ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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カテゴリ:子供たち( 47 )

好奇心ある子どもへ

適宜、このBlogも更新中!
私達の試み。
子供達への関わり。
この記事はBlog『里と湖のポレポレ時間』より

9月4日日曜日、琵琶湖のアゴラは、琵琶湖のアゴラ展の展示が主。
その合間に野鳥センターの池田君のレクチャー。
今日はレクチャールームでは、近くのバイオ大学の学生さんがお勉強中。
よって野外に出てきました。
ビオトープには、蓮がいっぱい。
草津にある琵琶湖博物館の近くには、蓮の群生地があります。
けれど、今年はほとんど蓮の花が全滅。咲いていないよう。
蓮なら、ここだよって池田さんがご案内。
ほんと、いっぱいの蓮の花が咲いていた。
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植物採集。高枝ばさみ持参の池田さん。
ほら、これは、くずの花。この時期いっぱい咲いています。
紫のいい香りの花。フジの花の香りに似てる。
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今度は池田さん蓮の沼に入ります。
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ほら、来れ見てみて、蓮の根っこはレンコンです。茎も穴が空いていますよ。
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ほらね!
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みんなは、琵琶湖に流れる川の景色を写生。
最近見ない光景です。
私の子どもの頃は図工の時間はよく写生に野外にでて描く機会がいっぱいありました。
今はどんどん図工、美術の時間は学校では減っています。
理数を重んじる教育が美術というものに価値を置かなくなったのか、週に一時間あったらいい。
その少ない時間で出来る作業は、塗り絵、キット。
これが美術と言うのでしょうか・・・寂しい。
想像を育む事をなくし、ものを見る機会をなくし、思考する時間をなくしています。
アゴラでは大事にこの時間を続けています。
なぜ?
そうぞうすることが(創造と想像)が未来を作る大事な事だとわかっているから。
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暑いので日よけ。天然の蓮の日よけ。
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麦わら帽?いえいえ蓮の帽子です。冷たくって、ひさしの大きくってこれがいい日よけの帽子なんです。
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蓮の花も取ってきてくださった池田さん。
大きいんですよ!蓮の花。
それに香りはうっすらお香の香り。
いいんですよ。
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どこかベトナムの風景を思い出します。
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いつの間にか、蓮の帽子の子供達がいっぱい。
見ようによっちゃ〜カッパみたい。
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川のほとりのカッパたち。
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蓮の種が出た後の蓮。
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蓮の傘
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蓮の葉は水をはじくんだよ。
ほら〜って実験。
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わ!わ!わ!面白い
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水の玉。生きているよう。宝石のよう。
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野鳥センターに帰った子供達は、水道の所で何やら始めた。
びしょびしょになって、水と蓮の葉の実験遊び。
蓮の真ん中に穴をあけて、ストローのようにしたよ
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じゃ〜!って蓮の葉っぱから蓮の葉っぱへ。
水が動く、面白い♩
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ストローのようだ!
じゃ〜ジュース入れてみたよ。飲める?
あ〜ん!
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飲める飲める!蓮の葉ジュース!
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好奇心旺盛の琵琶湖の子供達。
自分たちで考え、試してみる。
どうなの?どうなる?わ〜!ワ〜!すごいすごい!
こうなるんだな〜って実験してみる好奇心!
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by polepole-yururin | 2016-09-24 12:42 | 子供たち | Comments(2)

子供達が危ない!

(2015年7月24日)

日比谷公会堂、国会前

安倍政権にNO!70000人結集!

警察通行妨害・・・この警官たちも若者。
若者を使い、危ない所に大人はいない・・・
若者の演説、是非!

(2015年7月23日追記)
安倍政権NO!

私たちは絶対戦争を起こさない国、日本でいたい!
軍国国家もアメリカ追従ももう終わりにしたい!

ジャーナリストのむのたけじさん、100歳の叫び!

(2015年7月22日追記)

現政権の幼稚な事・・・今や自分だけ、金だけで動いている政治。
私たちは権力の動きを今だから声を持って見極めて行かなくてはいけない。
民主党の細野氏が、民主党独自の安保法制案を作るべきだと持ち出した。
また自民党に擦り寄った野心家が動き出した。
シールズは、その意見に反対をいう。
今私たちは、憲法9条を持ち続け、平和な国のままいることを欲している。
自分の利権を守る為に動く政治家ばかりだ。
いまだから私たちは、蠢く野心家の企みを見抜き、持って行かれぬように〜。
ダウンタウンの松本さん。お笑いで民衆の心をつかんでいる人である。その人がフジテレビで語る、安保法案賛成。
若者よ、あの松本さんも戦地に行かない。既得権益保有者である。
最近思う、芸能人は、権力に雇われた社員だと。
売れるのも、売れないのもそういう世界の意図的な戦略の中にいる。
あえてマスメディアから流れる情報は、掴んでほしい情報であり、本当に知ってほしい情報は消される。
だから山田眞先生の本も本屋に並ばない。すごく大事な事を書いているお医者様なのに。
ほかにもいっぱいある。
そんな世の中になってしまった、そしてもとはフジテレビの特ダネで12年番組を担当していた岩上安身氏もそのマスコミに出入りしていた。
がしかしTPPの危うさをテレビでいったら、降板させられた。
自分の負を経験して本当のジャーナリズムを考え、動き出した。
ネット情報は危ういものもある。その中でどれが本当でどれがおかしいのか見極められる意識を持とう。
それが、野生である。
おかしいと思う自分の意識が今最も大事!

PS:今日したの息子がテレビ漫画を見ていた。
「ゲート」自衛隊のアニメである。
おい!こんなもん観るな!っと怒鳴った。
こんなもん観たからって自衛隊にいかね〜よと。
危うい、政権があらゆる媒体を使って、自衛隊美化、戦争美化、自衛、守る、保守と言う言葉を使って子供達を持って行く。
ポケモンや妖怪ウォッチとは訳が違う!
本当に最悪な政権だ。マスコミ、テレビ業界あげて戦争の空気を作っている。
大本営だ!
上記岩上安身氏のネット番組のインタビューに上智大学の中野晃一氏がある。
これに今の政権の実体を話している。
困ったもんだ。しかし困ったもんがもう堂々と当たり前に戦前、戦中のやっている手法を真似ている。
どんどんやったもん勝ちだと動いている。躊躇せず、動いている。
最悪だ!
声を絶やさない!おかしいおかしいと言い続けることを続ける。

「北の国から」の倉本聰さんも安倍政権にNO!

