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金環日食

今日は、金環日食の日だった。
早々に太陽観察オペラグラスを買って朝六時半から待機する。
主人と下の息子が陰り始めた太陽を観察する。
あまり関心のなかった私だったが、だんだんと暗くなっていく様子に異様な感覚を覚えた。
我が家の庭も少しずつ暗くなってきた。植物たちはどんな気持ちなんだろう?

思わず太陽を仰いだ。
今、金環日食の情報が飛び交う中で、みんなそれは当たり前の事だと知っているから、見たいという好奇心が先に立つ。
でも昔の人は、怖かったに違いない。
太陽が欠けて、明るかった日中が闇に包まれるなんて〜。
確かに温度も下がった。
動物たちはソワソワし始めた。
卑弥呼の時代、金環日食があった。
その光景を世の終わりとし、人々はその状況に恐れをなし、騒ぎだした。
そして卑弥呼は呪術的な呪いを施し始める。
人々は、太陽に祈り、卑弥呼に祈った。
その後太陽はもとに戻り始める。
暗闇の中から太陽を呼び戻したすばらしき卑弥呼様!となったのだろう。
自然現象は、人に恐怖を与える。しかしその真逆に喜びも与える。その感覚を卑弥呼は呪術にうまく取り入れたのだろう。
人の心をつかむ事は、恐怖と奇跡のバランス。
神格化するための何か・・・
古代ローマ帝国、キリスト、お釈迦様、アッラー、モーゼ・・・人の心を統制するために歴史ではそのような事が起きていたのだろう。

7時30分、金環日食完了。(テレビではちょっと遅かった)

確かにこの状況は何とも言えぬ感動と恐怖を得た。
神秘である。
神秘とは、神様の秘め事。
秘め事って我々の中にワクワク感を与えてくれる。
なんかくすぐったいような、おなかの中がぐぐぐ〜ってくるような・・そしてウォーって叫びたいような感覚・・・ワクワク感♩
神様は、自然の中にそんなたくさんの秘め事を我々に与えてくれたのだろう。
私は、神格化された人ではなく、自然の神秘にゆだねて生きていきたい。
そしてだんだん陰りがなくなり、光が射してきた。
太陽の日の光を浴びて、つるバラニュードーンが輝きを増した。

ピンクの月見草も♩

アーチのつるバラ、アンジェラもバフビューティーも♩


セージも♩

クレマチスも♩

我が家の庭も安心したように静けさを取り戻した。
そんな気がした。


# by polepole-yururin | 2012-05-21 20:21 | 宇宙 | Trackback | Comments(4)

我が家の庭 5月 2012 と主婦の話

昨日は雨の中、友人が本を返しにきた。
最近その友人に時折我が家の本をお貸しする。(昔からよく知り合いに様々な本を貸し出している)
そんな彼女と昨日は原発の話をした。
彼女も今のマスコミ、テレビの情報に不信を感じ、インターネットでの情報を探していると言っていた。
女川はもう行かないのか?女川までどれくらいかかるのか?実は福島へ入ろうかと思うと・・・
この間は原発のデモに行ってきたという。
浜岡原発近隣に住む友人に原発についてどう思う?と聞いたらしい。
すると、「興味ない」と返ってきたという。
。。。。悲しかった。誰とも原発、社会情勢の話ができないと友人は言う。
そう、私たち主婦間の話は、社会がどうのこうのという話にはならない。
子供の受験、塾、ファッション、ダイエット、どこどこがおいしい・・・社会の事と言えばワイドショーの話か・・・。
「なんでだろう?・・・日本はどうなるのか?・・・・内部被曝の事もそう。私は息子たちにも家族で原発の事を話している。」と友人は言った。
確かに今日本は本当に過渡期にいるのに、大事な事を決断しないと行けない時なのに、無関心である。
幸せぼけというが、幸せなのかどうか・・・それよりも右にならえの軍隊式な風潮が残る日本であるから・・・疑わない、事なかれ主義の日本人が戦後民主化をいいながらも民主化もどきであったり、自由といいながら、自由の本質を間違え、何でもありというニアンスに置き換えてしまった。
正義の意味も返られた。
たまたま昨夜息子が録画しておいたドラマ「リーガルハイ」(堺雅人主演)を見た。
弁護士が正当でない事件を、言葉巧みに操り、勝利を勝ち取る。
面白いようで、正しきものが泣き寝入り・・・
こんなもんドラマやし・・と言ってしまえばそれだけだけど、こういう事は現実社会でも嫌というほどある訳で・・・この世に悪はなくならないと境正人は言ったが、本当にそうか。
悪を容認する大人が多すぎる、すり替える大人が多すぎる。利己主義な大人が多すぎる。
今日来た友人のような同世代に会う事は少ない。
たとえ会っても、宗教、ビジネス・・そういう背景を持って絡み合う人間関係。
個人で自ら動き出しモラルを意識するこの友人を突き動かすのは、友人の中にある正義なのかもしれない。
原発推進と反対。そのあいだにどうでもいいよという民衆がいる。賛成していないから・・・多分原発はなくなるでしょう・・・私たちは動かなくとも世論はそうだし・・・
でも世の中、どうでもいいという中途半端な意見は、容認しているのと同じに見なされ、力のある方向の票となる。
友人はもっと知りたいと言った。
そして帰りにこの間ブログであげている本を何冊か貸した。
今子育て世代が、動き出した。意識ある人から少しずつ・・・
昨日はそんな日でした。

そして今日は晴天。我が家の庭は今バラの季節。
様々なバラが咲きほこり、バラの香りで充満している。
ピンクのバラはメアリーローズ。とげの少ないイングリッシュローズは扱いやすく、美しい。
黄色いバラは、グラハム・トーマス。ほんとうにかわいいバラ。




