ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ:旅( 8 )

日本の月とローマの月

8月9日 ローマの月
f0215179_23452047.jpg

8月10日 日本の月
f0215179_23455090.jpg

スペイン広場の夜
f0215179_0143877.jpg

ちょっと足を伸ばし、私はローマにいた。
ローマはイタリア半島の真ん中にあたり、日本とは時差が7時間。
気候は最高気温27前後、最低気温19度前後だった。
たいへん過ごしやすく、心地いい。
ローマは夜の8時でも白じゃけていて、大人たちも心地いい夜を遅くまで満喫している。
我々もふらり陽気な町並みに誘われて、異文化の町の夜を味わいに出た。
ローマの休日でおなじみのスペイン広場では、たくさんの人だかり。
じっとスペイン広場に座って、この人だかりの原因を突き止めるべく、しばらく夕涼みを堪能する。
そして始まったのは、ピアノの生演奏とオペラだった。
プロオペラ歌手が4人、声高らかに歌い上げる。
その横には舞踏会のように、黒の衣装に身を纏った8人の男女が踊リ舞う♪
私の知らない夜の過ごし方。
優雅で、文化的なローマ。
日本で言うと、京都に匹敵するのだろうか~
そんなことを思いながら、夜空を見上げると、ちょっとハープを思わすような明るい月が浮かんでいた。
月の光が似合う町、ローマ。
今日本は、何時か?そんなことを思いきや、いつの間にか、日本で月を眺めている私である。
月は何処の国でも変わらない月。
今日本で見上げた月は、7時間後、ローマで出会うことが出来るのだろう。
それって不思議。
文化、風土、気候、人物、いろんなものが違っているのに、月と太陽だけは同じ。
これって素敵で、とびっきり平等♪
月の周りの風景が変わっただけで、月の存在が代わり、かもし出す雰囲気も変化する。
そして日本では、竹取物語が出来、欧米では、神話が生まれる♪
なんだか月の魔力に取り付かれたような気がする♪
[PR]
by polepole-yururin | 2011-08-11 00:23 | | Comments(2)

インド大使館

f0215179_935013.jpg

友人から、急に連絡をいただいて、インド大使館のチャリティーコンサートに行った。
大使館なんぞ、ご縁のないものだから、ちょこっとどきどきしながら家族で参加した。
インド大使館は、東京の九段下というところにあって、隣はあの有名な靖国神社や、武道館があるところ。
人ごみを嫌う私は、東京にはなかなか足を運ばないので、九段下の町の雰囲気にちょっこし圧倒した。
歴史深いところ(江戸より・・・)だな~とちょこっと満足。
インド大使館は、いつもは鉄の大きな門が閉まっているよう。
今日はその門を通り抜け、中の舞台へと行く。フ・フ・フ♪
待合室の真ん中には、おもてなしとしてか、花ビラをちりばめた大きな瓶がおいてあった。
f0215179_942868.jpg
アーユルヴェーダーで、よく目にするサロンの光景だ。
インドはこのようにしておもてなしをするのかな~。
このチャリティーコンサートは、JTFFが主催で、後援がインド大使館である。
JTFFとは、トラと象の保護基金団体である。
はじめに劇があり、その後、インド野生生物トラスト事務局長のビベック・メノンさんの講演。最後にチャンドラカント・サラデシュムクさんによるインドの古来からの楽器シタールの演奏があった。
シタールの音色はたいへんエスニックで、妖艶で、インドのイメージをかもし出す音である。
ビブラートというのか、ゆらぎというのか、弦を震わし、その震わし方がまた良いのである♪
ゆらぎは振動で、その微妙な揺れが怪しげな?インドの雰囲気をだしているのか~
f0215179_9354865.jpg

