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つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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カテゴリ:原発( 31 )

まずは知って、阻止しましょう!
この私たちの住んでいる日本を大事に思うのなら


出来る事をこつこつ続けましょう!

⇩浜岡原発
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本日大事な話をお知らせいただいた。
以前アーサービナード氏のYouTubeでも、話が出た、日本が核の最終処分場になると言う話である。
この話を聞いたときは、早く安倍政権が止まって、原発に対しての正しい処理をしてほしいと願った。
安倍政権は本当に日本を毒の中に投入し続けている。
お金ですべてがよしになってしまう日本の愚かさを見続けるばかリ。
早く退陣してほしい。
このおかしい世界の事情を正すものはいないのか!?

ここに関連サイトをあげています。目を通してください。
アーサービナード氏のYouTubeリンクします。
ちょうど35:48の所に最終処理場の話が出ています。

ー他Blogー
私がローマでひとり始めたわけ

velvetmorningBlog




・・・
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by polepole-yururin | 2016-06-13 09:53 | 原発 | Comments(2)
関電高浜原発3・4号機の運転差し止め 大津地裁仮処分決定
2016/3/9 15:42  日本経済新聞 添付
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 関西電力高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は9日、運転を認めない決定をした。東京電力福島第1原発事故後に再稼働した原発の運転を禁止する司法判断は初めて。仮処分決定は、訴訟の判決と異なり直ちに効力が生じるため、2基はいずれも運転停止の状態に追い込まれる。
 今後の司法手続きで判断が覆らない限り運転は再開できず、関電の経営にとって大きな打撃となりそうだ。
 2基は2015年2月に国の安全審査に合格。3号機は今年1月に再稼働し、現在も運転を続けているが、4号機は翌2月に再稼働しながら、直後にトラブルが発生したため停止している。
 争点は、耐震設計で想定する最大の揺れの強さである基準地震動を700ガル(ガルは加速度の単位)とした関電の想定や、原子力規制委員会が定めた原発の新規制基準の妥当性。
 住民側は関電の想定が「安全を担保するには不十分」とした上で、事故が起きれば、滋賀県の住民も被曝(ひばく)、琵琶湖が汚染され近畿地方の飲み水に影響が出ると主張。新規制基準も安全レベルは低く、実効性のある避難計画も策定されていないと訴えている。
 関電側は「安全性は確保されている」などと反論していた。
 住民らは仮処分申請とともに運転停止を求める訴訟を起こしており、大津地裁で係争中。
 山本裁判長は高浜原発3、4号機について、再稼働前の14年11月の仮処分決定でも裁判長を務めており、この際は「再稼働が差し迫っていない」との理由から申し立てを却下していた。
 2基を巡っては福井地裁でも争われ、昨年4月に再稼働を認めない仮処分決定を出したが、同12月に別の裁判長が取り消し、住民側が名古屋高裁金沢支部に抗告している。


高浜原発再稼働に落ち込んでいた。
私の故郷・滋賀の50キロ圏に位置する高浜。
高浜は大変美しい海である。
私は息子たちを連れてよく城山公園に行った。
遠浅の砂浜と芝公園と外海と・・・おにぎりもって一日遊べた美しい場所。
その近くに原発があったなんて知らなかった。
無知とは怖いものだ。
すると先生が言った。
知らない事は怖くないんだ。
だから知らせないんだよ、権力はね・・・
ギョギョギョ!
え〜!だから知らないんだ。だから知れないんだ。
知ってたらみんな原発なんて受け入れないよね。
それでも受け入れるって、それさえ麻痺する報酬与えるんだよ。
そしてもう見ないんだ、そのものを・・そのことを深く考えないようにして閉じてしまうんだ。
知れない世界にどんどん日本人は追いやられ、原爆投下された記憶さえ、日本が悪かったから仕方ないというふうにアメリカの間違った正論に、押し黙ってしまった。
核とはそう言うふうに怖い武器。落とされた恐怖に降参してアメリカが動かした原子力開発に協力した日本。
占領軍が出ていった後は巣鴨プリズンに入っていた戦犯は釈放されて・・・自衛隊が出来て、核の平和利用と言う言葉のすり替えで日本を核武装した戦争を起こした人たち。
アメリカと手を結び、共同作業がはじまった。
けれど、被爆した人も原発労働者も・・・福島も・・・被害はどれほどのことか・・・
高浜の自然も近隣の自然も広範囲の人々、生き物の生活がどうなるか。
福井は原発銀座が出来るくらいに利権と大きく絡む。
それでも長年原発と戦ってきた小浜のお寺の住職さん率いる人々がいる。
けれど福井地裁は関電に有利な判決を出して、1月29日に再稼働した。
but・・・
滋賀県住民が覆した!
すごいぞ!滋賀県!
びわ湖という大きな水の瓶を持ち自然を身近に感じていた県民が止めた。
嬉しい!
そうなんだ、原発近隣の住民だけが事の事情を知るだけでは難しい。
日本の住民が一人一人自分のいる場所がどんな場所だかを知り、守る行為を続ける。
この動きがこの腐った日本を変えていく。
この粘り強さと諦めないぶれない意識が変えていく。

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目の前に子供達がいろんな造形をやっている。
ね〜ね〜、今日はキジを作るよ!と紙コップでかわいいキジを作り出すT君。
僕はカメラを作ったよって大きなカメラを作ったY君。
ぼくね〜、今日は飛行機を描くよ!って耳元に囁くH君。
そしてY君がチケットを作り始めた。
これ、先生、「Y〇〇5さい」って書いてあるよってT君。
あ〜5歳なんだ、Y君。ってことは、みんな5歳か・・・みんな生まれてまだ5年か〜。震災の年に生まれたんだね。あ〜、すごいな〜」
おもわず声を出してしまった。
五年前、この子たちはまだ生まれたての赤ちゃんだ、おぎゃ〜おぎゃ〜と泣き、乳を欲し、おむつを変えてもらっていた。
その子が今いろんな想像をはじめて作り出す。
これを作りたい!こんな風にね!
親に委ねる事がお仕事だった赤ちゃんが想像し始め、形を作る。
これが未来、可能性。
あの時いなかった子が生まれ、その子が育まれ想像し、生まれる。
震災はいろんなものを奪ってしまった。ひどい事になってしまった。
けれど、時間は止まっていない。確実に動き、続いてる。
原発事故まで滋賀の住民が、原発の存在をどれだけ自分ごとに考えただろうか・・・
震災後、みんな考えた。自分ごとに考えた。
福島の方々が私たちに伝えてくれた。
消されない!私たちは意味の無い存在ではない、一人一人意志を持ち生まれてきた。
大事なひとり。
続けていく事が未来である。
丁寧に伝える、知を伝える事を続ける。


ジャーナリストが作る市民ジャーナル 電子雑誌 Lapiz
Lapiz2016春号は3月1日発売です!
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http://lapiz-international.com/
私もこの雑誌に載せていただいています。
今月号には「原発を考える」で投稿。
是非!

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by polepole-yururin | 2016-03-09 16:15 | 原発 | Comments(0)
自衛隊は日本に停まれ!
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先日、ジャーナリストの豊田直巳氏の話と弁護士の話を聞いた。
今、特別秘密保護法が危ない!
特別秘密保護法は、公務員へ向けられた法のように当初、自民党からあがって、多くの国民は自分には関係ないと大半の人は思っていただろうが、2013年12月国会で強行可決され、昨年12月に発布された。憲法では本当の法とはなっていない。時の権力者によってそれも閣議決定されただけの少数の意見が反映された時の法である。
これを法と呼ぶのだろうか・・・
このような法律は、安倍政権は知らぬ間にどんどん作っている。
100を超え、途方も無い法の山。
それまでにも自民党はこの戦後に、日本国憲法があるのに、それ以外のその憲法をくぐり抜ける法をどんどんつくってきた。
その結果が、原発がこの日本に54基もあって、明らかに危ない代物でも真逆にエコエネルギーと称し巨大な原発村まで作ってしまった。
他にも憲法には、教育について個人の尊重を謳い、戦争放棄を謳い、国民一人一人の権利を保障している。
しかし教育は、サザンオールスターズが「ピースとハイライト」で歌ったように現代史は時間切れとなり、50代以下は、現代史の深層を知らない。
教育改正をどんどん行って、50代以下からの社会認識、政治のあり方、戦争のあり方等伝えていないからだ。
よって侵略戦争が、いつの間にかアジアの植民地化を食い止めた救世主の日本だったと伝える輩が出てくるしまつ。
余談だが、東大の救命救急部の教授で人は死なないという提言を発し、命の近くにいる自分が、死後の世界も知っていて、日本の方向性まで伝える本を出し、本屋では山積みになっている。
自分の特権をつかい、人の生死の先の崇高な意識に戦争肯定をする。『天皇』と言う書物に・・・
これで弱い人々を持って行く、予言と言う言葉で戦争に持って行く。
その危うさを矢作直樹医師は知っているのか?東大権力が政治に使われる・・・
昔彼を知っている故、情けなく、悲しい。
70年も経ち、戦争を知る人がいなくなると、歴史が変わる・・・それも真逆に。
これはひどい。