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安保法案が強行可決された日に私の息子に自衛隊・防衛大学への勧誘のはがきが届いた。
息子は18歳になったところだった。
息子はハガキをほった。
昨日、私は本の出版手続きでまた東京に行った。
新幹線ホームでは、若いお母さんに小さな男の子がだっこだっことせがんでお母さんにべったり。
その様子を見て、息子を重ねた。
息子は小さなときはずっとずっと私にまとわりついてはなれなかった。
ずっとずっとだっこだっこってせがんだ。
人の理不尽な態度を敏感に察していた。
あんな頃があったな〜っと急に息子の幼い頃を思い出したら、涙が出てきた。
かわいかった。
私を無条件に欲する息子が愛おしかった。
そのこがいつしか18歳になった。
そして上記ハガキ。
今、小さな子どもを持つお母さんは、子どもの屈託ない表情を見ていつまでも守らないとと思うだろう。
無条件に親に必死にまとわりついて守ってといっているような時、親は無条件に守るだろう。
けれど、その子が少しずつ、親からはなれ、親の思うようにならなかったり、反抗したり、大きくなったり・・・親の内にいなくなりつるあるとき、親は子どもが小さかったときのように子どもを守る事が出来ているだろうか。

今本当に子どもにとって危うい世の中になってきた。
今までなら、子どもの意見を尊重すると言った言葉もまだ余裕あって使えただろう。
けれど、今大人が危ない。
なぜ?って。
それは日本が危ない意識の人たちによって政(まつりごと)を行っていて、それが憲法を置き去りに動いているからだ。
その政(まつろごと)は、国会だけにあるのではない。
政は、社会のしくみを作る事。
着実に今の政権にいいような社会のしくみを作っている。
そのしくみは、言う事を聞く人間育成である。
軍を強化し、軍需産業を潤おし、お金儲けをするシステムを応援している。
だから軍隊を作る為の人材がほしい。
今年になってはじめて上記ハガキが来た。18歳の男子へ。
ベトナム戦争をはじめるアメリカは、18歳に選挙権が引き下げられた。
そして戦争へいく若者を18歳から公募した。
さて、40年経った日本で同じような事がはじまった。
子どもが持って行かれる。
こんなに小さかったかわいい子どもが戦争に持って行かれる。
肩を叩かれるんだよ。
おいおい!平和を仕事に出来る仕事が出来るんだよって。
国家公務員で、大学のお金もただで、給料ももらえる。
いい話だよってね。
おい!お母さんたち。
今、子どもにいろんな招き猫が手招きしているんだ。
かっこいい!平和!絆!団体!一つになる!守る!安定!立派だ!正義!・・・
お母さん、子どもにはゲームやパソコン、テレビ、本等で怖い誘いがいっぱいなんだよ!
普段親が今の政権の行動、思惑を把握していないと、真面目な子どもほどあの当時の軍国少年のように持って行かれてしまうんだ。
それを子どもの意志を尊重するなんて言葉で放置してしまってはいけない。
子どもを守れるのは、子どもの頃からずっと子どもを守ってきたお母さんなんだよ!
世の中には様々な思想、宗教がある。
その中で家父長制を助長し、家族を大事にとそれを前に出して、団結を強い、団体の中の一人として恥じない行動をとることをいう。
そんな事が、今自治体や学校やいろんな組織で言い始めている。
これが、ちょっと前までは無かったんだ。
それを今強く言い始められ、強調されているのは、政(まつりごと)が、着実に我々の意識に働きかけているんだ。
だからお母さん、その世の中の変化をちゃんと察して、おかしいとしっかり声にして言うことだ。
でないとみんな一緒に集めて戦争は悪か無いさという意識に支配される。
それが80〜70年前の日本だったんだ。
それを全く真似ているんだ。
自民党を応援する人たちは今や当たり前にそれを遂行している。
男社会のピラミッド社会は個を捨てさせ、戦争も肯定させ、子どもは戦力になってしまうんだ。
子どもが大事か?おとうちゃんが大事か?
民主主義が消えると本当に危ういんだ。
日常の公共の頻繁なテスト放送も知らず知らずに意識を統制させられているんだよ。
お母さん、賢くなって!
男を立てるだけの嫁になってしまっては子どもは救われないんだ。
未熟な子どもを賢くなったお母さんが守ろう!
そして本当の平和を守れる子どもを育てよう!

私たちは今平和なんです!


SEALD’s、京都大学シンポジウム是非ご覧下さい。

小林節氏7月16日朝のインタビュー(岩上安身氏ネット配信)

宮崎駿インタビューでも政権批判

ローマさんのBlog、民主主義に反する政権
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by polepole-yururin | 2015-07-18 22:04 | 子供たち | Comments(6)

