ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
プロフィールを見る
画像一覧

囲いの中にいるんだな〜

ウインターコスモス・・奥の花は原種返り。
f0215179_22435066.jpg
f0215179_22443415.jpg

講演会が終わった。
たいへん贅沢な講演会だった。
小児科医の山田真先生、京大の藤原辰史さん、ゲド戦記等の翻訳家の清水真砂子さん。
彼等の文章は、模試や教科書で使われ、国語の教材として使われる事があるのだそうだ。
他にも、灰谷健次郎、谷崎潤一郎などなど、今は亡き方々も同じ域だったという。その方達とも生前お出会いしていらっしゃる方々。その方々が、模試等で自分の文章がでている問題を解いてみても、ぜんぜん解けないのだそうだ。
問い:作者の言いたかった事は何か?5つの文章から選びなさい。
どれも思ったよな〜って作者たちは言った。
学生時代、国語の試験。最初好きだった国語が、中学、高校を経て解けなくなった。
なんでだろう・・・と思ったが、そういうことか。
文章に答えはないわな。
特に評論だって、その人の思考であって、その人が正しいとは限らない。そこに答えがある事自体ナンセンスだ。
そんな国語教育っていったい何だろう。
国語は、日本では日本語を学ぶものだ。
なら言葉を使えるようになる。漢字が書けるようになる。文法があるのならそれを少し教わったらいい。本が読める域でいい。でも、答えがあるって文章においてはおかしいのだよな〜。
これが国語を嫌いになる要素だわな。
日本語の良さを楽しんで教師が教えていたなら・・・読書の楽しみを大人が教えていたなら・・・
私の子どもの時、学校では本をどれだけ読んだかの表があって、下にはクラスの名簿が書いてあって、本を読めば丸いシールが貼られて・・・一目瞭然で、読んでる読んでないが解り、いつもトップは決まっていて、トップなら賞状を与えられた。
それが終わりの会に表彰されて・・・これを貰う子も決まっていた。
ずっと競争だ。
ちなみに運動会も順位決められ、一等から3等はえんぴつやノートが貰えた。
人参ぶら下げられた馬だな〜、子供達。こんなふうに私たちは育てられていたんだと、改めて怖くなる。
そんな私が、今文章を書いている訳だが、ということは、いったい教育とは、なんなのかということなのだ。
教育を本当に考えてみよう。
沖縄戦を知らないのはなぜなのか?
明治維新を善と捉えたのはなぜなのか?
英雄って誰なのか?
日本海は韓国側からも日本海なのか?
NHKBSで「英雄たちの選択」という番組がある。
この間、大村益次郎を英雄と言って出ていた。
多数の幕府軍を少数の長州軍が倒した。そのキーパーソンが大村益次郎。
長州藩の村医者の益次郎が新型の武器を使い、打ち勝った訳だ。
新型武器って、アメリカの南北戦争で使われた武器をグラバーが売って、坂本龍馬の亀岡社中が受けおって、後に原発や武器産業の三菱の生みの親・岩崎弥太郎が請け負って、日中戦争、日露戦争でどんどん儲けて、巨大財閥になっていった。
ちなみに、東インド会社は、マセソン社であるし、インドを支配したのは、イギリスという国ではなく、マセソン社を中心とする企業である。マセソン社はいったい何の会社かという事である。
マセソン社の日本支店に使われていたのが、麻生氏のおじいさんの吉田茂の父親である。
益次郎は、大阪の蘭学などを教えていた緒方洪庵の弟子で、そこには、福沢諭吉も日本赤十字社の第一人者も出入りしている。
松下村塾も緒方洪庵の敵塾も私たちには明治の世を作った英雄が排出された塾と言われてきたが、そのお話をよくよく考えればおおお・・・と言う事である。今やそれが松下政経塾ということだろう。
福沢諭吉の事を学問の父のように言われているが、あの頃の新聞、教育を担っていたのが福沢諭吉である。その発言はヘイトスピーチを煽るものだった。民主主義の父のように言うが、福沢の漢文を最後まで読めば、ぜんぜん違う。
完全に西洋の真似を伝えているだけだった。福沢は軍国化(富国強兵、殖産興業を唱え)を推し進めたマスメディアと教育の役目を担った。
また大村益次郎を英雄というが、武器を西洋から取り入れ使った張本人だということ。
この人は、靖国神社に銅像で立っている。
銅像とはいったいなんだろう。
象徴・・・シンボルで、私たちに威嚇する。
それに加担した芸術があるんだ。と・・・
私たちは、何を見て・・・いや何を見させられて生きてきたのか。
そういう事がどんどん見えてきている。これは私だけか?
テレビからは西側諸国の善と中国の悪と、北朝鮮の悪が流れる。そして日本の明治時代がひっきりなしに流れている。
不安を煽る映像がいっぱい。
テレビの映像を消すと、社会は変わる。
私の目の前には秋の花々、鳥の声がしている。大変穏やかである。
朝鮮人やイスラム国の人さえ、隣の人、ただそれだけになる。

我が家の庭にはウインターコスモスが咲いている。クリーム色のかわいいコスモス。
毎年同じ花を咲かしてくれている。
しかし、里山にあるアゴラの庭におなじく、ウインターコスモスを植えたが、二年後には原種返り。道ばたでよく見るひっつき虫のあの花になってる。
何度植えても二年後には元の種に戻る。
他にもアゴラでは、紅葉、モクレン、桃等植えた。しかし二年後に枯れた。
アゴラでは、先生が「枯れてもそのままにしておいて」と言うのでそのまま放置。時々声をかける先生がいる。すると二年後にはその横から木が出てもっと大きな木になる。
この現象は我が家では見られないこと。我が家では枯れたら枯たままである。
我が家は無農薬、有機肥料、もしくは何もしない。けれど町中の自然は、他の空気に同調し、原種返りはしないし、枯れる。
里山のアゴラでは、元の種に戻り、枯れた木は生き返る。
例えいい環境を与えたとしても町中の一部分では、生き物が心地いい循環を作る事が難しい。
ゆえに、一度品種改良された種は元に戻らず、品種改良のままの姿で繰り返し咲く。
人間にいじくられたままの姿で繰り返す。集団の一部分では、集団意識に異変を感じず埋もれてしまうのである。
里山の庭は、自然の一部である。ゆえに、集団意識に埋もれるよりも、自然の偉大なる空気に品種改良の毒さえぬぐい去られる。
元のあなたはこれなんだと、鎧や化粧を剥がされる。
あるいは、自然の偉大さに過保護に育てられたハウス栽培の生き物は育たず、淘汰されるか、枯れる。しかし、少しでも生き残れる生き物には、もののけ姫のデーラダボッチのように息を吹きかけ生かしてくれる。
その粘り強さが、次に生えて出た芽はメキメキと大木に成長する。待つ時間と踏ん張りと素の私。
集団という町中にいれば、まやかしに気づかない日常がくり返されるだけかもしれない。
集団という人間世界から一歩はなれてみれば、繰り返される日常は、人間が作り出した幻想に過ぎないのだと見えてくる。

そう思えば、植物も人間と同じく意識を持ち生きているようだ。
とすれば、植物も動物も空気に支配され、反応しているのである。
奇麗なクリーム色のウインターコスモスは、かわいい。
でも、里山で見る風景をみてみれば、このウインターコスモスの風景さえ、人間が欲のはてに作り出した現象に過ぎなかった。
この光景を維持する事に固執すれば、私たちの未来は、ある一部の人間が作り出した囲いの中の世界となるだろう。
とすれば、英雄はNHKのいう英雄のままであり、政治構造も原発も、医療も、教育も・・・
私は原種返りする方を選択する。
あなたはあなたなんですよ。私は私なんですよ。
誰に与えられた世界ではなく、私の繰り広げる世界で生きていたい。
さ〜、見えてきたね、明日の自分。






ありがとう。









[PR]
# by polepole-yururin | 2017-10-17 11:18 | 思うこと | Comments(0)


京大有志の会にUPしています。

e0253482_18414707.png

e0253482_18415946.png

e0253482_18420956.png

定員50名 参加者は事前に連絡をお願いします。
参加者2000円
☎0537−27−1428 or 090-6351-6633
Emaill:agoraart@thn.ne.jp/URL http://web.thn.jp/agora/


