ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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石巻市渡波地区・・・個人宅はまだまだ手づかず
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4月に入学式があった渡波中学の近くには、瓦礫の山がありました。
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女川町を歩いてみました。
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山が近くにあり、緑豊かなやさしい町だったのでしょう・・セブンイレブンだったのでしょうが・・・
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住宅街は今は、ただ基礎だけを残す・・・
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人をつなぐ郵便ポストも倒れ・・・今は移動郵便局の車が避難所に来ています。
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楽しかったこと・・・いっぱいありました。形としての歴史がきえた・・・
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海の近くの建物は、基礎もろとも横倒し・・・津波の脅威はどれほどのものか・・・
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きれいな海の景色の中に、瓦礫の山がありました。
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今は静かな海・・・でも海の中にも、その周りにも震災の跡は無残な様子を残している。
この海を愛した女川町の人々は、今はどんな気持ちでこの海を眺めているのだろうか・・・
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三度目の女川~
6月26日~28日、宮城県の女川町に行った。
震災から4ヶ月近くが過ぎた。
被災地の状況は、今どうなっているか・・・
石巻市の街中の商業地区は、だんだん復興の兆しが見え、店を開いている所が増えた。
瓦礫も商業地区には、見当たらない。
4月に訪れた時のあの色のない町から、確実に色を取り戻していた。
しかし商業地区から車を走らせ、住宅街に入ると、瓦礫や倒壊した家屋があちらこちらにあり、まだまだ手づかずの状態である。
個人宅の復興は、個人個人の負担で行うようで、単に復興といっても、力の差がだんだん出てきているように思う。
女川に入り、あたりを見渡す。
女川は、まだまだ震災直後となんら変わりない様子だった。
大きな瓦礫や車等はなくなっているが、大きな鉄筋コンクリートの残骸はまだここにあった。
女川町は、町をあげて8年計画で町を作るという復興案が出ているため、個人の家をすぐに建てるとかの復興に向けての行動を起こすことが安易に出来ないため、復興という兆しが見えてこない状態である。
そんな女川町を、今回は歩いてみることにした。
津波の被害がなかった高台から、ゆっくり町の様子を眺めながら歩く。
緑豊かな山を横目に、高台から下の町を見下ろすと、すり鉢状の女川の町は、すっぽりと風景が抜け落ちてしまったかのような有様だ。
たぶんこの町は、緑の山と青い海が共存する自然豊かな町だったのだろうと、思わせるのどかな形跡が所々に残っていた。
人の営みが、確かにここにあったであろうと思わせるものを、自分の目で見つけると、ぐっとこみ上げるものがある。
「新築だったんだ・・・セブンイレブンの近くで・・・もう基礎だけだよ・・・」とある保母さんが言っていた。
そんな声を思い出し、セブンイレブンの近くを歩く。
ここに小学生の子供をもつ先生が、日々生活をしたんだな~と、そんな様子を想像した。
「海には鯨がいてね、たくさんの捕鯨船が港を囲んだんだよ~!ほんとにぎやかだった。」
「夜には海にアサリを取りに行ったんだよ、懐中電灯を灯してね。・・今はもうしばらくは海にいけない・・・」と元保育所の所長さんが震災前の女川を語ってくれた。
海を見ながら、捕鯨船が来た女川・・・潮干狩りをしている先生の姿を想像した。
ほんと豊かだった町が確かにここにあったんだと、瓦礫の中をゆっくり時間をかけて無言で歩いた。