赤いバラは去年は全然咲かなかったつるバラのアンクルウォーター。
その横の赤とオレンジのバラはアンネのバラ。色がオレンジから赤みがかって変化していく。
丈夫で、かわいいバラである。平和を願って作られたバラだけに強健である。

















クリーム色がかったバラはイングリッシュローズの代わり種のウィンチェスターキャシードラル。
あまり大きくならないけれど、毎年咲いてくれる。





その下の紫のバラはカーディナルドゥリシュリュー。日陰でも咲いてくれる。このバラは一季咲き。


玄関先の日陰にあたる場所には、白いつるバラのソンブレイユ。
とげの鋭さには滅入るけれど、こんな日陰でもたくさん花芽をつけて咲き誇り、香りも満点のソンブレイユはおりこうさん。
















我が家の北にはコーネリアが満開。
今年は本当に大きくなり、たくさんたくさん花を咲かせました。
今年は虫もあまりつかないので、うれしい♩


この庭を見に来てください♩
そしてお茶でもしましょう!
そしてこどもたちの未来を語りましょう♩
我が家の小さな図書館・・・いつでも本貸し出しします〜





# by polepole-yururin | 2012-05-16 09:38 | 花のこと | Trackback | Comments(10)

母の日に、息子からのプレゼント♩


今日は母の日だ。
毎年、我が家では母の日の企画で、近所の子にアロマの石けん作りをしてもらっていたが、今年は、息子の中間テストと重なり、今まで来てもらっていた子たちも中学生になったもので、連絡しづらくなってしまった。
去年は、医大の小児科の子どもたちにその企画を持ていってあの子たちにも石けん作りをしてもらったな〜。(2011年4月「母の日に向けて〜」・5月のブログ「母の日のプレゼント」参照)
そのボランティアも意味があるのかどうかと思案して・・・。
一時しのぎのイベント企画では、意味がないわけだから・・・。
病院側もボランティアとの連携ができていると言えば難しく、ボランティアはボランティアで、病院業務は病院業務な訳だから・・・。
今年は自分事で忙しく、なかなか遠方移動できなく、少々いらだち・・・
そんな感じで朝起きてみると、私の鞄の中に白い紙袋が入っていた。
何だ?とあけてみると、上の息子からの母の日のプレゼントだった。
ハンドクリームと手紙だった。
京都に修学旅行へ行った時に買ってきたようだ。
「直接言葉を恥ずかしくて言えないけれど、いつも感謝しています」と。
小さなハンドクリームだったけれど、うれしいプレゼントだった。
そんな事はよそでは当たり前の事なのかもしれないけれど、我が家は、息子二人ということもありか、息子たちにとって私は当たり前の存在で、感謝される事、プレゼントをもらう事なんてなかった。
修学旅行の買い物の時、宝くじショップがあった。
ここは1億円が出ました。とあった。
息子が、「もし一億円あたったら、お母さんならどうする?」って聞いた。
「まず、カメの翼に寄付する。被災地出会った方々に直接もていって何かいい方法で使ってもらえるようにするかな?・・・ま、いらない」と。
「そういうと思ったけれど・・・僕だったら、おいしいもの食べて、旅行して・・・」
「おいしいものってなに?」
「おいしいものは、肉とフカヒレと・・・」
「一億円なくっても肉も食べてるよ、フカヒレだって昔食べたじゃん。おいしいもの・・・きりがないね。旅行もいってる。一億円がなくても行けるしね〜たくさんなくてもね。」
「ま、そうだね。おかあさんはそういうと思ったよ。」と息子が言った。
ショッピングセンター内は母の日のプレゼントコーナーで埋め尽くされていた。
「母の日か〜」と息子がぼそっと言った。
最近私はかわったかもしれない。
意思を持ったかもしれない。
今までは世の中をそんなものだと言い切り、仕方ないとかそれが世の中だからと言い聞かせていた。
その思考は、家族間の中でも持ち合わせていたかもしれない。
その思考は、疑問を答えをなくして押し殺してきただけで・・・
今その疑問を思い出して、自分なりの答えを探し始めると、いつの間にか社会の仕組みに自分の思考が停止して、麻痺していた事に気づき始めた。
無難に生きる事、安定を望み始めると人間は自分をなくす。
今息子は受験生だ。高校進学で振り分けられる。今から何になるかを強いるようになった中学。
中学だけでなく、世の中は振り分けされていく仕組みをとっている。
生きるとは職業選択で決められるように話される。
何もわからない中学生は、ようやく意志を持ち始めた時に知らず知らずに振り分けられるのである。
その振り分けが試験である。
あなたは何がしたいか?
そんなもん大人が社会でたいへんだと言っているところで、何になりたいかなんて決める事なんてできないよ。
今子どもにいう。
本当にしたい事をやりたいことを選択して生きなさい。
自分の今の成績で自分のやりたい事を当てはめない事。お金がすべてではない事。常識はテレビや雑誌ではない事。・・・・・
そして原発、震災、わからなくとも話し続ける。私が知り得たことを子どもたちに伝える。
ここ一二年うるさい母親であったかもしれないが、その母親を毛嫌いしていなかったのかなっとちょっとうれしかった。
世間では、親の職業で子どもを同一化して見る傾向がある。
お父さんが○○だから、お母さんが○○だから・・・
我が息子たちに、この枠にとらわれず、自分の生を面白く生き生きと歩んでほしいと願うのである。





