ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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風立ちぬから

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この間、ブログに表現について書いた。
私は思いつくままに文章を打つ。文章構成はしない。
で、思いつくままに「トトロ」と「風立ちぬ」と書いていた。
だからそのままその話題から表現について書き続けた。
そして書き終えブログを読んでみて、あ・・・そうか・・・宮崎駿氏の「風立ちぬ」を観に行こうと思ったのだった。
なんかへんてこに思えるだろうが、私は書くと思うは同時に存在しない。
書くときは、意識に文書はない。
書いてみて、書いたものを読んでみて、そうか・・・といつの間にかブログの読み手になって自分の書いたブログを初めて読んでいるといったかんじである。
だから読み手の時は自分のブログというより他人のブログを読んでいるようなのである。
ま、そんなことは余談だけれど、次の日「風立ちぬ」を観に行った。
7月20日ごろ、朝日新聞に、「風立ちぬ」について韓国や中国が異を表して右傾化したのか?と宮崎駿を非難していた。
そして宮崎駿は、そんなつもりはない。もっと純粋にものつくりの美しさを表現したかったといっていた。
宮崎氏は、子供の時戦闘機や戦艦にあこがれていたそうだ。
子供が飛行機にあこがれを持つ…当たり前のように。
でも大学時代大学のゼミの先生に戦艦は武器であり、人を殺すものであり、そういう単純なものの考えではいけないと諭された。
そこから宮崎氏は、さまざまな作品を生み出すがやはり戦艦は好きで戦闘機も好きなのだといっている。
だから今回その美しさについて書いたのだという。
ある小説家も「風立ちぬ」を観た感想を朝日新聞に載せていた。
「風景が美しい、素晴らしかった」と言っていた。
批判はなかった。
だから、ちょっと期待して「風立ちぬ」を観にいった。
答えは、私の前ブログに記載した通りだった。
今宮崎氏には、「トトロ」はいなかった。
戦艦と戦闘機への憧れがそこにあった。そして世の中がどんな状況になろうとも大きな夢を持ち続けた主人公と自分を重ね合わせているようにも見えた。
単純に美しいとか泣けるとかそんな感覚は全然でなかった。
私は、なんで今「風立ちぬ」なのかと思った。
それはこの映画のコマーシャルが流れるようになってから感じていた。
「生きねば」というキャッチコピーが付け加えていたが、ゼロ戦に乗せた命の重みを感じてゼロ戦の設計者が苦悩を持ちながら自分の立場を思案しながら生き抜いた作品なのだとしたら、まだ今「風立ちぬ」を発表する意味はあると期待していた。
が・・・・
そんな主人公の苦悩は見えなかった。
関東大震災も、戦争も結核も淡々と・・・あくまでも淡々とそこにあっただけだった。
私が引っ掛かったのは、スポンサーが三菱で協賛が読売新聞だったこと・・・
ゼロ戦は、三菱重工が作り出した商品だから当たり前なのだけれど・・・
原発がこの日本に54基もあること、第五福竜丸の被爆後にキャンペーンをはって原発を推し進めていったその背景に存在する人物と企業。
軍事産業が経済発展に密接に関与する構造。
お金がうごめき、そこに存在するもの。そしてそれを後押しする様々なこと。
芸術は、ある思惑で利用されるのである。いとも簡単に・・・
子供に飛行機ショーを見せる自衛隊。高揚する若い親と子供たち。
夢を追い求めて、憧れを追い求めて…追い求めた先が戦争だった。
シリアの問題も、しかり。
夢は純粋であるように錯覚するが、その夢が今は爆弾を抱えていても、戦争が終われば乗客を乗せる素晴らしき夢の実現となろう・・・・
そんな交換があっての夢は夢ではない!
戦争は終わるというがその終わる前に命を奪われる人の気持ちになれば、その夢は悪魔でしかない!