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by polepole-yururin | 2011-06-30 20:18 | 震災 | Comments(6)
私たちは、4月20日に女川町を訪れた際、女川町立第一保育所の避難所の保母さんたちの凛とした態度・・・避難所運営をしっかり行い、なおかつ、子供たちへのサポートとして出前保育を早くから行っている保母さんたちや子供達に対して、寄り添って復興への道をサポートできればと思った。
私たちが出来ること・・・大勢の方を救うなんて到底出来ない・・・自分の力量は決まっている。
その中で、じっくり自分の出来ることをやっていく。
被災地の方々との関係性の中で、あくまでも現地の方が主体で、先が見える、未来、夢が少しでももてれるように・・・と。
4月5月と保母さんたちと会話を交わした。
いっしょにいろんなことをした。
顔が見え、その人のストーリーを少し感じることが出来た。
3度目の今回は、顔の見えた方々へ、思いを伝えようと思った。
家をなくし、肉親を亡くし、みえる歴史を失った方々の心が少しでも前に向いていっていただけるように~。
まずは、5月の訪問の時に撮ったいっぱいの写真をアルバムにした。
先生方のカメパオ製作、アロマ石鹸、化粧水の時の絵顔、ベッキーがきたときの避難所の方とベッキーとの写真・・・400枚ほどの写真をアルバムにはさんで・・・
震災で、写真さえもなくなった・・・今から、少しずつ歴史を増やしてほしいと願って♪
そして私は20対のテラコッタのお地蔵様を作り、手紙をそれぞれに添えた。
ブログ「今の思いを形にして~」の項で書いたような気持ちを伝えた。
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一個一個丁寧に包んで~
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ちくちく・・・手芸、縫い物、編み物・・・女性にとってそういう行為は、創造であり、心落ち着かす行為でもあるのかもしれない・・・そんなことを昔おばあちゃんが楽しそうに手作りしていたことを思い出した。
小学生の頃大高輝美さんのフエルト人形が流行った。
可愛い表情に夢中で作ったものだ。
おばあちゃんも、その本をみて、雛人形などを楽しそうに作っていた。
実は大高輝美さんは、その当時「ひかりのくに」という幼児向きの本にそのフエルト人形を載せていた。
保育者との共通点・・・この可愛さは・・・たぶん心癒されるかもしれない。
そんなことを考え、フエルト、刺繍糸、裁縫箱、型紙用の紙、綿、ビーズを用意して、アマゾンで懐かしき大高輝美さんの本をオーダーした。パッチワークの材料も添えた。
暇な時、何かやりたいとき、ちょっと手作りしていただけることができるようにと・・・
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すると今回は、同じく「KAМEの翼プロジェクト」のメンバーのmakoさんが、クリスタルのストラップを一個一個手作りして、30個、メッセージ入りのストラップを渡しに来てくれた。
一個一個クリスタルの意味もちゃんと入れて・・・
やさしいmakoさんの思いがクリスタルにちゃんと輝きを添えて、保母さんたちへのお守りとなりますね!きっと♪
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「KAМEの翼プロジェクト」のリーフレット、新聞、詳細を見て、「KAМEの翼」が子供をサポートするプロジェクトであり、なおかつ被災地へのサポートも担っていることに賛同してくださった、友人・・・自然栽培のお茶を栽培、販売されている京都の「なごみ園」さんからは、お手間入りのお茶を段ボール箱にいっぱい送ってくださった。
このお茶は、農薬なんていっさい使わず、水にはたいへんこだわったやさしいお茶である。
作られている和田さん夫妻もたいへんまじめで優しい方だ。
このお茶で、避難所の方が少しでもほっこりされたらいいね~。
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実家の妹や妹の友人からは、子供達にと、風船、可愛いペン、可愛いエプロン、折り紙等が送られてきた。
実はたくさんの花火も用意してくださっていたみたいなんだけど、宅配便が火薬は受け付けてもらえなかったそうで・・・ありがとう。その旨はちゃんと保母さんに伝えました。

