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つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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安倍政権がどうして生まれた!?大事な記事・毎日新聞

私も国会議事堂前に駆けつけたい!
でも私の出来る守りがある。
頑張っている若者へエールを送りながら、もっと小さな子どもたちを守ること。
これを続ける事がいつかの未来へつながると信じている。
外にいったら、レモンバームを見つけて、匂いに敏感に反応した年中さんのT君とY君。
この草なに?
これはレモンバームって言って、蚊よけになるよって言った。
じゃあさ〜、僕たちをねらう蚊をやっつけなくっちゃ!てY君。
するとT君が蚊よけになるんだったら、葉っぱを身体にぬって、葉っぱを靴に入れて・・守らなくっちゃっと足に葉っぱをすりすり。
じゃあ僕も!ってY君もレモンバームを枝ごと握って蚊から守るんだって。
武器より自然が守ります。
力ではなく優しさで。
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SEALD’s、今日も国会議事堂前で抗議行動!
一万五千人が国会議事堂前を埋め尽くした。
学生だけでなく、その勢いに大人たちも集まった。
憲法学者から各学者、大学教師たちが、声を大きくし、抗議する。

安倍政権はNO!
戦争するな!
憲法守れ!
立憲主義を守れ!
集団的自衛権行使、閣議決定通すな!


どれを見てもおかしい!
フャシズム政権。
普通の国になる必要がどうしてある?
他者から憲法をいただいた?と未だに言ってごねている戦後レジームからの脱却を目論む人たちの暴走を止めよ!
戦争好きに机上の論だけを並べ立て、あげくに自立できない企業とアメリカの言いなりの政権。
なぜそんな幼稚な政権が今ここに存在するのか?
それは、平和を当たり前に感じ、テレビ等に持って行かれた世代が、国を動かしているから・・・
平和を脅かす政権は戦後随時あった。中曽根時代は、結構ひどい。
自民党の中でも清和会の首相が動く時、右よりの動きが目立っていた。
戦後70年間、ほとんど自民党が政権を持っていた。
その自民党の体制は、アメリカ従属的な政治が続く。その中で平和憲法はありつつも憲法解釈を変えて他に法案を作り自衛隊と言う軍隊が出来、武力も持っていた日本人。
それでもここまで戦争なしで70年やってきたのは、危うい意見を国民が声を上げて抑えていたに過ぎないと、埼玉大学名誉教授は言う。
だから国民が意志を持ち、個人個人の未来を想像し、声を上げて行く事が大事なのである。
今日、SEALD'sの若者の演説で、言った。
”政治は私たちの日常なんだ”と。
そう、政治も環境も私たちからは切っても切れない日常なのである。
日常を楽しく平和に暮らせる事が出来るのは、私たち個人の問題だけではうまくはいかない。
社会の中で生きている以上、社会のしくみを作る政治こそ、私たちの自由も、人権も、健康も、生活の安定もおおいに関係する他者の介入である。
戦争時代、自分の人生を全う出来ずに死んで行った方々がいた。
私たちは仕方なしに生まれた訳ではない。
私たちの生まれた意味も、存在意義も大事にされるか、葬られるかは、政治の有り様で決まる。
私たちの人生はこの時点で、政治と言う他者の介入があるのだ。
だからなんの縁もゆかりも無い安倍さんや自民、公明党の皆さんに自分の人生をめちゃくちゃにされたくはない!
あの人たちの存在は個人ではない。
公と言う意味をはき違え、絶対主義的な振る舞いをする安倍政権は、破壊へ動く。
だから思考する個人でいよう。
NO!と言い続けよう!
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下記毎日新聞の大事な記事添付したので、読んでいただきたい。

特集ワイド:続報真相 安倍さん、強行採決が「民主主義の王道」?

毎日新聞 2015年07月10日 東京夕刊

全国各地で起きている安保法案反対のデモ。安倍首相の胸の内は……
全国各地で起きている安保法案反対のデモ。安倍首相の胸の内は……
 「民主主義の王道を歩んでいく」。安倍晋三首相は今国会でこう強調する。しかし、自民党の衆院議員からは言論の自由を脅かす発言が飛び出し、「違憲」との反対論が根強い安全保障関連法案の成立に向け、与党は強行採決を構えていると伝えられる。これが果たして「民主主義の王道」なのか?