特別秘密保護法は、後藤さんの事件により、悪用され始めた。
ある人が何処が秘密になるのですか?と聞いた。
秘密になる事柄すべて秘密です。それが特別秘密保護法なんです!と法を知り、表現の自由の中で表現してきた人たちは、その危うさに心底感じて、声を大にして言う。
この法が悪用されはじめる。
原発の実体も、戦争の実体も、・・・消える。そして知らず知らずに個人の自由を奪う。その奪う自由さえも秘密だと言うことで収まる・・・これでいいのか!?
本当に間違っている事を間違っていると言えなくなる。それが暴君君臨の社会である。
隣の北朝鮮の状況をみて怖いと思うだろうが、今日本はそれになっていく。
政府は自衛隊を後方支援として、日本が脅かされていなくとも他国の為に自衛隊を派遣する。
意味なく戦争を起こす日本となる。・・・
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豊田氏は、湾岸戦争の現場に行って劣化ウラン弾の悲劇を間近で観てきた。
そして福島に震災二日後に入り、原発の3キロ近くまで入って(当たり前に入れた。取材したジャーナリストは既に放射能の事を知っていたので、ガイガーカウンターをもっていた。そして住民に早く避難するように訴えた)
生々しい現場を知ってきた彼は、湾岸戦争から語り始めた。

湾岸戦争は何が引き金ではじまったか?
クウェートでオイルタンクが負傷し、鳥がオイルまみれになって、環境汚染を起こしている国を非難した記事が世に急に流れた。
そしてアラブ系の少女が、情報誌にクウェートの病院に空爆し、たくさんの赤ちゃんが死んだと訴えたシーンが流れた。
その世にも残酷な弱いものいじめがあの国で起こっているから、我々は正義の為に悪者を空爆するとアメリカは湾岸戦争を始めた。
しかし汚染された鳥も、少女も捏造だった。

その息子ブッシュは9・11を皮切りにイスラムへテロに屈しないといい、戦争をふっかけた。
そしてイラクに大量破壊兵器があるといってイラクに空爆を仕掛けて全滅させた。
大量破壊兵器は無かった。
その当時小泉政権は自衛隊をサマワに派遣し、その派遣は人道支援だとテレビに流れた。
しかしイラクには自衛隊が来る前から民間の支援団体が入ってきて、水の支援をやっていた。
浄水技術もちゃんとイラクにはあって、現地の人々は自力で生きていた。
アメリカと武装集団によって破壊されただけ。
よって、支援とは、破壊された配管がほしかった。水は足りていた。
なのに給水車でサマワに救助していた自衛隊によって持ってこられた水のために、水の値段は急速に何倍にも跳ね上がったのだという。
武器NO!のシールを貼って人道支援している個人のボランティアたち。
その中で武器をもって入ったのが自衛隊だった。
そんな事が私達には情報として流れない。
テレビ、新聞は、政府寄りの報道をして自衛隊の良さをアピールする情報だけが流れ、肯定してく。こうして私達の意識に刷り込まれて行く。

湾岸戦争時から劣化ウラン弾が使われた。
その汚染は、あの当時の日本の放射能汚染基準が年間一ミリシーベルト、ウラン弾を発射した兵器の近くはその100倍汚染がみられた。
ジャーナリストの豊田さんは怖かったという。
しかし福島、東日本の放射能汚染は、その兵器近くの汚染以上に考えられないくらいの汚染が広がり、私達はそこで生きているのだと言った。
湾岸戦争での劣化ウラン弾の被害はクウェートの子供達に恐ろしい被害を与えた。しかし、そのクウェート以上に福島ではガイガーカウンターの針が大きく振れる。
福島は見えない戦場だと豊田氏は言った。

政府はアンダーコントロールといい、それが正となって、国民はあきらめの中に生きているのか?
その汚染を又再稼働により危険を拡大させる。
誰が正すのだ?
利権だけでこの実体を正さない・・・権力に追従する学者、医者が加担する。
世の中で専門分野で知を学んだ人が、今する事は本当を言う事で、正す事なんだ!
ちなみに日本人で初めてノーベル賞をもらった湯川秀樹さんは、戦時中、京都大学で放射能研究をしていた。そして原爆開発の一任者だと言う。
・・・・・。
731部隊の軍医は、A級戦犯を免れぬくぬくと生きていた。
その人達は、薬害エイズにも関わり、広島・長崎の原爆にも関わり、アメリカを擁護している。岸信介、現在エートス活動に余念がない日本財団の元は船舶協会の笹川良一である。
あの当時戦犯を免れた人たちが子孫に何を教え、育てたか・・・
そして今その子孫が何を思い動いているのか・・・
ノーベル賞は何なのか?・・・
あの戦争を生きた人々は、戦争の残虐さをいやと言うほどわかっている。
原爆投下された広島、長崎の人々も大変な差別を受け、その差別に潰され、差別されない生き方をするために自分を語らなくなった。
福島は、声を無くした。声をあげられないのだ。
差別、保障様々な圧力・・・
本当を新聞もテレビも流さないので、同じ日本の私達はもう福島を忘れている。
そして私達は放射能汚染は終わっているとも思っている。
けれど、実際大量の汚染が地下水、海に流れている。ものが流通している、食べて応援として・・・
金にまみれた政治家や、官僚、学者、医者・・・その人達のおかげで日本はどんどん沈んで行く。
いつ目覚めてくれるのか?
様々な事を知っていくと、私達の学んでいた事、テレビ、新聞って何だったんだ?と思う。
それほど、教育に侵され、自らの学びも停止していた。
こんな腐敗した政治の元で子を育てる事は大変しんどい。
ゲームも、食べ物も、携帯も、ライン、Facebookも、テレビも・・・子供達を汚染する。
あげくにワクチン投与、多動児への安定剤投与。つまり教育の医療化だ。
それらの汚染から子を守るには、容易い事ではない。
私達の親以上に賢くならなくてはいけないし、今小さな子供を育てている親は、私達以上に賢くならなくてはいけない。
こんな事を書いていると、不安を煽った文章に思われ、子育ての意欲を削ぐネガティブ要素だと思うだろう。
しかし、これは嘘でもない、本当の話で、その現実を金の為に放置しているのが現政権であり、官僚であり、学者であり、医者であり、教師であり、大人なのである。
確かな情報を伝えようと動く人々は、いう。
我々の言葉を鵜呑みにもするな!まず問う、自分に。そして自分から掴む意識を持ってもらいたい。
そしてFacebook等でお友達として繋がっている意識からはなれてみる事だと。
Facebookは、自分の興味ある事に共感して繋がる偏ったつながりである。そしてその意識がランダムに自分に入ってくる。
その意識は自分の意識を支配する。みんなそう思っているんだと安心し、それが世の意識だと錯覚する。
しかしそれは大きな紙のほんの一つの点を意識したにすぎない。
世界は白い画用紙なのに、点が世界の認識だと錯覚する。怖い事だ。これがネトヨウをうみ、軍国少年を生む。

まずは今私達を取り巻く本当の危うい現実に向き合い、それを放置、拡散する政府の動きに異をもち、声を消さないこと、子を守る意味を本当に考えること。
今それでも・・・と放置してしまったら、難民は増える。
福島の土地を追われた人たちを思おう。
戦争も原発も同じ線上にあるのだから・・・明日は我が身と福島の人は私に言った事を思い出す。

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この映画も是非観てください!
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以下 先日の記事を引き続き添付します。

3月11日で震災から4年。
もう忘れ去られているのか、誰も原発を語らない。
でも汚染は続いている。この情報は新聞、テレビからは出ない。ネットでも情報をとりにいかないと難しい。
その情報をしっかり知ることであり、今私達の立ち位置を見つめていないといけない。
3月1日、常磐道が開通。
これが何を意味するか?
線量計で5、4マイクロシーベルトをさす区域もある。
富岡、浪江を通る。
え?この名前・・・特別避難区域の地区だった
何処が収束だ?海にはずっと流していた東電と、地下水にも垂れ流し。
その水は飲料水にだってなりうる。海には魚がいる。
知らぬ存ぜぬを本当に貫きとおす安倍政権だが、日本は汚染され続けているのだ。
これを正さないといけない。
例えばスピリチャルで、大丈夫と言う言葉をつかう、大丈夫だから大丈夫なんだと何の根拠も無いのにいう、これは宗教の中でも存在する。
しかしこの世は原因と結果がすべて。
そのシンプルで当たり前の認識を覆して言葉連呼しても原因は消えない。
事を正してこそ、事は消える。
言葉は大事だが、その人の意識が正す方に動いていなければ、事は歪む。
原因を今取り除くことなのだ。
その原因はまずは現政権。
この政権の悪政をストップさせることだ!
でないと国民は救われない。
一握りの企業と官僚、現政権の富は、国民からむしり取ったものだから・・・
今日もローマさんのBlog、大事な記事を掲載。
弁護士が作った映画。
是非それぞれの住まい近隣の上映場所を探して観に行くべし!
これ拡散!