皆さん、保母さんや避難所の皆様は、たいへん喜んでいらっしゃいました。
心遣いありがとうございました。

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by polepole-yururin | 2011-06-30 19:17 | 震災 | Comments(2)
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バラの季節も終わり、今我が家の庭には百合の花が満開だ。
庭の南西ゾーンは、日陰なので、いろいろ思案して、百合の花がこの場所に定着した。
去年より、花は小ぶりだが、花数がふえたように思える。
子供を生んだのかな・・・球根・・・分球?
今年は、被災地へ行ったり、病気をしたりで、バラの季節を味わいぞこね・・・今この百合の季節をゆっくり感じ取っている♪
下の写真は、ピンクのカサブランカ
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オレンジ、黄色の百合も鮮やかに♪
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でもやはり百合はこの白百合が素敵♪
暗い日陰に明かりを灯したように透き通る光を放っている。
香りも甘く、心を誘う♪
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百合の前には河原撫子♪
子供のころおばあちゃんちの蔵の隅っこに一斉にピンクの花を咲かせていた記憶・・・
あの頃の自分は、この花の名なんて分からなかったけれど、さりげない可愛さに思わず手を伸ばして摘み取ってしまいそうになる。
そんな自分を諫め、言葉がけだけをしていたような~おばあちゃんの植えた花が好きだった。
その記憶に浸る時の心地よさは格別で、そんな記憶をたどれる花が、我が家の庭には多いことに気付く♪
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南東には、一苗植えた月見草が、いつの間にか子孫を増やし、旺盛になっていた。
その間には、白鳥のような優雅さを持つ白とピンクのガウラが咲いている♪
湾曲にしなっている茎に、時折蝶が遊びにやってきて、ちょこんと触れてまた揺らす・・・そんな様子はたいへん優雅で美しく~
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そうこうしているうちに、水色の花を咲かす、セージが旺盛になりだしている。
後ろには、ブラックベリーがいっぱい実をつけている♪
そろそろ、我が家の庭は、ハーブの庭にへと移りゆく~
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by polepole-yururin | 2011-06-29 09:47 | 花のこと | Comments(4)

お地蔵様に息が入る~

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お地蔵様に息が入る。
朝10時に窯の用意をしてくださったアゴラの先生。
その窯にお地蔵様を一個一個大事に窯入れする。
一個・・・一個
これは一種の儀式のように~
一個・・・一個窯の中におさまり、20体のお地蔵様が窯の中で、息を得る。
先生が、ガスボンベに火をつけ、窯の下に火を近づけた。
ボッと音がして、窯の中に火が入り、こうこうと燃え上がる。
火はオレンジから黄色へ燃え続ける・・・
こうこうと・・・燃え続ける。
先生はゆっくりゆっくり時間かけて温度を上げてゆく。
1時間ずつゆっくりゆっくりと~
夜8時近くにメールがあった。
「今いっきに900度に上昇、そろそろ仕上げに入ります。」
そして9時に終了・・・こうこうと燃え上がる火は消された。
そのまま余熱を冷まし・・・ゆっくりと固まり、お地蔵様に固定化されていく。
朝そのお地蔵さまを、また一個・・・一個窯から出す。
それも儀式のよう・・・色がほんのり赤く染まり、息を得たお地蔵様~。
表情に彩りがでたようだ。

その20体のお地蔵様を一個ずつ丁寧に梱包した。
明日女川に、これをもっていきます!
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by polepole-yururin | 2011-06-26 00:23 | 私のこと | Comments(2)

同じ空を眺めて~

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夕方家路に向かう途中、あまりの赤い美しい空に引き寄せられた。
赤い・・・赤い・・・その赤い空と雲の様子は、波のように渦を巻いているように見えて、絵になる。
浮世絵にある波のように~
雲といえば、地震の日から雲を時折眺めていた。
3月11日より空は、空気が滞り硬直しているように見えた。
東の空は特に灰色を呈していて、人々の思いまで教えてくれているようだった。
大変なことが起きてるんだよ、苦しんだよ、怯えているんだよ・・・と。
あれから3ヶ月以上がたった空。
凍りついた雰囲気は、少しずつ薄らいだように見える。
雲もやわらかな表情を見せている。
そんな空に少し安堵した。
思わず、この美しさをとどめたく写真を撮った。
が・・・携帯のカメラだから、色がどうしても飛んでしまった・・・