シタールの音色は、トルコのベリーダンスでのあの妖艶な雰囲気の音色にも近いが、中国の二弧の音色にも近く・・・
大陸の位置関係でもいえるように、影響し合っているのだろうと思った。
f0215179_1019826.jpg
ビベックさんの講演はたいへんわかりやすく、動物好きの息子たちも聞き入っていた。
象は、いまだに象牙確保のため、トラは、骨や臓器が漢方薬に使われるため、密猟が絶えないのだそうだ。
また、密猟だけではなく、人間が木を切り倒し、田畑を作り、家屋を作る・・・そのため、象やトラその他の野生の動物は、生きるための森がなくなり、知らず知らずに昔あった森の場所に現れ、人間と出会い、お互いが傷つけあうという場面が多いのだという。
野生動物といえば、アフリカ、アマゾンといった感じがするが、アジアではここインドに象やトラがかなりの確率で生存しているのだという。
インドは人口の多い国で、さらに高度経済成長の影響が、この野生動物をおいこんでいくのだろうか・・・・
「共存、共栄が大事」と司会者がいっておられたが、どんなにがんばっても人間主体のこの世の中・・・人間側からだけの思い過ごしの共存、共栄にならないことを祈る。
象の・・・トラの・・・その他の動物の・・・本当の心はどうなのか・・・
クローン技術、ips細胞臓器の実験・・・人間のための最新技術・・・そのことについても深く深く考えていかないといけない。
生ということに対して、秩序を失ってはいけない・・・私は思う。

インドガンジス川は、あらゆることをことをここで行う川であり、生と死がここにあるという。
何もかもが自然に・・・自然に・・・
変わりつつあるインドだからこそ、今原点を見直そうといっているように感じたインド大使館への旅~。
[PR]
by polepole-yururin | 2010-09-26 10:21 | | Comments(8)

熊野古道

f0215179_14335140.jpg

熊野古道の「馬越峠」を歩いた。
石畳がきれいだと人気スポットになっている。
熊野古道は、2004年に文化遺産として世界遺産に登録された。
このことは、良くテレビで放映されていたので、知っていた。
世界遺産に落書きが!なんていわれていたものだから・・・
今回実際に、熊野古道に行くことになり、ちょこっと調べてみることにした。
熊野古道は熊野三山(熊野本宮大社、熊野速宮大社、熊野那智大社)へ通ずる参詣道のことを言う。
又この道は5つに分かれていて、紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路という。f0215179_14345483.jpg
今回は、お伊勢さんを参拝したので、伊勢路を選択しその中の馬越峠を歩いた。
馬越峠周辺は、日本でも有数の多雨地域で、昔は良く土砂災害があり、山道もたやすく土が流されてしまっていたようだ。
そこで、地の人がこの山の石を敷き詰めて、土流れを防いだという。
たぶん江戸時代頃のことだそうで、今もその石畳を歩くことが出来るのだ。
この石畳は、上り口から降り口までずっと続いている!
すばらしい♪
が、この石畳、案外歩きにくい。
石にはコケが生えているので、良くすべるわけで、何度となくしりもちをついた私である。
案外地下足袋が良いかもしれない♪
馬越峠は頂上まで1時間30分だが、山道で・・・石畳で・・・すべるので・・・そこそこ疲れた。
昔の人は、ほんとすごいな~とありきたりな言葉だが、その一言に尽きる!
参拝するのにどれくらいの時間を要し、どんな思いでここに来たのだろうと想像する。
熊野古道の歴史は、平安時代からで、中辺路が主だった。
907年に宇多法皇が、京都から熊野までこられたのが始まりで、白川上皇は9回もこの地を訪れていたという。
今回の伊勢路は江戸時代からで、たぶん庶民の参詣道だったのだろう。
このことは、お蔭参りが流行したことと関連付けられよう♪f0215179_14353075.jpg
「道」が世界遺産になったのは、この熊野古道とスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の2つだそうだ。
このスペインの巡礼路もたいへん険しい巡礼路だと以前テレビで見たが・・・
スペインの巡礼路はキリスト教の聖地を目指すが、この熊野古道は、一応熊野三山を通過するが、何処何処に行くのではなく、この山道をあるこことが、崇拝することにつながるのだろうと思う。
熊野は、山がたいへん険しくきりだっている。
そこに八百万の神を崇拝する日本人は、ここに自然の神が宿っているとし、修行をした・・これが山伏たちで・・。
このような山岳信仰も含め、熊野古道は自然を愛する、自然をめでる、自然を神とする日本人の奥底に眠る魂を形にしたものだったのかも・・・と。
そういうと、ヒノキの上には、天狗がいそうな気配いっぱい♪
途中にも河童岩という大きな河童みたいな岩がで~んとあったし・・・
ここは、今私たちが住んでいる町よりも、もっと形を現して神さんが存在しているように感じたわけで・・・。
去年は屋久島に行ったが、その屋久島に近い雰囲気がある土地だと思う♪
そうそう、馬越峠には、幕末の俳人の碑があった。
「あ、この人滋賀県出身やん♪すごい!」と息子。
我々も滋賀出身で、この偶然にちょっぴり喜んだ。
単純な家族なのである~。
[PR]
by polepole-yururin | 2010-08-12 14:35 | | Comments(2)

