ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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バラの歴史

 
             ルネッサンス期を象徴する有名な芸術家の名前をもっらた
                     バラ レオナルド・ダ・ヴィンチ
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バラが地球上に現れたのは、今から数千万年前ともいわれています。
しかしバラの歴史は、人類の文明と不思議な交錯を見せています。
バラが文献に最初の登場するのは、紀元前2000年頃のバビロニアの叙事詩[ギルガメシュ物語」であると言われています。
叙事詩の中では、とげのある植物のたとえとして登場しています。
紀元前3000年から2000年頃のバビロニアは、ペルシャやトルコの隣国であり、ペルシャやトルコはガガリ系などのバラの原種の自生地でした。(この当時のトルコはヒッタイトと言います)
予断ですがバビロニアとは、中学の歴史で習ったメソポタミア文明のところで出でくる国です。
昔習った、目には目を、歯には歯を・・の「ハムラビ法典」は、バビロニア王朝の第6王ハムラビが作ったものです。
又、古代エジプトでは、7000年前の農耕文化の跡からバラの花輪が見つかり、このころには、バラが栽培されていたといわれています。
紀元前300年頃になると、プトレマイオス王朝では、織物や壁画にバラが見られるようです。
プトレマイオス王朝最後の女王、クレオパトラは、香りの高いダマスケナの芳香をこよなく愛し、その花からとったローズオイルを肌に塗ったと言われています。
又予断ですが、そのローズオイル(アロマ)は、今や無農薬のものでは、3ml2万~3万円もします。emoticon-0104-surprised.gif
古代ギリシャでは、バラは詩の中でいっぱい使われていきます。
ホメロスは、若い美しさを「バラの頬」とたとえ、サッフォーはバラを[花の女王」と詠い、アナクレオンは「恋の花、愛しき花」とバラを賛美したそうです。
古代ローマでも、バラは花の女王でした。
神殿の庭にも数多くのバラが栽培されていたようです。
その後ローマ帝国が分裂し、バラはイスラム教徒にとって大切にされます。
そして7世紀に建国されたイスラム帝国が栄えるとともに栽培も盛んになり、新しい支配地であるスペインにバラは持ち込まれ、改良を重ね、多くの品種が出来たそうです。
バラはもともと小アジアに自生していたものでした。(小アジアとは、今のトルコ共和国のアジア領を構成する半島)
それが、十字軍によってヨーロッパへもたらされます。
しかし中世ヨーロッパでは、一般の人々は栽培を禁止され、修道院や教会の中だけでひっそりと栽培されていたそうです。
その後ヨーロッパでは、ルネッサンス期に入り、再び一般の方でも栽培できるようになったのです。
バラの歴史を調べてみると、バラは、文明が栄えた所から始まり、支配者により愛され、領土の広がりとともに旅して、暗い時代と言われる時には、ひっそりと隠れ、そして又華やかな時代とともに開花しました。
なんとなく魅せられたバラですが、繁栄の象徴なのかも知れません。
世の中は、不景気や行き詰まったなどと言われて暗いムードですが、今いろんなバラが見れるということは、
まだまだ繁栄している幸せな時代ともいえるのかもしれませんemoticon-0144-nod.gif
大丈夫~♪
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by polepole-yururin | 2010-05-31 13:28 | 花のこと | Comments(4)
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満開だった華やかなバラも散り始め、かわりに遅咲きの薄ピンクのニュードーンが、日陰で咲いている。
写真ではわかりづらいが、、その下では、ゆりやカサブランカが次の舞台を待っている♪
そして地面を匍匐するように、薄紫のコンボルブルスが涼しげに咲いている。
奥では一回目の花が終わった、黄色のバラ、サハラが次の蕾を少しだがつけ始めている。
手前の鉢には、クレマチスのヤングに変わり、黄色の花を咲かせるハーブのナスタチウムが選手交代して咲いている♪
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奥の深紅の花は、松葉菊。
その横でピンクの月見草がフワフワと風になびいている。
写真の左側のにあるバラは、ストロベリーアイス。
手前は薄紫のロべリア。
奥には白のバラ新雪がちらほらと咲いている。
手前の鉢にはピンクのバラ、レオナルド・ダ・ビンチが咲いている。
水色の涼しげな花は、ブルースター。
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玄関へ続く小道沿いには、ベージュ色のバラのロココ、オレンジのブラスバンド、濃いピンクのポンポネッラ、白のアイスバーグ、黄色の伊豆の踊り子が咲いている♪
この間の雨で、アーチのピンクのバラのアンジェラは散り始め、玄関までの小道は、ピンクのじゅうたんを敷いたようだ。
その寂しさを埋めるように、鉢に植えた濃い紫色のクレマチス、エトワールバイオレットが満開に咲いている♪
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アーチのしたは、バラに変わりにこぼれ種で知らず知らずに芽が出た、青や白、ピンク、水色の二ゲラが咲いている。
月見草と同じく風にふわふわなびき、やさしげな表情を出しているemoticon-0100-smile.gif
我が家の庭は、私が植えた花だけでなく、自然生えした花も表情の一つです。
りっぱな花も大好き♪
自然生えする草花も大好き♪
退屈しない我が家の庭です♪
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by polepole-yururin | 2010-05-31 10:33 | 花のこと | Comments(0)

