ゆるりんのポレポレ日記 yururinp.exblog.jp

つれづれなるままに~日頃出会うこと、思うことを綴っています。


by polepole-yururin
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講演会が終わり、少し落ち着いたので、岩上安身iwjの動画を見てみた。
戦争特集とあって開いてみたら、拓殖大学の関良基氏のインタビューがあった。
以前から気になっていたのだが、忙しくて動画を見れなかった。
腰を入れて見始めた。
『長州レジューム』の言葉に目が止まった。
そうそう!そうなんよ。戦後レジュームじゃなく、明治から日本はおかしくなっていたんだよね。
そこをちゃんと紐解いてくださる人がいる事に安堵した。
関氏の言葉に納得がいったのは、彼は環境問題の専門家であって、歴史の専門家ではないこと、だいたい歴史学会とか、経済学会とか学会に所属している専門家は、上下のヒエラルキーが出来上がっていて、おかしいと思っても、上に歯向かう事はできにくく、長い者に撒かれるというのか、本心を言えない空気があるのか専門を突き詰めていけば、後戻りできない所まで来てしまっているのが現状だと言う。
特に経済は経済学者の中でグローバル化を提唱する動きが多感で、自由貿易が!という人たちが多数いる。そこに「違う!」と言えぬ空気がある。
また歴史学に関しても、今まで明治が文明開化した時代や、西郷隆盛、伊藤博文、大久保利通、桂小五郎などなどあの人たちありきの明治維新善!の歴史を「おかしい」とは到底言えず、今まで通りの歴史認識が前提に、歴史は繰り広げられていく。そこに違うだろうとは学会の中からは生まれないのであるという。
その言葉に私は大変共感した。
医療において、私はいろいろ見てきたが、私が習った医療はどんどん病気を生むシステムになっている。さらにそのまっただ中にいる人は学会に所属しているが、何をいっても到底聞く耳を持たない。学会の中の自分の存在が大事で、外野の言う事は専門外だと、無知な一般人の遠吠えとなって切り捨てられる。
しかし、医療ほど恐ろしいものはなく、人々の寿命をどんどん削っている医療システムが成り立っているとどうしたって思える。賢い医者を探しても、本当が本当に出てこない。おかしいだろう!?っと思っていた。
関氏のこの発言はもっともだと思った。
また、関氏の水利権、ダム問題の動画には、ことごとく、利権構造が浮き彫りにされてる。
どうして今麻生が水道の民営化を言い出したか、、、これは同じく、関氏の著書『自由貿易神話解体新書』に記していて、日本の問題になっているTPPに多いに関係している。
種子法を触って、水道の民営化は、人々の命を左右するものをグローバル企業に明け渡した政策であり、この大事な命を守る為の垣根を壊し、格差を作り、人が普通に生きる事さえ奪う。この基本的人権を無視した国家体制を着々と自民党は作っている。
ダムはこの国の土建と多いに関係し、文部技官の前川氏の天下り問題に似た事が、あらゆる省庁で繰り返し行われているという事実である。さらにこの天下り場所を作るにあたり、ダム建設は、あえて地盤の緩い場所に作られているようで、あえて繰り返し補修事業が行われる事が天下る人々の懐を肥やす。
これは建設省と土建の癒着である。
医療においても十分に説明はできる。731部隊の軍医はA級戦犯にも裁かれず、薬害エイズや、原爆、あらゆる公害問題において活躍している。さらにキリスト系の病院、日本赤十字社関係、血液製剤の会社等へ天下っている。
日本経済がどんどん空洞化し、外資にやられている経過は、日本の経済が日本人の為に経済をまわしているのではなく、一握りの人が上記のように私腹を肥やしている構図があるからだ。
この事は、岩上安身iwjの関氏のインタビュー記事を見ればよくわかるので、是非しっかりと見てほしい。

さて、この日本の構造がどうしてこうもひどいのか?
これはひとえに脈々と権力構造が続いていたにほかならないのである。
そこに登場するのが歴史上から葬られた赤松小三郎である。
赤松小三郎は幕末に生きた下級武士であり、明治維新後の日本を支えた人物だという事。
さらに赤松は立憲主義の礎を150年以上前に説いていた人物であったという事。五日市憲法よりももっと民主的な思想であったそうだ。ちなみに大日本帝国憲法は憲法と言えず、単に上から与えた法である。憲法とは権力を監視するものをいう。
関氏は、歴史学者以外の自由な立場から、さらに赤松と同郷の立場から彼を紐解きこの世に明かしたひとりである。
赤松小三郎が日本史に登場しないのは、1868年9月3日、京都で薩摩藩に暗殺されたのだと言う。暗殺に関わったのが、来年大河ドラマになる「西郷隆盛」と大久保利通と、中村半次郎だったそうだ。そうなると、薩摩ってなんだ?江戸の無血開城ってなんだ?
さらに、関氏は経済学の域からも歴史を紐解き、民衆の帳簿に1858年に調印した不平等条約である日米修好通商条約の前に江戸幕府(本当は幕府ではなく、公儀だという)は、生糸を他国に輸出し、関税20%で貿易をしていたという事実を伝えた。ではなぜ不平等条約になってしまったかというと、その頃単独で長州がイギリスに戦争をふっかけて簡単に負けた。このふっかけの責任追及の為に江戸幕府にイギリスは、責任を追求し、関税20%は大幅に下げられ、さらに莫大な賠償金をとられてしまった。それだけでなく、イギリスは、長州を掴み、長州を利用し、グラバーから武器を長州に垂れ流し、この地から、日本を内から溶かしてしまった。ここに関わったのが、坂本龍馬であり、薩摩藩である。
明治維新は、クーデターである。ISが、アメリカに買われた人たちであるように、150年前に、長州の下級武士たちは、イギリスに買われた人たちであった。
長州の獅子と言われる人たちはビンラディン氏率いるアルカイダであり、ISであり、…延々と続く形である。
という事は明治政府は、イギリスに乗っ取られた傀儡政権だと言う事か・・・
明治以降急激に進んだ西洋文化革命は、新しい夜明けというよりも心を持っていかれた武力行使の末の結果であった。
今、安倍政権が明治150周年を祝うセレモニーを企画しようとしているが、この歴史を掘り起こしてみれば、さらにこの現政権が何を引き起こそうとしているのかがよくわかる。

明治は決して明るいとは言えない。軍国主義にひたすら突き進み、日本人を臣民と見なし、勝手に天皇を西洋のキリストの存在に仕立てた新興宗教を日本人全員に押し付けた独裁時代だったと言える。
その形が昭和まで続き、たびたび戦争を引き起こす破壊の時代っだったところに、アメリカと言う国が明治政府の上に君臨し、明治政府の末裔はそのまま使われ続けているということか。
ちなみに大久保利通の末裔は吉田茂であり、麻生である。・・・

そんな消された歴史が今、表に現れてきたわけだ。
ふと赤松小三郎氏の事を知りたくなった。
関氏の郷里でもあり、赤松小三郎の生誕地へふと行ってみたくなった。

台風22号の来る前の秋晴れの日、東京から上越新幹線で信州上田に向かった。
途中軽井沢を通過した。軽井沢の駅前はアウトレットモールのごとく、観光スポットなのか、降りる客人も多数いた。
宮崎駿の「風立ちぬ」の舞台か・・・とうんざりした。
だいたい、東京から上田にかけての駅周辺は、どこも同じ様相を見せていて、その土地の趣きは消えている。イオンモールやアウトレットショップ、ユニクロ、ナイキ、アディダス・・・グローバル企業が陣とっている。
これが続くのか、はたまた日本の・・・各土地の良さが生まれる時代になっていくのか・・・私は後者に期待したいが・・・
上田駅について上田城に向かった。上田城では、大々的に真田フェアーをやっていた。去年の大河ドラマの余韻を残し続いているようだった。ただ、中に入れば、作りもんの渦中と、コピーのような説明文と年表、大変簡単な真田家の話の映像。そして大画面のCGモニターが待っていた。
しかし三半規管の弱い私は一秒も画像を見れず、リタイヤ。これを上田市は観光スポットとして、商業ベースに載せて映像会社に多額のお金を払って村おこしをやっているのか・・・と悲しくなった。
今の世において歴史は、もはや大河ドラマであり、大河ドラマを知っている事が歴史に通ずることになり、古き古文書を読み取るよりも新たに小説家によって作られた物語に酔いしれる事が美徳とされているようだ。
これが歴史というのなら、確かに150年も傀儡政権下で動く日本があったのだということも納得がゆく。
私たちは日本をあまりにも知らなさ過ぎた。

日本はヘイトスピーチの横行する国民性を持っていた訳でなく、たいへん平和的に生きた時代を経ていた。関税20%と外国と対等の立場を敷いて民衆は日常を営んでいた。
さらに、無駄な血を流さず交渉する言葉のやり取りができていた。
けっして西洋におとらず、自然の摂理を理解し循環する社会形態を築いていた。
これはけっして、歴史教科書には残らず。英雄と言う権力が作った人間を真ん中において形成する歴史であった。
その傀儡政権からして、邪魔者は消されていた。