子どもの個性

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アゴラにはさまざまな子どもさんが来ている。
いろんな個性を持っている。
世間では近年個性という言葉を重要視している傾向にある。
「世界で一つだけの花」という歌でいろんな子がいていいんだよって、なんとなく大人も感じた事だろう。
が、本当に個性ってどういう感じで理解しているのか・・・
個性って言う言葉は、いわゆる公立学校の範囲の中で、それぞれの性格、それぞれの特性を大事にしようと言っているような大変曖昧なニアンスで「個性」という言葉を受け止められている。
アゴラの先生の意識の幅は、そのアベレージ(標準)的な幅での「個性」で捉えていない。
人間という幅の中で「個性」というものを捉えている。
人とちがう事が、世間では、「おかしいの?」とか「障害?」とか言われて、線引きをして社会は何となく自分とはちがうものを排除して成り立たそうとしているように思う。
人とちがうものを排除するとよく似た集団が出来る。
するとそのよく似た集団からは、より違いは際立ち、「おかしいの?」って言うレッテルを貼られる傾向がある、この社会は・・・。
集団意識をもつことで、みな同じであると安心し、自分がちがうと言われる事を恐れ、標準を保つ。
それが得に日本という国の特性。
個性は生まれてきた時既に持っていたものかも知れない。
個性は自分という者を形成する遺伝子の中に組み込まれている何かかも知れない。
人は生まれ、両親やその子を取り巻く環境により、自分そのものにいろんなものが加わっていく。
特にこの社会では、個性をちゃんと見ないで、親やその周りの環境の価値基準で子どもたちを作り替えていってしまう。f0215179_22381187.jpg
個性ってものをひどい時には消し去ってしまう。
障害という枠をもって線引きしているこの社会は、福祉が充実したいい社会になったというのだろうが、本当のところ、見えなくしているだけで、他との違いをより鮮明にしているようだ。
「ちがう」というものが見えれば、その「ちがい」を排除し、摩擦を防ぎ、均一な社会を目指す今の社会には個性の尊重は無いに等しい。
障害という言葉で人は区別して、「ちがう」を個性として見ない。
ちがうものは、自分と合い交えない事だと線引きして社会を形成しうる今の社会。
ちなみに、中学のいじめ問題はその「ちがい」をすごくいびつに表に出た状況である。
アゴラの先生は、社会の中にいろんな子が存在する事を欲している。
でないと、社会は排他的になって、利己的な冷たい物質的社会となるだろうと、感じている。
社会は生きている。
人間という生き物が存在しているわけだから、ちゃんと息づく人の往来があり、認め合う関係性が成り立つ事が安心できる社会だという。
例えば、自閉という診断を下された子どもが、私たちが想像する以外の行動をした時、「ちがう」ということで、線引きするのではなく、この子はどういう視点をもって何処を見て、どういう思考をし、どう物事を捉え、どう表現しているのか、・・・その事をじっくり子どもと向き合い関わる。
この子は「ちがう」からっていうことで大目に見たり、いいわいいわする訳でもなく、逆に犬のしつけのように叱咤して叱るのではない。
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どんな子にも駄目な理由をちゃんと伝え、同じように接する。それでも理解できなく、同じ事が繰り返される時も、続けて向き合い、ちゃんと伝える。
そしてその子の持つ個性をちゃんとその子に伝える。「〇〇がいいよ」って。
確かに違いを認める事って大変難しい事だし、人は自分とちがう事を「恐怖」する習性がある。
それは、今までの歴史の中で成り立たせてきた権力者が行った思想統制からくるもので、代々から伝わる悪しき習性である。
「世界で一つだけの花」で伝えられた事を、もうそろそろ実践していくべきである。
違いは個性であり、その個性があなたであり、そのあなたは、生まれてきた時に持ち合わせていた大事なものなんだとちゃんと伝える先生でなのある。
アゴラっていろんなすごい子がいるコミュニティー。
Agora子ども美術工場
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by polepole-yururin | 2013-02-11 22:42 | 子供たち | Comments(6)
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うれしい知らせが舞い込んできた。
アゴラ子ども美術工場に通う○君の高校合格の電話だった。
「合格しました!」
○君は、たいへんやさしい子どもさんだ。
私に修学旅行のお土産に交通安全のお守りを買ってきてくれた。f0215179_15274735.jpg
アゴラの先生が事故で倒れた時、すごく心配して病院に何度か来てくれた。
身体中傷だらけの先生の手を持って自分の頬にあてて「痛いね〜痛いね〜」って同調していた。
時には身体をさすり、時には手紙をかき、花を持ってきてくれた。
小学1年生からアゴラに通い、アゴラが大事な場所だった。
その○君もそろそろステージが切り替わる時となった。
今子どもたちの状況はどうなっているのか知っていますか?
就学時検診、保健所等での成長発達の検診は、正常を見るだけでなく、少しでも異常が見つかったら、養護学校へ通うように進められる。たとえ小学校へ行く事になったとしても、中学、高校と区切りごとでその都度行政や学校は養護学校を進められる。
養護学校が悪い訳ではない。養護学校へ行けばもっと優しく子どもたちに接してくれる先生がいて、その先生もたくさんいて、その子の様子に応じて対応してくれる。
優しい社会になったよね!と一般的にはそう思ってしまう。
しかし少しでも障害だと言われた子と親はどんな気持ちでいると思いますか?
養護学校へいった子どもたちは、いずれ作業所等に就職していきます。
決まりきった道が用意されています。
それが自立だというように。
その事を世間は知っていますか?
私たちは平等に自由を持つ権利が許されています。
生まれながらにして・・・。
でもほんとうに自由ってどういう事なのか・・・
養護学校へ行った子どもたちの就職、進学ってどういう広がりがあるのかと考えた事がありますか?
普通中学、高校へ行った子どもたちに夢を持て!といわれていても、養護学校へ行った子どもたちへ同じように大人は夢を持て!自由に生きろ!って思っているのでしょうか?
学校進学はたいへん大きな壁となります。
社会が作った道に載せる事があたかもいいように思えるのですが、その大なり小なり障害という言葉で区切られた子どもたちにとってその道は、決められた、固定された、限局された道であるように思うのです。
幼稚園の時に、話さないから発達障害だと宣告された。自閉症だし、みんなと同じように成長は出来ないよと宣告された。ちがうな〜この子は。。。
そんな事を言われた子や親たちはどんな気持ちで日々を過ごしているのでしょうか。
誰がどんな権限でその子の未来を予言するのでしょうか。
障害がある子どもたちに対して、ちがうという目を持ってその子を見る。
おおめに見る・・・そういう感じで社会は動いているような気がします。
だから将来の夢に対してもある程度でいい…そんな感じで制限して子どもたちを見ているような気がします。
でもちがうんだ!ということを私はアゴラ子ども美術工場で知りました。
アゴラ子ども美術工場には、16年間いろんな子がいました。
東大、京大、国立大学等へ行った子、染色関係へ行った子、大学で歴史を学び編集者を夢見途中の子、美大へ行った子、様々です。
いわゆる優秀という子たちもいます。障害と言われた子どももいます。
でもその障害は、いつしか障害ではなくなり、その子の大事な個性であり、その子の持つ可能性へと変わります。
その子たちを変化させていくことは、何か・・・
それはその子を大事に思うこと。その子の可能性を信じる事。その子の道を決めない事。そして変化を見落とさないこと。その子の表現をたとえ小さなものであっても認める事。そしてその子を優しく包む事。
そうやってこられた先生の様子を見てきました。f0215179_15303552.jpg
先生のやってこられた事は、目立つ事ではありません。子どもだましのようなちんけな物だと捨てられる物も拾って大事にする事って、この社会のスピードや重要視される事の中には、意味のない物だと言われてしまう事でしょう。
合理主義の社会にとってはとくに・・・
消されてしまうアナログの世界がアゴラ子ども美術工場にはいっぱいあります。
でもアナログの世界の中にこそ、子どもたちが生き生きと自分から生まれる表現を形にしていきます。安心する場所から可能性は生まれるのです。
お母さんのおなかの中、羊水に包まれていた頃、私たち大人も子どもたちもみんな多分安心していたはずです。
あなたがいいよ、大事だよってみんな思っていたはずです。
そしてこの心地よさを知っているはずです。
その心地よさが社会の中では、消えていってしまうのです。
区別という枠で・・・
みんな同じ土俵の上でそれぞれの子どもたちの成長を見届けたい!
あなたの存在は無限大!
主婦という区切りをもらった大人の私でさえも、個として自分のやる事を認められる事って大変うれしく、そこに存在意義を感じるものです。
大人になった私たちは、いやというほど感じているはずです、区別される事を・・・。
その大人が今の子どもたちの可能性を見ないでどうするのか・・・。
区別せず、存在意義をみんなが同じように感じられたなら、この社会はもう少し、居心地よくなるのかもしれません。
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「明日大丈夫かな?」ってずっと心配していた○君。
大好きなワンピースもお預けだった○君。
心配する○君に私は、ずっと鞄の中に持ち歩いていたアベンチュリーというクリスタルを手渡した。
○君の手にそっと置いて、○君がクリスタルを握る手を私の両手で包んだ。
「大丈夫、大丈夫!安心しなね。拝んどいたる。大丈夫。大丈夫。」
何が大丈夫かわからずとも、「大丈夫」と唱え、○君に微笑む。
帰り際、アゴラの先生は○君を大きくハグした。そして「大丈夫だ。大丈夫だ、○」と頭をなでた。
○君は、「ありがとう」っていって帰っていった。
次の日の午後・・・
「先生!高校合格!」○君からの電話あり。
本当に良かった。4月からまた○君の新しい挑戦が始まる。
守られた空間からまた新しい学校の先生や生徒との交わり、電車で通い、今までとはちがう社会を歩く。
そこにちゃんと優しさが存在していることを願い、アゴラで○君の笑顔を心待ちにしていよう。
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by polepole-yururin | 2013-01-29 15:21 | 子供たち | Comments(4)

