ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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カテゴリ:思うこと( 123 )

モンスター

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12時を少し過ぎる頃・・・月明かり草木眠る頃・・・
君の涙で 僕は目覚める
今宵の闇へ 君を連れ出す
僕の記憶が全て消えても 生まれ変わったら また君を探す
見かけじゃなくて 心を抱いて
満月の夜 君を見つけた Мonster
Мonster

アイドル歌手「嵐」の「Мonster」という歌の終わりの歌詞である。
嵐は今、巷で人気で、テレビにもいっぱい出ている。
息子の同級生の女の子には、ファンが多く、そのお母さんまでもがファンである。
嵐のグループ名は「世界に嵐を巻き起こす」ということをコンセプトにつけられた名前だそうで~。
「嵐」は、本来日本語では、「荒風」といい、山から吹き降ろしてくる風を「あらし」と呼んだ。
万葉集では「山風」「下風」「山下」という漢字であらわしたそうだ。
このアイドル歌手「嵐」は、我が家の息子たちにも小さな嵐を起こしていて、時々CDを借りに行く。
CDにダビングしていつも車の中で聞かされる。
Мonsterの曲が流れると、「見かけじゃなくて 心を抱いて」の歌詞だけが耳に残る。
そうだな・・・「見かけじゃないんだよ!心なんだよな・・・」と寅さん風に感じ取っている。
ちょっと前ドキュメント番組で、韓国の美人の方が大やけどを負ってしまい、顔は無惨にケロイド状態。
その彼女は、事故にあう前は、みんなからモテモテで、人生でも先を行く人だった。
が、ケロイド状態になり、みんな怖がった・・・彼女も自信をなくし、自分を恨んだという。
しばらくして、そんな彼女を励ます人たちが現れた。
今まで生きてきた時とは違う方とのめぐり合わせ~。
心のそこから感謝し、こんなに明るい気持ちになったのはこの状態になってからだと、彼女は事故後の自分を愛するようになったという。
その方の本が、韓国で注目を集め、その人から勇気をもらっているという方がいるという。
そんなことを思い出した。
ミュージカル「美女と野獣」も見かけじゃなくて・・・心を抱いて・・・
美女の愛する心が、野獣から美しい王子様へ。
心は何処にあるのだろう~。
人は、人も物も見かけ、見えるもの、前にあるものに、ついつい反応してしまい、その人をその物を判断する。
その奥に秘めた大事なものを、感じ取れる・・・心を抱くこと・・・できるでしょうか?

昨日上の息子が、タルタルソースがかかったお肉をレンジで、チンした。
長くチンしたものだから、タルタルソースが固まって、見栄えが悪くなった。
「僕、いらないわ~。」と先ほどは僕が食べる!!と言っていた息子がいう。
「みーかーけーじゃなくてー、こころーをだーいーてー♪」私が歌った。
「こんなオンチじゃ~つたわらへん!」と上の息子が言い、肉は下の息子が食べた。

僕の記憶が全て消えても 生まれ変わったら 君を探す
この家族・・・それぞれが探し当てたのだな♪
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by polepole-yururin | 2010-08-30 09:57 | 思うこと | Comments(0)

自分って

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自分の身体は絶妙だ〜と思ったことありますか?
私は最近賢いな〜と思った。
熊野古道への旅行中にしみじみ感じた。
馬越峠近辺はたいへん山が深く、天気もかわりやすく、トンネルも多く、運転するには、ちょっと怖い。
私は助手席に座っていたのだが、急に多弁になってきた。
そしてしきりにガムをかみはじめる。
そんな私を私が気付いてしまった。
あ〜、これパニック障害でつらかったときに、しきりに飴と水分を手放さなかった〜似てると。
また、以前盲腸の緊急手術をした時、自分の知る職場で手術をうけたのだけど、その麻酔をかけられる前、漫才しているように多弁になったな〜と。
恐怖をなんとなく感じているとき、身体はその恐怖や不安を紛らそうと口を動かしている〜私の場合。
無意識にそうしている。
ただホントに紛れる不安。
こうしたほうが紛れるとどこかで学んだわけでもなく、身体が勝手に私を動かす。
意識を飛ばすために〜。
当たり前のことだけど、当たり前のことに気付いたことに感動した。
身体ってえらい、自分ってえらい。
自分は自分をちゃんと守っているんだな〜。
医療用語に恒常性という言葉がある。
いつも同じ状態、環境を作るように身体が整えている。
これをホメオスターシス=恒常性という。
ホルモン、神経、免疫系において、動物すべて絶妙のバランスをとっているわけで〜。
何げに無造作に選択して行動しているようで、人はその人にあった対象法を知らず知らずに知っていてバランスをとるように対象する。
私の場合、多弁になったり、ガムをやたらムシャムシャかみはじめたら、不安ぎみか緊張しているわけで〜。
自分のパターンを客観的に見るってこういうことでもある。
自分の絶妙な自分へのカバー。
自分ってすごいのだ。
知っていたつもりの自分、実は知らないのかもしれない。

