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つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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カテゴリ:医療(思うこと)( 7 )

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田中ジャーナルブログ
そもそも子宮がんワクチンをなぜ接種しないといけないのか。
私が医療者だった20代、その子宮がんのワクチンなど存在しない。
それに子宮ガンという病気は、早期発見で対応する病気であった。
その原因は、経産婦とか性病とか、いろいろリスクファクターを覚えたものだった。
がしかし、子宮がんの原因はウイルスだという事がわかったので、そのウイルスに対するワクチンが出来たというのだ。
私の子どもの同年代の女の子たちはその子宮がんワクチンの接種を市役所から支持されて、ガンにならないようにと親たちは率先してワクチンの投与のため市に向かった。
知らないうちに医療はどんどん変化している。
いろんな薬が増え、注射が増え、治療法が増える。
がしかし結局のところ病気の発生率は軽減されていない。
以前日本の死亡原因は胃がんが目立ち、子宮がんとか前立腺がんは上位ではなかった。
食生活の変化により病気は変化した。
ホルモン系のガンがいわゆる乳がん、子宮がん、前立腺ガンである。
ホルモンに異常を来す原因が日常生活に加わったからだ。
その原因が肉食、ジャンクフード、遺伝子組み換え商品だとある。
けれど子宮がんはウイルスが原因なのだと厚生省は言う。
ウイルスが原因だというものが非常に増えた。
ウイルスはどうしてこうも増え続けているのか?
嘗ては細菌感染が主であったが、細菌感染は抗生剤の発明で治癒可能になり、ウイルスの病気が出て来たようだ。
ウイルス・・・
何でもかんでもウイルスが原因で事は起こっているらしい。
インフルエンザも昔そんなに流行っていなかったし、皆がインフルエンザワクチンをうつ行為などなかった。(私は)
ただ息子が子どもの小さい頃からか、当たり前の医療行為となった。
ワクチンをうってもインフルエンザに罹患した。
私は医療者を辞めてから病院から遠のいた。薬も飲まなくなった。インフルエンザも辞めた。
子宮がんワクチン投与により副作用が出たという症例が数多く寄せられている。
海外では、ワクチンの危険性が言われてて、安易なるワクチン投与はないようだ。
それに子宮がんワクチンで副作用がでた症例相次いであって、それに対して危険視する医師だってたくさんいるのに、どうしてそこまでして子宮がんワクチン投与を公的行為として認可するのだろうか。
厚生省は、何を目的にワクチン投与を推し進めるのか?
病気に対する治療行為に対して私達市民は、自分の意志において治療選択を行える。
なのに行政機関の決まり事で個人の治療行為を強制させる意図は何処にあるのか。
公衆衛生学的にとか、健康増進のためにとか医師たちや保健所関係者は言うだろう。
しかし病気になるのもその病気をどう治療するのも自由である。
その自由を奪う行為は、健康増進とか公衆衛生学的とかという啓蒙啓発の行為ではもはやない。
ひどい話である。
昔知人の医師が、薬はほとんどプラセボだと言っていた。
薬を僕は出さない、出来るだけ。病気は医師が治すのではない、病気を治すのは本人の治癒力であり、それを引き出すお手伝いをするのが医師であると言っていた。
では薬などいらないし、ワクチンもいらない。

余談だが・・・
自然治癒力を強化する生き方を遂行し、公衆衛生学的立場にある行政は、その自然治癒を強化する生き方の啓蒙啓発をすればいいではないか!?
つまり、うつになって薬をすぐに服用するのではなく、ストレス対応への地域社会への人間性の形成促進のための対応とか、食生活を欧米化をやめるとか、遺伝子組み換え商品を扱わない市場作りの育成とか、騒音や様々な公害等への厳しい基準を企業にもっと求め、企業も国民も安心して生活できる歩み寄りのやさしい社会形成とか、・・・薬以外に真の対処法はあるのである。
高血圧偽装データ―事件で医療と製薬会社の関係性が見えた今。
その薬が何処で作られ、何から出来ていて、その会社がどんなに大きな会社として存在しているか・・・そんな事を思えば、純粋に薬屋は儲かるという事で、薬は産業だという事で、病気がある事で製薬会社や病院にお金は入ってくるわけである。
今の日本は病気を主体に考えた社会体制になっているように思う。
極端に言うと、人は病気になるために生まれて来たのではなく、健康に生きられるように出来ている。でないと生を授かるはずがない(生れながらにして障害等はあるけれど)
コレステロールの薬も血圧の薬も50歳を超え始めたら当たり前に飲み始め、死ぬまで飲まなくてはいけない
いつかの負の事に予防的対処法を行う今の医療は、国民のためではなく誰のためか・・・そんな事を思う今日この頃。
子宮がんワクチンの投与は反対意見が相次いでいる以上公認するべきではないと私は思う。
自由な診療、自由な検診、自由意志を尊重する日本であってほしい。