# by polepole-yururin | 2012-05-12 20:59 | 子供たち | Trackback | Comments(8)

内部被爆


54基ある原発が止まった。
うれしいが、この状況は、ドイツのように完全に止めてやめるのではなく、一時的な検査のための停止である。
各地では、反原発のデモ行進があったり、新聞でも各地の反原発をずっと訴えてきた方の様子が載っていた。
一時反対をする機会はあったものの、国策故なのか、反原発に対する抗議は犯罪者のようにとられ、威圧をかけられ、ひとりひとり寝返っていった。そんな歴史が各地にある。
なんで反逆者のごとくになるのか?安全を訴えてどうして悪者になるのか?
雇用、利権そういうことを人参のようにぶら下げられ、それ欲しさに命の大事さが見えなくなる。
行政、企業・・・力を持つものはそういうやり方を心得ている。
手塚治虫氏の漫画に「MW」ムウと言う漫画があるが、あまりにも行き過ぎた内容で、ま〜漫画やし・・・と思ったものだった。ほかにも「アドルフに告ぐ」「奇子」「きりひと讃歌」・・・さまざまあったけれど、それも極端やな〜と思ったものだった。
しかしこの原発事故を機にいろいろと負の歴史を調べてみると、本当にあったんだという事をつくづく感じる。
手塚治虫氏の思いは、戦中戦後の無惨な状況、そこに置ける人々の心の有り様、変化、力を得るとひとはかわってしまう事、人の中に住む悪魔のような心・・・そういうものをいやというほど見てきたのだろうと今更ながらに感じるのである。
原発が止まっている状況を本当に永遠に止める事ができ、本当に人間の心を取り戻す事ができるかは、私たち一人一人の心の持ち方にかかっている。
政府、企業、どこかのお偉いさんにそのまま、まんまとしてやられ・・・長いものに巻かれ、無難な道(でもその無難は今だけの事、事故が起きてしまったらおさえきれようもない惨事に見回れすべてをなくしてしまう事になる・・・)を選択するのかどうか?
昨日肥田舜太郎先生の話を詳しくお願いしますというコメントをいただいた。
そこで肥田舜太郎先生の言っておられる内部被曝についてここで触れてみたい。
肥田舜太郎先生は、今や95才のお医者様である。
67年前に広島で被爆された。
先生は軍医で、そのまま被爆者の方の治療を続けられた。
爆弾による被害もさることながら、問題は内部被曝の被害が尋常ではない。
内部被曝という言葉を使えるようになったのはここ最近の事であるという。
というかその内部被曝はあり得ないという国の判断がずっとあったので、内部被曝の症状を検証する事さえ無視されていた状態であったようだ。
内部被曝とは、放射能汚染による体内にきたす被曝、影響である。
その症状の出方は、早急ではなく、じわじわじわじわと現れる。
個人差があり、すべての人に同じ症状が出る訳ではないが、その影響は計り知れない。
広島、長崎の原爆投下より、私たちに伝わってきた原爆被害は、ケロイドや脱毛、嘔吐などなど原爆の直接的被害であり、投下後近年の事をさしているかのように伝わっている。
しかし内部被曝は、爆撃を受けたもの以外にも起こっている。
当時子どもだった方が、大人になり、じわじわ発病している。
今原爆投下された唯一の被爆国日本がどうして内部被曝について研究が浸透していないのか・・・
それは、1946年にさかのぼる。
病院院長や職員、患者に対して「広島・長崎の原爆被害はアメリカの軍事機密であり、何びとも被害の実際について見た事、聞いた事、知った事を話したり、絵にしたり、写真に撮ったりしてはならない。違反したものは厳罰に処す」という厚生大臣の通達があった。
また1949年広島比治山にアメリカのABCC(原爆傷害調査委員)が開設された。
被爆者を集めて、被曝の診察、検査を行い、治療はいっさい行われなかった。死亡者は解剖され、その内臓はアメリカに送られ、放射線傷害研究の資料とした。
アメリカの占領下となった日本の政策はアメリカのいいなりであり、その後第五福竜丸の被曝事故があったにもかかわらずその反対運動まっただ中に「平和利用」と謳い、マスコミを使い産業発展、科学の進歩を大々的にアピールし、核の問題を押さえ込んだわけである。
こうして自分をなくした日本人は、臭いものにふたをして今までやってきた。
そしてこの福島の原発事故である。
核の身体への影響は、耳をすませば聞こえてくるだろう。
広島、長崎、第五福竜丸、マーシャル諸島、チェルノブイリ・・・白血病、様々な癌甲状腺の異常・・・けだるさ、原因不明の熱・・・被害者は、声を上げているのだ。
見てみない振りをする、または無知・・・こんなにも核の被害は大きい。
アメリカとイラクとの間の湾岸戦争。私の上の息子が幼稚園のときだった。
その時、アメリカは劣化ウラン弾を使用したそうだ。
その後、イラクの子どもたちに白血病が急増した。奇形児も生まれた。
余談だが、ベトナム戦争の枯れ葉作戦・・・ベトちゃんドクちゃん。なんとも何とも・・・
この事実を知ると、今福島に何が起こっているのかと怖くなる。
確かに・・・
福島のお母さんが肥田先生に「私たちはどうしたらいいのですか?逃げればいいのですか?水も汚染されているかもしれない・・・」と。
すると肥田先生は「逃げれる事ができる人はいいが逃げれない人だっている。例えば医者に血圧を治してください。といって病院に来られるが、薬を出したって治るようで実は違う。結局のところ、生活の改善すらせずして治す事はできない」という。
という事は、放射能から守るという事は、自分で自分を守るという事であり、自分の生活がすべて繁栄されるということだろう。
人は心が冷えると免疫が落ちるという。
感情のこらえもそうである。といっても爆発して怒ってばかりも・・・笑いは免疫細胞を活性化するとも言うが・・・
肥田先生は、よく寝てよくかんで食する。適度な運動と適度な休養、心の安定とストレス除去が大事だという。つまり昔から言われてきた事である。
なんともよく効く薬はない訳である。
では、こんな目に遭うことの原因を日本から、いや世界から排除すべきであり、いいわいいわで来た代償が悲しみを増やしているのだ。
どうか今この福島の悲しみを核の被害者となった方々の終止符とし、私たちができる事、それが原発停止を続ける意思を持ちつづけ、政府が作ってきた原発依存の実態を覆さなければいけない。
心が癒される事はほんとうに日本がどうなっていく事なのか、ひとりひとりが考えましましょう。