伊勢詣で

                            内宮
f0215179_110321.jpg

お伊勢さんに行った。
お伊勢さんに来るのは三度目。
一回は小学校の修学旅行、二度目は20代、そして今年である。
お伊勢さんは内宮と外宮に別れていて、内宮にはアマテラスオオミカミ、外宮は、トヨウケノオオミカミが祀られている。
天照大神は、天の石屋戸開きのお話でも有名な太陽神であり、わが国の最高神とされる。
日本書紀によれば、皇女・倭姫命が、天照大神の鎮座する地を求め、倭国から丹波国、紀の国、倭国、大和国、伊賀国、近江国、美濃国、、伊勢国と旅し、五十鈴川のほとりに鎮座したというのが始まりだ。
ちなみにこの倭国とは、九州だということである。
又、外宮の豊受大神は、衣食住の守り神である。
    
                             外宮
f0215179_13465285.jpg

f0215179_1350751.jpg
外宮から内宮への伊勢詣で。
外宮は、内宮に比べ、精気が宿っているように感じた。
体の疲れが、毛穴からプチプチと出て行く感じで、身体が軽くなった。
大きな木が所々鎮守している。
大きな一本一本の木に神が宿り、「おーい!よー来なさったな~♪」とでも言っているようだ。
「風の宮」と「土の宮」に私は、たいへん惹かれたのである♪
「いつも風をありがとう!いつも土に触れられ、作物をはぐくんでいただいてありがとう!」
うれしい気持ちいっぱいだった。
外宮に比べ、内宮のほうが人が断然多く、込み合っていた。
気も外宮ほど心地よいものではなかった。
内宮前の御簾の前で、長々とお祈りしてる若い女性がいて、何をお祈りしているのだろうと不思議に思うくらいだった。
ちょっと違和感。
なんか偶像崇拝を拝むというか~、たくさんの願い事をかなえていただくような感じに見えた。
私たちは、神に何かを助けてもらう勢いで、神社でお祈りする。
けれど、ここ日本は、八百万の神を崇拝し、すべてのものに神が宿るとし、すべてのものへの感謝をしてきた人種だと思う。
最近は、パワースポットブームで、何かにあやかりたいムードで、詣でる方が多いようだ。
あやかる、願い事を叶えてもらいたいと必死で祈るのではなく、感謝の一言に尽きるのではないか~と思った。
「来させていただきました、ありがたや~♪」主人が言った。
帰りにおはらい町を歩いた。f0215179_13445226.jpg
にぎやかで、活気あふれている。
松坂肉マンを食べ、冷やしきゅうりをほうばって歩く。
このにぎやかなムードは、江戸時代になってからだそうだ。
古代は天皇の氏神として崇拝され、中世になり、ようやく日本全体の鎮守として、武士から崇拝された。
近世になり、「お蔭参り」(おかげまいりというお伊勢詣でが、庶民に流行した。
この当時は、何を口にしたのだろう?emoticon-0102-bigsmile.gif
最後に我々は、伊勢名物、赤福を食べて、お伊勢さんを後にした。
[PR]
by polepole-yururin | 2010-08-10 11:00 | | Comments(2)

花火大会パート2

f0215179_9393677.jpg

今年の夏の旅行は伊勢詣でから熊野古道(伊勢路)の旅となった。
そのため、次の日は三重県尾鷲市に泊まることとした。
8月7日は尾鷲市の港祭りがあるそうで、そこでも花火を見ることとなった。
尾鷲は漁師町でもあり、ヒノキでも有名な林業の町でもある。
ま、地元の夏祭りである。
せっかくだから港まで、家族で歩いていき、花火を見ることにした。
町のお祭りだから、花火会場にもスースーで出入りでき、間近で見ることが出来た。
ただ昨日の琵琶湖の花火大会とは、スケールがぜんぜん違い、花火をあげるテンポも遅く、間延びしてる。
ちょっとだらけた感じ。
「帰ろうよ~。」と息子たち。
すると「これから打ち上げます花火は・・・○○さん、○○さん、○○さん・・・・が、○○さんの還暦のお祝いの花火です。」とアナウンスが聞こえた。
「え~!!すごいやんここ」
誰かのために、親戚や知り合いが個々にお金を出し合って、還暦の祝いを花火で祝福。
なんとすばらしい!
この花火、還暦を迎えたおじいちゃん?うれしかっただろうな~♪
この尾鷲市の花火は、スポンサーもいるだろうけれど、地元の人によって支えられ、地元の人が充分に楽しみ、充分に活用している場であり、催しなのだな~と感心したわけです。
今日は、やさしい花火大会に出会ったのでしたemoticon-0102-bigsmile.gif
[PR]
by polepole-yururin | 2010-08-10 09:39 | | Comments(0)