「子どもと戦争史2」

=--薬と子ども、子どもと戦争、戦争

と菌--=

里山の風景はここ2年で大きく変わった。老齢化した耕作者は、茶草葉農法の茶畑を止めた。

竹が生い茂る荒れた茶畑,手間のかかる米づくりは,休耕田と畑に変わりつつ細々と続く。にぎやかだった蛙の鳴き声は,何かおとなしく聞こえる。社会を取り巻く事象の変化は、まず子どもたちを襲った。いつの時代もそうだが子どもたちからなのだ。敏感で窮屈な思いをもちながら、力ずくでは敵わない子どもたちは、学びの場で、地域で、家庭で「おとなしく」と嗜められ、逆らえば、問題児としてあつかわれる。親や教師は、子どもをカウンセラーへ、時には、診療内科の医師に委ね、病名がつく。従来のちょっとわからん子ちゃんやいたずら坊主に病名が付けられると、精神薬投与が始まり、本来の自分ではない自分に変えられる。これが“教育の医療化”?この数年、アゴラで見た子どもを取り巻く現状だ。大人は子どもがおとなしくなったと「ほっと」する。ほんとにこれでいい?教育

の医療化って?医療産業が儲かるって?国の軍産学共同の推進の中、軍需費の拡大って?弾道

ミサイルの国の対応???里山の空はいつの間にか軍用機が飛び交う。煮えたぎります。本当に今何が起こっている?腹の記憶が沈んだ歴史を呼び覚まします。今日、地の脈に新水流れる。

アゴラ子ども美術工場 渋垂秀夫


e0253482_18324986.jpg

e0253482_18423323.png

e0253482_18430116.png

e0253482_18433154.png


山田真(やまだ まこと)

岐阜県美濃市生まれ

小児科医

東京大学医学部卒業

八王子中央診療所所長

森永ヒ素ミルク中毒、水俣病等の被害者支援、

福島第一原発事故における被曝者の健康相談など、

常に患者、被害者の立場に立った医療活動を続けている。

著書

『水俣から福島へ』岩波書店

『はじめてであう小児科の本』福音館書店

闘う小児科医』―ワハハ先生の青春 ジャパンマシニスト社

子育て―みんな好きなようにやればいい太郎次郎社エディタス

子どもに薬を飲ませる前に読む本』講談社

『障害児保育』 創成社新書

『育育事典』(共著)岩波書店

e0253482_18431567.png

藤原辰史(ふじはら たつし)

北海道旭川市生まれ

京都大学総合人間学部卒業

現在、京都大学人文科学研究所准教授

自由と平和のための京大有志の会

歴史学の立場から「農業」や「食」を考え

飢餓や戦争と平和への提言等の活動をしている。

著書

『カブラの冬』人文書院

『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館

『ナチスのキッチン』水声社(河合隼雄学芸賞)

『ナチス・ドイツの有機農業』柏書房(日本ドイツ学会奨励賞)

『食べること考えること』共和国

『トラクターの世界史 』- 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち 中央公論新社

『戦争と農業』集英社インターナショナル

2017美術手帳10月号に『人間チューブ論』発表掲載。


*京大油有志の会にもUPされています。
昨年の講演会は京大有志の会のサイトでUPされています。




[PR]
# by polepole-yururin | 2017-09-26 07:06 | お知らせ! | Comments(0)
f0215179_18544084.jpg
f0215179_18534983.jpg
f0215179_18553614.jpg
f0215179_18562151.jpg
ー清水真砂子さん講演録ー  
私の箇条書きですから、ニアンスを読み取ってもらえないかもしれませんが・・・。講演を聞かれた方は思い出しながら読んでください。

この社会はいやな空気を持ち出しています。

日常にしがみつく事の大事さ。

8月28日朝、私は、絶対に日常を手放すな!と思いました。手放したらアウトだなと。

植木等やチャップリンが繰り返し、表現の中に細やかな抵抗をした。細やかな抵抗を繰り返す事の大事さ。危機感を煽って軍需費をあげる。心理操作でしかないのに・・・

共謀罪が通ったことの一つに、東京新聞に政府が抗議したとありました。あからさまに出た政府に、これはあぶないと・・。

今夢中になって読んでいる本、アーサービナードの「知らなかった僕らの戦争」という本があります。いつも本屋さんで買っている。本屋がなくなるので・・・一冊ずつ買っている。

(少し話はとんで・・・)

今回は図書館の御世話になった。読みたかった本がなかったので、、、内村かんぞうの「末裔たち」という本を読みたくなったから。

(第二次大戦の小栗町のキリスト教独立学園の園長さんをしょっぴいた話をされる。)

私は社会に対して[「どうせ」と思った時には、そう言う人の良い仕事をみるようにしています。

良い映画、本など・・・人間に失望しないように自分を励ますんです。

こういう時にこういう人になりたいと思う人がいる。

それがロベルド・アノー・写真家(ルノーの車のカメラマン)。自伝の中に電車か地下鉄の中で苗木を持っているモデルがいる。その人はナチ占領下のパリでゲシュタボ(特高警察)が捜査に入り、そのモデルは印刷屋で、逃げてきた人たちの証拠書類を廃棄し、地下の河に流した。その事を戦後もその方も言わなかった。誰も知らない。その行為で生き延びた人がいる。

こんな人がいるって・・・

こういう社会の中に、かくまう勇気の大事さを思います。

人間なんてどうせ・・・ではない。あの人が居なかったら生きていなかったかもしれない。あの人がいなかったら・・・そういう人の行為にふれると、まんじゃらじゃないな~てホッとします。

ルアーブルの「靴磨き 」(映画)。アフリカのある所から密入国して・・・の話。抵抗運動をやった男に助けられて・・・靴磨きの男に希望を貰う。かくまう事はどういう事だろうと考えていた。

他にも、私事ですが、下北半島の旅に言ったときの話です。その時に50代くらいのバスガイドが、停年の運転手に聞いた話。運転手が子どもだった時に自分のうちのおばあちゃんが夕方に、エプロンになんか包んで出て行く。それについていくと、おばあちゃんは、浜の船小屋に消える。そこには、朝鮮労働者がいて、その人達は、脱獄者でその人たちに食べ物を与えていた。希望が持てて・・・そう言う人たちに連なりたいな〜。

「どうせ・・・」は傲慢。


宮崎駿さんにはどうしても入っていけない。高畑さんがアーサービナードの「知らなかった僕らの戦争」という本の中で、宮崎さんの作品は、風の谷のナウシカまでは良かった。それ以降は笑えなくなってしまったと、高畑さんが言っていました。

宮崎の主人公の女の子は、かわいくて、けなげで、かわいそうな子。

女の子すべてがみなそうではない。その部分がなくなれば、宮崎の作品はもっと豊かになるではないか。

高畑さんの作品の「かぐや姫」はよかった。これは面白いと思った。線がおもしろい。この切れ目に私たちは入っていけると思った。高畑さんの描く人間は線が切れていて、線の切れ目って面白!宮崎さんは線が閉じて、出来上がっているんです。

練馬区の九条の会のこと・・・ある方のお話の中に「傲慢だぞ」と思った事に、高畑さんがその話にいさめた時、高畑さんをはじめて意識しました。

アーサービナードの本の中に・・・ハラハラドキドキについて書いてある。高畑さんは、宮崎駿の作品は今やドキドキになっている。ハラハラは、能動的で、ドキドキは冷静に判断しない。つまり、ドキドキは成り行きに流されてしまうんだと。

ハラハラは客観的に自分を常に外から見ていないと感じられないのだと。

鶴見駿輔さんの言う当事者感覚に似ている。

宮崎アニメは、「わ〜!」と巻き込んでいく。つまり流されていく。すべて流されていく、その危険性。ハラハラの表裏一体が笑いだと。

ドキドキして読んできたのか?ハラハラとして読んできたのか?(ハラハラは危ないぞあぶないぞと思いながら読んでいること)

「岩場の上から」黒川そうさんの本の中には普通のどこにでもいる男の子、女の人が出ている。とてもいい。黒川さんは、鶴見駿輔を支えた人。

鶴見さんは息子さんに自殺しても良い場面が二つあると言っている。女性をレープしたくなる瞬間と殺せと誰かに命令され言われたときなら自殺しても良いと言った。

それは、鶴見さんはアメリカハーバードにいて、負ける時には負ける祖国にいたいと思った。帰国するときの船で殺されかけた。隣の部屋の人が殺された。たまたま隣の人が亡くなったが、自分の部屋に入り込んでいたら自分が死んでいたかもしれない。ハラハラした。つまりハラハラは主人公と一体となる感覚。当事者感覚。

(話変わり)

先生、私、本を読んでも内容を忘れるんです。と80歳の人が言いにきた。「あれ?なぜ忘れてはいけないの?」と聞くと、「本は読んで覚えて勉強するものでしょう、と。

学生たちもよくいう、本を読んでも覚えていないといけないという。そんな馬鹿な。

つまり、学生は、ノート一いっぱいになる事を求めてて、学生が求めているのは情報なんだ。と。

本を楽しむ為でなく、覚えるもの、読書感想文のためにとか、成績の為とか。・・・そういう風に教育が教えてしまったのか・・・


(教師時代の話になって・・・)

