人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin

熊野古道

熊野古道_f0215179_14335140.jpg

熊野古道の「馬越峠」を歩いた。
石畳がきれいだと人気スポットになっている。
熊野古道は、2004年に文化遺産として世界遺産に登録された。
このことは、良くテレビで放映されていたので、知っていた。
世界遺産に落書きが!なんていわれていたものだから・・・
今回実際に、熊野古道に行くことになり、ちょこっと調べてみることにした。
熊野古道は熊野三山(熊野本宮大社、熊野速宮大社、熊野那智大社)へ通ずる参詣道のことを言う。
又この道は5つに分かれていて、紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路という。熊野古道_f0215179_14345483.jpg
今回は、お伊勢さんを参拝したので、伊勢路を選択しその中の馬越峠を歩いた。
馬越峠周辺は、日本でも有数の多雨地域で、昔は良く土砂災害があり、山道もたやすく土が流されてしまっていたようだ。
そこで、地の人がこの山の石を敷き詰めて、土流れを防いだという。
たぶん江戸時代頃のことだそうで、今もその石畳を歩くことが出来るのだ。
この石畳は、上り口から降り口までずっと続いている!
すばらしい♪
が、この石畳、案外歩きにくい。
石にはコケが生えているので、良くすべるわけで、何度となくしりもちをついた私である。
案外地下足袋が良いかもしれない♪
馬越峠は頂上まで1時間30分だが、山道で・・・石畳で・・・すべるので・・・そこそこ疲れた。
昔の人は、ほんとすごいな~とありきたりな言葉だが、その一言に尽きる!
参拝するのにどれくらいの時間を要し、どんな思いでここに来たのだろうと想像する。
熊野古道の歴史は、平安時代からで、中辺路が主だった。
907年に宇多法皇が、京都から熊野までこられたのが始まりで、白川上皇は9回もこの地を訪れていたという。
今回の伊勢路は江戸時代からで、たぶん庶民の参詣道だったのだろう。
このことは、お蔭参りが流行したことと関連付けられよう♪熊野古道_f0215179_14353075.jpg
「道」が世界遺産になったのは、この熊野古道とスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の2つだそうだ。
このスペインの巡礼路もたいへん険しい巡礼路だと以前テレビで見たが・・・
スペインの巡礼路はキリスト教の聖地を目指すが、この熊野古道は、一応熊野三山を通過するが、何処何処に行くのではなく、この山道をあるこことが、崇拝することにつながるのだろうと思う。
熊野は、山がたいへん険しくきりだっている。
そこに八百万の神を崇拝する日本人は、ここに自然の神が宿っているとし、修行をした・・これが山伏たちで・・。
このような山岳信仰も含め、熊野古道は自然を愛する、自然をめでる、自然を神とする日本人の奥底に眠る魂を形にしたものだったのかも・・・と。
そういうと、ヒノキの上には、天狗がいそうな気配いっぱい♪
途中にも河童岩という大きな河童みたいな岩がで~んとあったし・・・
ここは、今私たちが住んでいる町よりも、もっと形を現して神さんが存在しているように感じたわけで・・・。
去年は屋久島に行ったが、その屋久島に近い雰囲気がある土地だと思う♪
そうそう、馬越峠には、幕末の俳人の碑があった。
「あ、この人滋賀県出身やん♪すごい!」と息子。
我々も滋賀出身で、この偶然にちょっぴり喜んだ。
単純な家族なのである~。
by polepole-yururin | 2010-08-12 14:35 |