ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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さて、これからどう生きる

子供達を守ろう!それにつきる!
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東京都知事選は最悪だ。
なぜもっとちゃんとした人が出馬しなかったのか・・・
これは見えない圧力が動いているのか・・・自由がない。
誰かが言っていたように、アメリカの選挙を見ているようで、他人の悪口合戦だ。
大人になって、あまり選挙演説を聞いた事はなかったが、子供の頃、小学校の前に選挙カーがぐるぐる回っていて、手を振っている人にやんちゃな友達が手を振って、それにありがとうございますというウグイス嬢。そんな風景が選挙だった。
自分がどんな政治をしたいか、それを一生懸命訴えていた。例え公約道理にならぬともそれなりに道理を通していた。(利権も確かにあったが・・・)
けれど、今の選挙は悪口は無礼講。おとしめ合戦とマスコミたたき。
マスコミは鳥越氏の負ばかリ広げている。
もううんざりだ。

少し昔イギリスのダイアナ王妃がマスコミバッシングにあって自動車事故で亡くなった。
その空気はイギリスはもう最悪の国だ。マスコミの動きはひどいものだ・・・それに比べてまだ日本はそんなに・・・とそんな空気がまだあったのだが、今は、本当に同じ。
アメリカの大統領選も同じ。
ここまで壊れると、うんざりする。

ただ怖いのは私は小池百合子氏だ。
自民党分裂とかいいながら、自民は二人を出して、総理は増田氏を応援していると言うが、小池氏の背景も同じもの。
さらに教育の核が国体へ動く事が加速する。
これは本当に要注意!
国旗掲揚とか、国歌を歌わないと・・・という学校への圧力があり、ちょっと前大阪維新の橋下氏が言いたい放題言っていた。その雰囲気をテレビ画面からみると、いつものマスコミの問題だとスルーしてしまうが、実はものすごく危ない行為であった。
この事は息子が通っていた中学では当たり前で、その空気は高校まで播種している。
子供や孫がいる人は、もっと学校での出来事に関心を持つことである。

いまこんなに危うい時代になったのは、日本会議と言う団体が突如現れた訳でない。
戦争が終わっても戦犯がすべて亡ったのではない。戦争の反省を本当にしたのかも定かでない。
戦犯もABCあって、その人々の意識等違うので、心からすまないと思っている人ばかリではなく、何で私が戦犯なんだという人も多かったと言う。
それでも思考を180度変えらせて、仕方ないという言葉を吐かせ、新しき時代に突き進むしかなく、物のない時代を戦争であえて作らせて、物質欲とアメリカの思想をどんどん入れられて、戦争そのものを考える余裕もなかった。そう思うが・・・
そういう中で、『もう一度』と思う権力が死んでいなかったわけだ。
これが日本会議という組織を作らせてしまった。

その人たちの意識は、宗教と思想で塗り替えた江戸から明治の時代をもう一度やり始めていた。
それが、新興宗教であり、学校教育へ少しずつ少しずつ入り込んでいた訳だ。
その学校教育が私たちが受けた教育だ。
廊下を走らない。廊下は右側通行。悪い子、良い子を言わせる終わりの会。鼓笛隊、運動会。毎週一回の体育館の集会。国旗掲揚、国歌斉唱。当たり前にあった。
いまさら・・・と言われてもと私は思ったし、私の10歳上の50代も言っている。
ただ、この教育が、他人の目を気にして自分を自分で縛る抑制を強い、褒められたい、認められたい症候群になっていた。
だから知らずに学校の教育や地域の空気から、良い子をめざし、悪い子を排除する意識を刷り込まれていた訳だ。
私はそれでも今の思考を少しでも持つ事が出来たのは、親の育みだったのだと今思う。
差別なく、どんな人にも優しかった、純粋に生きた母の背中を見ていたからだ。ただそれを気のいい、お人好しともいうのだろう。