PS:窮屈な日本にならざらん・・・
最近あいつでお母さんたちの不安の声が届く。
集団的自衛権行使、放射能、特別秘密保護法・・・怖くてどうしようもなくて、この政権はどうなっているの!?それでも新聞やテレビ様々な所では聞きたい声が出てこない。どうして???
その中ここに声を見つけて・・・と。
当たり前に考えて、今の政権のしていることは、子どもを持つ親や若い世代の人々に大きな不安を抱かしている。
そこに私のブログが少しの安心感につながるそうな・・・
ジャーナリストでも政治家でも憲法学者でも、裁判官でも何でもない私のブログの声に共感し、不安をどうにかして拭いたい。
そこまで世のマスコミ、メディアは国民に何も伝えていない。
そこまで国民を不安におとしめている政府がいる。
誰のための政治か?日本人のためではなく一部の権力者のための政治だと私は思う。







・・・
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by polepole-yururin | 2014-07-04 20:10 | 医療(思うこと) | Comments(4)
平和がなくなれば、子どもの絵も変わるんだよ!
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集団的自衛権の行使、特別秘密保護法、武器三原則撤廃
今の日本政府の事情はひどすぎる!
NHKからも集団的自衛権行使についてニュースで出ていた安倍総理は、集団的自衛権行使を容認することによって日本の安全は保たれると強く言う。
何を言っている!?
武器を他国に売りさばき、戦争を応援する国、他国で武器をもって戦争する国を他国はどう見るか。
今まで友好的な国だったから、快く日本人を他国は受け入れた。
牽制することなく、快く受け入れた。
PKOでも井戸を堀り、住民への配慮を大事にしたから受け入れられた。
けれど、今の安倍政権は、全くの真逆な政治を行っている。
強い国とは武器を携え、武器を振りかざし、喧嘩する国をいうのではない。
そうなれば、喧嘩好きのヤンキーだ。
礼儀をわきまえ、武器を持たずして、いくらどこかの国が戦争をやっていても私はあくまでも中立ですと言い続け、ちがう形の関わりをする。それが由々しき日本の姿であろう。
きれいごとのように今の政治を担う世代や、今の日本を動かす世代からすればそれを理想的平和主義と呼び、武器を持ち、誰かが仕掛けてくる喧嘩は買う。危なかったらこちらから仕掛けることもある。それが現実的平和主義だと主張する人たちが多いこと。
前記由々しき日本の姿こそ、今まで平和を維持できた実態であり、結果だった。
だから理想的平和主義という言葉で返還されようとしているが、これこそ、戦後68年続く平和のあかしであり、現実である。
その68年の現実を理想という言葉で今の政権や、NHK顧問等の主張があるが、彼等の頭の中には、美しすぎる日本の姿が見えず、今まで本当に競争を強いられ生きて来た人たちだったのだろう。
理想は現実化が難しいという認識であるが、私は理想を持たずして未来は光を持たないであろうと思う。
競争で勝ち抜き今の権力を得た人たちは、その権力をまた奪われる恐ろしさに苛まれ、やっと努力して得た権力を維持するためにもう奪われぬようにしたい!だから武器を携え、奪う者を武力でつぶし、力を過信した人たちは、他国へ侵入し、もっと我が力を増大させたい。それならばもう権力は奪われないだろうと考える。それが現実的な思想であると考えた。
だが、今まで理想という平和主体の思想のとおりにことは動き、日本はその理想の形をとどめて世界の中で存在していたのだ。
その姿が見えない人たちになぜ好き勝手にさせられなければならないのか!
今右傾化する日本の姿が見える。それを応援する人たちも見える。
今までの日本の歴史はすり替えられ、日本国憲法もGHQにいただいた憲法であると主張する人たちがいる。
戦争さえ美化し、教育勅語を支持する風潮を作っている。
私は戦争時代満州移民になった方のお話や、様々な戦中日本がやってきたことの話を読んだり聞いたりしてる。
その話している人が権力を持ち捏造する側であるのだろうと今のネット社会では言い切ってしまう人もいるだろうが、ごく普通に日常を生きた一般人が、自分の見て来た悲惨な現状をどうして捏造にしてまで語るだろうか・・・実際にあった731部隊のネズミ村の実態や中国残留の人々の生き様は嘘でもない、消えない事実で現実である。
帝国主義が日本国民をどのように思想統制し、人々を危険な目に遭わしたか。アジア諸国の人々が教育勅語を強制的に読まされ、天皇崇拝させられ、自分たちの思想を奪われたか・・・
お国のためという文句があるが、お国のために国民一人の命は自分のためならず、そしてその男尊女卑を提言し、長男を尊び、父を尊び、その長を尊ぶことにより、下々の人は守られるのであるという。
100歩も1000歩もゆずっての話で・・・その長がこの上ないすばらしい神のような人々で、平等と慈悲と保守を提言できる存在ならばそれは国民の平和も維持できよう・・・
しかし今の政権は、自分のことしか考えていない小さな心の持ち主としか思えない。
もっと大きな視野と意識で世の中を捉える人たちでは決してない。
その危うき人たちが力を鼓舞し、武器まで持たしてしまってはもう平和から遠ざかる。
戦争を知った大人がいなくなる。その危機感が今の日本を覆っている。
空想の世界のバーチャルな戦争ごっこで儲けを画策している人たちのために、言葉をいいように使われ命を落とし、理想と言われてしまう平和な日本をどうしてつぶす必要があるのか!?
私達は手薄な教育を受けた世代かもしれない。けれど、戦争時代より平和の意味を、戦争の怖さを誰よりも教わった世代である。
私達の声は平和の日本を維持するに値するのだ!
いやならいやと声を上げよう!