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今朝、庭に出てみると、昨日とはうってかわって、周りの木々がたいへんきれいに見える。
緑色が増していると言うのか、バラやいろんな花の色も鮮やかさを増している。
なんだか今日はすがすがしいいい日だな~と空を見上げると、群青色の絵の具で塗ったような鮮やかな青い空が広がっていた。
空も幾分か高いように感じた。
周りの景色を見ると、いつもより、木や草や建物や空との距離感がくっきりとわかる。
こんなにくっきりと見えると、うれしい気持ちいっぱいになる♪
見えることにありがたいと思える。
昨日は黄砂で、この近辺はたいへんどんよりとしていて、重い感じだった。
それが今日は、こんなに色鮮やかに見えるのは、風のおかげかな。
この地方の風は、からっ風といい、風が強い。
引っ越して最初の頃は、この強い風がいやだった。
でも今は、この風も大事な存在だと思えるようになった。
風とは、空気の流れである。
そう、流れ・・・・。
流れを止めてしまえば、停止する。
草木は、むれてしまい、うまく成長しない。
建物も人が住まなくなって、窓を開けたりしなくなったら、どんどん朽ちていく。
いろんなものが朽ちていく・・・風が止まったら、停止する。
風は自然現象の代表的なものの1つであり、伝承や信仰においても神格化されている。
日本においては風神。
インド神話では、ヴァーユと言う風の神がいるし、その影響を受けた仏教では、風天が存在する。
伝承においては、カマイタチが風の妖怪だという。
昔の人は、風の存在を目に見えない偉大なものとして感じ取っていたのだろう♪
そう、風は目には見えないものだけど 、動きは教えてくれる。
動き・・・流れ・・・生き物は風によって動かされているのかもしれない。
「風にのれ!」とか「風が吹いてきた」っていう言い回しもあるしね~。
昨日の風は、黄砂を運んできたけれど、今日の風は黄砂を運び去ってくれた。
昨日はどんよりしていた景色が、今日はたいへん鮮やかに見える。
良いも、悪いもあってこそ、物事の本質が際立って見えるのです。
そして、動いている、流れているから、いいのだと~。
風をもっと知りたくなった。
とにかく今日は良い日です♪
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by polepole-yururin | 2010-05-26 20:02 | 宇宙 | Comments(2)