授業は教えるものではなく、私は体験してくれさえすれば良いと思っている。この時間を生きてほしいと。

子供達はノートがいっぱいにならないと・・を求めている。それは違うと思う。

戦争体験について語ることについて私は違和感をおぼえる。

戦争体験で語られるのは、された事ばっかりで、自分が被害者になっている。どうしてこういう事になったかを誰も語らない。そうなると、もっとそう言う事が起こるかもしれないと思ってしまう。

戦争体験を語る人は大変エネルギッシュだ。こんなにもたいへんだったという。で、今にいる若者は、戦争を語る事ができない。語る人生ではない。平凡だと・・・その感覚って・・・

私はある会議で戦争体験に対してもういいと思ったのです。それに異論はあるでしょうが、戦争体験を語るより、平和を生きる難しさを感じたのです。平和は、平凡で、ハラハラドキドキもないのかもしれない。ドラマでも物語でも、悲劇があって喜びがある。だから苦しみ故に平和の大事さを感じるように・・・でも平和は退屈で、何もない日常と勘違いする。悲劇のヒロインさえ生まない。けれど、この平和を生きることに意識を置くことの大事さ。平和を生きる難しさを感じるのです。と。


9月9日の朝日新聞の朝刊渡辺恭二さんの記事があった。

渡辺さんが10歳の頃「レ・ミゼラブル」に出会った。この本は自分が人間になるためにどうすればいいかと問いつめられた本だった、と。

私自身も子どもの時に「レーミゼラブル」読んで同じような事を思った。

罪を犯した人間が、生きられるかどうか・・・

児童文学をやっている意味は、ジャンは救われた。救われなかったら人間に絶望していたかもしれない。その救いを求めたんだと。

この本で、人間は信じられるし、生きられると希望を持った。だから児童文学の世界に希望を感じるのです。こどものときにあ〜いう本に出会う事。

この世に生きていて大丈夫なのか、この世に自分のいき場所はあるのか、人間は信じられる。それが生きられる事なんだと。本当に生きられると持った。あれがあるから生きられた。そう言う出会いって大事だなって。

そこで人は人を信じられる体験をする事、それで、生きられるし、支えられる。自分自身に問われたと言う体験をした本。

ところが、今日の学校教育現場において・・・

最近自治会の広報に、中学の校長が、今年は1番から○○番までの生徒が卒業しましたとあり、私はものすごくびっくりした。何名の生徒が卒業したでよかったのでは・・・刑務所や軍隊であるまいし、生徒を番号で呼ぶなんて、なんという感覚なのか、教師の意識や、社会の意識に疑問を持った。これを近所で言うも何でそこにひかかるのかわからない・・・という顔になっているので・・・だんだん言わなくなって・・・。そう言う事があっちこっちにはびこっている。

話は、元に戻りますが、宮崎駿氏の作品はドキドキワクワク、あ〜よかったでおわってしまう。・・・それをバッシリという高畑さんに共感を得たんです。

(話は変わり)

私は文学部だったのだけれど、フランス文学者の渡辺かずおという先生の静大の講義をモグリで聞きに行った。

その時のテーマは、「ルネッサンスと魔女狩り」だった。

ルネサンスはとても人間開放で良い時代と思っていたら、魔女狩りがとてもたくさんあったという。

火あぶりの刑にされている話しを聞いて、私がそこにいたら・・・私だったら・・・と必死で考えた。みんなが焼き殺せ!と言ったのか?魔女狩りにあった人を助ける?火あぶりを観ていられる?といろいろ自分に問いかけた。お前はどうする?と聞いた。とりあえず自分は立ち止まる人間でありたいと言い聞かせた。それが人生の最大の課題となった。

問いかける大事さ。

「夜」みすず書房 (エル・ビーゼル)の本を紹介する。

この話は、ナチ時代の話。収容所を消し、収容された人たちも逃げる。彼の父は体力がなく、走れなく、倒れた。その時エルビーゼルは父親の手をスーと離した。迷った自分。

その場面に、私もやるなと思った。大きな課題です。でもやってしまうんだったら、やらなくていい状況を作ることに意識をむけようと思ったし、・・・社会運動をやったのか・・・

学校の先生に言いたい。勉強って何??知識って何?本を読まなくってもすてきな人はいっぱいいる。


___後半___

私は、9年間静岡県立高校にいた。その後ゲドに会い、教師を辞めた。これを訳さないと死ぬ時後悔すると思ったから。

私はベキベキ(何々すべき・・・等)を学校で教えてて、それを家でそうじゃないとつぶし・・・また学校に行って・・・その繰り返しにいろいろ考えた。

島田高校から底辺と言われる高校へ転勤し、私は図書係りにならされて、図書にちくまから出ている漫画を入れた。すると、6・7人の高校の悪がやってきて(退学していい生徒たち)、「先生、漫画なんか図書に入れていいだかえ?」と言いにきた。その子らはどういう大人に出会っているか?本を読んでいない子たち。

漫画は悪いものと言われていたのだろう。そう言う人たちの物差しで事をみていたのだろう?と思った。

この学校に来て一週間目のことだった。ある駅で一人男の子(高校生)が「先生に今日生まれて初めて褒められた。」とその男の子は言った、その時私はよくぞここまで生きてきてくれたと思った。

褒められる事はそれまでにもそれなりにあったのかもしれないが、彼の受け止められかたの問題で、彼には学校で褒められた記憶がなかった。そう言う生徒がこの学校にはいっぱいいた。

ある時、「なぜ先生勉強しないといけないの?」と生徒は聞いた。

私は「支配者には勉強しない事の方が都合がいい。しないでいるとこれがいいのかわるいのかの判断もつかない・・・」と、

こんなことがあった。

1970年始めの頃のこと、あるお母さんが「私はいい成績とるためにこの学校にいかせたのでない。私は貧しかった。学無かった。肥料の計算や税金の計算をしていた。でも私のようにわからないでもそれなりに努力して計算してくれる嫁が息子に来る保障はない。小学校にいけなかったお母さんが息子にせめて税金の計算と新聞が読めるようにしてほしい。」と言った。教育とは何かを教えられた。

その後しばらくして私は青山女子短期大学で勤務した。そこは四大をやめてこちらに入るというくらいの大学だったが、新聞読める子がいない。読むとはどういう事か?読むとはどれだけの否定がかくれているか・・・を理解する事。

AはBであるを読むのではなく、AはBでなくてが書かれてていない事をどれがけ読めるか。

行間を読む事の大事さ。

ナバホインディアンの写真。この写真に私は感動した。それを写したカメラマンの感動を感じた。表現主体を初めて感じた経験。

何を写さなかったということ。行間を読む。かかれていないものうつされていないものはどういうことか・・・を考えるようになった。

それ以来いろんな絵、写真、報道写真など、カメラマンはどこに立っているかで写されているものがまったく違っている。そのことをその当時に出会ったそのおかあさんがピシーと教えてくれた。


私はデモにも出ていた。他の学校の先生もデモに行っていたが、その先生らは、生徒の密告の為にデモにいっていた。若気のいたりだったが、私は職員会議で、デモにいくのが悪いのなら、なぜいく前に行くなと言ってくれなかったのか!?といったが・・・デモにいった子供達は教師に密告されて退学処分になった。・・・

クラス委員がある時私に聞いた。身体がつかれたときは休んでいいのに、なぜ心がつかれた時には休んではだめなの?と。

私は「そうだね」って言ってしまった。

でこのクラスは心が疲れたときも休んで良いよっていった。ただし、私にはちゃんと伝えてほしい。と伝えた。

職員会議で多数と一で戦わなくてはならないから・・・

生徒たちに黙秘権もあると生徒に伝えた。


ゲド戦記を訳し終えた時、島田で高校紛争で処分された子がつかつかと現れた時、生きていてくれたんだね。と嬉しくなった。他、勉強嫌いな生徒たちだけれど、毎日6時間ちゃんとよく座っていれたねって思った。他にも生徒たちは私の家に来て、自分に瓦や百姓の子だと初めてはなした。でも学校ではあいつは生徒をうちによんで思想教育をしていると言われた。

学校では、生徒はまず職員室の前に、・・・お辞儀、入ってからまたお辞儀、用がある先生の所でまたお辞儀。おかしい。

いろんなことを子供達に教えられた。

私はことばって?あいさつって?をいつも問いなおしていた。

生徒たちがものさしをたくさんもっていたら・・・と。

今はネットでネトウヨに引っ張られる・・・おかしいと判断できること、はかれるものさしをいっぱい持っていたなら・・・と。

親戚の子がうれのこっちゃうと言った。こんな自分を物のように扱う感覚に違和感を覚えた。


10月7日にうちにくる、山形の校長。安積先生。高校生に何を恐れているか?と聞くと、100%親を恐れている。

子供達にやりたい事をしなさいなというと、親はそれを願っていない。と子どもはいうと。

恐れるべき者は何かと私は子供達に徹底的に教えると安積先生はいっていた。


夕方にゼミに学生がきた。戦争体験をしている人がうらやましい。私はすごいショックだった。私たちにあんなに生き生き語る事がないといった。

アメリカもソ連の若者のもベトナム戦争時同じ事をいう。語れるものがない・・・と、

生き生き語れるものがないってって!?