真田特集ばかリかと思いきや、二の丸近くの隅っこに「上田市立博物館」がある。
そこに「赤松小三郎展」が開催されている。古い博物館の二階に展示会場があり、そこには赤松に由来する古文書が多数展示されていた。一つ一つ本物で、赤松がひたすら真面目に勉学に励んでいた様子が残された帳面からはひしひしと伝わってくる。
彼は、数学が得意だったようだ。さらに蘭学を学び、幕末乱世には、西洋の兵法を学び、京都で塾を開校。その時、薩摩藩邸によばれ、薩摩藩の浪士に兵法を教えている。その薩摩藩に暗殺されたのだから、何とも恩もあだで返す恐ろしい人たちが、この日本を形成していたという事だ。
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博物館を出て、お堀を歩いていくと、隅に二メートルほどの碑が立ってある。
これは東郷平八郎書で、赤松小三郎を忍んで立てられた碑であるそうだ。東郷平八郎は、日露戦争の時に活躍した人物で、関氏によれば、日露戦争に勝ったのは赤松小三郎の塾生が多数いたからだという。
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そしてそこからまた少し歩いていくと、赤松小三郎資料館があった。
小さく神社の隅に立てられていた白い蔵。この蔵の前にはしっかりと錠がかかってあった。ここにこの資料館を建てたのはこの上田市民の顕彰会の方達だという。
大々的に伝える真田のこととは対照的な赤松小三郎の資料館だが、この小さな蔵の佇まいはどっしりとこの地に腰を下ろすかのように見えた。
上田城を後にして、赤松小三郎の生誕地があったという木町に向かった。
といっても、小さな目印だけだというので、たどりつけるものかどうか・・・
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すると、赤い旗が道ばたにはためいていた。赤い旗には、「赤松小三郎の生誕地」と書いてあった。
あ・・・ここが木町だけれど、どこにそんな目印があるんだ?と途方に暮れていた時、知人がふと目の前のおやき屋に意識が行った。
「おやき食べたい!」とその店に入っていった。
すると、80才くらいのおばあちゃんが出てきた。
そこで、知人は赤松小三郎の碑を探していると言った。
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すると店主は奥の一畳間の部屋に案内した。そこには赤松小三郎の写真が飾ってあり、その上には赤松小三郎の事を書いた書が二枚額に入って飾ってあった。
ここは、赤松小三郎の生誕地の目の前に位置するという。そして赤松小三郎のことを調べている市民団体の方がここを訪ね、ここから赤松小三郎を町あげて盛り上げようと言う提案を出したのだそうだ。
店主は、赤松小三郎を訪ねてこの上田にやってきた私たちに、二本の団子を下さった。おいしかった。
すると目の前にストラップが目にとまった。
「赤松小三郎ストラップ」と書いてあって、そのストラップは、木の将棋ゴマの用のなものがついていて、この将棋ゴマの所には、『夢叶う』と書いてあった。
「そう、これ本当に夢が叶うんだと皆がいうています」って笑顔で店主は言った。
私の夢ってこの年になって夢といっても、個人的な夢はもうこれと言ってないかもしれないが、強いて言えば、この国が戦争をしない国のまま、さらに命を置き去りにする政治からおさばらしたいと思っている。これを夢というのかどうか・・・
しかし赤松小三郎氏が生きていたなら・・・いや歴史から消されず生を全うしていたなら、今私が思ったような思いでいたに違いないとそう感じた。
このストラップに辿り着く人は、歴史に埋もれた日本の確かな明かりを信じ、その灯火を次世代に繋ぐ役割を担うひとりかもしれない。知人のこの臭覚は普通ではなかったから。

さてこの旅にはオチがついていた。
同じ上田城内には、医師の山際勝三郎氏の資料館も併設されている。彼は、明治時代、人工癌の父と言われた人物で、ウサギに人工的に癌になるであろう物質を塗りつづけ、がん細胞を作り出し、癌治療への一歩を歩み出した人物、ノーベル賞寸前だったと書いてあった。その人を上田の偉人と称していた。
少し吐き気がした。
今の医療での経済成長を目指す社会体制に反映したものだな〜と思った。
癌はいろんな説があるが、この間亡くなった歌舞伎役者の市川海老蔵氏の奥さんの事を機に、厚生省は、がん検診を若年化した。
早期発見早期治療は、彼女だってやったから、癌だってわかったんだ。だから早期に癌治療が始まった。抗がん剤治療・・・
この抗がん剤治療が本当に癌を食い止めるのか?抗がん剤治療でどんどん元気だった人間が癌の衰弱ではなく、抗がん剤を投与し始めて衰弱していったケースを私はこの目の前で見ている。
また癌は、なにかをして癌になるのではなく、癌はどんな人でも毎日作られ、この癌が固定化されないのは、個人個人の免疫機能が働いて、無くなっていくのである。それが癌に固定されるのは、免疫機能が何らかのストレスがかかり均衡を保てなくなり固定化されたからである。よって癌ともし診断されたとて、ここにおいて免疫が正常に働くような生活改善をすれば、治癒に至り、癌だと断定し、きつい抗がん剤を投与した場合、免疫が落ちているのにさらに免疫を落とすような抗がん剤を投与することがどうなるか・・・これは私は怖い事だと思うのだが・・・
癌を悪とし、攻撃する事が治療だとした西洋医学ももう一度あの頃から思い起こしてみてはどうかと思うのである。

木町の先に柳町がある。そこは昔の北国街道だと言う。今や柳町は観光スポットで、酒蔵や洋風の菓子屋が並んでた。そこに「ウサギ追い師し」という映画広告が貼ってあった。
山際勝三郎氏の映画だ。その広告の下に、ノーベル賞には届かなかったが、ユング賞受賞したと。
…ユングだと。文化庁長官の河合隼雄が日本にもたらしたユング思想のユングだ。
ユングは優生学思想で、ナチスが取り入れた思想である。この事はかつての記事で書いているので省略するが、なぜユング賞をもらうのか・・・すべて同じ線上にあるわけだ。ちなみに昨日のニュースで、ノーベル財団は核開発に資金提供していたと言う。ノーベル自体、ダイナマイトを生産したわけで、その武器開発で莫大な富を稼いで、その富を賞として寄付した経緯であるから世の中の賞といわれるものや、大きな団体からの寄付というものも何かという事であろう。

不思議な旅だった。
私たちの当たり前、見てきた日常は、与えられたものだということ。そして日本の空気を感じるには明治をさかのぼり、江戸の時代を民衆の中から見てみるといいのかもしれない。
改めて、本棚にある渡辺京二氏の「

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

をもう一度、読んでみたくなった。

                     関良基 著書↓
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# by polepole-yururin | 2017-10-29 18:14 | 政治(思う事) | Comments(0)