バラとの出会い

                   こぼれ落ちそうに咲いているアンジェラ
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バラを育てて5年。
最初バラを育てる予定ではなかった。
バラは虫に弱く、病気にもかかりやすいといろんな方に聞いていたものだから、その先入感からと、とげがあるので、子供が小さかったこともあり、栽培するには至らなかった。
栽培していたのは、とげのない、育てやすいモッコウバラだけだった。
こんな私がバラを栽培することになったきっかけは、有機、無農薬栽培をはじめたからだった。
本などにかかれてあった、「古くなった土は捨てる」という行為が、あまりにも不自然だと感じた。
肥料も化学肥料を投じるといっぱい花は咲くのだけど、その方程式みたいなやり方が人工的な感じがしたのと、化学肥料や農薬を使った土はやせていくことに違和感を覚えたからだ。
EMという発酵機材が、残飯を肥料に変え、土は循環していくし、植物の成長も違うとある本に書いてあったので、徹底的にEMというものを調べて、実践した。
最初の1年は失敗の連続。
残飯を肥料にするのもにおいはあるし、虫はわくし、液肥を植物に散布すると肥料やけして、かれてしまったり、化学肥料から有機肥料に変えて、土の環境が変わり、害虫が大量発生してしまった。
何度となくEMに問い合わせしたり、有機栽培の本を読んだりいろいろ試した。
そんな中、枯れずにいたのが園芸店で半額以下になっていたので、なんとなく買ってきた無名のバラだった。
バラは、このEMと愛称が良いかもと思い、バラに興味がわいたわけである。
バラは種類によって育て方が違うらしく、名前を知っておくべきだと、バラ研究家の高木さんが言っていたので、名前を見てはてじめて買ったバラが、アンジェラというバラだ。
とげがあるバラは、最初あまり通らない奥の場所に植えたのだけど、1輪、2輪ぐらいしか咲かず、うどん粉病にもやられ、どうしたものかと考えた。
植えたバラの背丈ぐらいにかがみ、日光のあたリ具合を、1年を通して調べたり、冬を待ってそのバラの良き場所を選んで植え替えたり・・・いろいろ試みたわけです。
そして、アンジェラというバラはうちに来て3年後、見事にたくさんの花を咲かせたのです。
そして、その苦心して育てた時間があったからでしょうか、またはバラの美しさに魅せられて、バラにはまっていったのです。
そして育てやすいという品種を選んで、1本、1本・・・年々増えていき、今では50本のバラが我が家にいるわけです。
今は亡きアメリカのガーデナー、ターシャ・テューダさんは、あのすばらしい庭を18年の年月を要して作り上げた。
単純に植えたのではなく、1年1年植える場所を変えてみて、この花や木や球根はどの場所が、一番この子にはいい環境なのか試みていったのだという。
私もターシャさんに見習ってそれに近いイメージで庭造りをしているつもり。
子育ても同じかな~。
その子の良さを十二分に発揮できる環境があってこそ、その子が生き生きできるのだと~。
日々私も母親として、よき環境つくりについて模索している~emoticon-0108-speechless.gif
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by polepole-yururin | 2010-05-24 19:39 | 花のこと | Comments(4)

我が家の庭 5月

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5月の我が家の庭です。
今バラがいっぱい咲いていて、あま~い香りいっぱいの我が家の庭です。
アーチには、ピンクのアンジェラと薄いオレンジからクリーム色に変色するバフビューティーが満開に咲き誇っています。
玄関にもバフビューティー、白のソンブレイユ、サーモンピンクのコーネリアが咲いています。
玄関周りの3つのバラは、半日陰でも耐えうる、そして土壌をさほど選ばずに咲いてくれるバラをいろいろと調べ、捜し求めてみつけたバラです。
特にバフビューティーは非常におりこうさんのバラです。
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庭に戻り、芝を取り囲むように、東にイングリッシュローズの黄色いグラハムトーマス、ピンクのメアリーローズ。
南に、白の新雪、ピンクのストロベリーアイスと、桜霞、黄色のサハラのつるバラ,薄ピンクのニュードーン。
ただこのスペースは花つきが悪く、今年は新雪、桜霞、サハラの花数が少なかったので、ショックでした。
その分ニュードーンが日陰でもたくさんの花をつけて咲いてくれたので、うれしいです♪
手前のバラは、今年仕入れたバーガンディアイスバーグです。
白のアイスバーグのの枝代わりで出来たバラだそうで、、アイスバーグと同じ特性を持っているのならあつかいやすいかも・・・ということと、濃い赤紫の色に魅せられて買いました。
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西にロココ、黄色のサプライズ、サンライトロマンティカ、オレンジのブラスバンド。
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そしてアーチの下には、やわらかいピンクのコティヨン、薄ピンク色とクリーム色の微妙な色合いを見せるマチルダとアンネの日記のアンネにちなんで名づけられた黄色からオレンジそして、薄い赤に変わっていくアンネが咲いています。
我が家のバラは、場所によってたいへん咲き誇り方が違います。。
いろいろ考えた末、やはり日光の当たり方に問題があるようです
バラ栽培には、日光がたいへん欠かせないツールです。
世に名高きクレオパトラやナポレオンの皇后ジョセフィーヌが愛したバラだけあって、思い存分の光が必要なのでしょうかね~emoticon-0105-wink.gif
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by polepole-yururin | 2010-05-24 09:12 | 花のこと | Comments(0)

