ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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カテゴリ:出来事( 13 )

高江での出来事

9月19日から5日間、沖縄にいた。
沖縄には息子がいる。それもやんばるの森の生き物の保全の学びのために。
生まれて間もない子どもは、人間の自然破壊への行為に寂しい目をしていた。
イラク戦争を指摘した3歳の子。
その子の巣立った場所はイラク戦争時、アメリカの戦闘機が飛んだ沖縄。
そしてその悲しき沖縄には大事な生き物が今も生息している場所がある。
それが沖縄北部のやんばるの森。
やんばるの森を調べてみると、国定公園に指定されている。
その場所は、国頭村である。
では今やんばるの森を返せ!と抗議運動をしている高江とは何処なのか?

高江は国定公園に指定されている国頭村の隣の村である。
東村高江という。
では、国定公園に指定されている意外に生き物生息地があるのか?
地元の方の話では、国定公園は実は原生林の森ではなく、二期、三期の木の森であるそうだ。
つまり、元々の原木がある森ではなく、林業を営み、新たに植えた木々の森だそうだ。
元の形、生き物を育んでいる森は東村高江であった。
ではなぜこのような事が今起きているか?
東村高江は、戦後アメリカ軍基地として取られた場所がある。(勝手に)
その場所はゲリラ戦の練習場と使用されていた。
映画「標的の村」で観るようにベトナム戦争時、現地の人は、ベトナム人に仕立ててゲリラ戦の練習をさせられた村である。であるから、家の庭の隅からあるとき米兵がごそごそっと現れる事もある。
そんなこと全然知らなかった。
ベトナム戦争も知らない私であるが、あの悲惨なベトナム戦争の練習にされていた所がこの日本の中にあって、それが沖縄に集中する。
沖縄は基地の島と言われる。それは琉球時代から日本に翻弄された結果である。
私が知ってた沖縄はひめゆりの沖縄だった。
しかし、沖縄は終わっていない。
沖縄の町を車で走れば、両脇に米軍基地が連なっている。何処まで続くのなか・・・そんな事を思う。
私の沖縄は観光の沖縄とはならなかった。それは15年ほど前に行ったときも同じ。
あるホテルにいたが、どうしても心が晴れない。
重い空気をなんとなく感じたのである。
それから癒しの沖縄と言われたが、そのブームに乗れなかった。
そして今回。子どもが私を連れてきた。生き物の沖縄。そして壊される沖縄を。
自分が運転して走る沖縄は狭かった。
宜野湾から沖縄北部まで高速で2時間ほど・・・少し山にはいればもうやんばるの看板が見えてきた。
やはり南の島。木々の様子が違う。ヤシの木のようだと見上げれば、シダの植物だった。
シダは原始の植物である。その大きなシダ植物があちらこちらに生息する。
面白い光景が続く。
ひょっこひょっこっと歩く鳥。足とくちばしが赤い。
あ!ヤンバルクイナだ!
この目で見た絶滅危惧種のヤンバルクイナ。
でも運転中の私はカメラを向ける事は出来なかった。
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イソヒヨドリに沖縄ではよく出会う。
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キジムナーが住んでいるのか?そんな事を思わすやんばるの森。
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どんどん車を走らせていくと・・・
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車の列。縦列駐車・・・かなりの車。
とうとうやってきた。N1ゲートの前。
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もっと前に行くとすると機動隊がずらずらと並んでる。
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こんな旗がやんばるの森に立つ。住民の意思である。
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ナニワ、和歌山、福岡、東京ナンバーの機動隊。
500人の機動隊総動員。
何がここで起こっているのか!?
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ゲート前にはたくさんの人が集会を開く、
沖縄本土からと京都、東京、奈良、高知・・・本土からもたくさん来ていた。
きいてみれば、みんな高江の住民を孤独にしてはいけないと・・・その思い一つだった。
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集会の司会はおなじみのひろじさん。
優しい声と、勇ましい声、人々の思いを大事にする勇者。
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機動隊を先頭に何やら動きが出てきた。
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するとずらりと集会の人たちの間に中腰で迫り来る若い機動隊ら。
はい!どきなさない。危ないですよの連呼。お年寄りの腕を奪い取る。
住民たちは座り込み。
あなたたちは道路交通違反だよ!って事で強制排除。
なぜ住民は座り込んでるのか?
これ以上基地を作らない取り決めをしているにもかかわらず、勝手に政府が高江村に入り、生態系の保存区域に入り込み、違法侵入している。
この横暴と、住民の声を聞かずしてオスプレイへりパット建設ってこんな事ってありますか!?
少数の住民だからと無視されて、それに賛同して数で少しでも阻止できたならと水曜日、土曜日に皆が駆けつける。この抵抗が横暴な政府のやり方にまったがかけられるかどうか・・
それは小さな時間の積み重ね。天気とノグチゲラという鳥の産卵の時期等、自然を見方につけてでも生態系を守り、住民の細やかな生活を守るため。
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辺野古でも頑張っているおばあちゃん。ここに車いすでやってきた。
その車いすを機動隊がわんさか集まって撤去する。
そこに連なり住民もおばあちゃんを守る。
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機動隊のがたいは厳つい。この筋肉で出来た肉体をおばあちゃん、おじいちゃん、女性の手首を掴み撤去する。簡単に折れてしまう・・・そのことに機動隊たちは気づいていますか!と叫ぶ先生の姿もあった。
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ここは夏に安倍夫人がやってきたテント。
山の中にある。
安倍夫人は少しはこの行為を食い止めてくれたのか?
機動隊は沖縄県警ではないぞ。
全国各地から大量に動員されている。
こんな馬鹿げた事があるか!
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次の日は集会は無かった。けれど、N1ゲート前の県道70号にやってきた。
ほとんど沖縄の人はいない。
現地の人10名ほどと他府県からきた人、数名。
すると、9時また機動隊がずらりと目の前に現れた。
しかし、今日は市民は白線の外で椅子に座ったり、たっているだけ。
私の前に機動隊数名。そして列をなす。
笑えてしまった。
機動隊の行動に意味があるのか?こんな行為?
ダンプはどんどん行き交うし、何の危険行為もしていない。これすべて税金。
おい、若者よ!たった20万そこらの給料で、正義を前に就職し、有事だとして沖縄に来て、何もしない住民の前にただただ並んで威嚇して、公務ですから・・・国策ですから・・・とそれだけ。
ならば国策とやらで、福島はどんなに苦しんでいるか!?
国策で原発誘致して、人々は今健康被害と、生活を奪われてあんなに翻弄されている。そのあと始末、保障も出来ず、国策ですからと、そこにいる機動隊たち。
国策で住民の命奪われている。そこを見れないなんて・・おい、見なさい!考えなさい!あなたたちは何の為にこの職業に就いたのですか?サングラスしてマスクして、ただただ睨み聞かせるあなたたちは、誇りある勇者と言えますか?これはヤクザと何らかわらない。
戦争はどうして起こりますか?
戦争をおこすひとがいるのです。
戦争で武器屋がもうかるのです。
この森でへりパットが出来る意味は何ですか?戦争をする国にすることに加担してどうしますか?
戦争は自衛隊だけでない。あなたたちだっていつかかり出されます。
たった20万で、謝礼の為にこんな仕事をしないでください。
後ろにいる先輩方も、今若い子供達を変な行為に加担させないでください。
権力を間違わないでください。
住民の暮らしをなぜ守らないの?なぜ自然環境を守らないの?
正気にもどってください。
みてますよ。力で行使しようとも、あなたの魂に刻まれます。ここで行った行為、あなたが加担した行為はちゃんと刻まれるんですよ!
私もあなたの顔を忘れません。あなたの行為をわすれません。みんなみんなここにいる人はあなたたち一人一人の行為を肌で感じ覚えています。
森の木々も意識もきっときっと見ています。
観られています。ビデオカメラで観ようとも、心の目はずっとずっと消されずにいます。
こんな仕事は辞めなさい。
私たちがなぜ分断されますか?
私たちもあなたたちも同じ市民。同じです。
あなたたちが向く方向はあっちですよ!
おかしな非人道的な行為をしている元はここではない。分断されるべき線はあっちですよ!
そんなことを機動隊の目の前に立って目を見て話しました。
けれど、聞いているのか、無視しているのか、うるセー!っと心で発している若者たちだったのか。。。
こんな光景を肌で感じた二日間。