いじめ問題

中学の合唱大会。皆夢と希望を持っている事を願います♩
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NHKの朝イチに流れるいじめ問題。
聞いていると悲しくなる。
もう日本は終わりか・・・と思ってしまう。
ここまでいじめがはびこる世の中になっていることに嘆いている。
私とて昔いじめに近い事って経験した事がある。またいじめられた子をかばった事でいじめられた側にもなった。
どうして!どうして!と子どもの時に理不尽な事に対して声にならない叫び・・・心の中で叫んでた。
確かに先生は、人間であり、好き嫌いが当然あり、言う事を聞く子どもや明るい子どもは受け入れ、癖のある子どもや勉強嫌いの子ども、容姿、はっきりしない子どもは、教師なりの色眼鏡をつけてみてしまっている。
先生も人だから・・・いじめられるのは弱いから・・・
そんな事で終わりにする。
世間に出てもそういう人っているんだから、うまく生きないといけないんだよってある大人が言っていた。
うまく生きる事=関わらない事。
見てみない振りをする。強いものに同調する。
これは子どものいじめ問題だけでない。
社会のあらゆる出来事に対して手本である大人がやってきたこと。
例えば原発事故について・・・関わらない、意識を持たない、見ない、あげくに政治家が原発をなしには経済は成り立たないという党に地元の有権者は利をもってそこに同調する。
正しさをいろんな言葉ですり替えてしまう大人、正しい事を見極められない大人が多すぎる。
その大人が子育てをして、その子どもが大人になって、今私の子どもの時以上に窮屈になっている子どもたち。
正しさをすり替えたり、教師も人だからと間違いを開き直り、親もそう。
この社会は力の社会。
教師、医師、官僚、政治家、弁護師etc・・・適正よりも知能指数・・・
オリンピック、ワールドカップ、メジャー・・・秀でる事、勝つ事・・・英雄
こんなもん資本主義社会の考えたルールじゃんか!
力、チカラ、ちから・・・
そんな中で教育された大人が今子育て世代で、さらにゆとり教育に誤りを感じた文部省が詰め込みを強いる。(ゆとり教育は放任教育だったから)
今中学では競争が増す。
勉強と運動・・・両立できる子どもの育成を目指す学校。
インドの成功を数学、英語など教育強化に徹したからだという結論(子どもの教科書に言い切っていた)に、日本の行き詰まった経済に希望を見いだすのは、教育の見直しを強化する事だとしている。
ハイテク、IT産業の発展が国の強化と判断し、第一次産業から変化するアジアの国々。
ゆとり持っていたアジアの子どもたちはたぶん先行く欧米諸国の二の前なっていく・・・
離婚、いじめ、犯罪・・・
競争は利潤をうみ、豊かさを生んだ・・・その豊かさはものの豊かさであり、その豊かさに反比例して心は貧しく、自分の事しか、見えなくなった。
震災の時、すべてのものが無くなった。
女川の人が震災後1年半経って言っていた。f0215179_1039134.jpg
あの時はみんなが団結した!一つになった!すごかった!貧富の差、職業の差、何もなかった___
でも今また格差が出てきた。と・・・
ものと人の心・・・
いじめは子どもの問題でなく、日本に生きる人間の個々の思いや生き方が、見やすく浮き彫りにされただけの事。
弱いものがはけ口になり、つぶされてゆく。
大人のゆがみが子どもにいって、子どもの中で蠢いている。
本当の豊かさを子どもに伝えられる大人になることがまず先決。
子どもはもともと豊かな心の持ち主なのだから。
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by polepole-yururin | 2012-12-03 10:22 | 子供たち | Comments(7)