囲いの中にいるんだな〜



ウインターコスモス・・奥の花は原種返り。
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講演会が終わった。
たいへん贅沢な講演会だった。
小児科医の山田真先生、京大の藤原辰史さん、ゲド戦記等の翻訳家の清水真砂子さん。
彼等の文章は、模試や教科書で使われ、国語の教材として使われる事があるのだそうだ。
他にも、灰谷健次郎、谷崎潤一郎などなど、今は亡き方々も同じ域だったという。その方達とも生前お出会いしていらっしゃる方々。その方々が、模試等で自分の文章がでている問題を解いてみても、ぜんぜん解けないのだそうだ。
問い:作者の言いたかった事は何か?5つの文章から選びなさい。
どれも思ったよな〜って作者たちは言った。
学生時代、国語の試験。最初好きだった国語が、中学、高校を経て解けなくなった。
なんでだろう・・・と思ったが、そういうことか。
文章に答えはないわな。
特に評論だって、その人の思考であって、その人が正しいとは限らない。そこに答えがある事自体ナンセンスだ。
そんな国語教育っていったい何だろう。
国語は、日本では日本語を学ぶものだ。
なら言葉を使えるようになる。漢字が書けるようになる。文法があるのならそれを少し教わったらいい。本が読める域でいい。でも、答えがあるって文章においてはおかしいのだよな〜。
これが国語を嫌いになる要素だわな。
日本語の良さを楽しんで教師が教えていたなら・・・読書の楽しみを大人が教えていたなら・・・
私の子どもの時、学校では本をどれだけ読んだかの表があって、下にはクラスの名簿が書いてあって、本を読めば丸いシールが貼られて・・・一目瞭然で、読んでる読んでないが解り、いつもトップは決まっていて、トップなら賞状を与えられた。
それが終わりの会に表彰されて・・・これを貰う子も決まっていた。
ずっと競争だ。
ちなみに運動会も順位決められ、一等から3等はえんぴつやノートが貰えた。
人参ぶら下げられた馬だな〜、子供達。こんなふうに私たちは育てられていたんだと、改めて怖くなる。
そんな私が、今文章を書いている訳だが、ということは、いったい教育とは、なんなのかということなのだ。
教育を本当に考えてみよう。
沖縄戦を知らないのはなぜなのか?
明治維新を善と捉えたのはなぜなのか?
英雄って誰なのか?
日本海は韓国側からも日本海なのか?
NHKBSで「英雄たちの選択」という番組がある。
この間、大村益次郎を英雄と言って出ていた。
多数の幕府軍を少数の長州軍が倒した。そのキーパーソンが大村益次郎。
長州藩の村医者の息子・益次郎が新型の武器を使い、打ち勝った訳だ。
新型武器って、アメリカの南北戦争で使われた武器をグラバーが売って、坂本龍馬の亀岡社中が受けおって、後に原発や武器産業の三菱の生みの親・岩崎弥太郎が請け負って、日中戦争、日露戦争でどんどん儲けて、巨大財閥になっていった。
ちなみに、東インド会社は、マセソン社であるし、インドを支配したのは、イギリスという国ではなく、マセソン社を中心とする企業である。マセソン社はいったい何の会社かという事である。
マセソン社の日本支店に使われていたのが、麻生氏のおじいさんの吉田茂の父親である。
益次郎は、大阪の蘭学などを教えていた緒方洪庵の弟子で、そこには、福沢諭吉も日本赤十字社の第一人者も出入りしている。
松下村塾も緒方洪庵の敵塾も私たちには明治の世を作った英雄が排出された塾と言われてきたが、そのお話をよくよく考えればおおお・・・と言う事である。今やそれが松下政経塾ということだろう。
福沢諭吉の事を学問の父のように言われているが、あの頃の新聞、教育を担っていたのが福沢諭吉である。その発言はヘイトスピーチを煽るものだった。民主主義の父のように言うが、福沢の漢文を最後まで読めば、ぜんぜん違う。
完全に西洋の真似を伝えているだけだった。福沢は軍国化(富国強兵、殖産興業を唱え)を推し進めたマスメディアと教育の役目を担った。
また大村益次郎を英雄というが、武器を西洋から取り入れ使った張本人だということ。
この人は、靖国神社に銅像で立っている。
銅像とはいったいなんだろう。
象徴・・・シンボルで、私たちに威嚇する。
それに加担した芸術があるんだ。と・・・
私たちは、何を見て・・・いや何を見させられて生きてきたのか。
そういう事がどんどん見えてきている。これは私だけか?
テレビからは西側諸国の善と中国の悪と、北朝鮮の悪が流れる。そして日本の明治時代がひっきりなしに流れている。
不安を煽る映像がいっぱい。
テレビの映像を消すと、社会は変わる。
私の目の前には秋の花々、鳥の声がしている。大変穏やかである。
朝鮮人やイスラム国の人さえ、隣の人、ただそれだけになる。

我が家の庭にはウインターコスモスが咲いている。クリーム色のかわいいコスモス。
毎年同じ花を咲かしてくれている。
しかし、里山にあるアゴラの庭におなじく、ウインターコスモスを植えたが、二年後には原種返り。道ばたでよく見るひっつき虫のあの花になってる。
何度植えても二年後には元の種に戻る。
他にもアゴラでは、紅葉、モクレン、桃等植えた。しかし二年後に枯れた。
アゴラでは、先生が「枯れてもそのままにしておいて」と言うのでそのまま放置。時々声をかける先生がいる。すると二年後にはその横から木が出てもっと大きな木になる。
この現象は我が家では見られないこと。我が家では枯れたら枯たままである。
我が家は無農薬、有機肥料、もしくは何もしない。けれど町中の自然は、他の空気に同調し、原種返りはしないし、枯れる。
里山のアゴラでは、元の種に戻り、枯れた木は生き返る。
例えいい環境を与えたとしても町中の一部分では、生き物が心地いい循環を作る事が難しい。
ゆえに、一度品種改良された種は元に戻らず、品種改良のままの姿で繰り返し咲く。
人間にいじくられたままの姿で繰り返す。集団の一部分では、集団意識に異変を感じず埋もれてしまうのである。
里山の庭は、自然の一部である。ゆえに、集団意識に埋もれるよりも、自然の偉大なる空気に品種改良の毒さえぬぐい去られる。
元のあなたはこれなんだと、鎧や化粧を剥がされる。
あるいは、自然の偉大さに過保護に育てられたハウス栽培の生き物は育たず、淘汰されるか、枯れる。しかし、少しでも生き残れる生き物には、もののけ姫のデーラダボッチのように息を吹きかけ生かしてくれる。
その粘り強さが、次に生えて出た芽はメキメキと大木に成長する。待つ時間と踏ん張りと素の私。
集団という町中にいれば、まやかしに気づかない日常がくり返されるだけかもしれない。
集団という人間世界から一歩はなれてみれば、繰り返される日常は、人間が作り出した幻想に過ぎないのだと見えてくる。

そう思えば、植物も人間と同じく意識を持ち生きているようだ。
とすれば、植物も動物も空気に支配され、反応しているのである。
奇麗なクリーム色のウインターコスモスは、かわいい。
でも、里山で見る風景をみてみれば、このウインターコスモスの風景さえ、人間が欲のはてに作り出した現象に過ぎなかった。
この光景を維持する事に固執すれば、私たちの未来は、ある一部の人間が作り出した囲いの中の世界となるだろう。
とすれば、英雄はNHKのいう英雄のままであり、政治構造も原発も、医療も、教育も・・・
私は原種返りする方を選択する。
あなたはあなたなんですよ。私は私なんですよ。
誰に与えられた世界ではなく、私の繰り広げる世界で生きていたい。
さ〜、見えてきたね、明日の自分。






ありがとう。









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# by polepole-yururin | 2017-10-17 11:18 | 思うこと | Comments(0)


京大有志の会にUPしています。

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定員50名 参加者は事前に連絡をお願いします。
参加者2000円
☎0537−27−1428 or 090-6351-6633
Emaill:agoraart@thn.ne.jp/URL http://web.thn.jp/agora/


「子どもと戦争史2」

=--薬と子ども、子どもと戦争、戦争

と菌--=

里山の風景はここ2年で大きく変わった。老齢化した耕作者は、茶草葉農法の茶畑を止めた。

竹が生い茂る荒れた茶畑,手間のかかる米づくりは,休耕田と畑に変わりつつ細々と続く。にぎやかだった蛙の鳴き声は,何かおとなしく聞こえる。社会を取り巻く事象の変化は、まず子どもたちを襲った。いつの時代もそうだが子どもたちからなのだ。敏感で窮屈な思いをもちながら、力ずくでは敵わない子どもたちは、学びの場で、地域で、家庭で「おとなしく」と嗜められ、逆らえば、問題児としてあつかわれる。親や教師は、子どもをカウンセラーへ、時には、診療内科の医師に委ね、病名がつく。従来のちょっとわからん子ちゃんやいたずら坊主に病名が付けられると、精神薬投与が始まり、本来の自分ではない自分に変えられる。これが“教育の医療化”?この数年、アゴラで見た子どもを取り巻く現状だ。大人は子どもがおとなしくなったと「ほっと」する。ほんとにこれでいい?教育

の医療化って?医療産業が儲かるって?国の軍産学共同の推進の中、軍需費の拡大って?弾道

ミサイルの国の対応???里山の空はいつの間にか軍用機が飛び交う。煮えたぎります。本当に今何が起こっている?腹の記憶が沈んだ歴史を呼び覚まします。今日、地の脈に新水流れる。

アゴラ子ども美術工場 渋垂秀夫


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山田真(やまだ まこと)

岐阜県美濃市生まれ

小児科医

東京大学医学部卒業

八王子中央診療所所長

森永ヒ素ミルク中毒、水俣病等の被害者支援、

福島第一原発事故における被曝者の健康相談など、

常に患者、被害者の立場に立った医療活動を続けている。

著書

『水俣から福島へ』岩波書店

『はじめてであう小児科の本』福音館書店

闘う小児科医』―ワハハ先生の青春 ジャパンマシニスト社

子育て―みんな好きなようにやればいい太郎次郎社エディタス

子どもに薬を飲ませる前に読む本』講談社

『障害児保育』 創成社新書

『育育事典』(共著)岩波書店

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藤原辰史(ふじはら たつし)

北海道旭川市生まれ

京都大学総合人間学部卒業

現在、京都大学人文科学研究所准教授

自由と平和のための京大有志の会

歴史学の立場から「農業」や「食」を考え

飢餓や戦争と平和への提言等の活動をしている。

著書

『カブラの冬』人文書院

『稲の大東亜共栄圏』吉川弘文館

『ナチスのキッチン』水声社(河合隼雄学芸賞)

『ナチス・ドイツの有機農業』柏書房(日本ドイツ学会奨励賞)

『食べること考えること』共和国

『トラクターの世界史 』- 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち 中央公論新社

『戦争と農業』集英社インターナショナル

2017美術手帳10月号に『人間チューブ論』発表掲載。


*京大油有志の会にもUPされています。
昨年の講演会は京大有志の会のサイトでUPされています。




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# by polepole-yururin | 2017-09-26 07:06 | お知らせ! | Comments(0)
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ー清水真砂子さん講演録ー  
私の箇条書きですから、ニアンスを読み取ってもらえないかもしれませんが・・・。講演を聞かれた方は思い出しながら読んでください。