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私の意味を考えました。
これ、被災地に行ったときも思った事でした。
沖縄の人の気持ちに寄り添いたいと思います。けれど、同じ体験をできず、その時間を埋めることは並大抵ではありません。
独りよがりとも思います。
沖縄に行って、よりそう言う事を思います。
沖縄の高江の弁護士さんは、沖縄高江に来てください!と泣きながら訴えていました。
ですが、高江に飛んだ私は、悩んでしまいました。
来て自分の存在ってなんだろうと考えて言葉が出ません。
沖縄の本を沖縄で買い、15冊ずっと読んでいます。
知らなかった沖縄を知る事がこんなに遅く始まりました。
知れば知るほど、わからない。
でも知らなければ遠すぎる。
息子は今沖縄でオオコウモリ、ウミカメ、様々な生き物の生態系を観察しています。
観察を通して、沖縄の人々と触れています。
ご飯を作ってくれた。魚を捕って食べさせてくれた。歓迎してくれている。
小さな島での出来事を時折伝えてくれます。
息子は機動隊の写真を見ませんでした。沖縄の基地の事も語りません。
でも今沖縄に住んでいます。
知る事はがむしゃらではいけないよ・・・同じく沖縄の空気を感じ同じく生きてきて、その中でもわからない沖縄ってあるって・・・そんな感じの声が聞こえてきて・・・
私は今無力です。
ただ息子が権力に寄り添う場所にいない、その事が救いです。
私は思うのです。ここまで権力は横暴です。
子供達を教育によってつれていきます。
こんなおかしな世を作ったのは、バブルを生きた大人です。その暴走が甚だしい。
ならば次の世を作るのも今生きる大人がどう子に伝えるかだと思うのです。
モラルある命を大事にできる子供達をひとりでも大事に育てましょう。
そして大人はその子たちが安心して生きていける世を少しでも提供できるように生きていくことなのでしょうか・・・と。
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帰り、隣村にある喫茶店に寄りました。
デイズジャパンで見た家族に会いに。
「標的の村」にも出ていらした家族です。
その家族の家の隣に、もうへりパットは建設されました。
うるさくて眠れず、子供達は学校を休んでいます。
翻弄される住民たち。
苦笑いです。お母さん。
子どもは海で拾ったサングラスをかけて私に見せてくれた。
安全って何処にあるのか?
軍隊はなぜここにあるのか?
沖縄を安保村と言う人たちがいる。
確かにそれに依存する人も少数いるだろう。
でも住民は沖縄でも本土でも負を抱えた人は同じ。
原発も軍事。基地も同じ。
軍産複合体での経済発展などあり得ないんだよ!絶対に!