つゆくさの青〜私は好きだ。
この青、私の何かを知っているのだな〜♪
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by polepole-yururin | 2010-08-26 17:18 | 思うこと | Comments(0)

米 こめ〜

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この間、ブックオフで、宮崎駿の文庫本を見つけた。
「シュナの旅」・・・この物語は、宮崎さんが、チベットの民話「犬になった王子」を元にアニメーション化した本だ。
穀物を持たない貧しい国民の生活を愁えたある国の王子が、困難の旅の末、竜王から麦の粒を盗み出し、そのために魔法で犬に変えられてしまうが、一人の娘の愛によって救われ、ついには祖国に麦をもたらすと言う民話だそうだ。
この「シュナの旅」はチベットの民話以上に、いろんなテーマをお話に取り入れていて、いろいろ私たちに投げかけているように思う。
この話では「黄金の穀物の実」とだけ表している。
私は、この「黄金の穀物」を「米」と解釈した。
米は、今私たちは当たり前のように口にしている。
主食として、日本人にはたいへんなじみの深い食べ物である。
中学の歴史でも習うように、米は、縄文時代中期に朝鮮半島から日本に、又は中国から琉球、そして本土に伝わったものだと言われている。
縄文時代では、狩猟が中心であったが、稲作が伝わると、狩猟時代に比べてであるが、日本人は安定した生活を得ることが出来たと想像する。
当時の日本人にとって「米」を見たとき、どのような思いだったのだろうか?
小さな米粒が1本の稲になり、収穫時期には、たくさんの穂を実らせる。
それを増やして、又増やす・・・すばらしい種だったろ♪
米は、いろんな食物と比べ、栄養価が高く、エネルギーはもとより、たんぱく質、ビタミン、ミネラル等バランスの取れた食品である。(玄米)
農林水産省では、米の字の由来は、「十」に米粒が四方に飛び散った所を表した象形文字だという。
又他の由来には「米」は「八」「十」「八」と書き、これは米が実るまでに、88回の手間をかけるからだといっている。
でも・・・
ある本に「米」の字の由来は光だと言っていたことを思い出す。
収穫時期に、黄色い?黄金?の稲穂を見て、光り輝やいていたことから「光」から光のマークがなんとなく「米」という形になったのでは・・・と私は考える。
この「シュナの旅」の物語からしても、「光」が「米」を表しているのではないかと思った!
米の種を(「米」だけど)得るために、シュナはいろんな冒険し、体験した。
人間が生き抜くために、人はあらゆる手段で生きのびようとする。
人を食い殺し、人を奴隷にし、人を殺し・・・・そんな無残な生き方から逃れる・・・それが「黄金の穀物」を手に入れ、収穫し続けること・・・。
「米」を得ることで、人間の本来の生き方とは・・・人間の本質・・・魂=光に戻るのだと思う。
そう思うと、今私たちは「米」を当たり前のようにいただいているわけで・・・
ご飯を食するたびに、誰かと争わずとも、蹴落とさずとも、誰かの犠牲の上に生きるのではなく、何かをすることなく個々にこの地球に生き続けることが出来る存在であることを、自覚したいと思う。
これは私の「シュナの旅」という本から感じた解釈である。
ちょうど今、「仮暮らしのアリエッティ」が上映されているからか、昨日ある本屋で宮崎駿のコーナーが設置してあって、この「シュナの旅」がたくさん置いてあった。
この機会に一度「シュナの旅」を読んでみてほしい。
いつかこの「シュナの旅」が映画になればいいのになあ~♪
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by polepole-yururin | 2010-08-04 10:57 | 思うこと | Comments(6)
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暑中お見舞い申し上げます!
たいへん暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしのことでしょうか?
今日から下の息子が夏休みに入り、今夏のドリルをやっています。