夏の琵琶湖と大飯

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今年はお兄ちゃんの受験だから下の息子だけ我が実家へ帰郷。
今年は息子を連れて福井県大飯の町を訪れた。二度目の大飯。
滋賀県から大飯町へ行く途中、いくつものトンネルを抜ける。
そしてトンネルを抜けるとそこは・・・海だった。
青い青いマリンブルーの海が輝いていた。
母も、息子も、甥っ子たちも「わ〜!うみだうみだ!きれいやな〜!」って思わず声を上げた。
その海の先に原発があるんだよ・・・って伝えると、みんなテンションが下がった。
青戸大橋を行き、大島という部落が見えた。
そしてエネルギー館へ向かう。
が・・・エネルギー館はあいにくの休館・・・
げ!残念だね。
でも・・・そのエネルギー館の前には今日もまた「特別警備実施中」の垂れ幕と警備員が三人物々しい状態で立っていた。
息子も母もなんやここは・・・と言った。
そのまま大島の海を行く。しかし海水浴のお客はいなかった。
あまりにも暑いので「しーまいる」という大きな施設があったので、立ち寄った。f0215179_10152237.jpg
二三の家族がいた。テレビを見ていた。ここは公民館だった。島民800人の村に巨大公民館。大きな大きな旅館のようだった。
公民館の館長さんらしき人がぶっきらぼうだったので、休憩するのをやめた。
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大島を出て、対岸にある家族館へいった。
ちょっと遊んで行こうと中へはいった。
100円で遊び場へ行く。
そこは、何階建てになるのだろうか・・・巨大な吹き抜けの建物の中に大きな船の模型があり、その周りに青、白のボールの玉がいっぱい。
そこに子どもたちはズボッと入って鬼ごっこしたり、ボールの当てあいっこをしたり・・・大人はその周りに座り、子どもたちを見ながら涼んでいる。 
母が言った「こんなに大きな建物にエアコンガンガン利かせて、何がエコかわからんな〜、省エネとかなんとか関西電力は言ってるけれど、こんなものが必要かいな〜」って。
確かにそう、天井までとてつもなく高く、そこに子どもたちがエレベーターで行き来している。そして走り回る・・・何で遊びにエレベーターが必要か・・・
その会館の外は海・・・海水浴客はあまりいない・・・自然いっぱいの大飯なのに、自然で遊ぶ事を忘れたか・・・
息子たちはすぐに飽きてしまった。「帰ろう・・・川に行きたい!ここはもういい。」と。
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帰り際、家族館の方が「せっかくだからエコガイヤへ行ってみてください。」といったので隣のエコガイヤにたち寄った。
ここは関西電力が作っている科学館だった。
誰もいないのに赤や青の電気がこうこうと光り科学の進歩を謳っていた。
2つ窓があって、関西電力の方の仕事場が見れるようになっていた。
のぞいていたら「ここは高浜原子力発電所と大飯原発の方がここで危険な事故を想定したシュミレーション施設です」と守衛さんだが話しかけてきた。
「さっき、エコパークへ行ったのですが、休館でした。木曜日は休館ですか?」と聞いてみた。
「あそこは今閉館しています。6月30日のデモがあってからずっと閉館中。また様子見ながら開館されると思うのですが・・」といった。
いろんな思惑がある大飯町・・・関西電力。
外に出て「ここは箱ものばかりでびっくりやな〜。いつの間にこうなったんやろう?昔は違ってたな〜行かんうちに変わったな・・・」って母はつぶやいた。
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そしてまた鯖街道を通って滋賀へ・・・
途中今津浜にたち寄った。誰もいない琵琶湖、ここで子どもたちは水遊び。
琵琶湖は静かに波打っていた。
遠くには伊吹山が・・・その前には竹生島が浮かんでた。
そこで子どもたちは網を持って魚とり。
たくさんとれて、子どもたちは水から上がる事をしない。
楽しくて楽しくて仕方ない♩
母も私も御座に寝そべって空を仰いだ。
青い空と松の木の陰。
こんなにも空は青かったのかと思う。こんなにも琵琶湖は静かだったのかと思う。
こんなにも時間は緩やかに過ぎて行くんだと思う。
ゆっくりゆっくり・・・そよ風のように〜さざ波のように〜。
幸せってこんな事を言うんだろう。
福島の方もこういう日々を過ごしていたんだな〜、きっと。
ずっと続く自然の癒しを感じていたのだろう。
永遠にある自然の恵み・・・福島・・・
そして今何事もないように大飯原発が動き・・・高浜を動かそうとする関西電力。大飯原発が電力として送電を開始したのは、昨日からだ。
それまで電力は足りていたような〜。
暑かったら海に、湖に、川に・・・そんなふうにして人は過ごしていたのだろうに。。。昔は。
子どもたちは知っている、どこに好奇心があるのか・・・大きな異物にはすぐ飽きる〜。

息子の今年の理科の自由研究は放射能についてだって〜。

お知らせ!
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KAMEの翼プロジェクトのスケジュール
・7月28日(土)9:00〜7月30日(月)Agoraキャンプ
・7月30日(月)〜8月31日(金)大見明子、加藤元Agoraアトリエ滞在制作
・8月11日(土)11:00〜12:00 福島報告ー渡辺幸重(フリージャーナリスト)「フクシマ後を私たちはどう生きるかpart2」
        13:00〜17:00 フリートーキング「KAMEの翼プロジェクトと今」
・8月12日(日)10:00〜16:00 サポーター交流会 山の再生プロジェクト「私の木をアゴラの裏山に育ててください。」第一弾「お茶よ、ありがとうの巻」紅茶を作りましょう。(8月12日は茶葉を摘んで紅茶を作ります。)
・9月1日(土)〜9月30日(日)大見明子、加藤元作品展
 高橋匡太の光のワークショップ(9月の第2・4の週末開催)
        
皆様へ・・・
このKAMEの翼プロジェクトへどうぞご参加ください!
8月11日の福島報告では、スリーマイル島へ行き来している渡辺さんが実際に歩いて感じたことをしっかり伝えてくださいます。福島を、スリーマイルをちゃんと知りましょう!
他にも盛りだくさんです。フリートーキング、山の再生プロジェクト、ワークショップ・・・どうかこのタイミングをお見逃しなく!


ご協力お願いします。
カメの翼ではサポーターを募集しております。
KAMEの翼は皆様の個人個人の資金で成り立っている非営利団体です。
一口10000円or一口5000円の資金協力をお願いします。
その資金で若者、子どもたちへサポートしております。
よろしくお願います。
連絡先:Agora子ども美術工場 tel&fax0537−27−1428

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by polepole-yururin | 2012-08-05 09:18 | 子供たち | Comments(6)