戦争体験は、どんな悲惨だったかを語るが、その状況を語る人がいない。戦争児童文学では、自然災害とどこが違うの?と思っていた。ほとんど自然災害と同じように語っている。戦争を悲惨な災害にあったように語っている。

悲惨さを語る方がドラマになる・・・おこられるが・・・

「平和を生き延びる」事をテーマに語る機会があって、その講演会の前にパースの町を歩いた。トイレのらくがきに俺たちに未来はないと書いてあった。すぐさま私は原稿を書き直した。

サバイブインピースという言葉にたくさんの人が共感してくださった。

しかしその後日本での子どもの本世界大会の時、戦争と平和を生き延びる大変さをいうと、あなたは戦争体験していないからだと非難された。でも戦争を語ることは、しだいに・・・戦争コンクール。悲惨さコンクールになる。

病気コンクールになる・・・これがいやだった。

あなたのいったことは非常に失礼だ、謝罪しなさいと言われた。でも私は謝罪しなかった。

山田真・・・座高を測る。第一次世界大戦の塹壕を作るのに必要で、その名残が残っていた・・わらえた。

私たちはドラマがほしい、たのしいより、不孝はドラマになる。これをやってしまうのが私たちなんだな。・・・

あんたたちは戦争を知らないんだと言う事はわかる。でも生物がただ生きるということでなく、健康な精神をもって平和の状況に生きる事の難しさ。戦争など悲惨な状況のときは課題がどんどんくる。そう言うときは向き合えるのだが・・・。私たちは平和に飽きる、だから何か面白い事がないかな〜とドンパチを起こしてしまう危険性。

ジョージ・ウォーエル、「春の訪れがわからない人間に、労働時間が減った事を喜べる事ができるだろうか。」その事がわかる人がどれだけいるだろうか。

若いお母さんたち・・・イベントの渡り。なんか面白い事に連れて行く。

子どもはイベントがほしい訳ではない。ブックスタートもいらない・・・

自治体と本屋がくっ付いて・・・

斉藤敦夫のスペインに行ったはなし。スペインの人が、なんで子どもに本が必要か?18歳までに本はいらない。お日さま、空、風に親しむ事の大切さ。両方楽しめば良い。日常を楽しむこと。

自治体はいつもイベントを用意しているから・・・それに流れてしまうが・・


言葉って面白い、

高山にいった時、あるお寺に「これからがこれまでをきめる」と札に書かれてあって、嬉しかった。

彫刻家の言葉「君たち、おだてにはちゃんとのれ!」これは大事なこと。

おだてにのれない時がある。おだてにのせようとするときにはもっとはらはらしている。おいとびおりてこい。に相手を信じてポンと飛び込んだら良い。

仕事ってそう言う事。


最近「断念する力」を考えている。

お金を出せば運命を支配できるようになってきた。そのことをやれない親になぜやらなかったと他者に言われる。人間の力を感じる力が大事だと思う。

「親になるまでの時間」奈良女子の方の本紹介し、断念する力の事が書いてあった。

他に「助けを求める力」・・とても必要だし、人と人を繋げる、山田太一もドラマで言っている。孤立しないこと。


最後にチラシに私の楽しみを二三書いたが、最後の一つは・・・

私は、再婚・・・私が37歳夫が35歳のときに再婚。

夫が「ぼくたちは、わすれない、はぐらかさない、我慢しない」でやっていきたい。と言った。

これはものすごくエネルギーがいる。

我慢しない事は難しい。我慢するは美徳だという日本、辛いことはわすれましょうもいうし、我慢することでどれだけ人生を歪めたか・・・

言葉を飲んだろうという暴力行為にちかいことが続いた。

我慢する事はすごく省エネ。でもいつか必ずしっぺ返しになる。

その一瞬は穏やかだけれど、我慢したことで、少しずつ少しずつ距離ができる。

「鉄道員」映画で「こうなることもみんなががまんしていたからよね。」というセリフがある。

気がついたらどうしようもなく距離ができていた。

生徒に「先生は授業で思っていた事を素直にいった。」といわれた。

「午後私のさぼって映画を観に行きます。私心がからからになっているから心をみたされるために映画にいく」と私が生徒にいったんだと・・・生徒が覚えていた。

読み聞かせをすると心が豊かになるといろんな所でいわれるけれど、・・どういうこと?と聞くと、心が豊になるとは、「優しくて・・・」というが、心が豊ってそんなこと?って思ってしまう。

心が豊かになるって、「あ〜無情」を読んで・・・自分の思いに気づく事などじゃないのかな?と。

学校教育は大事な事に触れない。優しい子、他人の思いになれる子だけをいう、隠蔽隠蔽ばかりいう。


「わからない事にとことんつきあうこと。」最首さとるさんのこと。

障害の娘さんに病院に連れて行って診断受けた事がない。これは大変エネルギーがいること。

絶えず聞く。いつもたずねる。そういうふうに言葉をはなさないわが子へずっと関わっている人。

私たちは早く答えがほしい。

ゼミの学生がある時、「先生わかりました!私、親からずっと何で勝たずけができないん!って起こられていたんですが、私は、かたずけられない症候群だったからなんですね」と喜んで言った。・・・

私たちは、わからない事を早く答えを得てすっきりしたい。でも答えを得る怖さ・・・だからわからないでいることの難しさを思う。

早く答えを欲してしまったら・・・とんでもないものにひかかるかも・・・。

わからないことって、思考し続ける事なんじゃないかな。

________________________________________


以上の清水眞砂子さんの講演会の事を自分なりにまとめ記載しました。

清水さんは大変優しく、真っ正面から物事に向き合っていらっしゃり、また曖昧にされない清々しい方でした。

この社会において、はぐらかす人の多い中、曖昧にしない人がどれだけいるか。

信じられる方がどれだけいるか。

優しさはいいよいいよって何をしても頷いてくれる人や傷のなめあいのような中途半端な行為を優しさと思っている人もいるかもしれない。

でも私は清水さんと出会い三年の月日が流れて、いまやっと少しだけれど、本当の優しい人に出会った喜びを感じています。

優しさって曖昧ではいけないのです。優しさってうけ流す行為ではないんです。

私たちはまやかしの優しさに毒されてきたようです。

それが今の福祉の中に隠されています。

学校で習う優しさって何ですか?

言葉で〇〇と書ける事ではないんです。

本当の優しさって優しさを与える人が本当にエネルギーがいる事なんですよね。

ゲド戦記は私は映画から知りました。

ゲド戦記は、世間では失敗だと言われたようだけれど、私はジブリ映画では一番好きで、映画音楽まで買って聞いていました。場面場面の情景を浮かべて聞いていました。

ゲド戦記の映画表現よりも映画の中の台詞がとてもすてきで、生きることの意味を問いただすような、大事な言葉の数数だったと記憶しています。

それが期待はずれだと評価されたのには、なんかな〜と世間に違和感を覚えました。

ただ本は買ったものの、読む行為にはなかなか至らず、時間が経ちました。

清水さんを知って読んだ本は、児童文学の評論の本やエッセイでした。

その切れ味の良さに少したじろき、出会っていたものの、厳しい人だなとも思っていました。

そしてようやくゲド戦記を読めました。感動しました。

あ・・・あの映画にひかれたのは、清水さんの訳に惹かれて感動していたんだ。と改めて私の感覚に少し嬉しくなりました。

「ゲド戦記」全巻を二人の息子に買いました。

彼等が今すぐ読まなくても、きっと人生の中でこの本の中に答えが見つかる時が来るかもしれないと思ったからです。

今、私は世の中にいろいろ不信を抱いています。それは政権のせいかもしれない。それに従う大人の存在かもしれない。命と思想に偽の行為を施しているから、その行為ほど、人間の本質を歪めるものはないと思います。

「信じる事で生きるられる」・・・本当にそう。

信じられれる人にどれだけで会えるか?