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by polepole-yururin | 2015-04-21 22:41 | 原発 | Comments(0)
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今日、故・黒沢明監督の1955年作品の「生きものの記憶」を観た。
水爆実験後の老人の放射能に対する恐怖からブラジルへ移住すると家族に告げて、全財産をブラジル移住のために使おうとする。家族全員に移住を提案する。が家族は猛反対そして家庭裁判所の持ち込まれ、結果財産を自由に使えなくなり、老人は途方にくれ、最終的に自分の工場を放火する。そしてしがらみが無くなればブラジル移住へみんなが受け入れると踏んだ。が・・・最後老人は精神病院へ入院。他の星へ行って安心を得たと安堵する。
家族はそれで良かったとするものや黙ってそれを受け入れるものや・・・
しかしその裁判に関わった歯科医師とその精神病院の医師は、その老人と関わり、この社会の状況を知りつつも今までと同じように生活をしている私たちの方が異常かもしれないとつぶやく。
そしてエンド・・・・・
そんな映画を観た。
重いテーマの話で救われない。
1955年の作品ゆえ、社会背景というか、家庭の状況が、家父長制というか、お父さんの威厳が強く、妾の存在と家族の存在が今の社会的背景とは違うもので、少し違和感を覚える・・・
だが、長崎・広島への原爆投下10年後と、第五福竜丸の事故と社会が冷戦という核の脅威を目の当たりにしていた時代だったわけだから、世の中が核や放射能へどんな風に考えていたかを知る事が出来る。
しかし、物事は風化する。
風化させているという方が正しいだろう。
政府は、日本単独で動いている訳ではなく、特に日本政府はアメリカとの関係性の中で事を動かしている。だからたとえ物事が国民一人一人に被害を与えようとも、一握りの商売人や権力者に利があるのならば、それはいくら恐ろしい事でも正(せい)としていく。
広島・長崎の事も第五福竜丸の事も政府は、風化を進めた。
人々の頭から消す作業をした。マスコミ等を使って・・・
確かに忘れる事によって人は、心が楽になり、前へ進めるとも言える。
けれど、被害を被った人の心は、そう簡単には消えない。いや消さない。消せない。
黒沢監督は、この映画を作った時と、その後原発が各地に出来た時と、チェルノブイリ原発事故当時と・・・心の内はどうだったんだろうか、そこが知りたい。
そしてさらに巨匠と呼ばれた黒沢氏が、今の日本の状況を見てどう思い、どう表現されるだろうか?
そして可能ならあの方の今を思う映画を観たかった。
映画を作る事・・・いや表現者は、単に大衆娯楽だけでなく、国民に大切な事を伝える役割として意識してほしい。

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明治維新の時のええじゃないかと大衆が狂乱的に踊って、どうしようもない社会に対してやけくそになった光景と、今テレビから流れる娯楽番組やアニメ、アイドルへの以上な興奮を持つ若者の光景がリンクする。
今の社会を生きる大人が、あまりにも利己的で子どもの事を考えず、子どもまでもバイヤーにして取り込んでいるんだから、資本主義が行き着いて、とうとう心まで売ってしまった社会であるということだ。
表現者が、生きていくには、売れる事であったり、メジャーになったり、認められる事であったり・・・だが、何でもありでは困る。
表現する事の意味をいつも問うている表現者であってほしい。

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ピカソが「ゲルニカ」を描き、与謝野晶子が「きみしにたまうことなかれ」と書いた。
僕は社会派ではないんで・・・とアーティストが言った言葉が消えない。
山を壊した話の影絵を見て「社会派」ですね・・・とある大人が言った。
社会派って言葉がなぜ出てくる?3・11で津波被害・原発事故が起きたこの日本に私たちがいる。
のほほんと生きている街の隣に壊れてしまった自然の被害で苦しむ人がいる。放射能被害で故郷をなくし、健康被害で不安を抱える人がいる。
それを当たり前に話、語る事が「社会派」として線引きする話だろうか?
人は訳の分からないレッテルを貼りたがる。そして時には正しく表現している人の足まで引っ張ろうとする。
あなたは誰の見方だ!あなたには子どもはいないのか?守るものはないのか?
表現者は、今の社会に意識してこそ、真の表現者と言えよう。そう私は思う。
黒澤明監督の「生きももの記憶」は、黒澤監督の代表作にはならなかった。
救いがない話だから・・・そう、核・放射能汚染から救いという言葉が見つからないのだ。あの当時もそして57年経った今なお見つからない救いのための答えが・・・
答えの見つからないものをいつまでも手放せない人間ってどうよ・・・
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by polepole-yururin | 2013-06-24 22:01 | 原発 | Comments(2)

希望の国

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5月3日、憲法記念日。
新聞では、憲法改正に異論を唱える記事が相次ぐ。
その反面、自民党の石波幹事長は「自民党は憲法改正する政党です」ときっぱりという。
そして同時に安倍総理は、アラブ諸国に原発輸出の段取りをつけている。
あげくにトルコへ原発輸出へ話が進む。
トルコは日本と同じく地震大国である。
その状況下で原発建設するトルコの思いはいかなるものか・・・
何処の国の政府も、安全・守る・平和の意味を理解していないのではないか・・・
トルコは日本と友好的な国である。
明治時代、トルコのエルトゥールル号が和歌山のある漁村に漂流したのを、日本人が助けた事をきっかけに大変友好的な関係にある。
地震大国日本の耐震技術を駆使した橋の建設に対しても日本はトルコに多大なる協力をしている。
私も数年前に、トルコを訪れたが、小学生の息子たちに「おー!ジャパニーズ♩」っといいながら頭をなでて親日的な民俗だと感じたものだった。
そんな印象であったトルコが、安倍総理のセールスで、原発を日本から輸入するという。
安倍氏も安倍氏なら、トルコもトルコである。
あんな美しいトルコになぜ、原発を作るのだ!
黒海沿岸のシノプに四基の原発を建設するという。
黒海に面する国は、南岸がトルコで、そこから時計回りにブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ロシア、グルジアである。
そしてその黒海に面したトルコの都市はイスタンブールもはいる。世界遺産もあったもんじゃない。
また、黒海の水源はトルコのみならず、先の5つの国にも大事な水源である。
福島第一原子力発電所の事故の収束もないまま、安全な原発の技術を提供するとよくも言ったものだと思う。
福島第一原子力発電所の事故を起こした原発は、昭和40年代の時にアメリカから輸入した原発であるが、だからそれ以降は日本が作った原発であり、福島と何ら関係ないとでも言うのだろうか・・・
原発事故後の人たちの現状をこうも無視した政府でいいのか!?
美しい街イスタンブールも幻へと変わってしまうのか・・・嘆かわしい・・・本当に・・・
原発事故が起こった時、福島は、どうなったのか、人はどうなるのか、どう希望もって生きるのか・・・そんなことを本当に各人が自分に引き寄せ考えただろうか?そして今も考えているだろうか・・・
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ふとこんな映画を見つけた。
双葉町出身の映画監督が手がけた映画かと思って借りてみた。
が、その映画とは違って、愛知県出身の園子温監督が手がけた双葉町を題材にして新たにつくった話である。
長い長い映画だった。けれど、訴える。原発事故後の人々の事を訴える。
原発事故が起こり、行政がどう動き、原発の街がどうなって、原発の街の人々がどうなったか・・・
最後の救いさえ見つからず、それでも人は希望を見つけてさまよい、そして守る事を選択していく各人。
差別、隔離、偏見、不安・・・の乱舞。
壊れて当然であるほどに事の悲惨な現状。
不安を不安と言えない事の重大さ。
守る事を当然におこなえない、集団という恐怖。
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引き裂かれる家族。
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行き場をなくした生き物たち。
原発事故後の幸せの選択は、何処にあるのかこの映画は問いかける。
遠くへ遠くへ・・・放射能から身を守るには、遠くへ遠くへずっとずっと遠くへ・・・
この映画を政治家は見ただろうか・・・
168人が一斉に靖国神社に参拝する暇があったら、国会で、この映画を上映し、各人が見て考えてほしい。
フクシマ後のまた新たな原発事故が起こった時、あなたはどう生きますか!?
もう先はないのですよ・・・
気にしない、そして無視する事で原発産業を推しすすめ、経済大国になることは、この地球に対する冒涜である!
今の各国の政治は間違っている!
フクシマは消えて、もう元の福島になったのか・・・
ゴールデンウイーク、福島県会津にはたくさんの観光客が来ているという。
経済が先立つ日本のあり方、そして世界のあり方が狂ってる。
狂いを戻すには、真摯な態度で今の問題に向き合っている人や、ものや事に触れることである。
「希望の国」を是非観てください!

ps:DVDで借りられます。
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by polepole-yururin | 2013-05-05 22:03 | 原発 | Comments(5)