おすすめ本・・・真ん中の「内部被曝の脅威」
もう一つの肥田先生の本は、多分しんどくなるかも・・・
今は亡き重藤先生の本は、広島の事を知る上では、ぜひとも読んでください。

ps:内部被曝を思うと、怖くなる。
特に現地にいる方々は、そんな情報は逆に聞きたくない事である。
だから、福島の方が今、少しでも被曝を免れてほしいと願う。
また、食の問題もそうである。たとえば私は、地方のものを選べれるけれど、そこにいる人は選択の余地がない場合もある。ではどうするか・・・肥田先生のいうようによく噛んで唾液をだして消化を助ける事を心がける・・か・・
この状況を逆手に取って、健康食品、宗教が入り込む。
安全を守るために、そういう救いを前に出して、すり替える方々がこの世の中にはいる事を感じておく事も大事である。
何ものにも依存せず、心を平成に保てる事が一番の救いである。
そのためには、何を選択する事が優先か・・・ごまかして先送りしても答えは後回しになるだけであるから〜





# by polepole-yururin | 2012-05-07 17:37 | 原発 | Trackback | Comments(9)

野良猫のクロ

画像が汚いのは、クロと私の距離間があるゆえに・・・


庭で草むしりをしていると、いつも2〜3メートル離れたところで何となく存在している野良猫のクロ。
野良猫を保護したんだけれど、そのクロ、我が家の家猫という気が全くない。
その様子は2011年の1月「賢い野良ちゃん」「野良猫」のブログにあげているので、また見てください。
そのクロ、いきなりごそごそとやっている。
私が草むしりしているゴミの中を、クンクンかぎながらそのゴミ袋に入ろうとしている。
何やねん〜。寒い訳でもなく、なんだろう・・・
するとすっぽりとゴミ袋に収まってしまった。
「お前はハイジか〜」って。
ハイジは干し草のベットに寝そべって、気持ちいいと言っていたけれど・・・
このクロは本当にじゃれない。
いつもえさは窓越しに要求しにくるんだけれど、その時だけは触ってもいいよって感じになるけれど、それ以外は、いつも距離を置きながら私の方を見ているだけ。
そして我が家の水槽や箱などで寝ている。
よっぽど盛り時期のよその猫の方がなれている。
そんなクロだけれど、時々おかしな事をして笑かしてくれる。
さてこのゴミ箱のどこが気に入ったのだろう。
余談だけれど、私は、子どもの時から今に至って、アルプスの少女ハイジに似ているってよく言われる。
生き方、雰囲気がそのものらしい。
子どもの時は、そって言われるのがいやで、クララになりたかった。
ひ弱でみんなに大事にしてもらえるクララがいいな〜って。
といいつつ、私のやる事なす事、やっぱりどうみてもハイジだ。
幼なじみになおと君という子がいた。
その子に就職して間もないころ、久しぶりに出会った。その子はまだ浪人中だった。
「Mちゃんは、ひまわりみたいやで〜、素朴なイメージ・・・きっと病院では、重宝されるよ。ま、いうとハイジやな。」と言われた。
意味が分からなかったが・・・なおと君がいったように確かになった。
今そのなおと君は、医者にならず、違う道を選考したって風の便りで聞いた。
ハイジは、純粋で、型破りというか、当たり前を当たり前と思わず、その人のために一生懸命やる。そのやることなすことが大人・・・ロッテンマイヤーさんには、うざい。
でもオンジの心を和ませていく。クララの足も治ってく。
一時私はクララを目指した。世間に合わせていい子になった。理不尽な事があってもヘラヘラとして何ともないように装った。
けれど、それが自分を消して、クララにもなれず、私が私である事をなくした。
震災後、様々な事を思考する中で、はがれていくものが世の中にはいっぱいだ。
化けの皮?なのかなんなのかそれはわからない。
でも負である大きな出来事は、物事の本質、中身を表面化させる。
私も生きていく上で引っ付けてきた皮(世間体や生き方、・・・)を一枚一枚剥がして本来の自分を思い出してきたように思う。
自分を大事にすること・・・その意味が最近ようやくわかってきた。
素の自分とはなにか・・・それは幼き頃の何も付け足さない私だったこと。
野良猫のクロも素の自分を大事にしているんだろう。
クロ・・・草のにおいはどうですか?