海の側の喫茶店。猫がいた。
海をずっと見つめてた。
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by polepole-yururin | 2016-09-30 08:54 | 出来事 | Comments(4)
アゴラの裏山、萩とフジバカマが咲き出して♩
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アゴラの庭に昨年アサギマダラがやってきた。
アサギマダラはフジバカマにとまる。
フジバカマは3年前にアゴラの中庭に植えた。
桜餅のような可憐な香り。白とピンクの繊細な表情の花。
何頭もやってきた。
夢のようだった。
それを思って、フジバカマを山にも植えた。
山のキャンパスに植えてみた。
去年は10月17日にはじめて飛来。その後3週間は様々なアサギマダラがやってきた。
それをまだかまだかと待っていたアゴラの先生。
そう言って裏山の山のキャンパスのベンチに腰掛けてコーヒー。
フジバカマは大きく成長し、下の方からも背を伸ばして私達にかわいい表情を見せてくれた。
モンキチョウが目の前を飛来した。
お前はいつもここにいるね。ここが好きなんだねって声をかけた。
「アサギさんはまだかいな?」って話していたら、「あ!きたきたきたきた!」と先生は叫んだ。
フジバカマの方を見てみるとブルーの奇麗なアサギマダラがひらひらひらひらと優雅に飛んできた。
ええええ〜!って急いで山を駆けのぼりフジバカマのところへ行ってみた。
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ほんとうにほんと?
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じっくり見た!本当にアサギマダラ!今年は一週間も早い飛来。ようこそ!
先生も私もじゃんじゃん写真を撮りまくり。
けれどアサギマダラは逃げもせず、目の前すれすれにやってきて優雅な舞いを披露する。
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ほ〜らやっぱし透けてるね、行灯のような羽。スケルトン♩
この子はまだ生まれたて?みずみずしい羽をの様子にいつまでもいつまでみとれていました。
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そんなうれしい日の今日、憲法九条もその勢いに乗ってノーベル賞受賞を祈っていた。
・・・残念。
ま、ノーベル平和賞は、政治とおおいに絡んでいる賞だから、今のアメリカと日本の動きをみれば九条をノーベル賞にはならせない・・・
嘗て・・・核兵器が沖縄にあったのに、核非三原則をいった佐藤栄作氏が貰った。
温暖化防止の話を言ったゴアさんが貰った。(その頃クリーンエネルギーだといった原発はプルサーマルへ移行)
オバマ氏は民族解放の宣言をいい、貰った。けれどそのオバマ氏は今やシリアへ空爆、イラクへの攻撃も終息していない。
ノーベル賞自体がどうなっているんだと言う事だけれど、でもノーベル賞を憲法九条に貰って今の政治の動きにブレーキをかけたいと思う私の他力本願の願いであった。
が、「そんなことより、アサギマダラがここに来たんだよ!これが実体だよ!確かな優しさだよ!」て先生は言った。
原発事故が起こり、福島を思い桃源郷をここに作ろうと動きだし再生し始めた山。
そこに花が咲き、緑が増え、五月にはカモシカ、九月にはタマムシ、そして今日アサギマダラ。
これが真実。
実体のない名前だけの平和より優しい実体がここにある。
平和は言葉だけではない、続ける行為とそこに見る事実なのだということ。
ますます自然が大好きになりました。
大いなる地球の優しさに感謝して〜emoticon-0155-flower.gifemoticon-0102-bigsmile.gif








