ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
プロフィールを見る
画像一覧

憲法記念日によせて

福島の花はどうかな?
f0215179_9442467.jpg

各地では憲法記念日にむけて改憲波と現憲法を守る方々の集会が相次いだ。
横浜では、大江健三郎氏を筆頭にたくさんの有識者が演説を行い、安倍政権にNO!を突きつけた。
3万の方が横浜には集まった。
東京では、右派の櫻井よしこ氏が演説をして、いまこそ、改憲を!と言い続ける。
桜井氏は女であるのに、こうも戦争ありきの声を上げれるものかと違和感しか残らず。
歴史を学ぶにあたって、捏造説等も飛び交う中、この4年右派、左派、あらゆる方の戦争、戦後の歴史を読んだ。その中には、そのときを生きた市民の声を書いた小説も何冊か読んだ。
そこに植民地化支配を食い止めたとか、無理矢理GHQに日本に憲法を・・・とあるが、戦争ありきのその意識の中に正義は勝ってこその正義であり、命の重みは大変軽い。
改憲派、特に安倍政権を支持している人たちは、歴史を知る上で、戦時中の人々の動きをなぜ無視するのか。中国、朝鮮、慰安婦の問題含め、アジアでの残虐極まりない行為を無かったと言う事にしているが、それでは、その時の政治家やその下で動く、戦争屋の存在の動きをどう考えるのだろうか。
日本ばかリを批判し、いつまでも世界へ、アメリカへお金を払っている。いつまでなんだと・・・いう人もいるが、そう言う意見を持つならば、どうして、アメリカに対して追従する安倍政権に異を唱えないのか。
本当の日本国を思うなら、戦後アメリカに負け、GHQに身を売った政治家に異を唱えるべきだ。
右派という意味さえ間違っている。
日本国を思う団体ではなく、戦争屋を支持し、あの当時のA級戦犯扱いされた人たちの氾濫ではないか。
それでもA級戦犯で捕らわれた人たちはほとんど釈放され、アメリカに追従していたではないか。
また、それについてきた笹川良一氏等もそうである。今や福島の問題や復興の問題は、笹川良一氏の団体・日本財団が多額の資金を投入し、原子力を肯定し続ける村をささえ続けている。
戦争のない世界を!と学びつつけた私たちは、戦争は当たり前にダメな行為だと認識するし、大義名分もそこには存在しない。
その大義名分を重んじられた時代は、あの第二次世界大戦で終わった。
それは大日本帝国憲法で国民は臣民であり、天皇の民であり、個人の尊重なんてなかったから、大義も親方の為にあって、位のない人にとって存在意義は、親方あっての自分なのであるから。
その時代に親方にくっ付いて動いて方々は、自分をいつまでのあのくらいに君臨し続け、民を召使いのように使い、自分帝国を築きたいのだろう。
けれど、そんな人たちとつるんで何がしあわせなのだろうか。
戦争がおこればたちまち、町は色を失い、灰色と化す。さらに原発事故が起きた福島が今どんな状態になっているか・・・自分たちの愛した町にはもう帰れない。入れないのである。
ある避難された町長の発言・・・僕たちは難民だと・・・
あのアフガン、中東の難民と同じなんだと言ったんだ。
その現状を政府は伝えず、マスコミも伝えない。
想像力の欠除がこの日本で起こっている。
アナログを捨て、デジタルに使われた日本人は感情を失い、声を失い、今何が起きているのか、これから何が起きるのかの想像さえ消えている。
いろんな錯乱させる情報が飛び交う日常は、不安を煽りながら、安心を振りまく人たちがいる。
けれど、本来持つ人間としてのモラルをもう一度整理して見れば、歴史の本当が見えてくる。
日本国憲法がいかに大事な憲法かも。
薄っぺらい無知な人たちの歴史認識は漫画そのものである。
歴史のなかには生きた人々がいた。そこが抜け落ちた歴史は間違っている。
決して戦争屋に持って行かれてはならない!