すべてがなし崩し・・・

前に進むしかないのだろうか・・・
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しばらく私事で、いろいろあって情報が遠のいていた・・・
ちょっと落ち着いて新聞を見てみると、いろんな事がなし崩し・・・
原発問題は、大間原発の建設再開、それに原発0を訴えていた民主党は、いつの間にか20年後0を目指しはするものの、原発を今無くして経済成長は望めずと、今まで途中になっていた原発は建設する意向を示し、また原発再稼働に向けて政権は関わらず、今後の方針は規制委と電力会社と地元の合意で再稼働を認めるとした。
おいおい!と言いたい!
おかしすぎる。
この状態は、原発事故以前と変わりなく、地元をあくまで原発立地の地区ととどめ、規制委も以前の安全保安委員と何ら変わりなく・・・
政治がここまでごり押しした大飯原発再稼働にもう責任を問わず、丸投げした訳である。
原発建設もおかしな話だ。
福島の事を何にも反省し、思考し、対処をしない政治ってなんだろう?
福島は元気です!という新聞広告が大きく載っている。f0215179_8465075.jpg
福島が元気って、なんも考えず、放射能汚染ももう考えない事にしているだけじゃないか。
セシウム汚染は無くなったのか?夏に福島へ行って線量計がぴーぴーと鳴り続けた事は、2ヶ月経ったらもうきれいになっているのか?
日光東照宮の猿である。
見猿、言わ猿、聞か猿・・・
これでもう救われるという訳か・・・
福島のお米、野菜、いろんなところで出回っている。
もう大丈夫・・・あれは風評被害だった。デマだったといわんばかりに・・・
神経質な母親らという代名詞を作り、子どもを守ろうとする母親をおかしいとして・・・、こんな状況で学校で授業をさせるなんてと言った教師を除外して・・・本当を語れない日本にどんどんなっていく。
売れりゃいい、観光にきてくれりゃ〜いい、その近隣の都道府県もそうだろう。
忘れる。無かった事にする。そうすれば生活は出来る。食べたいものも思い存分食べれる。
みんな笑顔♩
原発も経済成長のためにはなくせない。だってアメリカも原発産業重視で押し進める、今やビジネスチャンスなんだよって東芝の子会社が言っている。
そうだとも!って日本の東芝、日立、三菱・・・技術は向上し、原発は大きなビジネスなんだよ!って事故起こったのに、苦しんでいる人がいるのに変わりない。
民主党、自民党・・・みんな経済の話しかしない。
テレビからは何も聞こえてこない・・・原発の話。
官邸前では今も市民が訴え続ける。
誰も見ようとしない福島は、嘗ての広島、長崎と同じ・・・補償だけ確保して、苦しみは当時者が飲み込むしか無い。
日光東照宮は、権力の象徴・・・
そこでうまく立ち回るには、見ざる、言わざる、聞かざる・・・大人になる事の秘訣!
裸の王様に誰か「王様!裸よ!」って言える大人はいないのか・・・
こういう現状を見て我が息子は、鼻で笑う・・・
道徳を教えながら・・・地球を守ろうと言いながら・・・相反する事ばかり大人がやっているのだから何を信じていいのかわからなくなるのは当然だよ。
大人は口ばかり、口では作文のような事を言うくせに、行動は何ら伴わず、嘘ばかりじゃん!
一人でも子どもに夢をもたせる大人がいる事を願って〜。
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夏、浜岡原発に見学に言った。
息子を連れて・・・怖かったけれど、行ってみた。
玄関には、デモ等された場合は警察に訴えるという張り紙があった。
大飯原発のにの前は踏みたくないようだ。
浜岡原発の資料館は、原発のいい事しか書いていない。
危ないこと、事故起きたら・・とか放射能の危険性は何処も無い。
クリーンで、すごい未来の、現在のエネルギーだと未だ言っている。
プルサーマルのことも、未だ伝える。
目の前には、実物大の原子炉と燃料棒が展示されていた。
これを見て、すごい!日本ってすごい!原子力ってすごい!って高揚するんだろうか?
私も息子も怖かった・・・これがこの世のものとは思えない・・・とてつもない物体だった。
そして福島では今も被曝しながら、放射能漏れを食い止めている現場の方とその爆発で生活を奪われた方々がいる・・・この矛盾ってどうなのかなと・・・
浜岡原発は、防波堤の建設をしていた。
津波・・・これで防げるの?だれも真剣に考えない。
電力会社も政府も、地元も・・・何処を見て生きているのだろう〜・・・
守ること、種の起原・・・もうその事から人間は外れてしまったのだろうか〜
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ps:今日の朝日新聞。ips細胞から卵子、出産の記事。f0215179_1273459.jpg
京大がマウスで実験・・・
あ〜あ、モラルを超える・・・ひたすら突き進む可能性という名の下で科学は後戻りしない・・・
「暴走しないで・・・」地球は言っている。
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by polepole-yururin | 2012-10-05 11:31 | 原発 | Comments(2)

故郷

           大飯町大島の海岸
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6月23日福井県大飯郡おおい町へ行った。
わが故郷の近隣の町。知っているようで知らない町。
知る事から始まる・・・その思いから大飯の町をゆっくり見た。
原発、原発の立地する大島、デモを試みるベースキャンプ。
いろんな大飯の表情があった。
帰り際、小説家の水上勉がこの土地の出身だというチラシを見た。
私の実家に近い滋賀県の余呉湖を舞台にした作品に「湖の琴」がある。
震災前に我が故郷の昔を思い、小説の中の描写と重ねながら余呉湖周辺とその小説に出てくる木之本町の西山と大音を歩いた。(私のブログ 2011年1月「湖の琴」参照)
その時、私の知らない故郷の昔の面影を辿る大事な作業のような気がしたものだった。
そして大飯から帰って早々に「故郷」(著者・水上勉・集英社文庫)という小説を買い求め読み始めた。
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1)まだ、その頃はこの若狭地方に原発などはなかった。二十二年も前なら、あるいは、建設の調査段階だったかもしれないが、こんなに十一基もの発電所が数珠つなぎに隣接しようなど予想もできなかった。大きな騒ぎもあった。大飯町などは手続きに町長の独断があったと言ってリコールまで行い、その町長を退陣させて、次の町長がたった。そして、原発は建設された。山は削られ、半島に橋はかけられ、町役場や公共施設は鉄筋となり、道路は楚辺てアスファルトとなり、山には何百本もの送電線が林立して、夜でも皓々と照らす運動場をもつ小学校では、老人婦女らのあそぶ、ゲートボールや、バレーボールの球技場ができた。そろそろ15年もたったかな、原発ができてからー。

2)若狭湾や宮津湾一帯の農家に伝わる「田分けの話」はかなしみを超えた笑いばなしであった。昔から子供がたくさん生まれる農家は、女の子だと喜んで都会へ奉公へだし、都会人に縁組させた。農地に限界のある経済条件に何らかの足し前を夢見る事ができたのである。女でなく次、三男だと村に地場産業がないため、田分けをして分家させる事を嫌った。奉公へ出してどこか老舗にのれん分けでもねらわせて、本家長男の経済援助に役立たせるか、村に残って、百姓がしてみたいという次、三男がいても田を分ける事は「たわけ者」になるといって、つまり本家となる家の屋敷や田地や山林を、少しでも失う事は、先祖に対する不孝につきた。たとえ、それが、血を分ける弟であっても。この習慣は頑固に守られ、同じ村で分家して暮らす弟はいなかった。どこかへ養子に行ったのをのぞいてほとんどが、手職を覚えて自立するしか道はなかった。・・・

「こういう話があるよ。東唐崎では金持ちの仲間入る家は、たいがい長男を師範の二部にいれたもんだ。師範は月謝が安いし、卒業すれば、就職は国が補償してくれる。先生先生といって村の連中も尊敬してくれる。それが、財産家の勘六といわれた兄たちのえらんだエリート道だった。
その兄に弟が生まれる。すると金持ちはこの弟を奉公に出さずに師範へ入れる。卒業すると、この弟も訓導の資格をもつ。就職は確実だから、養子の口が必ずかかる。同格くらいの金持ちで、女の子しかいない家が一番ほしがったのだ。師範出は言ってみれば養子のパスポートだ。金持ちは娘の婿に先生を迎え、婿に給料をとらせ、農業は娘にやらせる。・・・この金持ちの師範好きは、村の教育界を牛耳ることとなった。停年が来て、退職金をたんともらった教師は、最後の校長職を退くと、村の助役になったり、村長になったりして、政治にのりだすのがいる。最後まで、税金を食らう事にしがみついたんだ。つまり師範出身の教育者が、村の大事なところを掌握してしまうのだ。一方貧乏人の方は、長男はなけなしの財産を守らねばならぬから、次、三男を奉公に出して、村で小作をして働いた。つまり長男の分布図はこの二つの生き方に分かれていたんだよ。ところがこのやり方が、根本からゆらいできた。都会に出てきた弟たちがそれなりに蓄積をもって、村へ帰り始めた。都会にいたからセンスもある。技術もある。宮津の国道近くでドライブインを出して成功しているのが次男だ。・・・・
長男のやらなかった地場産業をおこしたんだ。弟の方が頑張っているわけ。政治家になった長男たちは、たわけになるのがいやだと、自ら過疎を促進してきて、都会化の進行に遅れをとったから、中央からくる企業を迎えて開発を夢見だした。つまり弟たちのように、自分で汗を出した資金をもたないので人の金をあてにする。また財産をけずりたくないから、企業をよぶことになった。弟たちに負けない事をやろうと企んだのが原発だよ、きっと。
若狭のことは知らないが、わしらの丹後の久美浜もいま、騒いでいる。原発設置反対、賛成の争いは長男と弟らの喧嘩だ。兄たちは大きなバクチをはじめた。でっかい事をやれ。兄たちはやけになった。過疎だ、都市化のおくれだのいうけれど、実は自分たちでその遅れを奨励してきたくせして、今泣いているんだよ。日本の女性はこの事をよく見ているような気がする」