今時の中学

教育に未来はあるのでしょうか・・・
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最近ニュースでは、中学生のいじめから自殺へ移行した事件が取り上げられている。
特に滋賀県大津市のある中学の問題は人ごとではなかった。
7年前まで大津に住んでいたからだ。(その地区ではないが・・・)
我が息子は、中三と中一である。
ある二年生の男子が亡くなった。
人ごとではない・・・
事件があった中学は、10年前より大きなマンションが建ち並び、京都、大阪へ勤務する方が住む地域となり、東京で言えば千葉や埼玉と言った所だろうか〜。
今までの土地の人だけが住む町ではなく、いろんな方が入り交じって生活している土地となった。
私が大津にいた時も、滋賀県湖南は、様々な所が問題に上がっていた。
受験戦争の激しい所で、小学受験も当たり前で、塾は小学4年生から本格的に通い始め、塾のバスが夜の十時頃に行き交う場所だった。
息子たちはまだ小学1年生と幼稚園だったから人ごとだったけれど、ほんと子供たちは大変だと思ったものだ。
引っ越ししてから大津の友人から息子さんがいじめられていて・・・中学は私立へ行かせると言っていた。
ただこの問題は、大津市だけに限った話ではなく、ここ静岡でもある話である。
いじめられている事を例えば小学校にいっても、モンスターペアレントみたいに言葉で申し出する親をひとまとめにしてしまう傾向があり、いじめられている子も子だとか、親御さんも異常な過保護の思い過ごしだろうという事で済ませてしまっている傾向がある。その子は中学は私立へ行った。
隣市の中学に通ている子供さんとも話をこの間したら、小4年生の時にいじめられて学校を休みたかったが、親は休ましてもらえないので仕方なしに学校へ休まず行った。いじめられている事を親に言っても、私はいじめられたことがないからわからないと簡単に処理されてしまって、親にわかってもらえないとその子はいっていた。
その子は今中学一年生で、自分の意志をちゃんと持ち、それなりに中学生活をエンジョイしている。
が、中学では、当たり前のようにいじめはあるよって言っていた。
成績もほどもほどできて、運動もできる子たちが、グループになって弱い子をいじめている。
容姿が云々・・っていって。
そのいじめられた子はもう学校に来てないそうだ。
先生も何も言わないし、いじめている子は注意されないし、問題に上がらないそうだ。
・・・・・
上の息子が一年生の時、ワイシャツのボタンを全部ちぎられて帰ってきた。
「お母さん、これ直しておいて・・」とそれだけいって。
「何で?」といっても直してくれたらいいという。不信感いっぱいでそのまま様子を見ていたら、また今度は殴られたらしく、顎が開きにくいという・・・
私は「もう学校に言うよ!おかしいよ!」っていったら逆に息子にすごい剣幕で怒られた。主人も男の子同士の事だから・・と息子の主張に同意していたが、母親の勘だろう、私は担任の先生に話した。
するとその子の担任と交えて話があり、その後息子への暴力はなくなった。
いじめは子供同士の話だけではない。そういう感じでほっておいても、解決できないくらいに子供たちは、他への思いやる気持ちも、その子がどんな気持ちでいるのかも想像できなくなっている。
だから先生も見つけられず、・・・その子のSOSは消えてしまう。
でも学校の問題は子供の未熟さだけではなく、教師の問題もある。
中学が荒れてくると、先生方は、一年生から不良の眼を摘む行為を強行する。
ちょっとでも反応が悪い子を怒鳴り、統制する。
ある子は、たまたま下を向いていた。それを先生は睨んでた。その行為に子供たちが反応し、睨まれた子は、ばつが悪く苦笑いした。
その行為が、先生の気持ちを逆なでさせた。「外に出ろ!」と先生はいい、その子は廊下に閉めだされ、「教師をなめてんじゃない、笑ってんじゃない!」っていって履いていた靴をその子に投げつけた。
幸いその子に靴はあたらなかったが、その声は、教室中に聞こえた。
その子は、怖さに震えた。先生はその子の担任にちゃんと注意したと言ったそうだ。
その行為を聞き、親御さんは、先生に言うというと、その子は「やめて!先生に何かされるから」と親に激怒したという。
その親は校長宛に手紙を書き「教育者の恫喝である事。生徒と教師の間の信頼感の欠除である。」といったが、その後なんの反応も学校からはなかったそうだ。
そのことをある中学教師だった方に話したそうだ。すると「教師も人間ですから・・・一年から不良の芽を摘み取るのが肝心ですし・・僕も昔殴っていた方で・・もう時効ですが・・・」と返ってきたそうだ。
昨日中学の参加会と懇談会があったが、大津の話はいっさいでないし、保険委員会でも放射能の問題を話す事さえない。
学校では震災、放射能の話もでないし、社会情勢を伝える機関ではなくなった。
つまりすべて他人事であり、マニュアル通りのテーマで遂行するのみの学校の存在である。f0215179_924326.jpg
授業中に寝ている子がいても放置し、いじめがあっても子が先生に言えない状況が知らず知らずにある。
誰も子供の見方をしてくれないし、先生も強い子の見方である。
成績のいい子は学校では生きやすく、成績の悪い子は、生きにくい・・・運動のできる子は生きやすく、運動のできない子は生きにくい。
ブラジルの子は学校に来なくなったケースが多く、違和感を持つ子供たちも学校へ行けなくなった。
学校体勢は、今ここまできている。
もう競争社会はこんなにも子供たちを蝕んで、その子どもたちが大人になって社会をつくるわけだから、思いやり、優しさが消え去る利己的な社会になっている事は言うまでもない。

奈良吉野 金剛蔵王大権現
ー荒々しいその姿は、乱れた世から人を救うための仮のお姿。本来は柔和な仏様である。全身を染める青は慈悲の表れ。厳しいお顔をじっと見つめれば、不思議と親しみがわいてくる。—

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by polepole-yururin | 2012-07-11 07:30 | 子供たち | Comments(25)