ハッピーさんのBlogに歴史家ジョン・ダワー氏の話
 


ジャーナリストたちのメルマガより添付
──────────────────────────────────────
◆現代時評《安倍首相の「素人憲法」発言》:井上脩身
──────────────────────────────────────
 今月16日に国会内で開かれた衆院憲法審査会の幹事懇談会で、現憲法の制定
過程を問題視する安倍晋三首相の姿勢が問題になった。戦争ができるように憲法
を改変しようともくろむ安倍首相。5月3日に67回目の憲法記念日を迎えるの
を前に、その「押しつけ憲法論」の誤りを指摘しておきたい。

 同懇談会で問題になったのは、2013年に安倍首相が産経新聞のインタビュ
ーに答えた発言。現憲法について「自分たちでつくったというのは幻想だ。連合
国総司令部(GHQ)の素人が8日間で作り上げた代物だ」と述べた。3月の衆
院予算委員会でもこの発言が取り上げられ、首相は「(憲法制定の際の)事実を
述べた」と語っている。首相は「素人拙速憲法論」を理由にして憲法9条を変え
る腹積もりのようだ。

 実際はどうであったか。終戦後まず動いたのは入江俊郎・内閣法制局第一部長
だ。1945年9月18日、入江は同局長官に「終戦ト憲法」と題するメモを提
出した。大日本帝国憲法(明治憲法)改正の基本点をまとめたもので、「軍ノ制
度ノ廃止ニ伴ヒ改正ヲ要セズト認メル」ものとして、統帥大権、外交大権(宣戦
布告や講和)、戒厳大権、兵役の義務などを挙げた。入江は新しい憲法では軍制
度を廃止するので、軍にかかわる規定は不要になる、と考えたのだ

 マッカーサー連合国最高司令官が国務大臣の近衛文麿に「自由主義的要素を取
り入れた憲法への改正を要する」と述べたのは10月4日である。内閣法制局部
長という法律のプロ中のプロが、マッカーサーの指示の前に軍隊なき憲法をつく
とうと考えたのである。これが大日本帝国憲法から現憲法への移行過程での第一
歩であったことは極めて重要だ。

 10月25日、政府は国務大臣、松本烝治を委員長とする憲法問題調査委員会
の設置を発表。同委員会案は天皇の統帥権総攬の原則など、明治憲法の天皇絶対
主義的性格を温存したままだったため、マッカーサーは「ポツダム宣言に合致し
ていない」と判断。総司令部で憲法改正案を作成する方針を打ち出し、46年2
月3日、ホイットニー民政局長に3点の改正項目を書いたメモを渡した

「マッカーサーノート」と呼ばれるもので、国権の発動たる戦争廃止項目では「
日本は、紛争解決のための手段としての戦争だけでなく、自己に安全を保持する
ための手段としての戦争をも放棄する。日本が陸海空軍をもつ機能は将来も与え
られることはなく、交戦権が日本に与えられることもない」と記されていた。

 総司令部の起草作業はスピィーディーに行われ、2月13日、吉田茂外相らに
マッカーサー草案が手渡された。幣原喜重郎首相が草案受諾の回答をしたのは2
1日である。(伊藤満『日本国憲法三十年』朝日新聞社)

 以上がざっとした経過だ。マッカーサー草案は25人の日本通弁護士や学者ら
によって10日足らずで作られたもので、憲法の専門家はいなかった。安倍首相
はこの点だけをとらえて「素人拙速憲法」と非難する。だが、大事なことは、マ
ッカーサー草案の作成者たちは、憲法のプロでないとしても、理想の憲法づくり
をしようと努めた点である。「素人だから平和憲法になった」のではなく「理想
に燃えていたから平和憲法になった」のである。

安倍首相の「素人憲法」発言。内閣法制局第一部長の「軍隊なき憲法メモ」を
知ってか知らずか無視し、「素人」と難癖をつけて「平和憲法」を葬り去ろうと
の魂胆は見え見えだ。戦後70年の節目の年の憲法記念日を機に、「憲法を壊す
安倍首相退陣」を訴えていかねばならない。
──────────────────────────────────────


他私のBlog 2月の記事に日本国憲法の事について記載





・・・

[PR]
by polepole-yururin | 2015-05-05 09:45 | 政治(思う事) | Comments(0)