私は最近そう言う人に出会い始めています。だから生きられる。

そして息子たちや、私と出会った小さな子供達にもそう言う人の存在をちゃんと伝えれる。この安心感を今得ています。

こんな時代だからこそ、これが希望と言うのだと思います。




[PR]
# by polepole-yururin | 2017-09-19 18:58 | 私の活動 | Comments(0)


上記リンクは先日の紙芝居と版画野ワークショップの模様です。

下の記事はしばらくの間固定します!
 〜水〜  絵画と陶芸
はないみほ展  
9月6日〜9月17日13時〜18時
月曜、金曜休館 場所:アゴラ子ども美術工場一階アトリエ
e0253482_16355581.png

ゲド戦記翻訳家の清水眞砂子さんの講演会開催します。

是非アゴラにお越し下さい!
定員50名です。お早めに申し込みください。

f0215179_22102305.png
f0215179_18462662.png
f0215179_22103627.png



f0215179_18544848.png
f0215179_18543830.png
f0215179_18542684.png
f0215179_18541717.png
f0215179_18540556.png




[PR]
# by polepole-yururin | 2017-08-11 19:02 | お知らせ! | Comments(2)

是非アゴラにお越し下さい!


版画家・村田美菜子さんと街頭紙芝居師・古橋理絵さんのワークショプと展覧会開催!


面白過ぎてごめん!

楽し過ぎてごめん!

かわい過ぎてごめん!

いろんな思い出できる大事な時間!

この夏にこの体験をお見逃し無く!

二度と言わないよ・・・ぜったい来るべし!



f0215179_14105785.png
f0215179_14160939.png
f0215179_14104648.png


f0215179_14110747.png
f0215179_14111866.png
f0215179_14121124.png
f0215179_14120294.png
お待ちしています!

[PR]
# by polepole-yururin | 2017-07-26 17:13 | お知らせ! | Comments(2)

もはや機能しない行政


北の空が黒い。
お昼頃からゴロゴロと空が鳴ってきた。
あ・・・夕立か・・・来るな来るなと思っていたら、14時過ぎにザザザ〜と大雨。
f0215179_15373883.jpg
f0215179_15381048.jpg
f0215179_15383337.jpg

まあ降るわ降るわ・・・
雨樋が途中曲がって、アトリエに雨水が入りそう・・・だから木で樋につっかえ棒して雨水を外の溝に流した。
古民家たるもの、こういう具合に不都合が起きても、私たちの頭を使ってあり合わせの道具を使えば応急処置ができる。自分で対処できる感覚をこういう時にもつ。生きてるって感じがする。
すると、ザーザーザーと降りしきる大雨の音の中に広報のピンポンパンポン♪
なんだ?また何の広報だ?っと耳を澄ませば・・・
「本日はこの地区に高温注意報が出ています。外に出るときは、熱中症対策を十分にして・・・」と流れた。
え?え?え〜〜〜!?何じゃこの広報は!?
大雨がこんなに降っているのにどうして高温注意報だ!?おかしい。
それにこの大雨、今30分も降り続いている。
パソコンでこの地区の天気予報を調べれば、下記の如く。
おかしいぞ、市の広報。まったく機能していない。
日頃、警察からのオレオレ詐欺の広報や、ライト点滅の広報がうるさいくらいだ。
さらに市の広報は、熱中症予防やノロウイルス注意とか、必要か?と思う広報が多すぎる。
この広報は、我々に条件反射で動くように訓練させられているようなもんだ。
さらに今日の大雨の日に熱中症予防注意報。間違いだらけの広報。
広報は嘘を伝えるって教えているじゃん。
何処が高温だ!?雨が降って涼しいわ。それにどうせ言うなら大雨注意報じゃん!
これ、市の行政が国から与えられた指示通り流しているだけじゃん。
自分で考え、自分で動く人がいない。
市が国の言うままに順番に下に情報を垂れ流し、下が疑いもなく機械的に動いているだけじゃん。
壊れたレコード・・・ラジカセ・・・CDの如く・・・
これが生きた行政だというなら、ちゃんちゃらおかしい。
もはや機能していない行政だね。
 
今、国会では、安倍晋三氏や菅官房長官、その他諸々の官僚たちの答弁は、見え見えの嘘っぱち。
こんな国会あるのか?
馬鹿げている。
安倍晋三氏は、嘘をいう事さえおかしいと判断できていない。
菅官房長官は、安倍を守る為の三つくらいの台詞をテープレコーダーに仕込んだロボットだし。
その他の官僚さんたちも、よくもま〜こういう風に生きてこられたもんだと。
それにしても、嘘ほら吹きの官僚や引っ張り出された人材のお顔は、目立つ要素のない顔相である。
悪巧みを考えている人たちの顔は歪み、悪巧みをしている人相になっているが、嘘ほら吹き官僚やOBの人たちの人相は、悪いと言うより、覚えられない意志のない人相だ。
だからか・・・存在価値は、ある時誰かに引っ張られ、権力が使える人材だったのだろうと。
これを保身というのか???
今の市の行政も同じだ。市民に嘘の放送を流して脅してる。
今日の天気見て雨だってわかった時点で、広報が必要だというのなら、高温注意報の広報は間違いだったと正せよ。
でないとこの広報の機能は、無となる。
震災当時、広報で、直ちに危険性はない(逃げる必要はない)と言った枝野官房長官の言葉や、津波で、家にいると危ないと高台にある家の老人を公民館に逃げよとルーチンの対処をした民生委員。結局、公民館の方が海側で、津波は避難した老人の命を奪った。
自己判断できず、政府の言いなりの市の行政に従っているとどうなるか・・・
それを今まざまざと感じるのである。
嘘八百の行政。
三角ピラミンドが完全に出来上がっている今の日本。
その日本の頂点があれだから、その下に流れる情報では我が身を守れない。守れば、大本営に従った戦争に駆り出された自己犠牲美徳のあの頃の日本人に。
この嘘情報を、どれだけの人が感じ取るか。・・・
そんな時テレビでは水泳やサッカー、野球・・・あらゆるスポーツの祭典が垂れ流し。
頑張れニッポン!頑張れニッポン!
加計学園、森友学園など、特区を食い物にし、年金を私物のように使う政府は、それでも嘘をつき続け、オリンピックだよ、みんな!と同時に囁いて同じ戦略続けてる。
1937年のあの頃も東京オリンピック!だって政府がいい、天皇がパフォーマンスし、民衆を集団意識に持って行って仰いでた。同じく、政府は226事件始め、岸氏率いる官僚が、満州で・・・朝鮮で何をしていた!?・・・満州は一種の特区だわ。
そういうこと、ちゃんと気づいている民衆でいてほしい。
行政はもはや機能していないに等しい。



今日明日の天気

2017年7月26日 12時00分発表

7月26日(水)

0時

弱雨

弱雨

27℃

3時

弱雨

弱雨

26℃

6時

弱雨

弱雨

26℃

9時

弱雨

弱雨

27℃

12時

弱雨

弱雨

25℃

15時

弱雨

弱雨

25℃

18時

曇り

曇り

25℃

21時

曇り

曇り

24℃







f0215179_15365028.jpg
あ、カエルまで泣いているじゃん!熱中症予防は何処えやら?



[PR]
# by polepole-yururin | 2017-07-26 15:30 | 思うこと | Comments(0)