3)「百姓の子は百姓させておけばよいものを、上級学校へゆくことばかり学校で教え込まれたから、ミソもクソの都会へ出て、短大でも出ん事には嫁入りができんと勝手にきめて、みんな高校からひろみへいった。親はそのおかげで、段々田んぼを這いずり回って働いても米が足らんので、久保田や井関からローンで機械買うて、能率よう米をとるようになったが、実は火の車。そのために、田んぼにふんだん農薬まいて、土を毒だらけにして稼ぐようになった。そうせねば、月謝や下宿代がはらえなんだ。それでようよう、娘を卒業させたけんども、肝心の娘はの頭は、村に戻って働くより、都会で栄耀な暮らしがしたいというふうになった。冬の浦のどこを探しても若い娘がおらんようになったのは、教育のせいや。その上、おそろしいことに、農薬で汚した段々田んぼからこぼれてくる毒水で、海の藻場が死んだ。魚も寄ってこん磯になってしもうた。そこら中に小鯛が泳いどった磯も死んでしもうては、ただで食えた魚もゼニ出して買わんならん・・・」
巡査は確かに直造のいうとおり、段々田んぼに農薬をふんだんに巻けば、磯へ流れ込む汚染水で藻場は枯死し、小鯛やさよりや貝類が減ってしまったのはわかるけれどそのかわりに、村人たちは、機械や合成肥料のおかげで人手不足を解消し、若者らは原発へ出稼ぎに出て、地場産業のなかったこの村の暮らしをいくらか近代化させたのだった。むかしのように、農薬も肥料もつかわないでいたら、反たんあたりの収入も半減だ。とても娘を短大へなどいれる力はなかろう。直造の意見は一面妥当だけれど、どこか昔のまま娘を教育もさせず、牛や馬を使って百姓しておけば、娘も都会へとられないで住んだという論法らしいが、・・・麦とっても、大根とっても農協が買うてくれる値段はカナダの半分値に負ける。とても食うていけん。人糞汲み取ってって子もおらん。そやから農薬もチッソ肥料も使わな米も麦もとれん。すれば海が汚れて藻場がなくなる。仕方ない時代や。」
「そのしかたないという生き方がまちがいや。藻場を殺せば魚が育たん。サザエもイカもとれんとわかっておって農薬を垂れ流す。近海魚で食えんようになったのは、声も違いやという百姓の根性がそうさせとるのや。しかたがないのは何のためや。手を汚さず収入をはかりたいためやろ。つまり背中まで曲げて草取りせんでも、除草剤、防虫剤まいて住まそうという根性やからやろ。それで海を汚しとるが。わしは、磯で魚をとれん村にしてしもた親らが、原発の日雇いで稼いで、アスパラやズッキーニやイワシの缶詰をスーパーで買うて生きとる変わりようをアホやというとるんや。」
「時代の流れというもんがあろうが日本中がそういうことをやって、ここまで成長したのや」
「成長・・・」
「成長やないぞ・・・魚も住まん磯に荒廃させといて何が成長かいな。これは退化や。・・・」
和尚が言った「原発は大勢の都会人を連れてきて、町の経済発展に大きな力をくれたが、古いしきたりというか、美風というか、不便だったために、大事にしてきた村人たちの独特のおおらかさを、根こそぎ変えてしまいよった・・・変わったのは村の衆やから、原発ばかりが罪があるとはいえんが、古くから都会に憧れる気風を持っていた村の衆に、どっぷりと目の前へ、消費文化を持ち込んで誘いよせたからうちの静江までもが、和尚さん電子レンジ買うてくれという事になった。生活というものがまるっきり変わったので、人心も変わって不思議はない。そやから・・・もどってこんのや。」
「そらまあ、そうや、和尚さん。原発賛成、反対、中間と議論はいつまでも解決のついたことがないんやさけ。みな原発のお世話になって生きとる下請け企業の社員やということや。利害は一致しとる。この原発を持った以上は、もう原発の下で生かされてもろてる仲間になったんやで。」
「原発のおかげで親にゼニがはいって、兄弟がもどる。その分け前をせがんで兄と弟が喧嘩の末刃物沙汰を起こす家はこの冬の浦にはないわな」

4)正直なことを言わせてもらえば、先任地の名田庄が山奥で京都府境の村であったために、原発中心の町のような動揺はなかった。盆踊りも秋祭りも老人子供の集まりで、毎年、きめの細かい行政の指導もあってにぎわっていた。人情も蚕をやったり、紙をすいたり、さほどの量産の強いられず、家内での生活を続けている家もあった。・・・
名田庄ではのどかな山村生活を味わったけれど、それは言ってみれば現代離れした桃源郷のようなところで、変貌の激しい原発設置の町に背を向けた村といえた。背を向けたといっても村は隣接地として補償金をもらって、それなりの近代化の事業もすすめているから原発で恵まれていた。
高浜の町内に属するけれど、昔から地形の上で峠を隔てた西海岸でもあるために隔離された不便さと不便なことの利点があった。だが、村のどの家もが、原発を離れての生活ではなかった。長男は下請け会社に出た。細君も出ている所があった。家にいるのは年より夫婦だが、半農半漁の生業は嫁の役にまわり、働き盛りの男衆は、原発の増設現場から疲れて帰ってくる。七曜日は夕方まで寝ているといった風景がどこでも見られた。原発行きを嫌って別の出稼ぎをたくらむ長男夫婦は近くにできたドライブインや関連産業の日雇いにでた。相手が原発でなくても、原発のおかげで、どうやらやってゆける中小企業にしがみつく足下は、直接原発にゆくのと似たような仕事と言えたかもしれない。それで村に活気があるかと言えばそうでもなく、どこか沈みがちな、・・・

5)「さっきの美浜の原発の話ですけど、・・都会に出ている次男、三男の方たちにも歓迎されているわけですか」
「都会で仕事もうまくいってない人らには原発さまさまですよ。かえって働ける口ができたことになりますからね」と姉は言った。
「それとお父さんがもらった補償金の分け前にあずかりたい、という欲もあるんでしょうね」
「そんなに補償金がもらえる訳なんですか」
「うちらには関係ないけど道路ができて、山が削られて、まるで、今まで何もなかった半島が、車の走れるように様変わりするんですから、山もちさんらには大金が入りますよ。道路に田をとられた人ももちろんですし、それに、何号炉もの工事が続くとよそからきた作業員さんらの宿舎が何百棟も建って、この人らの弁当をこしらえるだけでも大変でしょ。いろいろな業者も入っているようだけれど、かりに田んぼが作業宿舎の敷地になっただけで大金をくれるそうです。収穫の悪かった谷の汁田が、一反五百万で買い上げられ、お百姓さんも頭がどうかなりますわよ。それに山にやって、鉄塔がいっぱい建って、送電線が走るでしょ。あれなんかも、テニスコートくらいの広さの木を伐って鉄塔をつくるらしいけど、いいお金がいただけるってきいたわ。寝ているうちにヘリコプターが飛んできて、幸福のビニール袋を落としていってくれるんやもん」
「ビニール袋を空から落として場所をきめはんのやがな」
「山のてっぺんというもんは、表と裏に分かれているやろ、持ちぬしも違う。それでビニールのひかかった木によって、うちの木や、いやそうでない、うちの木やと争いが起きたという話もあるほど、山主さんにはいい話やろ。高い山のてっぺんにビニール袋が落ちてきただけで、何百万ものお金が入るんやさけ」
「今まで仲良かった家が、幸福の袋が落ちた木の所有争いで仲違いになった話もあったんやて」
「太郎次さんは、原発の送電線が四本も建ってほくほくよ。光二郎兄さんから安い値段で買った山に四本も電柱が建ったんやさけ。二千万円以上の金がぽろりと入ったいうて。なあ、お母さん」
・ ・・・・
「あれがなんやか苦労して山を売り、田を売りして・・あんじょうゆかなんだのに、原発さんは会社がおおきいおさけ、成功してはる」
「お兄さんは、どういう仕事をなさったんですか」
「赤土工場、うさぎ飼い、鳥がい、ミミズの養殖、・・とにかく地場産業をつくらにゃ村は生きてゆけんいうて・・思いつくもん皆投資して、結局はたらいた人にゼニ払うだけで財産フイにしてしまはったんです」
「いろいろ子供の頃から聞いた話ですが、やはり都会から、いろいろ山師がきて、結局は、大事にしている山や畑をとられてしまうというのがオチのようでした。・・どうしても原発という、新しい資本が入ってこなければならないような経済基盤があったことがわかりますね」
「敦賀から舞鶴までにいま、11基ができて、大勢の人が働いています」と○子はいった。
「おかげさんで、光二郎のような中小企業やないさけ、給料もちゃんとくれはります」
「結局は、大きな者に巻かれた方がトクやという考えになってしまたんでしょ」と富美子がいった。
「自分らで一生懸命地場産業をおこして、それを続けてゆくという努力がたりなかったんでしょ」
「いくら努力しても、力がないさけ、頭のええ人にだまされてきたんやろ」と○子がいった。
「危険な原発を迎えて食わんならんようなくにはあかん・・・」