以下デモの模様
真実を探すブログ
ローマさんブログ
内田樹ブログ
安倍政権の実態について



・・・
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by polepole-yururin | 2014-07-01 07:59 | 医療(思うこと) | Comments(2)

ワクチンと薬

シャクヤクの芽が動き出した。
本格的春到来である。
ちなみにシャクヤクは昔大変珍重された。
シャクヤクまたは近縁植物の根は、消炎・鎮痛・抗菌・止血・抗けいれん作用がある生薬であり、日本薬局方に収録されている。生薬名「芍薬」(シャクヤク)。漢方ではポピュラーな生薬で葛根湯、十全大補湯、芍薬甘草湯、大柴胡湯、当帰芍薬散など多くの漢方方剤に配合される。
予防ばかりの西洋医学と何か症状が出た時に・・・と大事にちょこっと服用した漢方。
どっちが人間らしいのだろうか・・・
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今インフルエンザが流行っているという。
もう春なのに流行っている。
常識を覆すウイルス蔓延情報。
どうなっているんだろう・・・
私はちょっと前までインフルエンザワクチンに対して医者の言う通りに必要かも・・・と思っていた。(私や私の取り巻く環境が医療者である事も関係していた)
けれど、息子が毎度毎度ワクチンを打ったのに罹患したし、その時にもらった新薬に対して劇的に解熱したが、ウイルスは死滅せずという一番わかりやすい対症療法のみの薬が毎年出て来て異常行為がおきるという事に違和感を抱いた。
今の私の意はインフルエンザワクチンは打たない方がいいと思う。
ワクチンを打ったから大丈夫という人もいるだろうし、蔓延を防いだのもワクチンのおかげだという医療者もいる。ワクチンを打ったからぜったい罹患しないという事は誰も言っていない。たまたま罹患し、偶々大丈夫だったと言う。
ではワクチンの効能は何処の話から効果があるというのか・・・
それは確立・・・統計学から来る見解である。
統計は、全体の何%は効果があったから、これは効果があるというものである。
しかし数%、もしくはもう少しの%の人には無効、もしくは副作用があったという事も言える。
今世の中のだいたいのものはその統計学に基づいて効果としている。
様々なものは個人差がある。人間という枠でひとくくりにしても他人と自分はいろんなところで違う。親子でも違う。ましてや実験は人間ではない。マウスや豚などなどでの実験結果であり、その後人間への投薬データーをとっているだろうが、ウイルスは毎年型が変わるという。
ならば、ワクチンも追いつけないだろうに・・・行政や医療者が言う話が本当に何処まで正しい事なのだろうか・・・と実態を知りたい今日この頃である。

