」「いいおかお」など児童図書で有名な松谷みよこさんが、女川の岩崎敏ゑさんという語りべの女川の民話を10年かけて取材し、本にされたことがあり、その話を私も女川にいく前に読んでいました。
その話をしたら、またA先生と話しに花が咲き、いろんな女川の震災前の自然豊かな町の様子を語ってくださりました。
「観音様は牡鹿半島の女川町のある村に安置されていたんだけど、ちょうど、この十一面観音さんのお堂は津波が来なかったので大丈夫だったそうだよ・・・。」と。
私の実家の十一面観音も戦火の中村人たちに助けられ、今にあります。
ここ女川の十一面観音も津波の脅威を免れました。
信仰厚い村人に守られた観音様は、ちゃんと村人を守られる・・・そんな話をいっぱいしました。
人の思いは心を包み・・・f0215179_1057419.jpg
しどけのおひたしの話・・・しどけは、女川の人にとってワラビより貴重な山菜で、ノドの病気に効くのだそうです。山の中で、しどけを見つけたときは、ほんとにうれしいんだと、わざわざ携帯に保存してある群生のしどけの写真を見せてくださいました。
A先生は、女川町の食育のことを退職されてからやっておられたようで、食材のいろんな話をいっぱいいっぱいしてくださいました。
「町には鯨がやってきて、捕鯨船が港を包み、お祭り騒ぎになるんだよ。ほんとにぎやかだった・・・
夜には懐中電灯をもって、二人で(A先生とB先生)アサリを取りにいくんだよ。たくさん取れてね~。今はいけない・・・当分は海に入れない・・・」と最後の方は声が消えました。
海には、今まだ、大量の瓦礫や行方不明者の残存が眠っているわけで・・・
「こんな地震は初めてで・・・昔チリ地震のときに津波がやってきたがそんなことにはならなかった。
今回のことはほんと想定外で・・・
今回の地震は昔から言われている三陸沖地震とは違うというらしい・・・どうせ来るなら今のうちに来てほしい・・・
3月11日はほんと恐ろしかった。
津波も・・・余震なんてどんなに怖かったか・・・ずっと揺れが止まらなかった。
水も、電気もとまり、真っ暗闇の中、寒さと揺れにずっと怯えていた・・・ほんと・・・ほんと・・・」
A先生やB先生は、笑顔から悲しみの表情になって、また淡々と表情を元に戻され、おもむろに袋から缶詰を出してこられました。
鯨の缶詰でした。
女川の港には、日本水産という缶詰加工会社がありました。
しかしそれも流され、今後日本水産は、撤退するそうです。
全てのものが流された中から、これをもらったと、2つの鯨の缶詰のうちの1個を、我々にあけてご馳走してくださいました。
おいしいおいしい鯨のお肉のしぐれ煮でした。
貴重な鯨の缶詰を、我々がいただいてもいいのだろうかと、恐縮しました。
そして今度はA先生とB先生は、我々に鯨の歯で作った印鑑を見せてくださいました。
この女川では鯨の歯で実印などを作って、受け継いでいくそうで・・・大事なものなんだそうです。
この印鑑さえもA先生は流されてしまいました。
仕事場に置いてあって無事難を逃れたB先生の印鑑。
その大きいほうの印鑑をB先生はA先生に譲られました。
B先生の印鑑を削って、A先生は自分の印鑑をつくりました。
A先生は、大事そうに私たちにその印鑑を見せてくださいました。

次の日、第四保育所のC先生に、このお地蔵様を保母さんたちにと手渡しました。
C先生は、おもむろにお地蔵様を手にとられ、じっとお地蔵様も眺められて・・・次第に涙目になられました。
「実は、義兄がまだ見つかっていない・・・子供達にも愛されたお兄さんで・・・」とお兄さんの話をされました。
他の先生も、なくなったお母さんのお話をゆっくりしてくださったり、亡くなった方への思いが、奥の奥に潜んでいて、日々淡々と前に向いて生きてらっしゃるのだと思いました。

今、被災地の方々は、地震の恐怖からは抜けてこられ、日々の生活が変化しています。
食べる、着る、寝る・・そして今人間らしい生活へと移行しています。
自立した生活を始めようと動いてらしゃいます。
その合間に、時折おしよせてくる悲しみを今、少しずつ感じてらっしゃいます。
地震当初は、今が大事で、生きることに精一杯です。
しかし人は、ちょっと余裕が出来てきてほっとした時・・・自分が少し見えてきたとき・・・周りの状況に気付きます。
失った大事なものへの喪失感~。
大きすぎる空洞にどう向き合って生きるか・・・
今先生たち・・・女川の・・・被災地の方々は、我々が安易に入れない、心の葛藤と向き合ってらっしゃいます。

南無阿弥陀仏・・・
「なむあみだぶつとは、人がむなしく生きなくてすむように、「もの」も「こと」も「ひと」も与えられるように、まわりに現れ、出会う事ができる」という意味なんだそう。
まわりにあるもの「もの」や「ひと」や「こと」も皆その人に必要だからあるのだという。
いまこの出来事は、消化できにくい出来事だけど、いつかのいい日のために「もの」や「こと」や「ひと」が与えられるように人生があるのなら、今後のあらゆる出会い(「もの」や「こと」や「ひと」)が、いろんな結びつきをもたらしてくださる・・・そう私は願っています。
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by polepole-yururin | 2011-07-04 10:29 | 震災 | Comments(7)