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ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin

カメパオと子供達の笑顔 ( 被災地 レポート4)

色水実験・・・色水博士がやってきた!
さて・・・何色になるかな?絵の具とあまり馴染みのない子供達へ、色の混ざる様子を面白く見せるアゴラの渋垂先生。
子供達は、目を丸くしたり、絵の具が水に溶ける様子、混ざり合う様子、先生のやさしいお話に夢中♪
わ~わ~♪と子供達は博士の話に食い入る♪
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出来上がったレインボーの水のタワーに子供達は集まって、見入る。
保母さんたちも、子供達の楽しそうな表情に、感心してました。
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5月に作ったカメパオは、入所式で、場所がなくなり、上下を分解。
下の部分だけになったカメパオは、年中さんの子供達に遊ばれて、崩れたり、敗れたり・・・
でもその崩れ具合を補修したりしながらも、子供達はこのダンボールをカメパオと呼んで、楽しく遊ぶ。
こそこそっとカメパオの空間に身体を寄せて、安心して本を読む子、ままごと遊びをする子、大事な人形といっしょに眠る子・・・みんながみんなカメパオのダンボールの中に納まっている光景は不思議♪
可愛い子供達です。
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27日、28日は女川第四保育所で、アゴラの渋垂先生が色水実験をしたり、子供達がカメパオと遊んでいる様子を見に行くことにした。
先生は、のっぽさんのように、ワクワクさんのように、上手に子供達の心をつかんで行く。
色水博士と名乗り、年長さんの子供達に、えのぐの不思議を見せていく。
えのぐと水が混ざり合う時に、ふわ~と煙が立つように水の中をえのぐが動き回る様子を、子供達に見せる。
子供達は「わ~煙!」「「わ~!わ~!」とはしゃぐ。
単に水に絵の具が混ざるだけのこと・・・でもその様子をじっくり観察すると・・・えのぐって不思議♪
赤と青、青と黄色、赤と白、赤と黄色・・・色のマジックの始まり♪
いろんなジュースが出来上がった。
終いには、七色のジュースのタワーが出来上がった。
子供達は拍手喝采!子供達だけの拍手。
子供の好奇心が動いた瞬間だった。
子供達は、先生を囲んだ♪
保母さんが、「子供達はこんなに楽しそうな表情を見せるんですね~。」と渋垂先生と子供達の話をした。
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カメパオは、分解され、年中さんのクラスで使われていた。
遊ぶといったら・・・カメパオの中で遊ぶ事のようになっているみたいに、ほとんどの子が、ダンボールのカメパオの中に収まって遊ぶ。
不思議な光景だ。
子供達はまるで猫ちゃんのように、身体にほどほどに触れるダンボールの感触に安心感を見出しているように、落ち着いている♪
自分のスペースを持ち、自分の大事なものを持って遊ぶ。
カメパオは阪神淡路大震災の時に、渋垂先生が子供達のための居場所つくりのためのものとして、京都芸大の中原浩大氏、黄瀬剛氏とで構想し出来上がったもので、その後10年間Agoraこども美術工場で子供達に遊ばれた。
それが、今回被災地で使われた。
そして本当にちゃんと子供達の居場所つくりとなっているように感じた。
そのカメパオの主旨を理解して、うまく活用してくれた方は、М先生だ。
М先生は、今回の震災で新築の家を流されてしまった・・・
でもМ先生は、元気いっぱいに振舞われていて、そんなたいへんなことがあったなんて表に決して見せない人だ。カメパオと子供達の笑顔 ( 被災地 レポート4)_f0215179_22273984.jpg
カメパオが5月の時に完成したとき、ドームに入って「これほしい♪」と喜んだ先生。
そして次の日には、運営補助を任されていた避難所で、物資が運ばれてきた段ボール箱を集めて、他の先生といっしょに、避難所の子供達へ小さなカメパオを作った。
避難所の子供達は、この不思議なカメパオの中に入って、笑顔いっぱいにして遊んだ。
その先生は、今、年中のこのクラスで、ちゃんとカメパオを活用してくださっていた。
ありがとう~♪
そして我々もこのカメパオの近くで、子供達と遊んだ♪
本を読んだり、お話したり~
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そして我々は、保育所で給食をいただいた。
一日目はカレー・・・二日目は、冷やし麺をいただいた。
おいしいおいしい給食で、女川に来て、本当にご馳走になってばかりで、恐縮してしまう・・・本当にご馳走様でした。
二日目は、子供達と給食をいっしょにいただいた。
子供達は、いっぱいいっぱい話をしてくれた。
「僕のおうちは流されたんだよ・・・車も流されたんだよ・・・だから車買ったんだよ。」と
「そうか・・・車買ったんだ・・・すごいね」と話したら・・・
「貧乏だよ~僕んちもう貧乏だから、小さい車しか買えないんだよ」と淡々と・・元気よく話をしてくれた。
すると隣の子も「僕も貧乏だよ~なにもないよ。」と、声を張り上げた。
「そうか・・そうか・・・」としかいえなくて・・・子供達の話をふんふんと相槌をうつだけだったが・・・
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女川の保育所は6月12日に開所式が行われた。
女川町には4つの保育所があるのだが、この震災で、2つの保育所が流されてしまい、残ったのがこの第4保育所と今避難所になっている第1保育所だ。
再開となったのはこの第四保育所だけで、今回の入所希望者は100人を越えたが、今入所受け入れできた子は80名で、本来の定員を超えていえるが、入所できない子供達がまだ数十名いる。
入所できない子たちには、出前保育で、他の保母さんたちが対応しているのが現状である。
被災を免れた子供さんもいれば、避難所から通ってくる子供さんもいる。
第一保育所にいる、この間会ったМちゃんは、この第四保育所に通っていて、この前はまだまだ甘えたさんのМちゃんかと思ったら、今はちゃんとお姉ちゃんになっていて顔見知り(我々は4月5月とМちゃんと避難所で遊んだ)の渋垂先生に、思いやりの言葉をかけていた。
Мちゃんのお母さんに、話をした・・・まだМちゃん家族は仮設住宅は当たっていない・・・
「今は、まだ再開できない瓦礫だらけの会社の片付けに行き始めている。洗濯は今、車で仕事へ行く時に、体育館の避難所に行って洗濯をしている。旦那様の会社もめどが立たない・・・給料はまだ・・・」
そんな状況を持ちながら、皆前へ前へ歩み始めている。
by polepole-yururin | 2011-07-06 20:43 | 震災