・・・
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by polepole-yururin | 2014-10-10 20:23 | 出来事 | Comments(2)
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明日七年間日本で生活していたブラジル人の友人のOさんがブラジルに帰る。
いつ今度日本に来るかはわからない。
私達が関西からこちらに来てびっくりした事は、ブラジル人が大変多いという事だった。
学校にもブラジル人はたくさんいて、一学年5クラスある小学校の一クラスには、5人はブラジル人がいた。
引っ越して来た息子もブラジルの子どもたちに仲良くしてもらった。
日本の子どもたちが声をかける・・・そんな事はなかなかなかった。ブラジルの子がおとなしい息子に優しくしてくれたんです。
Oさんは、その二年後に日本にやってきました。
祭りに彼女たちも来ていました。
皆祭りのはっぴをきていて、大人たちも祭りの服を着ていました。
私は関西から来たので、着物等はなく、はっぴもきていませんでした。
ただ子どもたちは皆法被を着て、祭りの格好をしているので、その格好をそろえました。
ま〜、祭りのものは高いもので、びっくりしましたが・・・
そんな事を経験した私は、子どもさんに小さくなった法被を持って行きました。
そこから私はOさんと話する事になりました。
近所には公園がありました。けれど、近所の子はあまりそこでは遊んでいませんでした。
仲間意識の強い日本人は、ちょっと違った子とは遊ばせない傾向がありました。なんとなく・・・
私は息子たちをあえて外に出しました。
そしていろんな子と関わりました。
世間で不良と言われる子がいても隔てなく公園に行かしました。
いつしか公園にはブラジルから来た子が加わりました。
そして一緒にサッカーをしはじめました。
登校班も同じで、息子が彼等を小学校に連れて行きました。
あまり深い関わりは出来なかったけれど、学校のものや息子たちの服を持っていったり、そんな付き合いでした。
そんな彼女らに日本の思い出を作ってもらおうと、里山のアゴラに連れて行きました。
彼女らは、この7年間自然に親しむ機会は無かったそうです。
では、日本の自然に触れて帰ってもらおうと思いました。
山から庭に続く一面のクローバー畑の中で、四葉のクローバー探しをしました。
束のようにたくさん四葉のクローバーを採りました。
先生の作ったポトフを食べました。
先生はペルーに近いブラジルだと言ったら、ひよこ豆を入れたポトフを作ってくれました。
「豆たくさん食べるよ!」と彼女は言っていました。
その後、テラコッタ制作・・・土粘土で思い出の品を作りました。
かの女は大学では、歴史とアートを選択していたそうで、うれしそうに粘土をこねていました。
彼女はブラジルに帰ったら歴史の先生として働くのだそうです。f0215179_14194966.jpg
ブラジルの歴史はまだ500年なんだそうです。
その歴史の中にはアフリカから連れてこられた黒人の歴史の話も入るのだそうです。
アフリカを意識してらっしゃるのか、彼女の作品はアフリカ人の顔でした。
ユニークな作品が並びます。
子どもたちは、今年のブラジルワールドカップのトロフィーとだるまを作りました。
彼女は他にありがとうと書いた札を作り、もう一つの札には「未来」と書いてと私に言いました。
ここで一ヶ月乾かし、一日先生に火の番をしてもらいながら焼いてもらいます。
それを送ります。
その後山で桜の木「天の川」を植えました。f0215179_14202893.jpg
息子さんは日本ではサッカーと剣道を習っていました。
「記念に木を植えましょう」と私が言いましたら、「桜ですか?」と彼女が聞きました。
日本は桜なんだな〜と思い、ブラジルと日本はつながってます。空に橋を架けるイメージで、「天の川」を!
彼女と息子さんたちは、喜んで土に触れました。
笹林を剪定した前に植えました。
写真を撮って、ハイポーズ。
彼女の息子さんは、中一と小4になります。
長男のG君は、20歳になったら又日本に来たいと言いました。
そのとき桜は満開となりましょう!
最後に子どもたちは絵を描きました。
サッカーの絵を二人とも描きました。
先生は、アゴラの教室に飾りました。そして古い絵を指差して言いました。f0215179_14211847.jpg
「この絵はもう30歳になった子のだよ!ここは永遠に時間が止まっているんだ。今度日本にきたら君たちの絵を探しに来なさいね。桜も大きくなってるからね」先生は言いました。
「今日は本当に楽しかった!先生、すごい!楽しい!話がとてもいい!パワーを今日はもらったね!」と彼女たちは絶賛して帰りました。
私も本当にいい日でした。
彼女は自分がありました。f0215179_14211285.jpg
子育てのために日本に来ました。
子どもたちに日本教育を受けさせるために来ました。
それでも裕福な状態で来た訳ではありません。下請けの職場で働くお父さん。ブラジル人にブラジル語と日本語を教えるお母さん。そんな感じで私んちの近所のアパートで7年間生活されていました.
子供会にも子どもたちを入れていました。
お母さんも役員をやりました。
日本と関わり7年を過ごしました。
昨日彼女とは子育ての話や政治の話、歴史の話をしました。
彼女と学校の先生の話や政治、歴史、子どもへ思いを話すとは思いませんでした。
最初の頃、彼女はたどたどしい日本語での会話でした。
昨日の久しぶりの会話では感情が行き来しました。
もっと彼女と話したかったと思いました。
私の知っている歴史は日本が教えた日本から世界を見た歴史です。
でも今日、歴史は様々な国から見た歴史があり、私達が知らない歴史があるのだと思いました。
小さな日本にいたらそこが常識であり、正しさだと理解します。
けれど、もっと物事、知識は立体的なんだという事を肌で実感したのです。
先日中学の役員会に参加しました。
なんでこんなことをしないといけないんだと思うくらいに決められたマニュアルを遂行する学校側と保護者側。そして烏合の衆のように仲間と集う日本人。
あっちに頭を下げ、こっちに頭を下げる役員の長。
この国の教育はなんなんだろうと本当に最近思っていました。
そんなとき、もっと意味のある話を日本人以外の方と交わしました。
友達100人できるかなという歌がこの4月に流れます。
本当の友人は数でもなく、同じ人種でもなく、もっと感覚的な大きな幅があるのだと思いました。
自立した大人の関係がもっと意味のある関係を作るのだと思いました。
井戸端会議からは何も生まれない。足の引っ張りあいがオチ・・・
明日彼女たちは地球の裏側に旅立ちます!
see you again!

