ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


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私達を取り巻く専門職たちの実体

本当はもっとひっそり大事を温めています
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今日本社会は壊れている。
というか、実は正義が正義ではなかったという形で作られていたのだと知る。
私は、人々の暮らしや健康、様々な事はすべて人間の豊かさ、幸せのために成り立っていると思いっていた。
農業、工業、教育、医療、食、宗教様々な分野がこの世には存在する。
この分野に身を置き、専門職と言われる人たちは、特別の知識を会得し、その前後左右のこともちゃんと判断している人たちだと思っていたし、いわゆる人々の幸せのためにその職の技術は遂行されているんだと思っていた。
だから私も医療者として19歳から医療を学び、最先端医療の先で勤務し、最先端医療が毎年新しき物が入るたびに学び得た。
薬、医療器具は新しき物がいつも手術室、ICU、救急には業者や製薬会社によって持ってこられ、これの使用や手術準備等は私達看護師の役割だった。
私は医科大学で勤めていたので、手術は全科あって、その全科の難病に対しても術式が変わり、その手術に使う機械もすべて違う。そして年に何度も新しい機械が持ち込まれ、その名を覚え、その物品をすべて覚え、滅菌消毒し、その機械を組み立て、術者である、ドクターに渡していた。
薬もそう。
おぼえてもおぼえても新しい物が入って来る。
学校で習った看護の事より機械屋になっている現状だった。
その時、違和感を抱きながらも、医学の進歩を謳っていた。
私が医療について違和感を抱いたのは私がパニック障害になった頃だ。
とてつもない不安が襲い、私の知人の精神科の医師が精神科を勧めた。
私は拒否したが、パニック障害は脳の風邪だから早めに薬の服用が大事だよと説得された。
ひたすら寝た。症状が出ているのか?薬の副作用なのか解らないくらいに日常の生活が苦しかった。
そのうち太ってきた。
医師は食べているからだ、薬の副作用には太るとはないから・・・とそれだけ。
ただ私の内からわき上がった違和感が薬離脱を選択した。
パキシルは、胃部不快感もあったので、とりあえず、強い薬の方をやめた。
病気になる前に、代替医療に興味を持ち帯津先生が中心に作っていたホリスティック医学に興味をもって学んでたのが幸いし、アロマなどを取り入れて薬を減らした。
そのうちアロマや様々な療法をもっと知りたいと学んだ。
すると救世主だと思った様々な代替医療だったが、アロマは基、代替医療には健康食品等も含まれ、そこに宗教的思想も取り込まれている事に気づく。
またアロマも表向きは確かに癒しをもたらし、症状緩和をもたらす物であったが、それに加えてアロマはビジネスだという事が後ろに控えていた。
アロマだけに停まらないが、代替医療は国家試験ではないので、いろんな人が安易に遣え、それを仕事に出来るので、いろんな協会、団体が出来、それをツールにして開業出来るシステムを作る人がいて、その人が企業化し、成り立っているわけである。
すると安心を謳い文句に広告したい企業側は、医療者をターゲットにして使う。
癒しを求める患者やお客は、それを治癒に、もしくは症状緩和のためにそれを使う。
そして免許時代とテレビ、ラジオ、雑誌で宣伝し、正社員になれない自分探しをはじめた人たちは、自分を高めるために免許を取る。
自分の足らぬ所を補うように鎧を着ていくのである。
そこで潤うのは、それをビジネスにした企業である。お客は、免許を取る人々と、その商品を扱う免許を取った人々と、商品を買う人々である。
これはそこら中にある健康食品も昔となりのおばちゃんがやっていたニッセイのおばちゃんや明治のおばちゃんと同じ。
すべてお金が絡み、そこに人々の不安が結びつく。
お〜怖い怖いと一般企業を怖がっていたら・・・
原発事故が起きた。当然の事ながら、原爆投下されていた日本はその学びを福島に反映されるだろうと思ていた。
すると山下医師が「大丈夫」と言って、放射能の危険性封じ込めた。
当然の事ながら国民はおかしいと医師に歯向かい、福島の人々は抗議行動を起こし、物事の修正がなされると思っていた。
なのに・・・特に自民党になってから、嘘も方便という気風がまかり通り、首相の「コントロールされている」という言葉だけで、放射能汚染は止まったと国民が受け入れた。
安倍政権を二年近く見てきて思う事は、政治家は本当を言わないのだと言う事をいたいほど知った。
正しい現実、事実、真実以上に政治家や御用学者からの口から出た言葉が現実を作って行くのだと知った。
といってもこの事を私は納得している訳ではない。
おかしい、誠に如何せん!