この社会はいやな空気を持ち出しています。

日常にしがみつく事の大事さ。

8月28日朝、私は、絶対に日常を手放すな!と思いました。手放したらアウトだなと。

植木等やチャップリンが繰り返し、表現の中に細やかな抵抗をした。細やかな抵抗を繰り返す事の大事さ。危機感を煽って軍需費をあげる。心理操作でしかないのに・・・

共謀罪が通ったことの一つに、東京新聞に政府が抗議したとありました。あからさまに出た政府に、これはあぶないと・・。

今夢中になって読んでいる本、アーサービナードの「知らなかった僕らの戦争」という本があります。いつも本屋さんで買っている。本屋がなくなるので・・・一冊ずつ買っている。

(少し話はとんで・・・)

今回は図書館の御世話になった。読みたかった本がなかったので、、、内村かんぞうの「末裔たち」という本を読みたくなったから。

(第二次大戦の小栗町のキリスト教独立学園の園長さんをしょっぴいた話をされる。)

私は社会に対して[「どうせ」と思った時には、そう言う人の良い仕事をみるようにしています。

良い映画、本など・・・人間に失望しないように自分を励ますんです。

こういう時にこういう人になりたいと思う人がいる。

それがロベルド・アノー・写真家(ルノーの車のカメラマン)。自伝の中に電車か地下鉄の中で苗木を持っているモデルがいる。その人はナチ占領下のパリでゲシュタボ(特高警察)が捜査に入り、そのモデルは印刷屋で、逃げてきた人たちの証拠書類を廃棄し、地下の河に流した。その事を戦後もその方も言わなかった。誰も知らない。その行為で生き延びた人がいる。

こんな人がいるって・・・

こういう社会の中に、かくまう勇気の大事さを思います。

人間なんてどうせ・・・ではない。あの人が居なかったら生きていなかったかもしれない。あの人がいなかったら・・・そういう人の行為にふれると、まんじゃらじゃないな~てホッとします。

ルアーブルの「靴磨き 」(映画)。アフリカのある所から密入国して・・・の話。抵抗運動をやった男に助けられて・・・靴磨きの男に希望を貰う。かくまう事はどういう事だろうと考えていた。

他にも、私事ですが、下北半島の旅に言ったときの話です。その時に50代くらいのバスガイドが、停年の運転手に聞いた話。運転手が子どもだった時に自分のうちのおばあちゃんが夕方に、エプロンになんか包んで出て行く。それについていくと、おばあちゃんは、浜の船小屋に消える。そこには、朝鮮労働者がいて、その人達は、脱獄者でその人たちに食べ物を与えていた。希望が持てて・・・そう言う人たちに連なりたいな〜。

「どうせ・・・」は傲慢。


宮崎駿さんにはどうしても入っていけない。高畑さんがアーサービナードの「知らなかった僕らの戦争」という本の中で、宮崎さんの作品は、風の谷のナウシカまでは良かった。それ以降は笑えなくなってしまったと、高畑さんが言っていました。

宮崎の主人公の女の子は、かわいくて、けなげで、かわいそうな子。

女の子すべてがみなそうではない。その部分がなくなれば、宮崎の作品はもっと豊かになるではないか。

高畑さんの作品の「かぐや姫」はよかった。これは面白いと思った。線がおもしろい。この切れ目に私たちは入っていけると思った。高畑さんの描く人間は線が切れていて、線の切れ目って面白!宮崎さんは線が閉じて、出来上がっているんです。

練馬区の九条の会のこと・・・ある方のお話の中に「傲慢だぞ」と思った事に、高畑さんがその話にいさめた時、高畑さんをはじめて意識しました。

アーサービナードの本の中に・・・ハラハラドキドキについて書いてある。高畑さんは、宮崎駿の作品は今やドキドキになっている。ハラハラは、能動的で、ドキドキは冷静に判断しない。つまり、ドキドキは成り行きに流されてしまうんだと。

ハラハラは客観的に自分を常に外から見ていないと感じられないのだと。

鶴見駿輔さんの言う当事者感覚に似ている。

宮崎アニメは、「わ〜!」と巻き込んでいく。つまり流されていく。すべて流されていく、その危険性。ハラハラの表裏一体が笑いだと。

ドキドキして読んできたのか?ハラハラとして読んできたのか?(ハラハラは危ないぞあぶないぞと思いながら読んでいること)

「岩場の上から」黒川そうさんの本の中には普通のどこにでもいる男の子、女の人が出ている。とてもいい。黒川さんは、鶴見駿輔を支えた人。

鶴見さんは息子さんに自殺しても良い場面が二つあると言っている。女性をレープしたくなる瞬間と殺せと誰かに命令され言われたときなら自殺しても良いと言った。

それは、鶴見さんはアメリカハーバードにいて、負ける時には負ける祖国にいたいと思った。帰国するときの船で殺されかけた。隣の部屋の人が殺された。たまたま隣の人が亡くなったが、自分の部屋に入り込んでいたら自分が死んでいたかもしれない。ハラハラした。つまりハラハラは主人公と一体となる感覚。当事者感覚。

(話変わり)

先生、私、本を読んでも内容を忘れるんです。と80歳の人が言いにきた。「あれ?なぜ忘れてはいけないの?」と聞くと、「本は読んで覚えて勉強するものでしょう、と。

学生たちもよくいう、本を読んでも覚えていないといけないという。そんな馬鹿な。

つまり、学生は、ノート一いっぱいになる事を求めてて、学生が求めているのは情報なんだ。と。

本を楽しむ為でなく、覚えるもの、読書感想文のためにとか、成績の為とか。・・・そういう風に教育が教えてしまったのか・・・


(教師時代の話になって・・・)

授業は教えるものではなく、私は体験してくれさえすれば良いと思っている。この時間を生きてほしいと。

子供達はノートがいっぱいにならないと・・を求めている。それは違うと思う。

戦争体験について語ることについて私は違和感をおぼえる。

戦争体験で語られるのは、された事ばっかりで、自分が被害者になっている。どうしてこういう事になったかを誰も語らない。そうなると、もっとそう言う事が起こるかもしれないと思ってしまう。

戦争体験を語る人は大変エネルギッシュだ。こんなにもたいへんだったという。で、今にいる若者は、戦争を語る事ができない。語る人生ではない。平凡だと・・・その感覚って・・・

私はある会議で戦争体験に対してもういいと思ったのです。それに異論はあるでしょうが、戦争体験を語るより、平和を生きる難しさを感じたのです。平和は、平凡で、ハラハラドキドキもないのかもしれない。ドラマでも物語でも、悲劇があって喜びがある。だから苦しみ故に平和の大事さを感じるように・・・でも平和は退屈で、何もない日常と勘違いする。悲劇のヒロインさえ生まない。けれど、この平和を生きることに意識を置くことの大事さ。平和を生きる難しさを感じるのです。と。


9月9日の朝日新聞の朝刊渡辺恭二さんの記事があった。

渡辺さんが10歳の頃「レ・ミゼラブル」に出会った。この本は自分が人間になるためにどうすればいいかと問いつめられた本だった、と。

私自身も子どもの時に「レーミゼラブル」読んで同じような事を思った。

罪を犯した人間が、生きられるかどうか・・・

児童文学をやっている意味は、ジャンは救われた。救われなかったら人間に絶望していたかもしれない。その救いを求めたんだと。

この本で、人間は信じられるし、生きられると希望を持った。だから児童文学の世界に希望を感じるのです。こどものときにあ〜いう本に出会う事。

この世に生きていて大丈夫なのか、この世に自分のいき場所はあるのか、人間は信じられる。それが生きられる事なんだと。本当に生きられると持った。あれがあるから生きられた。そう言う出会いって大事だなって。

そこで人は人を信じられる体験をする事、それで、生きられるし、支えられる。自分自身に問われたと言う体験をした本。

ところが、今日の学校教育現場において・・・

最近自治会の広報に、中学の校長が、今年は1番から○○番までの生徒が卒業しましたとあり、私はものすごくびっくりした。何名の生徒が卒業したでよかったのでは・・・刑務所や軍隊であるまいし、生徒を番号で呼ぶなんて、なんという感覚なのか、教師の意識や、社会の意識に疑問を持った。これを近所で言うも何でそこにひかかるのかわからない・・・という顔になっているので・・・だんだん言わなくなって・・・。そう言う事があっちこっちにはびこっている。

話は、元に戻りますが、宮崎駿氏の作品はドキドキワクワク、あ〜よかったでおわってしまう。・・・それをバッシリという高畑さんに共感を得たんです。

(話は変わり)