最近では私が医療者だった頃よりにワクチンというもんがやたら増えた。
科学の進歩と言い、ワクチンと新薬が年々開発され私達の日常にどんどん現れる。
予防のために・・・と。
予防を重視し、薬を投与する必要があるのかどうか・・・
子宮がんワクチンが一時危険性を言われ、中止となっていたが、いろんな学会(?)が異常は認められず、ワクチンの効果があるという見解が再び現れ、又再開!と新聞で報じられている。
ちょうどその頃にネットでは、エボラ出血熱が又、蔓延しだした。と情報が流れる。
ちょっと前に高血圧の薬についてデーター改ざん疑惑が各大学と製薬会社の中で上がった。
薬と医師への信頼が消えた。
すると、新聞記事一面に高齢の有名登山家の写真とそこに「心房細動で”あきらめる”なんてくやしいじゃないか」バイエル製薬の広告だった。
ニュースやコマーシャルのタイミング。
なにか大きな権力が働くところで負の出来事が起こった時、視覚情報がふんだんに流れている事に気づく。
ワクチンだけでなく、さまざまな事に対して今私達はこれでいいの?という意識を持つ事である。

 この冬、ノロウイルスが学校で蔓延し、学校給食のパンからウイルスが検出したといい、そのパン製造会社は結構テレビで叩かれた。
そして学校給食センターへの異常なまでの消毒行為を給食のおばちゃんたちに強いる行為に繋がっている。
詳しくは述べないが、そのノロウイルス感染事件からおばちゃんたちの身なり、職場での当たり前行為への制限は、普通では考えられない。
この常識はずれの感染対策マニュアルに対して、職員が異を訴えないのかと思えるほどに、病気への恐怖心を煽る報道が多すぎる。そして行政が伝える感染対策、予防策があまりに異常で、日常の生活へ苦痛を起こしていても、感染、予防対策さえおこったっていなかったらいいんだというやり方は、本末転倒と言っていい。
この日本には、常識を言える人間がいなくなってしまったようだ。
規則ですから。安全のためですから。・・・
見えない未来の安心を得るためにたくさんの規則を作ってしまって、生きにくい社会を作っている今の日本である。
あ・・・そういえばそのとんでも規則が「特別秘密保護法」だった・・・
要するに政治、医療、行政という力が、今私達の安全のためには必要な事だといい、いろんな対策、治療、規則という言葉で返還されたものを強いている。
そう思うのは私だけだろうか・・・
窮屈だけでなく、私達の大事なものが侵されないように、知を正しく知る事がこれから国民は必要なのである。



・・
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by polepole-yururin | 2014-03-23 16:41 | 医療(思うこと) | Comments(0)