小さな訪問者♪

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今日我が家に小さなお客様が、来てくれました。
5歳のお客様、数人です。
[こんにちは~♪」と玄関からかわいい声が聞こえます。
「は~い♪」と玄関に行ってみると、ま~かわいいかわいい幼稚園の女の子たちがいました。
思わず「あら~、かわいいね♪」と言わずにはいられない感じです。
お兄ちゃんの石鹸をみて、「私も!」とアロマの石鹸を作りに来てくれました。
席についてもらって、石鹸の説明をしていきます。
「みんなこれが石鹸のもとです。これで、色をつけていきます。みんなカレー知ってるよね?」と聞くと
「は~い♪」とみんながいっせい手を挙げます。f0215179_20504198.jpg
次にアロマの香りを順番にかいでもらいます。
「これはスウィートオレンジです。みんな、みかんは知ってるよね?」
「は~い♪」
[これはレモンです。これはグレープフルーツです。わかる?」
「は~い♪」とみんなは、毎回手を挙げて返事をしてくれます。
もうかわいくてかわいくて・・・こんなに幼稚園の時は素直で、小さくて、かわいかっただろうかな~と息子の小さな時を思い出そうとしたのだけど、隣にいてお手伝いしてくれる息子とその友達を見ても、どうも結びつかない。
たった5年しかたっていないのだけど、こんなに小さかったのだろうかemoticon-0111-blush.gif
時とはおそろしいもんです。
でも5歳といえども、今日の生徒さんはたいへんのみこみが早いです。
小さな小さなぷっくっとした手で、上手に石鹸を練っていきます。
時にはおにいちゃんにお手伝いしてもらいながら、かたどりしていきます。
「出来る?手伝おうか?」なんて5年のお兄ちゃんは、声をかけます。
あらあら~すばらしき兄妹愛emoticon-0142-happy.gif
上手に石鹸が出来上がりました♪
「これきれい♪」「こっちもきれい♪」「わーいわーい♪」
小さなかわいいお客さんは、バラでにぎわう庭で、しばらくはしゃいでいました♪
お母さんが迎えに来たので、出来た石鹸と、お菓子と、少しのお花を小さな手に握り締めて、「ありがとうございました♪」と言って帰っていきました。
お母さんから「今日の石鹸づくりのことは、幼稚園の園長先生にも子供たちはお話したそうですよ♪」とおっしゃっていました。
あ~ほんまに愛らしい子達だな~と心が温かくなりました。
上の息子が中学になり、家族のあり様が変わってきました。
かわいいという存在ではなくなり、頼もしい感じです。
息子が幼稚園の時のこと・・・、ある本に「子供の時代は親へのプレゼントです。」というフレーズがありました。
そうなんです。
小さい時は、親にとっては手のかかる存在なんですが、今思えば、心を和ましてくれるかわいいかわいい天使さんなんですよね~。
今日はかわいい訪問者さんからそんなことを教わりました。
来てくれてありがとう♪
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by polepole-yururin | 2010-05-21 20:56 | アロマテラピー | Comments(0)
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雨にも負けず、風にも負けず・・・。
今日たまたまテレビを見ていると宮沢賢治の特集をやっていた。
宮沢賢治といえば「風の又三郎」「注文の多い料理店」「よだかの星」「銀河鉄道の夜」「セロひきのゴーシュ」などなどたくさんの童話を残された作家だ。
子供の時から教科書や図書室や教育テレビなどで読んだり、見たりしたなじみの深い作家である。
近年は特に、宮沢賢治ブームだと思う。
NHK教育テレビでは、「日本語で遊ぼう」の番組で、「どっどど どどうど どっどど どどう 青いくるみをふきとばせ すっぱいかりんもふきとばせ どっどど、どどう どどうど どどう」と野村蔓斎が子供たちとリズムに合わせて踊っている。
宮沢賢治の物語は、あの当時では、たいへんファンタジーあふれるお話だったろう。
そろそろ西洋の文化、外国語が使われるようになった頃、宮沢賢治のお話は、異国情緒も感じられ、主人公も時には外国人であったりと、その当時の読者には、刺激的だったのではないだろうか~。
しかし宮沢賢治の物語は、賢治が亡くなってから評価された。
賢治は、童話作家を目指し上京するが、日の目は当たらず、岩手に帰り、農業学校の教師となり、農民のために働いた人だ。
農業を科学的に学び、そして、農民に伝え歩き、そして農民に芸術を教えたという。
賢治はクラッシックが好きだったそうで、200枚近くのレコードを持っていて、農民たちに聞いてもらう試みもしていたという。
貧しいながらも心のゆとりを持っていただきたかったようだ。
そして高い農業技術のノウハウを知る賢治が、ある会社からお願いされて、サラリーマンとなり、石灰を営業しながら売り歩いたという。
賢治は結核をわずらいながらもこの仕事に没頭し、倒れた。
「雨にも負けず、風にも負けず・・。」これはその頃賢治が、手帳に記した文章だったそうだ。
これは自分自身への言葉だったが、貧しき農民への、そしてがんばっているみんなへのエールだったのかもしれない。
子供のころ、背の低かった私は、重いランドセルを背負って、小学校までのそこそこある距離を歩いて登下校していた。
私が「あ~あ、今日は雪がすごいな~。」「雨がすごいな~。」などとつぶやくと、
「雨にも負けず、風にも負けず・・・がんばっていってらっしゃいな~。」と母や祖母にいわれたものだった。
小さな頃から私も、賢治から声援をもらっていたのかも知れない~。
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by polepole-yururin | 2010-05-19 15:35 | 私のこと | Comments(2)