私は文学部だったのだけれど、フランス文学者の渡辺かずおという先生の静大の講義をモグリで聞きに行った。

その時のテーマは、「ルネッサンスと魔女狩り」だった。

ルネサンスはとても人間開放で良い時代と思っていたら、魔女狩りがとてもたくさんあったという。

火あぶりの刑にされている話しを聞いて、私がそこにいたら・・・私だったら・・・と必死で考えた。みんなが焼き殺せ!と言ったのか?魔女狩りにあった人を助ける?火あぶりを観ていられる?といろいろ自分に問いかけた。お前はどうする?と聞いた。とりあえず自分は立ち止まる人間でありたいと言い聞かせた。それが人生の最大の課題となった。

問いかける大事さ。

「夜」みすず書房 (エル・ビーゼル)の本を紹介する。

この話は、ナチ時代の話。収容所を消し、収容された人たちも逃げる。彼の父は体力がなく、走れなく、倒れた。その時エルビーゼルは父親の手をスーと離した。迷った自分。

その場面に、私もやるなと思った。大きな課題です。でもやってしまうんだったら、やらなくていい状況を作ることに意識をむけようと思ったし、・・・社会運動をやったのか・・・

学校の先生に言いたい。勉強って何??知識って何?本を読まなくってもすてきな人はいっぱいいる。


___後半___

私は、9年間静岡県立高校にいた。その後ゲドに会い、教師を辞めた。これを訳さないと死ぬ時後悔すると思ったから。

私はベキベキ(何々すべき・・・等)を学校で教えてて、それを家でそうじゃないとつぶし・・・また学校に行って・・・その繰り返しにいろいろ考えた。

島田高校から底辺と言われる高校へ転勤し、私は図書係りにならされて、図書にちくまから出ている漫画を入れた。すると、6・7人の高校の悪がやってきて(退学していい生徒たち)、「先生、漫画なんか図書に入れていいだかえ?」と言いにきた。その子らはどういう大人に出会っているか?本を読んでいない子たち。

漫画は悪いものと言われていたのだろう。そう言う人たちの物差しで事をみていたのだろう?と思った。

この学校に来て一週間目のことだった。ある駅で一人男の子(高校生)が「先生に今日生まれて初めて褒められた。」とその男の子は言った、その時私はよくぞここまで生きてきてくれたと思った。

褒められる事はそれまでにもそれなりにあったのかもしれないが、彼の受け止められかたの問題で、彼には学校で褒められた記憶がなかった。そう言う生徒がこの学校にはいっぱいいた。

ある時、「なぜ先生勉強しないといけないの?」と生徒は聞いた。

私は「支配者には勉強しない事の方が都合がいい。しないでいるとこれがいいのかわるいのかの判断もつかない・・・」と、

こんなことがあった。

1970年始めの頃のこと、あるお母さんが「私はいい成績とるためにこの学校にいかせたのでない。私は貧しかった。学無かった。肥料の計算や税金の計算をしていた。でも私のようにわからないでもそれなりに努力して計算してくれる嫁が息子に来る保障はない。小学校にいけなかったお母さんが息子にせめて税金の計算と新聞が読めるようにしてほしい。」と言った。教育とは何かを教えられた。

その後しばらくして私は青山女子短期大学で勤務した。そこは四大をやめてこちらに入るというくらいの大学だったが、新聞読める子がいない。読むとはどういう事か?読むとはどれだけの否定がかくれているか・・・を理解する事。

AはBであるを読むのではなく、AはBでなくてが書かれてていない事をどれがけ読めるか。

行間を読む事の大事さ。

ナバホインディアンの写真。この写真に私は感動した。それを写したカメラマンの感動を感じた。表現主体を初めて感じた経験。

何を写さなかったということ。行間を読む。かかれていないものうつされていないものはどういうことか・・・を考えるようになった。

それ以来いろんな絵、写真、報道写真など、カメラマンはどこに立っているかで写されているものがまったく違っている。そのことをその当時に出会ったそのおかあさんがピシーと教えてくれた。


私はデモにも出ていた。他の学校の先生もデモに行っていたが、その先生らは、生徒の密告の為にデモにいっていた。若気のいたりだったが、私は職員会議で、デモにいくのが悪いのなら、なぜいく前に行くなと言ってくれなかったのか!?といったが・・・デモにいった子供達は教師に密告されて退学処分になった。・・・

クラス委員がある時私に聞いた。身体がつかれたときは休んでいいのに、なぜ心がつかれた時には休んではだめなの?と。

私は「そうだね」って言ってしまった。

でこのクラスは心が疲れたときも休んで良いよっていった。ただし、私にはちゃんと伝えてほしい。と伝えた。

職員会議で多数と一で戦わなくてはならないから・・・

生徒たちに黙秘権もあると生徒に伝えた。


ゲド戦記を訳し終えた時、島田で高校紛争で処分された子がつかつかと現れた時、生きていてくれたんだね。と嬉しくなった。他、勉強嫌いな生徒たちだけれど、毎日6時間ちゃんとよく座っていれたねって思った。他にも生徒たちは私の家に来て、自分に瓦や百姓の子だと初めてはなした。でも学校ではあいつは生徒をうちによんで思想教育をしていると言われた。

学校では、生徒はまず職員室の前に、・・・お辞儀、入ってからまたお辞儀、用がある先生の所でまたお辞儀。おかしい。

いろんなことを子供達に教えられた。

私はことばって?あいさつって?をいつも問いなおしていた。

生徒たちがものさしをたくさんもっていたら・・・と。

今はネットでネトウヨに引っ張られる・・・おかしいと判断できること、はかれるものさしをいっぱい持っていたなら・・・と。

親戚の子がうれのこっちゃうと言った。こんな自分を物のように扱う感覚に違和感を覚えた。


10月7日にうちにくる、山形の校長。安積先生。高校生に何を恐れているか?と聞くと、100%親を恐れている。

子供達にやりたい事をしなさいなというと、親はそれを願っていない。と子どもはいうと。

恐れるべき者は何かと私は子供達に徹底的に教えると安積先生はいっていた。


夕方にゼミに学生がきた。戦争体験をしている人がうらやましい。私はすごいショックだった。私たちにあんなに生き生き語る事がないといった。

アメリカもソ連の若者のもベトナム戦争時同じ事をいう。語れるものがない・・・と、

生き生き語れるものがないってって!?

戦争体験は、どんな悲惨だったかを語るが、その状況を語る人がいない。戦争児童文学では、自然災害とどこが違うの?と思っていた。ほとんど自然災害と同じように語っている。戦争を悲惨な災害にあったように語っている。

悲惨さを語る方がドラマになる・・・おこられるが・・・

「平和を生き延びる」事をテーマに語る機会があって、その講演会の前にパースの町を歩いた。トイレのらくがきに俺たちに未来はないと書いてあった。すぐさま私は原稿を書き直した。

サバイブインピースという言葉にたくさんの人が共感してくださった。

しかしその後日本での子どもの本世界大会の時、戦争と平和を生き延びる大変さをいうと、あなたは戦争体験していないからだと非難された。でも戦争を語ることは、しだいに・・・戦争コンクール。悲惨さコンクールになる。

病気コンクールになる・・・これがいやだった。

あなたのいったことは非常に失礼だ、謝罪しなさいと言われた。でも私は謝罪しなかった。

山田真・・・座高を測る。第一次世界大戦の塹壕を作るのに必要で、その名残が残っていた・・わらえた。

私たちはドラマがほしい、たのしいより、不孝はドラマになる。これをやってしまうのが私たちなんだな。・・・

あんたたちは戦争を知らないんだと言う事はわかる。でも生物がただ生きるということでなく、健康な精神をもって平和の状況に生きる事の難しさ。戦争など悲惨な状況のときは課題がどんどんくる。そう言うときは向き合えるのだが・・・。私たちは平和に飽きる、だから何か面白い事がないかな〜とドンパチを起こしてしまう危険性。

ジョージ・ウォーエル、「春の訪れがわからない人間に、労働時間が減った事を喜べる事ができるだろうか。」その事がわかる人がどれだけいるだろうか。

若いお母さんたち・・・イベントの渡り。なんか面白い事に連れて行く。

子どもはイベントがほしい訳ではない。ブックスタートもいらない・・・

自治体と本屋がくっ付いて・・・

斉藤敦夫のスペインに行ったはなし。スペインの人が、なんで子どもに本が必要か?18歳までに本はいらない。お日さま、空、風に親しむ事の大切さ。両方楽しめば良い。日常を楽しむこと。