自然は不思議と伝え


f0215179_08374057.jpg
薄いピンクのユリの花が凛と山の斜面に咲いていた。
この間までみられなかった光景を目にする。
わ〜っと心が弾む。
きれいだ♪と。
世の中はどうなってんだ!?って思う事しばし。
日々いろいろ意識もって動いていても、なかなか届かない・・・いや届かなくなってしまったのか・・・
同じ認識の人が少なくなったのか・・・
優しさの、はきまちがえが溢れんばかりにある。
そんな世を憂いたとて、これは自分の傲慢さか・・・
そんな時、山の庭に腰をおろしてコーヒーを一杯。
は〜・・・とほっこりすると目の前にユリ。
あ・・・去年もあったかな?私が植たかな?
震災から6年半。岩盤の岩肌に今は緑の絨毯が。
この山の斜面の花々は、原種帰りをする。
もともとこんな色でなかったな〜って思える花が、一年経って現れる。
何で?
東のターシャの庭と命名した所の花は、育てられた通りの花の色や形が咲くのに・・・
山の庭の不思議さを感じる。
これはアゴラ森物語で語った所。この庭に入るとガクッとなってあれあれってなって、何かが違う。アゴラ森の入り口。
確かに不思議。
2008年ここは土砂崩れがあった。原因は大雨と上の森の持ち主が山を放置。間引きや伐採もせず、檜、杉を植えて、大きなさかい木が倒れた。するとどどっと土砂が崩れた。
消えたアゴラ。
でもアゴラが大事と思った人々が集まって、土砂を取り除いた。
そこに顔をだした200万年前の貝化石。
ここは200万年前は海だった。
貝化石と言葉だけで終わってしまうと、ふ〜んだが、昔の匂いが表に出た訳だ。
そのむき出しの岩盤に私がへばりついて植えた草木。
200万年前の土に草木。・・・そうだね、原種帰りするに決まってる。
土が恵み。この土は買ってきた土でも、ガレキの山から運ばれた土でもない。
大事な大事な山の恵みともっと奥の200万年前の厚い厚い地層が重なりあう土。
母なる大地とこれぞいう。
ようやくなっとく!この原種の森は神秘的。
その神秘は、あっち向いていたらわからない。
このたった一日の・・・このたった数時間の・・・この一瞬に・・・見える神秘がある。
このユリも・・・
f0215179_08381671.jpg
この四季咲きの庭藤も・・・
この庭藤は昨日まで葉っぱだけが見えていた。
この庭藤、地味だな〜て植えた私も少し落ち込んだ。
次の日、あれ・・・景色が変わる。
なんと美しい光景だ!?
花かんざしのような、・・・夏に涼しげな花かんざし。
なんとなんと!この一瞬に自然界の神秘を味わうのである。
これは自然の中で、世にかまけず生きている瞬間にやってくる。
これを見れば、自然を壊すなんて思うまい。
この美しさ、感動をたくさんの人が日々感じていたならと思う。
f0215179_08384616.jpg
オミナエシも美しい。アゴラ森はそろそろ夏の衣替え。
黄色の花が現れる。

f0215179_08392563.jpg
六月を彩ったアジサイがそろそろ息を吐き出し、ため息ついた。
もう少しでお休みに入るよと。
f0215179_08401186.jpg
一ヶ月の色どりをありがとうと挨拶すれば、・・・あれあれ・・・
f0215179_08405200.jpg
 

デンデンムシ虫かたつむり!
かわいい赤ちゃんのカタツムリ。
あ・・・そういえば、カタツムリって見なくなった。
子どもの時は何処でも見れたカタツムリ。
角を触って、手の上に置いて動かして・・・ジュルルジュルルと腕を上るマイマイ。
デンデンムシ虫カタツムリ・・・お前の目玉は何処にある?
確かにわからぬ目玉。角と間違ってたっけ!?
なつかしいこの光景は今や子供達の中では見れなくなった。
うそのような悲しい話。
アゴラ森でもこの山のアジサイの付近だけで見れる光景。
表の庭にはなかなかいない。
農薬地獄の成れの果て。除草剤の成れの果て。・・・いったいこんな世に誰がした。
無知で従順な民衆が、右にならえで、やらかした実体。
大きなため息また一つ。
f0215179_08412304.jpg
f0215179_08414443.jpg
デンデンムシ虫カタツムリ・・・それでも子供達に教えましょう。
2017年7月18日、戸田書店の一角では、アゴラの先生が二歳児の子どもさんたちに造形を教えています。
デンデンムシ虫カタツムリを作るよって!
くるくる色画用紙の端を丸めて・・・デンデンムシ虫カタツムリの出来上がり!
歌を知っていても、ほんとを知らぬ子供達になってしまった!?
いやならせない・・・
アゴラにおいで!・・・デンデンムシ虫カタツムリは目の前にちゃんといる。
忘れない。なくさせない。真実って今や難しいけれど、きっとこれだってことがあるんだよ。
真実は、カリスマ的に人を動員しないのですよ・・・
真実は、もっと地味にもっとゆっくりと、表に出ないのですよ・・・
むき出しにこれだこれだって事はないんですよ・・
真実はもっと静かに、透き通るように、さわやかに掴める感触なんですよ。
初々しさ・・・清々しさ・・・炭酸が弾けるようなさわやかさ・・・そしてほっこりと優しい。
それをアゴラでは伝え続けています。
この感覚。感触。ちゃんと掴んで下さい。
時間は有限なり・・・このチャンスを見逃すな・・・ってね♪
f0215179_08475798.jpg
f0215179_08492357.jpgf0215179_08511592.jpg












終わり、戸田書店のど真ん中にアゴラ子ども美術工場の造形展。
子供達とお母さんたちが見に来てくれた。
触らないよってお母さんは子どもに言った。
二歳の子どもさん、手を後ろに組んで、「しゃわらない」って言葉に出して、じっと小さな陶芸の人形を見入ってた。
不思議・・・
子どもってわかるんだ。触っちゃう、壊しちゃう・・・親が伝えないからわからない。
親さん、大人さん、子どもはわかるんですよ、小さな子どもだからって・・・いやいうやちゃんとわかるんですよ。
大事な事はわかるんです。
伝えてください。しっかりと。
だから大人さん、知ってください。本当に大事な事を。
f0215179_08515987.jpg
8月4日、5日、6日にアゴラで面白い事あります!
是非来てください。
f0215179_13594682.png
f0215179_14001172.png

[PR]
# by polepole-yururin | 2017-07-23 09:49 | 思うこと | Comments(0)
追記7月17日
e0253482_11483313.jpg
7月11日より、子ども達の日々の展覧会に変わりました。
是非日頃の子供達の作品を見に来てください。
今いる子供達だけでなく、卒業した先輩方の作品も展示されています。
先輩たちがアゴラの生徒時代に作った作品です。
当時を思い出す作品です。
勢力的な作品、アイデアある作品が揃っています。
懐かしく・・・こういう風な作品を作っていたんだなって思えます。
スケッチブックも展示しています。
子供達の日常描く素描画はいい。
時にらくがきのように思える素描画ですが、これが大事な記録です。
親御さんたちは、このスケッチブックを宝物のように大事にしてほしいと思います。
捨てるなんてダメ!
自分が描いたもの、作ったものを捨てられたら怒るでしょう!?
子どもだから・・・そんな感覚は子どもを無視しています。
子どもはちゃんと人格あるひとりの人間です。
らくがきと思えるものもあの当時の精一杯の表現です。
大人が見てどうか・・・という判断はおかしいのですよ。
大事にされるってことは、自らだけでなく、本人から生み出された作品一つ一つ大事なんですよ。
先生はアゴラでゴミのように扱われたものも作品として大事に飾っています。
いらないものは本当はないんです。
よく整理整頓・・・掃除すれば幸運がまいこむという本が出ています。
スピリチャル本のようなそう言う本。他に宗教でも整理整頓が大事と強く言われたり・・・
すると大人は幸運が大事だから、幸運の為に整理整頓します。
掃除は大事な事だと思いますが、整理整頓のための子どもの作品をゴミと扱う人が多い。
これ絶対に間違っています。
ゴミ扱いされた作品は子どもにとっていらないものになってしまう。
なら生み出す意欲は無くなってしまう。
子どもを大事にするってのは、子どもの表現を大事にする事なんです。
表現は自分なんです。
その一つ一つをもう一度考え直してほしいのです。

もうひとつ。
子供達の作品がいろいろ触られていました。
いくつかの作品は無くなっていました。
タイルばりの棚のタイルがわれていました。
私たちは毎日展覧会場に行って整理します。が・・・昨日はびっくりしました。
子どもの工作作品も遊ばれていて、ねんどの作品がちがうところにありました。他2個なくなっていました。
タイル棚は持ち替えり修復しました。この作品は今高校生のAちゃんが小学生の時に大事に作った作品で、彼女は今も大事に家で使っていました。私の宝物だとして。
その記憶を先生は一つ一つの作品に持っています。だから修復して・・・
一つ一つの子供達の制作作業を私たちは見ています。だから言葉を添えて名前をつけて、大事に飾ります。
作品を触る気持ちってなんだろう?私にはない。
子どもさんがなにげに作品で遊んでいるのを親さんは放置するんだろうか?
ものの大事さが今わからないようになってしまった。
ブランド、数十万もするようなものは大事?ってなことになってしまったの?
そんなものいくつもつくれるんだよ、子どもの作品はこの今の瞬間しか生まれないんだよ。
このこれ!って特別なもの。これが子供達の作品なんだ。
大切な作品をどうか大事に見てください。
そして親御さん、子供達へ、また自らが大事なものの感覚を麻痺させず、思い出してください。
e0253482_07563000.jpg
e0253482_07570648.jpg
e0253482_07574009.jpg
e0253482_07580952.jpg
e0253482_07584270.jpg
e0253482_07591151.jpg


e0253482_08015298.jpg
e0253482_08023635.jpg
e0253482_08030818.jpg


e0253482_07560062.jpg


世の中は、いろんなおかしなニュースが湧き出ております。
さらにいろいろと政府が強引に法律を作って動いています。
そんな中、私たちは何処を向いて生きるのか・・・私たち一人一人に問われているようです。
そんな世に光り輝く子ども。
子どもは宝と言いますが、汚れない子どもの存在は、尊い!
震災後に生まれた子供達が今年で1年生になりました。
はや6年。
一年生の子どもにとっての6年は、長い長い6年です。さらにその子どもを育てた親にとっての6年は、一生忘れられない内容の濃い貴重な6年です。