6)「敦賀から、美浜それから大飯、高浜・・・建設中のをあわせると15もあるっていってたよな。」敦賀から舞鶴の間の狭い海岸沿いに・・・スリーマイルのような事が起きたらどうするんだ・・・やっぱり気になるよ」
「原発はもうできてしまっているんやからしかたないですよ」と富美子はいった。
「スリーマイルのような事故はめったに起きないから」
「日本の原発とは構造も違う・・・ということだが、スリーマイルのは同じ構造だったよね」
「・・・・」
たしかに夫のいうように、スリーマイルで起きたような事故が、近くの原発で起きれば、住民は避難しなければならない。ところが、帰国して会う人ごとにその避難先がどこか訪ねても、ここにあるという返事はなかった。
(そんな事故なんて起きないよ)(起きてしまえば、あんたたちの村だけじゃなく、京都も名古屋もいっしょだよ。どこにいたって同じさ。この狭い国ににげてゆくところなんかありゃしない)

そこにたたずんでいつまでも眺めていて、いい気分のものではなかった。巨大な白灰色の原子炉ドームをつつむ松や椎の森と、山の麓がちょうどスカートをめくられたみたいに、地層を露出している風景が見えるだけであった。静かなその工事現場の遠景に、かえって無気味なものが感じられた。
孝二も富美子も息をのむしかなかった。
「それでは行きますか」と運転手はいった。
「事実というものは、みな、こんなふうに静かなものなんだよ」ぽつりと孝二がいった。
「きっと戦争だってこんなんだったかもしれんな。歴史は皆見た人の眼と心にあるもんだ。いろいろ勝手な想像をふくらませてさ。まるで原発工事場といえば、恐ろしい修羅場のように思ってきたが、大自然の中で、人の作るものはどんな先端技術の大きなものでも小さくなってるな」
「つまり、恐ろしいものは、恐ろしいような顔をしていないということかもしれん。いいところを電力会社は眼を付けたともいえる」
「そうですよ、お客さん。大飯の方だって、そうですよ。内陸側からは、ちっとも見えない岬のとっ先にありますから。世間でいくらやかもしくいったって、地元はそう騒いでないんですよ。一見平穏でしょう。ずいぶん原発ができ、景気もいいですからね。みんなよろこんでいますよ」と運転手はいった。

「健吉は、文明のお化けだといっていたっけ。たしかにお化けのある棺桶は大きすぎる」
「・・・・」
「でも棺桶はひどいわよ。原発が働くおかげで、みんな贅沢にくらせて、この国の成長はあるんだものね。」
「たしかに、世界がびっくりするほどの急成長だよ。こういう記録は、今世紀でもめずらしいことかもしれん。戦争で負けた国が、大人も子供もみんな手をあげて降参したはずの国が、アメリカや西ドイツと方並べる経済力をもったんだ。このスピードの速さには、無理がなかったとはいえないぜ。どこかで欠けたところがある。賭けに勝ったからいいようなものだけど、もしさかめに出たらそれは急転直下成長どころでなく、衰弱だ。僕には狭い若狭に15基も原発があつまるっていうのは、少し無理がある気がするな。そうじゃないか、君は安全なものならいいでしょう、というけれど、誰も完全に安全なものだとはいっていないんだ。日本では起きないが、よそでは起きているんだ。事故を見てて、謙吉はお母さんの国は不孝だといっている。・・・」
「それに廃棄物をいっぱいだすが、今の所その捨て場所が国内にはない。どこにも受取手がない放射能まじりのゴミを15基もある原発は将来どこへ捨てるのだろう。ぼくはさっきの白い巨大なドームに二つの火が燃えていて、さらに、山を削った場所に二基が建設中だったのを見てたら、この四基が使い古されて・・・600年後どうなるのかを確かめて見る人は現在、この世にはいない事を思った。それで人のいないのが気味悪くなった。・・・」

以上 「故郷」著者水上勉 集英社文庫 から抜粋—

原発が立地している村は、このようなことが起きているのだろう。f0215179_10223423.jpg
この原発問題は、今始まった訳ではない。
戦前からある社会の封建的な気風というのか、貧困と富・・・富を得るにはどうするか・・・お金と地位、名誉の獲得。
貧困故の無知。
目先だけにとらわれた生き方の連続性・・・
私の先祖たちも同じような事をしてきたのだ。そしてその流れの中に自分もいて、その中で選択して生きてきた。
人は自分しかみれない生き物なのか、あまりにも視野が狭い。
その視野の狭さが、人間にはどうしようもできない燃える棺桶・・・核・原発を所有してしまった。
この小説は、1994年に出版されたもので、水上勉は出版の10年前に既に書き記していたというが、これを世に出すことをためらっていたようだ。
でもこの小説の中では、日本では事故は起こっていない・・・でも想像しているどうしようもない事を。
その事が今福島で起きている。
波江、大隈、相馬、双葉・・・立地する自治体は故郷を失った。
飯館、渡利、南相馬・・・そして福島市、いわき市、近隣の町の漁業、農業・・第一産業は大きな痛手をうけている。痛手というよいも取り返しのつかない事にしてしまった。
水上勉は今あの世でどう思っているのだろう。
警告している・・・
その警告を無視し、こんな惨事が起こっているのにも「原発がなかったら経済は立ち行かず、仕事もなくなり、給料も下がる。そういう事が抗議者には伝わっていない」と官僚スタッフが言った。そして官邸を取り囲む抗議の声を聞く事もなく、決断する政治といい、原発を押し進める。
「人災」だと国会の事故調査委員の黒川氏は言った。
にもかかわらず大飯原発は、安全対策を怠り、無理に稼働した。f0215179_10255888.jpg
地震の対応がなされていない・・という結果が出たのに、活断層の調査もせず、津波対策、メルトダウン阻止の装置も作らず、・・・
野田総理の責任は、内閣総理大臣の任期のみ有効であり、それ以後は責任は皆無。
この政治はおかしい。やったもの勝ちの後の始末を何も思考しない政策の結果が、海、山の自然を壊し、細々慎ましく誇りを持って生きてこられた人々の生活の価値を重んじず・・・