京都に立ち寄って♪

                         祇園 白川
f0215179_1395693.jpg

奈良の帰りに京都に立ち寄りました。
近鉄から阪急電車に乗り換え、清水五条で降り、清水さんに向かいました。
ま~、すごい人で、奈良の平城京よりもすごいんちゃう!って思うくらいの人ごみで、細い細い清水さんに向かう道は、数珠繋ぎの自動車の列でいっぱいでした。
さすが平城京の80年に比べ、平安京は400年(京都が都だった時代)続いただけありますわ~emoticon-0159-music.gif
平城京でも良く歩き、この二年坂や三年坂を歩いているので、さすがに今日はおなかがすきます♪
手焼きのおせんべいを一枚買いまして食べました。
京都という土地がそうさせたのか、1枚150円という値段がそうさせたのか、私の歩きのおかげか~、その複合でたいへんおいしいおせんべいを味わいましたemoticon-0102-bigsmile.gif
坂本龍馬の墓がありまして、せっかくなので、立ち寄ってみることにしました。
坂本龍馬の墓は、護国神社内にありました。
お墓まですごい列でして、そんなに龍馬は偉大だったのか!!と思わせる感じ。
ひとりひとり、龍馬に手を合わせて、いろんなお話しているのだろうな~と思うぐらい、列が進まないわけですemoticon-0107-sweating.gif
ここには、龍馬以外にも、桂小五郎の墓や、明治維新で活躍した方のお墓がいっぱいありました。
この護国神社の大きな鳥居は昭和13年に作られていました。
たぶん軍国主義に突入する頃、この幕末の志士たちをさらにたたえ、日本を強き国に!という思いをこめ、この鳥居を作ったのかな~と思いました。
後、日本は太平洋戦争に突入していくのですが・・・。
強き国とは、武力、権力でのことではなく、たぶん「志」のことだとおもうのだけど・・・。
何気に目が留まった鳥居の文字や数字から、その当時の時代風景が感じ取れたような~。
今ここを訪れる方は、NHKの「龍馬伝」ブームで来ている方が大半だろうけれど、幕末の志士たちの奥に秘めた「志」を感じ取りにきているのであろうと思いたいです。
今日はたいへん気持ちいい日でした。
暑かった日中とはうって変わり、夕暮れ時には涼しい風が流れ、京都を散策しようという気持ちにさせてくれます。
八坂神社を抜け、祇園さんを歩き、白川を観て、京都を感じます。
そして若かりし頃を思い出し、、鴨川縁を歩くことにしました。f0215179_13102596.jpg
鴨川では、床がお目見えしていました♪
ちょうど今日は川風も気持ちよく流れていて、いい感じです。
鴨川では、カップルや、学生が集まって歌ったり、騒いだりしています♪
京都は794年からずっとこのにぎやかさを保っているのでしょうね~emoticon-0128-hi.gif
気取った京都ですが、やはり京都なんですね~。
[PR]
by polepole-yururin | 2010-05-02 10:48 | | Comments(0)