朝ドラ、ゲゲゲの女房の話。
今、水木しげるは、プロダクションを作り、3人のアシスタントを雇いました。
二人は、マンガもうまく、てきぱきと仕事をこなします。
が、かんぴょうと呼ばれる栃木から来た人は、マンガの才能もなく、仕事をさせても足手まといです。
そんなかんぴょう君の仕事は、原稿を事務所に届けたり、しげるの子供のお相手をしたり・・です。
そんなかんぴょう君を、上の息子は、「なんで、しげるはこんな人を雇うんやろう?僕やったら、せっかく描いたマンガの原稿を、汚したり、失敗してしまうかんぴょう君は、絶対雇わない。」と
すると下の息子は、ガンダムの人形を触りながら「僕、この人好きやな~。」と
何が正しいというわけでないけれど、このかんぴょう君の存在は、感じる人によって良くも悪くもなる。
上も息子は、今、中学~。
余裕ないのかな今・・・
テストの成績も順位が出る・・・数字で判断される・・・優秀かどうか・・・
部活での選手選出・・・早いかどうか・・・
かんぴょう君は、たぶんゆるみ・・・遊び・・・間の存在として、忙しい水木プロダクションの大事な役割をになっていくのだろうな~って思ったわけです。
「僕、好きやな~♪」・・・え~感じやわ~♪
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by polepole-yururin | 2010-07-23 08:54 | 思うこと | Comments(8)

感謝~

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人は落ち込んだり辛いときには、まわりの方のやさしさがたいへん有り難く、心にしみる。
何気ない仕草、声かけなどなどが冷えついた心に染み渡る〜。
ありがたい〜ありがたい〜感謝。
しかし人は順調にことが運んでいる時、小さなことに目が向かなくなるかな〜と。
誰かに認められ、うまくいっているとき、これは私の力だと錯覚してしまうことがある。
自信をもつこと自立という言葉は、たいへん難しい言葉だと思う。
人は順調にいっているとき、誤って高慢な心をいだいてしまうこともある。
自分の力を過信する〜。
人は一人では生きていけない。
人は、一人でも生きていけると思っていても、いろんな人の関わりの中で生きているのだから〜。
大なり小なり色んな人がフォローしているわけで〜。
うまくいく、それは自分の力でもあり、またもっと自分を多くの人が支えていることでもあるのだから。
うまく行っている時こそ、感謝を忘れてはいけない。
人は落ち込んでうなだれる。
頭を低くして、はじめて人の見えないやさしさが見えてくる〜。
頭をあげたままでも感謝を忘れずにいたいものです。
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by polepole-yururin | 2010-07-16 17:57 | 思うこと | Comments(2)

人の心の内は〜

                   ピンクのベルガモットが咲き出した♪
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ゲゲゲの女房の話。
古本屋の亭主が、終戦間際シベリアに送られて、帰還後は、人が変わったように腑抜けになってしまった。
定職に就かず、病気がちで、競馬に行く~。
昔はまじめで、働き者だったんだ~。
そんな時、ある友人の話を思い出した。
ある友人は、貧しい家の次男坊で生まれた。
貧しさゆえに中学で、家を出て料理人の修行に出たそうだ。
今みたいに、料理学校がある時代ではなく、ひたすら早朝からジャガイモの皮むきやキャベツの千切りだけをやらせられ、技術は師匠のまねをして覚える。
ネタ帖をつくり、だしも見よう見まねで、感覚、自分の舌で覚える。
こうしてこの人は、腕利きの料理人になった。
しかしこの人は、ある時から酒におぼれ、身体を壊し、一人寂しく死んでいった。
人からは、酒にお漏れた弱い人、どうしようもない人と言われて~。
人が人生から脱線していくのは、どうしてか~。
生まれつき人生に脱線していたわけではない。
子供のころは、いろんな夢を持っていただろうし、幸せな人生を考えていただろう。
その歯車がかみ合わなくなる~。
私は昔この友人の話を聞いて、酒におぼれる人が悪い、悪に手を染める人は悪い、弱いこの人が悪いのだとおもっていた。
けれどその人を、追い込んだきっかけ、出来事がある。
そのきっかけ、出来事は、強者側から考えても、本当はわかりっこない。
対岸の向こうから川を眺めるのと、川の近くのこちら側から見るとは、風景がぜんぜん違うのと同じように~。
大半のお酒におぼれた人や悪いことに手を染めてしまった人は、心の優しい人である。
やさしさゆえに感情を抑えてしまい、人生の流れを自分では突破できず、その場に埋もれ、行き場を探す。
それが、この人はお酒であった~。
誰一人その人の存在価値を認めることが出来なかった。
存在価値・・・人がこの世に生きていられること、それは、自分のこの世における存在価値だと~。
一人でもその人の存在価値を認めることが出来たなら、その人は対岸からこちらの岸へ来れたのだろう~。
この人の寂しさを、つらさを今私は少しだけど、共感できたように思う。
共感というのは、同情ではない。
同情は、まだ対岸でこの人を見ていることかなと。
共感とはその同じ岸で感じること。・・・その人のいる岸を創造しうることだと~。
わかっていたつもりが、ひとりよがりの自分勝手な感情でしかない・・・本当は。
人の心のうちは、わかりにくい~。
わかりにくいゆえに、理解しようとする側は、少しでも心のゆとりを持つことが理解の一歩かもしれないと今思う。
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by polepole-yururin | 2010-07-02 08:48 | 思うこと | Comments(4)