それから数日後、息子らと外食に行った。
その時の待ち時間、私の携帯の中の写真を息子たちが見ていると~
中学二年の息子が言った。
「この空を僕は知っている。僕も見たよ!」って。
感動した。
きれいな空に引き寄せられて~
息子は部活中に、この空を見上げていた。
写真写りは悪くとも、この空があのときの空だということを感じた息子。
共感、共鳴、共にそこにいた・・同じ時間を共有した。
この空を知っている人は、他にもきっといたはずだ。
空は、私たちを知らず知らずにつなげているんだと~。

話をあまりしなくなった息子との久しぶりの会話の中で~♪
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by polepole-yururin | 2011-06-22 08:50 | 私のこと | Comments(14)

梅雨と梅

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じめじめと梅雨の季節、毎日雨が止め処なく続く。
九州では、降り続く雨で被害が出ているようだが、日本列島は災害の多い島国であることをつくづく感じる。
梅雨と子供のころから使っている言葉なので改めて語源を知ることはなかったが、どうして「梅雨」というのだろうか。
ちょうど梅の熟す時に降る雨だから・・・とか、湿度が高く、カビが生える時期で、そのことを「微雨・バイウ」と表現したという説、雨が毎日降ることにあてて「毎雨」を「梅雨」にしたとか・・・いろいろあるが、実際はどうなのだろう。
つゆと聞くと、あ~あとため息ついてどんよりしてしまうが、「梅雨」と漢字からかもし出すイメージを感じ取ると、風情ある季節かもしれないと思えるから不思議だ。
そうして梅雨を感じ、外に出てみれば、繊細なつゆ草の葉が雨に濡れて、あでやかであり、つややかであり・・・水の表情に魅了される。
その傍にはかえるが喜び、でんでん虫が顔を出し、色とりどりの紫陽花が、雨の風景を、今しかない貴重な時期であることを教えてくれていることに気付く。
そしてそんな時期に知人が、収穫の喜びを持ってきてくれた。
梅の実を大量に~♪
とはいえ、梅を食するのは大好きだが、梅をうまく調理することが出来ない私は、思案する。
この静岡に来て保存食に何度となくチャレンジしたが、なかなかうまくいったためしがない。
梅干、梅エキス、梅ジャム、梅ジュース、梅酒・・・
最初は成功の兆しが見えるのだが、次第にカビらしきものを見つけ・・・・いやにある。
息子が幼稚園の時も自然食品を!と蜂蜜に梅をつけるといいと聞いたが、やはりカビ・・・
梅干にもカビが生えそうになり、塩を多めに入れて、何とかカビは抑えられたが、我が家はこの塩辛い梅を食してくれず・・・梅酒も私だけの飲み物となり・・・
ジャムは苦く、渋く・・・
そんな記憶が、私に襲い掛かり、梅に抵抗感を感じていた。
といいながらも今年も知人から大量の梅をいただいた。
その恩を無にも出来ず・・・再チャレンジ!
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梅は熟させるとあったので、しばらく放置していたら、梅の傷みが気になりだして・・・・
結局、傷んだ梅は梅ジャムを作ることにした。
梅ジャムは一度失敗してしまった。
渋み、苦みが取れず・・・
パソコンで渋み、苦みの取り除き方を調べた。
水の替えがいい加減だとだめだということで、再度挑戦!
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梅も大事にあつかわなくてはいけないようだった・・・
梅の水気をしっかりとって、消毒もしっかりと・・・梅一個一個を愛でながら作った。
出来た!出来た!出来ました!
酸味を生かした梅ジャムは後味もいい♪大人のジャム~
そんな矢先、又友人から青梅をいただいた。
その梅は「専業主婦の愚痴話」さんのブログで見つけた梅酢とカリカリ梅と、梅ジュースを作ることにした。
じわじわと梅のエキスが出てきている梅酢、カリカリ梅、梅ジュース。
カビさんよ~生えないで!