そして今日の朝、イタリアのローマさんがブログに私達の事を取り上げてくださいました。
とても感動しました。
私達の活動は、たいへんゆっくりで、一人一人への対応です。
その活動を、大きく拡散するほどのパフォーマンスを持ち合わせていません。
ローマさんありがとうございました。
ぜひローマさんのブログを見てください!
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by polepole-yururin | 2014-04-18 11:45 | 出来事 | Comments(1)
「核の不使用」声明、日本は賛同せず
TBS系(JNN) 4月25日(木)19時13分配信
 ジュネーブで開催されているNPT=核拡散防止条約再検討会議のための準備委員会で、核の不使用をうたった共同声明が発表されました。唯一の被爆国である日本は、この声明に賛同しませんでした。

 共同声明は24日、南アフリカが提出したもので、「いかなる状況下でも核兵器が再び使用されないことが人類の共存のためになる」とうたわれています。70か国以上がこの声明に賛同したということですが、唯一の被爆国である日本は、賛同しませんでした。

 開幕前、日本に対し、スイスが賛同を求めましたが、日本は回答を留保。一方で、「いかなる状況下でも」の文言を削るよう求めたということです。

 「今回この部分が日本の安全保障の状況を考えたときにふさわしい表現かどうか、慎重に検討した結果、賛同することを見送った」(菅義偉官房長官)

 菅官房長官は、核兵器の使用が将来にわたり耐えがたい損害をもたらすという声明の基本的な考え方を支持しつつも、賛同しなかった理由として「我が国を取り巻く厳しい安全保障の状況」を強調しました。アメリカのいわゆる「核の傘」への影響や、北朝鮮の核開発問題などを懸念したものと見られます。

 一方、日本が声明に賛同しなかったことについて、広島の松井市長は、「核兵器は『絶対悪』であると訴え続けてきた広島とすれば、到底納得できるものではない」とのコメントを出しました。また、長崎の被爆者団体は、次のように述べています。

 「(声明に)書いてある内容は至極もっともなことだけなんです。ちょっと理解できない、政府の対応というのは。本当に腹が立ちました」(長崎被災協 山田拓民事務局長)

 山田氏はこのように述べた上で、日本政府の今後の動きについても懸念を示しました。(25日17:39)
最終更新:4月25日(木)19時13分         TBSニュースよりー     


今の日本ってどうなっているの?
本当に富国強兵、強い国日本は、軍事と共にあり!って!?広島・長崎・・・核の唯一の被爆国なのに、第五福竜丸の悲劇、福島の原発事故で放射能拡散がまだ続いているのに・・・
どうして「核不必要」を言わないの!?
どうして!?
どうして!?
何してんの?なんなの?自民党は何なの!?
嘗ての戦争に導いた人たちとなら変わりない?
何処を見てるの?日本をどうする気なの!?
毎日自衛隊の車がバイパスを何台も走っている。毎日自衛隊のヘリコプターが空を行き交う。
168人の政治家が靖国神社へ参拝した。
北朝鮮への牽制?
こんなもん、日本だって北朝鮮と変わらないじゃないか!!
なにを他国を挑発しているの?
駆け引き?違うでしょう?もっと真摯な態度で望もうよ!賢い大人になりましょうよ!
こんなもんおかしすぎる極まりない!!
黙ってちゃ駄目だよ!みんな・・・今の政治を見て、声をもって!
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by polepole-yururin | 2013-04-25 20:47 | 出来事 | Comments(8)

台風一過

台風一過・・・小学校の大きな古木が根こそぎ倒されていた・・・
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浜松に上陸した台風15号。
こんなにすごい台風は静岡に来て初めてなんじゃないだろうか。
風は、我が家のミモザを倒し、公園の古い桜の木を根こそぎなぎ倒した。
3時ごろ、停電し全ての電気が止まった。
停電で、電話は不通。
トイレは水が流れず、冷凍庫の中身が心配だ。
すぐに友人に携帯電話で停電の有無を確認した。
どうやら近所は全て停電で、台風が通り過ぎたのを確認して、息子といっしょに停電の状態を車で見に行った。
近所の公園の古い大きな木々は倒れ、枝は折れ、商店街の道沿いの大きな木々も倒れていた。
その大木の撤去作業にもう既に来ているのには、すばやい市の対応に感心した。
信号はとまり、国道へ行く信号も消えていて、横断するのが恐々だった。
とにかくガソリンを満タンにしようとガソリンスタンドに寄ったが、3件店を閉めていた。
電気で稼動するようで休業を余儀なくされていた。
結局我が家の近所のガソリンスタンドがやっていて、ガソリンをゲットできた。
灯台下暗しとはこういうことかな・・・
このガソリンスタンドは、自家発電と思いきや、停電しなかったんだそうだ。
ガソリンは満タン!車で携帯を充電しようと、家電、車製品のお店に向かったが、何処も停電で休業。
そのうち暗闇に中でも営業しているホームセンターを見つけ、充電器を手に入れることが出来た。
ホームセンター内にはひとりひとり従業員が懐中電灯で照らしてくれて案内してくださった。
夕飯時も停電は続き、アロマろうそくを2個灯して、お味噌汁と、冷凍庫の中の食材をとりあえず、料理した。
ごはんも久しぶりに鍋で炊いた。
我が家はオール電化にしていないので、こういうときガスが使えてよかったと思う。
そうこうしているうちに電気が回復した。
ほっとした反面、このろうそくの火に安堵し、静かなやさしい夜を今日は過ごせたのに・・・と複雑だった。
電気がついたのは、我が家のほんの周りだけだった。
用事でコンビニに行ったら、コンビニはごった返していた。
パン、おにぎりは全て完売、たくさん方が買出しに来ていた。
町の明かりは消えていて、こんな暗い町を見たのは、昭和天皇が崩御された頃と、被災地の夜ぐらいだな~と思った。
友人宅はまだ明かりはともらず、暗闇で料理をしているといっていたので、我が家で料理して冷凍庫の食材を我が家の冷凍庫に引き受けた。
ちょうど、その日の前まで被災地・女川に行っていて、女川の方から当時の状況を聞いた矢先だった。
4日まで食べるものはなかった・・・笹かまぼこだけをひとり1枚食べて飢えをしのいだ。
明かりもなく、暖もなく・・・そんな様子を聞いてきた。
だからこんな台風の被害なんてどうてことないよな~とつくづく思った。
一夜明けて、1日前に行っていた女川が大変なことになっていると、テレビで知った。
ゲ!先生達仮設にようやくは入れたと安堵されていたのに・・・
すぐに連絡をとって、先生達の安否確認は出来たものの、孤立化された仮設に取り残された先生もいえば、仮設に帰れず、知り合いのところに泊まった先生もいらっしゃったことを知った。
女川の先生方に、台風を案じられて見送られた我々だったが、次の日には先生方が大変なことになっていたことに、言葉を失った。
災害と共存するってどういうことなんだろう。
海からにげても・・・山から押し寄せてきた・・・
こういうことは、昔からあったんだろう・・本当は。
ここだけは安心だということろは、ほんとこの世にはないんだ・・・だから共存し、今を大事に生きていくことでしかないんだな・・・。
台風一過・・・次の日は息子の小学校最後の運動会。
この日ももう来ない・・・
おいしいお弁当でした。
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by polepole-yururin | 2011-09-24 08:33 | 出来事 | Comments(2)