平城京に行ってきました

f0215179_1018391.jpg

ゴールデンウィークは、またもや平城京に電車で行ってきました。
たいへん混雑していました。
この混雑は、京都駅の近鉄の切符売り場からで、すごい人でした。
この混雑を当たり前と考えなおし、この旅は始まりました。
すると、混雑もなんとなく受け入れられ、ちょっと落ち着いた感じでいられるようです。
電車をおり、テクテク歩いていくと、平城京イベント会場に着きました。
まずは、大極殿へ前へ前へ進みます。
大きい建物で、一つ一つ丁寧に宮大工さんの技法を取り入れて、一本一本の柱が組まれています。
飾りも細かなところまでつけられています。
中の壁には、まず東西南北に四神である青龍、白虎、朱雀、玄武が描かれてあり、その周りに干支の絵が描かれてありました。
その絵は、昔ながらの技法を用い、絵のイメージは昔の資料を基に復元されています。その絵も今いらっしゃる日本画の職人さんが丁寧に、一つ一つ描きあげられました。
真ん中には帝のお座りになる台座がありまして・・・ほんまロマンです。
平城京はホントに広くって、いい運動になります♪
とりあえず、小高い草原に寝転んでみたりして、昔の方の息を感じてみようと試みました。
ちょっと何処からかショウの音色でも聞こえてきそうな感じです。
朱雀門まで歩いていく途中に、近鉄の線路がありまして、それを横切り朱雀門に到達。f0215179_1019167.jpg
たいへん妙な気持ちになってしまいましたemoticon-0106-crying.gif
こんなに広い広い平城京跡は、誰の手も入ることなく、そのままの状態で草原がココに存在しています。
そのことについては、、以前ココをイベント前に訪れた時思ったのですが、今回周りをこの足で歩いてみて、電車で来てわかったのですが、近鉄だけが、この平城京を突っ切っているのです。
大極殿と朱雀門の間を二分しているのです。
ふぇ~ん・・・なんという事実。
近鉄さんの力は絶大なり~。
この平城京に来れたのも近鉄さんのおかげ、でもこの妙な感じも近鉄さんのおかげ・・・。
遺跡を守ることと、生活していくこと、どれを優先していくべきか~。

右の写真は朱雀門から大極殿を撮ったものです。大極殿の前には現代の利器が~。
[PR]
by polepole-yururin | 2010-05-02 09:42 | | Comments(0)

奈良に行ってきました

f0215179_106872.jpg

奈良に行ってきました。
今遷都1300年でにぎわおうとしている奈良。f0215179_1073466.jpg
4月24日からイベントが、開催されるそうですが、春休みを利用して、4月2日に行ってきました。
今NHKで「奈良時代」という番組をやっていて、毎日楽しく観ている。
以前は奈良というと、東大寺の大仏様と鹿を目当てに観光し、平城京跡は電車から眺めるだけだったが・・。
番組では、平城京のことを詳しく説明してくれている。
遣唐使船、手作りの墨、着物、食、奈良漬、大仏、東大寺・・・。
もう魅せられてしまう♪
平城京は広大な土地が広がっている。
なぜ平城京は、誰も住むこともなく、広いまま、ぽっかりと残されてきたのだろう。
平安京があった京都は、今ら込み合った都市と化しているのに・・・。
その誰のも犯されず、今ここに空間のみを表している平城京の空気を感じることができる。
いにしえのロマンというのでしょうか~emoticon-0115-inlove.gif
その平城京で、おにぎりをみんなで食べた。
ちょうど工事中なので、こんな感じで、平城京を作る時にもこのあたりで、民は、にぎりめしを食べてたんじゃなかろうか~と思いながら♪
大仏様は二度の戦火の影響をうけた。
一度は、源平合戦、二度目は織田信長の時代に・・・。
奈良時代のものは、台座だけである。
胴体は鎌倉時代で、今のお顔は、江戸時代に復元されたそうだ。
大仏殿の奈良時代は、今よりももっと大きかったそうだ。
観光客は、韓国、中国の方がたいへん多かった。
昔の奈良も朝鮮、中国の視察の方が、このようにここを訪れていたことだろう♪
中国語バリバリのおばちゃんが、息子らに中国語らしき言葉で、いろいろ話しかけてきた。
息子らは、ビビッて後ずさりしていた。
その時母が、そのおばちゃんに「おたく、どちらから?」と強引に関西弁の日本語で尋ねた。
その中国のおばちゃんは「たいわあ~ん♪」と返してきた。
母のなれなれしい日本語が、中国のおばちゃんに通じたのだ。
気持ちで国境を、言葉の壁を越えるのですね~♪
東大寺には鹿がいっぱいいた。息子が、片目が白く濁っている鹿を見つけた。
たぶん見えていないのだろう。
息子は鹿せんべいを買った。
その鹿の鼻にせんべいを近づけて、他の鹿のいないところまで連れて行って、食べさせていた。
幼稚園の頃は、鹿に押し寄せられて、ビビッていた息子だったが、いろんなことを配慮できるようになったemoticon-0100-smile.gif
何度も来た奈良だけど、今回の奈良は一味違う♪
この遷都1300年で盛り上がる奈良に足を運んでみてはどうでしょう♪
[PR]
by polepole-yururin | 2010-04-06 09:28 | | Comments(0)