梅酢、梅ジュース、カリカリ梅の成功を期待して~
何かの本で、ありがとうとパンに言葉がけをするとカビが生えないといってたな~。
そっと「ありがとう」と唱えて見たり・・・
うまく出来上がればいいのですが・・・
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余談だが、「塩梅」と書いて「あんばい」という。
良いあんばい・・良い味加減の事を言う・・・その味加減が、方言では、ちょうどいい加減のことを伝える言葉としてよく使われている・・・私の実家もそうである。
中国では、紀元前より、梅は酸味料として調理に欠かせず、塩とともに大事にされた調味料の一つだったという。
だから塩と梅の加減は料理には欠かせないものだったわけで、その加減は我々の微妙な加減をも示す言葉となったのである。
「塩梅」・・・「あんばい」
そのあんばいが大事なんだよね~ほんと。
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by polepole-yururin | 2011-06-20 11:10 | 私のこと | Comments(10)
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ここは、滋賀県長浜市余呉町菅並。
滋賀県と福井県の県境に近い村である。
夏やゴールデンウイークに実家に帰った時は、小さな息子たちを連れて、菅並の村を訪れたものだ。
菅並は高時川という一級河川の上流にあたり、そこには鮎や山女、どんこなどの魚の宝庫だ。
自然いっぱいののどかな場所である。
昔は、冬はたいへん雪深い土地で、二階から出入りをするほどだった。
私が学生だった頃、高時川上流にダムが出来るという話があがり、母たちは同じ伊香郡のある村に心馳せて、嘆いていたのを思い出す。
私もなくなるであろう高時川上流の村を見に行った。・・・
村の住民は反対しきれないんだろうか?・・・この村がなくなるなんて・・・
そして上流の村の余呉町小原(菅並の奥の村)の住民は、移住をしてダム計画を受け入れた。
しかし知事が変わり、この丹生ダムは治水限定ダムとして計画は縮小し、未だダム計画は凍結している。
今余呉町の奥の小原、鷲見、半明、針川、尾羽梨、田戸、奥川並の住民は、昭和45年から2006年のダム計画凍結に至るまでに移住をし、いまや廃墟の村と化している。
そのダム計画に至った経緯は、高時川の洪水問題を住民が訴えていたとあるが、それだけではなく、大幅な政府の公共事業の一つであって、又その村を捨てることを代償にダムによる固定資産税の還元という歳入、ダムを作るにあたっての人造湖をいかした観光開発などの財政再建を目指していた余呉町の思惑もあったのだという。
またそのダム計画の凍結後、余呉町は、原子力発電環境整備機構による高レベル放射性廃棄物処理場の誘致に立候補しようとしたが、当時の町長は再選出馬せず、その話は見送られたそうだ・・・
たいへん豊かな自然いっぱいの村落。
村人は、自然と向き合い、多くを望まず、細々と自然とともに生きることを選んで生きてきた。
しかしその村落に、産業はなく、お金を生み出す手段を見出せず、村から若者が離れていく。
その村落は、過疎の村となり、都会の人から見れば忘れ去られてしまう村となる。
そんな村に白羽の矢が立った。
ダム建設、放射性廃棄物処理場に・・・海が近ければそこは原子力発電所の建設場所となりうるわけで・・・
今日NHKの番組で、原子力発電所のある女川町野の浜の住民と震災についてのドキュメンタリー番組があった。
この女川町は財源が乏しく、住民は細々暮らしていた。
そんな女川町に、原子力発電所建設の話が持ち上がったが、住民はずっと反対を訴えていたという。
しかし政治の力に押され、住民は貧しさの中、原子力発電所からの財源を得て、又働き口をまかなうこととなる。
番組の中で「昔は貧乏だったぺ。おらは、原子力発電所に勤めて、生活が楽になった。・・・・・・
ま、ここは過疎の村なんだ。危ないものは、人の少ないどうでもいい村にもっていこうってするべ~。」とおじさんが言った。