自治体はいつもイベントを用意しているから・・・それに流れてしまうが・・


言葉って面白い、

高山にいった時、あるお寺に「これからがこれまでをきめる」と札に書かれてあって、嬉しかった。

彫刻家の言葉「君たち、おだてにはちゃんとのれ!」これは大事なこと。

おだてにのれない時がある。おだてにのせようとするときにはもっとはらはらしている。おいとびおりてこい。に相手を信じてポンと飛び込んだら良い。

仕事ってそう言う事。


最近「断念する力」を考えている。

お金を出せば運命を支配できるようになってきた。そのことをやれない親になぜやらなかったと他者に言われる。人間の力を感じる力が大事だと思う。

「親になるまでの時間」奈良女子の方の本紹介し、断念する力の事が書いてあった。

他に「助けを求める力」・・とても必要だし、人と人を繋げる、山田太一もドラマで言っている。孤立しないこと。


最後にチラシに私の楽しみを二三書いたが、最後の一つは・・・

私は、再婚・・・私が37歳夫が35歳のときに再婚。

夫が「ぼくたちは、わすれない、はぐらかさない、我慢しない」でやっていきたい。と言った。

これはものすごくエネルギーがいる。

我慢しない事は難しい。我慢するは美徳だという日本、辛いことはわすれましょうもいうし、我慢することでどれだけ人生を歪めたか・・・

言葉を飲んだろうという暴力行為にちかいことが続いた。

我慢する事はすごく省エネ。でもいつか必ずしっぺ返しになる。

その一瞬は穏やかだけれど、我慢したことで、少しずつ少しずつ距離ができる。

「鉄道員」映画で「こうなることもみんなががまんしていたからよね。」というセリフがある。

気がついたらどうしようもなく距離ができていた。

生徒に「先生は授業で思っていた事を素直にいった。」といわれた。

「午後私のさぼって映画を観に行きます。私心がからからになっているから心をみたされるために映画にいく」と私が生徒にいったんだと・・・生徒が覚えていた。

読み聞かせをすると心が豊かになるといろんな所でいわれるけれど、・・どういうこと?と聞くと、心が豊になるとは、「優しくて・・・」というが、心が豊ってそんなこと?って思ってしまう。

心が豊かになるって、「あ〜無情」を読んで・・・自分の思いに気づく事などじゃないのかな?と。

学校教育は大事な事に触れない。優しい子、他人の思いになれる子だけをいう、隠蔽隠蔽ばかりいう。


「わからない事にとことんつきあうこと。」最首さとるさんのこと。

障害の娘さんに病院に連れて行って診断受けた事がない。これは大変エネルギーがいること。

絶えず聞く。いつもたずねる。そういうふうに言葉をはなさないわが子へずっと関わっている人。

私たちは早く答えがほしい。

ゼミの学生がある時、「先生わかりました!私、親からずっと何で勝たずけができないん!って起こられていたんですが、私は、かたずけられない症候群だったからなんですね」と喜んで言った。・・・

私たちは、わからない事を早く答えを得てすっきりしたい。でも答えを得る怖さ・・・だからわからないでいることの難しさを思う。

早く答えを欲してしまったら・・・とんでもないものにひかかるかも・・・。

わからないことって、思考し続ける事なんじゃないかな。

________________________________________


以上の清水眞砂子さんの講演会の事を自分なりにまとめ記載しました。

清水さんは大変優しく、真っ正面から物事に向き合っていらっしゃり、また曖昧にされない清々しい方でした。

この社会において、はぐらかす人の多い中、曖昧にしない人がどれだけいるか。

信じられる方がどれだけいるか。

優しさはいいよいいよって何をしても頷いてくれる人や傷のなめあいのような中途半端な行為を優しさと思っている人もいるかもしれない。

でも私は清水さんと出会い三年の月日が流れて、いまやっと少しだけれど、本当の優しい人に出会った喜びを感じています。

優しさって曖昧ではいけないのです。優しさってうけ流す行為ではないんです。

私たちはまやかしの優しさに毒されてきたようです。

それが今の福祉の中に隠されています。

学校で習う優しさって何ですか?

言葉で〇〇と書ける事ではないんです。

本当の優しさって優しさを与える人が本当にエネルギーがいる事なんですよね。

ゲド戦記は私は映画から知りました。

ゲド戦記は、世間では失敗だと言われたようだけれど、私はジブリ映画では一番好きで、映画音楽まで買って聞いていました。場面場面の情景を浮かべて聞いていました。

ゲド戦記の映画表現よりも映画の中の台詞がとてもすてきで、生きることの意味を問いただすような、大事な言葉の数数だったと記憶しています。

それが期待はずれだと評価されたのには、なんかな〜と世間に違和感を覚えました。

ただ本は買ったものの、読む行為にはなかなか至らず、時間が経ちました。

清水さんを知って読んだ本は、児童文学の評論の本やエッセイでした。

その切れ味の良さに少したじろき、出会っていたものの、厳しい人だなとも思っていました。

そしてようやくゲド戦記を読めました。感動しました。

あ・・・あの映画にひかれたのは、清水さんの訳に惹かれて感動していたんだ。と改めて私の感覚に少し嬉しくなりました。

「ゲド戦記」全巻を二人の息子に買いました。

彼等が今すぐ読まなくても、きっと人生の中でこの本の中に答えが見つかる時が来るかもしれないと思ったからです。

今、私は世の中にいろいろ不信を抱いています。それは政権のせいかもしれない。それに従う大人の存在かもしれない。命と思想に偽の行為を施しているから、その行為ほど、人間の本質を歪めるものはないと思います。

「信じる事で生きるられる」・・・本当にそう。

信じられれる人にどれだけで会えるか?

私は最近そう言う人に出会い始めています。だから生きられる。

そして息子たちや、私と出会った小さな子供達にもそう言う人の存在をちゃんと伝えれる。この安心感を今得ています。

こんな時代だからこそ、これが希望と言うのだと思います。




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# by polepole-yururin | 2017-09-19 18:58 | 私の活動 | Comments(0)


上記リンクは先日の紙芝居と版画野ワークショップの模様です。

下の記事はしばらくの間固定します!
 〜水〜  絵画と陶芸
はないみほ展  
9月6日〜9月17日13時〜18時
月曜、金曜休館 場所:アゴラ子ども美術工場一階アトリエ
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ゲド戦記翻訳家の清水眞砂子さんの講演会開催します。

是非アゴラにお越し下さい!
定員50名です。お早めに申し込みください。

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# by polepole-yururin | 2017-08-11 19:02 | お知らせ! | Comments(2)

是非アゴラにお越し下さい!


版画家・村田美菜子さんと街頭紙芝居師・古橋理絵さんのワークショプと展覧会開催!


面白過ぎてごめん!

楽し過ぎてごめん!

かわい過ぎてごめん!

いろんな思い出できる大事な時間!

この夏にこの体験をお見逃し無く!

二度と言わないよ・・・ぜったい来るべし!



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お待ちしています!

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# by polepole-yururin | 2017-07-26 17:13 | お知らせ! | Comments(2)

もはや機能しない行政


北の空が黒い。
お昼頃からゴロゴロと空が鳴ってきた。
あ・・・夕立か・・・来るな来るなと思っていたら、14時過ぎにザザザ〜と大雨。
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まあ降るわ降るわ・・・
雨樋が途中曲がって、アトリエに雨水が入りそう・・・だから木で樋につっかえ棒して雨水を外の溝に流した。
古民家たるもの、こういう具合に不都合が起きても、私たちの頭を使ってあり合わせの道具を使えば応急処置ができる。自分で対処できる感覚をこういう時にもつ。生きてるって感じがする。
すると、ザーザーザーと降りしきる大雨の音の中に広報のピンポンパンポン♪
なんだ?また何の広報だ?っと耳を澄ませば・・・
「本日はこの地区に高温注意報が出ています。外に出るときは、熱中症対策を十分にして・・・」と流れた。
え?え?え〜〜〜!?何じゃこの広報は!?
大雨がこんなに降っているのにどうして高温注意報だ!?おかしい。
それにこの大雨、今30分も降り続いている。
パソコンでこの地区の天気予報を調べれば、下記の如く。
おかしいぞ、市の広報。まったく機能していない。
日頃、警察からのオレオレ詐欺の広報や、ライト点滅の広報がうるさいくらいだ。
さらに市の広報は、熱中症予防やノロウイルス注意とか、必要か?と思う広報が多すぎる。
この広報は、我々に条件反射で動くように訓練させられているようなもんだ。
さらに今日の大雨の日に熱中症予防注意報。間違いだらけの広報。
広報は嘘を伝えるって教えているじゃん。
何処が高温だ!?雨が降って涼しいわ。それにどうせ言うなら大雨注意報じゃん!
これ、市の行政が国から与えられた指示通り流しているだけじゃん。
自分で考え、自分で動く人がいない。
市が国の言うままに順番に下に情報を垂れ流し、下が疑いもなく機械的に動いているだけじゃん。
壊れたレコード・・・ラジカセ・・・CDの如く・・・
これが生きた行政だというなら、ちゃんちゃらおかしい。
もはや機能していない行政だね。
 