国家神道の動きが停まらず動いている。
それも1970年代から着々と・・・そして、その動きは日教組とか、教職員組合への弾圧に行き着き、上の言う事を聞く教師の育成がなされていた。
この圧力は広島の高校の校長の自殺問題に行きあたり、15年前の磐田市の小学校教師の自殺にも行きあたる。他にもいろいろ・・・
この問題はマスコミに大きく取り上げられず、特に磐田市の問題は知る人ぞ知る問題である。
また自殺と言う言葉が日常に乱舞すれば、この言葉で自殺と言う行為は普通の出来事のように置き換えてしまう。
しかし自殺にいたるまで、そして自殺後もその人の問題とその家族の背景、心情あらゆる幅で大きな歪みを来していることを思考する必要がある。
それが単純化して過ぎていく。
だからまただとやる過ごした問題をちゃんと問題解決していくべきだった。
自殺へ移行する問題を鬱や心の病と言う言葉で、カウンセリングや心療内科、精神科、薬で解決するこの方法が大きな間違いであると私は思う。
真面目故、物事を真っ正面から受け止め解決しようとする意識や責任をとろうとする正義感から自殺へ追いやってしまう。
でも自殺に追いやった行為、出来事、圧力、他それに伴い責任を追及されるべき人が、責任をとる事をしないで、原因を作った思想が逆に居直りニコニコ表面だけが笑ってま〜ま〜と理解者のような振りをする。
そう言う人が出世街道まっしぐら・・・
おかしい事を言えぬ社会がずっとずっとあり続け、表向きの言葉を持ってどんどん教育の中に入り込んだ国家神道だった。
それをもっと強く統制する教育改正に乗り出した安倍総理。2006年に大幅に改正し、さらに2015年にもっとごり押しした。
そのときの文部大臣は下村氏。彼も日本会議メンバーで、会議では恐ろしい言葉を吐いている。
小池氏も同じくその背景を持ち合わす。
東京都知事に小池氏がなったら、教職員組合にもっと圧力がかかるだろう。

これは教師だけではない。
子供たちにもう忍び寄っている。
自閉と多動ということで、いまや学校からスクールカウンセラーにと言われ、心療内科に勧められ、向精神薬を飲んでいる子が本当にいる。
その子たちは年々増えた。
何で増える?
さらに言う事を聞かない、やんちゃな子や自分を持つ子たちが今やピックアップされ始め、同じ経路を辿り始めている。
この話は6月の『子供が危ない』という記事にも書いている。
薬を飲んでおとなしくなって・・・教師はそれでいいと思うのか?
薬を飲んだ子供達の将来を考えた事があるのか?
その親も病気だといわれ薬を飲ませるが、その子が薬で治ると思うのか?
一生その子が自立できない事にもなるのだから・・・
その子の夢は何処にある?

この問題もアメリカ追従の問題点だ。問題ある薬を日本は制限なく流れてくる。
日本独自の医療をやればいいのに、なぜアメリカの医療を薬屋とともに日本に入れる。その医療をなぜ教育と一体化させる?
さらにその体制が国家神道を貫く、統制社会の教育の一環である事が許せない。
国家神道を推し進める人たちは破壊される子供達の事が見えていないのか!?
大人たちは言う事を聞くわが子を愛するのかもしれない。でも言う事を聞けない子は、その思考が間違いだとわかっているから言う事を聞けないのだ。
追従される喜びに鎮座する人々は、追従される事で安心感を得ている。
でももうこういうピラミッド社会は、破壊しか生まない。
今だけ金だけ自分だけの利害関係の社会はもう本当にピリオドを打たないといけない!

この本必見!f0215179_1453138.png
野田正彰著『戦争と罪責』
シールズも学者も『丸山真男』の民主主義から戦争を語っているが、本当の戦争とはどんなものか、そのもっと奥に潜む人々の思想を感じ取らなくては、戦争は言葉だけで固定され、ものであるように錯覚し頭だけの処理をしてしまう。
けれど、野田正彰氏の『戦争と罪責』には、国家神道が浸透すれば、人々の意識の中に私たちが今抱いている人への向き合い方、殺害の向き合い方、人権の問題は恐ろしく溶けていく事を伝えている。
あの頃の戦犯がどのように思考を取り戻してきたのかを理解すれば、破壊からは破壊しか生まないのだと言うことをいたほど実感する。
まず、今この本を読んでほしい。
もう私たちは政治家に託すよりも、それぞれが本当は何かを日常の生活の中でつかみ取り、一つ一つ置き換えられた認識を改め直す事である。
この医療って大丈夫?
この教育って大丈夫?
この宗教って大丈夫?
この食べ物って大丈夫?
この農業って大丈夫?
この住まいって大丈夫?・・・これってきりがないけれど。一つひとつ。


三宅洋平氏が安倍夫人と・・・そんな記事がでまわっている。
確かに、今この行動はいかんやろ・・・
でもこの三宅氏に共感したのは選挙運動でもなく、あの人が叫んだ本当の事と、あの人が示したビジョンだと私は思う。
そのビジョンをそれぞれが自分のもとに引寄せやり始めていくことで、事は動いていくと思う。
いい話をされればこの人に!と動き、事が外れれば・・・と不安定な思考が戦後の社会を作り70年後がいまである。
戦後、すべてを失った人々は、物がある便利な社会を夢見て物質社会を求めていった。
しかしその思いは、アメリカの消費社会を真似ただけだった。
もったいないと思う気持ちは消え失せて、物はいつまでも溢れんばかりにあるのだと錯覚したし、エネルギー中心の便利社会は、原発を肯定し、放射の汚染で家を失い、命をも脅かし・・・
もう正す時。一人一人。
賢くなろう・・・子供を守ろう!






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by polepole-yururin | 2016-07-21 11:58 | 私のこと | Comments(0)