江の地元

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雪を見せに、子供たちを連れて滋賀県湖北へ向かった。
関ケ原をぬけると、あたりは一面雪景色。
私の冬の知る景色である。
北に北に車を走らせると雪の量も増えてくる。
子供たちは、なんとなく心弾ませている様子。
江の故郷、小谷の景色を見ながらか妹んちでお茶をする。
小谷の賑わいはすごいものらしく、満員のシャトルバスが土日は何台も行き交う。
小谷城下に設置された「江」の展示場には、暦女隊という女子がいろんな役になって、(全国からオーディションで選ばれた)ご案内。
地元の方からしてみれば、なんであの方らなんや・・といった雰囲気。
歴史なら地元の方に優ものはなし!
なんかいろんなことがイベント化している様子にげんなり・・・。
今小谷城には車では入れず、シャトルバスでのみ入山できる。
地元の方は、一年自由に山に車で入れず。
ブームは良いようで・・・長浜市の利益にはなっても、地元小谷は制限がかかっただけにも思え・・・。
                          小谷寺
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そうそう、小谷には浅井家の菩提寺「小谷寺」がある。
古い古いお寺で、お寺の住職はもういない。
今は、地元の人が交代で守り続けている。
その敷地に鐘つき堂がある。
そこにあるこの鐘は、たいへん音色がよく、鳴り響けば、小谷一帯だけでなく、遠く長浜まで鳴り響く。
軽やかに〜優しい振動を伝え続ける。
その鐘は除夜の日に鳴り響く。
この鐘の番をやっていた人が、今は亡き妹の義父だったそうだ。
大晦日、雪の降る寒空の下、鐘をつきにやってくる人に、火を絶やさないように火の番人をずっと続けた人がいた。
生前は寡黙な人で、与えられた仕事を淡々とこなしていたそうだ。
今はもうもの言わぬ鐘の番人。
番人を失ったこの鐘も、今は音をなくしているそうだ・・・。
そして今、その鐘を復活させようとの話しがもちあがっているそうで、そこに白羽の矢がたったのが、その息子・・・妹の旦那様だそう。
いろんな行事は外野から観れば、趣きあることだが、ここに住む人たちにとっては、守り続けることの重みがのしかかる。
観光で昔の様子のまま感じ取れる小谷が、今ここにあるのは、地元の人の、日々コツコツと守り続けた思いがあることを、つくづく感じるのである。

そんな思いを知らずに、子供達は無邪気に遊ぶ、雪と戯れて♪
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by polepole-yururin | 2011-02-14 09:50 | 出来事 | Comments(14)