ノーベル賞受賞

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京大の山中教授がips細胞作成に成功し、ノーベル賞を受賞した。
細胞を操作して可能性を見いだす・・・病気の治癒に生かせる希望の研究。
皮膚から臓器を作り出す・・・
ノーベル賞って誰のための賞なんだろう〜そんなことを思った。
私が勤務していた時の後輩は、今京大でそのips細胞の研究室で勤務しているとうれしそうに語っていた。
世界を揺るがす、すばらしい研究施設に!ってね。
その友人は医師と結婚し二人の子どもをもうけたが、看護師の身分なんて・・・と助産師の免許を取り、その後医大を受験し・・・結局医師にはならなかったのだろうが、今この研究室にいるという。
その息子にも小さいときから塾・・・そしてわざわざ遠いところまで塾通いさせていたと聞く。
優秀だとか、すばらしいとか、なんかわからない。
京大は莫大な研究費をこのips細胞の研究に投じている。
たくさんの研究員を雇い、ラット、様々な動物での研究。
そこに関わる事の優越感を人は持つ。
その研究がすべての糸口を見いだすかのように〜。
ノーベル賞という名を持つとその価値はすべてが認めたような、太鼓判を押されたような物となる。
ただ、ほんとうにそうなのか・・・
山中教授のやったこと、整形外科医だった彼が研究に没頭し見つけた事は、キュリー夫人が放射線を見つけた事によく似ている。
原子をもっと細かく分けて形をかえて、巨大な力の物を生みだす。
ips細胞もなんか似ている。細胞をいじくって新たな形を生み出す。
確かにパーキンソンなど筋肉難病で苦しんでいる人への奇跡の研究かもしれないけれど・・・いじくる、細胞を分ける、原子を操作する・・・
その行為は、もっと慎重に行うべきだ。
邁進しすぎる時、人は何も見えなくなる。それが研究なんだ、物を突き詰めるという事はそうなんだと言うだろう。
でも・・・人は誤るんだ・・・自然の摂理を超えて動き出す行為は、またちがう形で暴走を生み出す。
優秀という人の生き方、子育て・・・そこに絡む人々、・・・目指すものは、勝という力の中にいることなのかな?って思ってしまう。
ips細胞の研究をしている人って、福島のこと、沖縄の事、考えているのかな?
人って生み出す事に邁進する。顧みる事をさける。
これはね、研究しているすばらしい?人だけが持つ感情じゃなくって、世の中に異を唱えていた人が子どもを守るには結局自分が力を持つことだと、会社を持ち大きくする事だって結論を出している・・・みんな結局は同じ方程式の中にいて足し算の答えを探しているだけなのか・・・と。(余談だけれど)
ノーベル賞は力と大変結びついている賞かな〜って思う。
とにかく、研究の中に危険性をはらんでいるものに対して、ブレーキをひく役割をもつ存在がいて、暴走しない事だ。
だから、山中教授がノーベル賞受賞を得た事で、高揚感だけで独走しない事を願うわけです。
原子力の辿った道と同じように産業、企業と絡み付くと純粋な研究はどこか違う方向を向くんです・・・。
ノーベル賞受賞と同時にipsビジネス拡大・・・早すぎる世の中の動き。
あ〜あ・・・
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by polepole-yururin | 2012-10-09 08:32 | 医療(思うこと) | Comments(4)

インフルエンザ事情~

             元気なら、子どもは遊びたいのである。
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今インフルエンザが流行している。