ps:自分を大事にしている青年と出会った。その事は「里と湖のポレポレ時間〜」にて・・・

# by polepole-yururin | 2012-05-02 07:53 | 私のこと | Trackback | Comments(4)

我が家の庭 4月 と 言霊


昨日上の息子が関西への修学旅行を終え、帰ってきた。
4月の様々な行事も終わり、いつの間にかゴールデンウイークに突入。
我が家の庭もいつの間にか動き出していた。
バラもたくさんつぼみを付けている。連休明けが楽しみだ♩
今、この庭にいながらも福島の方々のことを考える。
昨日から六ヶ所村や福島の事をブログに記載していたが、ひょんな手違いで削除されてしまい、一息ついて庭の写真をアップした。
煮詰まった私の気持ちを解せと言われているようだ。
ただただ自分を無意識にして今日本の有り様をゴールデンウイークのはしゃぎの中に埋もれてはいけないと・・・
負を見つめると、明日がないと思えるが、これは安直に大丈夫と言って終わらせる問題でないと思う。
スピリチャルが一時流行った。今でもその意識でいる方はいるだろう。
私も医療からホリスティック医学に意識が行き、同時に心の病に閉じこもり、自分の行方を探すように霊性を知り、心の置き場、心の振り方を模索した。
確かに救われた。大丈夫という言葉に救われた。
すべては自分の思いの有り様と思えるようになり、自分の責任を持てるようになった。
が、今この社会に起きている問題に直面して、霊性という存在は本当に人を救っているのかさえ思えるようになった。
言霊という言葉がある。言葉に魂が宿り、意志を持つ。
だから言葉は大事に使いなさいという。
「大丈夫」魔法の言葉のように思う。
その言葉、例えば病気になって「だめ」と落ち込むより、「大丈夫」と意識をそらせばいいという。
確かに痛みや様々な症状は無意識にするとなくなる・・・何となく。
だから大丈夫って言葉はすごい!
でも今福島や原発近隣の町は、「大丈夫」という言葉で核の問題を無にしている事もあるのではないだろうか。
大丈夫、大丈夫と事の本質を無視して、明るさだけを見て生きてきた日本の戦後があった事を今、知る。
ものの本質を知る事は難しい。
宗教の存在もそう。歴史を辿れば、他力本願な発想が広がりを持たせる。
祈りは大事だと私も思う。
が、いいよいいよと見なければいけないものにも無意識にしてきた思いの繰り返しが、今の日本を作っている。
そして困ったときの神頼み・・・人間はかわらないのか?と誰かが言っている。
息子が昨日行った東大寺の大仏・・・
天皇さえも他力本願。
確かに人間は弱い、自分が選択したと思いようがない事に翻弄される事もある。
その時、「大丈夫」だと言ってほしいし、「大丈夫」と思いたい。
が、その思いに依存して周りが見えなくなっている事にも気づく。
その事の鍵は、自分の事だけに限局しないことだと何となく感じる。
日本は八百万の神を信じて生きてきた。
八百万の神は、自然である。その自然の循環が壊れている事。そしてこの自然界の中に人間だけが鎮座している光景は、神を罵倒し、罰当たりな事をしているのかもしれない。
だとすると、その大丈夫という言霊も、効く由もない。
信仰心の有り様は、自然の中に身を寄せている事で、時より神と対話する事であるのかもしれない。

我が家の庭には、今赤と白のトキワマンサクがきれい。

今年いったん休息?していたハナミズキが3年目に咲いた。

原種のチューリップが小さく咲いていた。

紫のアジュガが去年よりも広がった。


クレマチスもラベンダーも咲き出した。その横のわすれな草も可憐に風に揺れている。


















一重と八重のコデマリが今盛り!
こんなに愛らしい花があるなんて♩日陰でも生き生きと咲いてくれるコデマリ。
あなたは、大和撫子だね。


玄関からの道には姫ウツギが満開。
白で花壇を埋め尽くす。その横には終わりを告げるクリスマスローズ。

# by polepole-yururin | 2012-04-28 08:50 | 花のこと | Trackback | Comments(8)

優しさの中で


日曜日、アゴラに通っている中一のMちゃんにクローバーの花束をもらった。
外に出てみると、Mちゃんがタンポポ、四葉のクローバー、シロツメグサを摘んでいた。
春の夕暮れ、ちょっぴり暖かくなった空気に里山は包まれていて、たいへん心地よかった。
「Mちゃん!」って声をかけると、「はい!これあげる。」と花束をくれた。
「いいの?今摘んだところだろうに〜」って言ったら、「いいんだよ、これあげる♩」てそのクローバーの花束をもらった。
そしてタンポポの笛を吹いて、タンポポの群生している場所に案内された。
「面白いでしょう♩」ってMちゃんは、秘密基地にでもつれてきたような自慢げな顔をしている。
「そうね〜♩」って私も笑い返した。
「タンポポの笛も面白いけれど、この間アゴラの先生に教えてもらった草笛がすごいんだよ!」ってMちゃんを見た。そして吹いてみた。
ピー〜〜♩って鳥の鳴き声のような草笛の音。
Mちゃんは目をまん丸くして、喜んだ。
そして二人で笛を吹いて夕方の里山を散策した。
この感覚は何だろう、不思議に優しく、不思議に懐かしく、不思議に心地いい。そして不思議だけれど、泣けてきた。
最近私もアゴラに行き来するようになって、アゴラの子どもたちと関わるようになって、子どもたちもそれなりに私にコミニケーションをとってくる。
その対話がいいんだ。近所で話す子どもたちとの会話にはない、優しさがあると思うの。
相手を互いに尊重し合う関係で大人も子どもも同じ。
子どものときに感じたやさしさとはこんなことを言うんだと。
Mちゃんのお迎えに来たMちゃんのお母さんが、アゴラの先生に話したそうだ。
「もう、女川には行かれないんですか?今もうテレビや新聞ではあちらの情報は流れませんから、どうされているのか?情報を得ようにも得られないです・・・先生またあちらに行かれる事があれば、これを少しですが、・・・。」と寄付してくださったそうだ。
Mちゃんのご両親は、我々が去年被災地に行く時も何度と寄付をしてくださり、我々が女川の報告をしたり、展示会をやるといつも見に来てくださる。
女川の先生方の話を資料展から感じていらっしゃるようで、涙して帰られる。
家でもMちゃんちは、被災地の事や原発の事をご両親が話題に出されるそうで、Mちゃん姉妹はちゃん子どもなりに、今の出来事を感じ取っている。
Mちゃんは、将来保母さんになりたいという。
「保母さんになったら、このアゴラの里山に来て、お弁当食べてね!その頃には、Mちゃんが植えたドングリやシイが大きくなってるかもね。そしてこの間植えた桜の木が大きく花を咲かせている事でしょうから♩」と私が言ったら、Mちゃんは、「すごいね♩」って一瞬のうちに桜満開のアゴラを想像したようだった。
Mちゃんは、アゴラの先生が大好きだ。
いつもギャーギャー先生に絡んでいるけれど、学校では、いつも尖っているんだという。
本当の自分を出せずにいる学校生活。
そんな感じの子どもたちはいっぱいいるはずだ。
その思いをちゃんと知っている先生に寄り添う子どもたちがいる。
でもそんな先生の事を知る大人は少ない・・・
少しでも先生の事を知ってもらおうと、「里と湖のポレポレ時間〜」というブログを書き始めた。
それは、子どもたちの事を35年間見続けてきた先生が、本当に無心に弱き子どもを守ってきたことが親や世間に分てもらっていないのかもしれないと思ったから。
今の社会は本当に強烈に変な方向に行っている。踏ん張っても仕方ないと思えてしまう。
でも先生みたいな人がその綱をつかんで踏ん張っている一人かもしれない。
先生が関わった子どもたちの様子や先生の被災地での関わりをそばで見てきた私は、先生が提案したKAMEの翼を応援したいと思った訳だ。
MちゃんやL君、K君、いろんな子どもさんが自分の存在価値をここでは感じ取れる場所だ。
大人である私が、支えていると思っていた子どもたちに優しく包まれた瞬間がここにはある。