この原発の話は、重い話ではない、他人事でもない、私たち一人一人の生き方に行き着く話である。
今大飯町の方々がこの40年どんな気持ちで生き、その原発誘致される前の生き方がどうだったのか・・・それを知り、日本を知りましょう。
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by polepole-yururin | 2012-07-07 09:49 | 原発 | Comments(0)
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原発からしばらく下へ降りていくと大島という村に出てきた。
ここはたいへんのどかな村で、田んぼが所々あって手押しクルマを押したおばあさんが行き来していた。
町は海に面していて、そこにずらっと旅館が並ぶ。
この間NHKのクローズアップ現代で大島の住民の森下さんが映っていた。その森下さんも旅館を営んでいる。ここの旅館は、原発労働者のためのものだと言っていた。
こんなにもこの村は旅館経営されているとは・・・
今泊まっていらっしゃる雰囲気はなく・・・
村の前の砂浜を歩く。
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絵になるような光景で、映画のロケ地にも選ばれるんではなかろうか・・・と思えるほど、人の営みと風景が調和していた。
が・・・その上の方にはその風景を侵すように原発からの送電線が並んでいた。
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ここは漁師の村なんだと思えるほどの小船が並んでいた。
私は大飯町は原発で労働している方がほとんどだと思っていたが、こんなにも漁業がまだ盛んなんだと知った。
しばらく行くと網の修理をしているおじさんや、漁の準備をしているおじさんにあった。
この人たちの目は意思を失っている住民だとは思えなかった。
少し上がったところに「大島小学校」があった。f0215179_15393346.jpg
村の風景とは違った立派な新しい小学校が建っていた。
そしてそこで子供たちはサッカーをしていた。
ここは避難所と明記されていた。
何のための避難所か?津波か?地震か?・・・f0215179_1535165.jpg
しかしこの小学校の上には原発からの送電線が・・・この山の裏は大飯原発があり、まさにもうすぐ4号機、5号機が稼働を再開しようとしている。一キロも離れていない・・・
こんな状況に子供たちがいることをちゃんと知らないといけない。
避難所は、安全である場所の確保。
地震、津波、それだけか?放射能は・・・。避難の意味をほんとうに考えた方がいい・・・そうすれば大島はどんな所かわかるでしょう。
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するとどこからか子供が自転車で走ってきた。
この子たちが安全に居られる町はどういう町なんだろう。
今なにもないように緩やかな空気に包まれているのどかな漁村がこのままの状態で居られるには、本当にここが厳しいギリギリの状態まで来ている事を理解すべきで、子供主体に考え、再稼働をするべきではない。
確かにこの大島は危ない。
赤い橋でつながれた離島。
もし福島のような事故が起きたら、もう逃げられない。多分細い道は寸断される。
大島の住民は船で逃げるのか?
原発事故への対処もできない。道はこの道にだけ。
行きはよいよい帰りは怖い・・・何もなされていない安全対策。f0215179_8474898.jpg
原発は大変低い場所に立地してあり、地盤沈下でも起きたらどうもこうもないし津波、地震(活断層の上に立地)関西電力と国そして福井県は福島をなんも感じていないし、関西電力や国、福井県がこの大島の方々への命を何とも思っていない。
大飯原発の町長もそうだ。大島の避難はどのように考えているのか?自分はなんとか京都か滋賀に逃げれるが・・・
県庁所在地の福井市は大飯原発から90キロ離れた所にある。京都、滋賀の方が人ごとではない訳だ。
大島の方々の家やその営みは何となく質素だった。f0215179_854359.jpg
原発立地の恩恵は大きな意味のない施設建設と似合わない大きな公共施設だけなのか。
貧しき村は、原発で働けることで裕福になったのか?
村の人たちはわかっていないだけではないか。
そんな嘆きを持ちつつ、赤い橋を渡って役場へ向かった。
すると「再稼働絶対反対!」の文字。
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?・・・何枚もの「原発再稼働反対」の垂れ幕や看板が並んでいた。
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大飯町立運動公園では、町民が、のどかに野球の試合をやっていた。
その横の芝生には、いくつものテントがあった。
そのベースキャンプを訪ねた。
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ここにはずっと人が集まっている。6月16・17日は2000人の方がここに来たそうだ。
全国から駆けつけテントを張り、「再稼働反対」を訴える。
その日ここには静岡、埼玉、福岡、福井県小浜市の方がいらしていた。
ずっと泊まり続け語っている。そして人が集まれば反原発の行進をすると言っておられた。
私はこんな状況は見るのが初めてで、ちょっと困惑した。
けれど、一人一人思いを寄せて会社の休みを取りここにいらっしゃる方をすごいとも思った。
ここに小浜住民で大飯町で働いてらっしゃる方がいた。
「大きな声では言えません・・・」と彼は言った。
クローズアップ現代で出ていた大島の森下さんの話をした。
彼は「え?大島で反対している方がおられるのか?」とびっくりしていた。
「その森下さんは、福島の南相馬市へ行き、現状を見て、この福島を大島、大飯町のみんながちゃんと見ないと行けない。それから意見を言うべきだったと話してました。声を上げてください。こちらの住民が・・・」と言った。
私は森下さんの旅館にも足を運んだ。しかしアポも取っていないので、引き返した。
テレビに出ていた森下さんの思いはいかほどだろうと、大島に来てみてわかった。
このキャンプには活動家がいっぱいいるんだろう。
反対運動だけの単に反発という活動のみをやるのではなく、今福島の現状を知っている方がどれだけいらっしゃるのだろうかとも思った。そして聞いてみた。
福島に行った方はその日のベースキャンプには居なかった。
私は持ち歩いていた小児科の山田真先生の文章をコピーしたものを彼らに渡した。
「読んでください。これが今の福島の現状です。」といって・・・
「読んでみます」と彼は言った。
この人たちの行動が大飯原発再稼働を阻止できる事を願いたい。少しのカンパを置いてベースキャンプを後にした。
国道27号線を戻り、その後滋賀県高島市へ入り実家へ帰った。
その道のりは思いのほか近かった。
大飯原発から30キロ圏の滋賀県高島市。そして琵琶湖もすぐそこだ。
その琵琶湖は、滋賀、京都、大阪の水の資源である。
もし惨事が起これば、・・・今福島は阿武隈川の汚染がひどい。
その状況以上にどうしようもない事にあるんだと、・・・誰がそれを補償してくれるのですか?
大島の方の現状、・・・福井はいつのまに原発銀座になったのですか?
福井の声はないのでしょうか?
ただ声は、無くなる・・・私の実家の知り合いすら私の責任ではない。福井のせいやというだけで・・・どうせ何か起こったら一巻の終わり、どうせ死ぬなら一気にいきたい・・・そんな声しか聞けない。
子供の事を思えば、そんな無責任な事は言わないでしょうに・・・自分の事も大事ですが、弱い子供を守るのは大人の確かな思いでしかないのです。
私もちょっと前まで原発を意識していなかった。だからそんなお前が何を言う・・・そうです。その通りです。が、福島の惨事を通して教育をされなかった子供が大人になって無知を恥じ、知る事を始めました。
そこから日本の有様を知りました。
幸せだと思っていた日常は、誰かに何かに依存して自立を失った日常であり、幻想にすぎなかったのかもしれません。
幸せは、誰かに与えられ整えられた日常ではない事をこの大島の現状を見て思います。
そして幻想だった事を我が身を削って教えてくださる福島の方々がいらっしゃる事から私たちは目を背けてはいけません。
24日の湖北での湖のアゴラ造形教室後の講演会でアゴラの先生は伝えます。
私たち大人が未来の子供たちを守る立場である事を〜。
湖のアゴラ造形教室の様子
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by polepole-yururin | 2012-06-25 15:22 | 原発 | Comments(8)
6月24日、湖のアゴラの造形教室のため、私の故郷滋賀に行った。
前日から関西へ入った。
その流れで、隣の福井県へ足をのばしてみようと思った。
目的は、大飯町。
北陸自動車道で敦賀まで行き、そこからひたすら若狭湾を行った。
敦賀のインターを降りてしばらくすると、「敦賀原発」の看板が出てきた。
20分もたたないうちに「美浜原発」の看板が出てきた。
「この町はなんだ〜」とアゴラの先生の声が漏れた。
私が幼い頃海水浴に行った敦賀。そして砂浜のきれいな水晶浜、それに隣接する美浜・・・
私の知る海は日本海のこの海だった。
敦賀原発、美浜原発、もんじゅ・・・美しい海を見ていた私の目には、この原発は入らなかった。
今まで原発を意識した事はなかった。そんなふうに看板を見ていなかった。
福島原発事故が起きてから、原発を意識し、様々な本を読み、情報を入れた。
今原発の看板を辿る道のり・・・初めて来た福井に思えた。
美浜から1時間小浜市に入る。そこには「明通寺」という看板が見えた。
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「明通寺」は、以前朝日新聞のオピニオンで掲載されていた「中島哲演」さんが住職を務めるお寺だ。(私のブログ「今こそ声を上げよう!」の項参照)
国宝に指定されていて、趣きのあるお寺だ。
住職さんがいれば、お話を伺ってみたいと思って受付で話をしたが、住職の中島さんは今日も講演会で忙しくされていないそうだ。
やっぱり行き当たりばったりでは、だめだな〜と思いながらお寺へ。
薬師如来、不動明、様々な仏様が安置されていた。
今隣町大飯で起こっている事を例えば不動明はどう感じてらっしゃるのだろうか・・・と思いながら、この日本の将来の希望を託し不動明に手を合わせた。
30分〜50分すぎた頃、ようやく「大飯町」の看板が見えた。
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急に緊張してきた。
単に田舎の町大飯町なんだけれど、今この町の雰囲気は緊張と違和感の空気に包まれているように思った。
いきなり大きな建物が見えた。ここは家族館と書いてあった。
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何もないのどかな漁村に、似つかわしくない大きな無機質な建物が海沿いに隣接している。
違和感としか思えない風景だ。
中に入ると、巨大な鉄の柱とそこにガラス張りの大きな調理室が作られていて、二三の家族がタルトを作っていた。この家族館の上には何があるのか?と聞いてみた。するとここは上から下に続く廊下があり、その廊下を子供たちが走って行き来できるんだそうだ。
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子供を連れてよく隣町の高浜へいった。その時に見えた赤い橋。あれは、どこにつながっているのだろうか?と思ったものだった。レインボーラインかなにかかと・・・
その赤い橋の先は実は原発だった・・・
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この橋を行くと突き当たりは「大島トンネル」だ。
何となく整備されたトンネルを抜けると、漁村が見えた。
大飯町大島。小さな漁村。何とものどかな町だった。ここは半島と言いつつもほとんど島である。
1979年に原発が建設される前は、赤い橋はなかった。
昔大島は陸の孤島と呼ばれ、大島の方々は細い海岸道路を通って高浜に抜けて移動したそうだ。
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そして町を横目にしてエネルギー館へ行ってみる事にした。
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するとどうだろう!?エネルギー館の前には物々しい警備がなされていた。
鉄の大きなゲートが閉まっていて、そのゲートに赤の「特別警備実施中」と書かれた垂れ幕がついていた。
そして身体のいい警備隊が3人通行を拒んでいた。
え!?なんじゃこれ〜!ここはどこじゃい?って感じで怖かった。
アゴラの先生がひるまずに「入れないんですか?」て聞いた。
「入りたいんですか?」と警備隊は聞いた。
「はい」・・・
警備隊は普通の観光客と理解してゲートを開けた。
ガ〜ガ〜ガ〜!!と身体のいい警備隊の方がゲートを両手で引っ張ってあけてくれた。
かなり重いのだろう。
私は怖くて、入れてもらったはいいものの、これでいいのだろうかとちょっと身体が硬直していた。
先生は「何も怖くない!堂々とすればいい!何も悪い事はしていないのだから。」といった。
お客さんの車が何台か止まっていた。
館内には警備員がムスって所々に立っていて、よけいな話はしないって感じだった。
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「いらっしゃいませ。ようこそ大飯原発エネルギー館へ!」とクリーム色のかわいいユニホームを着た若い子が私たちを出迎えてくれた。
この子たちはどう思って私たちを出迎えたのだろうと思った。
上に上がってもうひとりのコンパニオンがいた。
「こんにちは」と言われたので、ちょっとその方に話した。
「こんな状況で、あなたは原発のこんな近くにいる事を怖いと感じませんか?僕は原発は怖いです。浜岡原発でプルサーマルの計画があがった時、アゴラに中電の方を呼び、話をした。私は子供たちを守る立場。中電の方に原発は怖いと感じます。怖いものを造るのはやめてほしいと言った。」ってアゴラの先生が言った。
私は「あなたはお近くですか?」って聞いてみた。
「はい、大飯町のものです」と彼女は答えた。
「私はよく昔大飯町に来たんです。高浜にも子供を連れてよく泳ぎにきた。本当にこの辺りはきれいなところでしたね。大好きです、この地域」と私は話した。
彼女は「そうですね〜、いいところです。きれいですしね」と優しく笑顔で微笑んだ。
「私今びっくりしているんです。そこに原発があるんですね、ちょっと悲しくなりました」と私は言った。f0215179_141293.jpg
「怖いという感覚を忘れてはいけないよ。あなたみたいにこれからの方が、原発の直中に居てはいけない、いない方がいいですね」っとアゴラの先生は言った。
彼女は「はい」といって苦笑いした。
彼女の後ろには、今の大飯原発の状況がモニターに映っていた。数字は0を示していた。
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「毎日こんな感じですか?いつもあんな物々しい警備をしているんですか?観光もあったもんじゃないですね。びっくりしました。私は何をしにきたのか?誰に向けての警備なんでしょう?」と聞いた。
「はい、いつもお客様はこんな感じでパラパラです。警備は、たくさんの方が押し寄せてきて、中のお客様に被害がかからないようにしているのです。」と彼女は言った。
「ありがとう」っていって外に出た。
エネルギー館のそばにビオトープがあった。
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トンボの生息する場所とあった。
するとシオカラトンボがやってきた。
おいシオカラトンボ、お前はここは居心地いいかい?って聞いてみた。
なぜかトンボはびくともせず、私たちのカメラからは逃げる事さえせず、じっとこっちを見ていた。
その丘から村までは500メートル足らず。
くっきりと見える漁村、大島である。
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その大島の後ろには原発からの送電線が・・・  
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何かがおかしい。
核燃料サイクルの六ヶ所村のアピールポスター。
世界中が声を上げる放射能の危険性・・・その直中に未だにアピールし続ける各原発施設。
なぜ警備が必要か?
ここに居る警備員も従業員も大飯の近隣の人だろう。
国や関電のお偉いさんなんてここには居ない。
市民と市民のぶつかり合い。稼働をGOする指令だけ出す関電上層部と国。
危険な場所にはいない・・・蚊帳の外である。
福井は日本中で一番原発が隣接している原発銀座。
そうなるまで、知れない現状、ここまで歪んだ国があるのか・・・
自然の豊かさをアピールする原発の有り様はとことん腐りきっている。(九州電力は、ドングリ作戦とし、山の再生をアピールしていて、悲しかった)
だから、怖い、おかしいと思うことを大事にしましょう。
怖さは、我が身を守る最大の武器であるとアゴラの先生は声を大にしていつも言う。
怖いという感覚が生の本筋であるから〜。   NO2〜へ続く・・・
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by polepole-yururin | 2012-06-25 11:14 | 原発 | Comments(0)