我に返る パート2

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一生懸命、人に世話をしている人がいる。
たいへん優しく、献身的で、話しやすいし、いい人だ。
そんないい人が、また苦労を背負っている。
つらいことが起こってしまう。
そんな方、まわりにいないだろうか?
または自分がそうだと、ふと我に返らない?
こんなによい人なのに、なぜ天は苦しみを与えなさる!?
そこには、愛は愛でも、自己犠牲の愛だからかも・・・となんとなく思った。
キリスト教では自己犠牲の愛を唱えるところがあるし、私たちも人のために尽くしなさいと親や大人に言われた記憶がある。
自己犠牲の愛は、小説や物語にもなりえる題材である。
しかしその物語で悲劇のヒロインは、悲劇の主人公で、幕を閉じてしまう。
これは上記の方のパターンかも。
でも今私たちに必要なものは愛だけ。
他人への愛と自分への愛。
そう、自分を大事にしなくてはいけない。
今自分は、余裕なくしてまで献身的にならずともよい。
自分の感情を押し殺していては、いくら現実は安定していても、表面的な安定であり、誰かの犠牲に浮上した安定である~と。
この押し殺した感情は自分を苦しめる~。
ある人は症状としてあらわれ、ある人は日常の出来事に現れる~。
自己犠牲の愛は、知らず知らずに依存を作り、誰かの自立を妨げているかもしれない・・。
まず自分を大事にしよう!
そうしないと悲劇のヒロインは、シンデレラにはなれないよ~。
ホント、自分は自分を知っている♪

追伸:感情を押し殺すな・・・とはいっても、感情をどば~っと吐き出すのじゃなくってよ♪

追伸2:好きなことをしよう!やりたいことをしよう!それが基準となるべきだとある先生が言っていた♪    
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by polepole-yururin | 2010-06-23 17:25 | 思うこと | Comments(4)

我に返る

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いつも平常心を保とうと心がけている。
でも自分が何かを吹っかけずして、突然問題が生じることがある。
え?どうして?なんで?不愉快な出来事に私の感情がひっぱられる〜。
必死に心で笑顔をつくり、気持ちを反らす。
でも突拍子もなく、負な出来事に私の感情はどうして?どうして?と悲しくなり、情けなくなり動揺する。
そんな私を見て、主人が言った。
人は変えられない。
ふと我に返った〜。
人は変えられない〜。
「自分が代わる」・・・・・どれだけかわればいいのでしょう?
また同じパターンをくり返しているのでしょうか?
これは私の何への問い掛けか・・・・?
なんとなくまた浮かんだ言葉 ・・・「距離感」
私は、良かれと我が身を削る癖がある。背負う癖〜。
離れなさい・・・離れなさい。
自分のやれる範疇を感じなさい。
あ・・・・今我に返る〜。
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by polepole-yururin | 2010-06-23 11:25 | 思うこと | Comments(4)