KAMEの翼プロジェクトにご協力お願いします!
詳しくは、アゴラ子ども美術工場 
電話0537−27−1428

カメの翼プロジェクト

# by polepole-yururin | 2012-04-24 09:39 | 子供たち | Trackback | Comments(4)

どう生きるか? NO2 そしてカメの翼〜


ずっと原発関連の本を読んでいます。
鎌中ひとみさんの内部被曝の本から「六ヶ所村ラプソディ」を読み、同時に朝日新聞のプロメテウスの罠の記事から菊川麗子さんを知り、「六ヶ所村ふるさとを吹く風」を読みました。
鎌田慧さんの「原発列島・・・」でも六ヶ所村の事は書かれていましたが・・・日本中の原発から出る核廃棄物をこの村に保管んされているのだから、この事を抜きにしては語れません。
プロメテウスの罠でもあるように、青森県への核廃棄物処分場の建設は、青森県知事の暴走と戦後日本が安直に高度経済成長へ邁進した国策の過ちの成れの果てです。
その国策を進めるにあたり、お金という魔物が貧しい過疎の村の人々の心に忍び寄り、はびこっていったのです。
核燃料サイクルを作る事で、あたかも核の問題は解決しているかのように国は見せかけていますが、この核燃料サイクルは、幻であり、その構想は、今フクシマの原発事故の何倍もの猛毒となってあり続ける事となるそうです。六ヶ所村の選挙は、お金で選挙権を得るというこのやり方は、普通なら選挙法違反となりうるでしょうが、国も容認し、県、市、国、村、町・・すべてに汚染している訳だそうです。
一生懸命がんばっていた菊川さんの運動もむなしく、核は六ヶ所村に運び込まれてしまいました。
いま、菊川さんは、フクシマの事をどう感じているでしょうか。
そんなことを考えながら、私たちができる事は何だろうと思案しています.

今私は、KAMEの翼プロジェクトに参加しています。
ここでは、創造する若者や子どもたちを支える活動をしています。
3月18日、KAMEの翼プロジェクトでは、フリージャーナリストの渡辺幸重さんを迎えて講演会「私たちはフクシマ後をどう生きるか」を開きました。アゴラ子ども美術工場近隣の人たちが一緒にフクシマのことを知り、思考しました。帰宅されるとき、皆豊かさはお金ではなく、エネルギー使い放題の生活ではなく、安全に暮らせることであり、命が一番である事を感じたはずです。
4月15日御前崎市長選で、推進派の石原氏が当選しました。一時は浜岡原発が立地する御前崎市への補助金配布が滞っていました。が、4月17日早々に国から補助金が静岡県に入ったとNHKのニュースでありました。大飯原発の国の安全宣言・・・
国はフクシマの事をどう考えているのか?フクシマの事から何も学んでいないのか?・・・疑問は膨れ上がるばかりです。
菊川さんも本文で言っていますが、この核の問題は、これから成長していく子どもたちへ大きく影響を及ぼす話です。
私はこの年になるまで原発問題に対して無頓着でした。子どもの時授業で習ったり、大人に教えてもらった事は原爆に対してはありましたが、原発に対しては、無に等しかったと思います。今フクシマの事は、戦後広島、長崎の原爆や第五福竜丸の被曝問題があったにもかかわらず、平和利用として同じ核を使う原発を容認し、学ばなかった日本の罪だと思います。そのような事をこの年になって改めて思考する事になったのはどうしてか?・・・その事を思いますとこれは教育の誤りに至ります。
子どものとき怖いという感覚を大事にし、どう生きるかを大人が子どもの前で語っていれば、子どもはそれなりにものの見方、生き方、そして核の問題に対しても思考できたはずだと思います。
今日本は資本の原理に基づいて、利潤を生む事を大事にしています。そしてその原理に基づいておとなたちは生きてきました。
原発は産業となり、危ないという概念を超え、人権を無視し利権と結びついています。
その考えをもう一度見なおす時が来ていると思います。
学ばなかった大人が、ちゃんと思考し、今を知り、生きる事。そしてその大人が子どもたちを支える。本来の人間としての優しさの循環する社会が小さくても存在すればいいのではないか。
そこで私たちは、微力ながらもこれからの社会に生きていく子どもたちを支えるプロジェクトを提案しました。これがKAMEの翼プロジェクトです。
2010年KAMEの翼が発起した当時は、創造する若者、子どもたちに対してサポートしていく構想をしていましたが、2011年震災が起こり、私たちは、震災、原発へと子どもたちを取り巻く社会の問題点を広げて活動しました。
ちゃんと思考する大人が子どもたちの巣立ちを見守りながら支える新しい社会の仕組み。利害と結びつかないフラットな社会。この日本にそんな優しい大人が点在するネットワークがあればどうでしょうか?里山にあるアゴラを拠点にしてちゃんと生きる事を思考し、話し合える場とその場で子どもたちは育っていく。
このプロジェクトに一人でも多くの方にご賛同いただける事を願っています。
未来の子どもたちに私たちの意思を伝え守りましょう。
どうぞこのKAMEの翼プロジェクトにサポーターとしてご協力お願いします。
私は菊川さんのような活動は大事だと思いますが、この核の問題は、一カ所が働きかけるだけでなく、思いを同じくする者が日本中に点在し、ネットワークをもつことが大事ではないかと思います。
私たちは、反核運動のようにデモを起こしたりする団体ではありません。しかし私たちは、当たり前のように核の話ができることを大事とします。優しい緩やかな小さな波が少しずつ大きな波へと成長していくように意識がつながっていければ・・と思っています。