今、国会では、安倍晋三氏や菅官房長官、その他諸々の官僚たちの答弁は、見え見えの嘘っぱち。
こんな国会あるのか?
馬鹿げている。
安倍晋三氏は、嘘をいう事さえおかしいと判断できていない。
菅官房長官は、安倍を守る為の三つくらいの台詞をテープレコーダーに仕込んだロボットだし。
その他の官僚さんたちも、よくもま〜こういう風に生きてこられたもんだと。
それにしても、嘘ほら吹きの官僚や引っ張り出された人材のお顔は、目立つ要素のない顔相である。
悪巧みを考えている人たちの顔は歪み、悪巧みをしている人相になっているが、嘘ほら吹き官僚やOBの人たちの人相は、悪いと言うより、覚えられない意志のない人相だ。
だからか・・・存在価値は、ある時誰かに引っ張られ、権力が使える人材だったのだろうと。
これを保身というのか???
今の市の行政も同じだ。市民に嘘の放送を流して脅してる。
今日の天気見て雨だってわかった時点で、広報が必要だというのなら、高温注意報の広報は間違いだったと正せよ。
でないとこの広報の機能は、無となる。
震災当時、広報で、直ちに危険性はない(逃げる必要はない)と言った枝野官房長官の言葉や、津波で、家にいると危ないと高台にある家の老人を公民館に逃げよとルーチンの対処をした民生委員。結局、公民館の方が海側で、津波は避難した老人の命を奪った。
自己判断できず、政府の言いなりの市の行政に従っているとどうなるか・・・
それを今まざまざと感じるのである。
嘘八百の行政。
三角ピラミンドが完全に出来上がっている今の日本。
その日本の頂点があれだから、その下に流れる情報では我が身を守れない。守れば、大本営に従った戦争に駆り出された自己犠牲美徳のあの頃の日本人に。
この嘘情報を、どれだけの人が感じ取るか。・・・
そんな時テレビでは水泳やサッカー、野球・・・あらゆるスポーツの祭典が垂れ流し。
頑張れニッポン!頑張れニッポン!
加計学園、森友学園など、特区を食い物にし、年金を私物のように使う政府は、それでも嘘をつき続け、オリンピックだよ、みんな!と同時に囁いて同じ戦略続けてる。
1937年のあの頃も東京オリンピック!だって政府がいい、天皇がパフォーマンスし、民衆を集団意識に持って行って仰いでた。同じく、政府は226事件始め、岸氏率いる官僚が、満州で・・・朝鮮で何をしていた!?・・・満州は一種の特区だわ。
そういうこと、ちゃんと気づいている民衆でいてほしい。
行政はもはや機能していないに等しい。



今日明日の天気

2017年7月26日 12時00分発表

7月26日(水)

0時

弱雨

弱雨

27℃

3時

弱雨

弱雨

26℃

6時

弱雨

弱雨

26℃

9時

弱雨

弱雨

27℃

12時

弱雨

弱雨

25℃

15時

弱雨

弱雨

25℃

18時

曇り

曇り

25℃

21時

曇り

曇り

24℃







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あ、カエルまで泣いているじゃん!熱中症予防は何処えやら?



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# by polepole-yururin | 2017-07-26 15:30 | 思うこと | Comments(0)

自然は不思議と伝え


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薄いピンクのユリの花が凛と山の斜面に咲いていた。
この間までみられなかった光景を目にする。
わ〜っと心が弾む。
きれいだ♪と。
世の中はどうなってんだ!?って思う事しばし。
日々いろいろ意識もって動いていても、なかなか届かない・・・いや届かなくなってしまったのか・・・
同じ認識の人が少なくなったのか・・・
優しさの、はきまちがえが溢れんばかりにある。
そんな世を憂いたとて、これは自分の傲慢さか・・・
そんな時、山の庭に腰をおろしてコーヒーを一杯。
は〜・・・とほっこりすると目の前にユリ。
あ・・・去年もあったかな?私が植たかな?
震災から6年半。岩盤の岩肌に今は緑の絨毯が。
この山の斜面の花々は、原種帰りをする。
もともとこんな色でなかったな〜って思える花が、一年経って現れる。
何で?
東のターシャの庭と命名した所の花は、育てられた通りの花の色や形が咲くのに・・・
山の庭の不思議さを感じる。
これはアゴラ森物語で語った所。この庭に入るとガクッとなってあれあれってなって、何かが違う。アゴラ森の入り口。
確かに不思議。
2008年ここは土砂崩れがあった。原因は大雨と上の森の持ち主が山を放置。間引きや伐採もせず、檜、杉を植えて、大きなさかい木が倒れた。するとどどっと土砂が崩れた。
消えたアゴラ。
でもアゴラが大事と思った人々が集まって、土砂を取り除いた。
そこに顔をだした200万年前の貝化石。
ここは200万年前は海だった。
貝化石と言葉だけで終わってしまうと、ふ〜んだが、昔の匂いが表に出た訳だ。
そのむき出しの岩盤に私がへばりついて植えた草木。
200万年前の土に草木。・・・そうだね、原種帰りするに決まってる。
土が恵み。この土は買ってきた土でも、ガレキの山から運ばれた土でもない。
大事な大事な山の恵みともっと奥の200万年前の厚い厚い地層が重なりあう土。
母なる大地とこれぞいう。
ようやくなっとく!この原種の森は神秘的。
その神秘は、あっち向いていたらわからない。
このたった一日の・・・このたった数時間の・・・この一瞬に・・・見える神秘がある。
このユリも・・・
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この四季咲きの庭藤も・・・
この庭藤は昨日まで葉っぱだけが見えていた。
この庭藤、地味だな〜て植えた私も少し落ち込んだ。
次の日、あれ・・・景色が変わる。
なんと美しい光景だ!?
花かんざしのような、・・・夏に涼しげな花かんざし。
なんとなんと!この一瞬に自然界の神秘を味わうのである。
これは自然の中で、世にかまけず生きている瞬間にやってくる。
これを見れば、自然を壊すなんて思うまい。
この美しさ、感動をたくさんの人が日々感じていたならと思う。
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オミナエシも美しい。アゴラ森はそろそろ夏の衣替え。
黄色の花が現れる。

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六月を彩ったアジサイがそろそろ息を吐き出し、ため息ついた。
もう少しでお休みに入るよと。
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一ヶ月の色どりをありがとうと挨拶すれば、・・・あれあれ・・・
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デンデンムシ虫かたつむり!
かわいい赤ちゃんのカタツムリ。
あ・・・そういえば、カタツムリって見なくなった。
子どもの時は何処でも見れたカタツムリ。
角を触って、手の上に置いて動かして・・・ジュルルジュルルと腕を上るマイマイ。
デンデンムシ虫カタツムリ・・・お前の目玉は何処にある?
確かにわからぬ目玉。角と間違ってたっけ!?
なつかしいこの光景は今や子供達の中では見れなくなった。
うそのような悲しい話。
アゴラ森でもこの山のアジサイの付近だけで見れる光景。
表の庭にはなかなかいない。
農薬地獄の成れの果て。除草剤の成れの果て。・・・いったいこんな世に誰がした。
無知で従順な民衆が、右にならえで、やらかした実体。
大きなため息また一つ。
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デンデンムシ虫カタツムリ・・・それでも子供達に教えましょう。
2017年7月18日、戸田書店の一角では、アゴラの先生が二歳児の子どもさんたちに造形を教えています。
デンデンムシ虫カタツムリを作るよって!
くるくる色画用紙の端を丸めて・・・デンデンムシ虫カタツムリの出来上がり!
歌を知っていても、ほんとを知らぬ子供達になってしまった!?
いやならせない・・・
アゴラにおいで!・・・デンデンムシ虫カタツムリは目の前にちゃんといる。
忘れない。なくさせない。真実って今や難しいけれど、きっとこれだってことがあるんだよ。
真実は、カリスマ的に人を動員しないのですよ・・・
真実は、もっと地味にもっとゆっくりと、表に出ないのですよ・・・
むき出しにこれだこれだって事はないんですよ・・
真実はもっと静かに、透き通るように、さわやかに掴める感触なんですよ。
初々しさ・・・清々しさ・・・炭酸が弾けるようなさわやかさ・・・そしてほっこりと優しい。
それをアゴラでは伝え続けています。
この感覚。感触。ちゃんと掴んで下さい。
時間は有限なり・・・このチャンスを見逃すな・・・ってね♪
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終わり、戸田書店のど真ん中にアゴラ子ども美術工場の造形展。
子供達とお母さんたちが見に来てくれた。
触らないよってお母さんは子どもに言った。
二歳の子どもさん、手を後ろに組んで、「しゃわらない」って言葉に出して、じっと小さな陶芸の人形を見入ってた。
不思議・・・
子どもってわかるんだ。触っちゃう、壊しちゃう・・・親が伝えないからわからない。
親さん、大人さん、子どもはわかるんですよ、小さな子どもだからって・・・いやいうやちゃんとわかるんですよ。
大事な事はわかるんです。
伝えてください。しっかりと。
だから大人さん、知ってください。本当に大事な事を。
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8月4日、5日、6日にアゴラで面白い事あります!
是非来てください。
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# by polepole-yururin | 2017-07-23 09:49 | 思うこと | Comments(0)
追記7月17日
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7月11日より、子ども達の日々の展覧会に変わりました。
是非日頃の子供達の作品を見に来てください。
今いる子供達だけでなく、卒業した先輩方の作品も展示されています。
先輩たちがアゴラの生徒時代に作った作品です。
当時を思い出す作品です。
勢力的な作品、アイデアある作品が揃っています。
懐かしく・・・こういう風な作品を作っていたんだなって思えます。
スケッチブックも展示しています。
子供達の日常描く素描画はいい。
時にらくがきのように思える素描画ですが、これが大事な記録です。
親御さんたちは、このスケッチブックを宝物のように大事にしてほしいと思います。
捨てるなんてダメ!
自分が描いたもの、作ったものを捨てられたら怒るでしょう!?
子どもだから・・・そんな感覚は子どもを無視しています。
子どもはちゃんと人格あるひとりの人間です。
らくがきと思えるものもあの当時の精一杯の表現です。
大人が見てどうか・・・という判断はおかしいのですよ。
大事にされるってことは、自らだけでなく、本人から生み出された作品一つ一つ大事なんですよ。
先生はアゴラでゴミのように扱われたものも作品として大事に飾っています。
いらないものは本当はないんです。
よく整理整頓・・・掃除すれば幸運がまいこむという本が出ています。
スピリチャル本のようなそう言う本。他に宗教でも整理整頓が大事と強く言われたり・・・
すると大人は幸運が大事だから、幸運の為に整理整頓します。
掃除は大事な事だと思いますが、整理整頓のための子どもの作品をゴミと扱う人が多い。
これ絶対に間違っています。
ゴミ扱いされた作品は子どもにとっていらないものになってしまう。
なら生み出す意欲は無くなってしまう。
子どもを大事にするってのは、子どもの表現を大事にする事なんです。
表現は自分なんです。
その一つ一つをもう一度考え直してほしいのです。