今回の地震で、福島の原発事故を目の当たりにした、女川町住民の思いは、一変したという。
ただ、雇用の問題・・・豊かさの代償に、危ないであろうものを受け入れた住民の思い。
こんな問題が、日本中の自然豊かな村落に、あっちこっちあることに気付く。
今回の福島の出来事は、原発の問題だけでなく、いろんな公共事業の問題点を浮き彫りにし、私たちにいろんな角度から語りかけている。
我が故郷の好きな場所が、こんな状況に一時は陥っていたことを改めて知リ恐ろしさでいっぱいだ。
この問題は、余呉町だけの問題ではなく、その周りの町の・・・長浜市の・・・滋賀県の・・・近畿の(京都、福井、大阪、岐阜・・)・・・日本の問題であることを知らないといけない。
町長も市長も、知事も・・・
都会に人が集中し、村に人はいないから・・・被害が大きい少ないとかそんな問題ではない。
人の心は富と引き換えに、大事なものを失ってもいいと思える・・・不安定さを持ち合わせているのだと・・・
今余呉町は長浜市となり、上記の事業計画は凍結状態のままだけれど、一市民が個々に利害関係の結びつかない社会の一員となること・・・そして無関心でいないこと・・・それが大事かなと思います。
過疎化する村には、山や緑や海があり自然の恵がいっぱいだ。
その自然の中に、危険物を隠そうとする心貧しき人にはならないで・・・
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by polepole-yururin | 2011-06-15 21:15 | 原発 | Comments(12)
いつのまにかエゴノキは満開になり、鈴なり。
風にゆれて、ゆらゆらゆれて、やさしい香りをふりまいているよ。
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西の日陰ゾーンのエゴノキ
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その隣には、梅花うつぎとピンクのツゲの花♪
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その隣には・・・バラゾーン。ポンポネッラ
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匂いはないが、花びら一枚一枚がハートです
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梅花ウツギの隣には、バラ カルディナル・ド・リシュリュー 一季咲き
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濃い赤に惹かれ去年購入。鉢植えのアイスバーグの枝変わりのバーガンディアイスバーグ
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5年目になる黄色の伊豆の踊り子・・・名前に惹かれ♪
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クレマチスが満開♪ トリカトリ
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地植えのクレマチス エトワール・バイオレット
ハナミズキに絡んで美しく♪
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五月後半から、今にかけての我が家の庭。
今が一番花が多いのかもしれない。
今年は、東北や滋賀、そして入院して・・・と庭をゆっくり愛でることなく・・・雨が降ってしまって・・・
一瞬の華やかさを見るだけになってしまった・・・
画面上でも東北の方へ届くといいな~♪
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by polepole-yururin | 2011-06-13 09:30 | 花のこと | Comments(6)