KAMEの翼プロジェクトは掛川市のアゴラ子ども美術工場主宰の渋垂氏が発起人としてその考えに賛同した大人一人一人が参加し運営している小さな非営利団体です。活動資金は、サポーター料と私たち個人の資金で成り立っております。(私たちチームメンバーはサポーターでもあります)
まだまだ団体としては小さく、活動理念はちゃんと持って行動しておりますが、資金の面で皆様のご協力を必要としております。理念、趣旨にご賛同いただき、今後の運営を続けていくための資金サポートを是非ともご協力お願いします。またお知り合いの方にお伝えしてください。
詳しくは、下記の連絡先に連絡ください。

静岡県掛川市千羽1679  電話:0537−27−1428
e-mail kamenotsubasa@gmail.com


活動内容はKAMEの翼プロジェクトの公式ブログを見てください。


# by polepole-yururin | 2012-04-20 21:52 | 原発 | Trackback | Comments(8)

どう生きるか?


ここは滋賀県の琵琶湖の北、湖北地方というところである。
ちょうど今話題になっている福井県の大飯原発から30〜50キロ圏に位置する。
フクシマでいえば、南相馬市ぐらいだろうか・・・
冬には鴨がやってきて、琵琶湖にプカプカ浮いている光景はいとよろし〜♩
この日は4月で、琵琶湖の近くの蓮の花畑には葦だけがあって、そこに水鳥が優雅に泳いでいた。
私は若いときから琵琶湖が好きで、時折北の風景を見に帰ってきた。
かわらない風景に安堵して、また自宅に帰るのだった。
私の大事な大事な場所である。
テレビで大飯町の方が大飯原発稼働を求めていた。フジテレビ・・・
喫茶店をやっている人、旅館を営む人、タクシーの運転手。
その人たちは、原発労働者が来てくれているから店が成り立つという。今は停止しているから客が来ない。弱っているよ、商売できない、生きていられないよ・・・と。
息子・孫が原発で働いているおじいさんは、仕事を奪われたらここをあいつらは出て行くからな〜と、ぼやいていた。若いママも子供の事は心配だけど淋しい町になっては困るという。
原発稼働反対を言う人は、一人・・・畑をしているばあちゃんだった。
野菜作っている私は、放射能が怖いよ・・・原発は怖いよと。
このようなマスコミの情報の出し方が、おかしい。
原発稼働を反対している団体は、他にちゃんといるのに・・・原発停止でその日暮らしもままならない人をまとめて放送している事に違和感を持つ。
もっと平等な情報提供をするべきだ。
要するにテレビは情報の正しき発信場所ではなく、特に民間放送は企業であるので、どこと癒着しているとも限らない。テレビじたいが正当性を持たないものだと最近になってつくづく思う。
ま、その事はさておき、御前崎市の市長選も原発推進している石原氏が当選し、御前崎市も大飯原発の近隣の住民と同じような事を訴えている住民がいる訳である。
原発は怖いものであると知っていて稼働しないと困るという思想はどうしてわくのだろうか?
国の土木事業、産業の行く末に翻弄される人々の様子が見えてくる。
商売が成り立たない・・・とはどういう事か・・・
私の祖父は昔農業を営んでいた。
牛で耕作し、毎日朝から晩まで一生懸命働いた。そのとき祖母は本当に太る事を知らなかったと言っていた。
あるとき、この町に大きな工場ができるという話があがった。
祖父はその話に飛びつき、たくさんあった田んぼを安値で売った。祖父は正直な人で、値の交渉ができず、最安値で売ってしまっていたそうだと祖父が亡くなってから祖母に聞いた。
その売ったお金で食堂を作った。そしていつの間にかそこに国道が走った。
工場と国道。ドライブインと名前を変更した。
工場に荷物を運ぶ人の往来、高度経済成長とともに観光のバスも来た。
祖父も祖母も母も寝る間も惜しんで働いた。
私の中学の時に高速道路が開通した。
その道が出きると、観光客は来なくなった。工場の経営状態も変わり、工場の従業員も少なくなった。
祖父が死んでから叔父がその店を継ぎ、いろんなことがありながらも細々店をやっている。
そんな状況を幼いころからみてきた私。
祖母や母、叔父たちは、客の足が途絶える中、ぼやいている光景は見るものの、工場に何か言いにいく訳ではなく、町長に何か言いにいく訳ではなく、仕方ない、これが時流だと思ってか、自分たちが選択した生活、職を全うしている。
親戚の人たちもそうで、工場に働きにきている人のための旅館をしていたし、その工場の衰退とともに客足は遠のいたけれど、その事だって仕方ないと思い次の世代が違うやり方を選択したり、職業を変えたりしている。
この工場と原発の違いは何か・・・
同じじゃないか。
しかし原発は、優遇されすぎているためにそこに住む人々が自分の生活を自分で責任を取る方法を忘れてしまっているのだろうか?
誰かがやってくれる、市長、国、原発・・。自分たちが選択した原発産業が今何を起こしているのか、見えないのか?