草餅と思わぬお土産

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最近私はアゴラの子供たちと関わっている。
今までは我が家で息子や近所の子供たちにいろいろ思いつきで関わってきた。
が、ちょっと今までの子供たちとは違うんだ。
KAMEの翼プロジェクトを機にアゴラ出の子供たちの様子を取材するようになった。
その間、子供たちと関わる機会が増えた。
子供たちは面白い♩本当にこんな純粋なんだとつくづく思う。
その純粋さに、私の好奇心が同調し、今までのアゴラに加えていろんなことをさせてもらっている。
本当に楽しい。
アゴラにはヨモギが自生し、4月5月の新緑の季節にはヨモギの緑が色鮮やかになる。
そのヨモギ普通なら庭にはないし、抜いてしまう代物だ。
けれど、アゴラの先生は決して抜かない。
アゴラに生えている物は、すべて大事な生き物だからね。って先生の口癖。
ある秋の日、「ほら〜聞いてごらん♩」って先生は言った。
耳をすませば・・・
「り〜んり〜ん♩シャカシャカ・・・」虫の声が聞こえた。
「ね〜、ここはいろんな生き物のすみかなんだよ。すみかをとってはだめだから。絶妙なバランスで生き物はここで生きている。これが自然界のバランスだから、きたないっていって人間の都合で草を抜いてしまってはだめなんじゃないかな〜」って先生は言った。
そしていつの間にかアゴラの庭にヨモギの島ができている。
ひょっこりひょうたん島のようだ♩
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農薬もかからないこんなにきれいなヨモギをほっておくのはもったいない・・・
そう思って、息子が幼稚園に通っている時の五月の行事を思い出した。
草餅を作ろう〜♩
子供たちと一緒にヨモギを摘んだ。
そして子どもたちにヨモギの効能や草餅の原料など、自然の恵みをいただく話をした。
子供たちはちゃんと聞いてくれた。
そして我が家に持て帰って草餅作りに挑戦!
草餅は丸める事はしても最初から作った事がない。
まず上新粉と白玉粉を捏ねて作ったら、べしゃべしゃになった・・・失敗。。。
次に餅米を蒸して捏ねて作ったら、これもまた柔らかかった。
あんこは、小豆を煮てちゃんとできたんだけれど・・・
子供たちとの約束を無視しちゃ〜だめだから・・・柔かくっとも・・・ってどうにか形にしてアゴラに持っていった。
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すると・・・
「ラッキー!うれしい♩」って子供たちは叫んだ。
「おいしい♩」「すごくおいしい♩」「今日はラッキーだね。私たち」
そう言って子供たちは草餅を頬張った。
今日は地元の小学校は運動会があって、アゴラに来ている子供たちは、3人だった。
ちょっと失敗したかな〜って思っていた草餅も、こんなにおいしく食べてもらって本望だよ♩
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次の日の日曜日。
アゴラの先生から電話が入った。
「K君がお土産を買ってきてくれたよ!取りにおいで」って。
K君は中学3年生で、修学旅行に京都と奈良へ先週行っていたそうだ。
そのK君、ものすごく優しいくっていい子なんだ。
最近アゴラの先生は腰を痛めてしまって、中学生の教室の時間だけ、時折横になるときがあった。
そんな先生を子供たちは見た事がなかった。15年間アゴラの教室を休んだ事もない先生だったから、先生は不死身だと子供たちは思っていた事だろう。
「先生、大丈夫?」「先生が悪くなったら、僕たちはアゴラに来れない。先生大事にしてよ!」って中学二年生のL君も言う。
L君は年少さんから、K君は年長さんからずっと来ている。大好きなアゴラなんだ。
そのK君、「はい、先生これ〜」って照れくさそうに小さな袋を先生に渡した。
小さなお守りだった。
「腰と足の痛みが治りますように〜」っていう仁和寺のお守り。
先生は涙が出るくらい喜んだ。f0215179_12125117.jpg
「ありがとう、ありがとうな〜K」
K君はきょとんとした顔をしていたが、まんざらじゃなかったようだ。
そして私にも持ってきてくれた。「はい」って照れくさそうに♩
袋をそっとあけてみた。
「ゆっくり走って無事カエル」って安全運転のお守りだった。
思わず笑ってしまった。「あ〜K君、ほんまにほんまに〜K君は・・よう〜見ているんやな〜K君は、ありがとうありがとう♩」
私は、運転を良くする。運転の仕方がちょっとあらいかもしれない・・・そんな状況どこで見たのか〜、K君透視能力あるんかな?003.gif
K君のお守り、ちゃんと車に乗せていつも大事にしています。
アゴラの先生は、仁和寺の紙をアゴラの柱に飾ってます。お守りはいつも先生のズボンのポケットに♩
「よく効く!K効果絶大!」アゴラの先生はいつしか子供たちに癒されていた。
こうして救われる子供たちに〜。
子供へのサポートといいつつ本当は、子供たちに救われる。子供たちに支えられる。
純粋な行為に純粋なお返し〜。
大人が歪んでいては、子供は歪む。
優しい心が優しさを得る。
KAMEの翼プロジェクトは、きっとそういう大人と子供の絡み合い。
そういう社会がどこにでもあるといいのだろうな〜♩

関連サイト:KAMEの翼プロジェクト
      アゴラのブログ「里と湖のポレポレ時間〜」

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by polepole-yururin | 2012-06-08 11:28 | 子供たち | Comments(8)
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今日は母の日だ。
毎年、我が家では母の日の企画で、近所の子にアロマの石けん作りをしてもらっていたが、今年は、息子の中間テストと重なり、今まで来てもらっていた子たちも中学生になったもので、連絡しづらくなってしまった。
去年は、医大の小児科の子どもたちにその企画を持ていってあの子たちにも石けん作りをしてもらったな〜。(2011年4月「母の日に向けて〜」・5月のブログ「母の日のプレゼント」参照)
そのボランティアも意味があるのかどうかと思案して・・・。
一時しのぎのイベント企画では、意味がないわけだから・・・。
病院側もボランティアとの連携ができていると言えば難しく、ボランティアはボランティアで、病院業務は病院業務な訳だから・・・。
今年は自分事で忙しく、なかなか遠方移動できなく、少々いらだち・・・
そんな感じで朝起きてみると、私の鞄の中に白い紙袋が入っていた。
何だ?とあけてみると、上の息子からの母の日のプレゼントだった。
ハンドクリームと手紙だった。
京都に修学旅行へ行った時に買ってきたようだ。
「直接言葉を恥ずかしくて言えないけれど、いつも感謝しています」と。
小さなハンドクリームだったけれど、うれしいプレゼントだった。
そんな事はよそでは当たり前の事なのかもしれないけれど、我が家は、息子二人ということもありか、息子たちにとって私は当たり前の存在で、感謝される事、プレゼントをもらう事なんてなかった。
修学旅行の買い物の時、宝くじショップがあった。
ここは1億円が出ました。とあった。
息子が、「もし一億円あたったら、お母さんならどうする?」って聞いた。
「まず、カメの翼に寄付する。被災地出会った方々に直接もていって何かいい方法で使ってもらえるようにするかな?・・・ま、いらない」と。
「そういうと思ったけれど・・・僕だったら、おいしいもの食べて、旅行して・・・」
「おいしいものってなに?」
「おいしいものは、肉とフカヒレと・・・」
「一億円なくっても肉も食べてるよ、フカヒレだって昔食べたじゃん。おいしいもの・・・きりがないね。旅行もいってる。一億円がなくても行けるしね〜たくさんなくてもね。」
「ま、そうだね。おかあさんはそういうと思ったよ。」と息子が言った。
ショッピングセンター内は母の日のプレゼントコーナーで埋め尽くされていた。
「母の日か〜」と息子がぼそっと言った。
最近私はかわったかもしれない。
意思を持ったかもしれない。
今までは世の中をそんなものだと言い切り、仕方ないとかそれが世の中だからと言い聞かせていた。
その思考は、家族間の中でも持ち合わせていたかもしれない。
その思考は、疑問を答えをなくして押し殺してきただけで・・・
今その疑問を思い出して、自分なりの答えを探し始めると、いつの間にか社会の仕組みに自分の思考が停止して、麻痺していた事に気づき始めた。
無難に生きる事、安定を望み始めると人間は自分をなくす。
今息子は受験生だ。高校進学で振り分けられる。今から何になるかを強いるようになった中学。
中学だけでなく、世の中は振り分けされていく仕組みをとっている。
生きるとは職業選択で決められるように話される。
何もわからない中学生は、ようやく意志を持ち始めた時に知らず知らずに振り分けられるのである。
その振り分けが試験である。
あなたは何がしたいか?
そんなもん大人が社会でたいへんだと言っているところで、何になりたいかなんて決める事なんてできないよ。
今子どもにいう。
本当にしたい事をやりたいことを選択して生きなさい。
自分の今の成績で自分のやりたい事を当てはめない事。お金がすべてではない事。常識はテレビや雑誌ではない事。・・・・・
そして原発、震災、わからなくとも話し続ける。私が知り得たことを子どもたちに伝える。
ここ一二年うるさい母親であったかもしれないが、その母親を毛嫌いしていなかったのかなっとちょっとうれしかった。
世間では、親の職業で子どもを同一化して見る傾向がある。
お父さんが○○だから、お母さんが○○だから・・・
我が息子たちに、この枠にとらわれず、自分の生を面白く生き生きと歩んでほしいと願うのである。
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by polepole-yururin | 2012-05-12 20:59 | 子供たち | Comments(8)