今の思いを形して~

思いをこめて作る・・・念をこめる・・・
「念ずる」とは、祈りである。
念と言えば、なんか怖い気がするが・・・
念という文字は、今の心と書く。
今の心を形にする。
明日でもなく、昨日でもなく・・・今・・・ただ今。
今の心が、明日を作る。
今、何を思うか、何をするか・・・
その思いこそが、未来である。
未来を想像し、今を思う・・・念
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私の18番・・・お地蔵様つくり。
年に1度、美術工場アゴラで、子供達に混じって粘土で素焼きの置物などを作らせていただいている。
土粘土をこねてこねて・・・塊から形を作る。
こねこねこねて土の感触が手に伝わり・・・
その土の感触は、脳に伝わり、今の思いが混ぜ込まれて、少しずつ形になる。
今の思いは・・・
被災地の方へ心を馳せて
この震災で一瞬のうちに亡くなってしまった方々、そこに残され生きている方々
念ずる思いは何処までか・・・
私の実家の近くの渡願寺の十一面観音は、日本一美しいといわれてる。
この十一面観音は、奈良時代に作られたものだが、織田信長と浅井長政との合戦「姉川の合戦」で、危うく燃えてなくなるかもしれない事態にあったという。
浅井長政の領土は全て炎上し、村人たちは逃げ惑う。
そんな中村人は、日頃自分たちを守ってくださる観音様を、寺の近くに穴を掘り、埋めたんだという。f0215179_21373665.jpg
そして戦火の中で生き延びて、今日までこの美しいお姿を我々に見せてくださっている。
村人の観音様への熱き信仰心の賜物である。
ゴールデンウイークに、実家に帰って、この十一面観音を拝みにいった。
お寺の方が「この観音様は長い手を伸ばして、皆様をお救いしてくださっています。そして11の顔で世を見届けてくださっています。ここにこられたのもご縁。ここにこられなかった方の分まで観音様の思いをもって帰ってくださいませ」とおっしゃった。f0215179_21414886.jpg
村人たちが自分たちの家は燃えようが、この観音様だけは・・・と守り抜いた思いはいかほどか・・・
その話と、被災地の方のいろんな物語が重なり・・・この思いを届けたい・・・
観音様とはいきませんが、私のできること・・・
お地蔵様は、私のシンボル。
お地蔵様は、地獄のそこまで助けに行ってくださるのだという。
誰かの身代わりになって手を差し伸べる。
各地でお地蔵様に出会う。
それもなんもない道端に、作者不明のお地蔵様が、ちょこんと座り、もしくは立っていらっしゃる。
そんな光景に我々は、心を和ます。
かさ地蔵って昔話があったけど、そんなお地蔵様がいたらいいな~と子供の時から思っていた。
思いをこめて、こねこねこねて、いつの間にか20体のお地蔵様が出来上がった。
このお地蔵様をゆっくり時間をかけて乾かしていく。
そしてゆっくり温度を上げて焼き上げていく。
茶色い土のお地蔵様に、息をふきかけるは、火である。
火は、人間の歴史に豊かさを与えてくれた。
人の営みであり、温かさである。
その火を管理してくださるのが、アゴラの先生。
被災地に同じくして心寄せ、いち早く皆に被災地への支援を呼びかけた。
そんな方が、火を灯し、このお地蔵様を焼いてくださる。
私たちが出来ること・・・ひとりひとりの役割は小さなものであるけれど、思いを形にしていくことを、ゆっくり、こつこつと続けることでしかないような気がする。
一つ一つ念には念を入れて~作ったお地蔵様・・・
無事出来上がれば、女川に持っていこうと~。

ps:上記写真は、高月町渡願寺とその境内にある十一面観音様を埋めあった場所。
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by polepole-yururin | 2011-06-10 10:25 | 私のこと | Comments(12)
ベッキーが出前保育に!ベッキーも先生が作る飛行機に感動していたよ♪
この人は、美術工場アゴラの渋垂先生。
阪神淡路大震災の時から、変わらず、子供達に作る面白さを教えている。
のっぽさんか?ワクワクさんか?仙人か?
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5月16日、避難所の女川町立第一保育園にベッキーがやってきた。
我々は、避難所の3歳のまおちゃんと遊んだり、お母さんとお話したり、隣の避難所にカメパオ次郎を見に行ったり、保母さんたちと話したり♪
そんな中、テレビ局の方が打ち合わせに来た。
何事かと思ったら、しばらくしたら、タレントのベッキーがやってきた。
ベッキーは、女川第一保育所での出前保育に参加するために、避難所を訪れた。
大人は、わ~と喜んだ。
子供達は・・・急にきたお客さんに、心許せる余裕はないようだった。
ベッキーはその後、皆に花の種を配って、サインをして帰っていった。
いろんな方が、被災地を訪れている。
その訪れは、被災地の方にとっては、スペシャルな出来事で、サプライズなんだろう。
被災地のみんなの笑顔が出ている・・・・確かに。
ただもう少し、長い時間その場に寄り添いいててほしい。
テレビの画面を通さず、個人でやってきてほしいな~と思ったわけです。

ps:6月10日、読売テレビ「スッキリ!」で、流れるそうです。
どんな編集になっているのだろうか・・・興味津々。
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by polepole-yururin | 2011-06-08 19:19 | 震災 | Comments(4)