今年は流行らないだろうって、11月ごろ誰かが言った。
そんな情報にみんなインフルエンザワクチンをうたない人も多かったに違いない。
確かにワクチンをうったからって罹患しないとは言い切れない。
我が家もそのとおりで、下の息子はワクチンをうったけれどインフルエンザになって先週は自宅療養していた。
ちょっと前までインフルエンザにかかっても、ウイルスに効く薬はなく、ただひたすら熱を下げ、自宅療養するしかなかった。
が、二年前より、リレンザという薬ができた。これは新型インフルエンザ対策で急遽作られた薬。これは何度か吸入していく。
今年小児科に行くと、イナビルという薬を出された。
これ一回の吸入でいいので、これにしましょうと・・・
確かに一回の吸入で6時間後には熱は下がり始めた。
げ!すごい!と感動したけれど、この異様に早い効果に怖くなった・・・でも息子が楽になってくれればいいわけだから、医療に不振を沸くこともないか・・・とおとなしくしていた。
小児科の先生は「解熱してから2日経ってから学校にいってくださいね。」といった。
一応頭の中では2日だね・・・と念を押して。
私だけはワクチンをうっていなかったので、息子を看病しながらも、マスクだけはやって、息子にもマスクしようね!って伝えた。
療養中はとりあえず二階の部屋に布団を敷き、準隔離?の感じでインフルエンザ対策。
マスクいつまで・・か?とか考え、2日はやはり移る可能性が高いのではないかな・・と解熱してから後の2日間は、自宅でウイルス対策していた。
するとそのとき、NHKのニュースで、イナビルの問題点を指摘していた。
え!!何々?と食い入ってニュースを見ていたら・・・
イナビルは解熱効果があり、すぐに身体が楽になる、するとすぐに治ったと思って学校や保育所、近所の公園など外出してしまうようだと・・・しかしインフルエンザウイルスは今までどおり、身体の中では、死滅していない・・・つまりウイルスは今までどおり、罹患してから最低5日間は身体の中にいるんだそうだ。
そのことをちゃんと小児科の医師が伝えているかどうか?またそのことをちゃんと家族が知っているかどうか?
テレビに出ていた小児科に受診していた子どもは、熱が下がったら元気なので遊びたい!と話していた。
すると先生は、身体は楽でも、家でおとなしくしていてね。っ言っていた。
今インフルエンザ流行の問題点はこの薬の使用後の対策に間違いが生じているからかも・・・といっていた。
確かにそうかもしれないと思う。
今保育所では、その問題点が特にあがる。
働いている親は子どもが熱を出すといやおうなしに仕事を休まなくてはならない。
熱が出ているときは仕方ない。でも熱が下がったら見た目元気だし保育所に預けられる。
イナビルで解熱はすぐだ。
でもウイルスはまだ存在する・・・その行為がいくらインフルエンザになってすぐ休んでも、治っていない状態で登園してきたら・・・ってことになる。
今までインフルエンザで問題になっていたことは、高熱による体力消耗や子どもだったら脳炎、髄膜炎への移行が怖かった。
その問題点を克服したかのように思える最近の薬。
熱が出るのはウイルスが熱を出すわけではなく、体がウイルスと戦っているための発熱。
イナビルは、ウイルスが体内で増殖するのを防ぐよう、レセプターに反応するようだが・・・
見た目からだが元気だと、人は休むことをしない。
病気になること、たとえウイルス感染でも、身体の不調が病気の反応を起こし、身体を休めるようにさせるわけで、一休みもせず、淡々と病気を処理することが本当にいいのかどうか、このイナビルのことで考えた。
なんか、新薬ができて医者はその新薬について知っているのかいなか。
また、お母さんへ・・・たとえ熱が下がっても、病気した子どもさんのそばに少しでも長くいてほしい♪