今の世は誰が作ったの?
政府がつくったの・・・いいえ政府だけでない・・・政府を生み出し、さらに政府を応援した大人が作ったの。
好き放題。お金大事。勝ち抜いて、既得権益守る事。保身。
だって勝ったんだもん。ボクの地位を揺るがす者はもういらないの。

うまく生きて行く方法は、強い者についていくこと。空気読める子いい子。黙る子はいい子。
何か悪い事をしたら、お母さんや誰かがなんとかしてくれるから。
学校の勉強できる子いい子。走り、水泳、野球、サッカーうまい子いい子。賞状もらえるのいい子。
・・・
そんな子が大人になって社会を作ってる。・・・全体の中のひとり。

自分をもつ。個の確立。
生まれた時はちゃんとあったんだ。自分。大事な自分。
『愛』で育てられてきたなら・・・自分も他者も大事にできる。

デジタルは、指示を与えられて動くロボット化の助長。もうやめよ。
あなたは生き物。自らの意志があって、思いがあって、そうぞうして、生きてるの。
あなたの他にも生き物がいる事が感じられるの。
無限に広がる喜びを私たちは知っていた。
それを子供達が教えてくれる。知らない子は知ってる子が教える。知ってる大人が教える。

子どもは未熟・・・うそ!
汚れ荒んだ社会で学んだ術を生きる事だとした大人より、いっぱいいっぱい大事な事を知ってる幼子。

子どもを大事する事。それがこの世の光だと。

それをずっとずっと感じて・・・阪神淡路大震災時後、原点に戻ろうと里山に子どもの居場所を作ったの。
そして20年の月日が経ちました。
20年という時間を、続けて・・・そしてまた続ける。
20年という時間の中で生まれた子供達の作品展。
是非見に来てください!


e0253482_11471713.jpg
e0253482_11474421.jpg
e0253482_11483313.jpg
e0253482_11494420.jpg
e0253482_11510845.jpg
e0253482_11502793.jpg
e0253482_11515625.jpg
e0253482_11531743.jpg

さぁ、今月は夏休みにも入る夏!子どもの美術展を開催するよ。
『アゴラ子ども美術工場 日々の子どもと仲間 展』

 アゴラ子ども美術工場は、1997年に子どもたちが自分の表現を見つけるための実験場所にと思い開設した居場所です。自然に包まれ、ゆったりと時間が流れる里山で、美術の世界から生物の世界へと様々な感覚、意識を刺激して来ました。小さな美術大学のような、ファーブル昆虫記の世界に居るような場所として、これからもこどもたちの“そうぞう”を見守り続けます。 ※“そうぞう”-創造と想像


 今回は、アゴラから巣立った仲間と日々の子どもたちの“そうぞう”の記録と絵や造形の展示です。


〒436-0008 掛川市千羽1679
電話:0537-27-1428(担当:渋垂)


1、小倉鮎乃のイラスト画/ペン画、パステル、水彩、アニメージュ掲載コピー
今年2月アゴラギャラリーにて初の個展。好評を得た。また、雑誌アニメージュにも投稿、たびたび掲載されています。
◎7月5日(水)10:00搬入〜7月10日(月)閉店まで


2、子どもの素描画と造形/鉛筆、水彩、色鉛筆、マーカー、紙工作、木工、他、楽焼き
◎7月11日(火)10:00搬入〜8月2日(水)閉店まで


3、アゴラ子ども美術工場の日々/写真と文章の記録コピー
◎7月5日(水)10:00搬入〜8月2日(水)閉店まで


4、親子で楽しむ紙工作イベント/7月18日(火)/10:30〜11:30
※3歳前後のお子さんとお母さんが一緒に色画用紙、新聞紙、折り紙を使って作るイベント
※参加は自由です。スペースが埋まり次第締め切りとさせて頂きます。



戸田書店

[PR]
# by polepole-yururin | 2017-07-04 08:52 | お知らせ! | Comments(0)
藤原辰史講演会のお知らせです。

チラシが出来ました!
今、北朝鮮を煽り、戦争を画策している人たちがいます。
あの戦争を忘れて、いやや戦争を知らない子供達が大人になってお金儲けのために
戦争を起こそうとしています。
沖縄戦、広島のピカ、長崎のピカ、東京大空襲、様々な悲しみを生み出した日本の歴史をなかったかのように消し去り、
戦争を肯定します。
競争を強いられ、敵は友であると知らず知らずに教育によって刷り込まれた子どもは大人になりました。
競争を勝ち抜くため、生き残る為と必死で勝ち抜いてきた人たちは、〇〇のため・・・に動かされます。
北朝鮮が危ない!だから武器を持ち悪い事をする北朝鮮を押さえつけてやる。
その意識が武器を持ち犠牲をも仕方ないと思ってしまう。
その武器を持つのは誰でしょうか?
権力者ではないのです。
私たちの子どもです。
北朝鮮も同じ事が起こるのです。
敵は国ではありません。
敵は・・・私たちがにらみをきかせる矛先は傲慢な戦争を煽る権力者であり、武器を作り儲ける企業家です。
税金を市民に遣わず、税金をどんどん徴収し、自由競争を強い、
ブラック企業を応援するしくみは誰が作ったのですか?
貧しさ故にお金を生み出す方法を探し、軍隊に入隊する。国家公務員になろうとする。
その人たちは、国家権力のコマになります。
権力に抗議する人を抑えるのはそう言う国家に雇われた人たちです。
ヘイトスピーチも、権力に雇われ、遂行します。
どんなお金でもお金はお金。
お金で人生を生きながらえていく。
こういうしくみを権力者は作りました。
権力者はお金で政治を買いました。
選挙システムを権力に有利なように書き換えました。
絶対不動の権力維持を作りました。
その構造を知ってください。
私たち市民は何を見て、何に動かされているのか?
悪いやつをやっつけろ!とは、武器を持ち、戦争をすることでしょうか?
悪いやつは誰ですか?
この構造を知りましょう。
5月9日、風通しのいい思考が生まれますよ、きっと。

f0215179_12591417.png
f0215179_12595958.png
f0215179_13002779.png
f0215179_12593796.png
f0215179_13004676.png
f0215179_13014062.png

[PR]
# by polepole-yururin | 2017-05-01 13:27 | お知らせ! | Comments(0)

本当の雄叫びを聞け!
f0215179_10401443.jpg

弾道ミサイル落下時の行動について
・弾道ミサイルは、発射からきわめて短時間で着弾します。

・ミサイルが日本に落下する可能性がある場合は、Jアラート(全国瞬時警報システム)を活用して、防災行政無線で特別なサイレン音とともにメッセージが流れるほか、緊急速報メール等により緊急情報が届きます。

・メッセージが流れたら、直ちに以下の行動をとってください。

◆屋外にいる場合
・近くのできるだけ頑丈な建物や地下街などに避難する。
・近くに適当な建物がない場合は、物陰に身を隠すか地面に伏せ頭部を守る。

◆屋内にいる場合
・できるだけ窓から離れ、できれば窓のない部屋へ移動する。


詳しくは下記サイトを確認してください。

★内閣官房 国民保護ポータルサイト

http://www.kokuminhogo.go.jp/


上記の情報を添付して北朝鮮のミサイルの危険性についての学校の対応の仕方や情報の取り方等、滋賀県の小学校に一斉mailで流れています。

これを見て親たちは不安がります。子供達も学校でそう言う事を言われます。

先日政府は北朝鮮のミサイル攻撃に避難訓練を自治体で行うようにという話を決め、ニュースに流れあきれてしまった。戦時中と一緒だと戦争を語り継がれた先輩は言った。あきれていた。

それが、学校で流れて、親と子どもに浸透させている。

東日本大震災の原発事故当時、政府は直ちに危険はありませんと言って、人々に落ち着かせ、情報を拡散しなかった。

その後政府はどんどん原発事故情報を消していった。

情報が流れない。

危険が何処かもわからず被曝した人も多数いた。正しい選択をした人を政府はマスコミによって叩いた。

情報とは誰が流し、誰が閉じるかだ・・・。

今政府は、弾道ミサイルから逃げる訓練を!と危険を煽る。

北朝鮮の弾道ミサイル云々の前に原発を止めよ!!