ただこうも世の中は腐りきっていて、経済成長してきたちゃんとした日本だと様々な所で聞いてきた事はすべて宣伝された言葉に過ぎなかったんだとこんなに遅く知ったのである。
遅すぎる知であった。
そうすると、医療不信がわき上がり、医療の成り立ちまで知り始めた。するとホリスティック医学の時に学んだところに行き着いた。
あ・・・
あの戦争時代、軍医は何を行ったか?
そして今アメリカが時折叩く生物科学兵器は、誰が作っているのか・・・かつて日本も作っていた・・・731部隊。
そして戦後、戦犯は生き残り、今も日本の中枢にいて日本の舵取りをしていた。
さて、アメリカという国がどのようにして強国を保っていたかというと、戦争を何処かで起こさせ、そこに仲介に軍事介入し、破壊と復興に関与し、その国の権力を動かす図式を作り出す事で成り立っていた。
戦後の日本は、GHQの介入のもと、食、農業、工業、医療、教育が変わった。
食糧自給率がここまで日本が低いのは、戦後の自民党の政策により、減反政策や、給食に欧米の物を取り入れ、輸入に頼る政策を行われていたからだ。
戦争ですべてを失った貧しき日本人は、親方日の丸で統制されたアリのような右に倣え人間なので、司令塔がいないと動かない。しかし司令塔ができれば、また働きアリのように疑いもせず働き続ける。
それが占領国に任命された政党と国民の姿である。それが原発事故を起こしてしまったのに、いまだに変わらぬ生活を続け、火山噴火の危険性もプラスされた、大事な自然遺産・屋久島がある鹿児島県はさらに原発を稼働することを受け入れている。
原子力規制委員一人一人に聞きたい!
あなたは原発近くでずっと住めますか?帰還解除された福島にみんな住んで、見本を見せてください!と
御用学者は良心の呵責はないのか?
それでも働きアリは、怒りもせず、仕方ないという。
さらには自分の個人の不安を各専門職のところに行って解消するためにお金を払って安心を買う。
物事はうまく出来ていた。
余談だが、人の命を守る、助けるためといって働いてきた看護師は、いつの間にかパソコンもって点滴管理と検査データー管理のみ。
お話ししてくれたり、ケアーをしてくれる時間は看護師の仕事から、看護助手の仕事になってしまった。
病院の患者が減らないのは、検診を作り、病気をピックアップし、その病気の基準さえ、年々大きくなっている。予防医学という言葉をうまく使った輩が病気を生んだ。
薬は石油から作られた合成物。その薬の副作用さえ、表に出ないで使われる現状。
ちなみにパキシルを使用していた時期、副作用に太るという文字はなかった。しかしあれから10年、いまや体重増加は副作用に載っている。
医師は、その見込みすら解らず、厚生省が許可した薬は使えるのであるから・・・
ワクチン、新薬、様々な事が簡単にスルーする。それが今の日本の医療だと知る。
これはみんながもう知っている事だが、母子手帖は、戦後に作られた制度で、その母子手帖は明治、森永などのミルク会社がつくっていた。他国にはこんな制度などないし、ワクチンも打たない。
専門職がそれをしていたら誰も従うに決まっている。
確かに息子を生んだ産婦人科は明治の企業が出入りし、明治ミルクを作る講習をその病院でやったので、何も知らないママは、子どものために教えてくれる病院機関の人々の言う事を聞き、メリーズを使い、明治を使うもの。
私はたまたま自然育児で育てたいと何でか思って、出ない母乳だったが、せっせと息子に吸わせ、退院後は母乳と布おむつである程度は育てたが・・・
というか、ゴミとして捨てる紙おむつの多さにこれを日本中の赤ちゃんが使うとなればゴミやジェルの科学薬品等からのダイオキシン問題や赤ちゃんの影響等考えてしまって、日本の昔の子育てを振り返ったのだった。
持っていかれる一般国民が悪いのか、騙す企業が悪いのか、その企業と手を結ぶ政治家、官僚が悪いのか、その指令を行政から請け負った専門職が悪いのか・・・
被害者は誰なんだ?
被害者は当然のごとく思考する事すら出来ない育てられている小さな子ども。
金がすべて、安定した暮らしが出来る大人になる事が大事・・・そして役場や学校、お医者様・・・偉い人が言う事が正しいんだと教えられた子どもが次世代の大人になって行く。
これが日本という構造。
もう目を覚ませよ!
今思う事は、有名に容易くなった人々や、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌に取り上げられた人が正しいと言えない時代が今である。
特に戦争を仕向け、TPPを通そうとする人々、大手企業側にいる人はおかしいぞと。
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by polepole-yururin | 2014-11-07 12:11 | 思うこと | Comments(0)