追記:ただいま2014年3月です。その時点で私はインフルエンザワクチンは打たない方がいいと思う。私が医療者だった頃以上にワクチンという者がやたら増えた。
科学の進歩と言い、ワクチンと新薬が年々開発され私達の日常にどんどん現れる。
予防のために・・・と。
予防を重視し、危険な薬を投与する必要があるのかどうか・・・
子宮がんワクチンが一時危険性を言われ、中止となっていたが、いろんな学会(?)が異常は認められず、ワクチンの効果の良さをただし見解が現れ、又再開!と新聞で報じられている。
ちょうどその頃にネットでは、エボラ出血熱が又、蔓延しだした。と情報が流れる。
ちょっと前に高血圧の薬についてデーター改ざん疑惑が各大学と製薬会社の中で上がった。
薬と医師への信頼が消えた。
すると、新聞記事一面に高齢の有名登山家の写真とそこに「心房細動で”あきらめる”なんてくやしいじゃないか」バイエル製薬の広告だった。
ニュースやコマーシャルのタイミング。
なにか大きな権力が働くところの負の出来事が起こった時、視覚情報がふんだんに流れている事に気づく。
ワクチンだけでなく、さまざまな事に対して今私達はこれでいいの?という意識を持つ事である。

       
   
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by polepole-yururin | 2012-02-06 11:36 | 医療(思うこと) | Comments(8)
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昨日は我が家の庭でバーベキューをやった。
25人のドクターの卵が集合。
にぎやかな庭。
このようなことは年二回ぐらいありまして〜。
個性ある方々です。
最近は医者不足で、産婦人科や小児科を志願する方が少ないと聞きます。
今日来られている方々に、志望の科を聞きますと、産婦人科、小児科志望の方が多いこと!
大変じゃないですか?・・・と聞きますと、
「いや〜、子供は可愛いし、大変だから、楽だからということが選択の理由ではなくて、やっていてやりがいがあることを選択したい。」と何人かがお話してくれました。
モチベーション高いな〜。
このようなモチベーション高い先生方がどうして、病院を去っていくのでしょうか?
7月にこの地域で「地域医療を考える講演会」があった。
医大、市民病院、保健所の先生方、市長、今テレビでもよく出ていらっしゃる、医療崩壊について語られている伊関友伸さん、映画にもなった兵庫県立柏原病院の小児科を守る会の丹生裕子さんを交えてのデスカッション式の講演会だった。
この講演会はたいへん内容の濃い講演会だった。
医療崩壊の原因を医療者側からの意見と一度崩壊した柏原病院のケースを聞きながら考えていく。
市長の考えも聞く。
結局のところ、みんなの当たり前意識により先生方のモチベーションが落ちてしまうようだ。
いつでも診てもらえて当たり前〜。
いつ行っても診てくれるという思いからコンビ二診療が増えている。
保険診療でそこそこの値段で治療を受けられる日本は、当たり前意識がはびこり、他者の状況を想像することができない。
まずは自分。
〜すると感謝がなくなる。
柏原病院に小児科の医者が戻ったのは、丹生さんたちの市民活動により、ドクターへの感謝を伝えたことだった。
医療者を増やすことに国は徹しているが、このことよりもまず今ある医療資源を大事にすることが本当の対策である。
そしてドクターの仕事量、質の実態を知る。
最近は医療事故を訴える話が多い。
医療事故があることはいかんせんだが、その医療事故は医療者のストレスに比例する。
追い詰めては、事はギクシャクする一方で、本当の解決にはならない。
本当の解決は理解しあう事、感謝を互いに持つことである。
研修医は眼科、皮膚科などに人気が集まった。
危険がなく、時間に余裕がまだある科に人気が集まった。
が、昨日のドクターの卵たちは、嫌がられる科をあえて選択しているのだよ〜。
モチベーションが高く、今後の医療に希望を持っているこの人たちが、このまま地域の病院で働いてくれることを願います〜。
それにはまず、互いに関心を持って、理解すること〜。
マザー・テレサが無関心について語っている〜。
我々の日々の日常の中に、無関心はないだろうか?〜
医療を考えるとは、本当は自分自身を考えることである。
病気は何処から来るものではなく、自分にあるものだから・・・
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by polepole-yururin | 2010-08-15 14:45 | 医療(思うこと) | Comments(5)

正しいことって?

                 土の中にミミズやだんご虫♪
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正しいことって何だと思う?
私は以前大学病院で看護師として働いていた。
西洋医学が絶対だと思っていた。
最新の医療機器、新薬の開発、医療の発展。
そのことが正しい医療のあり方だと思っていた。
けれど、たくさんの患者さんが亡くなっていったのを見てきた。
癌はなくならず、難しい病気もふえた?・・・。
何年か前私は、エイズの治療が、日本で最先端だと言う病院に、研修に何週間か行った。
エイズの治療は、対症療法のみで、最先端とはエイズの患者さんをたくさん診てきた、そのことだった。
去年は新型インフルエンザが現れた。
西洋医学は、何処まで進歩するべきか~。
日本での西洋医学の歴史は、たかが100年くらいで、日本では幕末の頃、蘭学とともに入ってきた。
それまでは漢方医+祈祷が主流だったのだけど、大政奉還で、幕府から朝廷へ政治の主権が変わったように医療も漢方医は廃止されて、「医療は西洋医学」となった。
その当時は画期的な医療であったろうと想像する~。
ドラマの「仁」のように~。
そして時代は流れ、今西洋医学以外に代替医療にも目を向ける人が増えた。
私もその一人だけれど・・・。
代替医療は、インドのアーユルヴェーダや漢方、ハーブ療法、ホメオパシーなど昔の医療だったり、エネルギー療法などのレイキ、フラワーレメディ、そして整体、アロマテラピーなどなど様々ある。
ではこれでみんな救われているの?
答えはわからない。
でも私は、どんなに医療が進歩しても、どんなすばらしい代替医療が現れたとしても、現状は変わらないように思う。
医療や療法を受ける側と、医療や療法を施す側の「依存」という心がなくならない限り。
ある医者が言っていた。
「医者が病気を治すのではない。僕はただただあなたのお手伝いをしているだけです。治すのは、僕でもなく、薬ではなく、あなた自身です。」と。
依存心は、知らず知らずに宿っている・・・執着も過信ということも一種の依存。
助けてくれるのは、自分自身~。
昔から人の心に、依存の心はあったかも・・・どちらの立場でも。
さあ~恐れを手放して、そろそろ互いに自立しよう♪

ふと葉っぱをのけてみると、そこには、ダンゴ虫やミミズがウジョウジョいた。
落ち葉をいっぱい食べて、糞をして、ここの土はふかふかだ。
ただただえさとなるものを食べて出す。
いつの間にか土の上の落ち葉の固まりはなくなり、土となる。
その循環が土を肥やして、植物を成長させる。
変わらない正しいことって、人間が作リ出したところにはなく、自然の中にだけあるものかも~♪
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by polepole-yururin | 2010-06-17 10:20 | 医療(思うこと) | Comments(2)