矢車草

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何気に道端に矢車草が咲いている。
濃い藍色、水色、白、ピンク。
私は、ブルーの矢車草が好きだ。
ちょうど5月ごろ、昼間は暖かく夕方になると涼しくなる季節。
そして、学校にも少しなれてちょっと一息つく頃がこの矢車草が咲く季節。
昔の話~。
「お母さん、今日学校でこんなことがあったの。ちょっといやだった。は~・・・」とやっと休みをもらったお母さんが草むしりをしているところに話しかける。
お母さんは忙しそうにもくもくと草をむしっている。
「ほーか~、しんどいな。ま~神さんは見てるさかい、お前はまじめにやってなさいや~。」
と目線は草にやりながらぼそぼそと答えてくれる。
「うん、そうやな~。」といいながら草をむしっているお母さんの側で、ちょっと大き目の石に腰を下ろし、この空間を楽しんだ。
日が暮れて、あたりは薄紫色に染まり始める頃、ちょうど裏庭のブルーの矢車草が涼しい風になびき、フワフワとゆれている♪
ブルーの矢車草があたりの薄紫色に同化しそうでもあり、逆にもっとそのブルーを際立たせているようでもあり、カザグルマのような繊細な花が美しく咲いていた♪
あ~なんてきれいな花なんだと思った。
矢車草は、鯉のぼりの矢車に似た花形からつけられたそうだ。
日本の名前のつけ方はほんまに形の連想から来たものが多い~と思う。
矢車草の花言葉は「繊細、無邪気、幸運」だという。
ちょっとしんどい私の心と、矢車草は同調したのかもしれない♪
今、上の息子が中間テスト前で、中学の勉強の多さと部活動や学校の厳しさに、ちょっぴりしんどがっている。
ま~矢車草を見つけたもので、勉強机に飾ってみました♪
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by polepole-yururin | 2010-05-17 11:17 | 私のこと | Comments(4)