気分転換

                        私が作った人形
     座禅をして無になることもいいけど、ちょっとつらい時は横になる(好きなこと)ことも極みなり♪
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今日の「ゲゲゲの女房」のお話。
どんなにがんばっていても、貧乏から逃れられない・・・これでもか、これでもかと追いかぶさる不幸・・・。
そんな時しげるは、高価な軍艦のプラモデルを買ってきて、ひたすらプラモデル製作に打ち込む。
ゲゲゲの女房は、そんなしげるを見て、苛立っていた。
どうして、節約してくれないの・・・?と。
そんな時、貸本マンガの店主に「男はどうしようもない時ほど、熱中するものがほしくなるものだ。」と言われたことを思い出す。
そして一緒にプラモデルつくりを手伝う。
「気落ちしていても始まらない。ますます貧乏神に取り付かれる・・・。くよくよしているより、楽しいことをしとけば、自然と気持ちも朗らかになる・・・。」としげるが言った。
そうだな~と思う。
人は、思いに引っ張られる・・・。
つらいことがあると、その時沸き起こった感情に引っ張られてしまう。
その不安という感情は、またさらに不安という感情を生み、連鎖していく。
よく最近の本に、思いが現実を作っていると言っている本があるけれど、これは、魔法でもなく、神様の仕業でもなく・・・当たり前のこと。
人は脳を持っていて、その沸き起こった感情が脳に伝達されて、神経系の伝達により、アドレナリンやノルアドレナリンが出たりして、行動に移る。(かなり省略しているけれど・・・)
その緊張や不安の連鎖は、そのままにしておけば又不安を生む。
これを知り合いの医者は、「脳の暴走」と言っていた。
だから、人は自らこの連鎖を断ち切るように意識の方向転換をすることが良いようだ。
たとえば、お相撲さんが、相撲をとる時に、「パンパン!!」と身体をはたく。
これは、単に儀式のように思えるが、れっきとした方向転換♪
高ぶる緊張に活を入れることにより、この緊張を自分のために向ける。
自分を取り戻す・・そんな感じだと私は思う。
「ゲゲゲの女房」のしげるもそんな感じかな。
つらい時に、楽しいことをする。・・・そう楽しいことをすることも意識の転換。
楽しいことをすると、脳内ホルモンのエンドルフインが分泌されると言う。
エンドルフィンは、幸福ホルモンというらしい。
ちなみに、エンドルフィンは脳内麻薬といい、麻薬の6.5倍の鎮痛効果があるという。
つらい時には楽しいことをして、自分から幸福ホルモンを分泌させて、幸福感に満たされよう♪
すると、つらい感情はいったんシャットアウトされ、幸福感からの感情が連鎖される♪
そして、人はそのhappy感情に引っ張られ行動に移すのではないのかな~。
どうかつらい時や逆境にある時には、よけいに楽しいことに目を向けてほしい。
私も今日は、趣味のガーデニングをやろうと思う♪
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by polepole-yururin | 2010-06-16 09:43 | 思うこと | Comments(2)

蜘蛛の糸

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この間、蜘蛛の子を見つけたものだから、蜘蛛関連のことを調べていたら、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」にたどり着き、芥川龍之介の本を何冊か借りてみることにした。
芥川龍之介と言えば、「羅生門」「鼻」は中学か高校の時に国語の授業で習ったぐらいで、自ら手を伸ばして読もうとは思わなかった。
純文学とか言われていて、なんか敷居が高い感じがしていて、私にはわかるわけがないと思い込んでいた。
文学、芸術などなどという言葉は教養がないとダメ〜およびじゃない〜と(;_;)思っていたし、怖いって感じもしていた。
が、今回、読んでみて〜・・・どれもおもしろいし、読みやすい。
なんだなんだ〜ってうれしくなった。
「蜘蛛の糸」は、なんか見覚えがある物語。
昔はある男がいろんな悪さをして地獄に落ちたのだが、お釈迦様が、その男が生前踏み殺しそうとした小さな蜘蛛を、心改め殺生しなかったことをとりあげ、その男を助けることにした。
その男の前に、蜘蛛の糸をたらした。
男は、一生懸命、蜘蛛の糸をたどりたどり上っていく。
ある時ふと足元を見ると、我も我もと地獄にいた人々は、蜘蛛の糸をみつけ上りはじめる。
それを見た男は、下から上りはじめた地獄にいた人に、大声で怒り蹴散らす。
・・・・・・蜘蛛の糸は切れ、その男は地獄に落ちてしまった〜という話。
人間と言うものは・・・・。
自分さえよければ〜という気持ち。
慈悲の心なき・・・芥川龍之介の作品は、このように人間の過ち、さとりながらもまた繰り返す強欲、己を忘れてしまう・・・あさましき人間よ・・・とでもいっているようで〜。
蜘蛛の糸というのが、またいい感じ♪
ぎりぎりのところにいる極限の心境が伝わる〜。
私たちも蜘蛛の糸をたぐってみると、ふとした拍子に、違う世界に行ってしまうのかもしれない〜。
蜘蛛の糸を見つけたら、愛ある心に向き合おう006.gif

追伸~「蜘蛛の糸」を読んで、無造作に絵を描いてみた。
それを見て息子たちがが、この絵のお話知ってると言って話をしてくれた♪
なんだ〜みんな知ってるんだ〜(;^_^A
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by polepole-yururin | 2010-06-08 08:53 | 思うこと | Comments(2)