 ◇野党の言い分を聞くのが国会

 安保法案について「丁寧に審議を進める」と安倍首相は繰り返しているが、衆院での議論はもう終盤なのか。自民党の谷垣禎一幹事長が7日の記者会見で「審議時間も相当積み重なっているし、そろそろ出口を探る時期に来ている」と述べたのだ。つまり採決は近いと宣言したのに等しい。毎日新聞の世論調査では「説明不十分」との声が8割を超えているのだが。

 時計の針を今月3日に戻すと、衆院平和安全法制特別委員会ではこんなやり取りがあった。

 長島昭久議員(民主)

 「審議が尽くされておらず、打ち切るべきではない」

 安倍首相 「どこかの段階で決めるべき時は決めていく。これが民主主義の原則だ」

 安倍首相は事あるごとに「民主主義」を強調する。ただ、永田町で語られているのは政府・与党が強引に安保法案を成立させるシナリオ。来週にも同特別委で強行採決→衆院本会議で可決し参院に送る、というものだ。これなら「安倍首相が決めると判断した時に、決まる」だろう。でも、これでいいのだろうか。

 そんな疑問を自民党OBで民主党に移った元衆院副議長の渡部恒三さんにぶつけると、のんびりとした穏やかな声がにわかに大きくなった。「今の安倍政治は民主政治じゃない!」

 渡部さんが憤るのが、安倍首相が安保法案を批判する野党議員に対して「あなたの理解は間違っている」などと答弁したことだ。「そんなね、頭ごなしの答弁をしたら、昔だったら国会審議が止まっていますよ」。声に力を込めた後、1987年発足の竹下登内閣時に国会対策委員長を務めた時のエピソードを披露した。

 竹下内閣の最大の懸案事項は3%の消費税導入を柱とする税制改革法案。当然、野党の反発が予想されたが、竹下首相にこう諭されたという。「国会は野党の言い分を聞くためにあるのだから、野党の意見を優先して聞くように。自民党が『選挙で国民の信任を得た』と何でも思い通りやっていいならば、国会審議はいらない」

 渡部さんは野党幹部に「審議拒否だけはしないでくれ」と頼み込んだ。その行動が「談合だ」と批判されたこともあったが、ぶれなかった。なぜか。「野党も国民の代表だから真剣に向き合うのが、自民党の基本方針だったからです。それなのに安倍政権には、野党への配慮など頭にないんじゃないか」と嘆いた。

 ◇多数決はやむを得ず行う手段

 多数決は議会政治のルールだが、何か引っかかる。その疑問に答えてくれたのが、名古屋大教授の愛敬(あいきょう)浩二さん(憲法学)。「多数決はさんざん議論をし尽くした後にやむを得ず行う手段で、それ自体が民主主義の本質ではありません」

 では、本質とは何か。「私たちの社会では、異なる意見や価値観を持つ人々が暮らしています。そこで何か一つの方向に進もうとすれば、当然反対意見が出る。だからきちんと議論しなくてはならない。少なくとも、少数派が『議論は十分したので今回はその案を受け入れる』と納得することは必要です。少数意見を尊重するのは、多数派の意見が誤りである可能性があるから。そして多数派には『自分が間違っているかも』という謙虚な態度が不可欠です」

 多数派が誤った典型がナチス・ドイツ。国民の圧倒的多数の支持を得た政党が、ユダヤ人迫害などおびただしい罪を犯したのは周知の通りだ。

 では、国会での安倍首相の姿勢はどう考えるべきなのか。愛敬さんは「野党議員から米国の戦争に巻き込まれる危険性を指摘されると、安倍首相は『あり得ない』と自分の確信で否定するだけで具体的な説明をしない。また、民主党との党首討論で違憲の疑いを指摘されると、労働者派遣法改正案に反対する民主党議員が厚生労働委員長の入室を妨害したことをまず非難しました。これでは質問の答弁になっていません。異なる価値観を持つ人と議論を深めようという態度とはいえません」。