優しさの中で

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日曜日、アゴラに通っている中一のMちゃんにクローバーの花束をもらった。
外に出てみると、Mちゃんがタンポポ、四葉のクローバー、シロツメグサを摘んでいた。
春の夕暮れ、ちょっぴり暖かくなった空気に里山は包まれていて、たいへん心地よかった。
「Mちゃん!」って声をかけると、「はい!これあげる。」と花束をくれた。
「いいの?今摘んだところだろうに〜」って言ったら、「いいんだよ、これあげる♩」てそのクローバーの花束をもらった。
そしてタンポポの笛を吹いて、タンポポの群生している場所に案内された。
「面白いでしょう♩」ってMちゃんは、秘密基地にでもつれてきたような自慢げな顔をしている。
「そうね〜♩」って私も笑い返した。
「タンポポの笛も面白いけれど、この間アゴラの先生に教えてもらった草笛がすごいんだよ!」ってMちゃんを見た。そして吹いてみた。
ピー〜〜♩って鳥の鳴き声のような草笛の音。f0215179_10483040.jpg
Mちゃんは目をまん丸くして、喜んだ。
そして二人で笛を吹いて夕方の里山を散策した。
この感覚は何だろう、不思議に優しく、不思議に懐かしく、不思議に心地いい。そして不思議だけれど、泣けてきた。
最近私もアゴラに行き来するようになって、アゴラの子どもたちと関わるようになって、子どもたちもそれなりに私にコミニケーションをとってくる。
その対話がいいんだ。近所で話す子どもたちとの会話にはない、優しさがあると思うの。
相手を互いに尊重し合う関係で大人も子どもも同じ。
子どものときに感じたやさしさとはこんなことを言うんだと。
Mちゃんのお迎えに来たMちゃんのお母さんが、アゴラの先生に話したそうだ。
「もう、女川には行かれないんですか?今もうテレビや新聞ではあちらの情報は流れませんから、どうされているのか?情報を得ようにも得られないです・・・先生またあちらに行かれる事があれば、これを少しですが、・・・。」と寄付してくださったそうだ。
Mちゃんのご両親は、我々が去年被災地に行く時も何度と寄付をしてくださり、我々が女川の報告をしたり、展示会をやるといつも見に来てくださる。
女川の先生方の話を資料展から感じていらっしゃるようで、涙して帰られる。
家でもMちゃんちは、被災地の事や原発の事をご両親が話題に出されるそうで、Mちゃん姉妹はちゃん子どもなりに、今の出来事を感じ取っている。
Mちゃんは、将来保母さんになりたいという。
「保母さんになったら、このアゴラの里山に来て、お弁当食べてね!その頃には、Mちゃんが植えたドングリやシイが大きくなってるかもね。そしてこの間植えた桜の木が大きく花を咲かせている事でしょうから♩」と私が言ったら、Mちゃんは、「すごいね♩」って一瞬のうちに桜満開のアゴラを想像したようだった。
Mちゃんは、アゴラの先生が大好きだ。
いつもギャーギャー先生に絡んでいるけれど、学校では、いつも尖っているんだという。
本当の自分を出せずにいる学校生活。
そんな感じの子どもたちはいっぱいいるはずだ。
その思いをちゃんと知っている先生に寄り添う子どもたちがいる。
でもそんな先生の事を知る大人は少ない・・・
少しでも先生の事を知ってもらおうと、「里と湖のポレポレ時間〜」というブログを書き始めた。
それは、子どもたちの事を35年間見続けてきた先生が、本当に無心に弱き子どもを守ってきたことが親や世間に分てもらっていないのかもしれないと思ったから。
今の社会は本当に強烈に変な方向に行っている。踏ん張っても仕方ないと思えてしまう。
でも先生みたいな人がその綱をつかんで踏ん張っている一人かもしれない。
先生が関わった子どもたちの様子や先生の被災地での関わりをそばで見てきた私は、先生が提案したKAMEの翼を応援したいと思った訳だ。
MちゃんやL君、K君、いろんな子どもさんが自分の存在価値をここでは感じ取れる場所だ。
大人である私が、支えていると思っていた子どもたちに優しく包まれた瞬間がここにはある。
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KAMEの翼プロジェクトにご協力お願いします!
詳しくは、アゴラ子ども美術工場 
電話0537−27−1428

カメの翼プロジェクト
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by polepole-yururin | 2012-04-24 09:39 | 子供たち | Comments(4)