悲しきかな日本

台風前の空模様〜。嵐の前の静けさ・・・
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大飯原発再稼働・・・
今日NHKのクローズアップ現代で、細野大臣が登場していた。
ただ何の説得力もなく、変わらぬ安全であるという言葉しかでない。
「福島の方と今もお会いしている。福島の方達の事はいつも考えています。しかし国の方針を示していかないといけないのも事実・・・安全保安委員会がきっちりとした検査をし、安全を確保しております。熱中症、呼吸器をつけた患者さんの命を奪う事はできません・・・」
そんな事を言っていた。
思っている、気にかけている・・・安全保安委員がちゃんとやっている・・・ずっと聞いていた言葉だ。その安全対策の内容さえ示さずただ安全であると言葉だけで言い続ける国。そしてちゃんと安全対策をやっていても?福島の原発は40年では廃炉せず、使えるとして爆発した。
でも40年でもちゃんと使えて安全であるならば大丈夫という。福井県の原発は異例で40年すぎても大丈夫と言う訳だ。
福島の教訓はなされていず、変わらないのである・・・
大飯原発から1キロ圏内で原発労働者の旅館を営む森下さんという方が、再稼働を反対していた。
今は原発労働者が来ていないので、営業中止であるが、何の安全対策も施されていないし、大飯は逃げる場所がない。道は一本道であり、もし地震でも起きたら土砂崩れで、道は通行止めとなりたちまち移動できない町である。再稼働は反対だ!と。
地元の声も聞こえない・・・ましてや福島の声も聞こえない。
青森県の六ヶ所村の核燃料サイクルの再処理工場が試験再開したそうだ。また、15日首相官邸前で一万一千人のデモがあった。しかし日本のマスメディアはどこも取り上げなかった。
取り上げたのは、海外のメディアである。
滋賀県知事が大飯原発再稼働への細野氏を交えた会合でもすごい圧力があったという。
その事を滋賀県知事も海外へ向けてYouTubeで伝えている。
今日細野氏が国の信用を取り戻すため・・・と言っていたが、国の信用がた落ちで、マスコミへの圧力が国や企業人からあり、正しい報道がなされないから、皆海外へ声を上げるのだ。
軍国主義へ投入した時、すべてのメディアを国が操り、戦争へとかり出した歴史。
また第五福竜丸の事故がおき、国民が過剰に核反対を訴えた時、国は大々的に科学博を開催しその宣伝文句を読売新聞に連日掲載した。反対デモなど記事にはいっさい取り上げなかった。(読売新聞社の正力氏がこの時大きく事を動かした。)そして原発の平和利用を訴え、市民の声を抹殺した。
今も同じ・・・テレビ、新聞、あらゆるメディアから負の出来事を消し去り、表向きの事を情報として流す・・・
今まさに同じことが起きている。
日本では伝わらない。今も私の近くでは、原発の話なんて遠い話の人々がいっぱい。
原発は悪い、良くない・・・でも・・・日常は無視していても生活できる。あえて思考しない方が楽である。
テレビ、ラジオではバラエティーがいつも流れ、お笑い芸人やタレントが馬鹿話で盛り上がるような番組ばかり。その情報に毒され3・11は終わった・・・福島も終わった・・・放射線の話も終わった。
昨日アゴラの先生に小児科医の山田真先生の資料をもらった。「読んでごらん」て。
放射能の医療での汚染の事から話は切り出されていた。
3.11後医療者であった私にアゴラの先生は「放射能を使って画像診断でしか判断できない医療についてどう思うか?あなたの周りにいる医師は、原因追及のためにひたすら検査を行う・・・そのリスクはどうか?今医師は福島の事を、放射能汚染についてどう思っているのか?」と聞かれた事があった。
私は戸惑った・・・画像診断が当たり前だと看護師時代に習ったし、これは医療の決まりのような物だった。研修医だってそうやって上の先生に習うだろうし、それが今の医療だと疑う事はない。
が・・・日本は医療においても他の国より放射能を使う頻度が高いのだと言う。
この事実に対して、医師が放射線医療の観点からも発言されていた。
そして、戦後国と学生が戦った頃、正しく物事を知り、法の下で守り、医療で守った。
今も福島へ入り子供たちへの医療を施している。
国やそれを取り巻く科学者や医者が、広島、長崎のときのように大丈夫と事をなかったように押し込める中、それにちゃんと正しき姿勢を示す方々が個人でコツコツと活動されている。
今声は国には届かない。マスコミも取り上げない。逆に圧力をかける世の中である。
そんな日本にあきあきしながらも、その人たちの情報を取り入れ、私なりに我が息子世代の未来へ一人の意思ある大人として力に負けない生き方を示したい。

アゴラの先生からいただいた資料が「しのぶ里から」さんのブログと「私がローマで独りで始めたわけ」さんのブログにありました。
山田真医師是非読んでください!
山田真氏は優しいお医者さんで、子供向けの絵本や子育ての本も多数出版されています。
早々にAmazonで数冊ゲット。
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by polepole-yururin | 2012-06-18 20:46 | 原発 | Comments(16)