山元加津子さんの講演会

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昨日は山元加津子さんの講演会に行ってきました。
これでカコちゃんの講演会は2回目です。
1年前に岐阜の船戸クリニックで「宇宙の約束」という映画鑑賞会と講演会がありました。
そのカコちゃんのお話や養護学校の子供たちのすばらしさに感動し、カコちゃんの本をすべて読破しました。
私は、知りたがり屋なので、何々?と思うものがあるとその関連のものを知りつくしたいという衝動にかられ、本をむさぼりはじめます。
そして自問自答したり、良かったらお友達に教えたり~そんな感じです。
我が家は小さな図書館です。
カコちゃんは、優しい養護学校の先生です。
カコちゃんの発想は、たぶんしきたりや世間の常識にとらわれない、人間を個々の存在として観てらっしゃって、大人側の目線ではなく、いつも子供側の、相手側の目線で話が出来る方なのだなと思います。
最近スピリチュアルブームで、いろんな方が講演会やセッションなどされています。
この感じは、いいものもありますが、宙に浮いた感じのものもあるように思う中、カコちゃんは、「今ここにアル」という方です。
現実をしっかり生きてらっしゃって、それでいてその生き方に精神性が宿るといいましょうか~。
よく目にするスピリチュアルは、現実と分離して一人歩きしている感じがします。
スピリチュアルとは霊性のことで、霊性とは幽霊のことではなく、霊感のことでもなく、人間が持つ神秘であり、生き方そのものだと私は思います。
誰かが特別に持っている能力でもなく、ごく自然にアルものが霊性、スピリチュアル。
カコちゃんは、そのことを教えてくれています。
カコちゃんの近くにいる子供たちは、障害を持っていらっしゃるお子さんです。
その障害があるがゆえに、普通ではないと思われていました。
でもその障害とはいったい何なのでしょう?
カコちゃんの近くにいるお子さんたちは、もともと持っている人間の神秘、純粋に生きるということをしっかり理解している方々です。
そして無条件の「愛」を知っている子達です。
私たちは生まれてきて、いろんな条件や枠の中で育てられます。
そしてこれこそが良き生きる道でとある思い、生きています。
でもその条件や枠は、世間体というものであったり、先を生きている大人の思いだったり・・・。
普通であるという言葉で安心して、見えているものが見えなくなっているのかもしれないな~と思います。
病気をしたり、事故に巻き込まれたり・・、普通からちょうっと外れてみたら、見えていなかったものが見えてきたりします。
本来知っていることを思い出すのだと思います♪
カコちゃんや子供たちは、そのことを教えてくれているようです。
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by polepole-yururin | 2010-05-17 10:16 | ある人 | Comments(0)

手芸教室

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昨日は久々の手芸教室でした。
ある子が、あたらしい本を持ってきて、「今日はこれを作ってみたい。」と毛糸で出来たケーキのマスコットを指差しました。
早速私は、二階の押入れの中を探して、毛糸を調達。
本を見て、作り方を理解して教えます。
ポンポンを作ってそれに、毛糸とフエルトでデコレーションします。
本の毛糸より、ここにある毛糸は太い毛糸なので、毛糸巻きは60回に減らし、糸巻きしてもらいます。
「え~!60回も、巻くの!」と叫びながらもせっせと糸巻きします。f0215179_1340627.jpg
「出来たら、しっかり結び、まる~くカットしていくよ。」と少しさわりをやってみせます。
「こんなに切っていいの?散髪屋さんみたい♪」と言いながらはさみを動かします。
ある子は、淡々と今日もフエルト人形を作ります。
「お母さんの干支の羊をつくるね♪」と型紙をかたどっていきます。
ある程度すすんだら、お茶とお菓子をいただきます。
私が「ポンポンは、4年生の時にいっぱい作っていたよ。さくらんぼみたいなポンポンのマスコットを作ってかばんにつけていたな~。」というと、「あ~~ん。」と頭の中でさくらんぼ様のポンポンを子供たちは、イメージできたようでした。
学校のことやお姉ちゃんのこと、お母さんのこと、塾の先生んちの犬が病気でね~とかいろいろお話をしてくれます。
ま~昔の駄菓子屋のおばちゃんみたいなもんです。
こんな風にまったりとした時間を過ごします。
予断ですが・・・最近ゆとり教育のしわ寄せか、学校の授業内容がかわりました。
最近の子供たちの学力は低下しているといわれ、国語、算数、理科、社会の中身が増えました。
それに変わって、図工、書道などの時間をゆっくりとるゆとりがなくなってきているようです。
えのぐ、書道の道具を忘れれば、それは宿題となります。
先生方も忙しいことでしょうが、子供たちも教育の方針に振り回されているように思います。
いい教育とは、いったい何なんでしょう?
答えはないのですが・・・。
教育をする大人たちが、あ~でもない、こう~でもないと定まらず模索しているのです。
その方向性が定まっていない教育を受ける子供たちは、ホントしんどいと思います。
重きを置く教科、手薄になる教科・・・。
物事には遊びが大事だと思います。
遊びとは、命令、強制や義務からではなく、自主的なもの、そして創造する事で、そのような遊びとは案外手薄になる教科、意味のないと思われるようなことの中にあったりするものかと~。
そしてアソビとは、「間」のことだとも思います。
ゆとり教育が示したゆとりと、本来のゆとりの意味を間違えてしまわないように、大人は賢くならないと♪
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by polepole-yururin | 2010-05-15 13:51 | 子供たち | Comments(2)