もうひとつ。
子供達の作品がいろいろ触られていました。
いくつかの作品は無くなっていました。
タイルばりの棚のタイルがわれていました。
私たちは毎日展覧会場に行って整理します。が・・・昨日はびっくりしました。
子どもの工作作品も遊ばれていて、ねんどの作品がちがうところにありました。他2個なくなっていました。
タイル棚は持ち替えり修復しました。この作品は今高校生のAちゃんが小学生の時に大事に作った作品で、彼女は今も大事に家で使っていました。私の宝物だとして。
その記憶を先生は一つ一つの作品に持っています。だから修復して・・・
一つ一つの子供達の制作作業を私たちは見ています。だから言葉を添えて名前をつけて、大事に飾ります。
作品を触る気持ちってなんだろう?私にはない。
子どもさんがなにげに作品で遊んでいるのを親さんは放置するんだろうか?
ものの大事さが今わからないようになってしまった。
ブランド、数十万もするようなものは大事?ってなことになってしまったの?
そんなものいくつもつくれるんだよ、子どもの作品はこの今の瞬間しか生まれないんだよ。
このこれ!って特別なもの。これが子供達の作品なんだ。
大切な作品をどうか大事に見てください。
そして親御さん、子供達へ、また自らが大事なものの感覚を麻痺させず、思い出してください。
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世の中は、いろんなおかしなニュースが湧き出ております。
さらにいろいろと政府が強引に法律を作って動いています。
そんな中、私たちは何処を向いて生きるのか・・・私たち一人一人に問われているようです。
そんな世に光り輝く子ども。
子どもは宝と言いますが、汚れない子どもの存在は、尊い!
震災後に生まれた子供達が今年で1年生になりました。
はや6年。
一年生の子どもにとっての6年は、長い長い6年です。さらにその子どもを育てた親にとっての6年は、一生忘れられない内容の濃い貴重な6年です。

今の世は誰が作ったの?
政府がつくったの・・・いいえ政府だけでない・・・政府を生み出し、さらに政府を応援した大人が作ったの。
好き放題。お金大事。勝ち抜いて、既得権益守る事。保身。
だって勝ったんだもん。ボクの地位を揺るがす者はもういらないの。

うまく生きて行く方法は、強い者についていくこと。空気読める子いい子。黙る子はいい子。
何か悪い事をしたら、お母さんや誰かがなんとかしてくれるから。
学校の勉強できる子いい子。走り、水泳、野球、サッカーうまい子いい子。賞状もらえるのいい子。
・・・
そんな子が大人になって社会を作ってる。・・・全体の中のひとり。

自分をもつ。個の確立。
生まれた時はちゃんとあったんだ。自分。大事な自分。
『愛』で育てられてきたなら・・・自分も他者も大事にできる。

デジタルは、指示を与えられて動くロボット化の助長。もうやめよ。
あなたは生き物。自らの意志があって、思いがあって、そうぞうして、生きてるの。
あなたの他にも生き物がいる事が感じられるの。
無限に広がる喜びを私たちは知っていた。
それを子供達が教えてくれる。知らない子は知ってる子が教える。知ってる大人が教える。

子どもは未熟・・・うそ!
汚れ荒んだ社会で学んだ術を生きる事だとした大人より、いっぱいいっぱい大事な事を知ってる幼子。

子どもを大事する事。それがこの世の光だと。

それをずっとずっと感じて・・・阪神淡路大震災時後、原点に戻ろうと里山に子どもの居場所を作ったの。
そして20年の月日が経ちました。
20年という時間を、続けて・・・そしてまた続ける。
20年という時間の中で生まれた子供達の作品展。
是非見に来てください!


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さぁ、今月は夏休みにも入る夏!子どもの美術展を開催するよ。
『アゴラ子ども美術工場 日々の子どもと仲間 展』

 アゴラ子ども美術工場は、1997年に子どもたちが自分の表現を見つけるための実験場所にと思い開設した居場所です。自然に包まれ、ゆったりと時間が流れる里山で、美術の世界から生物の世界へと様々な感覚、意識を刺激して来ました。小さな美術大学のような、ファーブル昆虫記の世界に居るような場所として、これからもこどもたちの“そうぞう”を見守り続けます。 ※“そうぞう”-創造と想像


 今回は、アゴラから巣立った仲間と日々の子どもたちの“そうぞう”の記録と絵や造形の展示です。


〒436-0008 掛川市千羽1679
電話:0537-27-1428(担当:渋垂)


1、小倉鮎乃のイラスト画/ペン画、パステル、水彩、アニメージュ掲載コピー
今年2月アゴラギャラリーにて初の個展。好評を得た。また、雑誌アニメージュにも投稿、たびたび掲載されています。
◎7月5日(水)10:00搬入〜7月10日(月)閉店まで


2、子どもの素描画と造形/鉛筆、水彩、色鉛筆、マーカー、紙工作、木工、他、楽焼き
◎7月11日(火)10:00搬入〜8月2日(水)閉店まで


3、アゴラ子ども美術工場の日々/写真と文章の記録コピー
◎7月5日(水)10:00搬入〜8月2日(水)閉店まで


4、親子で楽しむ紙工作イベント/7月18日(火)/10:30〜11:30
※3歳前後のお子さんとお母さんが一緒に色画用紙、新聞紙、折り紙を使って作るイベント
※参加は自由です。スペースが埋まり次第締め切りとさせて頂きます。



戸田書店

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# by polepole-yururin | 2017-07-04 08:52 | お知らせ! | Comments(0)
藤原辰史講演会のお知らせです。

チラシが出来ました!
今、北朝鮮を煽り、戦争を画策している人たちがいます。
あの戦争を忘れて、いやや戦争を知らない子供達が大人になってお金儲けのために
戦争を起こそうとしています。
沖縄戦、広島のピカ、長崎のピカ、東京大空襲、様々な悲しみを生み出した日本の歴史をなかったかのように消し去り、
戦争を肯定します。
競争を強いられ、敵は友であると知らず知らずに教育によって刷り込まれた子どもは大人になりました。
競争を勝ち抜くため、生き残る為と必死で勝ち抜いてきた人たちは、〇〇のため・・・に動かされます。
北朝鮮が危ない!だから武器を持ち悪い事をする北朝鮮を押さえつけてやる。
その意識が武器を持ち犠牲をも仕方ないと思ってしまう。
その武器を持つのは誰でしょうか?
権力者ではないのです。
私たちの子どもです。
北朝鮮も同じ事が起こるのです。
敵は国ではありません。
敵は・・・私たちがにらみをきかせる矛先は傲慢な戦争を煽る権力者であり、武器を作り儲ける企業家です。
税金を市民に遣わず、税金をどんどん徴収し、自由競争を強い、
ブラック企業を応援するしくみは誰が作ったのですか?
貧しさ故にお金を生み出す方法を探し、軍隊に入隊する。国家公務員になろうとする。
その人たちは、国家権力のコマになります。
権力に抗議する人を抑えるのはそう言う国家に雇われた人たちです。
ヘイトスピーチも、権力に雇われ、遂行します。
どんなお金でもお金はお金。
お金で人生を生きながらえていく。
こういうしくみを権力者は作りました。
権力者はお金で政治を買いました。
選挙システムを権力に有利なように書き換えました。
絶対不動の権力維持を作りました。
その構造を知ってください。
私たち市民は何を見て、何に動かされているのか?
悪いやつをやっつけろ!とは、武器を持ち、戦争をすることでしょうか?
悪いやつは誰ですか?
この構造を知りましょう。
5月9日、風通しのいい思考が生まれますよ、きっと。

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# by polepole-yururin | 2017-05-01 13:27 | お知らせ! | Comments(0)