ミサイルは一瞬にして飛んでくる。そのミサイルにあたるより、そのミサイルが手当たり次第飛んでくる訳がない。日本を脅威に思い、ミサイルを日本に飛ばすには原発を狙えば日本は福島原発事故のようになり右往左往する。

避難訓練・・・戦時中の竹槍、火事にバケツリレー、云々・・・今や物陰に隠れる?建物に入っている?地下にいる?

いつだ?

訓練のまえのする事は原発をもたない。狙われるものをもたない。つまり相手を攻める武器を持たない事だ。相手は急所を突いてやってくる。急所は何処だ?親方だ!

もし親方を狙わないのなら、親方は北朝鮮と友達だ。

と言う事は北朝鮮は誰だ?北朝鮮も傀儡政権だ・・・

政府のやっている閣議決定のものは、もう子どものお遊びだ。

狼少年を思い出す。

政府が国民を守るのであれば、まず国民の不安を削除する事だ。つまり外交で北朝鮮と関係を持つ事だ。

武器を相手が向けてこちらも向ければあの戦争と同じである。

ずっと同じ・・・どの戦争も同じ。

先に小さな国が武器を持ち、小さな火種を付けて、それを大きな国?がとどめを刺すように戦闘を開始する。

もう煽られるな!

的確な判断をする事。

的確な判断とは、冷静に事の事情を掴む事だ。

自分がないと煽られ、輩の先兵になって人々をあの頃に連れて行く。

今この空気は共謀罪に”ウン”を言わす空気作りである。

集団的自衛権を閣議決定し、ムリムリ遂行し、武器輸出し、原発事故が起きても原発を動かし、治安維持法で人々を縛ったあの時代に連れて行くあの頃の戦争屋の子孫が動く。

権力の監視をマスコミがもうしない。

声を失えばナチスドイツのようになる。あの頃の軍国国家日本になる。

声を無くしてはいけない。

裸の王様だ!って言い続けよう。



おかしい、怖い・・・その思いは大事な本能です。これが麻痺してしまったり、マンネリ化してしまうと、あっという間に連れて行かれます。
恐怖を煽る情報に左右されないでください。
戦争を起こすも煽るのも、戦争屋です。戦争屋は、日本では三菱筆頭に・・・戦争を起こしたがっている政府です。

戦争が起こると武器が売れ、破壊が生まれ、さらに破壊から復興に向けて土建屋含めあらゆる利権が動きます。
負は様々な産業を潤します。不安を煽られれば、何が潤うか・・・
不安定な気持ちがどさくさ紛れに冷静さを失い、北朝鮮を敵とし、戦争を肯定する空気を作り、知らずに恐怖故に、作られた敵から守るには・・・という思想に支配されていきます。

これが先の戦争でした。

しかしあの頃は大日本帝国憲法下で、人権の尊重は今より全体主義的な意識に支配されやすかったと思います。

天皇を神にして集団意識を作っていた教育に育てられた人々でした。

ましてや情報は閉ざされていました。いま、私たちは自由を知っています。

神は一つではない事を知っています。神は人でない事を知っています。

戦争は誰が作るかを知っています。

集団意識を煽るものが何処なのか知っています。
怖いと言う感覚をなくしてはいけません。

おかしいと思う気持ちをなくしてはいけません。

不安でも何でもちゃんと話せる仲間をもち、冷静に判断できる人とのつながりを持っていてください。
学校のmailで北朝鮮を恐怖とし、政府を正当化してしまったら、共謀罪だって、銃剣道の問題含め、徴兵制だって閣議決定で動いていってしまう。

その餌食が私たちの子どもです。金儲けで命を明け渡す政府にいいようにされるもんですか!
あの戦争を作り出した子孫が今また同じような事をしようとしています。

ちゃんと正しく歴史を知って子供達に伝えていきましょう。
子供達が未来です。

そうぞうを忘れず、自らがウルトラマンになる。



アゴラ森物語のようになってきた。

二年前、私はある出版社の方にこの世の中どうなってしまうのですか?って聞いた。

その方は、アゴラ森物語に書いてあるじゃないって言った。

動物たちが、生き物が今本当に伝えているよって・・・


f0215179_11115860.png
補足・・・

日本会議に所属している人たちが今、明治の世にと動いている。

今の北朝鮮の問題もその人たちが煽っている。

富国強兵、殖産興業・・・

日本会議とはいったい何だと3年前にウェキペギアで検索した。

あのときはしっかり宗教の事が書かれてあった。生長の家のことも・・・

今検索すればかなり簡略化されている。宗教の事がど〜んと前に上がっていたのに・・・どんどん日本の情報は政府に良いように力の為に消され付け足されていることに気づく。

下記は日本会議の項の下にチョコチョコと書いていあったものを添付した。

戦争を目論むのはある一握りの権力者だけだが、その力となっているものは何であるかである。

個人の心の豊かさの為に信仰心はあると思いたい。

しかし信仰心の中に邪悪な思想が隠れていることに気づかなくてはいけない!

たくさんの純粋無垢な人々を集め、その集団催眠で善を煽り政府の力になっていることに信者は気づいてほしい。

この集団意識が政府を応援し、戦争を作り出しているんだということ。


中島岳志は、日本会議の特色として、「役員に多様な宗教団体関係者が名を連ねていること」をあげ、特徴としては、「信仰上の統一性」が存在しない団体が共存していることとしている[30]

塚田穂高は、2016年の時点で、日本会議の顧問5名がのうち4名が宗教関係者(うち3人が神道関係者)であり、代表委員41名のうち17名が宗教団体・修養団体関係者、とくに、神社本庁関係者も参画しているということや[2]神社本庁解脱会国柱会霊友会崇教真光モラロジー研究所倫理研究所キリストの幕屋仏所護念会念法真教新生佛教教団オイスカ・インターナショナル三五教等、宗教団体や宗教系財団法人等が「守る会」以来の繋がりで参加しているとしている[2][3]。また、日本会議の理念と神社本庁ならびに神道政治連盟の理念に、明確な違いがほとんど見られないと述べている[3]


今の空気おかしい!世界から日本をみなければ・・・


水の民営化


北朝鮮のミサイル情報について

孫崎さんふくめ・・・

室井さんのコメント・・・さもありなん

*今タイムリーに大事なコメントを頂きました。

是非!読んでください! ↓


怖い怖いとただ誰かの言葉に踊らされて ただ怖がる人。

そしてそういう人たちに限って それじゃあ守らなきゃ、軍備拡大オッケーとなる
それが新世界秩序を打ち立てようとしている人々の小間使いに成り下がった現内閣の狙いであると考えます。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。な訳で、何が起こってるかきちんと自分で把握すれば 誰の言ってる事が嘘で もしくは誇張で、何が真実か
だから こうはならないだろう。とか こうなるかもと言う自分自身の指針が持てる、と言うのに。
怖がったって何も解決しない訳ですから、
だからみんな踊らされてるよね、とか思えないわけです。
大事な事からそれで目を逸らされてるってことに気づかない
水道の民営化に、こんどは主要農作物種子法と農業機械化促進法の廃止法案 がこっそり可決されたって言うのに、誰も何も言わないし考えない。
本当の脅威は北朝鮮でもなく 中国でもなく 本当の敵は同じ屋根の下にいると言うのに、本能を失った人たちの思考も優先順位も理解できないのです。
本能ないから危機感もない
よく考えれば、北朝鮮が本当に攻撃したかったら、とっくのとうに日本のどこかに、命中してるはず。
何度も撃ってて当たらないのは、当てる気がないからだと なぜ思わないかな?
今のこの世界で 戦争を起こしたら 自分も破滅するわけで、そんなことを今行う馬鹿はいません
世界中のこういう人々の恐怖を煽りたいだけで、
だって戦争彼らがやりたいのは戦争拡散して兵器を売りさばき、 お金を儲けたい、権力を握りたい。ただそれだけで、搾取すべき羊たちは全滅させるのではなく、ある程度取っておかなければいけないのですから。
そうじゃなかったら いくら自分たちがお山のてっぺんに立ったとしても 支配したい人々がいない。と言うつまらないことになります。
信仰しかり
信仰って 誰かに教えてもらう事ではない。ましてやそれが団体になったら、そんなの洗脳するために決まっています。
人間てさ、自分の欲のために、神様まで喰い物にする情けない生き物ですよね。


ゆるりん:本当に同感です!





[PR]
# by polepole-yururin | 2017-04-27 10:36 | 政治(思う事) | Comments(3)