すり替えはもうたくさんだ。
きなくさい大人たちが、子供を取り込み思想の中に入るこむ。
ピノキオのお話。子供たちが悪しき者に「面白いところにつれていってあげるよ」っといってキャンディーやおもちゃをあてがわされて見世物小屋につれていかされるシーンを思い出す。
今の大人たちは、自分の子供をピノキオのように悪魔に子供を売っているのだ…そんなふうに感じる。
そんなことを思って昨日若者に「風立ちぬ」について話していた。
朝、宮崎駿引退!の記事。
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宮崎氏は、今どの立ち位置にいるのだろう。
表現者として、子供に夢を伝えていた代表者として・・・・
表現はたとえ小さくとも社会的行為であるとある人が言ったことを思い出す。
名が売れ、大きくなるにつれて、影響力は比例する。
たとえ引退しようとも作品が与えた影響は大きい。
「風立ちぬ」を表現し、そして引退。
宮崎氏のこれが社会的行為なのかな・・・
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Commented at 2013-09-02 10:29
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kinnnikumans at 2013-09-02 10:36
戦闘機への憧れ。
あの時代に生きてこそ、その感情が強かったのではないかと
想像します。自分の与えられた環境で、他に夢のあるものを
見つけ出せなかった時代だったのではないかと。
今ほど派手な建物もなく、見える風景もちがっていた。
その物体に、人間の技術に感動したのではないかと。
単体にです。人を殺す道具だからではなく。
その時の感動は計り知れなかったんだろうなぁと
想像します。
私は宮崎さんの熱心なファンでもないし、
戦争も嫌だ、汚い人間も大嫌いです。
でもそれは歴史を振り返ってわかった事で
後になって言えることですよね。
Commented by kinnnikumans at 2013-09-02 10:39
そこがとても難しいなぁと思います。
当時の人、当時の気持ちを正直に描いたのではないかと。
どれだけの国民が苦しくても 平和を願っても
絶対しなければいけない環境だった。
今同じような事が繰り返されようとしている、
この時に画面を通じで貴方だったらどうするか?
そう問われているのかもしれません。
幅広い、多くの人に
物事を考える「きっかけ」を与えてくれているのでは
ないかと、想像します。
なんせ無関心な人が多いから。
だから、色んな意見があって当然ですよね。はい(^^)
Commented by polepole-yururin at 2013-09-03 10:52
鍵様、作品を観て最後にスポンサーを観てあ・・・と思ったのです。
作品に大変期待していました。私は今までの宮崎氏の作品が大好きだったから。単純に観ても深く読み取っても宮崎氏の作品は好きでした。だから作品の批評をうんざりだと思っていましたから、この目で見に行こうと思ってワクワクしてみました。ただ、す〜っと過ぎていく作品描写で、震災、戦争、零戦の設計、彼女の結核・・すべて流れの中にありました。私は戦争が知らないまでも震災、結核などなど近いところで経験してましたから、もうすこし人の感情が蠢かないのかと思いました。今までもののけ姫やナウシカやハウルもそこにいる人の感情をちゃんと描写しいていたから・・・。好きだったから、宮崎駿をよく評価していたから、本当にこの作品が宮崎駿の作品だったのか・・・と思ったのでした。
Commented by polepole-yururin at 2013-09-03 11:19
キャラ弁さんこんにちは。
確かに飛行機とは、今の出来上がった時代からすれば夢であり、未知の可能性だと思います。科学の進歩を夢見た時代からすれば。放射能を発見したキュリー夫人も然り。科学者はあくまでも純粋に可能性を見つめ、純粋に夢を追い求めていたのでしょう。だから悪いのはこれを利用する奴らです。原爆、原発平和利用として利用した奴らです。科学者に落ち度はありません。あくまで純粋だと思います。
ただ。科学者は、私たち同様の立場ではないのではないかと・・・つまり私たちより予想される夢の真逆の起こりうる事も想像していると思います。その想像を見えなくするのは、科学者や作り手の名誉?お金?様々な自分の制作を助けてくださるスポンサーや支援者の存在です。単純に自分だけが存在し夢をかなえるために邁進すればいいのですが、大きな夢は個だけでは実現が難しいようです。キュリーもアインシュタインも晩年後悔しています。