節分

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今日はたいへん暖かい日だった。
この間までの寒さからは、想像がつかない暖かさだ。
そういえば、節分もすみ、暦の上は春だ。
ここ静岡では紅梅が盛りで、所々に春を感じることができる。
節分といえば・・・我が家も、恵方巻きを南南東に向いてかぶりついた。
先週は子供会行事で豆まきをやった。
この行事は、お年寄りとの交流の場で、この地区のシニア世代の方が歌やお話をしてくれた。
節分について・・・節分とは字のごとく季節を分ける。
昔は四季をちゃんと分けていて、立春、立夏、立秋、立冬・・・その中で1年を分ける時期を立春の時期にし、大晦日のような意味合いが節分にはある。
昔は季節の分かれ目には魔物が荒れるといい、その魔物を追い払う意味で豆をまいて魔物を追い払った。
魔物は妖怪変化を表し、妖怪変化は天狗、カッパなど昔話でお馴染みのものである。
とはいっても妖怪は、どこからともなくやってきた悪者と思うわれがちだが、本来は人間の心や思考の中に発する醜い思いから形状化したものである。
そう、妖怪変化・・・変化(へんげ)したのだ・・・人間の思いが良くも悪くも・・・。
豆をなぜまくのか、、といえば、一説では、人間の中に潜む魔物(魔=ま)を滅する(めっする)という意味合いを含めたことだそうだ。
人間の持つ心の魔を吐き出すのだろうね~。
日本語は、ほんとに言葉の中に言霊を閉じ込め、意味合いを持たした呪い(まじない)のような使い方だな~と思う。
そうそう、豆まきの豆は、炒ったものを使うけれど、どうしてだか分かる?
それは生のままの豆をまくと、知らず知らずにその豆から芽が出てしまう。
魔を退治した豆には、魔が潜んでいるとし、魔を持つ豆から芽を出さしてしまってはいけない。
だから豆は炒って死んだものを使うべし!という具合になったようだ。
ほんと、陰陽師の世界の話だね・・・
昔の人は、恐れをいろんなところに持っていて、その恐れを封じ込めるために、とことん手段を想像し続けたのだろうね~。
豆まきの風習は奈良時代の文武天皇の時代に中国から渡ってきた。(文ム天皇は、大仏様を作った聖武天皇の孫にあたる)
その当時は、宮中において行われていた行事だった。
それが室町時代に寺や神社がその習わしを取り入れた。
そして江戸になって民衆に広まって、今に至ると言うわけだ。
地区のおじいちゃんのお話に、みんな引き込まれた。
おじいちゃんのテンポは、面白い。
ゆったりとした口調で、ほんとに妖怪はいたんだと・・・と語りべのように伝えてくれる。
そんなお話を聞いて、そろそろこの地区の恒例の豆まき大会開始。
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去年までは、シニア世代の鬼さんに向かって、豆をまいたけど、子供達は容赦しない・・・シニア世代の鬼はコテンパンにやっつけられて・・今年は、お父さん鬼がやってきた。
ちなみに、そのうちの一人はうちの主人。
帽子に、ダウンジャケットに、ネックウォーマーを着てちゃんとガードした。
「鬼は外!」・・・ワーワー子供達は、魔を滅したわけです。
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そして老人会のおばあちゃんは、福の神に変身!
福の神からは、お菓子の雨がふりそそぐ~。
「福は内♪」・・子供達は必死でお菓子を拾います。
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その後杵と臼でおもちをついて、あんころ餅やヨモギもち、きな粉もち・・最後に大根おろしであっさりと、つきたてのお餅をいっぱいいただいた。
心に住み着いた鬼を退治して、心はすっきり、お腹はいっぱい♪
心地よくなって、又これから一年、健康で、楽しく過ごしましょう♪
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by polepole-yururin | 2011-02-06 09:52 | 出来事 | Comments(4)

賢い野良ちゃん

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庭に出てみると目に留まった・・・水槽。
え?何何?
クロじゃん!
水槽の中に、野良猫のクロが入って、くつろいでいる。
なんとも、笑いが込み上げてきた〜クロさん〜。
この驚きは・・・実はこの水槽にはめだかが何匹もいて、主人が水を換え、餌をやり、五年も生きていた。
それも二・三週間前には確かに〜。
ただ主人が忙しくしていて、めだかをちょっと放置していたら・・・・
ちょっと前に、クロが水槽から水を飲んでいたのを見たことはあって、主人にはそのことを伝えてはいたが〜。
今、水槽の中には水がない。
乾いた小石の上にまったりと寝そべっている・・・クロ。
水やめだかは何処にいった???
いつのまにか水槽はクロの格好の温室と化していた〜。
日中の日差しが充分に当たる場所をちゃんと見つけて、尚且つ風は通しません〜♪
お〜いクロ!気持ちいいか?emoticon-0102-bigsmile.gif
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by polepole-yururin | 2011-01-23 20:02 | 出来事 | Comments(8)
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昨日の夜、突然ピンポーンと玄関チャイムが鳴りました♪
誰かな?と玄関先まで行くと・・・・
G君のお父さんとお母さんがいました。
「メリークリスマス♪」
二人はブラジル人で、特にお父さんの顔は、アングロサクソン系ぽくってメリークリスマスって言葉が良く似合う♪
「いつも○○さん、あ、リ、が、とうネ~♪」とたどたどしい日本語でお礼をいってくれました。
「これは、ちょっと、き、も、ちです。」と大きな包み紙を手渡してくれました。
「あら~、ありがとうね♪、お気遣いなさらなくっても・・・ごめんね、ありがとう!うれしいです!」
「ちょっとだけね~、いつもこ、ち、ら、こ、そ、あ、りがとう、ご、ざ、います♪」と、G君のママ。
すごくうれしかったです。
10月の祭りのブログにも少し書いたのだけれど、お祭り用品や息子の着れなくなった服や時には石鹸、食料品など、たまにだけど、お渡しに行ってまして~私。
このブラジルのG君家族は、すごくしっかりしています。
お母さんは日系なんですが、以前お祭りのときに、いっぱいお話しました。
お母さんは、ここでブラジル人のお子さんにブラジル語を教えています。
で、G君には日本語を、日本の小学校で学ばせ、英語を塾で学ばせています。
幼稚園も、小学校も、近くの公立に行かせ、私たち同様に小学校のPTAの仕事をやります。
子供会にも入っています。
この地域は、ブラジルや中国、ペルーなど外国の方が多く、市の1%は外国人です。
小学校にもたくさんのブラジルのお子さんが通っています。
けれど、PTAの仕事や子供会へ参加はほとんどといっていいほど、やっておられません。
言葉の壁、風習の壁・・・いろんな問題があります。
そんな中、G君の両親は、芯をしっかりもっていらっしゃいます。
景気の低迷により、生産業の会社は、従業員カットで、たくさんのブラジル人が帰国されました。
けれど、そのときにもG君の家族は、帰国されませんでした。
「子供には、日本で、教育をしっかりと受けさせたい!」とそのときおっしゃっていました。
がんばるね~。
そんなこんなで、私の出来る範囲でのお手伝いを時々してました。
「また、ブラジル、き、て、ネ~!歓迎するよ!○○さん」と何度も話してくれるので、1年前に市のブラジル語講座を受けました。
けれど、英語とぜんぜん違うので、単語の意味も連想できず、1からの勉強です。
ついていくのに精一杯で、4ヶ月でリタイヤ。
「ボンジア・ボアタルジ・・・」・・・おはよう、こんにちは・・・もうそんなぐらいですかね・・・・
でも今日いただいたケーキ・・・思い出しました。
このスポンジケーキは、ブラジルではクリスマスに食べるケーキなんだそうです。
ちょうど、そのブラジル語講座の時クリスマスを挟んだので、いただきました。
思い出しました!
ちょっとうれしいんです、今日のこのプレゼント♪
日本では味わえない他国のクリスマスを、スペシャルに味わった感じです。
この日本で、他国の人が、製造業の仕事をして、子育てをするのは容易ではありません。
お金の面でも、なかなか余裕は持てないようです。
そんなG君のママとパパからのクリスマスプレゼント~
お金じゃなくて、気持ちをいっぱいいただいたそんな気持ちです。
言葉の壁があっても通じ合う気持ち・・・これが醍醐味です。
今日は、素敵なサンタさんからうれしいプレゼントをいただきました♪
メリークリスマス~emoticon-0171-star.gif
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by polepole-yururin | 2010-12-25 22:23 | 出来事 | Comments(2)