 一橋大教授の只野雅人さん(憲法学)も手厳しく批判する。民主主義の観点から特に問題視しているのが、安倍首相が、民主党の辻元清美議員に飛ばした「早く質問しろよ!」というやじだ。

 「議論を重ねることで法案の不備や新たな論点が浮かび上がってくることが期待されているのに、その重要な役割を担っている野党議員への敬意が全くありません。議論を重視せず、『多数決で決めれば問題ない』という多数派の思い上がりが感じられます」。多数決に至るまでの議会制民主主義のプロセスを損ないかねない発言というのだ。

 「自民党のおごり」も批判される。確かに、自民党は前回衆院選で半数を大きく超える議席を獲得した。しかし投票率は52・66%と戦後最低で、自民党の小選挙区の得票率は約48%。つまり、全有権者の約25%の支持しか得ていない。只野さんは「大多数の国民による支持ではなく、かつ支持者も全ての政策を白紙委任したわけではない。それなのに違憲と批判される法案を多数決で成立させることは、民意をくみ取った政治、つまり民主主義の政治とはいえません」

 やはり、強行採決はもってのほかのようだ。

 ◇美名を借りて忍びこむ「独裁」

 取材を進めると、1冊の本と出合った。タイトルはズバリ、「民主主義」。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の要請を受けた文部省(当時)が主に高校生向けに作製した教科書だ。48年に上巻、49年に下巻を発行し、53年度まで授業などで使用された。東京大教授の法哲学者、尾高朝雄(故人)が取りまとめた。

 95年に「径(こみち)書房」(東京都新宿区)が復刻させる形で出版。以降、版を重ねてきた。4月末には朝日新聞の論壇ページで紹介された。「径書房」代表の原田純さんは「年配者を中心に問い合わせが増えました。この世代は、平和憲法や民主主義がないがしろにされていると不安を抱いており、自分が習った民主主義を再確認したい、という気持ちが強いようです」と語る。

 ページをめくると、ある箇所にどきりとした。第1章で「日本は独裁政治により無謀な戦争を始め、国民が塗炭の苦しみを味わった」とした後、次のような記述があった。

 <これからの日本では、そういうことは二度と再び起らないと思うかもしれない。しかし、そう言って安心していることはできない。独裁主義は、民主化されたはずの今後の日本にも、いつ、どこから忍びこんで来るかわからないのである。独裁政治を利用しようとする者は、今度はまたやり方を変えて、もっとじょうずになるだろう。今度は、だれもが反対できない民主主義という一番美しい名まえを借りて、こうするのがみんなのためだと言って、人々をあやつろうとするだろう>

 どこか予言めいてはいないだろうか。

 思い起こしてほしい。大阪市の橋下徹市長は2011年6月、自身の政治資金パーティーでこう口にしている。「日本の政治で一番重要なのは独裁だ」と。そして強い反対にもかかわらず「大阪都構想」を実現しようとした政治手法は「独裁的だ」と批判されてきた。

 「安保法案と、橋下市長の大阪都構想には共通点があります」と切り出したのが、帝塚山学院大教授の薬師院仁志さん(社会学)。「安倍首相、橋下市長がやりたい政策であって、国民が今すぐぜひ、と望んだものではない。民意を度外視して、権力者がやりたいことを進めるのは民主主義ではありません。また野党との話し合いを重視せず、法案のデメリットも認めない。少しずつ『独裁化』が進んでいるのではないか」と語る。

 前出の「民主主義」にはこんな記述もある。<国民がみんな『目ざめた有権者』になること、そうして、政治を『自分たちの仕事』として、それをよくするために絶えず努力して行くこと、民主政治を栄えさせる道は、このほかにはない>

 政治家が民主主義の王道を歩んでいないのならば、国民が声を上げ続けるしかない。【江畑佳明】

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by polepole-yururin | 2015-07-10 22:37 | 政治(思う事) | Comments(0)