Commented by polepole-yururin at 2013-09-03 11:21
イタリアのフャシズム、ドイツのナチズム、政治は表現、芸術さえも利用しました。人の心をどこかにもっていこうと統制する時、権力はシンボリックな物に意識を持たせます。まずはぼかし、そしてなんかいいかも・・って思えて、そして統制。有名な音楽家、画家、演劇様々な表現者が取り込まれていきました。なんかそういう感じな事をどこかで感じているのかもしれません。
影響力のある人ほど、その人の表現はたとえ小さくとも影響を与えます。だからよけいに今回はブログのように私は反応したのだと思います。
表現の自由だし、私たちもそれぞれ思いは同じではありませんから、いろんな人がいていい。そうかもしれません。
ただ今の原発問題も憲法改正問題も政治の中だけにあるのではなく、日常の生活の中にある事なのだと思います。「風立ちぬ」観てきてください。引退作品になったようだから、最後のメッセージかもしれません。キャラ弁さんありがとう。
Commented by sidediscussion at 2013-09-03 22:41
息子が「風立ちぬ」にがっかりしたと一言。それ以上話す機会はなかったけれど、そういうことだったのですね。
私も見て来ます。 読売新聞!!ぎょっとしました。
Commented by polepole-yururin at 2013-09-04 21:44
sidediscussionさま、私は残念に思いました。
震災も復興も戦争も___街が簡単に焼け野原になり、復興もしらぬまに復興し、零戦にのった人もいない、零戦もぼろぼろ・・・でもそこで流れた音楽が、高揚する明るい音楽でした。・・・・
夢と現実の交差する映画。でもそこに人の死が確かにあったんです。そのぼかしがなんとも後味悪かったのです。
Commented by kinnnikumans at 2013-09-04 23:16
ゆるりんさんこんばんは!
ご丁寧なお返事ありがとうございました。
最初が何故か鍵コメになってすいませんでした。
ゆるりんさん、私自分のブログにも正直な感想を書きましたが
素直にこの映画はいい映画だったなぁと思いました。
背景には震災や戦争がもちろんあるのですが、
これはその事について何かを訴える
映画ではないと、それは感じました。
だからそうだと思って観ていたら、違和感があるのかもしれないと。

自分も観に行く前とはまたぜんぜん違ったのですが
夢を追い続ける主人公とかそういう話でもなく
これは人として、どう生きていくかという部分が
とても素直に描かれていると感じました。

で、その延長に・・・全てがつながっていくんだと
感じました。やっぱりそこだと。
そこがぶれるから、ずるい事をする人が出てくるから
何かが狂ってくるんだと。
Commented by kinnnikumans at 2013-09-04 23:22
だからこれは過去を取り戻せない大人が観るより
今から未来がある子ども達が観た方がいいかもしれない
そう感じたくらいです。
ゆるりんさんが以前おっしゃったような、
勉強や競争に追われてぐったりする子ども達、
勉強も何かなりたいものが先にあって、
そのためには勉強が必要だから、
俺はするんだ。それでいいと思うのです。
流れに合わせて、ついていけない子までが
無理に苦しんでまでやる必要はないんじゃないかと
私も思います。
この映画は、戦争とはこういうものだったとか
結核の人がどういう状況だったか、
そういう事を伝える映画ではないのだと。
それ以外の部分にも通じるもの・・・
上手く表現できないのですが、
ゆるりんさんがおっしゃる事をずっとたどっていった・・・
人としての生き方 
そこをクローズアップしているのではないかと。
そういう人達ばかりであれば、
こんな悲しい残念な今の日本のような状況にはならないと。
それを私は余計に強く感じました。
と、それは映画の感想ですが、
私はゆるりんさんのおっしゃる事、その通りだと
いつも思っています。はい!
Commented by polepole-yururin at 2013-09-05 11:31
キャラさんありがとう
by polepole-yururin | 2013-09-02 08:20 | 思うこと | Comments(11)