JAXAの方が来ました!

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この間、長男の通う中学の進路研究会に行ってきた。
そこに、ゲストとして、この中学を卒業し、今はJAXAで長年にわたり宇宙を見てきた方、松浦直人さんが来られた。
中学の進路研究会というから、高校受験の話をされるのかと思いきや、一年生には、将来の夢、仕事への道が見えるよう、学生達と同じような場の空間を味わった方が、どのような進路をたどり、今を生きているかを知りえる説明会となっているようだ。
今年はその方が、この中学を35年前に卒業したJAXAの松浦直人さんだった。
ちょうど、子供会で壁新聞をつくるから、今年のテーマはやはり「はやぶさ」だろうと考えていて、「はやぶさ」の資料を探していた時に、タイミングよく、JAXAの方に会え、「はやぶさ」について説明も聞けた!
すごい!
ほんと意識にあがると、その思いが瞬時に現実化していることに驚く。
こういうことは昔から度々あって、人の思いが現実を作っているとつくづく思う。
その現実化する速度や現象化することの差はたぶん、好奇心だと思う。
好奇心の深さ、わくわく度。
そういう思いが今の自分が見ている現実をつくっている。
そう、前で宇宙の話をしているJAXAの松浦さんも、昔は私の息子やまわりにいる中学生と変わらない、野球少年で英語が苦手で成績が一時は悪く悩んだ中学生だった。
でもある好奇心がわき、苦手な英語を一個一個最初から説いて、理解していく。
すると、解る!理解して、また解る!
この思いはわくわくする感覚に似ている。
解りはじめるから、扉が開く。
そしてまた説いて理解しようと好奇心がわき、解ければまたわくわくして~。
いつのまにか、その中学生の好奇心は、宇宙に向いていたのである。
宇宙とはたいへん遠い空間で、今私たちの生活には程遠い場所だ。
それゆえに宇宙はロマンであり、空想であり、夢である。
けれど、一個一個小さな好奇心を持ち続け、わくわくし、意識し、行動することで、遠い遠いロマンや空想や夢は、目の前の現実になっていく。
そんなことを教えてもらった感じ。
その後、あるお母さんが「宇宙なんてわからない、寝てしまったわ〜。なんも興味ないからね〜。」といていた。
そうなんだ、そういう人もいるんだな~。
私には、たいへん分かりやすい宇宙の話だった。
「はやぶさ」のこと、宇宙ステーションのこと、宇宙とはどういう所か・・・など面白く興味深い話だった。
けれど、人が変われば、その宇宙の話は、退屈で意味のないものとなる。
そこには、好奇心があるか、ないか~ということかも。
興味を抱くと同時に、ここにはまず好奇心が動いている。
「好奇心」とは、珍しいことや未知のことに興味を持つという意味だが、「好き」という気持ち・・プラスの思いが動いてこそ、夢の扉は開いていくのだ~♪
宇宙を感じるということは、答えのない未知の世界を探求することで、それこそ、夢を思い描くことである。
この間のブログ「夢のたね」の項で、光のアーティストの高橋さんが、夢の話をしていたけれど、
大人も子供も夢を感じられにくくなったのかもしれない。
現実の厳しさ、難しさにどっぷりはまって、「無理だ・・・」と限定してしまう・・・制限してしまっている。
だから宇宙の話は遠いことで、この地球の、この日本の、この静岡の・・・我が家の事とは縁遠い話なのかも。
余談だが、「夢のたねプロジェクト」は、そういう意味で、もっとシンプルに軽い気持ちで夢を持とうよ♪そして、その夢は暗い闇の中に光を放つ大きな力だ!と言う意味もあったのかな~と今思う。
この進路研究会で、好奇心が動いた生徒たちは、どれだけいたんだろうか?
明日の自分を創っているのは、今ここにいる自分の思いである。
さあ~、夢を持とう♪ 好奇心を持とう♪
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by polepole-yururin | 2010-12-19 13:32 | 出来事 | Comments(0)