私の母は、誰かに頼らない。コネなんぞないというし、使うすべを知らない。
収入は少なくとも、ただただ目の前の生活を自分の責任で生きている。
必要以上の待遇を得ると、人は依存し、自分を失うのかもしれない。
そのことをちゃんと国や力ある者は知っている。
そのやり方が原発に依存する国の体制を作っているのだろう。
麻薬と同じである。使ってしまったらはなせない・・・
毒は知らず知らずに蝕んでいる・・・
多額のお金が入ることで自分を見失う。
その生き方が、利己的になり視野を狭めてしまっている。
今本当に目を覚まさないと恐竜が耐えたように人間もどうなるかわからないよ・・・そうトカゲが言っているように。
琵琶湖は400〜600万年の歴史を持つ。
時をずっとみてきた琵琶湖が、今の人間の選択をどう思っているのだろう。
大飯原発の住民の選択は、この琵琶湖の行く末も左右する。






# by polepole-yururin | 2012-04-18 09:38 | 原発 | Trackback | Comments(12)

子供を守ること

昨日は、アゴラにお手伝いに行っていた。
子供たちは里の風景に解け合い、山を駆け上がり、はしゃいでる。
「あ!四葉のクローバー見っけ!」数人の子供たちがクローバーの草原の中をかき分ける。
「あ!てんとう虫も見つけたよ!」「わ〜!動いてる。」「あ〜かえる。小さいね♩」
里に子供たちの声が轟き、うぐいすもその声に反応していた。
素朴な子供の風景はいつまでもここにあるということは幻想か・・・
この子供たちのように子供らしく自然と戯れることを今誰かが奪おうとしているということに気づきませんか?

今日は朝から憂鬱。
一つは浜岡原発の立地する御前崎市の市長選が原発推進の石原氏が当選したこと。
もう一つは、福井の大飯原発の再稼働を国がGO!したこと。
今福島の現状を知っても国のやり方やその町の行方を左右する首長を決めることの意味が、安全を重視せず、生産性や利潤のため?なのか・・・学ばれていない答えがここにある。
ため息が出る。
NHKの朝の番組で「除染」の話をしていた。
除染で子供たちを守る。
福島の子供たちは、今野外で遊ばれず、運動不足が懸念されるという。
そのためには徹底した除染という。

が今除染された土を保管する場所がないという。
ある地域では個人が除染し庭からでた汚染土は、自分ちの庭に穴を堀り保管している。・・でもその土を行政が持っていってくれるかは未定。
福島市は住宅密集地であり、除染した土を自宅の庭に保管することすらままならない。
隣近所の方が他の家から出た汚染土をみながら生活すること事態が、ストレスだ。
どうしようもない問題がある。
ある住職さんがお寺の広大な土地に地元の住民の汚染土の保管する場所を提供しているという。
ありがたい話である。そういって市は、そこを視察し、この場所を市の汚染土の保管場所に使わしてほしいという。
住職さんは、誰かが始めないとどうしようもないと言っていた。
住職さんのやられていることは、ちゃんとしているけれど、この善意が善意だけで終わらず、汚いものの引き受け場所にならざるを得ない状態になり、デットスペースとなり忘れ去られないことを願う。
国は、双葉町に中間貯蔵施設をつくり、最終処分場を福島県外に・・・と構想しているというが・・・双葉町もその意見を受け入れしていないし、最終処分場をどこに持っていくのか?
またお金を積んで、どこかの過疎の村の地中奥底に隠そうとするのか・・・
自分たちが大丈夫なら汚いものはどこにいってもいいという利己的な思考が、この原発の問題点をいい加減なものとする。
除染の土はこれからも増える。・・・福島第一原子力発電所の事故は収束したというも、未だに海やその原発の近隣では汚染があるのであるから除染は続く。
それに汚染物は、原発が稼働されれば、どんどん生み出されることとなる。
その繰り返しをずっと、原発稼働されてから日本は生み続けているんだと言うことだ。
最終処分場は、どこにあるか?・・青森県の六ヶ所村にあるんだよ。
北の先端なら関係ないと思っていないか?
それにその問題点をお金で誘致する・・・日本の真ん中の岐阜県には、中間貯蔵施設か最終処分場かができようとしている。すでにボーリング1000メートルが掘られている。
その穴は何のための穴か・・・
福島のことは、底辺で動いてきた日本の原発の歪んだ問題を表に出しているんだと思うんだ。
福島の方が今日々どうしていいのかわからない苦しみを、自分の目の前において思考したとき、今自分は何を選択すべきかとちゃんとした大人ならわかるだろう。
当たり前にある風景は、今ほおっておいては維持できない。
今国や行政、そして選挙運動もそう、大人がOKを出していることで、日本はどちらに向いて動いているのか・・・
戦国時代、江戸時代、そういう時代の親方ならまだ取り返しのつくこともあるかもしれないが、今のこの国は親方様に容認していていいはずがない。
科学の進歩は、取り返しのつかない方向に急速に動かしている訳で、その負を見ずして行政に任せている個人の生き方は、子供たちの先行きを奪っていることである。
子供を守ることとは、ここに安全な場所があることであり、日本が安全であることであり、日本に豊かな自然があることである。



# by polepole-yururin | 2012-04-16 09:03 | 原発 | Trackback | Comments(10)

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